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★春休みは高熱続き 春休みに入ってまもなく光太は高熱続き。こんないい天気をよそに布団を敷いて寝てばかりいる。病院に連れていくと高熱が続くのでインフルエンザの検査をされたけどインフルエンザではないらしい。真っ赤な顔をしてつらそうにしているとこっちも辛い。咳もひどくて夜中だけでなく昼間も咳こむようになってきた。大人なら痰がからむと出すことも出来るけど光太には言ってもなかなかうまく出すことができないことも風邪が長引いてる原因だと思う。鼻詰まりもひどく、寝ている時にはブーブーとすごいうるさいいびきのような音で隣の私も寝づらいほどだった。今では薬の影響でか鼻水となって出るようになってきている。 鼻水が詰まっているのには先生が点鼻薬を出そうとされたが、「こういう時には点鼻薬より、漢方のほうがきくんですよね~」とおっしゃるので「先生、じゃそれ出してください!」ということで一度は漢方も処方された。ツムラの葛根湯だった。咳が長引いた時にマイコプラズマ系のお薬クラリスが出るがそれよりもまだ飲みづらいとのこと。覚悟して飲ませたが、案の定大泣きしてしまった。飲みなれない苦い味に驚いたのであろう。仕方ないので次はお湯でといて冷まして鼻をつまんで飲んでごらんとやってみたら言う通りにやって全部飲みきった。それでも鼻詰まりと咳はおさまらなかった。 先生はまたクラリスの薬にもどされたが、隣の子育てママがアドバイスしてくれて、自分が咳と発熱がひどい時クラリスで8割方効いたけれどまだ熱がとれなくて薬をかえてもらうとすっかり治ったと。私も薬剤師の方に聞いてみるとそのママに処方されたものは大人しか出せない薬らしく光太のような幼児にはやっぱり即効性がないけれどクラリスがいいらしい。なかなか効かずもどかしい気がするけれど、効いてないようでもしっかり効いているので気を長くして待つしかないのだろうと思った。 私自身は風邪ぐらいならあったかいものを食べてぐすっと寝れば治るぐらいに思っていて風邪ひいたぐらいでは病院には行かないのだけれど、このようにこじらせてしまうと仕方ない。咳き込みもひどいのは気管支炎をわずらっていることもある。実際光太も気管支炎様のお薬を処方されている。でも、このお薬のおかげでか半日たつと熱はさがりずいぶん元気になってきた。ここでしっかり完治するまで辛いけど外遊びは我慢させるしかない。 先生もやっぱり熱が出てから1日は無理させないでとおっしゃっていた。子供は熱がさがるとすぐ外に出たがる。それが当たり前の気持ちでいいのだけれどやっぱりそこで無理するとやっぱりぶり返すのだということがよくわかった。幸い春休みなので家で親子ゆっくり過ごしておけばいいだけで誰にも迷惑はかからない。 こんな熱が続く中、ダンナさんのおじいちゃんが亡くなった。この5月に白寿のお祝いをすることが決まっていたのに残念でならない。光太にとっては曾おじいちゃんになるが、光太がちょうど1歳のお誕生日を祝ってもらったきりになる。あの頃は私以外の人に抱かれるのが嫌で大泣きした記憶がある。遠いのでなかなか会いに行くこともままならなかったけれど、これからは遠くから光太の成長を見守ってくださることだろう。 私も中学生だったか?もう定かでないのだけど父の母(私のおばあちゃん)が亡くなった時、お葬式に行った記憶がある。とても綺麗で穏やかなお顔をして棺の中に横たわっていられるのが記憶に刻まれている。いつだったかおじいちゃんと2人で熊本から遠く奈良まで遊びにきてくれた時は嬉しかった。たどたどしい字で時々私のことを気にかけてくれたお手紙をもらったこともある。 光太にとって2人のおばあちゃんと一人のおじいちゃんもすぐには会える距離ではないのだけれど光太にとってはとても身近に感じているようだ。それは自分で勝手にかける電話のせいでもあるだろうし、たびたび送ってくれる畑の作物やお菓子などを食べる度にお礼のお電話をするので、自分がしゃべりたいと思う時にいつもそこにいてくれるのが当たり前と思っている。