2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全13件 (13件中 1-13件目)
1

そして2年の夏休みに入って、従妹が遊びに来た。従妹が買い物をしたいので案内してほしいとのことやったので気軽に応じた・・。買い物とは服で、色合いなどを選んでほしいと言われたのでいろいろ探してあげた・・・この光景を彼女がたまたま目撃してたのである。その夜、彼女から電話があり、ちょっと逢ってほしいとのことなので出向いた。そこでの彼女は今まで見たことのない表情をし、俺をにらみつけた・・開口一番が・・「嘘つきっ!」・・・である。俺には何の事だかわからない・・・そして笑いながら俺が、「どうしたんや?」と聞くと・・次に渾身の力を込めた平手ピンタがとんできた・・・目から火花が散った・・・と同時に鼻血までオマケにでやがった!・・・女になぐられたんは初めてで、ビックリしたと同時に訳の分からん平手に無性に腹が立った・・。殴る意味はなんなのかと聞いてみると・・その買い物の現場である。俺が他の女と居たと勘違いしたのである・・・あまりのアホらしさに、笑いながら事実を説明した・・笑ったのがマズかったのか、全く信用せず更に逆上した。挙げ句の果ては「女がおったから私と逢わないようにしたんやろ?」とまでヌカシやがって・・・今に思えばそう思われても仕方がないのかな?・・と思うが、その時はアホらしくて相手にできなかった。「好きにしろ!」と捨てセリフを残しその場から去った。つづき・・(続きは次回)
2005年05月31日
コメント(1)
そして彼女との付き合いが始まった。正月も一緒に過ごし、初日の出も近くの海へ行って・・・すごく自然な雰囲気で、居心地がよかった・・・しかし、1年も終わり2年になったとき、なんとなく違和感を感じはじめた。それは振り返ってみると、付き合い始めてから一度も逢わない日がなかったのである・・というのも、彼女の方が帰りが少し早かった為帰りは必ず、駅か俺の家の前で待っているのである・・初めは良かったが、毎日ともなると流石に考えるものがあった。まず、男の友達との付き合いが殆ど出来なくなってたこと・・それから、外で逢う以外は殆ど必ず、Hが定番となっていた。勝手な言い分なのも分かっていたが、なんかドロドロした関係みたいで納得ができなかった。何より一番嫌やったのは、「亡くなった彼女と、どっちが好き?」と聞いてくることだった・・・。何度、同じ事を彼女に言ったかわからんぐらいである。そんなん全くの比較の対象外である。また、絶対比較してはあかん事やと思う。亡くなった彼女との事は、記憶から消せないまでも自分なりに、気持ちを整理して忘れる様に心がけていてもいつもそうやって思い出させることが不愉快であった。まだ亡くなって日も浅く、当時の俺は彼女とのことを、いい想い出に変えるには時間がまだ浅すぎたのかもしれない。女々しいと思う自分と割り切れない自分とが混ざって辛かった。そして一度そのことでゆっくり話し合いをした・・その時は、彼女も分かってくれた。つづく (続きは次回)
2005年05月30日
コメント(1)
たしか、記憶では12月に入ってすぐのある日彼女とデ-トをした・・冬季は、日が暮れるのも早く、辺りは薄暗くなりはじめた頃ちょうど公園を歩いていたら彼女が、腕を組んできた・・そしてほんまに自然な形で、キスをした。しかしその時の気持ちは何故か罪悪感みたいなものが漂っていた。彼女は「何故、付き合ってくれないの?・・私のこと嫌い?私じゃ、ダメなの?」・・と、急き立ててきた。自分でその答えは分かっているはずやが答えられなかった・・・その晩、不思議な夢をみた・・・その夢とは、亡くなった彼女の夢であった。本来、夢はすぐに忘れてしまうことが多く、今でも鮮明に記憶に残ってるのはこの夢だけである。