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★お正月遊び 先週末、園でお正月遊びがあった。去年と違ったのは相撲部屋があって志願すれば誰とでも(年上とでも)相撲をとることが出きたこと。光太はこの部屋に入ってすぐに志願して一度勝ったのが嬉しかったのか?何度も何度も立候補しては色々な子と相撲をとって楽しんでいた。それが意外や意外と馬力があって年上の子相手でも押し切りで勝つぐらい。いつも小食で細身だなぁと思っているのにどこにそんな力が隠れているのやら? 思えば、この間から湯船に一緒につかっている時に私を持ち上げては「ママをもちあげれるぞー!ぼくすごいでしょう~」と自慢していた。パパまで持ち上げようとしていてさすがに断念。まぁお風呂の中では浮力で軽くなるのだろうけど、けっこう力持ちではある。買い物帰りでも私が重たい荷物を持っているといつも「ぼくが持ってあげる!」と言って一生懸命一人で持っていこうと頑張ってくれる。小さいけれど頼もしい。 そういえば、初場所千秋楽で白鵬が朝青龍を破り優勝したとか。この白鵬が1年に一度は園に来てくれる。年少さんの時には光太達もクラスで一緒に相撲をみんなでとったとか聞いたことがある。体の大きさとみんなの体を優しく受け止める大きな手の平の温かさをいつまでも覚えていることだろう。 相撲部屋ではかなり長い間相撲をとっていたけれど、同じクラスの体格がピカ一に立派な友達に負けてからは、今度は行司役に徹して楽しんでいた。何でもやってみたい年頃なのだろう。 ホールでの巨大カルタとりは去年もやったのだけど、今年は光太が年中さんで1位になった。もう一人同点で1位の子がいたのだけれど去年は1枚とるのがせいぜいだった。今年は頑張って3枚とった。とにかく勝負事には俄然がんばるのが光太だ。 お正月といえばお餅。今年は各クラスでお餅をつくだけの臼や杵が用意されていてみんなで代わるがわるお餅がつけた。 今回食べたお餅のもち米はたぶん違うのだろうが、預かり保育の時に出されるおにぎりは園で収穫されたお米らしい。光太達は去年稲を植えてそれを秋には収穫しておにぎりを作って食べていた。私もさすがに田植えの経験はないのだけれど、泥んこ大好きな光太はクラスの中でも特に張り切って泥の中に足をズボズボいれて田植えを頑張っていたらしい。足を泥にとられてかなり難しいことだと思うけれど、こんな経験をさせてくれるのもこの園ならではだと思った。 こうやってお餅を自分でついたからだろうか?あまりお餅を好まない光太もけっこうパクパク食べていた。大根からみ餅に醤油にきな粉と3種あったけれど一番光太が気に入ったのはやはりきな粉。しかもこのきな粉は自分で大豆から炒って作ったばかりなのだから香りもよくて美味しかった。きな粉はこうやって作られるのだと体験できたことも光太にとっては楽しかったようだ。すっごく真剣にきな粉作りに参加していた。 もうまもなく1月も終わる。年が明けてもう一月がたとうとしているのだ。光太が今朝カレンダーをめくりながら「もうすぐ1月がおわるよーはやいなぁ~」なんて言っていた。年月のたつ早さを感じれるようになったのだなぁと思った。
January 27, 2008
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★箱根温泉一泊旅行 先日箱根の温泉に一泊してきた。光太は温泉が大好きでこの日を心待ちにしていた。温泉に行って私の楽しみはといえば、用意をしなくても美味しい食事をゆっくりいただけること。ホテルについて一度食事前に温泉につかりにいき、食事後にもゆっくりまた体を温めにいく。外人さんの母娘らしき二人がいて、やっぱり海外にはこうやって温泉につかるという日本のような冬の楽しみ方がないんだろうなぁと思った。冬の温泉こそ日本人に生まれてよかったと思う瞬間である。 