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加工品不毛の地松山とは、食いしん坊業界で良く聞く話である。ここで加工品とは、食材そのものに手を多く加えて食される食べ物のことを指す。具体的には、洋食を筆頭に、カレー、とんかつ、菓子類等々といったところか。週末、この事実関係を検証しに、江戸に渡った。17日(土)最初の腹ごなしは、東京丸の内にある『インデアンカレー』。この後所要があるため、さくっととる昼食にはもってこいである。お江戸といいながら、浪速のカレーだが、この甘さとスパイスの効いた洋風カレーはまず松山ではお目にかかれない。東京・大阪訪問の際には大抵口にする定番カレーだ。夕食は残念ながら、接待のため自分好みの店をセレクトできなかった。お品は、炒めるという行程の踏まない、酢豚。むしろ、豚の唐揚げのあんかけ風である。この手の料理を出す店は、大量の客をさばかないとけないという事情か、もしくはリゾート地等特殊な立地による競合店の不在、つまり、客の足元を見るという理由から、料理の手抜きに走る。こういう料理店では、金を払うこと自体がバカバカしくなる。つまらない料理に千円を投資するなら、100円のカップ麺で上等である。18日(日)朝食はビジネスホテルのバイキング。バイキングと言えば、質より量。貧乏性が丸出しになり、食べすぎてしまう。昼食。昨晩のリベンジということで、とんかつを攻める。地下鉄を乗り継ぎ、蔵前にある『すぎ田』へ。カウンター席に座り、店主を目の前に観察開始である。ロースをオーダー。厨房には2つの銅鍋が並べられ、その中に黄金の油が溜められている。店主はしきりにパン粉を鍋に放り込んでいる。分厚くカットされたピンク色のロース肉を一方の鍋に放り込む。このぶ厚さ。低温でじっくり熱を加えなければ火は回らないだろう。その後、もう一方の鍋(高温?)へ投じた後、最後にまた最初の鍋(低温?)へ。まあ、この手間暇を見た時点でもはや松山のとんかつやのレベルを超越している。まな板でカットされる肉はほのかにピンク色。口に運ぶ時には、ピンク色は消えていた。表面はからりと揚げられ、パン粉は細かい。一番端の肉から口に運ぶ。脂身を中心に、甘さが口の中に広がる。ソースはウスター辛め・甘め、醤油、塩を紹介されたが、塩が最もこの肉の旨みを存分に引き立ててくれた。2500円。千円のいかさま酢豚に比べれば安いものである。ちなみにこちらはヘレ肉。19日(日)遅めの昼食に、『銀座煉瓦亭』へ。ここでもとんかつを攻める予定だったが、入店した瞬間、デミソースの匂いに誘われ、予定変更。ハンバーグをオーダー。つなぎ多めのため肉汁は無いが、濃厚な甘みに加え、濃厚なデミに白米が進んだ。銀座のデザートは、キルフェボン。90分待ちは松山人には酷なので、テイクアウトし、羽田で洋ナシタルトをつついた。店舗拡張のキルフェボンだが、松山でこのタルト生地を作るケーキ屋は無い。食材の産地に近い田舎は都会には負けない美味しさがある。一方、産地が皆無と言っても良い東京は加工品が自ずと洗練される。もちろん洗練は、競争あってのこと。この点、田舎は競争が緩い。地域によって一長一短があるわけだが、3日で加工品、外食には飽きた。明日からまた、わが家の料理で松山を満喫しよう。
2011.09.18
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振替休暇の本日は、朝からテスト勉強。お昼を回ったところで、一旦休止。土用の日にうなぎは性に合わないと却下。ふと浮かんだカレーに、細君の同僚亜米利加人が松山一と絶賛するお店に自転車を飛ばす。愛媛は独特の味文化がある。それは、甘い味付け。味噌汁、うどん、ラーメン、寿司、お好み焼のソース、焼き肉のつけだれ…これが何故か分らないが、愛媛人としては、生まれながらに食べてきた味。毎日すする味噌汁なぞは、甘くなくては一日が始まらんというあんばいである。さて、カレー。愛媛甘しと言えども、程度があろう。みりんを鍋にぶち込んだかと思われる人工的な甘味はどうにも。。
2011.07.21
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女子サッカー日本代表が優勝した。早起きもせず、自然に目が覚め、テレビをつけると、延長前半10分。アメリカが突き放した直後だった。ちなみに裏番組の南米選手権も同じく延長戦。男子の方がよほど面白いだろうと思いつつ、なでしこをしばし観戦。明らかに日本のリズムが良く、決定機を何度も作る。ひょっとすると、と思っていると、やってくれた。後でダイジェストを見ると、ピンチをしのぎまくっていたよう。10戦してまた勝てるのはいつかというような力の差だが、これに勝利したのがまた、サッカーの醍醐味。組織力の勝利だ。午前中、なかなかのハイテンションで、研修の勉強をすませ、昼より、夏のバーゲンへ向かった。昼食は、「CAFE ナチュレ」へ。ランチメニューのロコモコを注文。取り立てての内容ではないが、オーガニックのお店だけあって、コンソメの出汁をはじめとして、味わい豊かなお味。厚手にカットされたベーコンも、薬の味は無かった。震災発生直後、話題となった「我欲」。巷の食べ物も我欲に満たされている。手間を省き、安い食べ物を大量に作り、在庫を安定させる仕組み。天罰が下らなければ良いが。
2011.07.18
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3連休も、はやから中日。お米を切らしとることに気付いて、久方ぶりにモーニングをしばくことにしたん。朝じゃゆうのに、狂っとる夏の太陽が肌をつんざくようじゃった。近所にこれぞいう食いもん屋がないんが不満なんじゃけど、こと喫茶店にはなんでか多いんよね。ほれで、近くのCAFE TRAINへ行ってみたん。車窓、いや、店の窓から見える夏の瀬戸内海はよいよ綺麗なもんよ。白米じゃのーて、たまのパンもなかなかええぞよ。ホットサンドに、ミニサラダで600円。ちーと高めじゃけど、ええ景色も眺めながら気分転換もできて良しとせないかまいの。ほやけどじゃ。後ろの席のオッサンが、煙草を吸い始めたん。煙草を吸うんはかまんけどが、他人の迷惑っちゅうんを考えたことあるんかといっつも考えてしまうんよ。特に、食いもんやで吸われたら、美味しい食いもんも台無しよ。その辺は、客より、店が配慮せないかんじゃろ。まぁサテンじゃけん煙草吸う客を逆に重宝するかもしれんけどがの。ほて、家に帰って、来週末にある研修のお勉強を始めたら、懇意にしとる漁師から電話があったん。久しぶりに鯵がとれたけん、30分ぐらいで持っていっちゃると。ほれで、ボール2つに山盛りもろたもんじゃけん、勉強そっちのけで魚さばくことになってしもた。ほやけど、鯵の美味さには負けてしまうんよのぅ。刺身サイズは無かったけどが、3枚におろして、普段はせん骨抜きして刺身にしたわい。ほれから、朝ご飯のお伴もベランダに干しといた。アラは当然吸い物よ。正直、移住も考えるこの狂った夏。新鮮サンマのアラで出汁とったらどんなになるんじゃろかとか考えてしもた。
2011.07.17
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代理から松山一美味いカツ丼を出すお好み焼き屋を紹介された。お好み焼き屋で出すカツ丼というところがなんともおもしろい。実は、以前、このお好み焼き屋で、お好み焼は食べたことはある。残念ながら、このお好み焼きがまずいのなんの。べちゃべちゃ感満載の、関西風。おふくろが良く作ってくれていたあの感じ。以来、この店には行くことはないと思っていたのだが…スキーの会合に行くついでに、ちょっと立ち寄ってみた。美味いと聞かされていたので、当然大盛り。厨房で肉を揚げる音、卵をとじる音を聞きつつ、新聞を読むこと10分弱。出されたどんぶりの大きさにしまった感。からりと揚げられたとんかつに、甘めの味付けの卵が絡みつく。良い出来栄え。ただ、肉は少し薄めで、若干の豚の臭み。大盛り580円なり。生姜焼き定食と唐揚げ定食を注文した大学生らしき2人組が、しきりに「美味い」を連呼していた。どうやらお好み焼きのある食堂屋さんにしたらよさそうだ。
2011.07.16
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3月中旬ごろから、右足の表面がなにやら痒いと自覚し始める。しかしながら、サッカーの時のスパイクが治りかけているのだと、意味の分からない理由をつけて、特に気にも留めていなかった。仕事中、痒さに我慢ならなくなった時は、革靴を脱ぎ、左足で、右足を掻いて気を紛らわせていた。末端冷え性の私は、時に革靴の中にカイロをしたためて仕事にいそしむ。この3月も、寒波襲来のある日、カイロを装着したものの、明くる日から寒さが緩み、使用済みカイロはそのまま靴の中に放置し、毎日の業務に励んでいた。一方、3月の西日本のゲレンデは、日中になると、雪は緩み、ブーツを覆う雪が解け、ブーツの中は水浸しになる。本来なら、インナーを抜き出し、乾かすべきなのだろうが、インナーの劣化を恐れる私は、それをしない主義である。当然のことながら、翌日の滑走は生乾き状態のインナーに足をとおし、滑走を繰り返していた。昨日の風呂上がり。ふと足を見てみると、右足人差し指と中指の間がひどくただれていた。と同時に、白癬菌の培養に積極的であった日々のことが思い起こされる。大急ぎで使用済みカイロを革靴から出す。皮膚科の診断は水虫。細君からはうつる、汚いと、冷たい差別を受ける始末。この数年。春先に病院の世話になることが多い。季節の変わり目。特に、厳しい冬を乗り越えた春先は、冬の疲れがどっと出やすいのだという。3年前は、一時的な花粉症的な症状。1昨年は、虫歯。昨年は、原因不明の足首痛。他にも、原因不明の腹痛もあったっけか。冬場、肉体を酷使するスキーヤーは殊更この傾向が高まるに違いない。ささいな病気だが、精神的ダメージの方が大きかった。
2011.04.02
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愛媛県の国体出場者は、本戦の1シーズン前に開催される、1次予選と本戦直前に開催される2次予選の成績を総合的に加味して決められる。この国体1次予選。例年3月下旬に大山スキー場(今年から大山ホワイトリゾートと改名)で開催されていたため、近年は雪不足によるキャンセルが相次いでいた。このため、今シーズンは、全ての県内レースが2月中に終了するように、大幅なスケジュール変更が行われた。本日はその最終となる、県選手権GSと国体1次予選の開催日。結果は、オヤジ組でなんとかラップを取れたものの、大学生からは1秒近く離される滑り。ターン後半の姿勢がようやく身になってきたものの、トレーニング不足の切り返しが目下の課題。レース前のフリーでは、一旦ニュートラルを意識しての、いい感触を味わったのだが、本番になるとそう簡単に良い動きは出ない。切り替え時に、手が引け、上へ伸びる。目線はうつ向き気味だから、ラインどりがままならない。滑走中も、ふくらはぎへの圧を感じ、どうにもならなかった。一方で、今シーズンの改善点を忘れないように書き留めておきたい。 ・板を踏むではなく、踏み上げる(高い姿勢) ・腰で踏む。踏めたら、同時にウナにも荷重できる (春の雪でもかなり安定し板がしなり、走る) ・ニュートラルポジションを一度作る (ターンの始動がスムーズ、国体シード選手の滑りを思い出せ) ・シーズンインは、X脚病が出ないよう、骨盤・上体の動きに特に注意 (ターン後半の姿勢をつくる) ・バリエーショントレーニングの動きを通常フリーでも再現する ・早めの解放で最適ターン(ガツンときたら解放。それ以上乗ったらズレズレ)シーズンはひとまず一段落。国体をはじめ、忙しい2月だった。帰宅すると、予想通り、細君のご機嫌が悪い。まだ雪は多いのだが…
2011.02.27