「ちょっとおじいちゃんとこに行ってくるわ。」という感じで身近にいると思っているところが面白い。実際は新幹線に乗って数時間の距離にいるのだけれど。 このゴールデンウイークは帰省するつもりでいる。光太が今回のように突然の熱が出なければの話だけれどこればっかりは当日にならないとわからない。去年の5月に帰ってからなのでちょうど1年ぶりになる。今からとても楽しみにしている。ただ光太にはまだこのことは言っていない。もし言うと毎日「ねぇいつになったら出発するの?」と催促攻撃で大変だからだ。お楽しみを伝えたい気持ちもあるけれど、当日までとっておこう。
March 31, 2007
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★野猿の子は野猿 光太が先日今まで書いたお絵描きをカバンにしてもって帰ってきた。光太はあまり園のことを話さないのでこんな絵を描いていたことなど全然知らなくて見せてもらってとても驚いた。光太にとってもそれは大切なものらしく、大事そうに抱えて私にあれこれと説明してくれていた。季節に応じてちょうちょの歌を歌いながら描いた絵に始まりあじさい、自分で収穫した大根やさつまいも、人参の絵、雪だるま、葉っぱや枝で作った自分の顔などなど。どれも一生懸命作ったり描いたりしたことが伝わってくるものばかりだった。 足型をとったり、手のひらに絵の具をつけてそれをぺったんぺったんしたり想像するだけでも子供が喜びそうな体験をさせてもらってたんだろうなぁと思う。この園を選んで本当によかったと常々思うのだけど小人数なだけにアットホームで園長先生を始めとしてとても温かい先生ばかりで、しかも幼稚園自体は山の中にあってこんな首都圏に住んでいながら田舎の山体験を毎日出来るのだから光太達はとても幸せだと思う。毎日毎日全身を土で真っ黒に出来るほど遊ばせられる場所が果してどれだけこの首都圏に残されているだろうか? 話はそれるが私の父は私が小さい頃土いじりをさせたくてサラリーマンでありながら週末は家庭菜園で汗を流していた。父が大好きだった私は毎日子分のように長靴をはいて畑に行く父の後ろについてせっせと畑のお手伝いをした。といっても気ままに雑草を抜いたりしながら虫たちと戯れたり、近くのせせらぎに足をつけてその冷たさ、流れの速さに恐れ怖がりながらも水遊びをしながら水を作物にやったりというものだった。 昔は田畑で物を燃やすのも禁じられていなかったので枯れた草や木を燃やして灰を肥料にすることもあった。私は父がマッチで火をつけてボーボー赤い炎を立てて雑草を燃やすのを一緒に見張っているのが好きだった。時々は自分の背丈より高く炎があがるのを見て突然怖くなって父の背中に回ってそっと炎がおさまるのを見守ったり・・このまま炎が燃え移ってそこらじゅう火事になってしまったらどうしようと思ってハラハラしているのに父は堂々とそばに立ち悠々と煙草をくゆらせたりしていた。 自分のつい目前を大きなヘビがザザザ~ザザザ~と葉っぱを揺らしながら渡っていった時は腰が抜けるかと思った。また大きな大きなミミズが土から出てきて体をくねくねさせながら踊り出したのを見た時もびっくり仰天しておたけびをあげては父を笑わせていたこともあった。春にはいちごや葉っぱ野菜の収穫や、夏にはトマト、ナスビ、きゅうりなどちょっと収穫し忘れたただけでおばけのような作物でいっぱいになった重たいバケツを運んだり、秋にはゴロゴロ大きなさつまいもを家に帰ってふかして食べたり冬には手がかじかみながらも大根を抜いては持って帰ったり季節に応じての父の畑での作業をずっとそばで見てきただけに今でも畑を見ると何の作物かは大体わかるし旬の野菜もわかる。だからこそスーパーに年中並ぶようになった野菜にとても違和感を感じることもある。 子供のうちにこうやって自然体験を出来たことはとても幸せなことだったと思う。中学生にもなり部活が忙しくなったりもっと大きくなって娘になると日に焼けるのが嫌で専ら父が持って帰った野菜を食べるのみになってしまったけれど、小さい頃、土をいじりながら美味しい空気を吸いながら遊べたことは今の自分の原点を作っているのかもと思う。 