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Southern Livingという雑誌が有るのだが、あれは全米で発売されているのだろうか?手元に有る号には、表紙にGeorgia Livingと印刷されている。ブルルママの所で頂いて来た三冊をぱらぱら見てみる。「南部の暮らし」ねぇ・・・。南部と言っても色々だが、ジョージアはわたしの住んでいたノースキャロライナと比べると「コテコテ」である。何がって、南部訛りもさること乍ら、お料理が!!!甘い、辛い、塩っぱい、の味覚のテストのようである。ここからは、ジョージアともブルルの親戚とも断言出来ないのを断っておくが、大体、彼らのペーパータオルの消費量は並では無い。ハンカチ、お布巾、お雑巾、ティッシュ、タオル、鍋掴み、ラッピングペーパー、その用途は尽きないようで、思わず「あ!また・・・。」と発見するわたし。ブルルが家でお料理をすると、ペーパータオルがぐんぐん無くなって行く。別にケチる訳じゃ無いが、そんなに使わなくても手は拭けるでしょ、と思ってしまう。第一、家のキッチンにはタオルもちゃんと有るのに。テレビのインタビューなんかでも、泣きながらハンカチじゃなくてペーパータオルで涙を拭う女優にはびっくりしたものだ。これはもしかしたら南部は関係無いのかもしれないが。ティッシュの使用量もこの人達は凄い。鼻をかむ時に、シュッシュッシュッ!と軽く三枚は引っ張り出してからチーン!日本では見た事無い光景だと思うのだが。もう一つ、ブルルがお料理すると下手すると無くなってしまうのが、料理用スプレー式食用油、PAM。密かにボディービルのコンテストに出ているんじゃないかと思う程。見ていると、シューッシューッシュー!と、これもまた豪快に、レンジ全体をスプレーでペイントするかの如くの勢いで浴びせ掛けるのだ。「汚れるじゃないのぉ!」Southern Lovingを見ていると、どのレシピにもこのPamが出てくる。なんなんだ・・・?南部人の特徴かアメリカの習慣なのか判らないが、他に彼等が沢山使う物はZiplock。写真を送る、旅行用に常備薬を入れる、小銭をまとめる、引越しに使う・・・。風呂敷だとかの無い文化だからか、S,C,ジョンソンの株を持っているのかは謎。アメリカでは南部は良く言えば伝統的で悪く言えば形式ばったイメージだ。Savannahは日本で言えば京都にそっくり。文化財の建築物がずらり、高層ビルの建設禁止区域もずらり。訛りが独特で、はんなりしていて余所者には優しいが微笑みながら見下している。四季の行事やらしきたりに忠実で、礼儀正しい。優雅で外部の者には敷居の高い感じもするのだが、わたしは、結構好きである。
September 27, 2005
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アメリカミシガン州グランドラピッズ、見事な快晴である。湿気の無い丁度良いスピードと間隔で動く空気、それに揺れる、紅葉準備中の木々。油絵の具の「空色」と「白」だけを使って描いたような空、雨上がりの、眩しい位の芝生。思わず写真に撮ってみた。去年の秋の写真をまたトップにしてみた。また数週間後にはこんな感じになるんだろうなぁ・・・。夕方には、最近同じ場所でよく見かけるうさぎちゃんの撮影に成功。お目めをパチクリ、呼吸も心拍も速くて、何かに似ている、と思ったら、ブル乃助だった。その、小動物のようなブル乃助にも、ジョージアに行っている間変化が有った。8日、ジョージア2日目に、急に自分の両足を発見し、初めは「なんだコレ?どこへ行っても付いて来るゾ?」と訝しげだったのだが、だんだん器用に体を丸めて凄い姿勢で掴むようになった。今までも、オムツを替えた直後やわたしの膝に寝かせている時に、彼の足を使って「いないいないばあ」をして遊んでいたのだが、もしかして自分の足をわたしの体の一部と勘違いしていたのかもしれない。だとすれば、「え?これってボクの体の一部だったの?」と言うのは、大発見だ。それから、僅かではあるが、髪の毛が増えて来た。8月の写真。今の写真。なんだか、モヒカンから「丁稚」の髪型(??)になっただけで、自慢は出来ないのだが。