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きのうは水曜日、映画1000円の日。ということで「天然コケッコー」を見に行った。島根県の浜田市で撮影したということらしいが、海が近くにある「ど田舎」、という村が舞台。小学校と中学校がいっしょになっても6人しか生徒がいないような村の学校に、東京から離婚して実家に戻った母親に連れられ、男の子が転校して来た。この男の子が背の高いちょっとしたイケメン君。着ているものも髪型も都会ふう。彼の転入で、同級生になった主人公の女の子をはじめ、子供たちの、そしておとなたちの生活にも小さなさざなみがたちはじめる。といってもあまり大きな事件もなく、あこがれの東京に修学旅行(といっても先生たちの人数のほうが多い)にいっても、あまりの人ごみに疲れて帰り、唯一きなくさい事件に発展するかにおもえたできごとも、何もなかったかのようにすぎてゆき、また春が来て、学年があがって...というふうなおだやかな物語であった。主人公はリハウスガールの夏帆。イケメン同級生は岡田将生(名前あってたかな)。佐藤浩一が父、夏川結衣が母。あとはほとんど知らない人ばかりで、これは俳優なのかシロートなのか、判別がつかなかった。でもおかっぱ頭の小学生や、小中学校の先生たち、郵便局員のシゲさんなど、めちゃめちゃええ味だしていた。それとやっぱりなんといっても「正しい日本の田舎」とでも言いたくなるような風景の存在が大きい。素朴な学校や、髪の毛を切るのは「ダサい」理髪店しかない。主人公と同じ中学校に通う友だちの家である。あと、コンビニではなく「よろずや」めいた商店も友だちんちである。子供の頃、夏休みには「田舎に帰る」という友だちが何人もいた。私は子供の頃は関西のベッドタウンみたいなところで育ったし、おばあちゃんもいっしょに住んでいたので、とくに帰る「田舎」はなかった。東京で暮らし始めてようやく盆や正月に「帰省する」という言葉がリアルになった。私の実家は大阪郊外の山を切り開いて作ったニュータウンなので、なんのおもしろみもないのだが、ちょっと周辺に足を伸ばすと、まだまだ「日本の田舎」が残っている。水田や畑があって、小川が流れている。農家があって、いまだに松山容子の「ボンカレー」や水原ひろしの「アース」、「カンコー学生服」(カンコーは菅公、つまり菅原道真公のことなんすね)などのホーロー看板が壁にとりつけられている。ああいう風景を見ると、小学生の頃を思い出す。最近は中途半端な地方都市に行くと、どこもおんなじような風景だ。大きな幹線道路ぞいには、パチンコ屋、中古車販売センター、大規模店舗やファミレス、ファストフード店などがどこにでもあり、美観などこれっぽっちも考えてない下品な看板をでかでかとあげ、風景を均一に汚すのに一役かっている。不便な田舎に、いつまでも田舎のままでいて、というのは都会で暮らす人間のゴーマンやとはおもうけど、失ってしまうと、取り返しのつかないものもある。映画の中でも主人公がつぶやく。正確なセリフは忘れちゃったけど、いつか失うとおもうと、急になんでもないことが輝きだす...というふうなことを。
2007/08/30
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フキゲン横綱朝青龍、ついに相撲協会のゆるしが出て、明日にもモンゴルへ帰国へ...ってことらしい。ほんまにも~さわぎぼっ発からほぼ1ヶ月くらいか?文字どおり「大」のおっさんがよってたかってぐちゃぐちゃになって、客観的にはなにやっとんねん、というかんじであった。行ったら行ったで、今度はいつ日本に戻るのかと、さらにごちゃごちゃは続くのだろう。だけど病気がほんとうなんだったら、次の本場所までには戻ってこい、なんて言えるもんでもないとおもうんやけど。期限切られてもそれまでに治す、というような種類の問題ではないだろう。もうカタチだけっていうのがみえみえ。