中学生になっても担任の先生を驚かすぐらいのことをいっぱいやっていた。用水路に流れてきたおたまじゃくしを通学途中に友達と見つけて時間も忘れて裸足になってつかまえて先生にもっていったり(もちろんかなりの遅刻)秋には帰宅途中に地主さんの土地の木にたわわとなっていた柿の木に登り柿どろぼうをしたり、いちじくもカバンいっぱいに放り込んではむしゃむしゃ友達と帰りながら食べたりどこか野猿のような生活をしていたのもやっぱり土をいじって遊んできた野生の血が騒いでいたのかもしれない。 光太も毎日洗濯機を回すと糸くずネットにいっぱいの土と小石、どんぐりなどがひっかかってくる。毎日ママにお土産といって、しゅろの木の葉っぱや山のようなどんぐり、葉っぱ、小石、棒切れ、花びら色々なものを拾ってきてくれた。正直持って帰ってきても渡した瞬間に本人は満足して忘れているようなのだけど、私は園に行っても私のことを忘れずに一生懸命拾ってくれたんだなぁとその気持ちが嬉しかった。こういう体験が出来るのも広大な敷地がある園ならではだろうと思う。 人間は一生のうちに一度は野生的な生活をすべきだと思う。今の生活はあまりにも便利にできすぎていて家の中だけで育てられているとやっぱり物足りないように思う。子供はもっと外に出よ、もっと山の中で遊べと言いたい。そういっても遊べる山が近くにある子達は幸せものなのだろう。小学生ぐらいになると今の子達はちんまりと室内で円陣を組んでゲームに夢中になっている。光太もやっぱりお兄ちゃんお姉ちゃん達がもっているのに興味があるのか、じっと見つめていることがある。時代の流れだからいつかは逆らうことができないのだろうが、外遊びが出来るうちは時間を忘れてあたりが真っ暗になるまで遊んできてほしい。外遊びをした後に食べるご飯の美味しさを感じてほしい。 この春から今の幼稚園は新しい園舎に移る。また更に山がいっぱいあると聞く。これから1年更に野猿化してどんどんたくましくなっていく息子が楽しみ。そして毎日いっぱい自然体験を積み重ねて自然の恐ろしさ、怖さを感じながらも自然に抱かれる幸せをいっぱい感じてほしいと思う。小さい頃のこの体験は何物にも変え難い貴重な体験だったときっと大人になって気づくだろう。
March 17, 2007
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★育てられてる自分 1日を光太と終えてふと光太にかけた言葉を思い起こすと「早くしなさい!」「食べたらすぐ歯を磨きなさい」「さっさと着替えて」「なんどいったらわかるの?」「そんなゆっくりしてたら幼稚園に間に合わないよ!」etc・・あぁ今日も昨日と同じように同じことをオウムのように繰り返している自分に唖然とします。 本当にどうして子供ってこう親の思い通りにならない生き物なんでしょうね。自分の思い通りにいかないからつい口調もイライラ、怒ってばかりいて口を開けばお小言ばかり。そんな自分自身にいやになることも。 以前、私が友達と電話でしゃべっていて電話口で大笑いしている時に光太が私に向かって「ママ、いつもそうやって笑っていればいいのに。」とつぶやいたことがありました。『ママだって毎日笑っていたいよー光太がママの言うこと聞かないからでしょー』 光太にとっては自分のせいでママが怒っているのだという発想はない。ママが怒っていやだ。ママが笑っていると気持ちがいい。ただそれだけのことなのだと思う。 子供って「いま」しか生きていないから、今日叱った事が明日に通用するかというとまた同じことの繰り返し。親としては毎度毎度同じことを口すっぱく言ってるのにまだまだ体験不足だからか先を見通す力というのはついてはこない。親も黙っていられればいいけれど「園に遅れないように」とか「人から嫌われないように」とか「ちゃんとした人間に育つように」とか先々のことを考えてついつい黙ってはいられない。 時々、私が叱っている時にせいいっぱいの反抗か怖い顔をしてこっちを見ていることがある。