体も大きく力も強くなったので、もう、おとなしく「みのむし」にはなってくれない。去年の今頃はまだ「胡麻ちゃん」だったのに!首ももう長時間持ち上げられるし、寝返り寸前まで出来る。もう後30度、の所で止まっちゃうのだが。目の色が良く解る写真。↑玩具に手を伸ばして掴んだり、自分の手を思う存分味わう事も出来る。一番の玩具は自分の手足のようで、何時間でも一人でもみ手をして遊んでいる。(本当に丁稚みたい・・・。)泣き声も話し声(?)も大きくなって、時には五月蝿い程。大好きな天井の扇風機に飽きもせずラブコールを送っている。表情も豊かになって、反射と言うより喜怒哀楽を表すようになった。ただ、いつも面白くてわたしが爆笑してしまう顔が有る。デジカメを構えると、赤目防止のランプ(名前何??)が点くのだが、そのランプに反応してビビッ!!という顔(??)をするのである。目を見開き、鼻腔を全開、下唇を吸い込み噛み締め、一瞬微動だにせずカメラを凝視する。余り面白いので、ご披露しようと思う。デジカメって便利~。
September 26, 2005
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ジョージアから帰ってみると、体重が妊娠前に戻っていた。旅行に出掛けると、意思の弱いわたしはよく太って帰って来るか、夜更かし、飲み過ぎ、遊び過ぎで痩せて帰って来る。今回は食べ過ぎないように気を付けていたのがよかったのかも。因みにブルルは5キロ太った。(おいおい。)7月ぐらいから、妊娠前のジーンズが入るようになった。出産後はしつこくしつこく毎週試しては、ジッパーが閉まらないどころか腰骨の所で止まってしまって、わざわざ悲しい思いをしていたのに、暫く忙しさにかまけて忘れていた頃、ふと試してみたら、入った。試し過ぎて、伸びちゃったのかな?と思い、洗ってみたが、やっぱり入った。入った、のはいいのだが、やっぱり何か違う。(涙)どこか、変。(嗚咽)体重なんて、目安であって、要は体系なんだよなぁ、と改めて実感。妊娠中も出産直後もお腹に力を入れない生活を心がけ、かれこれ一年になる。8月に久し振りに腹筋をしようと思ったら、一度も出来なかった。慌てて少しずつ初めて、また出来るようになったが、まだまだ。脚だって、歩いていないのでたるんでいるし、体重の割には顔もまだふっくらしている。引き締まったのは腕だけ。赤ちゃんはダンベル代わりにもなるようで有る。やっぱりお腹の皮が伸びてジーンズの上に乗っかっていたのか、息を止めて引っ込めてみても変わらない、どうにも自分の意志では動いてもくれない憎い物体が、最近縮んだ気がして、ジーンズをやっと穿く気になった。おヘソから上下に伸びていたベージュの妊娠腺も、上から段々薄くなって、今では殆ど目立たない。あきぶ~ちゃんに「びっくりしないように」と警告されていた抜け毛。妊娠中は毛深くなる人も居るらしいが、わたしの場合、頭髪の抜け毛が無くなった。だから、髪の毛はフサフサを通り越してわっさわっさと有った。それが、出産後少しずつシャワーの排水溝などに目に止まるようになり、三ヶ月を過ぎたら今度はわっさわっさと抜け出した。一度増えた後減るので心配はしていないが、「あ~、この事か。」と感心。こういう小さい事って、知識として有るのと無いのとではパニックの度合いが違う。あきぶ~ちゃん、ありがとね。そして、チビ奈ちゃん無事ご出産おめでとう。ブル乃助が産まれてすぐは、爪を短くしていた。ちょんちょんに短く切って、ミルキーなヌードっぽいベージュのマニキュアで、いかにもアメリカのマダムの手元だった。(自己申告)わたしは普段は3ミリ以内のフレンチマニキュアが好きなのだが、長い爪をしていると、ひょっとブル乃助を抱き上げた時に、首もとの大動脈に突き刺さって血がドピュ~ッ!なんて図を頭に描いては怯えたものだ。それが段々、又、爪のお洒落を楽しむようになった。夜8時に授乳したら次は零時まで時間が有る。ブルルが夜家に居る日にブル乃助を見ておいてもらって、お風呂に入って爪の手入れをする。長さを揃えて表面を磨いてクリームを摩り込んだり、色を塗ったり。その瞬間だけが、以前と変わらないわたしの気分に戻れる時間だ。流石に出産以来のあちこち痛いのは治ったが、最近手首が痛い。授乳中、Boppyの上に手を沿えてブル乃助の頭を支えてやる。