夢の内容は・・俺が告白した時にみせたあの笑顔で何を言う訳でもなく、ただ笑っているのである・・・それから一週間程たって、またデ-トをした。回数を重ねる度に自分でも好きになってるのがよくわかったがどうしても、一歩踏み出せなかった・・そしてその晩も、また同じ夢をみた。そして、クリスマスの前日またデ-トをした。その時彼女は「私、あしたひとり?」結構キツイ一言やった。一晩、考えることにした。そして、不思議にもまたあの夢をみた・・・3回目である・・・しかしいつもと違うのは、今回は夢の中で彼女が言葉を言った・・「私のことは、もう忘れて・・・」こんなことを言ったのである。その晩は、確かかなりの冷え込んだ夜やった。しかし、俺は汗をたくさんかいていた記憶がある・・・そして次の日、今までためらっていたとこを全部話した。そしたら「その彼女の代わりなんてできないけど、私、もっと好きになるから・・」と言ってくれた。何より一番驚いたのは、亡くなった彼女はよくポニ-テ-ルをしてた。そしてこの日、今まで一度もしたことなかった彼女が、ポニ-テ-ルであった。ただの偶然と思うが、夢といい髪型といい、なんとも不思議に思った。高校1年のクリスマスだった・・・そして、亡くなった彼女とのことも、自分なりにここで区切りをつけた。 つづき・・・(続きは次回)
2005年05月28日
コメント(0)
そして二学期が始まったわけやが、これといって何もなくただ繰り返しばかりの毎日で・・女々しい様だが、彼女のことが忘れるどころか会いたさがつのるばかりで・・寂しくて仕方がなかった。そんなある日いつものように学校に行くと、ひとりの級友がまるで試合後のボクサ-の様な顔で学校にきた。訳を聞くと他校の奴、数人にやられたとのこと・・・学校も特定できており相手もすぐにわかった・・タイマンなら問題ないが数人が一人をここまでやったことに無性に腹がたち、当時彼女のことでやけになっていたのも手伝い、そのあしで相手の学校に行きそいつらを呼びだした。2.3人のつもりが、相手は20人強、いただろうか・・・ひとりで、行ったので「ちょっとヤバイ」と思ったその時・・・なんと、俺が一人で行ったのを聞き同じ学校の奴が応援にきてくれた・・内心・・安堵感でいっぱいでした。こっちの数・・約10人。大乱闘が始まった・・・結果は、何故かこっちの圧勝であった。しかしこれが後で学校にバレて(どうやらむこうの学校の奴がチクったらしい)めでたく、2回目の謹慎を余儀なくすることになる。そして、二学期もそろそろ終わりに近づいた頃以前告白してくれはった彼女と初めて二人きりでのデ-トをすることになった・・この時、ちょっと不思議な体験をすることになる。つづき・・・(続きは次回・・)
2005年05月27日
コメント(0)

わずか数ヶ月ぶりに会った中学の級友・・何故か話しが弾んだ。中学の時の想い出話や新しい彼氏ができたことなど・・・とても懐かしかった・・しかし、ひとつだけ耳を疑う様な聞き捨てならない話が飛び出した。彼女の死・・・である。 死因は、病気であった。そんな・・・・アホなことってあるんだろうか?!その場に座り込んでしまった。夏休みとゆうこともあり、後日早速、彼女が世話になってたという叔母の所へ行った。最後の最後まで信じたくなかった。 が・・・夢ではなかった。その叔母の家には、彼女の位牌があった。そして、なんとも皮肉なことに位牌の横には、俺があげたボタンが一緒に置いてあった。 そしてその叔母さん曰く・・「あなたが きよすけくんね・・いつか、きよすけが尋ねてきたらこれを渡してほしい・・・と頼まれてたからお渡しするね」・・それは最後の手紙であった。その中に書いてあった詩がこれである。「心のうちをきいてもらいたくてあなたのところへきました・・でも・・・一生懸命のあなたをみているとどうしてもいいだせなかった。