2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全7件 (7件中 1-7件目)
1

先々週のこと、またまた全羅南道へと旅に出た。日常のごちゃごちゃを整理しにちょっとこれは旅に出るしかないなぁ、と。(って何にもなくても行くんだけどっ!)でも本当は、旅に出れるような状況ではなかったはずなんだけど。それでも何の遠慮もなく振り切って行ってしまう。そうする以外によさそうな方法も見当たらなかった。そして、後から思えばやっぱりそれも正解だった。実を言うとこの旅は、智異(チリ)山国立公園の南西に位置する求禮(クレ)で山茱萸(サンスユ)祭りがあるから行こう。。。と主人が当日の午前中、突然、言い出したのがきっかけ(毎度のこと)遠出するのはちょっとためらうキモチもあったけど、私は反対しなかった。本当は、それは私も望むところだったのかもしれない。そのクレに午後遅くに着いて宿さがしにちょっと街をぐるぐる回ったのだが家族で泊まれそうなところが見当たらない。。。それで地元のヒトに教えてもらって華厳寺へ続く道なりに民宿がたくさんあることを知りそこへ駆け込む。。。。朝、出発する準備をして外に出てみると昨晩は暗くてよくわからなかったけどそこはもう山の麓で随分と華厳寺にも近かった。サンスユの花を見に行く前にまずは華厳寺へと向かった。小雨交じりの霧の中、その名の通り厳かな雰囲気の立派なお寺だった。しっとりと霧に濡れた境内を朝から多くの人たちが静かに巡り歩いていた。私の心にも潤いをくれた、華厳寺のひととき。
2008年03月31日
あ~ リセットしたい。どこか遠くに行きたい。。最近はこんな心境だ。まあ、こんなときもあるのかもしれない。
2008年03月22日

日本から帰ってきてみるとウチの横にあったかわいい子供服屋さんがすでに消えていた。。出来てまだ季節が一巡りもしてないはずなのにもうお商売辞めるのね。。。やれやれ。韓国でお商売を始める人って採算とれるかどうかの下調べとかビジネス設計とか、しないみたい。イチかバチか、なのだろうか、それとも絶対成功するって信じて疑ってないのか。。。??あそこにあの店があるから何かあったら駆け込んだらいい。。とこちらはけっこう当てにしているというのにその何かあった時に訪ねていったら、お店はもぬけの殻になってた、ってことここじゃあい~っぱいあるのだ。じっさい、この子供服のお店も学校から赤いTシャツを準備して。。といわれた日に駆け込んでお世話になった。半そで指定だったけど店には長袖の絵柄入りしかなかった。それを、お店のオーナーが袖をちょん切ってミシン作業で半そでに仕立て直して売ってくれた。隣の住人なんだけどこれからもまた来るからちょっと安くしてくれない?。。というと快くおまけしてくれて。。私はこういうやりとりのお買い物が大好き。安く買えた、たくさん買えたといって満足するショッピングよりもモノに暖かいエピソードが付いて精神的に満足するショッピングが好きね近所の小売店にはホントに愛着を感じていてお店のヒトともいつも挨拶を交わすし頻繁に利用はしなくても常に関心持ってトンネで生きてるので突然なくなってたりするとなんか悲しい。。↑ ホントにディスプレイもセンスあって製品も悪くなかった。。 お値段もそんなに高くなかった(他店にくらべても) この看板の雰囲気がだいたいお店の雰囲気だった。かわいいよね。↑ 裏手のほうも芝生を挟んで車道や歩道に面していたので クリスマスなんかにはかわいいディスプレイが施してあり いつも心が和んだ。。。 こういう無造作な様子を見るのはなんか悲しいんだけど、ここは韓国。お商売がうまくいかなかったのはきっと場所が悪かったんだ、くらいに思って全てをあっさりと捨てて新たな土地にまた希望を託して去っていくんだろうなぁ。。。ところでここに今業者さんが来ていて連日内装工事をしている。。新しい店がまたできる。さてさて、、、今度は何屋さんかしらね
2008年03月16日