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大会当日、外は雪も降らず、穏やかな天気。数日前の予報では、ここ秋田の天気は「豪雪」だったが、うれしい誤算。朝食を済ませ、7時30分。アップに、水晶山スキー場へ向かう。快晴のゲレンデに興奮のオヤジ3人は、大会当日だというのに記念撮影大会。フリー2本。ゲート2本。気持ちよく体を動かし、花輪スキー場へ向かう。会場に到着し、早速インスぺクションへ向かう。リフトから既にセットされた旗門を見ると、とんでもなく狭い間隔。そして、振り幅も広い。1キロに満たないコースに、41旗門、39ターンのセット。他県情報によると、平均21メートルの旗門間隔。最短は17メートルという。曲がる技術の無い、自称スピード系のあたしにとって、最悪のセッティングだ。オジサン組は、レディが滑った、ぼろぼろのコースを滑走するため、レース開始まで少々時間がある。アルパス前で振舞われている、無料きりたんぽ汁・蕎麦で、腹を満たした。スタート40分前になり、スタートへ向かう。大一番ではあるが、急斜面だけのコースにスタートワックスは不要。簡単にブラッシングを行い、順番を待つ。今回が国体出場3度目だが、スタート前はいつも感慨深い。これまでの過程、世話になった人の顔が思い出される。サポートのおじゃる監督に励まされ、スタート小屋に入る。体を前に攻める。このことを最大のテーマに、スタート台に立つ。スタート横の、愛媛県選手団に勇気をもらい、スタート。2旗門目までは、斜面に立ち向かう気持ちで満ち溢れていたのだが…2旗門目に大きく開いた穴に目を奪われ、万事休す。手を振りみだし、大暴れをしながら、S字急斜面へ突入。斜面変化で皆警戒しているため、これまた凄い穴がいたるところに空いている。ギャップに跳ね飛ばされ、万歳。コースアウト寸前を繰り返し、S字の出口へ。ここからは攻めのゾーンの予定だったが…これまでのひどい滑りで、既に足が疲労。気持ちも後ろ向きで、攻められない。ハードパックされたきれいなコースにもかかわらず、ポジション後ろで、板を走らすことができない。ゴール間際で無理やり組んだクローチングで、板をずらしてしまう始末。今回は、記録を残すことよりも、自分の力をぶつける意気込みだったのだが、全く滑りをさせてもらえなかった。このバーン、コースに立ち向かうには、あまりに足りないことが多すぎる。そんなことを2年ぶりの国体で痛感した。ただ、一番の後悔は、斜面に立ち向かう気持ちが折れてしまったこと。攻めは最大の防御。国体予選で実践できたはずなのだが。オヤジレーサーだが、まだまだ学ぶことが多い。
2011.02.13
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大会前日。大会コースオープンが7時30分のため、5時30分起床。風邪は快方に向かっていることを実感。8時前に宿を出発。花輪スキー場へ向かう。ちっぽけなスキー場だが、ゲレンデ前には真新しいコンクリート造りの建物『アルパス』が腰を据える。大会本部、プレスもこの中に陣取られ、マテリアルコントロールも行われているという。早速、ブーツを持参し、オジサンに測ってもらう。結果は…。。自分のブーツは先シーズンモデル。ワールドカップレーサーも履くブーツなのだが、なぜこのような気苦労をしなければならないのか。それを売るショップにもしっかりと調整する責任もあるだろうに。とかなんとかオヤジグループで話しながら、ブーツを履いてゲレンデへ。われわれ成年男子C組の割り当ては8時40分から。急いでリフトに乗り、ウォーミングアップをしたいところだが、リフト券を手配する役員達が行方不明。携帯で居場所を確認し、合流できた時点で、ぶっつけで大会コースを滑ることが確定。ゴール前の急斜面。急斜面前の噂のS字。リフトから見る大会コースはみるからに難コース。スタート台へ向かうと、既にシード選手がスタートしていた。標高差330メートルのコース。本番は30代中盤から後半の旗門数が予想される。35ターンを目標に深く細かいターンを刻むことを意識してスタート。スタート直後は中斜面。やや硬めの雪面に新雪がうっすらつもりかなり滑りやすい状況。徐々にスピードがのり、10ターンに満たない状態でS字に進入してしまう。S字の進入から一気に斜度が増し、ターン孤が調整できなくなる。おまけに片斜面。フリー滑走で、たこ踊りを連発してしまう。S字後半では、体が上に伸びたため、板に走られ、転倒寸前となる。S字を終了し、最後の急斜面。ターン孤はスーパーGのそれ。20ターン前後で緩斜面へ進入。ここでようやく制動ができるようになる。無理やりターンを刻み、30ターンでゴール。大会前になんとイメージの悪いことか。ゲートトレーニングを行うため、水晶山スキー場へ向かう。花輪スキー場は、実質大会コースのみのため、トレーニングバーンの確保ができないのだ。このため、各都道府県は、近隣の水晶山スキー場や、八幡平スキー場で大会前のトレーニングを行う。水晶山スキー場はリフト一基の小さなスキー場。到着すると、北日本、中部、西日本ごとに3レーンの旗門がセットされていた。本番前の最終調整。細かなことを考えても仕方が無い。目線、手の位置にのみ注意して滑る。昼過ぎ、ゲレンデを後にし、宿に戻る。急斜面中心の大会コース。しごく簡単にワックスを済ませて、オヤジ組3人で酒盛り。地元日本酒の力を借り、明日の活躍を誓った。
2011.02.12
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7時半朝食。毎食、おかわりを連発しているので、支配人が、大盛りですか?とつついてきた。2日間、宿泊客の顔触れを見ていると、リタイヤしたとおぼしき方々が大半。あたしら2人は、平均年齢を一気に押し下げている感じである。温泉をはじめ、食事の質、スタッフの気づかいが申し分ない宿だった。食事を終え、最後の露天風呂へ。明るい中の風呂もまた格別。ゆったりと時間を過ごし、チェックアウト。支配人にバス停まで送ってもらう。バスは来た時とは違い、観光客であふれ返っていた。盛岡駅で細君と別れ、国体会場へ向かう。次の花輪線の便まで2時間ほどあるので、駅前の焼き肉屋へ入る。今度は盛岡冷麺。喉越しと肉エキスと辛子の効き具合がたまらない。他の有名店と食べ比べしたいところ。駅へ戻ると、花輪線ホームは、国体選手団で溢れていて、一気に気分が高まる。県選手団が宿泊する宿のある八幡平駅まで2時間弱。車窓を楽しもうと思ったが、雪模様で何も見えなかった。八幡平駅で一人下車し、宿へ向かう。宿に到着すると、皆温泉へ行ったらしく、居残りの数名が出迎えてくれた。晩御飯は、陶板焼きのすき焼き風に、冷凍ものの唐揚げ。米だけは美味しいので、良しとしよう。明日最終調整をして、本番を迎える。
2011.02.11
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朝起きると、扁桃腺の腫れは引いていた。鼻、くしゃみが激しいが、スキーはできそうである。7時30分朝食。桧山納豆、比内地鶏の卵に、光り輝くあきたこまち。幸せである。8時30分。宿のおばさんの運転で、スキー場へ。今朝は30センチの積雪で、おばさんは宿に遅刻したらしい。どうも坂道を車が登らなかったとか。2輪駆動でさぁ~何度も勢いつけてなんとか登ったんだ~とけらけら笑っていた。5分ほどでスキー場に到着。早速ブーツを履いて、ゲレンデに向かう。ゲレンデは、大雪のため圧雪が追いついてないらしく、ほかほかのパウダースノー。勝手のわからないスキー場。初心者の細君もいるため、他のスキーヤーを追いかけ、滑りやすそうなコースを探した。超安全運転の細君は、本日も几帳面なターンを繰り返す。滑りやすい圧雪ゾーンに誘導しつつ滑るが、コース幅が狭いため、非圧雪ゾーンに突っ込み、見事に転倒していた。朝から雪模様で、視界不良だったが、昼前に一瞬視界が開け、眼下に田沢湖を見ることができた。昼食を挟み、6時間みっちり滑り切った。細君は今日だけで、かなりの上達。国体コースも滑り、もう一息で板も揃いそうな状況である。松山に帰っても、滑りに行きたいとこだが、何せ、休みがないのが残念。宿に帰り夕食後、本日のもう一つのお目当てである、乳頭温泉鶴の湯へ。鶴の湯は、駒ケ岳温泉が経営しているようで、宿泊客を送迎するサービスを行っているようだ。宿からは、車で20分。田沢湖温泉郷からは随分離れた山の奥深くにある、秘湯である。車を降り、風呂場まで案内される。暗闇で良く分からないが、古い木造の建物が建ち、少ない光が、雪道を照らす。なんとなく、江戸時代にタイムスリップしたような雰囲気である。この鶴の湯は、混浴露天風呂に、黒湯・中湯・白湯とあり、それぞれに効能が違うらしい。まずは、露天風呂へ。脱衣所で裸になり、外に出ると、数名の女性が目の前ではしゃぎながら脱衣所から、源泉の方に、湯船を歩いていた。暗闇と湯煙とでほとんど何も見えないのだが、タオルを大事な部分に当てて、大急ぎで湯船につかる。湯船の端で、細君が来るのを待っていたが、次に来るのが知らない女性だったらどうしようとか、何とか考えると、どうにも落ち着かない。混浴には1人では来れないとかなんとか考えていると、幸いにも細君がやってきた。湯船は、自然とグループごとにテリトリーができている感じである。源泉の近くでは、10名近い女性の集団が、大騒ぎで酒盛りをしている。凄い雰囲気と、光景である。2人でひっそりとたたずんでいると、酔っぱらったおじさんから、ここが温かいからと案内された。どうやら付近に源泉があるらしい。外気で温度が下げられ、かなりぬるいため、ありがたい案内だった。30分近くつかっただろうか。体が温まったところで、別の湯へ向かうことにした。あたしは、黒湯・白湯へ。黒湯は、子宝の湯、白湯は美人の湯と呼ばれている。ちなみに、中湯は眼っこの湯。効能が違うということもあってか、白濁の具合が微妙に異なっているように感じた。明日は早くも最終日。半日スキーの選択肢もあったが、まったりと宿で過ごすことにした。
2011.02.10
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松山のお椿さん。日頃休暇の取れない細君の職場はは休みとなる。貴重な3連休。あたしとの、遠方への旅行を楽しみにしていたが、今年は国体の日程と見事にバッティング。このため、もし国体に選考された場合、一緒の旅行は難しくなると、事前に話していた。結果、あたしが県代表に選考されたため、スキー旅行は難しくなったのだが…選考された日以降、どうにも細君の様子がおかしく、旅行をあきらめきれない様子。それならと、細君と3日間旅行をした後、会場入りすることにした。本年のスキー国体は秋田県は鹿角市。そうすると、細君との旅行先は、東日本方面が都合がいい。旅行先の要望を伺うと、なんとスキーがしたいとのこと。それなら話が早いと、早速東北地方のスキー場を検索。安比ならば、2人で遊んだ後、会場入りもたやすいのだが。ただ、この安比。リフト代・宿代の相場が異常に高い。しかも、このご時世においてなおバブリーな匂いがぷんぷんして、東北の風情を感じられないような雰囲気。思案しているところに、秋田赴任中のスノーダンプさんより、田沢湖スキー場を勧めていただいた。スキー場も楽しめ、温泉郷でアフタースキーも楽しめる。迷わず、目的地を決定したという次第である。5時起床。飛行機、新幹線を乗り継ぎ、お昼すぎには、盛岡に到着。せっかくなので、昼食がてら盛岡市内を散策。昼食は、事前にチェックしていた白龍のじゃじゃ麺。独特の米麺に、肉味噌だれをからめて食べる、西日本ではお目にかかれない食べ物。ニンニク・生姜も好みで加える。今朝から扁桃腺がぱんぱんに腫れ、寒気がしていたが、汗が吹き出る。ご当地ぐるめらしく、体が心から温まる。お決まりの、卵汁(ちーたんたん)で締めて店を出た。次の新幹線まで時間もあるので、駅までぶらぶら歩くことにした。城下町の盛岡は、しっとりとした風情を感じた。お城周辺では、雪の彫刻祭りが今晩からあるそうで、地元の大学生たちが、忙しそうに雪の灯篭を作っていた。盛岡を出ると間もなく、こまちは、雪煙りを上げながらかなりの勾配を登り始めた。30分ほどで、田沢湖駅に到着。ここからは、バスで宿に向かう。駅前は、土産店が数軒あるだけで、かなりひっそりしている。土産を物色し、バスに乗車。乗客はわれわれを除き、1名。雪模様の夕暮れ時ということで、車窓から広がる景色が一層寒そうに感じられる。と、細君が、「こちらの人はみんなカーテンをしないんだね。」呟いた。そういえば、北海道でも同じことを感じた。夜間でも、カーテンをしないから、部屋の中が丸見え。遮光・断熱効果があるカーテンだが、これはどういうことなのだろうか。20分ほどで、田沢湖畔に到着。田沢湖がこんなに標高のある場所にあるとは意外。田沢湖畔から数分。宿から指示のあった、休養センター前で下車。宿のマイクロバスが待っていてくれた。運転手は、声色から、予約対応をしてくれたお兄さんと分る。マイクロバスに乗り換え、林道を少し走ったところで、本日の宿、駒ケ岳温泉に到着。早速なまはげが2人を迎えてくれた。お目当ての夕食。はたはた、きりたんぽ、十割そばに日本酒。地元名物をいきなり堪能できた。夕食後、貸切露天風呂へ。宿の離れにある脱衣場に入ると、硫黄の匂いが鼻をつく。大急ぎで服を脱ぎ、風呂場へ出た。この露天風呂は川のすぐそばに位置し、雪景色にぼんやりと湯気が立ち込め、なんとも言えない風情が漂っている。源泉は高熱だが、外気に冷やされ、風呂の温度はぬるめだが、10分もすると、体の芯から温まった。明日はスキー。体の具合が気がかりだが、明日には治っているだろう。
2011.02.09
