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(遡って書いています。)とうとう開けた!やっと開けた!!今、わたしの耳にはキラリン、と小さい金とジルコニアのピアスが光っている。ついでにブル子ママの耳にも同じ物がキラリン、と光っている。わたしは高校卒業の時に、母は最近5年程、ずっと、開けたいなぁ、と思っていた。いつか開けるぞ、と思っていたわたしはそれ故、上等のイヤリングは一切買わなかったし、母も折有る毎に父に伺いを立てていた。そんなわたし達が今まで踏み切れなかったのは、父の反対が有ったから。この前帰国した時にも、「陣痛に耐えられたら、ご褒美に開けてもいいでしょ?」と、(訊くわたしもわたしなんだが、)言ってみたら、「お父さんは、出来れば止めて欲しいなぁ。」と、目が真剣。母に至っては「離婚されたいのか?」と、これもさながら冗談ではないようで、瞬時にわたしは諦めたのであった。長女気質、とも、小心者、とも、若しくはファザコン、とも言われるかもしれないが、3つ違いの妹が大学入学と同時にささっと友達と開けに行ったのに対し、わたしはいつまでもうじうじと父親の顔色を伺っていた。「妻」である母は兎も角、わたしの場合、結婚しても、30を過ぎても、だから、相当重症かもしれない。それが、月曜日にブルルはブルルの両親とブル乃助で三世代水入らずの時間を、その間わたし達親子三人はモールへ行こう、と計画してから、いきなり母の提案。「お父さんはゴルフクラブを買うって言ってるし、 わたし、ピアス開けちゃおうと思うの。 お揃いの、一緒にしない?」ゴルフクラブとピアスの関係は今でも謎で有るが、それは、この夫婦の問題(?)なので口出ししないとして、(笑)一応ブルルに訊いてみてから、「いいよ!一緒にやろう!」という運びとなったのである。因みにブルルには、「開けるからね。」と強気なわたし。本当は、今まで付き合った女の子の中でわたしだけが「自然」な耳たぶをしている、と、付き合い始めた頃、喜んでいた彼を、覚えているのに。兎に角、生まれて初めてわたしの運転で、きっと内心寿命の縮む思いをしながらもモールに到着。まず三人でお昼ご飯を食べて腹ごなし。朝ご飯のバナナも、なんでもかんでも半分この、ぐりとぐらみたいなわたしの両親、クレジットカードも2人で一枚(これでも海外旅行の経験は有るのが不思議。)なので、アクセサリー屋さんで父が先に支払いをしてくれ、それから待ち合わせの時間と場所を決め、女2人は清水の舞台へ、父はゴルフ用品店へ向かった。「ちょっと、トイレ先行っとく?」なんて、おどおどと連れ立っておトイレへ向かうわたし達。改めてお店へ入り、ピアスを物色。初めてだし、無くしたり、体に合わなかったりしたら嫌なので、2人とも無難な丸いジルコニアに金の台が付いたのを選んだ。「ブル子ちゃん、先に行ってぇ。」と母。「オッケー。」出産直後のわたし、本来は痛いの大嫌いなのだが、今日は強気なもんである。「一度に二ついっぺんに開けますか?それとも一つずつ?」と売り子さん。「え?いっぺんに両耳出来るの?じゃあそうしてもらおうかな。」おもむろに、手袋を付けた女性2人に髪の毛を止められ、消毒され、紫色のペンで印を付けられた。ここで、ブル子ママ「・・・痛い??」(爆)「まだよ。」(汗)そんなこんなで、「3.2.1.えい!」という感じでわたしの両耳たぶに、穴が開いた。痛~~~!っと言うより、「イテッ!」って感触で有った。(解るかなぁ?)その後、保護者のような気分でどきどきキョロキョロする母を見守る間、ちょっとジンジンしたが、間も無く全く感覚が無くなって、その後モールをぶらぶらしながら、母もわたしも、「・・・ちゃんと付いてる??」なんて訊き合っていた。お揃いのピアスを燦然と輝かせ、「わたしは今日ピアスを開けました!」なんて書いた派手な袋に消毒液セットをぶら下げて歩くわたし達の方が、よっぽど、ぐりとぐらみたいだったかも知れない。