その、ものの10度程の角度の差で、随分飲み易そうな様子なので、毎回。それがいけないのか、単に抱っこする時に重いからか・・・?もしかして腱鞘炎、とかで無ければいいけれど・・・。ドクターに薦められて、依然として妊婦用のビタミン剤を服んでいるのでか、煙草を止めたからか、規則正しい生活をするようになったからか、睡眠が足りているのか、栄養に気をつけるようになったからか、肌は妊娠中と変わらず絶好調である。しかし、そう言えば昔も肌荒れは月に一度だったので、オンナノコと一緒に戻って来るのかな?妊婦時代を懐かしく思い返す余裕が出来たのか、最近何かに付けてフラッシュバックする。ブルルも同じようで、よく、二人でああだったね、こうだったね、と話す。すっごい良く食べてたよね。僕までつられて食べてたけど。(こらこら)うん、アンガスバーガーなんて、今じゃ食べきれないわ。お手洗いばっかり行ってたよね。そうそう、でも行ってもなんだかすっきりしなかったのよ。鼻が詰まるって言ってたよね。あ~、そう言えばそうだったね、忘れてた!わたしの妊娠が判ってから、丁度一年経った所だ。こんなに怒涛の如く人生の変わる経験をしたのは、初めてだ。一緒に経験出来たのがブルルでよかった、と、ノロけて今日はお終い。(笑)
September 25, 2005
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今日は朝から雨の中をブル乃助の4ヶ月検診だった。昨日はわたしの歯医者さんで、早起きが続いて疲れの取れない感じ。カトリーナを追うように来ているリタ。ハリケーンが続くのは去年に引き続き暦の上では秋に入ってから。どうか、被害が最小で済みますように。ハリケーンではないけれど、中西部にもかなり大きなストームが到来していて、朝から今日は一日中ゴロゴロ雷が鳴ったり、晴れ間がのぞいたり。ブル乃助は16パウンズ65アウンス、64cmだった。標準並で、ほっ。今日は二度目の予防注射の日でもあり、わたし達夫婦は看護婦さんたちに愛想を振り撒くブル乃助を見やりながら、涙が出るほど気が重かった。今日は二人の看護婦さんが一度に「3・2・1・エイッ!」と二度、注射。(なんだかピアスを思い出す。)ぎゃ~っ!っと泣くブル乃助を押さえるブルル、すかさずおしゃぶりを押し込むわたし。結局泣き叫んだのは数秒だった。偉いわ、ブル乃助っ!!!今日はご褒美におしゃぶり三昧させてあげた。タイラノールの効き目もあってか、なんとなくとろん、とした感じのブル乃助。一日うつらうつらしていたが、機嫌も良く食欲も有る。また、数日後に泣き続けるのだろうか?(ため息)ピアスと言えば、旅行中、洗礼式の時にネックレスと指輪と合わせて真珠のイヤリングがしたくて外していたら、どうやら穴が塞がってしまったようで、ピアスを入れようとしたら、まるで穴を明け直しているかのように痛み、血が出てきたので諦めた。まだ4ヶ月程なので、契約書を見直して、開け直して貰いに行こう。旅行中の洗濯物がやっと終わったのはいいが、ブルルの親戚に頂いたお祝いのサンキューカードを大量に書かなきゃいけないので、今日はこれでお終い。あ~、忙しや。
September 22, 2005
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わたしは割と用意周到な方だと自認しているが、それでも赤ちゃん連れの旅の計画の難しい。練習を経るに連れて、段々要領が良くなる事を祈るばかりだ。もう一つ今回の旅で強く思ったのは、ブルルの家族や親戚の人たちとのお付き合いは長いけれど、これからは「ブル乃助の母」として色々評価されるんだな、という事。他人の人生の正解だけは、時には押し付けがましく、時には陰口で語るくせに、自分の人生の正しい選択や幸せな生き方となると「・・・。」となる人達。いい意味でも悪い意味でもおせっかいで人情派なので、中のメンバーがぶつかる事件も枚挙に暇の無いほど目撃してきたが、「あそこの家の**ちゃんは甘やかされ過ぎだ。」とか「誰々は厳し過ぎるから子供が可哀想だ。」等、今までは無視していたゴシップにも今回は敏感になってしまうのを禁じ得なかった。ちょっと姿が見えないと、勿論素敵な所は誉める事は有っても陰口の耐えない大家族。