ところで毎日のようにワイドショーでやっているこの報道を見ていて、知らず知らずのうちに、モンゴル情報をインプットされていることに気がついた。朝青龍が帰国したら、どこで療養するのか。なんでも「ホジルト」というところに温泉療法をするところがあるらしい。泥をからだに塗り付けるらしいとか、朝青龍ファミリーが経営するモンゴル独特のテント「パオ」に泊まれるキャンプ場があるらしいとか、ウランバートルにはディスコもアイリッシュパブもあるらしいとか。あ、そうそう2、3日に一ぺんは成田からも直行便が飛んでることとかも。ものすごい昔、友人とモンゴルに行こうということになり、いろいろ調べたが、そのときは夏場だけのチャーター便しかなかったとおもう。結局、旅は実現しなかった。その頃はまだまだ行きづらい国だったのだ。なんだか今回のごたごたで、モンゴルでは「人種差別」と決めつけて騒いでいる一部の人たちもいるようだけど、このおかげで(?)けっこう観光広報になってるやん!つい先日、仕事でモンゴルに2ヶ月くらいいた人から聞いたばかりだけど、モンゴルにはいいところがいっぱいあるらしい。「でも羊の肉ばっかりちゃうんですか?」と、羊肉があんまり好きじゃない私が聞いたら、野菜もいっぱいあるらしい。ただし!中国製の毒毒野菜だけど、とその人は言っていた。それはイヤやけど、なかなかやっぱりモンゴルよさそう。さて、ご近所ごはんの友の会「かっぽーの会」が、ついに海外デビュー!?デビューはおおげさだが、いつもは近所の隠れた名店を探して食の探訪をしている私ら、この度ついに海外まで足をのばすことに決定。月末あたりに韓国のソウルへ行って来ます。たった2泊3日なので、どれだけ味わってこれるか楽しみである。
2007/08/28
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ずっと腰の調子が不調なままだったが、やっと少しましになってきたので、「山田式腰痛予防ベルト」(よろしいよ、これ)をきっちり巻いて自転車ででかける。おくればせながら今年初のかき氷を食べた。近所の住宅街の中の上品ぶった和風喫茶の宇治金時である。かき氷はよっぽど暑~というときでないと、なかなか食べる気にならない。ひと夏に何度も食べるというものでもないので、これまでに食べたかき氷のそれぞれをけっこう記憶していたりする。まず東京に来て初めて食べた「あんず氷」には感動。これは関西ではほとんど見たことがない。去年、目白の和菓子屋さんの二階にある和風喫茶で食べたかき氷はダイナミックだった。大盛りに盛り上げられた氷の片側にシロップ(私は生のいちごシロップを食べた)がだらーっと大量にかけられ、崖崩れのような状態になっていた。京都は「はやしや」などのお茶専門店のかき氷がおいしい。かなり盛りもいいので、相当のどをからから状態にして行くといいとおもう。二年坂(だったかな)の「かさぎや」は、冷房がなく、うちわを貸してくれる。学生時代、最初に大学が東山七条にあったころ、近所に「むろや」という小さい店があった。名前のとおり「むろ」のような暑さ(でも氷屋さんはあまり冷房をきかさないほうがありがたみがある)、の店だったが、レモン氷はちゃんと生のレモンを絞ってくれるし、宇治氷はちゃんと抹茶を茶せんでたててかけてくれる。いちごもたしか生のいちごで作ったやつであった。まだあるんだろうか。馬町のあたりだったとおもうが。今まででいちばんおいしかったかき氷は、前にも書いたとおもうが、沖縄の竹富島の「ぱいぬ島」という茶店(野外)の「黒糖氷」だ。黒糖を使った氷は沖縄ではポピュラーなようだけど、こちらではあまり見たことがない。沖縄の他のところでも食べてみたが、このぱいぬ島の黒糖氷が最高だった。あと石垣島の「ゆうくぬみ」という店で食べた氷ぜんざいもおいしかった。外国ではかき氷はフラッペになるんだろうけど、どうも日本のものとちがってきめが粗くてあまりおいしいとおもえない。