May 30, 2005
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ん~っ!ん~っ!ん~っ!!日夜、怪しげな声(?)を出して、わたしの胸に食らい付くブル乃助。運動神経が鈍いのか、目の前まで持って行ってやっても、改めて明後日の方へ首をよじらせて自分の手に噛み付いたり・・・。目の前に見えていても、後は口を開けるだけで良い状態でも、それが、まだ、解らないんだなぁ、なんてわたしは関心を隠せず観察する。ブル乃助が生まれてから、早くも二十日が経った。先日の検診では順調に身長体重の増加が見られ、黄疸も心配の無い程引いて来たのが確認された。写真を見比べてみると、もう、表情にも顔つきにも変化が顕著だ。生まれたばかりの浮腫んだ赤い顔、それから、皮があちこち剥けて、少し輪郭がすっきりしたら、今度は頬や顎の辺りがふっくらとして来た。蒸し鶏のようだった太腿も、すこし皺が減って来て、しぶとく残っていた瞼の皮も、二重瞼の境目を残して、もう殆ど剥け落ちた。おっぱいの時間はわたしの観察タイム。グライダーのカバーポケットにはその時間の為に用意した本が詰まっているのに、未だ手付かずだ。ブル乃助(最近ブルルとわたしは「ピーナッツ」と呼んでいる。産院の看護婦さん命名。)の手の表情が極めて豊かになって来た。ん~っ!!と言いながらうっとりとゴクゴク飲みつつ、ふと見るとBoppyの上に肩肘を付いて、「休憩中の殿」ってな感じのポーズだったり、「夢見る乙女」のポーズで両手を頬に当てて居たり、「神に感謝!」のポーズで自分の胸の前に紅葉のような手を合わせていたり、そのまま切ない顔で「どうかどうか神様、僕のおっぱいを持って行かないで下さい」と祈るような顔をして居たり、思わず失笑するわたしの勢いでぽろん、と口からこぼれようものなら、呼吸困難な勢いで取り乱す彼。そしてやっと口の中に再び収まると、前述のうっとりポーズへまた戻り、今度は息をするのも忘れて食らい付いて居る。「哺乳類」という単語に、こんなに自分が当てはまると実感したのは、初めてだ。昨日から友達に貰った電動ダブル搾乳機を使い始めた。これで、少し出掛ける範囲と時間の幅が広がるといいな。しかし、気分は正にホルスタインである・・・。
May 26, 2005
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日夜、呆けたように、ブル乃助を眺めて居る。しょわしょわの、生まれた時より少し減ってきた髪の毛、頬ずりをすると、そのまま暖かく、頼りない程柔らかい地肌が触れる。ご飯粒よりも小さい手の爪。もう、二回も切ったけれど、まだやっぱり恐々。時間も掛かる。左手にセロテープを粘着面を外にして巻き付けて、それを上手く使いながら切ってはくっ付けると、飛び散らない、と読んで、早速試してみたら、思ったよりも上手く行った。激安の蒸し鶏のような脚。太ももとふくらはぎが同じ太さで、皮は皺皺。足の裏は赤くてちょっぴり冷たい。足の指は長くて、よく動く。毛深かった背中や肩も、だんだん皮膚が見えて来て、今は透明の産毛に覆われている。そう言えば、こういう毛を「産毛」って言うのは、理由が有るのかな、なんて思う。夢を見ているのか、瞑って居ても良く動く瞳。ついでに目の周りの、眉やおでこの筋肉も良く動く。相変わらず、得意の表情は「おっさん顔」のようである。ここ数日、口が引きつるように、一瞬、笑顔を見せるようになった。前までは右か左のどちらかだけ、歪んだ微笑だったのに、最近は口全体で「に~・・・」と笑うようになった。まだ、これは筋肉の反射で、本当に微笑んでいる訳では無いとは解っていても、「プッ」なんていう後にやられると、わたしは吹き出してしまう。二時間おきと言われている授乳時間に少し早く、わたしが降参して早めると、「にやっ」なんて笑うからタイミングが良過ぎる。「やったぁ、勝った!」って思ってるんじゃないか?なんて勘ぐったり。わたし自身のボキャブラリーも、急遽変わった。