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★ついにDSを買ってあげる ひょんなことから光太へDSを買ってあげることになった。去年の10月にDSを買うかどうか我が家でも光太と議論になり、結局私達夫婦の意見で当面見送りとなって落ち着いていたはずだった。(光太自身は欲しかったのだろうが、私達が反対しているのでそれ以上は言わなくなっていた。) 何が何でも反対と思っていた理由は、子供はこの時期にDSでちまちまと遊ぶよりは外で思いっきり体を動かして遊んでほしいと思っていたから。 だけど、11月半ばあたりからひざを痛めてサッカーは出来なくなり、体育も見学、もちろん帰宅してからの公園で遊ぶというのも(ほとんどが友達とサッカーして遊んでいたので)できない、習いだしたプールも出来ないとないないづくしの現状で家で遊ぶことと言えば・・・みんな持って遊んでいるDSということになった。 最初は家で誕生日に買ってあげたベイブレードで遊んでいたのだが、DSを買ってあげるとすっかりDSにとってかわってしまった。 あれだけ「うちはDSは買わないよ。」と言ってたのに、心の変化が私に訪れたのは、一度うちに友達が3人遊びに来てくれて、光太がはまっている「ベイブレードをしよう!」と誘っても光太以外はみんなDSを持っていてそちらで遊ぶ方が楽しいようで、光太だけオブザーバーになっていてそれだけでつまらないとぼやいていたことがあった。 みんなが自分のDSを持ってピコピコと楽しそうに独り言を言いながらやっている中、光太がみんなの持っているのを割り入るように見せてもらっている姿を見て、初めて心が動いた。 『あっ・・・これは買ってあげないと確かに一緒に遊べないかも・・・』 それまでは、光太が買ってほしいと訴えても、みんなから仲間はずれにされると訴えても、「みんなが持っていてもうちはうち。その間自分でサッカーの練習でもしておいたらいい。そのうちサッカーやる友達ができる!」と言い張っていたけれど、サッカーができなくなるとそうも言ってられない。それに、以前担任の先生がおっしゃっていたように、DSは今や子供達のコミュニケーションツールなのだと。 持っているか持っていないか、それだけのことで仲間になれたり、仲間になれなかったりする。それは金銭的な問題で渡せないのではなくて、おうちの方針として持たせるべきかそうでないかを考えて持たせないと決めていた。 それがこの現状をまのあたりにすると、やはり親の意見ばかりを押し付けていても、子供の世界では無理があるのではと思った。子供にも子供の言い分があるのを時には耳を貸してやらなければいけないことを感じた。 まぁ、ひざを痛めていなかったらサッカーをやっていなさいと言い張っていて心境の変化も訪れなかっただろうが、光太にとってはひざを痛めて色々なストレスがある中、テコでも動かない親の意見が変わったのだから棚からぼたもち?だったかもしれない。 それにしても、これで遊んでいる間はみんなそれぞれの画面に向かっておとなしく「あっ!クソー!!こらーー何やってんだー!」とか汚い言葉を使いながらエキサイトしいてる。じっと動かず不健康といえば不健康なのだけど、これが今の流行りの遊び方なのなら仕方あるまい。 ま、そのうちにDSにも飽きて、かくれんぼをしたり、室内でサッカーをしたりしていた。(光太はキーパー役)そちらの方がよっぽど生き生きと楽しそうに遊んでいるからちょっとほっとしながら見ていた。 ただ、DSを渡す際にDSを使うにあたっての我が家でのルールを4つ決めておいた。それに光太のサインをさせておいて誓約状のようにしておいたのだが、使いだしてしょっぱなからルール違反をしてすぐ没収。とはいってもすぐ出してあげたのだけど。あまりルールに縛り付けすぎてもこちらも窮屈。その都度、光太と話合い、どうすればよいのかを考えを出し合う。没収して使わなくさせることが目的なのではなくて、ルールを持って節度ある使い方をしてほしい。 光太のひざの方は、先週ひざの専門医に診てもらい、やはり大腿二頭筋を痛めているのと腓骨(ひこつ)神経も傷めているそうで少し回復には時間がかかるそうだ。 いわゆる半月板損傷とか、靭帯損傷とか教科書に名前がのっているようなケガではないのだけれど、最近光太と同じような痛みで病院にかかってくる人が中学・高校生ぐらいから大人にもちらほらいるらしい。サッカ-やラグビーをやっている人に多いのだとか。光太ぐらいの小さい子では光太が初めて。 とっても穏やかで優しい先生で、以前診てもらった先生と二人で教科書のような辞書を片手に、ああでもないこうでもないと首をかしげながら、光太の今後の処置を考えてくださった。 大人ならもう少し手立てもあるようだが、子供なので打つ手も限られるようだった。結局ビタミン12剤を大人の3分の一ぐらいの量で3週間分処方された。末梢神経に働きしびれ、痛み、麻痺などを改善するようだ。光太にとって初めての錠剤。最初は飲み込みにくいようだったが、3回目ぐらいからは慣れてきて上手に飲んでいた。 2月にサッカーのスク-ルに復帰する目途を立てていたが、まだまだ2月は無理そうだ。リハビリ始めて早い人で3ケ月で治っているが、光太は診てもらった人の中でも比較的悪い方の部類みたいで3ケ月よりもう少し長くかかるようだ。12月半ば頃からリハビリを始めているので、そこから3ケ月としても3月半ば、更にもう少しとなると4月になるのだろうか。 焦っても仕方ないので、長い目でみて完治するまでリハビリに励むしかない。相変わらずお風呂あがりのリハビリと2日に一度行く接骨院のリハビリと病院に行く日は階下にあるリハビリも行う。