それを見るとかえっていじらしくなって急にこちらも怖い顔をやめてくすっと笑って抱っこしてあげると光太の顔も急に甘えた顔に変わって「ママごめんねー」と甘えた声になって素直に謝ってくる。そこがお説教のしどころ。相手が思いっきり反抗姿勢を貫いている時や大泣きしている時には正論を言ったって相手にされないどころか余計にひどくなってしまう。 ちょっと落ち着いてから話をするとすっと心にはいってくるようで納得した顔になって抵抗しなくなる。ただこれは親が子供の言うことをきかせたと思っているだけということもある。親はついつい言うことをきかないことが度重なると「お父さんお母さんの言うことを聞けない子はおうちから出ていきなさい。」「もうご飯は食べなくてもよろしい!」など弱い立場の子供に辛い言葉をかけてしまい、言葉の力で屈服させようとするのだけれど、果たしてそれでいいのだろうか?? 結局親は子供を育てていると思って、実は子供によって育てられているいうことを思い知るべきなのだと思う。子供といえども、自分の思い通りにならないということ子育てを通じて人を許すこと、認めること、そして人は変えられないということを学んでいくべきなのだろう。 何度言っても他人や親が口すっぱく言ったって本人の自覚がない限りは無駄。それによって親がイライラして子供にあたっても全く意味がないのでしょう。本人を自覚させるようにもっていくこと。それにつきると思います。そうするためには子育てで一番大事と言われる誉めて育てよ。の通り、いっぱいいっぱい失敗を積む経験をさせて、それを乗り越えた嬉しさや喜びを感じさせること。そして出来たことには思いっきり誉めてあげる。 結局親がよかれと思って何度も言ったり、手をかけたりすることがかえって子供をダメにしていることって多くあると思います。自分の頭で考えて自分の体で行動することを繰り返していくほうが子供にとっては結果的にはいいことなのだと思うのです。それができないのは親が待てないことが原因。親がもっと寛容な心で子供がやること、思いついて自分から行動をうつすことを待っていてあげればガミガミ叱ることも少なくなるのでは。子供は親が望むようにさっと行動することは無理だと最初から思っておこうといつも思うのですが・・・このあたりのことは頭でわかっていてもいざその場になると親はいつも行動を試されることになります。いつもいつも理想通りには行動できないものです。親も子供も人間ですもの。感情的になることだって多々あります。でも、親の方がなるべく待ってあげることを常日頃意識していることって大事だと思うのです。 このあたりのことはどうも親と子供の間には流れる時間の早さが違うように思います。子供はゆったりとした時間の流れの中で空想と共に生きていて、親は限られた時間の中でいかに効率的に時間を過ごせるかという思いの中でせかせかと生きている。子供は先を予測する力がなく今だけを生きていて親は先を予測しながらあとこれだけの時間しかないと思いながら行動している。そんなお互いの時間観念が違うもの同士が同じように事をすすめようとするとやっぱり親が譲歩するしかない。子供と親が気持ち良く時間を過ごせる時間管理が大事になってくるのでしょう。 あと、親は子供によって自分も成長させられている。親の傲慢な考えを改めるのも大事だと思います。ついつい「いったい誰が育ててやってるんだ!」といったことを親は思いがちですが、親がやっていることは子供を育てる義務であって子供に恩着せがましく訴えることではないのだと思います。 私が子供の時、といってもかなり大きくなってからですが親から「偉そうなことを言うのは自分で稼ぐようになってからにしなさい!」といわれたものですが、親の言う通りにしなかった時の罰としてご飯抜きになることがたまにありました。(もちろんちゃんと反省した後には出てきましたが。)これに対して、「親はひどい!」と思ったことがありました。武士の時代の兵糧攻めじゃあるまいし、育ち盛りの子供が食べることを絶たれるのは辛いこと。親として絶対の権力をこういう形で示すなんて無力な子供の前でずるい!