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温泉に朝一で入ったその日は一日中眠かった~観光してても移動の車の中ではうとうとして。。。スアンポ温泉のお湯は摂氏53度で無色無臭無味、pH8.3の弱アルカリ性(スアンポ温泉観光パンフより)二日連続で朝湯してきましたがとっても暖まるし、お肌はもちろんすべすべ~~ ここの温泉水でコンナムル(豆もやし)と金魚を育てるとコンナムルは長い間その新鮮度を保ちまた金魚はその成長の速度が速く、長生きし、体色もより鮮明になるんだそうな。。。(これも観光パンフより)今も昔も、王や大統領など偉い方々がここを訪れては温泉治療もされている。さて、ぼーっとした良い気分のまま最初に観光に向かったのは、↑の史跡第189号【忠烈祠】ここは忠州で生まれたイムギョンオプ(林慶業)将軍(1594~1646)を祀ってあるところ。遺物展示館に行くと、将軍の使っていたチュリョンド(秋蓮刀)が見られる。この刀が数百年前に実際に使われていたものとは思えないほど今でもすぱっと切れそうなくらい、ギラギラと光ってる、大変でっかくて、立派な代物。この刀を見るだけでも、ここに行く価値は、あり。↑忠烈祠のすぐそばにある【タンホ(丹湖)寺】の立派な松。 樹齢510年ほどだそうな~~ このお寺は、高麗時代の、宝物第512号【鐵佛坐像】でもよく知られている。↑お次に向かったのが、【弾琴台公園】この写真の絶壁は、壬辰倭乱のときに、都巡邊使であった申リツ(リツは石へんに立の字)という人物が小西行長の軍勢に敗れた現場。まさにここで背水の陣となり、申リツは川に飛び込み自殺した。ここで子供たちは岩に登って記念撮影したけど日本人の私はなんだか怖くてパスしたわ~~(恐笑)でも眺めはとってもいい所。↑それから、これは国宝6号【中央塔】 最後に国宝205号【中原高句麗碑】を見てきたがここもちゃんと写真を撮ったはずなのにPCのほうには保存できない。。。(こないだの切頭山殉教聖地のように)ちなみに、この高句麗碑は国内外で現存するたった2つの碑のうちのひとつ。もうひとつは中国吉林省の広開土王(クァンゲトウァン)碑。韓国のほうの高句麗碑は五世紀後半くらいのものと推定されている。この一枚の大石は、1979年にそんな貴重なものだと明らかになるまで村の共同の洗濯板として使われてたとか~? おかげで彫られていた文字はほとんど磨耗している。あとで、国宝級だと知った村の人たちの聞いて驚いた様子が思い浮かびそうな。。この【中原高句麗碑】を見に行く前にちょうど読んでいた『韓国の歴史を知るための66章』(金両基・編著)で広開土王の碑を写真で見たばかりだったので現地でボランティアのガイドさんからこの碑の説明を聞いたときにはすごい感動した。だいたい、5世紀後半のものってそんなのが、どうしてこんな田舎にしかもぽつんとそれひとつだけ、こうしてここにあるんだろう。。。と思ってまた、それが不思議な感じもした。簡単に5世紀後半。。っていうけれど絶対に絶対に、私がその時代を体験したり実際に垣間見たりすることは不可能にもかかわらずその当時に存在したモノが、今、現在、私の目の前にもこうして存在するという事実。。おんなじモノを目にしている、という事実。。。よくよく考えてみればすごいことだと思う。でも、よくよく考えなければなんでもないことだとも思う。史跡めぐりというのは想像力を駆使してこそ楽しめるもの。。。っていうことを今回つくづく実感したのだった。
2008年08月16日

