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明信寺云く、学問をして学者になりたくば、信を得て安樂国(あんらくこく)に至るべし。安樂国にいたるひと五濁悪世(じょくあくせ)にかへりては釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)の如くにて有情利益(うじやうりやく)はきはもなし釈尊ほどの学者にならばよきにあらずや。 又云く、願(ねが)ひはあれども樂(たのし)みにならぬ人あり。樂しみても欲し願はぬ人ありと、私に思ふ、放逸はおもしろけれども、ねがふ欲心はなし。金持ちになりたいといふ願ひはあれども、樂みといふ所に至らず。今度の後生は、願ひ欲する所にして、また樂みになる也。 又云く、信心の心得に事(じ)と理(り)とあり。理は易(やす)く、事(じ)は難(かた)し。如何となれば、道理(どうり)は早く呑(の)み込(こ)み易けれども、事にかけるといふと、我心はさう思ふやうにならぬもの也。理の通りの事(じ)で、我身にあらはれて、理事無碍(むげ)になりたるが、誠によく聽聞したる人也。 又云く、唯我身を喜ぶべし。麦飯(むぎめし)食ふて地獄へ行く人さへあるが、我等は米飯食ふて極樂に生れる也。かやうな仕(し)合せものは、又と世になき事よと喜ぶべし。
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