ホシノ天然酵母でレーズンブレッドを焼いた。これでホシノの酵母はもう全部使い切ってしまったのでいよいよ自家製酵母にでも挑戦しようかな。。今日のパンにはレーズンのほかに家にあるだけの「かぼちゃの種」と「ひまわりの種」を入れて。。。最近、食生活で無駄を減らそうとなるべく買い足しをせずにあるもので済ます。。というやり方にしてだいぶ食費が浮いてるような気がする~ でも思ったんだけどこのパンにはやっぱりクルミだったわ。。クルミ、切らしてたんだよね。クルミ高いけど、今度はケチらず買ってこよっ、、、、
2008年03月14日

やあねぇ~ タイトル打って変換したら《お掃除は「放棄」で。。。》だって。放棄はしないわよ~今日はマメに掃除しましょ、って話。実は、我が家でかれこれ10年ほど使った掃除機。最近モーターが異常な騒音を立てるのでついに寿命じゃないか。。と思い至った。ウチにはもうひとつ、買って半年ほどの床ふきを同時にするスチーム掃除機があることだしとりあえずもう壊れた掃除機は修理に出す考えはなかったのだ。かといって、このスチーム掃除機もまず重い、そして構造上「小回り」は効かないし部屋の隅の部分はいまいちキレイに拭ききれない。。。。そんなとき、遊びに行ったあるお宅で室内箒を発見!今でも使ってる人は使ってるんだ。。。私も実は放棄。。(じゃないだろう~~)箒はちょっとの間使ってたことがある。でもやっぱりまた掃除機に戻してしまった、なんとなく。掃除機といえば。。私は子供のとき、母が掃除機をかけ始めるとすんごくいや~な気分になることが多かった。常日頃から私と弟は「部屋や机の中を片付けろ」としょっちゅう言われていたのだが決まってその「片付けろ」の後には私たちのすぐ脇であの掃除機の《がああーー》っていう大騒音が始まるのだった。つまり《がああーー》は「早くかたづけろーーー」と母が私たちをまくし立てているのだった。『掃除機の音は、母のお小言。。。。』でも、これ、私も無意識のうちにおんなじことを自分の子供たちにしてしまうのだ、実は。。。。昔から掃除機の音が不快でそれが嫌いだったくせになんの考えもなくただ掃除機を使ってきた。でも韓国では昔からよく箒を使ってるお宅もあったんだし実家で子供の頃、一緒に住んでた祖母は長ーい柄の、あのハリポタみたいな箒を愛用していたし。。けっこう箒は身近にあったのだ。遊びに行ったお宅の箒はとっても使いやすくてお掃除がらくらくで作業が楽しくなるような使い心地だった。だいいち、床をスッとなでるような力ではけちゃうしそれにひとはきでかなり広い面積をはいていくので結局掃除時間も短縮される。それに家具の下の数センチのすきまにも奥深く入っていって埃をごそっと掻き出せる。電気代もかからすわずらわしいコードもなく夜でも使って近所迷惑にならないおまけに価格はとっても安い、箒。よいこらしょ、と持ち運んでくるわずらわしさもなく思い立ったらすぐ取りに行ってさささっっ。。と掃除に取り掛かることの出来る、箒。さらに、『母のお小言』とならずに子供たちに精神的ストレスを与えないで済む、箒(注・我が家バージョン)あこがれて、思い立ったら吉日でさっそくGマーケット(ネットショップ)で買っちゃいました~(↑の写真)ちょっと安かろう悪かろうの観もありますがしばらくは今日届いたこの箒をしばらく愛用してみようと思います。
2008年03月08日

日本に帰っていたときにアマゾンを利用して本を6冊ほど購入した。製菓製パン関連の本が三冊と洋裁の本が三冊。。。。そのうちの一冊がルヴァンの天然酵母パン。今すごい興味を持ってじっくり眺めてます。胚芽パンを焼いた。なんだかずっしりと重たいんだけどこんなんでいいんか??。。。実は実家に帰ってまでも材料揃えて(あるものは韓国から携えて)パンをせっせと焼いていた。実家の台所はめっちゃ寒い~韓国のオンドルに慣れてる在韓日本人には冬の日本帰省ってかなり覚悟がいるのだわ。。^^;;生地をこねるのも発酵させるのも韓国の自宅とはえらい環境が違ってなれた作業で同じように作っていても日本じゃあ思うように行かないのね。今回、念願の、人気の国産強力粉を数種類日本から持ち帰ってきたのでこれで粉の違いが味の違いうんぬん。。。というのを私も確かめてみたいです。
2008年03月07日