スアンポ温泉郷、この日はしっとりと雨。。。チュンジュ(忠州)市内から、山の方へと車でけっこう走った気がする。山の中に突如、こじんまりとした小さな田舎のタウンが現れる。中心部は誰でも気軽に入れそうな小規模な温泉ホテルや飲食店が、それから少し離れると、大きなコンドミニアムや広い駐車場を構えた会社などの保養施設(研修所)があったりする。夜も八時くらいまではなんてことない田舎の温泉街という様子だったのにしばらくすると突然「ここはチョンゲチョン(清渓川)か?!」というくらいのド派手なルミナリエが街を幻想的に彩りはじめる。 * * * * *さて、到着したこの日はとりあえず、夕食はお店で食べようということにした。極力お金は使わないように、基本的に食事はコンドで自炊の予定だったから家からはお米、調味料、野菜、缶詰等を持参。あとは、お肉や卵くらいは現地調達ということにして。。。このスアンポあたりの名物は。。というと場所柄、キジ、ウサギ、イノシシなんかが。。。なかでも『キジしゃぶ』はとくに有名らしい。で、我々も、このキジしゃぶをいただくことにした。「キジしゃぶくださ~い」と注文すると、6種類のキジ料理が出てくる。こうしてキジ1羽を余すところなく提供してくれる。まず、最初にプルコギのような料理があったんだけど画像なし。お腹ぺこぺこで写真とることも思い浮かばなかった~ ↑ 写真手前は2番目の料理、キジマンドゥ。 豚マンドゥと大きくは違わないような。。。 写真奥は3番目、なんだろう。 香ばしくてほどほどの噛み応えがあって、 私はこれが一番お気に入り。 しかし、家族でこれをせっせと食べるものは誰もいなかった。。^^; ↑今夜のメイン、キジしゃぶの登場です。 これを~・・・ ↑この鍋の中でだいたい3度ほどくぐらしていただく。 とってもやわらかくて、美味~ ↑写真手前は5番目、キジのユッケ。 くせがなくて、食べやすい。 ↑最後はお魚の刺身をフェッチプへ食べに行ったときに出てくる メウンタンと同じですね、これでご飯を食べて〆るわけです。キジ肉、生まれて初めて食べたんですが何かキジ特有の味とかは感じなかったような。。。キジをはじめ、ウサギやらイノシシやらといった動物の肉って以前はなんだかぜんぜん食べたい気もしなかったけど今回はキジいってみたので、じゃあ次回はウサギ~とか思ってる自分はなんか以前とは嗜好が変わってきたのかなぁ。。(笑)いやぁね。。。実は、数週間前のことなんだけど私、韓国に来て実はアレだけは食べるまい。。。と思ってたものをついに食べちゃったんだよね。うんうん、、、たぶん察しがつくでしょ、そう、ケコギ(犬肉)なんだけど。。。シオモニが、ウチの主人に食べさせようと作って持たせたものを私もいただいたんだよね。。。これでなんか勢いついちゃったのかな(笑)でも犬肉って、うわさどおり、ほんと柔らかいんだね。たしかに美味しいとは思ったけど口にしたのは、家にたまたまあったから。。。わざわざお店に食べに行く。。。ってことはきっと今後もないとは思うんだけどね。。。。さて、お腹いっぱいになって行きの渋滞で疲れてもいることだし待望の温泉は、また明日の朝早くに。。ってことでっ!
2008年08月15日

(帰り道に立ち寄った白羊寺P.Aにて)叔父の70歳のお祝いで、全羅北道・淳昌(スンチャン)へ行ってきました。その足で、スンチャンのカンチョン山(剛泉山)にも。。と思ってたのが地元民の叔父たちに「人多すぎるから行かないほうがいい」と助言されてそのままどこも見物せずに、ソウル方面へと~ でも車窓から見る、夏の全羅道の風景は圧巻。まさに、『緑の大地』でした。私はいつもスンチャン~タミャンあたりの田園地帯を車で駆け抜けるのが大好き~話はソレるけど、真夏のジリジリとした昼下がりの田園風景にはクラッシックのピアノ小曲集がめちゃくちゃ似合いますね。車の中でクラッシックのCD掛けてたんですが韓国の田舎のなんでもない風景が、まるで一幅の絵画のようでした。・・・あ、でも、これってNHKの『名曲アルバム』の影響?? * * * * ところで、叔父のところに、私と同い年の娘さんがいて彼女は韓国人だけど日本へお嫁にいったのだ。私とちょうど反対なわけ。。。今回、その彼女とほぼ10年以上ぶりに再会してそれまでのことをいろいろ話していたらお互いに、人づてにあれこれ聞いてたこととぜんぜん違ったりして。。。私 「あれ、○○ちゃん、日本の大学で教授になって中国語教えてるって聞いてたよ!」彼女 「は、誰がそんなこと言ってた?