有名なハワイのシェーブドアイス(人工のシロップを好きなだけかけてくれる)もちっともおいしくなかった。子供の頃、ぐるぐる手回しでつくるかき氷機があった。今もクマちゃんの機械(回していると目がぐるぐる回るやつ)などがある。暑い夏の夜、家で作った粗くて溶けかけのかき氷がなつかしい。たしか関東と関西ではかき氷のシロップを上からかけるか下に入れとくか、反対だったんではなかったっけ。どっちがどっちだったかな。ちなみに今日食べたのは上からかかっていたが。遠くの花火大会の音が聞こえている。もうすぐ夏も終わり。暑さもましになるんだろうか。かき氷、今日のが今年最初で最後かな。
2007/08/26
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今日、通販で注文していた仕事場用のワゴンが届いた。箱にでっかく「MADE IN CHINA」ディノスよ、おまえもか!きょうび、日本で身の回りを見回してみれば、かなりの確率で中国製品に囲まれているといっても過言ではない。こないだ100円ショップへ行った。ここにある商品のほとんどが中国製なんだろうなあとおもいつつ買い物する。先日は、生協でつまようじを買ったが、売り場にある3種類ほどのどのつまようじもすべて中国製だった。今、アメリカでは「CHINA FREE」という言葉が使われているらしい。「FAT FREE」とか「CAFFEIN FREE」とかと同じように、中国製は入っていませんということらしい。ジョークのような話である。アメリカ人のナントカさんという女性が、生活のあらゆる場で、中国製品を使わないでどれだけやれるかということを実験したところ、結果的にほとんど生活がたちゆかなくなったらしい。それほど私たちは中国製品に依存して、逃れられないということがはっきりわかる。かつて洋服の縫製はほとんど人件費の安い中国でされていたが、中国も人件費があがってきて、今や東欧とか南米などで作っているものも増えてきている。それでもそれこそ100円ショップにあるようなプラスチック製品とか、安い木製品はまだまだ中国製とおもわれる。おもちゃや子供服に化学物質が基準値以上含まれているとかで、まだまだ中国製品リコールが続いているが、ほんとにこの先どうなるんだろう。そんなんだから「国産」という表示をみるだけでほっと安心したりしてしまうが、いやいやそれとて信用できない。あの、関西では最高級スーパーとして有名ないかりスーパーでさえもが、外国産牛を国産と偽っていたというではないか。中国製もなんやけど、またまた賞味期限ねつ造で問題の「白い恋人」あれだけかつては雪印や不二家、そして同じ北海道のミートホープの事件が大騒ぎになってるのに、まだやるか~!?というかんじである。それにしても、北海道みやげといえば「白い恋人」、とテレビで何度も言われていたが、そうなんですか?私は高校生のころ、サッポロに住んでいたが、そのころの北海道みやげといえば「千秋庵の山おやじ」その後「六花亭ホワイトチョコ」あたりだった。今なら「ロイズの生チョコ」かなあ。それにしても信用できないのは中国製だけとちがう。 ほんまにだれを信じたらええもんやら。
2007/08/24
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うう、腰が痛い。こないだの金曜日、くしゃみとともに久々のギックリ腰発生。10代の頃からの腰痛持ち。一部脊椎の間が狭くなってるところがあるのが原因の「椎間板症」。ギックリ腰にまでなると、ひどいときには顔も洗えないほどになるが、今回のはそこまでひどくもない。でもきのうは立っても座っても寝ても、どんな姿勢をしていてもつらくて何も考えられなかった。こないだまでの酷暑で、できるかぎりクーラーを使わない私もさすがに一日数時間つけていた。たったそれだけでも足から冷えてくるようだ。逆説的だけど、クーラーつける時は、足首まである靴下(くるぶしから冷えるのです。注意)を着用せなあかんということである。