以前2歳過ぎの時初めて温泉につれていった時は光太はずっとパパと入っていた。今回は一回目は私と一緒に。その後は、男湯がどんななのか見たいらしく「パパといっしょにおんせんいきたい~」と言い出し食事後にパパもお疲れのようだったけど二回目の温泉に連れ出した。私は部屋でゆっくり読書。光太は男湯も女湯も体験出来て満足したようで私が1冊の本を読み切った頃にちょうど帰ってきた。今回は子供用の浴衣がなかったことが気に入らなかったようでしきりに私達が来ている浴衣を羨ましがっていた。「次泊まる時は絶対ぼくの浴衣があるところにしてよ!」とも。そんなに浴衣が気に入っていたとは・・・ 気持ちよく温泉三昧を満喫した日の翌日また朝から温泉につかり、朝食バイキングもたらふく食べていざ箱根ガラスの森へ向けて出発。ここは最初私が別の場所に行こうとすすめていたのだけど、パパのおすすめでもあって直前に変更。光太も最初はそんなところに行きたくない、僕の遊ぶ所がいいなどと行っていたのに行ってみるとすごく喜んで帰る時など又来たいと言うほどだった。私もここはすごく気に入った。まず景色が綺麗で中の建物も外国の街のようにメルヘンチック。 光太が特に気に入ったところは、仮面をつけマントも着られるところ。たまたま今は仮面をつけ変装も出来るシーズン期間で子供だけではなくて大人の私達もみんな好きなマントに好きな仮面をつけてまるで昔の仮面舞踏会のようないでたちで美術館やお庭を闊歩できるのだ。どうやらこれはヴェネチア仮面祭という世界三大カーニバルの真似事をしているらしく、これは世界の人々が集まりいつもと違う自分を楽しむというもの。ここ箱根ガラスの森では本場ヴェネチアで作られた仮面とマントを貸してもらって記念写真を出来るというものらしい。 早速私達も衣装を選びお庭の中を歩いた。光太が気に入った仮面は大人向けのもの。子供用の中から選ぶように言われているにも関わらずその中には格好の良いのがないと言い張り(かわいい系が多かった)大人向けの仮面をかぶり時々顔の大きさが合わないためずれながらも頑張ってつけていた。そして何度もなりきりポーズ。何になりきっているのかはわからないが本人はいたくこの格好を気に入ったようだった。 そして、パパと一緒に写真を撮るとパパもさすがカメラの前にたつとなりきりポーズで親子そろって何やら怪しげ・・・ 光太はお庭を歩く人々からも「僕、格好いいね~」と褒められてますますまんざらでもない様子。子供は帽子も貸してもらえたので黒マントに黒帽子のいでたちで何度もマントをバサッ!バサッ!とひらめかしてはしゃぎまくっていた。そういえば、以前ウルトラマンになりきって家でもしばらく赤いマントを手放さなかったことがあったけどこういうなりきれる格好はさぞかし子供の変身願望を満足させてくれることなのだろう。 他にも庭園を見渡すオープンテラスのカフェレストランではイタリア人歌手によるカンツォーネの生演奏を聞きながら食事とというのもあった。私達は朝食バイキングでお腹いっぱいだったのでとりあえず、紅茶とメープルシロップパフェを頼んだ。なかなかこれが美味しかったのだけど、このカンツォーネが又よかった!光太がいるおかげで私達のテーブルには歌手自らが足を運んでくれて歌いながら光太に握手。光太も驚きながらも照れている様子。たまたま私はこのシーンをつぶさにビデオで撮っていて後から家で再生すると興奮して話をしてくれて「ぼくと握手したんだよね~」と自慢気だった。また歌手の方とピアノ演奏してくれる方を含めて私達と一緒に写真に入ってくださって良い思い出になった。 この庭園の中にはガラスの森というだけあっていたるところにガラスの細工がちりばめられていて、そのガラスが光を反射してピカピカ光る様がとても綺麗だった。光太も光るものが大好きなので「綺麗だね~」と感激していた。なかなか普段では見られない光景を目の当たりにして、こういう細工を至るところにするにはかなり大変だっただろうなぁと感じた。 