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《求法用心集》より《三〇 五十五翁のうそ懺悔》
一 噫、我等此度、幸に萬劫にも受け難き根具の人身を受け、億劫にも値ひ難き無上の妙法に遇ひ奉り、甚難得の寿命を先づ今日迄は危く生き存へ、勿体なくも肉食婬犯の穢体に解脱幢相の靈服を纏ひ、耕織の勞を知らずして毫も凍餓の憂ひなく、無学不徳の身ながら飽くまで佛血を啜り粗肉を喰み、安然高潔の精舎に起臥して日夜五尊の御側近く弥陀の直説を聴聞しながら、佛恩も知らず師恩も思はず、好みて三種の大罪を造り重ね、勿体ないとも恐ろしいとも思はず、同行に向うては傲然として空談虚飾し聊か慚愧の心もなく、朝夕の勤行はたゞ役目気ずましにて少しも崇敬の情はなし。
名利我慢 役目の風袋ひきされば のこる正味の 御報謝はなし
二 嗚呼、傷しいかな。如何なる宿業の然らしむるところか。かく五十有五の老境に迫り、今日か明日かのあはれな身になりながら、眼前のきたなき五欲にのみ涎を流し、
菜の花に たはむる蝶ぞあはれなれ おのが身をやく たねとしらねば
秋の鹿の笛により、夏の虫の火に入るも、知らぬ故業なら仕方もなけれども、今我等は常に聖教を眼に晒し、酸いも甘いも會得しながら、酒肉色財に耽着してして後生を忘れ我身を知らず
老いていよむ さぼるものは酒肴 銭と女と朝寝なりけり
髭白く 頭ははげて光れども 浮世心の はげぬかなしさ
三 小寒の氷大寒に融けるは春の近づくが故、老いて道心なきは地獄の近づく故なり。閻王張怒眼、獄鬼揮鐵鞭、其事とは夢にだにも思はず、唯知眼前貪酒肉、不覚地獄盡抄名。まことに家賊制し難しの金言。「心に若し形あらば捕縛して性根のつくまで叩かん」と、古人の歎かれしも理なり。合ひ住居の大敵が迷いの果報と證の重宝とをすりかへさすことにかゝりづめ、かへ玉もたせて嬉しがらせる。夫をすりかへさせまいとて、日夜に御骨折りが善知識の御化導とも知らず、老健をたのみ、眷属を力にし、身を削りさく刃に似たる妻とも覚へずして戀着し、財を分ち取る賊に等しき子なりとも知らずして寵愛し、口癖に「子は三界の首枷、妻は流轉の媒(なかだち)、孫は地獄の使ひなり」と吹聴するばかり。まだ死ぬまい死ぬまいの常見の狐に誑惑され、雪達磨に堂を建て、薄き氷の上に炬燵をあげるに機を揉み、恨みつ、嫉みつ、泣きつ、笑ひつ、明し暮して居るうちに、思ひがけなく、大命將終悔懼交至(だいみょうまさにをはらんとしてけくこもごもいたる)の際に臨まんこと必定なり。
四 咄。大膽不適の我心、よく聞いてくれ。生れ難き此人界を、久遠劫來迷ひ歩きし草鞋の脱ぎ捨て場とするか。またも盡未來際迷ひ歩く、足の踏み出し場とするか。深き因縁ありて住み馴れし此道場を、未來成佛の出世場とするか。又も生々世々迷ふ、苦しみ種の蒔きつけ場とするかの一つ二つ。『正法念經』に「心を繋縛解脱の本とする」と説き給ふは是の事か。只今の我心一つの振り向けやうにて未来大地微塵劫の苦樂昇沈にかゝる一大事也と思へば、実に身の毛堅つ程にも恐ろしくも又たのもしく思はるゝなり。目を覚ましてよくよく聞いてくれよ我心。
五 かゝる危ない處にて、堕ちかゝる体に抱きつき、よく聞けよく聞けの御化導は、一句半句が千人力とも、萬人力とも、何に喩ふる物もなく、百千萬兩にもかへられぬ、無量劫の命拾い、実に今日迄存へし命が法の実とは、今こそ聊か身に染みて少しはたのもしくも思ひ知らるゝ心地こそすれ。
たつた今 おしかけて來る火の車 弥陀たのむより 逃げ道はなし(伏師明)
恐ろしき 鬼のやうなるこゝろにて 佛の真似を するぞはづかし
《求法用心集》より《八 聞名信喜》(再掲) 2026.10.10
《求法用心集》より《四三 好人そで女》(… 2026.10.09
《一蓮院秀存談合録》より《たのむ》関連… 2026.10.08