今夜、わたし少し泣くかもしれない・・すべてを流すために・・だから・・せめて二人の想い出の場所にほんの少しいさせて・・男らしいよ・・・今の顔 卒業おめでとう・・」中学の卒業の時会いにきたのは、彼女のSOSだった。なんで気付いてあげれなかったんだろう・・・なんで人の心の痛みをもっと分かってあげれなかったのか・・・悔やんでも悔やみきれない思いだった。後日、こんな詩をお返しに書いて、あの想い出の場所に行った。「この場所で笑ってこの場所で泣いてすべての想い出がここにある・・・今は過去の人・・・でも、ひとめあの子に会いたくて・・・今 この場所に・・どうして 俺にうちあけてくれなかったのですか・・・心配させまいとする その気遣いが 俺には寂しすぎるもう きみに 会いたくないです俺の弱さが 愚痴になって 涙になって こぼれそうでこれ以上・・きみを悲しませたくないから・・」そしてこの時、二人で撮った写真とこの詩を燃やして彼女に届けた。 つづき・・(続きは次回・・)
2005年05月26日
コメント(0)
そして、高校生活が始まった・・・いろんな地域からきた奴らがたくさんいて、男前の奴・・頭がよさそうな奴・・デブの奴・・オタッキ-みたいな奴・・ウマが合いそうな奴・・気にいらん奴・・同じクラスの中にいろんな奴がいた。登校して5日目のことである・・・その日は学校が早く終わったこともあり、同じクラスの奴5人と学校帰りに、お茶しに行った・・今に思えばアホ丸出しやが、制服姿で喫茶店で平気でタバコを吸った・・悪い事はできないものである・・運悪くそこに、私服警察がいてそのまま御用となった・・・・翌日、学校で生活指導に呼ばれ、めでたく謹慎!入学6日目で、「謹慎になったんは、本校始まって以来や!」と説教された。やっと少しのびた髪も、元どおり3分頭へ・・・(悲)そんな出始めの高校生活が一ヶ月ぐらい過ぎたある日電車通学であった為、いつものように友達4.5人で駅で電車を待っていると女5.6人の集団が俺を呼んだ。その中の一人が俺に歩み寄ってきて、手紙を差し出した・・。ハッキリ言って、めちゃくちゃタイプの子やった。学校について手紙を読んでみると、いろいろ書いてあったが、ようは「付き合って」・・という内容やった。正直言って迷った。その子からの告白は嬉しかったが、どうしても中学の時の彼女を忘れる事ができず、友達として・・ということでグル-プで遊びに行く仲となった。皆で、プ-ルに行ったり、花火大会に行ったり、皆で酒飲んでバカ騒ぎしたりいろいろほんま楽しかった。そして夏休みも終わり頃、バイト先に中学の同級生やった子(女)が偶然来ていろいろ話しているうちに、今でも忘れることのできない悲劇を聞かされる事になった。つづき・・(続きは次回・・)
2005年05月25日
コメント(0)

後にも先にもあんなに気の抜けた寂しい新学期はあっただろうか?心に大きな穴が空いた様な感じだった・・。何もする気になれず悪友と悪さを連日繰り返し、そうすることで寂しさを紛らわしてた。そんなある日悪友のひとりが「バイクで学校に登校したら目立つで!」といいだし・・目茶苦茶したい気分だった俺は、ふたつ返事で参加した。人数は9人・・バイク5台・・。強烈な爆音で、いざ学校へ・・あと少しで学校に着くという時に1台のバイクが転倒した・・そして連れの一人が重傷を負った・・。運転していたもう一人は軽傷やったが、後日家裁行きになった。俺らも連れのあの傷を目のあたりにしたら流石にこたえた。そして俺を含む他8名は謹慎処分になった・・。謹慎中、ほんまにいろいろなことを考えた・・彼女との約束はもとより、今俺は一体何をしてるのか?こんなんでええのか?・・自己嫌悪に陥った・・。そんなある日、ちょっと買い物をしに自転車で、出かけたところ工事現場で、ドロドロになって額に汗して働いてる一人の中年の男の人が目についた・・・近づいてみると、その人とは・・父親でした。