わたしは今までは「部外者です、日本人です、分かりませ~ん」でかわしてきたし、ブルルもわたしも誰にどう言われてもへっちゃらなので気にもしていなかった。が、「ブル乃助ちゃん、頭の良いママを見習って賢くなるのはいいけれど、余りレッスンレッスンにかまけていたら遊ぶ時間が無くなるよ。」とか、「まぁ~、こんなに丸々して!きっとママのミルクの栄養がいいのね。」とか、ちょっとひねくれると誉め殺し?と思う事も。「オツムの弱いのをバイリンガル教育で補おうったって、蛙の子は蛙よ。」「まぁ~、ママが牛なら子供も牛ね。」と聞こえる。(怒)「ブル乃助ちゃんが帰りたくないって言ってるわよ。」なんて言うのはもう、勘弁して下さいませ、としか言いようが無い。なんだか、やっと、ブルルの家族の中での「わたし」という位置を確立し、わたしの人格やら人生観やらを解って貰った所で、「母親」というタイトルがついたせいで、また振り出しに戻った気さえする。今の所は母乳で育てているだけで偉くみんなに誉められ、スケジュールのしっかりしているブル乃助のお陰でいいお母さんだとおだてられた。が、これからどうなるんだろう、どう言われるんだろう。きっと、どちらのレベルが高いという話ではなく、常識的教養の違うわたしは、厳しい教育ママに見られるんだろうな、とは覚悟はしてある。結局、人に何と言われても気にしない、ずぶとい長男の嫁が、ここに居るのである。
September 19, 2005
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18日、予定通り無事帰宅。疲れたぁ・・・。というのが感想。7日にAtlantaへ飛びレンタカーでWarner Robinsのブルル姉宅一泊。心配していた機中もブル乃助はご機嫌で途中からブルルの胸でねんね。8日にStatesboroまで3時間半ドライブ、ブルル両親宅へ着く。ブルルママもブルルパパも首を長くしてお待ちかね。ブル乃助はず~っと抱かれていた。9日にはブルルのおばあちゃまとジュリーちゃん(ブルルの姪)が遊びに来て、ブル乃助はキスの嵐にあう。10日はSavanaahの教会でバプティズム。ブル乃助は例の白いドレス、わたしとブルルはスーツで暑い暑い!Charlotteからサムがラメ女の婚約者と来てくれたり、St.Louisからブルルの叔父が来たり、その他Savannahのブルルの友達も沢山、全部で30人くらい居たかな?式をしてくれたのは去年感謝祭に家へ遊びに来てくれたブルルの友達の神父さん。全員家族と混ざってローカルレストランで昼食。その後わたし達三人とブルルの友達数人は着替えてSavannahに初めて来たサムとラメ子ちゃんを観光案内。お酒が入り気の大きくなったブルルはなかなか話が尽きず、わたしは疲れるし授乳スケジュールが狂うしサンダルで両足に靴ずれが出来て結局ブルル両親宅へ帰ったのは12時過ぎ。夜は大喧嘩になる。11日はブルルの従姉妹の田舎の豪邸でブル乃助の誕生(?)祝い。ブルルママは8人兄弟なので、全員で50人は居たかも。自家製のチキン&ダンプリング、マカロニ&チーズ、バーベキューポーク、シチューにデビルドエッグ、数々のキャッセロール、サラダ、ご飯、ポテト、おばあちゃまの育てたお豆やターナップ、親戚中が持ち寄った手作りデザート。「ちゃんと予定を立ててそれに従ってくれないのならわたしは行かない!」と怒った直後だったので殊勝にもブルルはご馳走の途中でもオムツを替えてくれたり、授乳用のお部屋を訊いてくれたり。次第にわたしはちょっと機嫌を直す。12日はまた一時間半かけてSavannahへ行き、ブルルの叔母さん(去年わたしの「誕生日プレゼント」だった人)の所へブルルパパとわたし達三人で行き、St.Louisから来ていた叔父さんとみんなでピザを食べに行く。13日はまたまた朝からSavannahへ行き、ブルルの友達に会い、それからブルルの妹のコンピューターを直し、夕方はもう一人の友達とご飯を食べて、それからそのお母さんと大叔母さんに会う。14日はまたSavannahへ行って友達と遊びたいと言うブルル。「勝手に行ってらっしゃい。」と辛うじて青筋を隠すブル子。ブルルパパは一日お仕事なので、ブルルママとブル乃助と三人。