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「桜梅桃李(おうばいとうり)」とは、桜・梅・桃・李(すもも)の4つの木が、
それぞれ異なる美しい花を咲かせる様子から、
「人はそれぞれ違う個性を持っており、誰もが自分らしく輝いて素晴らしい」
という意味を持つ四字熟語です。
漢字の構成
• 桜(おう):春を代表する華やかな花を咲かせます。
• 梅(ばい):冬から春の初めに、香り高い花を咲かせます。
• 桃(とう):春に可愛らしいピンク色の花を咲かせます。
• 李(り):すももを指し、白い小さな花をたくさん咲かせます。
言葉の意味と背景
• 個性の尊重:それぞれの花が優劣ではなく、独自の美しさを持っていることを表します。
• 比較しない生き方:他人と比べず、自分の持ち味をそのまま活かして生きる
という教えに使われます。
• 現代の解釈:「みんな違って、みんないい」という自己肯定や多様性を認める
言葉としても親しまれています。
この言葉の由来となった仏教の考え方
「桜梅桃李」という言葉は、鎌倉時代の仏教の書物である日蓮の
『御義口伝(おんぎくでん)』に由来しています。
この言葉の背景にあるのは、仏教の「当体(とうたい)のままに仏の生命を開く」、
つまり「ありのままの自分を活かしきる」という深い人間主義の考え方です。
1. 「ありのまま」の尊さを説く(当体を改めず)
書物の中には「桜梅桃李の己己(こここ)の当体を改めずして」という一節があります。
これは、「桜が無理をして梅になろうとしたり、桃が李(すもも)を羨んで
真似をしたりする必要はない」という意味です。
桜は桜、梅は梅という「独自の姿(当体)をそのまま変えることなく」、
それぞれが最高に美しい花を咲かせ、実を結ぶことこそが自然であり、
最も尊いと教えられています。
2. 自分自身の可能性を開く(無作三身)
仏教では、厳しい修行をして自分とは別の「理想の仏」に生まれ変わるという
イメージを持たれがちですが、この言葉が説くのは真逆です。
自分の欠点を隠して別の何者かを目指すのではなく、今の自分のままで、
内側にある最も清らかな生命(仏の境地)を開いていくこと
(無作三身・むささんじん)が大切であるとされています。
他人と比べて優劣を競うのではなく、自分にしかできない使命や持ち味を
最大限に発揮していくという生き方の指針です。
このように、「桜梅桃李」は単なる植物の並びではなく、
「自分の個性を最高に輝かせ、同時に他人の個性も同じように尊重し合う」という、
現代の多様性(ダイバーシティ)にも通じる温かい仏教の知恵から生まれた言葉です。
(Wikipediaより引用)
起源・由来
『古今著聞集』[1]の「草木」の項には「春は櫻梅桃李の花あり、
秋は紅蘭紫菊の花あり、皆これ錦繍の色、酷烈の匂ひなり」とある。
鎌倉時代の宗教家である日蓮と弟子の日興に仮託されている『御義口伝』には
「桜梅桃李の己が位、己が体を改めずして無作の三身と開覚す」と述べた。
成仏というと人間離れした存在になると想像しがちだが、
どんな人もその身そのままの境遇の中から得脱するという無作の意を説いたものである。
「桜梅桃李」の語が使われ始めた13世紀前半には
「楊梅桃李(ようばいとうり)」という言葉も使われている。
『平家物語』等に出てくる。日本国語大辞典には
「楊(やなぎ)と梅と桃と李。転じて、さまざまな花の木の形容」とある。
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