(家は、自営であるが当時は小規模の為自ら現場に出ていた。)当時の俺には凄い衝撃的な光景であり、同時に感動を覚えた・・。父の仕事に全く興味を示さず無関心で、いつもス-ツを着て机に向かい座ってる・・。父の仕事のイメ-ジはこうだった。ところが・・違う!自分を始め家族の為にこんなになって働いてくれてる・・・この時に心底思った・・。俺がこの人を助けやなあかん・・父の後を継ごう・・そう決めた。そしてその道の学校へ行こうと決め、また担任に告げたところあっさりと「無理」との回答。しかし、行きたい理由を懸命に告げた”そこまで言うなら一度やってみろ!そして男なら必ず勝て!”と言ってくれた。その日から、猛烈に勉強した・・一日の勉強量は、一日でえんびつ一本なくなるまで書きまくっていろんなものを暗記しまくった・・。その甲斐あって、志望校へ奇跡の合格を果たすことができた。担任も、ほんまに喜んでくれ、内緒で焼き肉を食べに連れて行ってくれた。この時、転校以来初めて彼女に報告連絡をした。「勝ったから・・俺。」胸が一杯で、この言葉を言うのが精一杯でした。彼女も「わかってたよ」の一言を言ってくれた。そして、卒業式を迎える・・・卒業式には、彼女の名札と写真を持って行った・・・この日はほんまに泣けた。ここに書けなかった想い出も、一気に込み上げた。式も終わり、帰ろうと校門に出たとき、また涙がでた。なんと、そこに彼女が立っていた・・しかも、この学校の制服を着て。 そして彼女は「こ~すけ、第2ボタン・・もらいにきたよ」・・・そして二人は、想い出の屋上に行った・・・いろんな事喋って、すべてのものがここでふっきれた気がした。そして高校を卒業したらもう一度会おう・・と約束してお互いの道を行くためここで別れた。つづく・・(続きは次回)
2005年05月24日
コメント(1)

彼女への告白の手段は、手紙は嫌だったので直接言葉で伝えた・・彼女の目からは、次から次へと涙が溢れでていた。何故泣くのかと聞いたら、首を大きく横に振ってその後満面の笑顔をみせた・・。あの時の笑顔は今でもしっかり憶えている。それから、付き合いがはじまり、部活を終えると待ち合わせをして家の方向が全く違うにもかかわらず、一緒に下校した。その頃、部活でもレギュラ-に選ばれ試合があると必ず応援にきてくれ、緊張のあまり、エラ-をすれば励ましてくれ、ファインプレ-には一緒に喜んでくれ休みの日は弁当を作ってくれて公園で食べたり、服もペア-ルックと・・毎日がほんとに楽しかった・・クサイ言い方やが、恋の楽しさを彼女から教えられた気がした。そして、いよいよ3年生になったある日の放課後、その日は部活もなく屋上でいろいろ話しをしてると彼女が、「一緒の高校へ進みたい」と言い出した。当時、全く勉強していない俺にとって、その希望校に入ることは、まさに至難の業であり奇跡が起こったとして五分と五分といった状態でした。勢いと言うものは恐いもので、その場で約束してしまった(後悔)その時の彼女の顔はほんまにいい顔をしていた・・・いつしか、彼女は俺の前に立ち、そっと目を閉じた・・そして生まれて初めてのファ-スト・キスを経験した・・・全身が、か~っと熱くなったのを憶えている。(照)そして修学旅行の時期になり、うちらの学校は東京であった。担任からは個人的に呼ばれ「旅行中絶対に他校の生徒と問題を起こすな!」と厳重注意をされ、なんで俺に言うんや?と若干不満はあったものの内心は旅行を楽しみにしていた・・。現地自由行動はもちろん、ほとんどすべての行動を彼女と過ごし、どの写真にも俺の左側には彼女が写っていた。写真写りはいつも、しかめっ面の顔ばかりやが、(苦笑)この時だけは違っていた。そして、無事?旅行も終わり・・いよいよ部活も引退し周りから「受験」という言葉が頻繁に聞こえだした。担任に志望校を告げたとこ・・「お前寝ぼけとるんか?」