昨日は友達が3人程お祝いに来てくれたのだが、その中でも、以前のわたしならば眉をしかめていたような話題、プーとかピーとか、そんな事で盛り上がって居た。もうオムツが無くなって、昨日の夕方はオフだったブルルと慌ててベイビーズアラスへ。ハギーズは漏れたので今度はパンパースを買ってみたが、迂闊にも香料が付いているのに気付かず、ちょっと失敗だったかも。オムツなんて、どこでも一緒なのかしらん?赤ちゃんが特に好きでは無かった昔から、わたしは赤ちゃんの「首」とは呼べないような、頭と背中の境目の皺が好きだった。そのすぐ上の、うなじの髪の毛も、柔らかい背中も。授乳しながら、そこをナデナデして、剥けかかって居る手の皮をいじってみたり、手首と肘、肘から肩の間に其々、「関節?」と思うような皺が有るのを、指でなぞってみたり・・・。こんなに撫で繰り回されて、みんな育ったのかな?世界中のみんながみんな、こんな風に一度は無垢な赤ちゃんだったんだ、と思うと、急に、世の中に悪人が存在するのすら、不思議に思えてくる。
May 19, 2005
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出産から一週間経った。感想は、「なんで誰も教えてくれなかったの?」。出産が痛いのは知っていた。こんな事を言ったら何十時間もの長丁場を超えた方には笑われる(怒られる!?)かも知れないが、・・・想像だにし得ない痛みだった。赤ちゃんが生まれた後、夜眠れなくなるのも、覚悟していた。それでも新生児黄疸の可能性が有る為、小児科から毎日一日中二時間おきに授乳をするよう指示され、泣いたらあやせばいいもの、と思っていたのに、アラームで起きて、親子寝ぼけながらの授乳に小一時間、それからゲップして、オムツを替えたりしたら、もうすぐ次の授乳の時間まで30分、なんて事の繰り返しで、意識も朦朧、それでも、分かっていたので、耐えられる。知らなかったゾ!と思うのは、この産後の体の痛み。生まれた所も、縫った所も、腰も、体中の筋肉も、肩も、胸も・・・。出産の事はビビッていたが、終わったら楽勝だと思っていたバカ者のわたしは、普通に妊娠前の下着やら着替えをスーツケースに入れていた。全くThongどころでは無い状態、ズボンは腰骨から入らないし、泣きたかった。産まれたらすぐに元通り、とは行かなくても、お腹はぺったんこになると思っていた。結局、着て行った服で退院したが、帰って来たらすぐに両親の到着。痛みと慣れない育児で家事も準備も出来ない自分がもどかしかった。いつもはキレイにしている(つもり)なのに、わざわざトッ散らかっている所へ来てもらうのも許せなかった。が、日曜日に退院、火曜日に両親が来てから水曜日にまた掃除機を掛けていて、突然気付いた。これが日本だったら、まだわたし入院してるんじゃん!と。それから、なんだか吹っ切れて、怠け者になった。ブル乃助に神経を集中してあげよう、と思えるようになった。そして今日、外務省のサイトで彼の日本国籍申請の仕方を調べていたら、物凄いサンダーストームで雷も激しかったので、PCを離れ、一階でお土産の本を読んでいたら、ドドーン!と音がして、家の斜め向かいの家に雷が落ちて、その家は燃え出した。続く。韓国人らしい家族の住むその家、雪国のカントリークラブの近所付き合いなんて実に淡白な物なので、名前も家族構成もわたしは知らなかった。尋常で無い車の行き来に父が気付いた頃には、見た事の有るようなティーンエイジくらいの女の子が携帯を手に家を見上げ、白人の近所の人達と思しき人がその周りに既に群がっていた。「ブル子ちゃん、ちょっと!大変よ!」と母の呼ぶ声にやっと事態に気付いたわたし、咄嗟に雨の中を飛び出してえっちらおっちら歩いて行った。「What Can I Do To Help?」相手の若い女の子がパニックにならないように、しかしちゃんと聞こえるように大きな声で訊いてみた。「Nothing, Thank You Thogh・・・。」