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愛媛の国体予選は、いろんな意味で日本屈指だ。南国にもかかわらず、自県開催。開催時期は、最も早い。開催時間は、夜間ナイター。会場規模が小さいため、スキー場を閉鎖しての開催。大会コースが短いため、林道を使用。林道特有のヘアピンカーブ有り。等々。少し緊張気味の朝を過ごし、正午過ぎ、細君とともに家を立つ。今年は細君付きの大会参加。昨年は、インフルエンザで寝込んでいたが、今年は応援に来るという。石鎚スキー場に到着し、レストハウスへ入ると、いつもの顔触れが揃う。足慣らしに、フリーを10本ほど。短い距離に、片斜面。やはり気持ちよく滑れないスキー場だ。スキー場営業終了後、レストハウスで開会式。司会進行は例年通り、だみ声の役員。高校生のやる気のない選手宣誓で、大会開始だ。今年のセッターは、オジサン組を引退したばかりの○河氏。選手時代から、テクニカルなセットが大好きな人。曲がれない僕には少し気がかり。インスぺクション。やはり、昨年とは違い、間隔の狭いセット。ただ、コース後半の急斜面はさほどきついセッティングではないよう。板の最終仕上げをして、レストハウスでjrの観戦。そうこうしていると、ゲレンデにはガスがかかり始める。風も強く、旗門が傾いている。10人ほど出走した時点で、光電管が切れないほどの濃霧となる。レストハウスからは、何も見えない。20分ほどの中断を経て、レース再開。2旗門先がかろうじて確認できる状態か。かなり悪いコンディションを恨みつつ、スタートへ向かう。スタート間際、状況は回復しない。だんだんと気合が入ってくる中、状況を憂いても仕方が無いと思えた。腰を引かず、責めることこそが一番の安全運転なのだと。良い気合・緊張感とともに、スタート。世にも奇妙な、ヘアピン180度ターンを無難に処理し、緩斜面のクローチング。体は動いている。スルーゲート直前でクローチングを解き、最大のポイントと読んでいたの急斜面への斜面変化を無難に通過する。以降は、多少遅れながらも、まあまあのラインで滑り下りられた。スピードに乗って、ゴール。手ごたえは十分だった。リフトに乗り込みと、自分のゼッケンとタイムがこだまする。思わず、ガッツポーズ。県内ラップとはいかず、総合では2位だが、親父組では初優勝。写真は僕の画像らしいが、滑走音のみで何も写っちゃあいない。
2011.01.09
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30日から3日まで都合5日間の恒例ハードトレーニング。今シーズンは、細君を始め、周辺状況を慎重に見極めつつ…やはり参加となった。スキートレーニングでは非常識となる、5日連続滑走。毎年後半になると疲労から、技術の向上どころではない。トレーニング終了後の体力の回復にも時間がかかるほど。そんなところから、今回は1本に集中し、ゲートトレーニングも抑えめにというつもりだったが…実際、子どもたちよりは抑え気味に滑ったとはいえ、今シーズンは高速クワッドの大松山をベースにトレーニングとなったため、効率が上がりすぎて、当初の目論見は簡単に崩れ去った。さて、実際のトレーニングはというと、初日のグランプリ初ゲートでは、おっかなびっくりだったが、技術の向上はさておき、後半には霧で視界が悪かろうが、多少のほれがあろうが、気にせず滑れるようにはなった。例年、急斜面・ハードバーンに対するストレス耐性が身に備わることがある意味この合宿の一番のメリットだろうか。技術面では、やはり、ターン後半姿勢の甘さ(特にゲートに入って)が一番の課題。このため、切り替え方向が明後日の方向になり、全てのターンが後手後手になる。トレーニング初日・2日目までは、X脚の悪癖も顔をのぞかせた。後半には、これはという感覚も味わうことができた。腰のポジションの矯正がある程度行えたことが一番の収穫か。腰のポジションを正確に保ち、高い姿勢から板を踏み上げる感覚。毎度のことながら、長年スキーをやっていてなんでこんなに気付くのが遅いのかと、自分自身にあきれ返ることが多いが、こんなことがあるから、スキーは止められない。土曜日に最終調整をして本番を迎える。
2011.01.03
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スキーヤーにとって、冬の訪れは楽しみの一つ。11月も中旬になると、初滑りに想いを募らせる。天気予報に一喜一憂し、スキー場ホームページやスキーヤーのブログをくまなくチェックする。四国ではシーズンインは12月下旬(アイスクラッシュのザラメスキー場は別)が相場。1月上旬に国体予選という、ビッグイベントが控えるため、シーズンインのスタートダッシュをかけることにも、この数年注力してきた。しかし、今年はどのスキー場も自然雪はおろか、気温が下がらないため、人工降雪もままならない状態が続いている。今年もマイレージを蓄え、北海道へ渡る準備は万端だったが、かもい岳は滑走困難な状態。近隣の頼みの富良野スキー場も壊滅的。さらに、12月の休暇は1日~3日にしか消化は不可能。雪が降るのを待つことはできない。そんな中、最もコンディションが良さそうだったのが、チャオ御岳スキー場だ。開田高原は連日氷点下を記録し、人工降雪も順調に稼働しているとのこと。オープンは12月2日で、ゴンドラコースが滑走可能という。2キロという長い距離をフリー滑走できることは、シーズンインのポジション確認には最適だ。今シーズンのシーズンインはチャオ御岳に決定。完全一人合宿になるが、仕方が無い。1日のんびりと車を走らせ、夕方、今回の宿、スポーツインオラに到着。チャオ周辺には宿が少なく、滞在は少し面倒。最もスキー場に近く、チューンナップルームも整っているとのことで、この宿に決めた。2日。朝食を済ませ、スキー場に向かう。バーンコンディションも上々。前後バランスを意識しながら、ゴンドラコースを滑り続ける。2シーズン目のR27ということもあってか、初滑りにしてはいい感じで滑走ができた。宿に帰り、高地トレーニングでも有名な平坦な開田高原を30分のジョグ。フレンチ修行中という青年夫婦のディナーはボリューム満点だった。3日。昨晩からの土砂降りが続く。のんびりと朝食をとり、1時間ほどしてスキー場に入る。明日土曜日は恐らく猛烈な人出が想定される。場合によっては、早々に下山。雨も小康状態になったので、ゲレンデへ。昨日に引き続き、悪癖に注意しながら滑走。10年はき続けているボロズボンはあっという間にびしゃびしゃ。パンツが湿る。昼食を挟み、雨が雪に変わる。ここぞとばかりに滑走しまくる。14時前後。雷雲接近とのことで、ゴンドラの営業が停止されたところでトレーニング終了。4日。予想通り駐車場は車でごった返す。ゴンドラには長蛇の列。30分がかりで1本滑走。1本滑るごとに列は伸びていく。4本目を滑り、行列の長さを確認して、下山を決意。今ある状況では最高のトレーニングができた。今度の滑走は、年末だろうか。
2010.12.04
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ついに帰国の時が来た。どうやら完全に風邪をひいてしまったらしく、喉が痛い。3つ星ホテルは、やはり価格相応。エアコンディショナー無し、バスタブ無し。朝食はこれまでで一番簡素なものだった。このホテルには宿泊のみを目的としていたから、全て想定の範囲内。8時前にチューリッヒ中央駅へ到着。空港行きの列車を探すが、どうも分らない。案内所でホームと列車番号を教えてもらった。空港行きは、通常の路線とは違って、構内地下にあった。空港へは15分程度で到着。幸いチェックインの窓口は空いていたが、残念ながらヘルシンキから関西空港への便では、連席を押さえることができなかった。チェックイン後しばらくして、ビクトリノックスのナイフをスーツケースに入れるのを忘れていることに気付いた。窓口へ向かうと、スーツケースは飛行機へ運ばれているという。代替策として、500円程度するペットボトルケースを買って、それに入れたらと、ロビーマンに提案されたが、もったいないので、ナップサックを追加で預けることにした。チューリッヒ空港を予定通り離陸し、ヘルシンキ経由、関西空港入り。旅行の間に、猛暑の終息を期待していたが、どうやら旅立つ以前よりも猛威をふるっている様子。大阪の街は、朝から酷暑。土産のチョコの様子が気になる。日本食を求め、吉野家へ。残念ながら、朝定は終了していたが、醤油味、みそ汁を堪能。やはり日本食が世界一旨い。難波JRバスターミナルはお盆の帰省客で賑わっている。松山まで約5時間の行程。日本についてから10時間後、松山へ帰還。夢の1週間が閉幕してしまった。
2010.08.12
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本日は疲れのためか、眠く7時前まで寝てしまった。昨日の冷えからか、どうも喉が痛い。細君の風邪がやってきたのか。楽しみな朝食も今日を入れてあと2日。毎日時間をかけ、たくさん食べることができた。そして、本日も一番乗り。登山家以外、みなさんのんびりなのだろうか?ホテルから見える山々は少し雲に隠れている。ホテルのママさんに今日の山の天気を聞くと、問題ないとのこと。本日も例によって具体的な行程を決めてなかったが、とりあえず、クライネシャイデックへ向かい、四方へ伸びる散歩道を散策することにした。今回のツアーで利用したホテルはほとんど家族経営のようだった。ヨーロッパのホテルは四つ星クラスでもそうした経営形態が目につく。ホテルアルテポストも家族経営で、日本で言うペンションと変わらない。宿泊客は常連さんが多いのか、僕たちのチェックアウト中にもママさんが、老夫婦と仲よさそうに話をし、別れ際に、当ホテル自慢のチーズを手土産に渡していた。長野のペンションでいただく野沢菜を思い出した。ちなみに、ママさんは、新顔の僕たちにもスイスチョコをお土産に渡してくれた。チェックアウトを済ませ、ママさんに送迎を頼むと、ママさん自身が車で僕らを送ってくれた。スーツケースをライゼケベック受付所に預け、クライネシャイデック行きウェンゲンアルプ鉄道(WAB)に乗車。電車は、標高1000メートルのグリンデルワルトから、一気に急こう配を駆け上がり、2000メートルのクライネシャイデックへ僕たちを運んでくれた。到着すると、ほとんどの乗客は、駅舎を挟んで逆側のホームに待ち構える、ユングフラ鉄道に駆け足で乗り込んでいる。ユングフラウヨッホはスイス観光では目玉の一つであるが、時間との兼ね合いから、パス。氷河の中に行くよりも、氷河を見ながらの散策を選んだ。ユングフラウ鉄道を見物しつつ、行き先を思案。帰りに電車に乗れることも考え、とりあえずウェンゲン方面へ歩くことにした。線路と並走し歩き始めると、遠く先にウェンゲンの街並みが見える。弱めの日差しもあってか、空気は肌寒い。数分歩いたところで、細君が、散歩コースの変更を提案してきた。牛を見たいという。そういえば、ウェンゲン方面とは逆の方向。アイガー方面の丘に、放牧された牛が見える。軌道修正は本意ではなかったが、それもまあよかろうと、アイガー方面へ方向を変える。これが結果として、最高の選択になった。180度方向を変え、アイガーを正面に、登り道を歩き始める。歩き始めた当初は、下調べもしてなかったコースだったので、とりあえずは、見晴らしのいい場所まで行って、クライネシャイデックの駅に戻ろうかと考えていた。歩きながら、周りの人たちに話を聞いていると、どうやらこのコースは、クライネシャイデックから次の駅、アイガーグレッチャー方面へ歩く道だということが分った。それなら帰路に困ることはない。駅を目指すことにした。少し登ると、放牧中の牛の間近に。近くに寄ってみると、彼らは凄い勢いで草を食べているのが分る。ばりっ、ばりっときれいに草刈りをしている。間近で様子を見ていた細君は、温厚そうな牛さんの御機嫌を損ねたらしく、角を振り上げられ、威嚇されていた。歩くにつれ、アイガー、メンヒ、ユングフラウの山々がどんどん迫ってくる。ただでさえ険しい感じの山々だけに余計に迫力がある。雲が多く、時折山を覆い隠すが、それほど気にならない。振り返ると、ウェンゲンの街並みは眼下遠くかすんで見える。のんびりと歩きながら絶景を堪能する。しかし毎日の感動もこれでおしまい。山を眺めながら、この景色との別れと、旅の終了を想い、なんとも切ない気分になってしまった。コース終盤からは、アイガーを眼前に、小高い丘の背にできた細い道を登っていく。これが、人2人すれ違える程度の細いうえ、左右崖になっているのでなかなかスリリング。山に気を取られていると、足を踏み外しそうである。進行方向右側が落ちると難儀そうなので、左側によりつつ歩く。コース終点直前では一面の花畑に迎えられた。アイガーグレッチャー駅に到着し、ユングフラウ鉄道に乗り、クライネシャイデックへ戻る。丁度お昼も重なり、駅周辺レストランは、おびただしい日本人で賑わっている。日本人を避けるように、駅から少し離れたレストランでランチをとることにした。小高い丘にあるレストランのテラスからは、アイガーをはじめとする山々が望める。テラスの下にある小道は、ひっきりなしにバイカーが自転車をこぐ姿が見える。スイスでは、行く先々で、バイカー姿に遭遇した。氷河鉄道沿線の道路、標高3000メートルの展望台等々。絶景を見ながらの走行は爽快に違いない。後ろ髪をひかれながら、クライネシャイデックを後にし、グリンデルワルト、インターラーケンオストと電車を乗り継ぎ、ベルンへ。ベルンは天候が悪かった場合に立ち寄る予定だったが、欲張りして途中下車してしまった。お土産物色も兼ねて旧市街を散策することにした。ベルンの街はこれまでとは一転。ローマの街を思い出される都会の喧騒である。しばらく歩き、人に酔ってきたので、チョコレートを買い、早々にベルンを脱出。本旅行最終宿泊地のチューリッヒへ向かう。スイス最大の都市は、ベルンとは違い、落ち着いた面持ち。駅周辺でも、静かな落ち着いた街というのが印象だ。無事スーツケースを受け取り、ホテルでチェックイン。この旅行では細君の体調不良以外、これといったハプニングは無かった。2人の思い通りに初めての体験も何事もなく済ますことができた。しかし、チェックインの際、突然予約は無いとフロントマンから言われる。予約サイト画面のプリントアウトを見せて再確認をお願いすると、フロントマンが端末を見ながら、中国人の名前を口走った。いやいや、われわれはジャパニーズと話していたが、もしや…端末を覗き込むと、漢字が中国語風読みでローマ字に変換されていた。パスポートチェック等でとりあえず難を逃れた。最後の晩餐へ向かう。旧市街の裏手に入ると、オープンレストランが立ち並び、賑やかな雰囲気。僕たちは、少し落ち着いてそうな、リマト川沿いで、レストランを探した。少しお洒落なカフェバーを発見したのでそこで軽めの夕食。旅の疲れと、昨日・今日の冷えにやられてしまったのか、体調がよろしくない。早めに、ホテルへ戻り、体を休めた。