今までも、クーラーを使ったら、夏が終わって秋口になったころ、よく腰を痛めていたことがあるので、要注意なのである。ここのところもちょっと注意せなあかんなあ、とおもっていたところであった。防ぐためには腹筋と背筋を日頃から鍛えるしかない。わかってるんやけど。ジムに行ってもついさぼりがちな腹筋。いや、今度こそ続けよう!腰が痛いと、周辺の筋肉でかばうので、慢性的に背中の筋肉が張りっぱなしになる。そうすると肩こりもおこりやすいということで、やっぱしちゃんと自分のからだはメンテナンスしなければあかんのである。筋肉イラストレーターのオナカ先生にまたまたおこられそうだ。それに、きのう寝返りうつのもひと苦労しながら考えた。もっと年とって、こういうことになったら寝たきりになって、なんもできなくなってついに孤独死!?笑えない想像である。というわけで、おなかポッコリ防止にもなるので、がんばって腹筋をやろうとおもう。みなさんもご注意ください。
2007/08/20
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言ってもしかたないとはおもうが、今日はほんっとに暑かった。もう気温なんぞ知りたくもないね。ここのところ日本一暑いのが、埼玉県熊谷市らしい。他にも群馬県の桐生市など、埼玉、群馬あたりの内陸部が全体的に気温が高いようだ。熊谷などは、暑さを逆手にとって町おこしの材料につかってやれと、毎日の気温をでかい寒暖計で表示したり、「あつべえ」とかいうキャラクターを作ってみたり、「あついぞ!熊谷」なるヤケクソぎみなキャンペーンを展開してるようである。それによってなにかええことでもあるのだろうか。「燃えよ!くまがやん」というのも笑ったけど。京都、大阪というのもなかなかに暑い。以前、京都に住んでいた頃、世界の天気ニュースを見ていたら、大阪はサウジアラビアよりも暑かったのでおどろいたことがあった。しかし私が経験したもっとも高い気温はなんと50度!(華氏じゃないよ、摂氏だよ)スペインのアンダルシア地方のコルドバを真夏に旅していたときのことである。このあたりは「スペインのフライパン」といわれる地域で、とにかく暑いところである。私がコルドバに入る前日はなんと53度であった。50度ってどんな暑さか? ただただ暑いというのみである。そのあたりは非常に乾燥しているので、不快指数的にはそこまですごいという印象ではなかったが、この気温だと、昼間に外で活動するのは危険である。現地人は誰も歩いていない。感覚的にもっとも暑い! と感じたのはケニアの東海岸にあるモンバサという町のなんともいえない肌にまとわりつくような粘っこいかんじの暑さである。ところできのうは下北沢のあたりの古道具屋を見て回った。きのうも暑かったので、ノースリーブにインド綿のふわっとしたパンツをはいていった。買い物に寄った西友のエスカレーターよこの鏡に映った自分を見てげっそり。夏のおばはん丸出し!「夏のお嬢さん」は、アイドル時代の榊原郁恵ちゃんが歌っていた曲だが、お嬢さんの夏はピチピチした印象だが、おばはんの夏は暑苦しい。ノースリーブから出た日に焼けてない妙になまっちろい二の腕は、言うまでもなくゆるんでいるし、必ずBCGだか種痘のあとがへこんでいる。(ここらへんが特におばはんぽい)私は腕はあまり白くはないが、ゆるんでいるしへこんでもいる。電車で向いがわに座ったおばはんはおしゃれしてるんだけど、顔を真っ白に塗り過ぎて、その上に汗が吹き出ているので見苦しい。どうもおばはんはその存在だけでも暑苦しいので、塗り過ぎないとか、髪型とか服装とかできるだけすっきりするとかの配慮が必要と思った。ぱよさんも書いているように、この暑さゆえ、かっこつけて重ね着などしようもんならよけいに汗が吹き出して(おばはんはホルモンの関係で汗かきでもある)、さらに見苦しくなりそうなので、できればアイスノン首巻きでもしたいところだが、ほんまにどうしたもんやら。あ、おっさんもいっしょやで!