あとここに来てやろうと思っていたことも体験できてそれがなかなか良かった。サンドブレストというもので細かい砂の粒子をふきつけることでガラスに模様をつけるというもの。光太に良い体験だと思ったので好きなガラスと模様を選ばせて作ってみた。これにはパパもかなり集中して取り組んでいて家族3人で頭をつきあわせて頑張って作った結果やっと光太の素敵なコップが出来上がった。光太も作っている最中は目が中央に寄るほどすご~く集中。こういう工作めいたことは大人よりも子供の方が得意かもしれない。一生懸命作ったものが後に残るのもここに来た良い思い出になってこのコップを使うたびにこの時のことを思い出すことだろう。 今回の一泊旅行は実はパパとママの出会い記念日でもあった。今思えば、箱根ガラスの森のショップで素敵なネックレスがあったのでおねだりして買ってもらったらよかったと思った。光太と一緒に歩いていて(パパはお店の中でも別のところにいた)私は素敵なアクセサリーに釘付けで冗談で光太に「光ちゃんが大きくなったらママにプレゼントしてね!」と言うと「あぁいいよ!じゃぁ、ママお金をちょうだいね。」と言うので「それじゃぁプレゼントにならないのよ~」と説明。わかったようなわかってないような・・・まぁ息子からこんな素敵なアクセサリーがプレゼントされるなんていつのことやら??まぁそれはさておき、本当にこの箱根ガラスの森は予想外にかなりよかった。中で買い求めた4フルーツのジャム(色々なベリーが入ったもの)も帰って食べるとかなり美味しかった。もっと買ってくればよかったなぁ~~ パパ素敵なところに連れてきてくれてどうもありがとう!光太にもいい思い出になってよかったよ~
January 20, 2008
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★観察眼 この頃、光太が写真を意識するようになってきた。わざと写りたがらなかったりする。産まれてこの方ずっとカメラ片手に光太の動きを追ってきたのだからもう撮られる事に飽きたのだろうか。 先日親戚のみんなで写真を撮ろうとなるとお面をかぶって顔を隠してしまった。せっかくの機会だから顔を出してほしかったけどお面をとってというと余計に意地になってとらなかった。まぁこういう時代もあったと後から写真を見ると思い出すことだろう。撮られたくないというよりかは今自分が一番格好がいいと思う姿でとって欲しかったのかもしれない。その時は仮面ライダーの電王のお面をかぶっていた。 格好の良さにこだわるといえば、年少の途中ぐらいから服装や髪型のこだわりが出てきてかなり自己主張するようになった。それまでは出される服を何の疑問も抱かず着ていたのにある時から「それは格好よくない!」と言い張って自分の好む服しか袖を通さなくなった。それはそれでいいとしても洗濯して乾いてなかったりするとぬれていても着たがり参ったこともある。靴もそうだった。気に入った靴があるとずっとそれなので同じ靴を二足用意しておくようになった。 幼稚園に行く前に髪型をチェックするのもよくある。特に前髪にはうるさい。朝洗顔を済ませていなかったので私が洗面所でささっと顔に水をかけるとそれによって前髪がぬれて重なる。それが嫌でたまらなかったらしい。「ママがこんなことするからこんな顔になっちゃったー!」えらく怒ったことがある。そんなことぐらいでと思ったけど本人にとっては格好のよさを追求したい年頃なのだろう。今まで自分の顔を鏡で見ることなんてなかったのに自分の姿の格好の良さを意識するようになったのは成長の証だろう。 高校生になっても自分の服を母親任せにしている子がいると姉から聞いたこともある。何でも幼い頃から自分のことは自分で決める習慣がついていることは大事だろう。些細なことでも自分で選び取って自分でその決断の責任を負っていく訓練は必要な経験だと思う。