家の中に一人で居た彼女は母親と連絡が付かず、既にパニックのようで、雨の中、半袖のT-シャツ一枚とジーパンで震えて居た。そんな馬鹿みたいな事しか瞬時に思いつく事の出来ない自分に苛立ちを覚えながら、わたしはまたえっちらおっちら家の中へ入り、防水の長いコートを掴んでまた外へ出て、彼女に着せ掛けてあげた。「I'm okay,thanks。」と言いながら襟元を合わせる彼女は、わたしがどこの誰かも知らない。弥次馬の集まる中、眺めているのも悪い気がして、わたしは家に戻ったが、彼女がいつでも来られるように、ガレージのドアは空けておいた。数分後、雨は止み、家の屋根から炎が噴出した。泣き出す彼女はわたしのコートを取り、最初から居た近所の人に渡した。「誰のだろう?」と心配させたくなくて、わたしはまた外へ出て行き、その女性からコートを受け取り、暫く眺めていた。わたしが彼女だったら何をして欲しいだろう?いくら考えても何も浮かばず、無力に炎を見つめるばかりだった。母が出て来て、わたしへの精神的影響を心配して、お願いだから中に入って頂戴、と懇願する。「何か出来ればしてあげたいし・・・。」と留まるけれど、母を心配させたくもなくて、そのまま家に入った。消化活動の甲斐有って、炎は二階のみに限られたようだ。まず2人の消防士が玄関からホースを持って行って入ったと思うと、はしご車の2人が屋根の一部を壊し、そこから黒煙が噴出したのを見計らったかのように、先の2人の撒く水が二階の中から外へ噴射するのがみえたかと思うと、段々火の気は消えていったが、結局30分は掛かったであろうか?今は屋根にビニールシートが掛けられている。怪我人が無くて、本当に良かった、とブル乃助を抱きしめた。
May 13, 2005
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皆様、沢山のお祝いメッセージ、有難うございました!妊娠発覚から見守って下さった方、アホな質問にも優しく答えて下さった先輩方、コメントは無くても遠くからそっと気に掛けて下さっていた方々、みんな、みんな、ありがとう。病院のみんなにも、家族のみんなにも、ご先祖様にも地球にも、大袈裟な程感謝の気持ちで一杯です。今日、関西空港より両親がやって来ます。弥次さん喜多子さんの珍道中だと思うと心配で夜も寝られませんが、ブル乃助におっぱいをあげたり、単に両親に会えるのが楽しみだったり、寝られない理由は他にも沢山有ります。日記の更新はとてつもなく滞ると思いますが、例え週に一度のペースになっても、自分の記録にしたいと思っています。コメントのお返事は出来ないかもしれません。ごめんなさい。*************************************(これより日記)出会ってからまだ、「ハロー」も言ってくれない相手をこんなに溺愛する事が出来るとは、自分でも驚いている。丁度わたしとブルルを足して2で割った容貌のブル乃助。(当たり前だが)髪の毛は薄い茶色で、目は今の所青みがかった濃いグレー。指が長くて、眉毛は金髪。顔は、一日の殆ど、おっさんのような表情をしている。時折、ビビアン・リーのように方眉(見えないが)を上げてみたり、お茶を受け取ったどこかのおじいさんが「おっ。」と言うように、おでこに皺を一杯寄せて、眉毛付近の筋肉をぐい、と上げたり。その表情のまま、恍惚と半開きの白目で、どこで教わったのかと思う勢いで、溺れそうになりながらわたしの胸に顔をうずめ、息が出来なくなって、スピー、スピー、と音を立てる。そのままの状態で、唇の左半分だけでニヤリ、と笑うんだから、本当はまだあちこち痛いんだけれども、こっちまで大笑い。おっさん、そのまま、って感じである。小さいおっさんと、わたしは日々、いちゃいちゃしている。
May 10, 2005