の一言・・。悔しかったがそれが現実であった。しかし俺には守らなければならない彼女との約束があった。奇跡の連続で約束を守る!と決め勉強を開始した夏休みのある日一本の電話が鳴った・・彼女だった。いつもと様子がおかしい・・・どうしたの?と尋ねたら、なんと彼女の父親が、事故死したのである・・・すぐに病院へ駆けつけたところそこには、呆然と立ったままの彼女の姿があった。俺の姿を見るなり堪えていたのか・・彼女は泣き崩れた・・・夏休みが終わった新学期・・予想もつかなかった出来事があった。彼女が母親の実家に帰る為の転校の知らせだった。ほんまに辛い知らせやった・・しかし彼女の方がもっと辛いわけやしせめて寂しい顔するのはやめようと決めてた。そして、転校の日・・彼女から一通の手紙をもらった・・その中には、彼女の名札と詩が書かれていた。手紙の内容は、「一緒の高校に行けなくてごめんね・・初めて約束破ってしまった・・」「この詩は、今の自分のすべてだから・・・こ~すけを忘れない・・」というものでした。その詩とは・・”いつもいっしょにいて・・笑えて・・泣いて・・あのときの・・キッス・・あなたのための毎日でした・・同じ空気すってるだけで幸せでした・・・わたしの最高の初恋のひと・・・ ずっと忘れない・・・そう・・これがこの気持ちが私の宝物・・。” この詩を読んだとたん、堪えていた寂しさがいっきょに込み上げ初めて彼女の前で泣いてしまったのもよく憶えている・・・そして、俺もこの時初めて詩を書いた。 素直な気持ちのまま・・。”きみが好きだから いつもいっしょにいたい・・・きみが心から好きだから いつまでも同じ場所でいたい・・離れても遠くから きみのこと見守っていたいでも、きみの幸せ祈るから 堪えよう・・・きみの その長い髪 好きだったその笑顔 一等いいです。また いつか会えるよねたとえどんなかたちでも・・・だって きみが好きだから・・・”俺が贈った詩はたしかこんな感じだった今に思えば臭い詩である・・(苦笑)そして、二人は離れ離れになった・・・中学3年の残暑厳しい、9月頃である・・・この事がありこの後、俺も生活がすこし変わる・・・・また同時に、詩というものがこんな短文で気持ちがすべて伝わることを知り、興味をもちだしたのもこのへんからである。つづき・・・(続きはまた次回)
2005年05月23日
コメント(1)
そして、いきなり殴りかかってきてボコボコにされた・・。まさに濡れ衣である・・。俺も、キレてしまい後先考えずにその先輩に殴りかかってしまい・・二人とも、マジでやりあった・・そのうち先生に止められ大事には至らなかったが・・その後、その先輩と妙に気が合い・・いつしか悪い事も一緒にやるようになってしまった。(苦笑)内容を書くとマズイ気がするので・・(笑い)・・まぁ~とにかく悪い事をしたのである。そして2年になったが、ますますエスカレ-トをし、学校に親を呼び出しされるは・・先生(男)とタイマンはるは・・わやくちゃでした。そのタイマンと言うのは、2年も半ば頃、こんな事があった。自分でゆうのもおかしな事やが、正義感だけは割と強く、弱い者イジメだけは絶対許されへんことで、ある日学校で同級生3人が1人をよってたかって殴るは蹴るはで・・内容を聞いてみると、昼にパンを購買で買ってこいと頼んだところ断ってきたので腹たって殴ってるとのこと・・そんなん、殴る理屈に値しない!なので、やめとけ!と一喝・・。その場はやめたものの、俺がその場を離れた隙にまたやってやがるっ!(怒)頭にきて、そいつら3人を同じ目にあわせてやったところ、そのうちの一人があとで、先生にチクリやがって・・職員室に俺が呼び出され殴られた。何故、そないなことになったのか理由も聞かず一方的に俺が悪いと決めつけて殴られた事に、納得いかずその先生とタイマンした・・その先生にかなり傷を負わしたものの、誤解が解けて先生が後で謝りにきたので一件落着といったところである。いずれにせよ、今に思えば親不孝の極みやった!(恥)そしてその後、今度は自分からあの彼女に告白してめでたく、付き合うことになる・・時に2年の終わり頃である・・・つづく・・・(続きは、次回・・)