始まりはたかが服装のことなのだけど、数ある選択肢の中から自分の好みを選んでいく行為は人生の営みそのものともいえるだろう。 自分の数十年の人生を振り返ってみても人生は選んでいくことの繰り返しだと思う。小学校は選ぶまでもなく家の近くの学校に通っていたが中学になると学校を選ぶ側に立つ。学校が自分を選んでくれなかったら入りたくても入れない。そこで初めて人生の中での壁にぶち当たることになる。学校に入って友達も又選んでいく。特に中学・高校時代の苦楽を共にした友達は私の一生の友達ともいえる。良き友達を得ることは自分にとって人生の財産だと思う。 学生から社会に出る時にはまた自分が勤める会社を選ぶ。ここでも相手から選ばれないといけないので必死で自分の良さをアピールすることになる。そして、結婚。人生の選択肢として一番重要なのはこの生涯の伴侶を間違いなく選ぶことかもしれない。間違いというのは何をもって間違いというのかは自分が人生を終わる時にしかわからないかもしれないが、一人で生きるより二人で生きた方がずっと楽しいぞと思える相手に出会えてその後の人生を豊かに生きることが出来たらそれで十分だと思う。 選ぶこともたくさんあるけれど、逆に自分では選べないこともたくさんある。人生の始まりに最初に会う親は誰も選べない。そして、学校の先生も自分からは選べない。与えられた環境で自分を精一杯活かすことが出来るかどうか。例え自分にとってプラスにならない先生に出会ったとしても反面教師という言葉があるようにその先生をバネに自分から勉強するようになればその先生に出会ったこともプラスになる。 子育ても又選ぶことの繰り返しだと感じる。こういう方針で行こうと思ってやってみる。しばらくやってみてどうもうまくいかない。最近どうも荒れてくる。夜中の泣きがひどい。もう少し弱めてやってみよう。最近ちょっとよくなってきたな。よしこれでやってみよう。でも、ちょっと今度は別の問題が出てきたぞ。どうしたらいいかな。こういう方法を聞いたけれど、一度これでやってみようか。どうもこの子には効いたらしいが光太には効かないみたいだ。では別の方法を探ってみよう。そして又別の方法を選んでいく。 光太の今の様子を常に観察しながらその時ベストと思える処方箋がいる。親が一番の子供のお医者さんであるべきなのだ。このやり方がいいのか悪いのかなんて過ぎてみないとわからないし過ぎてもわからないことだってあると思う。現在進行形の子育ては常に一歩先を見据えながらも今の光太には何が必要なのか考え続けないといけない。子育てのやり方は間違った方法を選べばまさに取り返しのつかないことにもなりかねない。でも、一番いい方法をとらなかったとしても意外と親が心配している程にはひどいことにならず子供は子供で育っていくともいえる。 親は必要以上に子供の先行きを心配しすぎず、子供にある程度の決定権を持たせつつも大きくずれた方向に走っていかないように時々手綱を締めながら一歩後ろに控えているぐらいでちょうどいいのかなぁと最近思ったりする。どうも大人が主導で行くと反発心旺盛な光太にはうまくいかないようだ。何事も任されるとすごく喜んで張り切ってやってくれるタイプなのであまり口うるさく言わないのが一番なのかもしれない。 自己主張が幼いうちからはっきりしている光太には私が一歩譲りつつも常に自分が世界の中心ではないことを事あるごとに教えていくことが必要だと思う。家庭に協調していく兄妹がいない光太だからこそわがままし放題にならないように思いやりの心を持たせることも大事。親戚が大勢集まる時に特に感じたことは、自分の主張がいつものように通る世界ばかりではないということ。時には自分は周りを見て引くべき時は引かないといけない。相手に不快な思いをさせない程度に協調性も持たないといけない。光太にはこの点がまだまだ欠けている。 今欠けているところは今後小学生になり社会生活を営んでいくうちに学習していき若干は変わっていくのだろうが基本的に子供の資質というものはそうは変わらなものだと思う。今持っている光太の資質をいい方向に活かしていって欲しいと思う。それにはきっと活かす正しい方法があるのだと思う。 それを活かしきる方法を今後ずっと探っていくのが親の役目だと思う。それには常に光太を観察すること、これにつきると思う。親は手をかけるのではなくて目をかけるべきなんだろう。観察観察!!観察するところから全ては始まる。漠然と観察するのではなくて親にも鋭い観察眼が必要だ。