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おしるしがあった?と思った後、「おしるし」の筈の状態が暫く続き、久し振りに女の子が来たような感じだった。シャワーを浴び、その次にした事は、マニキュアとペディキュアの塗り替え。(笑)11時半に帰って来たブルルに一応言ったが、いつも通りBaby Storyをちょっと観て、それから1時頃寝に上がった。一晩中お腹が痛くて、でも、本には「お喋りが出来るくらいなら、まだ本物の陣痛と呼ぶには早い」と英語でも日本語でも書いてあったので、・・・一人で耐えた。(爆)9時50分の検診に行くには9時半に家を出れば間に合うのだが、最近その道を工事しているので早めに出よう、と、わたしはアラームを7時にセットしていた。7時を待つまでもなく、6時半には痛みに降参する感じで起床。結局余り寝られなかったけれど、それでも、なんとなく落ち着いていて、ブルルはそのまま寝かせておいた。バナナと昨日買って来たチーズ蒸しパンを食べているとブルルも起きて来て、わたしはやっと、「今日っていう気がする。」とにやけながら言った。それでも、テレビや話に聞く陣痛とはまだ程遠いし、初産は時間が掛かると聴いていたし、ま、予定通りに病院へ行こう、となった。ブルルがシャワーを浴びる内に、朝ご飯の後片付けやら自分の準備をする内に、だんだん本当に痛くなって来て、一度だけお台所でしゃがみこんだ。それからは、ビューラーを持つ手も震え、お化粧もそこそこに、それでもチャキチャキと準備が出来ないのでほぼ時間どおりに家を出た。色々詰めたスーツケースも積んだ。この時、陣痛の間隔は4分程。車の中では割と普通で、「あ、まただ・・・。」と言っては時間を計り、ブルルは2つ程信号を無視したけれど、「そんなに慌てなくて大丈夫だよ~。今日チケット貰ったら洒落になんないよ。」なんて暢気なわたし。クリニックへ着くと丁度陣痛の最中で、声も無いわたし。待合室も尿検査も今日はすっ飛ばして診察室へ。先生がやって来て、見る見る落ち着きを無くす様子が解る。「すぐ車椅子で病院へ行きましょう、もうすぐ生まれますよ!」・・・えぇぇぇぇぇぇっ???だって、痛くても家に帰される人とか居るのに?ほんと?ほんとほんとにほんと??クリニックから病院までは同じ敷地と言っていい程、道路一本を隔てただけなのだが、痛みに耐えている間はやたら遠く感じた。病院の玄関で車椅子に乗せられ、ブルルが車を停めている間、急に心配になった。麻酔が出来ない程早かったらどうしよう・・・?クリニックの予約は9時50分だったので、病院へ着いたのは10時過ぎだったろう。ブル乃助は、その朝11時55分に元気に生まれた。3265グラムで、泣きながら真っ赤になって生まれて来た。麻酔をする閑は全く無かった。
May 6, 2005
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只今5日の夜9時過ぎ。ブルルの希望していた05-05-05の誕生は叶わなかったようだ。だって、あと3時間で日付が変わるのに、気配の「ケ」も無い。今日は朝からなんだか産まれるような気がしなかった。(産まれるような気がした事は今まで無いのだが・・・。)朝から妊婦友達とモールへ行ってからちょっとお買い物をしてランチ、それからベイビーズアラスで更にお買い物、それから、最近出来たアジア食料品店へ行って来た。ランチは2人で悩みながら違う種類のハンバーガーを頼んで半分交換。(こういう時だけ「わたしって天才!」と思う。両方共美味しかったから。)母が来るのにお台所のミトンやら鍋つかみやらが余りにもみすぼらしいのでやっとWilliams-Sonomaで新しいのを買った。ベイビーズアラスではブル乃助の日焼け防止用の防止やら、ダイパーバッグ、それから、ブルルの親戚に出す、赤ちゃんが生まれました、のカードのセットを買った。日本語で、たまには商品にケチを付けたりしながら素人のママである妊婦2人、ああでもない、こうでもない、と色々楽しかった。