と思ったら、ブルルママのアイデアでブルルのおばあちゃまを訪ねる事に。一人でお家に住んで矍鑠とお庭のお野菜や果物でお料理をするブルルおばあちゃま、ブル子の知る限りで一番きつい南部訛りで「Now I want y’all to listen.」が口癖。じ~~、っと耳を済ませていたわたしだが、やがて「あらまあ!」くらいの意味だと気付く。帰って来たブルルは自分の実家に妻と子供を置いて自分は遊びに行っていたのに罪悪感を感じたのか、(正義は勝つのよ・笑)お部屋をいい匂いし、かつバクテリアも退治するという香水瓶のような形をしたフランス製の素晴らしいランプと、ブラジル製のハンドメイドの純金の揺れるタイプのピアスを買って来てくれた。コロリと機嫌の直るわたし。(笑)晩御飯の後はミルクシェイキを飲みに連れて行ってくれた。ブル乃助が産まれて初めて後部座席に彼を乗せずにブルルと二人だけで外出。なのに、ブルルママにも買って帰る約束をしたので溶けないように超特急で帰った。(涙)15日はブルルパパがブルルとわたしを朝食レストランへ連れて行ってくれた。オムレツを二つも食べた。16日はブルルママ宅にブルルの妹とその子供達(女の子と男の子)Savannahの叔母さん、それからおばあちゃまが集まってグリルで夕食。ハンバーガーには飽き飽きのわたしは体が緑色になるんじゃないか、と言うほどグリーンビーンのキャッセロールを食べた。みんな、ブル乃助との別れが名残惜しいらしく、結局10時過ぎまで居た。17日は午後1時頃ブルルママの家を出てジュリーちゃんの待つWarner Robinsのブルル姉宅へ。夜は丁度お誕生日だったブルルのお姉さんのお祝いにみんなで外食。18日に帰って来た。ミシガンも結構暑いのでびっくり。ブル乃助もわたしもお疲れ様。「ブルルはぁ?」って?(笑)だって、お洗濯の山を退治するのは、わたしですもの。
September 18, 2005
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Atlanta、Savannah,Warner Robins、そしてStatesboro(全てジョージア)へ行って参ります。18日に帰って来ます。行きたくないよぅ・・・。
September 7, 2005
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レイバーデーが終わり、スイッチを付けたかのように紅葉し始めるグランドラピッズ。カバレフスキーの道化師のギャロップがテレビのクラシック音楽のチャンネルから流れ出し、なんだか運動会の練習の駆け足を思い出して笑ってしまった。由緒正しいクラシックの音楽でも、日本では邪道な馴染み方をしていて、突然流れるとウケてしまう。例えば、わたしの携帯の音楽は「フニクニ フニクラ」だが、鳴り出すと勿論わたしが頭で歌うのは「穿こうっ!穿こうっ!鬼のパンツッ♪」ショパンの「華麗なる大円舞曲」を聞くとカレーが食べたくなるし、クラシックかどうかは大変疑問だが、マーチの曲を聴くと三宮でパチンコ屋さんの前を通った時の感じが蘇り、あの独特の臭い匂い、何故か暑い中その前を急ぎ足で歩いている自分まで思い出す。こう言う時の面白さは、ブルルと共有出来ない場合が多い。「パチンコ屋さんみたいな音楽だねぇ!」と言っても、「僕パチンコなんてするお金無かったし、知らないよ。」と言われる始末。わたしだって、パチンコなんて行かなかったけどさぁ・・・。ブル乃助の夏の洋服に、小さいお魚が沢山集まって大きなお魚を形どっているのが有った。それを見て、「あ!スイミーだ!!(ご存知の方手ぇ挙げて!)」でも、ブルルに言っても分からないんだよなぁ・・・と、なんとなく誰かに言いたい気持ちが引きずる。(笑)音楽に話を戻すと、彼だってアメリカで「!」と思う音楽の話は沢山有るようで、色々説明してくれるが、説明されても面白く無いんだよなぁ・・・。わたしはわたしで、ブル乃助が生まれてから、ふと日本の歌が口をついて出る。が、何せいい加減なので、替え歌ばっかり。♪ピーちゃん、何故泣くのぉ~、ピーちゃんの勝手でしょ、カーカー♪♪出~た~ 出~た~ ***がぁ~♪(敢えてこの先は言いますまい・笑)♪ぶん ぶん ぶん 鳥が飛ぶ♪お恥ずかしい。今日、彼を抱きながら階段を上がっていて、気が付いたら歌っていた。♪お~ぅ お~ぅ お~お~っ! ブ~ル~乃助ぇ~~っ! フレー フレッ フレッ フレェ~ ♪はて、何の曲だったかな、とブルルに聴いても分からないので一人で考えていたら!!!分かった!!!「六甲おろし」(阪神タイガースの応援歌)だった・・・。(汗)なんてこったぁ・・・。このわたしとした事が!(?)と思って一人で大笑い、平和な午後である。
