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今日両親と観てきました。朝早かったこともあって人はあまりいませんでしたが、上映中に何か音を立ててごそごそしたり、バリバリ音をいわせながら食べている人が結構いました。映画が終わってから、映画館マナーが悪い人が増えたなぁ、と親と話してました。確かに今日は映画が映画なので若い人はいませんでしたが、若い人が多い話題作なんかに行くと携帯いじっている人もちらほらいますし、もうちょっと周りのこと考えてもいいんじゃないかな、という気はします。さて、映画本編の話。内容はさておき、やはりラストは拍手がしたくなりました。エンディングはいわゆる舞台でのフィナーレだったのですけど、西田さん、三國さんともに自然とそれぞれの役に寄り添っておられるかのような挨拶の仕方をされて、あぁ、本当にはまり役だったなぁ、と思わず感嘆してしまいました。そして最近体調が優れないのでしょうか、本編には出られてませんでしたが、谷さんもそのフィナーレには顔を出されていて、釣りバカ日誌の面子が勢揃いしたのも嬉しかったです。さて、最後の話を最初にしてしまったわけなのですが、中身も悪くはありませんでした。もちろんシリーズ初期に比べれば面白みは欠けますが、最近にしては珍しくスーさんのまともな釣りシーンがありましたし。渓流釣りいいですね。一度やってみたいです。もちろん北海道で!笑それにしても近年と同じ傾向のゲストメインの話とスーさんの話を組み合わせた、という形になっているので、とても長い映画に感じられました。エピソード的には二つ分といってもよいですし。もちろん二つの話を繋げられるようにゲストはあくまでスーさんの知り合いという形に収まっていますが。個人的にはもう少しハマちゃん、スーさん二人の絡みがメインの話をやってほしかったところではありますけれど、それは三國さんの86というお歳を考えると難しい話なんでしょうね。むしろ今回の映画でよくここまでやってくれたなぁ、といった感じがするくらいですし。北海道までのロケだって大変なことだったと思います。これで釣りバカ日誌はファイナルを迎えたわけですが、スーさんの「鈴木建設は永遠です」同様、釣りバカ日誌も永遠です。本当に22年間お疲れさまでした。
2009年12月29日
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行ってきました!藤子先生は「海の王子」と「パーマン」の二作が来ていたのですが、パーマンは素晴らしい!ミツ夫がパーマンをやめると言い出す話の一番いいページが来ておりました。感激です。
2009年12月20日
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特別展「サンデー・マガジンのDNA-週刊少年漫画誌の50年-」に行きたいのだが、まだ行けていない。行くとすれば、この土日に行くしかないのだろうが、ちょっと厳しいかもしれないんだよなぁ。トキワ荘の話やら実際に藤子先生の原画は必須だと思ってるんだけど・・・。
2009年12月17日
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ドラえもんの映画の前売り券を発売日(土曜日)に買ってきました。http://doraeiga.com/2010/index.htmlドラえもんもアニメが始まってとうとう30周年だそうで。声優変わったりいろいろ途中にはありましたが、本当に30年も続いているのはすごいことだなぁ。始めるのに気力はもちろん必要ですが、続けるのにも気力は必要。本当に藤子先生始め、ドラえもんに関わった方々皆さんに拍手を送りたいです。さて、今回の映画ですが、真保氏のオリジナル(とはいえ、元となる原作はある)みたいなので、今からすごく楽しみです。スタッフの意気込みもきっとすごいだろうと信じて疑いません。それにしてもさかなクンが出てるとかガチすぎる笑そしてもう一つ。前売り券といえば釣りバカ日誌20も買ってきました。父と年末にでも見に行こうかと。なんてったってファイナルですし、これでハマちゃん、スーさんとはお別れだもんね。
2009年12月14日
