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Break Time(一休み)
また起きた飛行機の墜落事故(11月28日コロンビア、メデジンの国際空港手前13kmに墜落)
事もあろうに登場していたのはブラジル、サッカー1部リーグ所属シャペコエンセ(Chapecoense)の選手ら乗客68人と乗組員9人(最終的な死者は71人。生存者は6人)。
しかも事故の直接の要因は燃料切れと言うから驚きだ。
また信じられないのは大量のサッカー選手がこの機に搭乗していた事だ。
最近ではサッカーチームの移動はチャーター機が主流になっていたらしいから起こるべくして起きてしまった事故かもしれない。
こんな事故の可能生も想定して、大手の企業では何十年も前から同じ機に従業員が複数乗らないよう社内規定を作ったりしている。一度に有能な人材を失わない為の対策だ。
当然クラブ側の危機管理も問われるべきだろう。
今となっては亡くなった方々の冥福を祈るばかりですが・・ ![]()
さて、今回は京都はちょっと休憩。実は今、昔のフィルム写真のネガをパソコンに取り込んでデジタル化している最中です。そこでかなり古い写真ですが、珍しいのを見つけたので紹介します ![]()
超音速旅客機 コンコルド(Concorde)の残影
超音
速(supersonic speed)旅客機 コンコルド (Concorde)
アームストロングリミット(Armstrong limit)
今は知る人も少なくなったと思うが、かつて超音速の旅客機が飛んでいた時代がある。
音速で水平飛行が可能な航空機は今や戦闘機くらいしか無い。
しかし、 1976年から2003年10月まで一般の人も乗れる超音速旅客機が確かに運行されていた
のである。
※ 主に大西洋上が定期航路。日本にはテストフライトや臨時便で数回来たらしい。
超音
速(supersonic speed)旅客機 コンコルド (Concorde)
超音速(supersonic speed)旅客機とは、文字通り超音速で飛ぶ飛行機の事。
つまり音の速さ以上の速度で飛行するものすごく早い飛行機の事である。
※ その早さはパリ~ニューヨーク間で通常8時間かかる所を超音速旅客機(コンコルド)では3時間45分
。
コンコルド (Concorde)
はマッハ2( 2200km/ h)と言う早さで飛行する旅客機だ
った。
※ マッハ数は1は航空機やロケットなどの速度。マッハ1は
音速と等しい速さで秒速約340m/s、1225km/h。
(Concorde)

資料写真はコンコルド搭乗時に配られた冊子より。
飛行高度の比較図
図の2段目、 通常のジェット機の飛行高度は
20000~43000フィート(約6000m~13000m)。
一般には33000ft(10000m)
を飛行。
しかし、 コンコルドは成層圏まで達して飛行
する。
図の1段目、 コンコルドは53000~62000フィート(約16000m~19000m)の高度を飛行する
。
50000ft(16000m)での大気圧は地球上の10分の1。空は紺色でほとんど紫色の 宇宙空間に近い。
この高度になると気象の影響は無い。
アームストロングリミット(Armstrong limit)
大気圧が10分の1と言う事は、空気の抵抗は少なくなるかわりに沸点が下がる。
自分の体温温度で体の水分が沸騰すると言う気圧ラインがアームストロングリミット(Armstrong limit)である。
高度にして60,000~62,000フィート(18000m~19000m)。
それはまさにコンコルドの飛行高度なのだが、 人間が生きていられなくなる限界高度
がアームストロングリミット(Armstrong limit)と言う事になる。
戦闘機のパイロットなどは肺気圧傷害を防ぐ為に圧力衣服が必要であるが、コンコルド内部は通常の旅客機と変わらない。むしろ気象の抵抗が一切無いので飛行中の揺れも無く快適なのである。
但し、乗っている人間に影響は無いが、音速で飛ぶ為に音波による衝撃波が発生し周囲に影響する。(sonic boom)
マッハ2に到達するまでの高度や距離のグラフ
330km(27分地点)で高度30000ft(9000m)に達し、速度はマッハ1超え。
440km(35分地点)で高度42700ft(13000m)に達し、速度はマッハ1.7。
1255km(60分地点)で高度50200ft(15300m)に達し、速度はマッハ2.0。