2005年05月20日
コメント(1)
小学校の卒業式は、こっちでの生活が1年足らずと言うこともあり馴染みがほとんどなく、全く泣けない卒業式でした。そして中坊へと・・まず、何が嫌かって・・それは、坊主頭でした。当時、校則で男子は3分刈り!(こんなん誰が決めたんや~!)が、しかし、初めて着る学生服はなかなかのお気に入り・・初めのうちは、ツメ入りにカラ-をしっかりつけ・・まさに前後・左右・斜め36゜(さむぅ~)の角度から見ても好青年!であった。部活は野球部に所属し、希望ポジションは、サ-ド・・・!しかし、初めは1年なのでもっぱら球拾いの毎日であったが楽しかった・・。1学期が過ぎ、夏休みに入ってすぐのある日・・・・学校で、部活の練習を終え帰ろうとした時・・以前から気になってた女の子がこっちに近寄ってくるなり、いきなり手紙を渡してきた。余談になるが、当時、スカ-トめくりが流行っており俺も率先して参加してた一人である。しかし、その子だけはど~しても的が対象外であった。正確にいえば、できなかった・・いや、やりたくなかった・・。今に思えばきっとその子が、初恋の子やったと思う・・。その彼女からの手紙である・・内容は、きっとスカ-トめくりの批判的な事だと確信していた・・・恐る恐る開封してみたら、なんと内容は・・・・「前から好きでした・・・付き合ってください。もしよければ交換日記もしたい」とのこと・・あの時程、舞い上がった時があっただろうか?!しかし・・当時、付き合うって言ってもどうやったらいいのか分からず自分の意思とは反対の行動をとってしまい・・(情)付き合うことをしなかった。そして、確か記憶では二学期も半ばを過ぎたある日、2年の先輩から呼び出しがかかった・・その先輩とは・・学校でもかなりワルで先生も手を拱いていた人で、イヤな予感がしていた・・行ってみると案の定、殺気だった顔をしていた。内容はその先輩が、以前俺に告白してくれはった彼女のことが好きで何度もその彼女に先輩が告白しても、「私には、片思いの人がいる・・でも振り向いてもらえない・・・」と言って断られる・・俺の好きな彼女を泣かした・・という内容でした。続く・・(続きは次回)
2005年05月19日
コメント(1)
次に、楽しい筈であろう・・修学旅行も俺にとっては嫌な想い出としてインプットされたままになっている・・・旅行前、大風邪をひき一週間程学校を休んだ・・・その休んでる間に、旅行説明会があったらしく(行程や持ち物など)風邪で休んでる俺はその内容を知る良しもない・・・(今に思えば何故誰かが連絡してくれへんだのかが疑問?)旅行当日、「赤、青、黄色、ピンク、黒、みど・・も~え~ちゅうねん!)まっ、それだけカラフルなリュックが、集合場所を色染めていた・・・が、しかし、その外観を損ねるかの様な、姿が若干一名いた・・・・俺・・である。何を血迷ったか、唐草模様の風呂敷なのである・・・(大恥)も~一瞬 「帰ったろかな」と思った・・。諸先生方も、目を疑っていた・・・(悲)中には、東京では、これが流行り・・と思っていた、アホな友さえいた・・。旅行中、たくさんの友に励ましの言葉をもらったのも忘れない・・・・。この出来事は、きよすけの「惨事」・・ベスト5にはいるのも付け足しておこう。そうして、あっという間の小学校生活も終わり、いよいよ色気づく中学へ・・・つづき・・・(続きはまた次回)
2005年05月18日
コメント(1)
