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《香樹院語録》より《九六。二種の機類》
一。唯何ともなく、御浄土へ参らうと計り思うて、一大事と思わず。これは機の深信のないものなり。たとえば、只今三途え沈むべき罪人が、摂取の光明え逃げ込んで、やれやれ嬉しやと思うて居るところなり。唯なにへんともなき浄土参りと聞いて居るのが、誠の安心であらうようがない。
二。信心は一念の処に決定いたれば、それほどに報謝がつとまらぬとて、如来様は御捨てはなさるまい、だいじないと思うて居る機。これは信報謝の相を知らぬものなり。信とは報謝の初めなり。報謝は信の相続なり。蝋燭の火の如く、一念の場で信心の火をつけたれば、ありがたやありがたやと相続する也。
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