・・」彼女 「それより、お宅のシオモニによると、りりあんは財閥の娘になってるよ」私 「。。。。!」ははぁ。。。 やはり、ウチのシオモニでした。どちらの話も「合成」あるいは「誇張」で全くでたらめと言うわけではないんですが。。。(といっても、財閥。。はないだろう。。 これはいとこの彼女も誇張に加担してると思う~~^^;)ちょっと実家にまとまったお金を借金してきただけなのにいったい、すごい話になってたようだ。どんな話でも、実際の何倍にも膨らませてそれを人に伝えてしまうんだから。。。。もうシオモニの持ってくる噂話は話半分で聞いとこうと思います。 * * * *さて、やるともなく始めて一ヶ月経つのかな。。。食生活を見直そうと始めたダイエットですが運動のほうも実質2週間ほど続けながら現時点では、体重がマックスから3,5キロ減りました。間食をやめる、腹八分にする、夜遅くにものを食べない。。。これくらいしか実行してないけど夏だから食欲のなさ、というのもずいぶん手伝ってくれてるかも。。。まあ、これはダイエット目的というよりも成人病対策かしら~ それにしても、ズボンにもずいぶんとゆとりができて明らかに痩せたという実感はあるんですよね。傍からみたらほとんど変化がないかもしれませんが本人はすごい気分の良い毎日です。
2008年08月10日

ケータイで撮った写真をPCに取り込むのがうまくいかず今まで放っておいた写真をやっとアップ。と、いまさらながら、そのときのことを。。。先月、7月26日の土曜日。娘三人は一泊二日の夏季キャンプに出かけて留守。我々夫婦は久々に二人だけで、前日の金曜日の午後からつかの間のデートを楽しんでいたのだ♪でも、土曜日のこの日、もうすでに午後4時にはキャンプも終了。我々は、娘たちを迎えに行かなくてはならず午前中は探してる本があったので教保文庫に行って本を見てまわり昼食は、教保文庫のそばでとり、その足で娘たちのもとへと。。。いつも、教保文庫にくるたびに「お昼、どうしようかぁ。。。」という会話になってしまうのだがたいていは、「またあそこでいいわ」と落ち着く、そのあそこというのが上の写真の路地裏なのである。ここはソウルのど真ん中、周りは新聞社やホテルなどの高層ビルが立ち並ぶ、その一角に焼き魚専門の小さな定食屋が奥まった狭い敷地内にゴソッと固まっている。主人はこの界隈が『庭』なので(勤め先は目の前)ここへは何度も来ているそう。。。。私はこの日で4回め。もちろん、来るときはいつも主人と一緒。平日に私が一人教保文庫に来ることがあると主人を呼び出して、ここでお昼ご飯だけ一緒に食べたりする。その日は、ご飯時はとっくに過ぎていたので人もまばらだったけど普段だとあちこちの店の入り口に客引き兼魚焼き担当のおばちゃんがいて「入れ」「入れ」と口々に、まあにぎやかである。こんなソウルのど真ん中になんと庶民的な。。といつも思うのだ。もともと、食べ物やさんが少ない界隈だったが最近ちらほらといろんなジャンルの飲食店が増えてきた、という印象だ。ちょっと歩けば、おしゃれなカフェやファミレスもあるというのになんでか、いつも、ここらではこの焼き魚定食か、あるいは、もうちょっと行った先の中華料理屋のヂャヂャンミョンか、それしか頭に浮かばないというのは。。。食事を済ませて店を出るとき私が財布から二人分の料金1万2千ウォンを主人に渡したのだが主人はそのお金を握り締めたまま店のアジュマとしばらく楽しそうに会話していた。何話してるんだろう。。と思ってたら私のほうに戻ってきて、千ウォン札二枚を見事、 バック!(笑)いつも思うんだけど主人は相手を笑顔にさせながら値切るんだね~ 「高いよ、まけて」式には値切らないのが、さすが。でも、私もこの10年ほどでそのコツは盗みましたよ~この日食べたコドゥンオ(さば)の焼いたのはしっかり焼いてあったので、骨まで難なく食べられてしまうくらい!量もたっぷりで、おうちごはんと変わらない食事内容だしダイエット中の私としては、外出先でもこうして健康な食事にありつけて感謝でありました~♪
2008年08月07日