September 5, 2005
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**先日は聞き捨てならないブルルの失言(!)から発展した家庭内の議論に色々ご意見頂き有難うございました。**どんな関係?と問われるといつも「親友同士。」と答えるわたし達夫婦。なんでも言い合うので、他所から見たら言い過ぎかも!?けれど、わたしは彼と出会って冷静に討論をする事が上手になったように思う。どういう事か、と言うと、意見が違っても、喧嘩にならずに話が出来るという事。それが、先日はあれからもやもやしていたので、日記にも書いてしまった。が、読み直して見ると、「軽蔑するわ!」とか幼稚過ぎるとか、感情的になって彼個人に砲火を浴びせ掛けていたのは他でもないわたし。なんだぁ。幼稚なのはわたしじゃん・・・。(反省)でも、いつも通りけろっとしているブルルにわざわざ謝る事も無いかな、と、相変わらずSweetでないわたし。(だってぇ・・・。)金曜日はコメントへのお返事をしていなくて、「わたしのコメントが気に障った??」と心配のメールが来たりしたのだが、日本人の友人宅で集まってランチをよばれていた。楽天放ったらかしでごめんねぇ。大人6人子供6人で、わたしはオフだったブルルにブル乃助を任せて、それ以外はみんな子供連れだった。久し振りに関西弁でげらげら笑って、すっきりした!子供達は英語と日本語を気分に拠って切り替えて使っていたようで、常に両方が聞こえて来た。寄せ揚げやら散らし寿司やら、カナッペやらお漬物やら、感謝祭のようなテーブルだった。あ~、食べた食べた!わたしは馬鹿の一つ覚えでピザを焼いて持って行ったのだが、こういう「持ち寄り」の時にわたしはコレ!っていう最強メニューが欲しいなぁ。アメリカ人ばかりに混じって働いていた頃ポットラックの日に最初に親しんだのでわたしのレパートリーはピザやパイやキャッセロール等、洋風の物ばっかりだ。日本人の友達と集まる時には和風の物を、とも思ったのだが、結局、なんだか恥ずかしくてやめた。「え?日本にこんなお料理あったっけ?」と突っ込まれそうで。(貴女なら何を持っていらっしゃる?)
September 4, 2005
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実は書こうか書かまいか、数日迷ったのだけれど、この前の日記の続きです。本能のままに生きるオトコ、ブル乃助。お食事中だってお散歩中だって、モヨオシたらお構い無し。そんな、彼の無垢さを感じた時に、ニュースで見た画像。言うまでも無く、ハリケーンカトリーナ直撃直後のメキシコ湾近辺の模様である。大人の膝上まで有る真っ黒なお水をジャブジャブ掻き分け、笑顔さえ浮かべた人達が、薬局やスーパー、靴屋さんから商品をごっそり盗み出していた。わたしは天災には弱い。過去の日記にも弱点だ、と書いた事すら有る。彼らの笑顔はきっと、パニックとトラウマで精神がどこか緩んでしまった結果だろう、食べ物も飲み物も無くて、精神的にも身体的にも限界に違いない、そう思ってたまたま時間だったので授乳しながら、テレビの画面を眺めていた。わたし程では無いけれど、同じく天災に弱い筈のブルルが一言。「ホラ、見てご覧。こういう事をするのはいつも黒人だ。」わたしの目頭から脳みそへ烈火が駆け抜けた。「そういう事をよく言えるわね!!軽蔑して言葉も出ないわ!!!」ニュースから口論へ発展する事は、我が家ではよく有る。が、結婚8年目、それらのタブーはお互いによく解っている。進化論、女性大統領、妊娠中絶、原爆及び第二次世界大戦全般、アトキンス(笑)・・・。もしブル乃助が軍隊に入りたいって言ったら?黒人の婚約者を連れて来たら?ゲイだったら?