と。自分のやったことは棚にあげて納得しない叱られかたをすると親が悪いとしか思えなかった自分を思い出します。 親のいうことを聞かせるのではなくて自らその大事さに気づいて自ら考えて行動する子に育ってほしいものです。それにはいっぱいいっぱい子供の話を聞いて子供を信頼して許して認めて誉めて包んであげることなのでしょう。ご飯抜きのような形で無理やりいうことをきかせたって子供の心にはうらみが残ります。子供自身が悪いことをしたという自覚がないうちには全く意味がない行為だと思うのです。 光太は未熟な私たち夫婦を成長させるために我が家にやってきてくれたのかも。子供をもって改めて考えること、感じさせられること子供がいたからこそここまで頑張れたこと、子育てなんてえらそうなこといっても親だって子供に育てられてるんですもの。子供の自らもっている育つ力を信じてあまりかまいすぎることなく、叱りすぎることなくもっともっと親も肩の力抜いていこう~~
March 11, 2007
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★手作りのよさ 親が子供に伝えていきたいこと。それは家庭によってそしてその家庭の事情によっても違ってくるものだと思うのですが、私がもっとも大事にしているのは手作りの温かさそしてそれに感謝する心だと思っています。 働くお母さんが増えてきた忙しい現代は、昔に比べて時間をかけずに簡単に食卓にあがる食べ物がいっぱいあふれています。スーパーのお惣菜、デパ地下に行けば有名な老舗の美味しいお惣菜、コンビニのお弁当、ほかほか弁当など。これらを買ってきてすぐ食卓にのせればお腹の空きは満足させられることでしょう。お弁当もそうです。種類の豊富なお弁当のおかずは冷凍食品にいっぱい売っています。毎朝大変なお弁当作りも「チン!」をすれば数分、数秒でできるものがいっぱいです。そういう物があふれている今、使うのを避けて生きていくのはかな~り自分なりのポリシーがないと無理に近いです。 かくいう私はなるべく食卓にあがるものは 手作りで、また冷凍食品も素材を吟味したものを必要最低限に使うにとどめています。(かなり努力がいるんだけどね) こういう風に私が考えるのも母がやはり何でも手作りで私を育ててくれたこと。服や食べ物は何でも手作りでおめでたいことがあるとお赤飯を炊いてくれ誕生日が来るとケーキを焼いて祝ってくれました。ちらし寿司や、自分でよもぎをつんであんこを炊いては作ってくれたよもぎもち鍋いっぱいに作ったカスタードクリームで作られた素朴な甘さのクリームパン、いちごの季節にはいちごジャム記憶と共に、甘い香りまで思い出されます。 私がパンやケーキ作りを趣味とするのもきっと家に帰ってくると美味しい匂いがいつも待っていた家で育ったからでしょう。遠足の時に食べた母の手作りのお弁当の味は今でも覚えています。 以前はあまり意識もしてなかったことが、大きくなって自分も子供を育てるようになると、衣食を通し母が私に伝えたかったことがわかる気がします。母が一生懸命作ってくれたものには真心があり、家族の健康を考えた温かい食卓には思いやりがこもっていたのだと思います。思いやりの心があってこそそれに対する感謝の心も育つと思います。私は今心から母を尊敬し感謝しています。 現代の生活は働いてお金を得ることは出来ても、時間がなくなって、こまめに家族のことを考えた手作りの惣菜を作る心のゆとりと思いやりをなくしてしまった世の中のように思います。子供もまた色々と忙しく、レトルト食品の味やファーストフードの味に慣れてきています。こうやって育った子供が親になる頃にはどうなるのでしょうか?食事は作らず、家庭には台所などなくサプリメントだけで栄養をとる毎日になっていやしないか心配になります。 毎日レトルトやファーストフードを食べて育った子と手作りの食事で育った子と見た目は変わりはないかもしれません。 でも、数年先、いや数十年先になって母が手抜きした結果は必ずや出ると思います。それは味覚障害であったり、健康損失であったり、その影響で心に暗い影をおとすやもしれません。