冊子より
見た目は戦闘機に近い。でもこれで100人は搭乗できる。
コンコルドは、一般の飛行機よりダントツ早かった訳だが、燃費は高いし食うので、 給油無しで太平洋の横断はできなかったらしい。(大西洋越が限界)
当然その飛行運賃は高くなる。 定員100人と言う事もあり料金は通常のファーストクラスの20%増しと言う値段も超高額
であった。(それ故、乗れた人は少なかったろう。)
当初なりもの入りで世界各国の航空会社からの受注を受けたようだが、時代はオイルショックの影響もあり、格安の大型輸送飛行の時代に突入。
割高の航空運賃や結局相次ぐキャンセルが続き、開発国のイギリス(ブリティッシュ・エアウェイズ)とフランス(エールフランス)のみしか運航されなかったと言う経緯があった
。
※ 1972年には日本へもプロトタイプがテスト飛行。日本航空も当初購入予定からキャンセル。
最終的にプロトタイプ以外に16機が製造されただけ。採算ベース(250機)には遠く及ばなかったそうだ
。
1988年2月のフランス、パリ、シャルルドゴール空港
それでも超音速旅客機コンコルドは飛行機好きにはあこがれの対象だったはず。
実はコンコルドは日本にこそ来なかったが、1988年にJTBがチャーターしてパリ~ルクソール間をフライトさせた事があった。(内容的にはコンコルド搭乗とエジブト旅行が合体したもの。)
今回家族が乗ったその当時写真を少し公開しようと思います。
ただ、当時はまだデジタルカメラが一般的でなく、普通のカメラで撮影。それをスキャナーで読み取っての紹介なので解像度がものすごく悪いしフィルムの劣化が難ですが・・。

超音速の飛行機は半世紀以上前に完成していて、コンコルド含めて1960年代には各社が商業ベースにのせるべく開発競争をしていたそうだ。
その中で開発に成功して実際1970年代にはテストフライト。1976年運行となったのがコンコルドである。
因みに コンコルド (Concorde)
の名前はローマ神話の協調や調和の女神であるコンコルディア(Concordia)から由来
しているそうだ。
座席は2席2席で狭い。
ワインをサーブするフライトアテンダントの横に速度計がついている。写真ではボケて見えにくくなっていたがマッハ2を超えていた。
1988年2月のエジプト、ルクソール国際空港
解像度が悪すぎて拡大ができません。
戦闘機のような超スーパー飛行機からタラップで降りるなんて・・。
チャーターの特別フライトなのでそもそもルクソールへは通常飛ばない。
パリ~ルクソールの所要時間は定かで無いが2時間程?
食事なども定期便とは内容が異なっていたのでは? と推定。
機内食など写真がボケていて全然使えませんでした。
尚、搭乗前にパリでは特別ラウンジを使用しています。
何より1988年です。いろんなものが古いです。でも、飛行機の速さで言えば、今の時代よりも早く飛んでいた・・と言う事になります。
コンコルド搭乗証明書
機内で配られたグッズ(レター・セット)
一般の人も乗れる超音速の旅客機は1960年代に開発が進み、イギリスとフランス共同開発のコンコルド機だけが商業ベースにのり 1976年から定期運行が開始
されていた。
が、 2000年7月に起きたシャルル・ドゴール空港での墜落事故。
原因は前に離陸した飛行機の落とし物が運悪くコンコルドの主脚にぶつかりタイヤが破裂。
さらにタイヤ片が主翼下面にあたり燃料タンクを破損。
直後に漏れ出た燃料に引火、そのまま炎上、墜落して113人の人的被害(地上の被害者もいた)を出したそうです。(ウィキペディア解説より)
2001年には改修されて再運行になったようですが、システムの古さに加え、コストパフォーマンスの悪さ。
さらに運が悪い事に 2001年9月11日のNYの同時多発テロの影響があり収益性の回復が見込めず2003年4月、ブリティッシュ・エアウェイズとエールフランスは共に廃止を決定
。
同年 2003年10月24日に最後の営業フライト
を終えて超音速旅客機は二度と乗れなくなったのである。
ある意味テクノロジーの後退と言える残念な出来事にガッカリしたのを憶えている。
超音速旅客機コンコルド (Concorde)
は飛行機ファンでなくても乗ってみたかったあこがれの航空機だったと思う。
2007年4月 パリ シャルルドゴール空港
コンコルドの機体はメモリアルとなって飾られていた。
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