January 12, 2008
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★向き合う時間 この年末年始は夫婦お互いの実家で過ごした。例年この時期は光太が熱を出したり、私の体調が悪かったりで年末年始の帰省はパスしてきた。光太も年中になって後半からは、ようやく体調が安定してきてあまり熱を出して寝込むことも少なくなってきた。まぁようやく色々な免疫もついてきたところなのか? 前半はパパの実家へ。それが出発した夜中は天候が最悪でどしゃぶりの雨。ずっとそれまでは晴れていたのにその日のしかも移動中の時間に限って大雨で運が悪かった。とにかくすごい雨でワイパーをしたって前が見えない。更に反対車線がひどい事故の為、わき見運転でこちらも渋滞。今回は私は一度も運転を代わらなかったというか、代われなかった。あまりもの高速道路の事故の怖さに(目前で見たその事故の悲惨さ・・)恐れをなしてもともと運転が好きではなかったけれど高速道路は1分1秒が特に生死を分けるので自信がない人はやはり運転しないにこしたことはない。6~7時間睡眠ほとんどない状態で運転し続けるパパは大変だっただろうが・・助けてあげたい気持ちは山々なのだけど、スピードに弱い私にとって高速道路は恐怖以外の何者でもない。 そんな足場の悪い中ようやくパパの実家へ着き数日を過ごす。この年末は特に寒波が来ていた為超寒くてたまらなかった。寒い寒いとばかりいってると義母にも年寄りみたいにと叱られたけれど・・・やっぱり今の家の機密性が高い上に、床暖房やエアコンで温かく普段過ごすのが当たり前になっているとその違いをすごく感じる。昔はこんな寒いのが当たり前の張り詰めた空気の中で過ごしていたなぁと思うけど、すっかり体も甘ちゃんになってしまい寒さには敏感になっている。義母は特に私達夫婦より普段体を鍛えているし私達よりずっと体も気持ちも若く丈夫なので余計に私達の方が年寄り臭く感じるのだろう。 その上、私は着いて2日目ぐらいから胃腸の具合が悪くごろごろしてばかり。もしや流行の胃腸風邪でもひいたのかもと思ったがとにかくその胃腸のムカムカはその後私の実家にいる間も続き全く食欲がなかった。どちらの実家でもご馳走をたくさん用意してくれていたのに今思えば美味しく食べられなかった身が残念でならない。正月は普通太るのに今回はかえって痩せたように思う。そのぐらい胃腸の具合がすぐれなかった。それが自宅に帰った翌日にはすっかり治ったのだからやはりこういう長期にわたって家を離れた時の私の持病とも言うべき体調はどうしても克服できない。パパはどこへ行っても平気なのでまことに羨ましき限り。私はとかく旅行に便秘がつきもので(おっと食事中の方は失礼)これがなければもっと帰省も楽しめるだろうに・・自分でも気づかぬけれど普段とは違う気を遣うのが胃腸の不具合につながるのだろう。 私の不調に反して、光太はすこぶる元気だった。特におじいちゃんの前になると褒めらて嬉しいのか「あら!光太くんはもう食べたの?今日はすごいねぇ~」とおじいちゃんが目を丸くするほどの勢いでペロリペロリとお皿を平らげて周りを驚かしていた。どうもおせち料理は子供には不人気なようで、何が食べたいと光太に聞くと「お好み焼きがいい!」と言うのでお好み焼きにするとあっという間にペロリ。翌日またリクエストを聞くと焼肉。今度もペロリ。野菜もおじいちゃんの横でいっぱい食べて満腹の様子。