2010.08.11
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ツェルマット2日目の朝。昨日同様6時起床。マッターホルン様は左半分を雲に覆われている。昨日ほどではないが、まずまず好天のよう。本日も気象コンディションにより当日の工程を決める予定だったので、しばらく思案。そのままツェルマットに別れを告げる選択肢もあったが、昨日の今日である。そんな選択肢は早々に除外され、マッターホルンを望む定番展望台の一つである、マッターホルン・グレーシャー・パラダイスへ向かうことにした。朝食、チェックアウトを済ませ、ベルボーイに駅まで送迎してもらう。駅には、本日の宿泊地であるグリンデルワルトまで、スーツケースを配送してもらうために一旦向かわねばならない。スイス鉄道特有のシステムである、ライゼケベックは、当日配送を希望するならば、朝9時での受け渡しがリミットとなる。ここで問題なのは、マッターホルン・グレーシャー・パラダイスへのゴンドラリフト乗り場は町を挟んで駅と正反対の場所にあるということ。そのため、駅へ到着してから、ベルボーイに、ロープウェー乗り場まで送ってくれないかと、交渉するが、残念ながら英語が全く通じない。身振り手振りで、なんとか希望を伝えると、とりあえず彼は「OK」と回答した。また帰ってくるからと伝えて、僕たち2人は手荷物受付場所へ向かったのだが…手続きを終えて、駅前に行ってみると、案の定彼は姿を消していた。やっぱりね。フロントであらかじめ依頼をしておいたら良かったが、仕方が無い。駅前から出ている市内バスを待つことにした。細君はトイレへ。僕は駅前をフラフラしていると、彼が別の客を乗せてやってきた。捕まえて、再び送ってくれるのかと尋ねる。すると、また「OK,OK」と言ったかと思うと、逃げるように猛スピードで車を走らせて行った…彼にとっては朝のラッシュ時に無理難題だったに違いない。そんなこんなで、バスに乗り、ゴンドラリフト乗り場へ。スイスパスを提示し、半額でも高額な往復券を購入し、乗車。きれいなロッジ、かわいらしい倉庫を眺めながら出発。シュバルツゼー経由で、トロッケナーシュテークでゴンドラを降り、ロープウェーに乗換える。昨日歩いたゴルナーグラートから眺めた氷河の間近を登っていく。ロープウェーからの絶景も印象的だが、それ以上にスリル感満点だった。とんでもなく高い空中を一本の長大なロープをつたっていくのだから、よく考えると心もとない。終着駅も、山の頂上付近をくりぬいたとんでもない所にあった。到着すると、早めのトレーニングを終えたスキーヤーが大勢待ち構えていた。その中に、JAPNのユニホームを発見。顔を見ると、石井智也選手。思わず、乗り込んで出発を待つ石井選手に、記念撮影をお願いしてしまった。石井選手はわざわざ脱いでいたユニホームを着て、控えめなピースで撮影に応じてくれた。ただ、標高3800メートルでの興奮は体に堪た。。呼吸を乱しつつ、山をくりぬいたトンネルを歩き、エレベーターに乗る。エレベーターを出ると、真っ白なブライトホルンが眼前に広がり、頂上を目指す人たちの列が見える。昨日より標高が高いとはいえ、日差しが弱く、風も強い。上着を羽織ってきたが、かなり寒い。右手には、スキー場が見える。石井選手が、まだ他の人たちは練習していると言っていたので、佐々木、湯浅、松本の男子JAPANチームがトレーニングしているのだろう。展望台へつながる短い階段をゆっくりと登る。やはりかなり空気の薄さを感じた。展望台は人で埋め尽くされていた。人が多いのと、寒さが重なり、ゆっくりとという感じにはなれなかった。おまけに、マッターホルンは雲に隠れてしまっている。数枚写真撮影をし、そそくさと展望台を後に。遠く、ユングフラウ、モンブランを望めたらしいが、確認を怠ってしまった。その理由は寒さだけではない。旅の必需品、「地球の歩き方」をツェルマット駅でライゼケベックの手続きをした際に、忘れてきてしまった。そのため事前の情報収集が行えなかった。ガイドブックはこれからの旅にも必要だし、帰ってからの記念になる大事な本。保管されているといいのだが。エレベーターを降り、スキー場方面へ向かう。展望台では数分の滞在だったが、完全に体が冷えてしまった。休憩がてらスキー場を見下ろせるレストハウスで温かいスープを。スキー場はなだらかな中斜面といった感じ。GS,SLのゲートが7,8レーンセットされ、かなり小さくだが、滑走する選手を確認することができる。外は寒く、夏スキーの様相は全くない。恐らく新雪もコンスタントに降っており、環境は相当いいようだ。こんな環境で練習できるとは夢のようである。体を温め、Tバーリフト方面へ少し歩いてみる。この時間になるとトレーニングを終えた選手たちが続々帰ってくる。スキーを履かずにスキー場に来る虚しさがこみ上げてきてしまったので、早めの下山をすることにした。しかしながら帰りのロープウェーは選手・コーチで満員状態。スロベニア女子代表選手らしき人たちがいたが、残念ながら顔は承知していない。結局彼らの観察で、帰りも楽しいやら虚しいやら…ナッツを終始食べる選手が印象的。ツェルマットへ戻り、まずは駅へ直行。スーツケースを預けた窓口へ行くと、窓口の横に、そのままの状態で放置されている本を発見。ほっと一息つき、とりあえず列車の時間までにランチを済ませることにした。ところで、スイスに来て思うのは、ハエの多さと、せっかちな給仕係が多いこと。ハエに関しては周りに家畜がいるせいだろうか。テラス席に座ると、さらにたかられ度は高まる。その状況はある意味東南アジア以上かも…このレストランでも、テラス席でハエがブンブン。給仕係に関しては、国民性なのか、ほとんどのお店で、特に女性が忙しそうにしていた。オーダーする時などは、決めかねているわれわれを、まだなのか、早くしろと言わんばかりにせかしてくる。質問すると、回答はしごく手短に終わらせ、足早に違うところへ向かう。ちなみにこのレストランは、男性だったためか、普通の応対ではあったが…オーダーが遅くなり、電車の時間が気になったため、少しばたばたと勘定を済ませ、本日の宿泊地、グリンデルワルトへ向け、予定の電車に乗り込む。ライゼケベックを利用して、スーツケースが無いため、身軽に動けるのがいい。最初の乗換地フィスプには例によって、数分遅れで到着。乗り換え時間がわずかなことと、鉄道会社がマッターホルンゴッタルド鉄道(MGB)からスイス国鉄(SBB)へ変わるため、少し焦り気味に案内板を頼りに移動する。無事インターシティー(IC)に乗り込み、席も確保。スイス初の特急列車らしい特急列車は、静かで乗り心地もなかなかいい。車内に観光客は多いのだが、車内は騒がしさもない。照明が若干落とされた、大人びた空間演出も重なり、落ち着いた時間を過ごすことができた。隣の席で、英国人とおぼしき素敵な老夫婦が、パンとチーズを美味しそうに食べていたのが印象的だった。30分程度でシュピーツへ到着。これまた数分の乗り継ぎ時間で、インターシティーエクスプレス(ICE)乗り換える。駅のホームからは、トゥーン湖が望め、これまでとは違う景色が広がる。インターラーケンオスト駅からは、登山鉄道(BOB)でグリンデルワルトへ向かう。黄色と青のカラフルな電車は、長大編成。半分の編成は、途中のツヴァイリュチーネンンで切り離され、ラウターブルンネン方面へ先に発車していった。緑の草原地帯を走りながら、高度を徐々に上げ、険しい山々が近づくころ、列車はグリンデルワルトへ到着。駅へ降り立つと、少し雲に覆われたヴェッターホルン、アイガーといった険しい山々が2人を迎えてくれる。グリンデルワルトは、山の雰囲気も、街の雰囲気も、サンモリッツ、ツェルマットとは異なる。街は本当に小さく、観光客は多いが、なにか落ち着いたたたずまい。お洒落な村というのが印象だ。メイン通りを散策しながら、宿泊するHotel ALTE Postに到着。チェックインを行う傍ら、駅へ車を運んでもらい、スーツケースを引き取りに向かった。少し心配しながら、窓口へ向かうと、奥の方に見慣れた2つのスーツケースが置かれているのを発見し、安堵。宿へ戻り、部屋のテラスでCOOPで買ったぶどうをついばみながら、しばらく休憩。ディナーは、やはり評判のホテルレストランでとることに。ここのウェイトレスもやはりバタバタ。ハエはブンブン。サラダ、ロスティ、豚肉のロースト、白ワインをオーダー。ここにきて、各プレート、ようやく西欧らしいボリューム満点の盛り付けで登場。また、塩辛くて食べれなかったという評価を耳にしたスイス料理だが、薄味党の僕でもスープが少し塩辛く感じる程度で、どこも美味しくいただけた。夕食後、まだまだ明るい、街並みを散策。気候は少し肌寒いが、きれいな景色と空気が気持ちいいのはスイス共通である。日没とともに、本日も充実した長い一日が終了した。早くも、明日で観光は最終日。贅沢な話だが、晴れてくれ。
2010.08.10
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6時の目覚ましとともに起床。真っ先に、カーテンを開ける。寝ぼけ眼の先に、黒く尖った威容がそびえ立つ。日中の陽気な姿と対照的なその姿は、恐怖心すら感じさせる。思わずカーテンを閉めてしまった。しばらく、ベッドに寝転がり、気持ちの整理。丸裸にされたマッターホルンが見えるということは、本日も快晴ということか。どうやら日の出はまだのよう。ということは、これから朝焼けが拝める。あわててベットを出、上着を羽織り、ベランダへ。言葉を失う。既にマッタ―朝焼けが始まっている。先端の赤みはみるみる大きくなっているのが分る。興奮しながら、急いでカメラの電源を入れて、絶景を撮影。自分は晴れ男と自負していたが、まさかこれほど簡単に朝焼けをみることができるとは。細君は気持ちよさそうに睡眠。急いでたたき起すが、マッターホルン様を一瞥すると、再びすやすやと寝始めた。本日のハイキングは大丈夫だろうか?との心配がよぎるが、そんなことは関係ない。幸せ。ラッキー。大興奮の写真撮影の次は、街中探検を兼ねたジョギングへ。睡眠中の細君をホテルに残し、ホテルを出た。いったん、町の外れへ向かい、その後フィスパ川沿を下り、駅前で折り返し、町を一周。町には、既に、山へ向かう観光客の姿がちらほら。スキーヤーは自転車でロープウェー乗り場へ向かっていた。ホテルに戻ると細君はまだ睡眠。しばらくして、ようやく起床。天候の良さに一応感動していた。ツェルマットでは、天候と相談しながら、当日の行動を決める予定だったが、本日の快晴に迷わず、ゴルナークラート展望台へ向かうことに決定。本来なら、朝一の電車に乗りたいところではあるが、朝食を食べるとそれは少し厳しい。また、8時半前後はツアー客でごった返すことを想定すると、少し時間をずらすことが得策と判断。本日の快晴。さほど急がずとも、この天候なら多少時間が遅くなっても大丈夫だろう。ホテルのテレビから確認できる展望台の様子も全く問題が無い。レストランに行くと、まだ時間が早いのか、客はわれわれ2人のみ。同泊している、スイスジュニアチームは当然のことながら山へ登ってしまったに違いない。昨日、彼らを発見し、ホテルのオーナーらしき親父に尋ねると、あと5年すればトップチームと言っていたので、恐らく高校生ぐらいなのだろう。昨晩は、思わずかれらの体つきや、身の回りの持ち物をじろじろと観察してしまった。さて、朝食。置かれているものはこれまでのホテルとは似たような感じだが、少し小洒落た感じ。オーブンの上に、フライパンが置かれてあり、自分で好きなように調理できるようだ。