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インフルエンザにとうとう罹ってしまったので、どうせ大学行けないんだから、と撮り貯めていたハイジをおよそ40話分くらい見ました。ハイジがフランクフルトからアルムの山へ戻ってきておじいさんと再会したあたりまでですね。高畑勲氏といえば、その洞察力優れた客観性と空間表現ということになるのでしょうか。今回はせっかく高畑氏の空間表現に関する講演を聴いた後なので、空間について考えてみたいと思います。(かなりの部分は高畑氏が言っていたことの「確認」ということになりますが・・・)ハイジを見ていて思ったのは、まず前半のアルムの山では基本的に背景が山や草原くらいだということ。当然舞台設定的にそうなるのは必然的なのですが、これが実にどこまでも広がっているように見える。美術監督の井岡氏の仕事が素晴らしいのはもちろんのことですが、高畑氏自身が産み出した、背景を重ね、移動速度を変えることで遠近感を出すという手法は非常によく効いているように思える。1話でハイジがアルムの山を山羊たちと駆け上がるというシーンがあるのですが、それまでの何枚も重ね着していた服を脱ぎ捨て、期待に満ち満ちて走るハイジの姿はその空間の広さと呼応するかのように実に爽快感のあるものとなっている。また、縦(つまり奥から手前へ移動、あるいはその逆)の構図が多いのも空間を印象付ける手だと高畑氏は仰っていましたが、ハイジほど実に縦が似合う舞台はないと私は考える。というのも、そもそもハイジの舞台は山、つまり斜面であり、デルフリ村、おじいさんの家、アルムの山の頂上、と物語を構成する主要な場所を繋ぐとそれ自体が(画面的にも奥行き的にも)縦になっている。ちなみに1話でデーテおばさんにハイジが連れられてデルフリ村にやってくるシーンの道もゆるやかな坂で縦だ。(ちなみにこの構図は高畑氏自身考えて縦にしたとのこと)もちろんハイジが走っている姿を横や上からfollowで捉えているようなシーンが全くないわけではないが、高畑氏がこだわる空間演出に加え、ハイジという元気いっぱいなキャラクターを表現する上では画面としてインパクトのある縦の構図を使うことは非常に有効だろう。例を挙げてみると、雪ぞりでレースする回など、実に生き生きとした画面になっている。次にアルムの山ではなく、街並に舞台を移そう。ハイジでの街並というと、ゼーゼマンさんのお屋敷があるフランクフルト、ということになるだろうが、今回は1話のデーテさんが住んでいる町に注目したい。デーテおばさんが商人に馬車を頼む前にハイジが建物(おそらくデーテさんの家)を見上げるシーンがある。このシーン、すごく広い空間を感じたのは私だけではあるまい。最初は建物が日本の家屋より高いからであろうか、と考えたのだが、どうもしっくりこない。確かに高いことは高いのだが、高層ビルが出てくるようなアニメは今やたくさんある。けれどもそれらと違って空間の広さをこうも感じるのは何故なのか。そこで思い至ったのが、視点の位置(アイレベル)である。小さい頃、自分の周りの世界が今よりも広く見えた、と思ったことがある方は多いのではないだろうか。道路の幅が昔は今より視覚的には広かった、と。つまり、ハイジの目線の高さにカメラを置いているのだ。低い位置で捉えているから、空間が広く感じられる。そういうことなのではないだろうか。これはレイアウトがしっかりしていないとできない小技であり、いやはや、さすがは宮崎駿、といった次第である。それにしてもアイレベルが低い位置にある、ということは、煽り気味の画面が多くなるということである。となると、どうしてもコンテマンとして参加していた冨野氏に私としては意識がいってしまう。冨野氏は観劇しているような感覚を狙って、しばしば煽りを使うことが多い(らしい)。図らずしも冨野氏の演出の好みが出た結果、こういった空間表現としてもよい効果が出た、という可能性もあるのではないだろうか。(あくまでも推測の域を出ませんが)さて、最後にセル表現について少し触れたいと思う。以前アニメ様こと小黒氏がハイジのセル表現はすごい、とアニメージュオリジナルに描かれていたのだが、確かにすごい。セルは基本的に動くものに使われる。しかしハイジでは動かないものにも平気でセルを使う。質感を出すためだ。そして、これが空間表現にもつながっているように私は思う。ハイジが奥に寝そべっていて、草原があり、その手前に花が咲いている、という構図が(何話かは忘れてしまったが)あった。ハイジは当然として、この手前に咲いている花もセルで表現されている。草原と花の質感が違うことで、確かにそこには空間が存在しているかのようにあたかも感じられる。BOOKを使い、花を背景と同様に表現した場合はどうだろう、と頭の中で考えたが、やはりセルにしたほうが空間が感じられるように思われる。こういったこともしっかり計算して作られているのは実にすごいことだなぁ、と感心してしまった。やはり名作は名作といわれるだけの所以がある。とまぁ、いろいろと書きましたが、実はまだクララが立ったシーンとかは見ていなかったり・・・笑。なにはともあれ続きが楽しみですな。
2009年12月09日
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