そのたびにおじいちゃんには褒められて嬉しそうな顔。褒められて伸びるとはまさにこのことなのだろう。またおじいちゃんにたくさん日中遊んでもらうのでお腹も空いて余計に美味しく食べれるのかもしれない。 とにかく昔からおじいちゃんの言うことはよく聞く。私達親の言うことは最近は反抗期なのか(1歳半ぐらいから形を変えてはずっと反抗期は続いているように思うが)全く聞かないことが多いのにおじいちゃんの言うことだけは「はい!」と二つ返事で聞く。時にぐずぐず言うこともあってもおじいちゃんが話をするとたいていすぐ納得していい返事をする。これはなぜなのだろうか?おじいちゃん自身もなぜなのか首をかしげている。 おじいちゃんの言葉には素直に耳を傾けさせる魔法のような力があって光太はおじいちゃんの魔法にはかかるのだ。そういえば私も昔はそうだったように思う。頭ごなしに叱ることはせずちゃんと穏やかな話方なので子供の心は落ち着いて話を聞けて納得するのだろう。 あと、もっと大事なことは自分を愛してくれてるのをすごく肌で感じるからだと思う。私は少なくともそうだった。私は父が大好きでどこへ行くにも父にくっついていた。畑にも買い物にもいつも父の自転車の後ろに乗せてもらってそれがすごくすごく楽しかった。近所の空き地や学校の運動場で遊んでもらったことも楽しかったけど、それより普段の何気なく一緒に過ごした時間に父の愛情を感じていたのかもしれない。その時はそんなことはわからなかったけど、今光太がおじいちゃんのことを昔の私のように大好きで畑についていったりバイクに乗せてもらって喜んでいたりするのを見てそう思う。だからこそおじいちゃんの言うことは聞くのだと思う。怒るばかりじゃついてこないのだ。 光太の親として私はおじいちゃんがしてくれてるように接してないのに反省する。仕事しているわけでもないのに家にいても何かと忙しいことを言い訳にあまり光太の相手をしてやれてないように思う。きっと光太は私やパパともっと一緒に時間を過ごしたいだけのことなのだと思う。それがあまりできないからある意味反抗的な態度をとるのだろう。 誕生日やクリスマスに光太の喜ぶ新しいおもちゃを買い与えるだけではダメなのだ。そのおもちゃをもらうよりそのおもちゃで一緒に遊ぶこと、一緒に時間を共有することが子供にとって何よりの幸せなひと時なのだと思う。 わかっちゃいるけど、現実はなかなか光太の希望通りにはいかないし自分も理想通りにはいかない。でも今年はそれでも自分を責めずにいこうと思う。あまり難しく考えず、光太と過ごす時間をもっと大事にしようと思う。子供がこちらにこっちを向いてよ、もっとかまって欲しいよオーラを発している時はすぐ寄り添ってあげられるようでありたい。 自分が昔父と過ごした時間を思い出しながら、なぜ光太の心がおじいちゃんになつくのかこの帰省中に考えたことを頭で整理していくうちに今ようやく腑に落ちた。おじいちゃんが他の誰とも違うのは光太と過ごす時間を一番割いてくれているのだ。子供とまっすぐに向き合って過ごしてくれる時間そのものが一番子供の心に響くものなのだと思う。そういう関係の中にこそ信頼関係が築けるのだろう。 父の光太に対する姿勢で感じ学んだことを今後私もパパも教訓として肝に銘じていこうと思う。もっと光太と共に過ごす時間を今年は増やそう!!親は仕事や家事を言い訳に子育てを放棄しちゃダメなんだ。もっと言えば子育てといった一段上からの立場で考えるような偉そうなものより、子供が欲しがっているものはただひたすら子供と向き合う時間を放棄してはダメなんだ。そういえば今日も夕食作りしている私のそばで一人つぶやいていたなぁ。「ママと一緒にやったらもっと楽しいのになぁ。」と。光太と過ごせる時間を増やせるようもっとこれから時間の使い方を工夫しようっと♪
January 7, 2008
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