普段の食生活は絶対侮れないものです。 そうはいっても仕事をもっているお母さんは毎日何でも手作りとなると難しいと思います。普段は店屋物でも週に一度休みの日ぐらいは台所に立って家族のことを思い手料理でもてなす、その気持ちその思いが子供には一番の思い出になると思います。光太の料理熱もまだ続いてます。台所へ立つ私への労りの気持ちでしょうか。ありがたいことです。 すっご~く硬い話になってしまって・・・かくいう私も以前妊婦でつわりのひどい時とか、お出かけして疲れて作る気力のない時はやっぱり楽をしたくてほか弁を買ったりお惣菜を利用したりしていました。(罪悪感を感じつつもそういうことには全然ダンナさんも割り切ってくれるので) 逆に、うちではあまりそういうものを普段買わない為にかえって新鮮がられて家族には歓迎されることもあるくらい。食べてみてその場はお腹いっぱいになってもやっぱり・・・私なら毎日こういうのは勘弁してほしいなぁと正直思います。 市販のものは油物が多いし、レトルト食品の裏側を見るとお顔真っ青になるような添加物のオンパレードです。何やら難しいカタカナ名がずらり。懐かしい化学の実験の時のようなナトリウムがどうだとかこうだとか・・・日持ちさせるため薬品づけの食品!! ある時添加物というのは一旦体に入ると出ることはなく蓄積させるということを聞き怖くなり一切買うのをやめました。加工食品は(ウインナーやハムやベーコンなど)も以前はパン食で常食してましたが添加物のかたまりみたいなのであまり食卓にあがらなくなりました。生協の品質の安全といわれるものだけたまに購入してます。 うちの実家には私が大人になって働いていた頃まだ電子レンジがありませんでした。別にそれで不自由してなかったのですが、ある日それが上司の耳に入って職場全体に広まり、すご~くおののかれたことを覚えています。「エーーー!今時、電子レンジのない家があるの??」と。 まぁ母にしてみれば冷凍食品を買わない人だったので特に使う必要がなかっただけのことなのですが、それだけみんな電子レンジを駆使していたのですね。その話以来うちでも電子レンジを買おうという話がもちあがりついぞ母は購入。それでも、冷凍食品のチンではなくて主に冷やご飯の温めとか野菜の下ごしらえに使っているようです。私も野菜の下ごしらえには時間も短くすみ栄養の損失も少ないので電子レンジは欠かせない毎日です。 そういえば、妊婦の時あそこから出る電磁波が怖くて電子レンジが回っている間は台所の柱の後ろにセミのようにじっととまって隠れていました。(意味があったのかしら??) 話はそれましたが、光太を子育てするにもやっぱり手作りに勝る心の栄養はないのではと思い、毎日台所で修行?しております。日々変化していくレシピの研究にも余念なくネットやテレビや新聞雑誌、本でいいなと思う料理があるとすぐ実行。その出来ばえや家族の感想、自分の感想を含めどんどんアレンジしたノートやファイルが山のようにあります。 台所に立つと最初は考えてなかった組み合わせや思いつきがどんどん出てきてその創造する楽しみが料理にはあります。そういえば、私は小さい頃留守番中に台所の調味料をコップにあれこれと混ぜ合わせ実験?していた怪しげな記憶があります。 最近はまっているのは健康に留意した食事作り。いつまでも若々しく元気な体でいる為には運動と栄養のある毎日の食事が欠かせないと思います。医食同源の考えしかりで食べることをきっちりしていけば体も自ずから健康維持できるでしょう。穀物菜食万歳!玄米ご飯、ひじき、切干大根、高野豆腐、具沢山汁、漬物、黒豆、野菜の煮物、きんぴらごぼう。じみ(地味)ーだけど要は昔の人がよく食べてたような粗食に戻ることが一番! 光太はこれに納豆が大好き。和食の良さを伝えていきたい。そして自然の恵みに対する感謝の心と作ってくれた人に対する感謝の心も。健康な体に健全な魂が宿る。
March 3, 2007
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