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《一蓮院秀存談合録》より《五七、それでもそれでもと仰せらるる。》
早速お目通りがかない、懇々ご化導下された。勘介天に躍り地に躍りて宿へ帰られた。
ああ私はいつもこうである。お聞かせにあずかった時一言の小言もなく真にこれなりで
よかったなあと歓喜踊躍ほんとに跳ねてもみたい位だが、さあそのあとが、又もとの
ぐずぐずになってしまう。これこそ聞かせて戴かねばならぬと翌朝未明から参りてお願いした。
お許しが契うたから、すぐそのことをもうしあげた。
師は逐一聞いて、うっそりうっそり笑うてござる。
勘介心の中に、私の申し上げようが悪かったと。
恐れ入り念仏して居らるると暫くありて師の仰せに
「お前がこれではこれではと言って逃げても、仏様はそれでもそれでもと仰せられるわいのう」
(私に云。この御示談。師も師であるが、勘介士もまた勘介士である。御教化そのままの
聴聞は造花であるから、いつも奇麗である。色もあせにゃ萎む事もないが、
実際上の問題になると、いつも愚図愚図である。また愚図愚図と云うたとて一様ではない。
ご縁次第で千差万別だ。そこで香月院師は一口に今のこころなりでと仰せられたものだ。
今の心であるなら、いつでも安心なものだが、又そのあとがやっぱり愚図である。
しかも又どんな心でも凡夫の心はお助けの勘定外だから、これが是だの、これが非だの、
邪だの正だのというものはない。ただいかなる心にも是非善悪の見なく助けたまう
如来のお心に計らわれて念仏するだけである。これが自然というものである。
もし勘介士の、踊る程の喜びが是でありて、愚図愚図が非であると思ううちは
他力の知れぬ間といわねばならぬ。随って小言の尽きる時節がない)
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