愛する夫との買い物も楽しいけれど、妊婦同士はやっぱり話が盛り上がるし、わたしより少しだけ予定日が後の彼女とは、お手洗いのタイミングもバッチリ。新しく出来たアジアン食料品店の事は新聞で読んで知っていたが、彼女がいいよ、わたしはもう二回も行ったよ、と言うので行って見たら、なんだか興奮するほどの品揃えだった。日本の物だけではなくて、中国・韓国・タイ・インドの物も置いているので、リトル・ミツワとまでは行かないけれど、それでも棚に一列日本の物が並んでいたのは、こんな田舎では圧巻だった。おナスやら、ブルルの好きな午後の紅茶や、麦茶やら、キャラメルコーンのアーモンド味(つい・・・。)やら、色々買いながらも、「ちゃんとした」お豆腐が有る、お米も有る、今は浮腫んでいるので塩分を控えているけれどUFOも有る~~~!!と、目を皿のようにしてチェックしまくっていた。嬉しいなぁ。お店を出る時に思わず「潰れませんように・・・。」と祈ってしまった。さて、05-05-05は逃したけれど、皆様、いつ産まれるとお思いになるぅ?ゲームにしたら不謹慎かしらん??***追記***日記を書いて立ち上がったらおしるしが有った気がする。なんだかはっきり判らないけれど、一応シャワーを浴びて今から寝ます。丁度明日は朝から検診。どうなることやら・・・?
May 5, 2005
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勿論そんな筈が無いのは解っているけれど、どうも楽天のメンテナンスって、米国東海岸時間の人が「さ、日記書くぞ!」と思っている時間帯に合わせているような気がしない??・・・と、誰にとも無く呟いてみる。二日連続で降ったミゾレも嘘のように、再び春がやって来た気配。去年と同じく、そこら中にたんぽぽが咲き乱れて居る。そして、去年と同じく、Weed-B-Goneで片っ端からタンポポ退治するブルル。予定日は14日なのに、5月の5日に産まれて欲しい!なんて言っていた彼。理由は、05-05-05と覚え易い日付だから。(謎)あのねぇ、まだ焼けてないのにオーブンから出しちゃ可哀相でしょう?と言っていたわたし。本当はやっぱりちょっと怖い。ブル乃助にもしもの事が有ったら、とか、わたしの体に何か起きたら、という、尤もな理由では無く、・・・・・単に、痛いのが怖い。関係無いが、痛いのが嫌いなわたしは、ピアスすら空けていないくらいなのだ。「子供は産まないの?」と訊かれて、いつも、「え~、だって、ピアス空けるのも怖いのに!」と答えていた。そう。結構意気地無しのわたしなので有る・・・。(めそめそ)「若しかしたら、母の日に産まれるかもね。」とブルル。母の日に痛いなんて最悪じゃん・・・と思うわたし。それだったら、まだ、This one is for you, mom!とか言って蹴られる方がマシ。母の日を過ぎたら、10日には両親がやって来る。空港に迎えに行く時間に産まれる、っていうのは、最悪の場合だけれども、有り得ない事では無い。なんだか、この、タイミングの未知な「人の登場」に慣れていない現代人には、ちょっと疲れる期待と不安。不安の種は他にも有る。今から利己的極まりない母親像が(今「母親象」と出て来て暫し爆笑!)浮かび上がるようで日記に書くのも忍びないのでは有るが、産後の体系や、体の変化も今から心配。オヘソの上下に伸びたベージュの線は「妊娠線」では無くて「正午線」と言うらしいが、それとか、こんなに伸びきったお腹の皮とか、とてもとても心配。心の問題も、心配しても仕方が無いのは解っているけれど、やっぱり心配。ブルック・シールズみたいになったらどうしましょ?と考えてしまう。「案ずるより産むが易し!」とカラ元気で唱えてみたり・・・。ええい、いっその事早く終わってくれえ!とすら思う時も有る。実際、何をするにも「どっこいしょ」と言ったり、夜中に寝返りをうとうとする度に目覚め、どうやってどっち向きになったら楽か、寝ぼけ眼で必死に考える事や、朝起き上がる時にも「さて、どっちから起きたら手首を痛めないで済むか?」