また、スクイーザーを使って絞りたて生ジュースを作ることができる。いずれも、機材の使い方の説明を受けてから、作成開始。当然のことながら、“いただきます”には相当時間がかかった。のんびりと朝食をとり、駅に向かう。切符売り場は結構な人だかりだが、日本人の姿はほとんどない。スイスパスを見せると、ガイドブックの情報通り半額でチケットを購入することができた。既に満席の便を乗り過ごし、10時前発の次の便を待つ。急ぐことはない。電車は、街を迂回するように少し走ると、すぐに勾配を登り始める。ツェルマットの街並みが小さく遠ざかると同時に、みるみるマッターホルンの姿が大きくなる。終着駅の手前、ローテンボーデン駅に到着すると、駅は日本人で埋め尽くされている。どうやら予想が的中したらしい。ゴルナーグラート展望台を僕たちよりも一足先に見物した日本人観光ツアー御一行様が、これからハイキングに向かうところなのだろう。隣にいた西欧人に、ジャパニーズと揶揄されるが、私たちは彼らとは違うと、思わず切り返してしまった。展望台の駅、ゴルナーグラート駅に到着。早速頂上の展望台へ向かう。標高3000メートルは少し歩くと息苦しい。360度のパノラマが広がる展望台からは、モンテローザを始め、数々の氷河が迫る。絶景をくまなく堪能した後、駅へ向かう途中、偶然にもアイベックスの姿を見ることができた。ホテルのお土産物屋で買い物をした後、下り列車に乗り、ツアー客と同様、ローテンボーデン駅へ降り立つ。ローテンボーデンから次のリッフェルベルク駅までのハイキングコースは、短いながらも、逆さマッターホルン始め、絶景が拝めるため、ツアー行程に組み込まれている。ハイキング・登山とはあまり縁のない細君でも、さすがにこのコースなら楽しみながら歩くことができるだろう。駅を出ると、すぐに道は下り始める。昼前だが、相変わらず雲ひとつない青空が、アルプスの山々を包む。少し行くと、ガイドブックどおり、湖が現れる。湖では、犬が水遊びをしているらしく、遠目では、犬さんが作る波紋が湖面に映るマッターホルンを消しているように見えた。心配しながら湖に近づくと、見えた。逆さマッターホルン。一面に広がる青い空と山々。面白いのは、少し歩くだけで、山の姿がころころ変わること。背後のモンテローザもまた展望台とは違う様相。お昼休憩は、見晴らしのいい、岩の上でフルーツとお菓子をついばむ。時間を気にせず、大自然の中で本当に幸せな時間が続く。細君もこの大自然に感動しているよう。この晴天に感謝だ。ツェルマットに戻り、お土産を物色。旅も後半。そろそろお土産を購入しておかねばならない。街を散策していると、氷河鉄道で見かけた人、登山列車で見た人、山で見た人と、顔なじみに再開するのもまた面白い。細君は、帰りの列車ではお疲れ気味だったが、女性の本能だろうか。ショッピング開始とともに、エンジン再始動。僕は逆に空腹のためエンジン停止。長期戦の様相を呈してきたので、マクドでハンバーガーを食べ、お先に宿で休息することにした。宿への道すがら、同泊のスイスジュニアチームが、コントレ・チューンナップが完了したのだろうか、お菓子・ドリンク類を買いあさっていた。宿に帰り、一服。今晩は、お約束チーズフォンデュを食べることにしているので、フロントで情報収集。2店舗案内されたが、1店舗はガイドブックとバッティングしていた。細君の帰りを待ち、ガイドブックに無い方のレストランへ向かうが、残念ながら本日休業。結局、観光客が利用そうな「カサ・ラスティカ」へ。やはり、店内は日本人だらけだった。トマトフォンデュにロスティ、サラダ、そして例によって当店お勧めワインをオーダー。トマトフォンデュは色が違うだけで、日本で食べたチーズフォンデュと全く同じ味だった。日本と違うのはからめる具材がパンとジャガイモだけということ。バリエーションが少ないうえに、ジャガイモが大量なので、すぐに飽きる。サラダに盛られたトマトをからめて食べたりした。腹満杯、酔っ払い状態でホテルへ帰ると、1階のバーは今晩も賑やか。僕たちもそんな雰囲気に誘われ、思わず飲み直してしまった。長く充実した一日もようやく終了。本日はツアーの中でも僕にとっては、メインディッシュ。返す返すも晴天に恵まれ、本当にラッキーだった。あわよくば明日も晴天を。
2010.08.09
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旅行直前の脱線事故。何事も無かったかのように、明くる日からは通常営業を始め、日本との違いを感じた。脱線の原因について、さまざまな憶測が流れたのもこの事故の特徴だった。それだけに原因の特定が乗車の条件と判断し、報道を静観。結果的に、速度超過が脱線の原因ということが判明した。両両親はこの一件を相当心配したろうが、敢えてこの話題には触れまいとしていたようだった。楽しみにしていた、スイス最初の朝。薄暗い空だが、山肌に朝日があたり始める。快晴の予感。スイスの朝は、早起きをして、ジョギングをすることも密かに楽しみにしていた。昨晩からの爆睡で、さすがの細君も6時に起床。2人一緒に湖畔へ。外は予想以上に寒く、吐く息は白い。ホテル裏口の温度計は7度を指していた。しばらく湖畔を散策した後で、細君は寒さのためリタイア。しめしめと、湖畔1周のジョギングをスタート。手はすでにかじかんでいるが、最高に気持ちいい。サンモリッツの標高は1700メートルを超えており、息がすぐにあがる。本当は走り続けたかったが、絶景に思わず何度も立ち止まり、写真撮影。途中、木の上でカサカサと音がするので見上げると、リスも発見した。ホテルラマーニャの朝食もごきげんな内容。宿泊客の日本人の割合はこれまでで最も高かった。駅至便のホテルということもあるのだろうか。朝食後、氷河鉄道出発まで、最後のサンモリッツ散策をしようと2人欲張ってみたが、途中で断念。駅へ向かうことにした。駅は氷河鉄道狙いの日本人観光客でごった返している。列車は指定席だが、チケットからどの車両なのか判別不能だったため、車掌に問い合わせて場所を教えてもらった。スーツケースを置くと、足早に記念撮影。定刻サンモリッツ発車。早速、昨日に引き続き、地球の歩き方に目をやりつつ、車窓の写真撮影。最新のパノラマカーは、明るく眺めがいいが、写真撮影はやはり窓が邪魔だ。下調べ通り、スイスの絶景は普通列車が一番だった。相変わらず、雪山と緑の絶景が車窓に広がる。ガイドどおり、連続ループ、ランドヴェッサー橋を通過。みどころはゆっくりと走行すると聞いていたが、特に速度を緩めることはない。列車備え付けの日本語ガイドのタイミングも悪い。しばらくして、スーベニア~と、おじちゃんが名物グラスなどを売りに来る。その後、ランチの御用聞きが各席で行われる。メニューはビーフストロガノフ。僕はサラダ・デザート付セットを、細君は単品メニューをオーダー。そうこうしつつ、やはり車窓からは目が離せない。ちなみに、隣のシートはイランからの新婚さん。話に夢中で、車窓をほとんど気にしない。通路を挟んだカルテットは、日本人家族。風貌、雰囲気から教員一家か。こんなところに来て坊っちゃん、お譲ちゃんに宿題をさせている。車両前方は日本人ツアー観光客が占拠し騒がしい。ランチはまた拍子抜けの上品な盛り付け。食べ終わったところで丁度、ディセンティス駅へ到着。20分程度停車予定だったので、列車外へ出る。駅舎へ2人で散策していたら、列車のドアが閉まったのを見て、急に細君が騒ぎ出す。大慌てで列車に帰ろうとしたのに僕もつられてしまった。スイスの列車は、出入り口にドアを開けるためのボタンがついていて、一定時間が過ぎると自動で閉まる仕組みになっている。席に戻ると、甘いティラミスが出されていたが、甘いものには欠かせぬコーヒーが無い。コーヒーが来ていないと要求するとすぐ出してくれたが、どうやらドリンクは別メニューだったようだ。ほどなく、列車は走行最高海抜2,033メートルのオーバーアルプへ到着。高原地帯で記念撮影をしつつ、停車時間を楽しんだ。オーバーアルプを出発すると、猛烈な勢いで下りだした。交通の要衝アンデルマットに到着すると、騒がしい日本人ツアーの御一行様が下車。驚いたのが、この空席に、また騒がしい日本人ツアー御一行様が大挙乗車してきた。彼らの大量のスーツケースで、乗車口は完全にふさがれてしまった。脱線現場も何事も無かったかのように静かに通過。やはり数分遅れで、ツェルマット駅へ無事入線。駅舎を出ると、ガイドブックで見た華やかな街並みが広がる。丁度夕食前の時間帯。メイン通りは観光客で賑わっている。そんな中、大きなスーツケースを転がす、僕ら日本人2人。ホテルに申し込めば駅からの送迎をしてくれることは知っていたが、街並み散策をしながらのんびりとホテルに向かいたかった。ただ、荷物はやっぱりちょいと邪魔。細君は、ちょっと不満げだったようだ。町を歩いていると、民族衣装に身を包んだ人たちと数多くすれ違う。明らかに、仕事帰りの様子。この人たちは観光大使として町に雇われているのだろうか。残業中?のホルン部隊にも遭遇することができた。ツェルマットもやはり快晴。どきどきと、マッターホルン方面に目をやりながらスーツケースを転がす。教会を左折し、ホテル方面へ少し歩いたところで、マッターホルンの姿が現れた。歓声をあげつつも、こんなに簡単に絶景に出会うことができていいのだろうか、と贅沢な想いを心の中で巡らせてしまった。ほどなく、今ツアー唯一の連泊ホテル、ホテルヨーロッパへ到着。このホテルは、ビュー良し、食事良し、ベット数20程度の個人的条件をクリア。ツアー客の喧騒を避けることもこの旅には不可欠。案内された部屋は最上階の4階。部屋に入ると、マッターホルンが2人を迎えてくれる。眼下にあるホテルの庭では、おじいさんがのんびりと本を読んでいた。ホテルのディナーを予約して、再びツェルマット散策へ。まだまだ人は多い。そんな中、軽めのランチのせいか、電池切れ。思わず、マクドへ入ってしまった。ハンバーガーとポテトで約600円。。レストランのテラスでは、先ほどすれ違った、観光大使?達が、制服?を着たまま、ディナーを食べていた。仕事帰りに同僚と一杯ということなのだろうか。ホテルに帰り直接レストランへ駆け込む。レストランは満席状態で賑わっている。ウェイトレスに予約をしている旨伝えると、唯一の空席に案内される。どうやら、宿泊客以外の外からの客が多くを占めているようだ。料理が評判のホテル。料理が出されるのを前に、胸躍る。ワインは良く分からないので、「お勧め白ハーフボトル」をオーダー。「SOLEIL de Sierre」地元シエール産の白ワインは、フルーティーな味わい。鴨のテリーヌブロッコリーのポタージュサラダ同じく、シエール赤ワインを挟み、子羊のステーキアイスクリーム盛り合わせツェルマット初夜のゆったりとしたディナーは最高の味わいだった。
2010.08.08
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Hiltonミランの朝食は、さすが世界チェーンのホテル。今旅行最高のバリエーションだった。例によって、"いただきます"までに10分以上を浪費。イタリア滞在は短かったが、激動の2日間だった。本来なら、もう1泊は滞在したいところだったが、総合的なバランス(イタリアとスイス観光のバランス)を考えると、イタリア2日、スイス5日ということになった。ある意味、旅程を決めるうえで最も悩んだ部分。各国ガイドブックをくまなくチェックし、魅力的なスポットを抽出し、そのスポットを巡るための、魅力的な行程を探る。この作業ができれば、後は、滞在先の魅力的なホテルの予約を行い、移動手段の確認・予約をするだけでよかった。さあ、いよいよ、これから、僕の楽しみにしているスイスの旅が始まる。ミラノ入りしてから、これまで以上に、期待感の高まりを感じた。チェックアウトをして、8時20分のミラノ発ティラノ行き普通列車に乗り込む。噂では、ESに比べかなりの汚さを覚悟していたが、予想に反し、快適な列車だった。そして、相変わらず、パンクチュアルな運行。閑散なローカル路線を想定していたが、これまた予想に反し、列車は満員状態。ちょうど2席分空いていた、イタリア人老婆の前に何とか座ることができた。乗客の雰囲気から、国内観光客がほとんどだった。やはりサマバケまっただ中という雰囲気。定刻発車。普通列車と言いながら、ミラノ近郊の各駅は通過する。そして、かなりの高速運行だ。運行形態は、さながらJR在来線の特急列車のそれ。ミラノ市街を離れると、また牧歌的な風景になってくる。しばらく走ると、車窓からは、美しいコモ湖畔の絶景が広がる。国境越えの前に、既に、カメラの撮影が忙しい。途中、老婆にイタリア語で話しかけるが、全く分らない。英語で話しかけると、イタリア語だけしかわからないと言っているようだ。あきらめてバイバイされたが、自分達の出身、イタリアで巡った場所などの話題で、少し意思疎通ができたような気がする。コモ湖畔の各駅で、乗客は続々と降りて行った。どうやら、コモ湖周辺は、イタリアでも避暑地なのだろう。湖には、ヨットや、クルーザーが幾艇も浮かんでいた。