実は数年前に、団体でどっか広い記念公園に行ってレクリエーションとかして楽しかった思い出があるんだけどそれはパジュの。。。ええと。。。どこって言ったっけかなぁ。。。という、あいまいな記憶をずっと抱えてパジュに行く度に「あれってどこだったんだろう。。。」としょっちゅう考えていた疑問が~今回めでたく晴れましたですーこの日の日曜の午後、今から出かけて半日で楽しめるところ。。といえば、我々にはお決まりの。。。そう、パジュ市(坡州市)です。今回はあの韓国の5千ウォン札の顔、ユルゴク・イイ(栗谷・李珥)に関する史跡、二箇所に行ってきました。だいたい、パジュの史跡は網羅したと思ってたのですがなんだか、気になるのにそういや、行ってなかったな。。という場所がありました。それが、タイトルにもある、紫雲書院と花石亭。今回、紫雲書院に行って、そこが数年間「あれはどこ?」と考えまくっていた、まさにその場所だったということがわかりなんか胸のつかえがす~~っと取れたような気分です。記念公園。。。と聞いていたのはユルゴクの記念館が敷地内にあるためだったんですね。そして行楽シーズンに大人数で訪れて広いという印象だった敷地内の芝生広場もこうして数年たってひっそりと観光客のやってくるような時期に訪れてみるとさほど広くも感じられませんでした。さて、その紫雲書院の主人公、ユルゴク(栗谷)は号、本名はイイ(李珥)。彼は、今で言うマルチな才能を持った学者であり政治家であり教育者であり、経済学者であり、国防評論家であり~いったい何者っ!!!(笑) 彼の学問はいたって現実的で、実践的。いろんな分野において、問題点を凝視し、それを分析し対策を練り、実践していったそうで、その業績が他の人の比ではない、とのこと。でも49歳という若さで(当時はこんなもんか?)亡くなっている。なんと中身の濃い49年だったことだろう。。。なんてことを40代はじめの私は、敷地内にある彼のお墓の前で、今回ぼお~と考えた。。。駆け抜けるようにして人生を終えたんだろうなぁ。。。と。死の床においてまでも、なにやら弟子に口頭で書き取らせてる様子の絵が記念館にあったよなぁ。。。あれもなにか、遣り残した執筆活動だったような。。。韓国では尊敬すべき先達がいない。。。と嘆きたくなるような昨今ですが~歴史上にはまだまだ我々現代人に力と想像力を与えてくれる頼もしい人たちがいるようです。さて、紫雲書院をあとにして、これも偶然ですがふらっと寄ってみた、花石亭。。。。道すがら、案内看板を見つけたので「じゃあ、ついでだから」と行って見たのですが、ここは素晴らしかった!!何にもない史跡で、ただただ、ヤグラがぽつんとあるだけなんですがここから見渡す景色がなんとも絶景。花石亭というのは、ユルゴクが官職を退いた後詩を興じて余生を送った。。。という場所。この日はデジカメも家に置き忘れて、しかもこの時点でケータイも充電が切れてしまい写真は一枚も取れなかった。。。でも、あの小高い丘の上の花石亭で川風に吹かれながらしばし過ごした夏の夕方のひとときは、なかなか素敵でした♪ただ、すぐ下に道路が二車線あって車が絶えずシャーシャーと音を立てて通るので雰囲気はちょっと半減ですなぁ~ 全羅南道タミャン・コクソンへ旅行したときもこういう小高い丘に○○亭というのがあちこちにあってどこに行っても、「ここしかありえん」というような絶妙な位置にそのヤグラがあるわけ。。。そこから目に映るもろもろの位置バランスもちゃんと知ってるし、何よりも、夏の暑い日に行ってみればわかるけど涼をとるための風の通り道、というのをちゃんと把握してる。昔の人の価値観みたいなものをそういう場所に行けば、一瞬共有できる気がして私はこういった書院とか○○亭みたいな史跡を訪ねるのが好きですね~最近、全羅道はトンとご無沙汰でしたが久しぶりに今週末は全羅北道・淳昌(スンチャン)に。。。またその様子、日記にアップします~♪
2008年08月03日
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