なんて事を暫し考えたり、何か物を床に落とす度に「ああああああ!わたしの馬鹿もん!かがんで拾わなくちゃいけないじゃないのようぅ!」なんて億劫に思ったり・・・そんな事の無い毎日がどんなに素晴らしいか、もう忘れてしまった。朝、元気良く腹筋を使ってエイヤッと起き上がる事や、走ったり縄跳びをしたりスキップしたり(何歳?)美味しいイタリアンと一緒に美味しいワインを飲んだり、生魚一杯のお寿司と共に熱燗をクイッといったり、よろよろしないでシャワーを浴びたり、途中でお手洗いに行きたくなる心配無しにお風呂に入ったり、普通の可愛い靴を履いたり、今のわたしの夢は割と謙虚で小さい物だ。「なんだか、君の容態に急変が訪れた気がして・・・」「もし何か有ったらすぐ僕に電話するって解ってるよね?」「もし陣痛が始まったら5分間隔になるまで待たないで電話してよ?」ここ数日、なんだか五月蝿いブルル。「五月蝿いねぇ、もう。解ってますよ。あんまり五月蝿いと一人で産むよぉ。」なんて意地悪を言う余裕だけは有るわたし。ふと、こんなに暢気に楽天で遊んでいられるのも、あと何日だろう・・・?なんて、人事のように思ったりも、する。
May 4, 2005
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信じられない・・・。今米国ミシガン州グランドラピッズではアラレが降って居る。もう五月なんですけど?と言いつつも、一応記念撮影。今日はまた朝から検診だった。なんと、先週に比べて体重が2パウンド減っていた。昨日は朝からブルルとCostcoへ行って、イロイロイロイロ買い物。やっぱりまだトマトソースに惹かれるのか、急にミートボールサンドイッチが食べたくなり、近くのイタリアン・バーで貪るように食べた後、晩御飯はそのまま買い物で一日潰れたのでピザを取り、それから夕方には2人でアイスクリームを食べに行った、のに、だ。(書いていて自分で胸焼けしてしまう・・・。)ハゲチャビン蝶ネクタイのドクターはいつもの如く、「大丈夫大丈夫。よく有る事ですよ~。」とニコニコ。臨月に母体の体重が減っても、赤ちゃんはちゃんと育っているのだとか。はぁ、体重が増え過ぎても心配だし、減っても心配なのよね。とか言いながら、結局食欲のままに生きているわたしなのだが・・・。なんだか、外は霰だし、寒いし、と言う事で、またそのままカメラを持って家の中をうろうろ。(↑閑・と言うか、お洗濯でもしなさい!)先日五体満足で届いたゾウさんのお椅子とキモノ風の下着。それから、ブル乃助の部屋の様子をちょっとだけご紹介。このランプは、まだテーブルが無いので床に置いて有るのだが、この前シカゴで初めてIKEAに行った時に買った数少ない戦利品の一つ。夜点けると「暖かい」(ミシガンのキーワード)緑色に光り、ぬいぐるみ達を照らし出して、なかなか幻想的。ぬいぐるみが結構溜まって居るので、(既に!)部屋の角に吊るすハンモックをカタログで頼む予定。散々迷っていたクリブは、こんな感じになった。カーテンやらチェンジングテーブルのカバーやら、お揃いにしたら、この前の写真(↓)と全く同じ感じになってきた。 チェンジングテーブルは組み立てて、ノブだけはブルルのお店で特注した。密かにくまちゃん好きなわたしは、予めクリーム、黄緑、ベビーブルー、と色を決めた時点で、上の三つの壁飾りと、横のバスケット(三つセット)を買って有った。合わせもしないでバラバラに買って、ちゃんと色が合ってよかった・・・。左から、くまちゃんがおトイレしている所、お風呂に浸かっている所、そして、一番右は体をタオルで拭いている所、なのだけれど、見えるかしらん?ちなみにチェンジングテーブルの引出しにはオムツがどっさり入っている。話は変わるがオムツの世界って、なんであんなにややこしいの?(涙)
May 2, 2005
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