さらに、湖周辺では、甲羅干しする人、読書する人、ウォーキングする人、山登りする人、自転車をこぐ人。自然の恵みを享受して、余暇を満喫する人の姿が多いことが特に印象的だった。それに引き換え我が国では…そんなこんなで当初退屈するかと心配していた2時間30分はあっという間に終了。細君も、楽しく過ごせたようだ。定刻10時50分イタリア国境の町ティラノ駅到着。街の雰囲気を味わうのもそこそこに、イタリア国鉄駅斜め前にある、スイスレイティッシュ鉄道駅へ向かう。早速窓口で、予約済みの、スイスパスに利用開始のスタンプを押してもらう。何事をするにしても、初めてのことなので、万が一を想定して、不安が付きまとう。無事、予定通りの作業が終了すると、ほっと一息ついてしまう。ティラノからは、ベルニナ・エクスプレスには乗らず、絶景をより堪能できる普通列車に乗車する。あわよくば、トロッコ車両連結を期待していたが、運良く、始発から連結だった。2人喜び勇み、一番乗りで席を確保。快晴の本日。これからの車窓に期待に胸躍る。地球の歩き方と睨めっこしながら、そのとおりの車窓が流れ始める。ティラノの街を過ぎると、列車は凄い勾配を昇り始める。しばらくは、道路と並走だ。いつの間にやら、イタリアに別れを告げ、スイスへ足を踏み入れる。オープンループをあっという間に通過。次第に白い山が大きくなってくる。ポスキアーヴォ湖の風景を楽しんだら、険しい山間のルートになってきた。トロッコ車両は照明がないから、トンネル内は当然真っ暗。なかなかスリリングなひと時となる。いよいよ氷河が近づいたところで、目的地アルプ・グリュム駅へ数分遅れで到着。駅併設のレストランで、氷河を観ながらのランチがお目当てだった。駅の眼前から、期待通りの絶景が広がる。氷河から流れ出る滝の音が絶え間なく聞こえ、牛がどこかに放牧されているのか、鈴の音が時折こだましていた。後方席では、セレブな日本人家族がセレブにランチをしていた。どうやらわれわれとは逆ルートらしい。今日のサンモリッツ方面は最高とのことだった。体調万全の2人は、セレブ家族に続けとばかりに、ペペロンチーのとトマトソース風のパスタ、ジャガイモサラダのソーセージ添えを贅沢にオーダー。イタリア国内では拍子抜けの標準的盛り付けだったが、ここではある意味期待通りのボリュームだった。しばらく動けなくなり、絶景を堪能した後、予定通り、15時4分発、サンモリッツ行きに乗車。続いて普通列車だったが、あいにくトロッコ車両は満席状態。仕方なく、がらがらの1等車両に乗り込む。サンモリッツまでの1時間も左へ右へ大忙し。サンモリッツ到着直前。モルテラッチュ氷河が一瞬眼前に広がる。どうやら、最寄りの駅からこの氷河までかなり近いらしく、乗降客が多いのもうなずける。この大荷物さえなければさっさと途中下車したいところだった。残念。やはり数分遅れでサンモリッツ到着。シャンパン気候は、予想以上に肌寒い。早速ホテルへチェックインし、街の散策へ出かけた。ホテルからしばらく歩くと、何やら車のクラクションが以上に鳴っている。何事かと思っていると、その音がだんだん近づいてきて、大体の事情が分った。どうやら結婚式がどこかであったようだ。クラクションを鳴らす車の列が、2人の前を通り過ぎて行った。さすがに缶はつなげていなかったが、ヨーロッパらしい結婚風景を少し見られて嬉しかった。まだ夕刻早い時間帯だったが、土曜日ということもあり、閉店している店が多かったのが残念。しかし、どの店も価格設定が高い。スイスの物価高をここで認識する。19時30分にいったんホテルへ。昼食のボリュームがすさまじかったので、まだお腹が減らない。しばらく休んで…がそのまま2人朝まで爆睡してしまった。。
2010.08.07
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6時40分起床。細君の額に手をやると、熱は治まっているよう。起床して、ブイサインを作る細君。起床後、体温を計ると、平熱。2人で大騒ぎした。今朝の朝食はまた素敵な品ぞろえだったが、2人快活に談笑することができる会食はいつ振りだろう。無事旅行ができる喜びと、これからの旅に期待し胸踊らせ、遅ればせながら、ハネムーンの始まりを実感する。ただし、本日もあまり無理はできない。ちなみに当初は次の強行スケジュールだった。ドゥオーモ→シニョーリア広場→ヴェッキオ橋→ピッティ宮→昼食→ウッフィツィ美術館→アカデミア美術館→夕食→フィレンツェ発当初スケジュールを大幅圧縮。イタリアのホテルは、正午チェックアウトが多いため、観光後一時ホテルに戻り休息をとるスケジュールに変更した。8時すぎにホテルを出発。一路ドゥオモへ。雨上がりのフィレンツェは、肌寒いぐらいだが、日差しが心地いい。少し濡れた石畳も何とも言えない趣を漂わせている。ホテルから路地を数分歩くと、早くもドゥオーモの威容が建物の間から垣間見れる。広場に出た瞬間、あまりの壮大さに、2人言葉を失う。しばし、興奮の記念撮影。ドゥオーモクーポラへの登頂は8時30分からなので、足早に昇り口に並ぶ。並び口には早くも数名の旅行客がオープンを待っていた。チケット購入後、早速500数段を昇り始める。祭壇前では、ミサが行われていて、神父の祈り声が聞こえる。クーポラに描かれた、最後の審判を鑑賞しつつ、頂上へ足を進める。少し階段の幅が狭くなり、数十段登ったところで、頂上へたどりついた。茶色屋根と小高い山の緑に彩られた、花の都の全景が見渡せる。前夜の雨に、空気のチリが落とされたためか、澄んだ空気がその光景を一層引き立てているように思える。方向をすこしずつ変えつつ、1時間以上頂上に居座ってしまった。ホテルに帰る前に、メディチ家礼拝堂付近の市場へ向かった。イタリアでは、買い物の時間がほとんど無いので、観光とショッピングを兼ねた散策だ。市場では、フィレンツェらしく革製品が多数展示されている。“こんにちは”“どうですか”店員は日本語で語りかけてくる。チーズやサラミのほか、生鮮食品が豊富な中央市場にも足を延ばす。ここでは、日本人店員もちらほら。祖国を捨て、いや、この街に魅了されての移住か。勝手な妄想をしながら、店巡りをした。11時半過ぎ、ホテルに戻り、しばらく休息。正午過ぎにチェックアウトし、ランチへ向かう。昨晩閉まっていた店へ再チャレンジするが、はやり店は閉まっている。どうやら流行りの店は、余裕のバカンスか。結局、ウッフィツィに近いBARで昼食。これまでは、作り置きのピザやパスタ類のみ。ようやく本格的なものを食べることができた。14時前にウッフィツィ美術館へ。ウッフィツィ美術館は、ヴァチカンと違い、予約専用窓口を発見することができた。ここでチケットを購入し、同じく、予約専用入り口から入場した。日本語音声ガイドを借り、美術に疎い2人は説明されるがままに絵画の前で足を止める。音声ガイドは、中世以降の美術史の勉強にも一役買った。抽象画から、具体画へ。その技法の変遷がよく分った。ミケランジェロ、ラファエッロ、ボッティチェリ…疎い2人もしばし芸術に魅了された。その後、夕食までの時間を買い物の時間に充てることにした。途中立ち寄った紙製品の店では、“ボンジョルノ”と入店させてもらったが、“いらっしゃいませ。どきっとすると、日本人だった。この街は、やはり日本人住民が多いようだ。この人は国際結婚か。シニョーリア広場を経て、ブランド通りのトルブオーニ通りへ。ブランドに疎い2人は、やはり市場がいいという結論に。市場は悪く言えばガラクタ市だが、めっけものを発見できる楽しさがある。僕は、旅に忘れてきた、革製品のベルトを中心に物色。お気に入りを決め、2店舗間で価格交渉。20ユーロと、半額での下限が判明したところで交渉終了。最初に声かけされた店で、フィレンツェ市の模様が入ったベルトを購入した。細君は、姪っ子へ渡す、革でできたねこを買っていたが、価格交渉は失敗に終わったらしい。小腹も減ったところで、楽しみなディナーへ。ここで、イタリア風の慣習を発見。イタリアンは、しっかりと休憩をとるというが、料理店でもその慣習だろうか、どの店も、コック・スタッフがファミリーのように1つのテーブルで楽しそうに夕食をとっている。休憩中だから、客っぽいわれわれが店舗を物色してもお構いなしだ。どの店も19時オープン。20時発の列車を予約しているわれわれは、少しあわて始める。19時きっかりまでみなさん休憩を満喫され、19時過ぎにようやく店に案内され、メニューが配られ始める。オーダー開始は19時15分を過ぎた。店員に、20時発に乗車するが、間に合うかと聞いたところ、全く大丈夫とのこと。半信半疑、当店自慢の、ビーフローストとカルボナーラを注文。心配していると、誰よりも早く2人のメニューが出された。これなら十分間に合う。ワインに舌鼓する余裕はなかったが、両メニューの味付けにも唸りつつ、少し慌ただしいディナーをスリリングに堪能することができた。これも細君の復活のおかげだ。ホテルで手荷物を受け取り、フィレンツェSMN駅へ。料理店同様、列車の遅れも期待したが、昨日同様、定刻運行。僕らに関する限り、イタリア国鉄は時間厳守である。ミラノ中央駅定刻。巨大都市の玄関らしく、モダンな駅舎内。駅舎はイタリアらしく、荘厳な彫刻が施されている。しばらくさまよい、駅最寄りの、ヒルトンミラノへチェックイン。最高に充実した1日だった。
2010.08.06
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本日は、今旅行で最高に過密なスケジュールを組んだ。永遠の都を1日で観て回ること自体に無理があるが、朝食後の行程は次の通り。ヴェネツィア広場→フォロ・ロマーノ→パラティーノの丘→コロッセオ→昼食(トステリア・デッランジェロ)→ヴァチカン博物館→サンピエトロ大聖堂→パンテオン→ジェラート(パルマ)→18時15分ES乗車寸分の狂いで、この旅程は実行不可能になるだろう。朝一でのフォロ訪問で大渋滞を回避し、ヴァチカンのチケットは予約済みで、時間のロスを避ける算段。昼食・ジェラートも調べつくした。我ながら、良くできたプランだと思う。が、ここのところの細君の体調不良。起床後、スケジュールの大幅変更を決定した。朝食が美味しいと評判の高かった、ウナホテルローマ。イタリア初朝食ということもあったが、食堂に入り、2人歓声を上げてしまった。噂では、パン・ケーキ・フルーツ豊富と聞いていたが、これほどまでとは…パンはクロワッサンだけでも数種類が盛られ、ホールケーキが数種陳列されている。フルーツは、洋ナシ、ピーチ、バナナ、キウイ、柑橘系…食べやすいよう、それらが細かくカットされているものもある。ヨーグルト、ジャムも種類豊富。当然、チーズ・ハム・サラミも充実している。そして、このホテルは、野菜系もしっかり。滞在中、どのホテルでもこんな様子だったので、欲張りな2人は、朝食にありつくまで10分以上要してしまっていた。さて、予定変更の観光は、14時に予約したヴァチカン博物館までは、体力の消耗を防ぐため、安価な市内観光ツアー、いわゆる110番バスを選択した。1日乗り放題で、1人15ユーロ。これで、ローマの主要どころは、半日で回ることができそうだ。テルミニ駅周辺でバス乗車場所をしばらく探した後、立ちんぼのおっさんから、現金でチケットを購入。予定通り、8時30分の第1便に乗車することができた。イヤホンをセットし、チャンネルを合わせれば、周辺のガイドを日本語で聞くことができる。駅前を出発し、ヴェネツィア広場を経由し、フォロ・ロマーノ、コロッセオをあっという間に通過。フォロ周辺は既にかなりの賑わいだった。数分で通過したフォロとコロッセオだったが、バスからの外観でその威容に圧倒されたし、写真にも収めることができた。チルコ・マッシモとバラティーノの丘を眺めつつ、パンテオンの近くへついたところで途中下車。ここで、ローマ裏通りの初散策となる。小さい石畳小道の雰囲気に酔いしれ、少々道に迷いつつ、パンテオンに到着。パンテオンはローマ観光ではヴァチカンに続き外せなかった1つ。世界最大の石造建築というとおり、その巨大さと、美しさを堪能することができた。クーポラに空けられた、天窓からの光が神秘的で、天窓からの光だけで館内が非常に明るいことがとても印象的だった。続いてナヴォーナ広場へ。ここで細君がトイレを訴え始める。オープン前のリストランテでトイレを貸してくれとお願いしたが、あっさり却下。早々と3つの噴水を写真に収め、近くのファストフード店でミネラルウォーターを購入し、トイレを借りることができた。少々ローマ小道に迷いつつ、リストアップしていた、ジェラート店パルマへ。オープン直後ながら、店内は若い子どもたちで賑わっている。あまりの種類の多さに迷いつつ、チョコ系と、イチゴ系をチョイス。ジェラートと言いながら、かなり濃厚な味わいだった。一息ついたところで、トレビの泉へ。噂通り、凄い人だかり。いたることろで、後ろ向きにコイントスをしながら、記念撮影をしている。天気も良く、バロック彫刻に青色の泉が爽やかな印象だった。疲れ気味の細君とお決まりのお祈りをしつつ、泉を後にした。ここで、再び観光バスに乗車。