(ただい故郷のまちに建設中の多文化共生センター。。)久々に故郷のまちを歩くと、ガイジンさんが随分と多くなったなぁ~という印象だった。工業団地も昔からあることだしまあいたにはいたんだけど。。。私も結婚前までは契約社員として大手企業の工場で働いていたからそこでブラジルから出稼ぎにきたオバサン(日本人)と友達になってブラジル人の行きつけの料理屋とか連れて行ってもらったりオバサンの友達のブラジル人を紹介してもらったりした。。。あのころは楽しかったなぁ~ ^^そのころ、隣町ではブラジルから来た出稼ぎ家族がもっといっぱいいてその子供たちが通うちいさな教育機関が雑居ビルの中にあり(公立か私立か忘れた)日本で適応できずに問題になってる子供たちに勉強とか教えてたみたいだけど今回母校の小学校を訪ねてみたら学校に国際学級というのがちゃんとあってラテン系の(たぶん)先生もちゃんといらっしゃってラテン系の子供たちも学校でしっかり勉強していてなんだか地域社会全体がすでに受け入れ体制を整えてる。。ってことがよくわかった。ウチも韓国語しかほとんど出来ない娘をふたりもぽ~んと学校に送ってしまったわけだけどいくら国際色の強い雰囲気の学校。。といってもさぞかし学校側は緊張をもって対応してくれていたに違いない。幸い、子供たちは昔は難なくしゃべっていた日本語が4,5日も教室にいればだんだん蘇ってきたのか担任の先生もびっくりするような速さでクラスに違和感なく馴染んでいったそうだけど。ところで、実家で新聞の折り込み広告をチェックしていたらパチンコやの広告でオール英語(あるいはラテン語だったか?)の広告紙がいつも入っていたのもちょっと驚いた。まちなかの公共の場所では英語、韓国語、中国語なども日本語に混じってよく見られるようになったがパチンコやの英語広告はそういう『他国のヒトへの配慮』と言うものとはまた違うと思う。もうまちの一部として定着しているし時として「欠かせない人たち」でもありうるんだ。。という観が、この広告紙でいっそう強くなった感じだ。その一方でガイコク人による犯罪が頻繁に起きているという事実もある。警戒するキモチと受け入れるキモチとを一緒に持ちながら生活する市民の立場ってなんか複雑だったりするんかな。。。まちや学校や、また市役所(常時?奉仕通訳待機、専用窓口もあり)からもその国際性を強く感じてなんだかわくわくしていたのだけど今回、多文化共生センターなるものが出来るという。。。。これはもうこれからまめに実家に帰ってまちの発展をもっと見届けていきたいと言うキモチになってきた。いちおう我が家も国際家庭だしねぇ。。娘たちには、広い世界を常に視野に入れながらどんどん外の世界に出かけていってすべてを受け入れながら自分の中に《世界の雛形》を作って欲しいと思ってるそれとこれはたまたま。。。なんだけど娘たちが現在かよっているこちら韓国の小学校というのは京畿道ではたった二つしかないという帰国子女の受け入れ体制が整った小学校で帰国子女もけっこういるしまた英語教育にも積極的だ。。。なんだかこんなにも世界が近くに感じられる環境に子供たちが身を置いてるんだなぁ。。と今更ながら気付き「この恵まれた環境をぜひとも活かしてみたい」という思いが湧いてきた。自分は子供たちをどんな風に育てるかというビジョンは特に持ち合わせていなかったけど今回は子供たちの天性の柔軟な適応能力を改めて発見してなんだかだんだん私の目の前にもうっすらとようやくビジョンらしきものが見えてきたのだった。
2008年03月06日
全7件 (7件中 1-7件目)
1