2007/08/15
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今年もまたダイアナ元妃の命日が近づいている。きのうそのダイアナの最後の3カ月をレポートした二時間番組を見た。あの10年前の事故のニュースはほんとにショッキングだった。特別ファンというわけでもなかったが、まずダイアナ妃交通事故のテロップから、死亡のテロップがでるまで、気をもんだおぼえがある。やっぱりあれほどの美女であり、当時はもはやプリンセスではなくなっていたにしろ、社会的に大きな存在である人が若くして亡くなるというのは、なんとももったいない!!と思ったものだった。きのうのレポートでは、今まであまり語られていなかった(とおもう)ダイアナとともに亡くなったドディ・アルファイド氏との出会いや関係などもくわしく再現されていた。最初にびっくりだったのは、私はロンドンのハロッズって行ったことないのだが、ドディのパパ、モハメド氏がハロッズを買い取ってから、ハロッズはものすごいことになってたんですな!英国貴族御用達の上品なはずのハロッズ店内は、モハメド氏の故国エジプトのカラーに染められており、モハメド氏のロウ人形はたっとるわ、スフィンクスの顔はモハメド氏やわ、もうはっきり言って悪趣味の極み。あれではイギリス人からいろいろ言われてもしかたない。金にあかせて文化まで買おうとしたのかもしれないが、そういう根性じたいが下品きわまりない。そしてダイアナと息子ドディとの出会いも、レポートによると、モハメド氏が仕掛けたとされている。ハロッズだけでなく、ダイアナを息子の女にしたてることで、金でなんでも手に入れられることを見せつけたかったのか、と思える。ダイアナの物語は、今までもなんども番組化されているし、離婚後本人が激白したことによって、チャールズとカミラの問題も、ダイアナとの結婚以前からあったのだということも明らかになった。だれもがおもう世界の不思議のひとつ、それは...なぜにダイアナでなくカミラ?結局、チャールズとカミラは再婚したから、やっぱり愛を貫いたのか!? という見方もできるが、そんならなんではじめっから結婚しなかったのか?ダイアナがコケにされているようで、これに関してはほんとに気の毒だとおもう。こんな欺瞞にみちた結婚をしなければ、あんなところであの若さで命を落とさなくてもよかったかもしれない。それにしても、もしドディ・アルファイドとダイアナがあのまま結婚していたとしても、ダイアナは幸せになれただろうか?ドディはいちおう映画プロデューサーとか名乗っているが、ほとんどプータローである。それもパパアルファイドの言いなりの(元カノもパパが電話で切ってたし)、超リッチのボンクラ男である。ダイアナがまじめに取り組もうとしていたホスピスの仕事など、金は出すかもしれないが自分の恋人が仕事で忙しくかけまわることに対して理解があるとはとうてい思えない。きっとモナコやサントロペのクルーザーでシャンペンでも飲みつつホゲホゲと享楽的に過ごすのがいちばんお好きな人種のようだ。ダイアナは、つきあったヒューイットなんとかには暴露本まで出されてたし、チャールズも含め男選びだけは間違いだらけだったのかなあ。それにしてもなぜにカミラ!?
2007/08/14
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今週の木、金はぱよさんと共に山梨県甲府へ行った。甲府に住む友人でもある作家(文筆業)のもとを尋ねて、女三人でいろいろ喋るという、いちおうお仕事であった。このお仕事は後ほど(9月に入ってから)新聞の記事になる予定なので、またその節はお知らせします。友人は東京の人であるが、去年結婚されたダンナさんのお仕事の関係で甲府在住なのである。1日目に彼女のお宅を訪問して、喋りたおした後、仕事から戻ったダンナさんもご一緒に彼女のおいしい手料理をいただき、夜遅く私たちふたりは甲府富士屋ホテルに投宿。翌日はきもちいい青空。このまま東京に戻るのはあまりにもったいない。朝風呂、朝ごはんを終え、チェックアウトした後もう一度、作家の彼女もさそってレンタカーでドライブすることにした。山梨県の長野県よりに白州(はくしゅう)というところがあり、サントリーのウィスキーの蒸留所がある。サントリーウィスキーの銘柄でまさに「白州」というやつがあるが、あれを作っているところである。そこがとてもきれいなところというのを聞き行くことになった。その前に訪問者の私ら二人は「絶対にももを買って帰りたい」と思っていたので、白州とはまったく逆方向の石和温泉方面に車を走らせた。