バスを待つ間、公衆電話で、明日のウッフィツィ美術館の予約を試みるが、予約をするどころか、公衆電話自体の使用方法が分らず断念。細君の調子がよろしくないので、ヴァチカンキャンセルを提案したが、本人は行くことを希望。結局、形式的には当初予定の行程をほぼ全てめぐることになった。もう一度ローマ市内を巡り、サン・ピエトロ大聖堂前で下車。リストアップしていたランチのお店は断念し、周辺のファストフード店へ。ニョッキにしたが、これがあまり美味しくない。が、店員さんは皆非常に人なつっこいので思わず記念撮影をしてしまった。14時15分前にヴァチカン博物館チケット売り場へ到着。建物へは、やはりチケットを購入する客で大行列。チケット売り場は常に長蛇の列というが、予約の恩恵はどうやって受けられるのか、現地到着までの謎だった。警備員に、予約している人はどこから入るのかと聞くと、どうぞと言うので、とりあえず行列に並ばせていた細君を呼びに行き、容易に館内に侵入することができた。館内窓口でチケットを購入し、早足で各会場を回る。どの会場も、天井画が美しい。芸術に疎い2人。お目当てのラファエッロの間までは、1時間を要さなかったような気がする。疎い2人も、ラファエッロの鮮明な色使いや、立体的なタッチに少々酔いしれてしまった。最後の締めは、システィーナ礼拝堂。堂内は人で埋め尽くされており、ざわめく度に、警備員が、"し~~"しばしの静寂の後、またボリュームが上がり、“し~~”堂内には両サイドにシートがあり、細君はそこに腰を下ろしているが、明らかに、鑑賞のためではなく、休息のため。しばらくして、あらかじめ調べていたとおり、サン・ピエトロ大聖堂へ直接侵入。聖堂内部は噂通り巨大のひとこと。細君は途中、聖堂内に座り込んでしまった。聖堂外部は、入場客でやはり長蛇の列。ローマ初心者。われながらベストチョイスだった。とりあえず、記念撮影、用を足し、110番へ乗車し、ホテルへ向かう。テルミニ駅で出発までに時間があったので、ウッフィツィ予約に再チャレンジ。なんとか公衆電話の利用方法を理解し、ガイドブックにある予約専用窓口にTel。コンピューターガイダンスに従い、自分の希望するところへ行くシステムのようだ。イタリアなまりの聞き取りにくい英語に苦労しつつ、なんとかウッフィツィのおばちゃんらしき人が、電話に出た。ほっとして、予約を願いしたところ、予約はここではないとのこと。違う番号を教えられ、再アタック。今度もガイダンスに従うが、予約の案内はない。結局もう一度最初の番号に架電。今度は別のおばちゃんが出て、だるそうに応対してくれた。時間は何時にするね。と言われたので、2時というと、だるそうに予約番号を告げられる。本当に大丈夫かと思いつつ、とりあえず任務終了。18時15分。予定通りES出発。まだまだ陽は高く、イタリアののどかな風景を堪能しつつ、フィレンツェSMN駅到着。アバウトなダイヤと聞いていたが、定刻の到着だった。フィレンツェは小雨で肌寒い。駅前に出た瞬間、ローマの喧騒とは全く異なった空気・雰囲気を感じ取る。すぐにサンタマリア・ノッベラ教会が確認でき、薄暗い公園にフィレンツェ式の文様が美しく浮かび上がっていた。今晩の宿は、教会ビューのきれいな、文字通り教会前の「ホテルサンタマリアノッべラ」。地図と睨めっこしつつ、入口前に小さく書かれたホテル名でようやくホテルを認識できた。ヨーロッパ調のシックな部屋に通され、教会ビューを確認する。しばらく休息したのち、ディナーへ向かうが、疲れた体に追い打ちをかけるように、リストアップしていた店はどこも営業をしていない。潰れたの?サマバケ??と思いつつ、ホテル近くのリストランテへ。細君の体調回復を祈りつつ「ポルチーニ茸のリゾット」「野菜煮込みスープ」をオーダー。が、食欲のない細君は、少しつついて、ディナー終了。僕は、不満げに、残りを全てさらい、赤ワインハーフボトルを空け、細君の様子をいささか気にしている、きさくなウェイターに勘定をお願いし、そそくさとホテルへ。帰ってみると、38.4度の高熱が発覚。本日の強行スケジュールに自省の念が絶えなかった。
2010.08.05
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最後の日本食をかみしめ、一路成田へ。日本食は世界一のグルメと認識しつつ、イタリア・スイス食を堪能することも今旅行の大きな目的。そのため、宿泊ホテルは、食の充実をセレクトの決め手の一つとした。今旅行の最初の目玉。新型スカイライナー。上野、成田間を最高160キロで40分弱で結ぶ。乗り心地は上々。が、速度は一向に上がらない。高速運行を実感できたのは、成田到着直前だけだった。ローマへの中継地、ヘルシンキで、厳重なEU入国審査。マッチョな西欧人が体の隅々まで触診され、“サンキュー”。あまりの濃厚なボディタッチに、これは彼の趣味の一環か?と思いつつ、ゲートを過ぎる。イタリア上陸直前。アドリア海を臨む。フィウミチーノ空港からはタクシーで市内へ向かう予定だったが、明日のESの予約を兼ねて、レオナルドダビンチ号でテルミニ駅へ向かう。フィウミチーノでの手荷物受取にてこずり、テルミニ駅到着は21時近くとなった。駅近くのホテルを予約していたが、駅出口の場所がどこかを把握するのに手間取り、チェックインに予想以上の時間がかかってしまった。当初、余力があれば、夜間のトレビの泉を散策する予定だったが、持ち帰りピザを購入後、ホテルで2人力尽きた。細君の体調が気がかりだ。
2010.08.04
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仕事を定時に終え、ついに出発の時が来た。楽しみもあるが、なぜか緊張が高ぶる。細君の希望は団体旅行。これを半ば覆す形の個人海外旅行。失敗は今後の一生の負い目となる。完全な旅行などない。トラベルはトラベルが語源。困難こそがまた旅の楽しみとなる。予定通り、細君の両親と、予定外の母親とに見送られ松山空港を後にする。松山空港最終では、成田に届かず、成田最近の日暮里にて泊。疲労がピークの細君の調子が気がかりだ。
2010.08.03
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曲折を経て、目的地はイタリア・スイス。映画に感化されたイタリア派と、スキー・自然をこよなく愛すスイス派。計画段階から意見は真っ向から割れる形となった。結論から言えば、折衷案が活かされた形だが、イタリア・スイス両国を巡るパッケージツアーは無い。そうすると、個人自由旅行という選択肢が自ずと浮上するが、イタリア派は、地元育ち、の慎重・穏健の保守派でもある。何かあったら…失敗したらその時のことよ…と、議論はさらに紛糾した。結果的に、イタリア派が、急進的なスイス派に押し切られる形となったが、この結果が、今後の2人の人生においてどのような影響を与えるか興味深いところである。現時点で言えるのは、スイス派の結果責任が重くなったということ。奇しくも、7月23日に氷河鉄道の脱線転覆事故が発生。出発日が近づくにつれ、イタリア保守派の心配の種は枚挙に暇が無いようだ。
2010.08.02
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無事結婚式が終了した。昨年9月のシルバーウィークに会場を決め、2人らしい楽しい内容にしようと準備を進めてきた。作業途中でのありがちな喧嘩なども今や思い出話。本当に最高のひとときを2人味わうことができた。これもご出席いただいた方々のおかげ。本当にありがとうございました。結婚式は、普通の人ならば、自分が主催する人生最大のパーティー。ゲストは、自分たちの人生における恩人達だ。2人は、パーティーのアットホーム感を重視したため、規模を80名程度に設定。ゲストを間近に感じられるかどうかを最重要視した。恩人たちの顔を思い浮かべ、おもてなしの準備をする。小細工を2人で沢山企画できたから、なおさら2人のおもてなしの意識が高まった。 ・人前式の構成 キリスト教ではないということもあるが、何よりオリジナリティーを 出すには最適だった。 ・人前式BGM ソリスト・ヴァイオリン・パイプオルガンの生演奏のため、オリジナ ル曲とのギャップが心配だったが、ゲストの温かなまなざしに全ては 杞憂に終わった。 ・オープニングVTR 2人の挨拶をビデオにしたため、開始と同時に流したが、即席にしては 良い演出だったか? ・披露宴BGM かなりこだわったが、披露宴にあっては付録のようなもの。全てはゲス トの熱気にかき消された。 ・ケーキ入刀・ファーストバイト いらん。と思ってたが、やっぱり盛り上がるのね。 ・プロフィールインタビュー 記者会見形式も自分たちらしさが出せ、ゲストには楽しんでもらえた と思う。惜しむらくは回答者の表現力不足。もう少し回答を仕込んで おけばよかった。 ・お色直し退場 夫婦とも、母親との退場となったが、酔っ払い達には大した関心事では なかったような気がする。 ・新郎余興 ここは、スキーヤー特有の狂演…といきたかったが、プロヴァイオリニ スト従妹と元ピアノ練習生姉とのシックな共演となった。新郎突然の熱 唱?には会場内、狙い通りの反響。 ・新婦余興 幼稚園教員軍団による和太鼓の力演。今度は新婦が演奏を指名されるサ プライズで盛り上がった。 ・エンジェルサービス 新郎甥っ子、新婦姪っ子と手をつないでの退場。子どもはやっぱり可愛 いから絵になる。 ・キャンドルサービス いらん。と思ってたが、やっぱり盛り上がるね。 ・プロフィールビデオ 新郎監修による、結婚式関係で最も時間をかけた力作。自信はあったが、 予想以上に会場は大盛り上がりだった。 ・新婦友人へのプレゼント贈呈 サプライズとして新婦親友にプレゼントを贈呈。本披露宴最大の感動シ ーンだった。 ・新郎・新婦両親への挨拶(新婦手紙朗読) お約束。ウェルカムボード・酒を渡した。母親はお約束で泣いていたが、 父親のしんみりとした表情が印象的だった。 ・新郎父挨拶 父親らしい、自分のことばで語ってくれた。披露宴会場内の全ての人た ちへの感謝のことばが印象的。 ・新郎挨拶 予想以上に冷静に語ることができた。が、締めで気が緩み、ことばを使 い誤り、会場大爆笑。結果オーライ!結婚式準備の過程では、自分達の人生の振り返りが自然と行うことができた。最後の挨拶はこの想いを言葉にして皆さんに発したつもり。これほどまでに、自分達の過去を、登場人物も含め振り返ることは、長い人生においてそんなに多くはないだろう。そしてこの振り返りは、自分自身を不思議なほど冷静に直視することができる。そこには、称賛されるようなことだけでなく、恥ずべきことも見つかる。重要なのは、この事実を2人が共に受け止めることができるということだろう。結婚式は2人の生き様を絵に描くようなものだ。この記念すべき日を皮切りに、2人の新たな人生を始動させることができる。結婚式をやって良かったと、みなが口を揃える本当の意味が本日ようやく理解できた。
2010.06.05
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朝起きると、昨日ほどハリと痛みがない。治りの早さを予感させる。が、本日も滑るわけにはいかない。今回の合宿で、都合6日の滑走を予定していたが、残念ながら4日で終了。予定は狂ったが、シーズンを棒に振ることを考えると、夢のよう。かもい岳に長居しても仕方がないので、10時に下山。南千歳のレラを目指す。生まれて初めてのアウトレットモールは想像以上に巨大だった。左足を引きづり、めぼしい店を一通り徘徊。次々と物欲に駆られるが、優先順位から欲しいものを整理し、スウェット、長袖Tシャツに絞った。BEAMSで、一目ぼれした長袖Tシャツを、ASICSスウェットを調達。こんなモールがあったら、普通の店舗での買い物が馬鹿らしくなると、心配をしつつ、回転すし屋で、ニシンの握りを食べ漁った。少し鮮度に難があったが、西日本で食せない、北の青魚は美味だった。次回の北海道は来週末。しばしの仕事復帰だ。
2009.12.12
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レーシングチーム推奨整形外科医を訪ね、旭川へ。生涯初のMRI。筒の中に入れられると、妙な圧迫感に襲われる。工事現場のような撮影音を子守歌に、30分。その後放射能被爆を3度。院長はオペ中ということで、約1時間の待機が伝えられる。診察外を無理にお願いしたのだから仕方ない。ていうか、お目当てあるから問題ない。病院の待合室にはスキー雑誌が並んでいる。雑誌を手に、意味もなく診察が待ち遠しくなってしまった。看護士さんに呼ばれ、診察室に入ると、名医と言われる先生は意外に若い。転倒状況、症状を報告。しばしの触診を受け、緊張の所見宣告。名医は、簡潔にかつ具体的に所見を述べる。異常所見は…後十字靭帯損傷。多少の内出血、水の貯まりは見られるが、それほど大事ではないらしい。直ぐにでも自転車をこぎ始め、炎症収まり次第、雪上に立ちなさいと。神のお言葉!来週には練習再開できるだろうか?