今からそんな事で喧嘩する事も無かろう、という見方も有るかも知れない。しかしブル乃助の洗礼がいい例だが、夫婦だけの時はタブーで済ませていても、これからはそうは行かない事が多々有る。妊娠中、少しでも足並みを揃えたくてわざわざ話し合っては喧嘩になった事も有った。(教訓:ホルモンバランスの崩れる前に話し合っておきましょう。)言葉が出ない、と言っておきながら、わたしは攻撃を止めない。(苦笑)ハリケーンが来るぞ、と言われてすぐに避難出来るのは中流以上の家庭だろう、残念だがアメリカの低所得層にはまだ黒人が多い。大体南部には黒人が大多数の町が有る位、元から黒人が多い。絶対数が違うのだ。30秒のケレビクリップの登場人物の大多数が黒人だって、それは当たり前だっ!これがテキサスだったらメキシコ人で、ハワイだったら日系人だっ!「**人だから##」と言われて辛い理不尽な気持ちは、貴方が一番知っている筈でしょ?結婚を「外人だから」反対されて、それでも最後には父の許可を得て、そういう経緯を経て結婚したわたし達が、その辺のレッドネック並に人種差別の芽を子供に植え付けてどうするのよっっ???お腹一杯になったブル乃助をげっぷさせようと背中を興奮気味にトントンしながら、わたしは今度という今度は南部出身カトリックのブルルを罵倒した。ご存知無い方の誤解が有ってはいけないので彼の名誉の為に記しておくが、普段の彼はわたしよりもう~んと純粋で同情し易く、稀に見る優しい心の持ち主である。彼の持論は、空軍や警察官だった経験に基づいている。(らしい。)色んな思いをして、自分なりに出した結論で、彼曰くわたしは「ナイーヴ」。「差別する気持ちは無いんだ。ブル乃助には統計的真実を知って、自分の身を守る知恵を持って欲しいんだよ。」だ・か・ら・・・!!!(もっと怒るわたし)肌の色で統計を出してそれを言い訳にする事自体が差別だって言ってるのよっっ!!(あ~、なんだか書いている内にまたムカついてきた。)ブルルは、第二次大戦中の日本人収容所と南部のプロジェクトホームを比較した。住まわされた日本人の努力に拠って終戦時には見違える程綺麗になっていて、中には花が咲き乱れ子供達は聞き分け良く勉強し塵一つ落ちていない状態だったのに比べて、彼が警官だった頃の南部の低所得層用政府出資の新築アパートでは一ヶ月もしない内に黒人が排泄物やゴキブリにまみれて生活していて、周辺住民からの苦情が絶えなかったので、無駄とは分かっていても再び税金で掃除をした、と言う。収容された日本人や被爆者が保障を求めるどころか帰化して社会の役に立とうとしているのに対し、黒人は奴隷時代の損害賠償を未だに求めている。それは、「日本人」(国籍+人)と「黒人」(色+人:つまり人種)を比べる議論で、低級過ぎて相手にも出来ないわ、と鼻息の荒いわたし。日本人だって保障を求めている話は聴いた事有るし、黒人は祖国の誇りを全て奪われてまだ数世代しか経っていない。その後のアメリカ社会での風当たりだって、日本人とは比べ物にならない。大体、中国や韓国はまだ戦争の事を怒っていて事有る毎に謝れと言っているし、特にアジア人が忘れっぽい訳でも無い。そうやって安易に人種で区切るのは余りにも乱暴で幼稚過ぎる!!余りに頭に血が上ったので、既に何度も立派なゲップをして寝ているブル乃助をそぉっとバウンサーに下ろした。無垢なままでは賢く生きて行かれないのは、解っている。でも、邪心から出来るだけ守ってやるのが親じゃないの??激しくまくしたてるわたしに、テレビを一時停止していたブルルが、「ふぅ・・・。」という感じでまたニュースの続きを見始めた。言いたい事は言ったものの、そんな一瞬で人が改心するなら刑務所なんて要らないよね、と、わたしも半分諦め半分すっきりしないまま、暗然とテレビ画面を見やる。レポートに拠ると、オムツや食料などの日用品のみならず、銃が盗まれていて治安が益々悪化している、と言う事だった。「ホラね」と言いた気な彼には目を合わせず、わたしは画面を見つめていた。腹いせに、ブルルに内緒でレッドクロスに募金した。皆様もいかが?どうか、ブルルが楽天の嫌われ者になりませんように。
September 1, 2005
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