なにせ東京から高速バスでやってくる途中、そのあたりは「もも」「ぶどう」ののぼりをたてた販売所だらけ。行く前から絶対にももを買って帰ると決めていた私は、たった一泊の旅に中身がすかすかのキャリーケース持参である。無事ももを買い、一路白州方面へ。こんどは「野菜も欲しいな」ということになり、甲州街道ぞいの「みちの駅」へ。新鮮な野菜がとても安い。あれもこれも欲しくなる。前夜ごちそうになったここでしか手に入らないお米まで買い、もうこの時点でキャリーケースでも間に合わない荷物になった。それからやっと白州のサントリー蒸留所へ。この一帯の森をサントリーが買い、自然を守りつつ、きれいな水という自然からの恵みを利用してお酒を作っている。蒸留の工程を見学して、最後に試飲コーナーがあるのだが、いちばんの酒好きのぱよさんは唯一のドライバーなので、受付で「ドライバーです」のシールをはらされ、まったく飲むことができず、大変くやしがっていたというのに、私のほうはだいたいが下戸で、しかもウィスキーはとくにダメということで残念なことであった。同じ沿線にある日本酒「七賢」という酒造会社へも寄る。サントリーもここも作家さんのダンナさんが手回しよく紹介してくれていたので、恐縮なくらい手厚くご案内していただき、おみやげもいっぱいいただき、ますます荷物がふくれあがる。来る時ほとんど手ぶらにちかい状態だったぱよさんは、持ちきれず、甲府駅前でキャリーつきのバッグを急きょ購入して帰ったが、高原と山の恵みをたっぷり満喫した二日間であった。
2007/08/11
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連日の朝青龍問題の報道にはもううんざり。このままでいくとうつ病になってしまうとか、モンゴルに帰すべきだとか、いろいろ言われていて、「病状」に関してはほんとのとこどうなんだかわからないが、私は率直なところ「甘えんのもええかげんにせえ!」と感じている。だいたい自分で蒔いたタネやん。あのモンゴルでのサッカー親善試合のからだの動きからすると、どう見ても怪我してるようには見えないし、地方巡業をさぼるための仮病といわれてもしかたない。それで協会から罰としてのふた場所休場を言い渡された結果、ヘコんだっちゅうことだよね。なにか根本的に日常的なストレスとか要因があって、ほんとに心の病にかかったというのならまだ理解もできるけど、なんだか子供が自分のおイタを叱られて、フテてるように見える。よしんばほんとにうつ病寸前まで落ち込んでいるとしたら、横綱ってそんなに弱っちいんか、とも思う。昼のワイドショーで、山本晋也が「17歳のころから日本にひとりでやってきて、横綱までなった人がそんなに弱いとはおもいませんでした。」と何度も言っていたが、私もそう思う。横綱の「品格」は、人格とか行儀のよさだとおもうが、強さも絶対に必要だとおもう。貴乃花なんかもそうだったようだけど、横綱というのはものすごく孤独な存在だという。勝ち続けないといけないし、引退するまでずーっと追われる立場だ。朝青龍の今の状態というのを聞いてると、そういうかっこよさなどみじんもない。「モンゴルに帰って母ちゃんの手料理が食べたい」なんて言っているという。やっぱり横綱としては甘ったれすぎませんかね?そして病気かも? 病気になっちゃうかも? と言われ始めて、周りもなんだかハレモノにさわるような対応ぶりだし、自称友人なんだかタニマチなんだかわからぬ学者やら政治家が、モンゴルに帰したほうがいいんでは?とか援護し始めているけど、なんでそんなに優しいんだろうなあ、、、と思っていたら、日本とモンゴルとの国家関係にビミョーに関わってくるかも、という配慮があるとかないとか。たしかに朝青龍はモンゴルのヒーローだからなあ。たぶん出るだろうな、とおもっていたら案の定、むこうのメディアでは「外国人力士の差別」といった論調も出始めているらしい。だったらなおのこと、朝青龍も相撲界のモンゴル大使の意識もたなきゃ!朝青龍、この先現役引退したら、日本で部屋を持って弟子を育てたりするんだろうか?なんかあっさりモンゴルに帰って莫大な資産で、ビジネスでも立ち上げそうに見える。実際、すでに親族にやらせているらしいし。だから日本の地方のファンなんかはどうでもよかったのか、そうおもえる今回のことであった。しかし彼の悪評ぶりは今までもあったし、いっそのこときゅうくつな相撲界とは縁を切って、Kー1とかの総合格闘技にでも転向したらどうかな。曙があんなんだし。
2007/08/08