2009.12.11
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第2クール初日。疲労も幾分和らぎ、朝一から、いいポジションで板に乗れた。板が走り、ターンの始動もスムーズに決まる。が、午後の5本目。新雪に足を取られ転倒。こけた瞬間、左膝をやった感覚。疲れた時、上達した時、怪我に注意せよ。と言うが…膝裏の筋が伸びた感覚でまともに歩けない。明日、大嫌いな病院で診察を受ける。
2009.12.10
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2日目で音をあげそうだったが、なんとか3日間のトレーニングを終え、本日は休養。とはいっても、せっかくの北海道。ホテルに籠るはずもなく、どこに行こうか思案した揚句、行き先は定番の旭山動物園に決定。男一人でとも思ったが、地元の方に散々勧められ、行くことにした。JR、バスを乗り継ぎ、開園30分前に動物園へ到着。みなさん暇でしょうからと、動物園職員が、開園までの間、動物園の見どころをガイドしてくれた。暇つぶしにはなかなかの名案。ガイドによると、どうやらもぐもぐタイム(一定時刻に職員が動物に餌をやるらしい)とやらが面白そうなので、開門までに大体の散策コースが計画できた。10時30分定刻開園。もうじゅう館を目指す。名高い動物園だが、それほど大した設備があるわけでもない。が、もうじゅう館に入ると、その理由が分かった。アムールトラが頭上を走る。息遣いが直に伝わり、猛獣の迫力が伝わってくる。ペンギン、白クマ、蝦夷鹿…と、もぐもぐタイムは動物の餌を食べる様子が観察できるだけでなく、職員からの動物のガイドにアトラクション的な要素も加わり、見るものを飽きさせない。少しもったいない気もしたが、館から館へ駆け足でみっちり2時間。堪能した。お次は、旭川グルメ。1昨年はラーメンを堪能。それ以外をと、市内散策するも、やはりラーメン店が気になって仕方がない。事前情報収集を怠ったと後悔していると、小さな食べ物やが並ぶ小路に出くわす。「5・7小路ふらり~と」と名称がつけられているよう。結局2軒をはしご。つかの間の休息日はあっという間に終わってしまった。
2009.12.09
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第1クール最終日。背筋を中心に、疲労が激しい。早めの休息を考えつつも、半ば義務的にマイクロに乗り込む。新雪が降り積もり、時折日の差す富良野スキー場は3日間で最高のコンディション。下がり気味のモチベーションは一気に上昇した。昨日に引き続き、テーマはリラックスしての滑走。重力を素直に感じられるポジション作りに1日を割いた。ビデオチェックすると、キャンバー角が左右狂っている。第2クールの課題だ。
2009.12.08
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月曜日の今日、普通の人達は義務を果たすべく学校へ、仕事へ…青森の高校生S君、東京の中学生Fさんに、四国のオッサン3名を乗せ、レーシングチームマイクロバスは富良野スキー場へ。スキー場直前の坂道。昨日の雨が凍りつき、マイクロバスの後輪が空回りを始めた。お尻をフリフリ、途中、立ち往生している別のマイクロバスを尻目に、Yコーチのドラテクでスキー場までなんとか登りつめた。昨日に引き続き、ロングコースをノンストップで滑走。力みを無くすよう再三注意を受ける。S君はスラ板でロングコースを滑り切る。一方、GS板のオヤジは力尽き、早弁、早上がりをしてしまった。本日の晩餐は牛しゃぶにそいのお造り。採算とれるのかな。
2009.12.07
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かもい岳スキー場オープンまでは、レーシングチームマイクロバスで富良野スキー場まで通う。今日はジュニアを中心に13名の参加。ゴンドラコースを一本。スキーとはかくもしんどいスポーツだったのか?息は切れ汗が噴き出す。今シーズン、足まわり強化もシャシーが軟弱で前後バランスがとれない。タワーバーを装備したいところだが、既にシーズンは始まってしまった。宿泊先、かもい岳温泉ホテルには、僕を含め宿泊客は数名。そのためか、レーシングチーム代表の斎藤さんから声をかけていただき、昨晩からともに会食をさせていただいている。会食メンバーには、レーシング会員のパイロットYさんと、代表の友人Mさん。Mさんはホテル経営のアドバイザーとして2週間ほどの滞在だとか。ホテルのシェフも変わり、毎食ご馳走が出される。シェフの方針で、宿泊者の宿泊日数によって毎晩献立が変わるようにしたとか。つまり、7日滞在の僕だと、7日間絶対に料理が重複しないようにするらしい。レーサーにとって、トレーニングに没頭できる雰囲気がかもい岳の最も良い点。食べることもまたトレーニングの一環か。またここに来る楽しみが増えた。
2009.12.06
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先行き不透明感漂う昨今。今シーズン以降のわがスキー生活とて同じ。不透明感の原因は数多くあれど、こと地球温暖化は大きな問題。恒例の北海道合宿。ここ一週間は週間天気予報に釘付けだった。最悪、冬将軍の到来を待って、延期も考えたが、富良野スキー場でなんとか滑れるということで、強行突入することに。マイレージの効率消化のためには、北海道へ直行便のない松山からだと、少し頭をひねる必要がある。昨年も同時期に北海道入りしたが、広島航路の廃止、広島-千歳便の廃止など、状況はさらに悪化。今年のルートは、福岡経由での北海道入りとなった。離陸直後、低気圧の接近で、日本海側に見事なRAINBOWが浮かび上がっている。着陸態勢に入り、上空から見る北海道の大地は、秋景色。千歳周辺のゴルフ場は客で賑わっている。北海道に在住のO西さん夫妻は本日時点、未だ滑走2日目だとか明日富良野スキー場でシーズン開幕だ。それにしても福岡で食らった朝ラーメンは高かった。。
2009.12.05
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金曜日に店に電話すると、加工はほぼ完成しているので、週末に最終調整できるとのこと。今回は単身、夜行フェリーで関西入りした。帰りは、土曜日から先に関西入りしている職場の同僚の車への便乗を確約。フェリーは大阪南港に6時に到着。店は11時オープン。早く町に出ても仕方がないので、到着後、1時間ほど船内で過ごし、港の待合室で2時間ほど読書をしてから、のんびりと市内へ向かった。まずは腹ごなし。10時のオープンに合わせ、心斎橋の神座へ。鶏がらスープは相変わらず好きな味。11時スキー店オープン。加工済みのブーツを履き、センターチェック、前後バランス、カント調整等を行い全作業終了。特殊な骨格のため、もう一度の来店を覚悟していたが、ばっちり調整ができたよう。これも毎日の柔軟体操の成果かな??ワンピースもついでに購入。あとは、冬将軍の到来を待つばかり。テンションが上がる。ショッピングが終了した時点で、同僚に店まで迎えにきてもらい、今回のお目当てCafe 婆沙羅 へ。黒カレーは、唯我独尊風だった。早めの帰路。新車購入で意気揚揚だった同僚は、途中、兵庫県警にお世話になった後、見違えるテンションの下がりようだった。清水寺で引いた本日のおみくじは“凶”だったそうだ。
2009.11.15
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今週は、妻をそそのかし、大阪市内のスキー専門店へ。シーズン間近といだけあって、朝一から店内は大賑わい。ヘッド、サロモン、アトミック、テクニカと履き比べて、アトミックをチョイス。選手用ブーツながら、前後に粘りのあるフレックスが気に入った。足型をとり、体の特徴などのチェックをして、昼過ぎに作業終了。加工が済んだ時点で、微調整にもう一度来店する必要があるとのこと。作業中、妻は店内をうろうろ。ボーダーの彼女には、スキー用具が物珍しかったようだ。せっかくなので買ったらと薦めて、ブーツを購入した。スキー初心者の彼女。今シーズン、スキーの魅力を少しでも感じてくれれば、現在の先行き不透明感にも一寸の光明が差すというもの。精出して、一緒に滑る時間を作らねば。
2009.11.08
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気がつけば秋深まる11月。スキーシーズンがすぐそこまでやってきた。先シーズン終了後、板・ブーツ・ワンピースの購入を決断。理由は、現在の世情・天候同様、私的先行き不透明感。いつスキーができなくなるか、ますます不安は募る。さて、いつも四国人として苦労するのが、ブーツの購入。ブーツばかりは、オークション格安を、とはいかない。専門店のない四国からは、関西方面へ体を運ぶのが相場。今回は、神戸にある権威あるショップで前回に引き続き購入することにした。事前に在庫の確認をすると、とりあえず来てくれと。滑りの特徴、顧客の技術力を相談して、ブーツを決定するというショップのスタンス。前回も同じような感じて、在庫の中から選択したから、大丈夫だろうと判断。話し相手に同僚2人を拉致し、一路神戸へ。福原、いや、三宮に同僚を捨て、ショップへ。奥のオフィスに、カリスマ?オーナー。工房で、その手下が作業をしていた。この風景も前回と同じ。名前を告げると、愛想なく椅子に座り、ブーツに出せと言われた。今回の希望を一通り伝えると、手下も一通りのブーツ蘊蓄を。で、最後の決め台詞。メーカーに聞いてみないと在庫があるかどうかわかりませんね~と。さすが権威あるショップ。一般スキーヤーは相手にしないということなのね。来週また大阪入りだ。
2009.11.01
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イベント目白押しの10月の締めくくりは、彼女の誕生日。あれやこれや迷った挙句、好物の洋食プラスαでお祝いすることにした。フランス料理は今月2度。彼女に至っては、友達からのお祝いもあり、3度となるようだ。さながら、披露宴の献立決定への下準備といったところ。仕事から帰った彼女を急かし、市内郊外のル・トワ ルージュへ。18時からの予約だったが、途中道に迷い、シェフの電話誘導にて30分遅れでなんとか到着した。カニとグレープフルーツのサラダ …グレープフルーツの酸味の効いて、ビアの消費を促進フォアグラとポテトのコロッケ …まろやかな味わいだったけど、フォアグラさんの存在はいずこへ。。 瀬戸内のブイヤベース …瀬戸内ならでは。命の水を残す彼女だった(T_T)仔羊/黒毛和牛ヒレ肉の秋仕立て …子羊は全く臭みのない状態でいただけた。ガルニのトランペットキノコとやらが、なん とも言えない濃厚な風味。 デザート盛り合わせ(メインはシュークリームをチョイス) …その場でクリームを注入!ケーキはディスプレーに数種類陳列。全制覇することを心に決めた。
2009.10.25
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仕事を終え、彼女の帰宅を待って、役所へタクシーを飛ばす。夜間窓口。嘱託っぽいおじさんが厳めしく書類をチェック。事前チェックを受けたとはいえ、少々緊張した。“完璧!”と強い口調で言われ、2人安堵。もぞもぞと鞄をいじっていると、おじさんが、“写真撮る?”記念撮影をしていただいた。会の会場は市内老舗フランス料理店「テロワール」。店内は我々以外に、1組のみ。少し視線を気にしつつ、購入を秘密にしていた結婚指輪交換。店員におねだりして、記念撮影。その後は瀬戸内の魚を使った料理とワインを食べ漁った。満腹になったところで、特注ケーキの登場。ろうそくを消して、また記念撮影。大満足の会だった。帰宅して、玄関先に置かれていた花束に仰天。母親からのサプライズがあるとは思ってもいなかった。36回目の誕生日は生涯忘れられない。
2009.10.02
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彼女も友達に相談したようだが、結局本日僕の誕生日に入籍することになった。ディナーを2人でと計画。その前に彼女に先を越された。9月が終わる時刻に突如プレゼントを渡され面喰った。ついでに素敵なメッセージカードも頂戴。これからもよろしくお願いします。
2009.10.01
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来年挙式へ向け、スキーシーズンへ突入前に、早めの段取りを。と、今週末は結婚指輪を物色することに。下知識のない2人。3店舗を巡り、材質や価格相場などをようやく把握。決算期のためか、どの店もかなり濃厚なセールスだった。。夜の会議。シンプルなデザインで、しっかりしたものを買えばいいかと2人で合意。ひと仕事片付いたと思いきや、突如彼女から議題提起。入籍日の日取りについて。入籍日については、曲折ありつつ、来月の僕の誕生日にすることに落ち着いていたはず。議論紛糾し、結論は月曜日に持ち越し。突然の方針の転換。重要議題は、彼女の性格からして、相当念押ししておくことが必要と痛感。
2009.09.27
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シルバーウィーク。高速千円に便乗したつけだから仕方がないが、やはり道路状況は最悪だった。信州でもマイナーなところを訪問したつもりだったが、途中の高速に加え下道信濃路もマヒ状態。目的地についたところで、予定の工程を辿ることなど不可能。高速上でエンジン何回ストップさせたっけか。ただ、今回の挨拶回りツアー。一応みんなには元気な顔を見せることができた。京都の甥っ子「壮太」はかしこそうに育っていた。北志賀のおださんは、相変わらずの頑固ぶり。スキー談議、いや、説教を深夜まで。元気そうでなにより。次回訪問は雪深いとき。やはり、スキーヤーにとって千円政策は歓迎できない。
2009.09.22
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この2週間頭を悩ませてきた、式場が決定した。挙式希望は、彼女側だったが、結局選択の主導権は僕。決め手は総合力。道後温泉で遠方の方に雰囲気を味わってもらいたいとも思ったが、松山中心部にある立地条件豊富なスタッフ陣航空会社故の遠方客人への接待充実の可能性に、懸案の料理内容の改善確約を取り付け、決定に至った。さて、難題を片付け、初秋の信州へいざ。
2009.09.19
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期日は来年5月。式場巡りが始まった。市内ホテルを先週から5件訪問。主導権は彼女に持たせたかったが、回っているうちに、いろんなとこにこだわる悪い癖が出てきた。食事、設備、雰囲気、プランナーの応対、そして価格。結論。結婚業界は、人の幸につけこみ、暴利を貪っているということ。つまらないサービスが万単位で吹っ飛んでいく。みなさんもっと冷静になったらいいのに。特に、料理の金額設定は納得いかない。決定した式場では料理長と直談判が必要だろうな。
2009.09.06
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引っ越しの時、時間がなく放置されていた、トイレのクッションシート貼り。時間がとれたので、やることにした。わが屋のトイレは丁度一畳。便座のほかに、いろんな管が複雑に入り組んでおり、カッティングに人苦労。残暑。おまけに、風通しの悪い場所で、大汗かきつつ、水分補給数回。所要約1時間半で完成。初体験にしては、上々の出来栄え。途中、イライラして、カットしすぎた部分がツギハギになったのが悔やまれる。これなら、壁のクロス貼りも上手く出来そう。狭い場所で無理な体勢をとったためか、腰が痛い。
2009.08.29
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彼女の大親友:なおが帰郷しているとかで、彼女はなおの実家のある瀬戸内の離島へ単身遊びに行った。仕事をしていると、あおが僕に是非会いたいと言っているとのメールが。特に用事もないので、承諾。案内した、市内のカフェで、女性らしく、尋問を受けた。急展開に、大親友として心配だったのか。結婚詐欺の可能性も考えているのか。そんなことを考えつつ、誠実な回答に徹した。しばらくして、お母さんのように祝福してくれた。ちょっと感極まってたかな。しっかりもののなおちゃん。いい友人に恵まれたもんだ。
2009.08.18
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本日より彼女との新生活が開始。その前の引っ越し作業。ここのところ、新生活準備関係でまとまった運動ができていない。彼女宅へ軽自動車で乗りつけ、一人で諸々を運搬。5階の我が家へトレーニングがてらダッシュ10連発。さすがに疲労した。素敵な夜にしたかったが、準備不足。初めて出会ったケーキ屋で、これからの挨拶をさせてもらった。
2009.08.16
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彼女は朝から体調不良。午前中は、ゆっくりと大塚美術館鑑賞した。昼食後、彼女持ち味の気分転換の良さかどうか、体調は回復。夕方まで鑑賞して、お土産買って、帰路へ。夕食では、さすがにお疲れの様子。帰って、風呂の入り方について注意したら、剣幕たててモノに八つ当たりしだした。怒った表情は初めて。彼女は謝っていたが、配慮不足を反省。本日は彼女にとってストレスのある一日だったのに。後味の悪いショートトリップになってしまった。
2009.08.14
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高松ツアー以来、久しぶりの彼女との遠出。徳島のお笑い芸人さんに特上席を押さえてもらった。難航した宿選びも成功し、お昼どきに徳島入り。目当てのラーメン屋を攻めた後、眉山へ。踊りまでの暇つぶし。みな考えることは同じなようで、ロープウェーは長蛇の列。18時開演を前に、そごうでビールとつまみを買って、特等席へ。先頭の有名連を間近に見、その優雅さと、力強さに圧倒された。そして、“踊らな損損”なにより、見ていて楽しさがこみ上げる祭り。どこかのけが人が続出する野蛮な祭りとは違う。居酒屋へ向かう途中では、初阿波踊りも体験した。彼女曰く、腰が引け、顎が前に出すぎていたそう。来年はもうちょっと上達して、また来たい。
2009.08.13
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