そう・・方言であった・・。例えば「橋」と「箸」・・ここでは、橋↓箸↑・・アクセントが全然違う!この発音を習得するために、丸1年を要した・・次に、本来やんちゃな俺ではあるが、転校してきた早々地をだす訳にはいかなかった・・まさに、借りてきたネコで行く必要があった。まっこれも10日間が限度!その頃、廻りの友達は東京弁で喋る俺に、興味津々!まるで、アイドル的存在で・・俺の行くとこ行くとこ、金魚のフンみたいに付いてきて・・・あげくのはては、便所まで・・・10人引き連れて便所に行って「う〇こ・・できへんっ!ゆうねんっ!」それがかなり苦痛のひとつでした。その反面、どうしても友達がほしくてたまらない気持ちも強く10日間の演技にも終止符をうち、地を出し始めた時・・・これが、あの「インベ-ダ-嘘つかない事件」の幕開けでもあった。ちなみに当時は、インベ-ダ-・ゲ-ムが一世風靡をしてて・・ある日級友の一人が「なぁ~きよすけって東京におったんやからインベ-ダ-・・得点10万点くらい行くんやろ?」と聞いてきた。なんで、東京=インベ-ダ-10万点?と思ったが・・・やめとけばええものを、友達ほしさに「楽勝!」と答えてしまった(汗)ほんまの俺は、10万点はおろか、ええとこ5~6000点!(悲)その日から、10万点の腕みせてくれ・・との催促の誘い・・・最初のうちは、用事があるとか、きょうは塾。(通ってへんちゅうねん!)余談だが、塾といえば・・ソロバン5級・・書道3日でやめ!・・がええとこであった。しかし、そうそう断る理由もなくなり、決死の覚悟でいざゲ-センへ・・・まさに、修羅場・・地獄絵図であった・・・今、もしドラエモンがこの世に実在するなら、間違いなく「どこでもドア」or「タイムマシ-ン」を拝借してその頃の俺に「ストップ・ザ・嘘」を呼びかけてるだろう!そして、おもむろに¥50円玉を機械に・・・その時に嘘のような本当の奇跡が起こった!なんと、ゲ-セン屋の停電である(嬉)(驚)まさに、九死に一生・・とはこのことである。その後、不思議と友達も「インベ-ダ-」のことには触れなくなり・・伝説の10万点となったのである・・・この場を借りて言いたい・・「友よ俺は嘘をつきました・・すまんっ!」(謝)つづく・・(続きは次回)
2005年05月17日
コメント(1)

きよすけは1967.7.31・・よく晴れた真夏の日セミの鳴き声に迎えられ・・東京は下町で・・産声をあげました・・ 3337g・・(どこかで聞いた様な数だが・・)の元気?・・な、男の子・・一体、この世で同じ日に生まれた人は何人いてるのだろう?知ってる限りで・・芸能人は、本田美奈子と中山ひでちゃん・・・幼い頃から冒険心がつよく、一人であっちフラフラ・・こっちフラフラ・・それが災いしてか・・3歳の時交通事故で重傷・・・医師に3時間の命・・と宣告を受けたそうだが奇跡は起こった・・。2ケ月の病院生活を得て・・元気に復活!それからも、親を休ませる間もないほどの、やんちゃぶり・・人の迷惑省みず・・を地で行った・・記憶の限り若干紹介すると・・人ん家の、チャイム鳴らして笑って逃げる・・のは、朝飯前の日常茶飯事・・幼稚園へは、徒歩通園だったが、(家から徒歩3分の為)ど~してもあこがれのバスに乗りたくて・・かくれて乗り込み、いつもと違う景色に段々不安になり、半ベソ状態・・。かの有名な?(笑い)う〇こ・・食べさし事件では・・友達に・・「コレ、家で作った、かりんとう・・」って言ってそのへんで、拾ってきた犬の糞を食べさせ・・(その後は御想像におまかせ)バレて、親はもちろん学校からも一生分怒られた・・。まだまだ書きたらんが、あまり書くと路線を外すのでこのへんにして・・。小学校は6年生で、父の仕事の関係で、ここ現在の地に・・(この時、友との別れに、マジで泣いた・・。)まず、一番苦しんだんは・・言葉(方言)・・であった。つづく・・・(続きは次回)
2005年05月15日
コメント(1)
全13件 (13件中 1-13件目)
1