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きのうは写真家の佐藤秀明氏の写真展を見に、横須賀の衣笠にある「カスヤの森現代美術館」まで行った。日曜日だったので、大船からの横須賀線はけっこう混んでいたが、ほとんどの人が鎌倉でどっと下車。昨日の夜は鎌倉の花火大会だったらしい。ところでカスヤの森現代美術館は、美術作家の若江漢字さんが奥様と運営されている小さな美術館である。かつてヨーゼフ・ボイスに師事されたこともある若江さんのボイスコレクションが常設展示されている。美術館の裏は、竹林になっていて羅漢さんがたくさんある。佐藤さんの今回の展示は、60年代ごろにニューヨークへ写真修行に行った時代のモノクロ写真である。当時の話は自伝的エッセイ「僕はこうして写真家になった」にくわしく書かれている。建設当時のツインタワーを更地の段階から追った写真も撮影していて、9.11以降、写真集にまとめてもいる。還暦こえてる佐藤さんだが、大学時代の同級生の方々もこられていた。その中には伝説のサーファーといわれる(現役でもある)方もいて、佐藤さん含め、ほんとにみなさん若いし、よく遊ぶし(もちろん仕事もすごくするし)、私なんぞ修行が足らんわ~とつくづく頭が下がるのである。それはさておき、今住んでいるマンションのローン返済もまだまだなのに、最近ますます海のそばに住みたい! という欲求がふつふつと湧いて来ている。はっきり言って東京はストレスが多すぎる。今住んでいるところも都内としては、緑も多く環境も悪くない。でももっと年とったら、イラストの仕事のように締めきりに追われながらではなく、ゆっくりと自分のペースで制作しながら生活できたらと思っているし、昔から「山」よりも「海」派の私としては、海の見えるようなところに住むのが夢である。昨日、美術館で30年ちかく昔から葉山に住んでいる編集者の知人に会って、そういう話でもりあがったのであった。親の転勤につきあって、子供の頃からあっちこっちと引っ越しばっかりしてきたせいで、いまだに腰が落ち着かない私。マンション買うときも、べつに東京にホネを埋める気で決めたわけでもなく、単に東京の賃貸が高すぎるのでもったいないという理由からだったし、「終の住処」幻想は持っているものの、幻想に終わるかもしれないとも思っている。まだまだ死ぬまでにはあと2回くらい引っ越ししそうな気がしている。ところでこの春、横須賀に横須賀美術館ができた。テレビで見たが、すばらしいロケーションと建物である。地の利は悪いが、これはぜひとも行ってみたいとおもった。神奈川県立近代美術館も葉山にできてるし、こちらもシーサイドである。がんばれば一日でふたつとも行けるだろう。遠出しなくともじゅうぶん旅行気分が味わえるにちがいない。11月頭には私も鎌倉で個展しますんで、皆さん一泊してセットでまとめてアートの旅はいかがでしょう?てなわけで、だんだんと足と気持ちが海方面に向かっている私である。
2007/08/06
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蒸し暑い~せっかく時間ができてもこの暑さにやられて、仕事への意欲が失せてしまう。夕方になってやっと正気にかえるような今日この頃である。どうせなら、とおもって、もうずいぶん前にバリ島で大ブレークしていたインドネシアのペンギンカフェオーケストラみたいなCDをかけてみる。ところで吉祥寺で楳図かずおセンセイの新居建設が周辺住宅街で問題になってるそうな。現在建築中のこの新居、楳図センセイのトレードマークの赤白のボーダーで外壁がいろどられるらしい。それでとなりと前の住民がとんでもないと、建築のさしとめの申請を願い出たという話らしい。たしかに楳図センセイ、吉祥寺であの赤白ボーダーシャツで歩いているところを私も何度も拝見している。この問題はこの例だけでなくとってもむつかしい問題だとおもう。楳図センセイとて周りに迷惑かけてやれ、などと思ってるはずもない。「家は自分の作品みたいなもの」という発言を以前されていたようだし、それはその通りだろうとおもう。ただ私の個人的な意見としては、家はたしかに個人の自由でデザインされていいとおもうが、外観というのはある種の公共性を帯びるものだと思う。閑静な住宅街にたまにピンク色の家があったりとか、うちの近所でもみかん色の外壁の家があったりする。みかん色の家は車もオレンジなので、柑橘系の色がお好きなのだろうとおもう。それも本人の勝手といえば勝手なんだけど、まあ「趣味わる~」としか思えないというのが率直なところだ。メキシコの有名な建築家ルイス・バラガンのような強烈な色彩を外壁に使用するアーティストもいるが、あれはメキシコのような強烈な日射しや自然の色彩が濃厚な環境にあってこその色使いなのではないだろうか。日本のような湿度のある、色彩にサビの感じられるような環境の中では絶対に浮いて見えるだろう。だからこそやっぱり規制が必要なんではないかとおもう。なんでもかんでも建築基準でしばるのもどうかとおもうけど、ヨーロッパの古い町並みが美しいのは、何世紀も前からの石造りの町並みが残っているからであって、それはとりもなおさず石の自然の色が街の基調色を作っているからに他ならない。日本の都会が美しくないのは、デザイン無視のきたない看板や趣味の悪い建築物が乱立しているというのがかなり大きいとおもう。ただどうなのかなあ。楳図センセイは前からあそこに住んでいたのかどうか知らないけど、今回の建築に直接待ったをかけたご近所さんたちはインタビューに答えていたが、どうみても天才楳図センセイの作品など、これっぽっちも理解できなさそうな(したくなさそうな)おばさまがたであった。「色の暴力、かたちの暴力(家のてっぺんにまっちょめまんとやらの塔がくっつくらしい)」と嘆いていたが、う~ん、そこまで言わせるまでになんとか双方歩み寄る方法はなかったのかとおもってしまう。だって家はどっちにしても作ってそこにセンセイは住むわけだろうし、今後のご近所づきあいはさぞややりにくいにちがいない、と他人事ながら案じてしまうのだ。
2007/08/03
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申しわけありませんが、ビローな話が続きます。きのうのトイレの夢の話を書いてて思い出しました。いちおう「旅する絵描き」である私なので、これまで出会ったトイレについて書こうとおもう。今まででもっとも汚かった、というかとんでもなかったのはインドのムンバイ(当時はまだボンベイであった)のパキスタン料理のレストランのトイレだ。わりとちゃんとした店だったのに、トイレの個室をあけると、そこは全体が水に浸かった状態だった。私がトイレの悪夢で見る個室全部が便器状態のようなかんじ。水でぬれている、というのではない。床から水深2、3センチはあろうかという「水没」状態で、しかもだれかの「ブツ」がぷかぷか浮いている!なんで水に浸かってるのかもよくわからないし、きちんと便器もある普通のトイレなのに、なぜ外に「ブツ」が? というトイレであった。その次に、スペインはアンダルシアの小さな村のバスターミナルのトイレは、次の目的地まで少々距離があるので、行っておこうと入ったもんの、水洗がこわれているのか、くわしくは書かないが、あまりの「集積」ぶりに恐れをなして、おもわず尿意をがまんするほうをとったほどの汚さであった。そんな程度なので、あまりの体験というのはないが、他にはヨーロッパの長距離列車のトイレは汚いのに、なぜか便座がない。どうやってみんな使っているのか? というのが不思議であることや、インドネシアなどでは、水洗トイレであるにもかかわらず、みんな水でお尻を洗うという習慣があるので、どこでも横に水の入った桶などとひしゃく状のものがおいてあったり、水のでるホースがあったりする。だからこれまたトイレ全体がどこもびちゃびちゃしていて、なんか気持ち悪くてしょうがない。それにしてもこの道具でどうやったら服や下着をぬらさずにお尻が洗えるのかこれも不思議だ。アフリカに行った時、ケニアでキャンピングサファリというものをした。ナショナルパークの動物が普通に生活しているところにテントを張って泊まるというワイルドなサファリである。柵などはなく、動物の生活圏に私たちがいれてもらっているという状態である。いちおうキャンピングエリアは決まっていて、掘建て小屋のぽっとん便所はあった。そこでは学生時代の下宿生活でいつもやってた、トイレットペーパーの芯にひもを通して首からぶらさげて、トイレに行くというシステムが非常に役立った。しかし夜になると、危険なので火の周りを絶対に離れてはいけないとガイドから言われていたので、みんなテントの近くで人目を気にしながら用をたすしかないのであった。中国には数回行ってるが、幸いよく話に聞く「ニーハオトイレ」に出会ったことはない。10年くらい前に行った上海は下町のほうへ行くと、庶民の家ではまだ陶製の壷のような「オマル」をみんな使っているようで、中身を回収する業者がリヤカーで運んでいたり、道ばたでその壷を水を流しながらごしごし洗っていたりする光景を目にした。みなさんの悲惨なトイレ遭遇体験などお聞かせ下さい。
2007/08/01
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