こうやってサッカーをやらない時間にもサッカーをやりたい気持ちはふつふつとわき、この気持ちが今度サッカーをやれる時に下支えとなってくれることだろう。 失ってみて初めてわかるありがたさ。それを実感するためならこの体験もありがたいことだ。 先週の日記にも書いたが、光太のひざ痛のお陰で私のパン焼き熱も復活した。マイナス転じてプラスとなる。人間万事塞翁が馬(人間の吉凶・禍福は変転し、予測できないことだから安易に喜んだり、悲しんだりしない)本当に困った状態こそ、最大のチャンスなのかもしれない。ほぼ毎日焼いているので、ついに粉がなくなってしまい購入しに行かなくては焼けない。今週焼いたパンはお正月に黒豆の甘煮を作って一部冷凍しておいたものをベーグルに入れ胚芽も混ぜて焼いたもの。これを横半分にスライスして甘く煮た黒豆を混ぜたクリームチーズをぬるとダブルの黒豆であいそう! それから友達の家で持ち寄りランチパーティーをする時に焼いたくるみレーズンシナモンベーグルとコーヒーパンを丸い形に焼いたものがむくむく膨らみ表面もつるつるして良く焼けた。焼き立てを食べてもらえるのは嬉しいものだ。実は、ベーグルの方が朝早くから仕込んだ為に砂糖と塩を入れ忘れていて失敗してしまってびっくり!大慌てでやり直し。写真は二度目に焼いたものなのでちゃんと焼けてほっとしたが、砂糖と塩の役割を改めて確認。デザートにはクリームチーズ系で。私も友達も酸っぱいものが好きなのでレモン汁をかなりきかせたらさっぱり系になってよかった。 パン焼き熱はまだまだ冷めそうにない。しばらく焼いてなかったので、やり始めるととまらないように、光太もしばらくサッカーをやっていないので今度やる時にはやりたい気持ちが爆発してのびのびといいサッカーができることだろう。私もパンを焼いてない間でも、本を読んだり、ネットで色々調べ物したりと作っていない時にもパンには関わってきていた。何事も続けることが肝心。 光太にも「こういう足を痛めてサッカーが出来ない今こそサッカーがうまくなるチャンスなんだよ。いっぱいサッカーの本を読んでサッカーをよく知ることも大事だよ。」と伝えると澄んだ目でうなづいている。ただ、今はサッカーの本を読むよりはDSでサッカーの遊びに嵩じている。これも仲間と遊ぶという意味ではいいこともあるのだろう。
January 23, 2010
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★パン焼き熱復活 光太がひざを痛めてどこにも出かけられない日々が続き家にいることが多いと、私のパン焼き熱が再びむくむくと復活してきた。 このところ光太が産まれる前にそうだったように毎日のようにパンを焼いている。 やっぱり何といっても油を使わずヘルシーなベーグルから。光太も大好きなレーズンにシナモンをたっぷり入れた定番のシナモンレーズンベーグルを焼く。焼く前に茹でることから独特のもちもち感がありベーグルは食べ始めるとはまる。食べ方は横半分にスライスしてクリームチーズをたっぷりぬる。お好みでジャムを塗ってもいい。もちろん焼き立ては何も塗らなくてもベーグルそのものの味を楽しめる。 うちの家族ではレーズンが入っているとパン生地が甘く感じるので何もつけずに食べる。ベーグルは何度作ってきたことかわからないが、最近はレシピを検索していると油をいれるのもあるみたい。でも、せっかく油を入れずに作れるパンなのだから入れずに作りたい。 サンドイッチにするのなら胚芽のパンがお勧め。私はご飯なら雑穀入りや玄米のように茶色くて噛みしめると味わいのあるのが好きなように、パンでも白いパンはあまり焼かない。北海道産の粉に必ず、全粒粉や、ライ麦などを少し混ぜて焼く。焼きあがりの生地につぶつぶとしたものが入っていて香ばしい。 パンを焼く時間がなくてスーパーで仕方なくパンを買う時に私が好きなパンはローマンミール。このパンは見かけが茶色い食パン。以前は6枚切りをよく見かけたけれど、最近うちの近くのスーパーでは3枚切りしか見かけない。麦の恵みという別のメーカーのものがあるが、このパンよりもっと茶色くて味わいがあってほんのり甘くて美味しかった。 自分で作る胚芽パンはいつもは8分割ぐらいのプチパンにしてそこに野菜やチーズ、ウインナーをサンドして食べるのがパパのお気に入り。でも、今回はあえて筒型のパンにしてみた。以前はこれで食パン生地のパンを焼いたり、くるみとレーズンのパンを焼いたりしていた。筒で焼くとパンの耳がたくさん出来るので耳好きな私としては嬉しいけれど焼きあがって開けるまではどのように膨らんでいるのかわからないのでドキドキする。2次発酵で型の8分目ぐらいまで来ていると焼きでも成功する。 パンばかり焼いているかと思えば、時にはむしょうにカントリークッキーを食べたくなって作ってみた。久しぶりに作るオートミールクッキーだ。ここにはレーズンにナッツ類に松の実に、チョコチップ、台所に立って何か他にはないかと探して黒と白のゴマも入れてみた。 光太がちょうどこの時にやってきて「ママ~クッキー作っているのにゴマまで入れてやばくない??」と疑わしい顔でやってきたけれど、平気平気。ゴマはセサミンパワーで体にとってもいいのだから入れないのはもったいない。 焼いている間、得も言われぬ良い匂いがただよってきて二階にいるパパまでもが「さっきからすごいいい匂いがするんだけど・・」クッキーを焼いていると本当にティータイムが楽しみないい匂いがする。バターと砂糖、それに卵がとけているのだから、いい匂いがするはず。そこにナッツや色々な材料がゴロゴロ入っていて焼く前の生地の段階でも美味しそうで食べてしまいたくなるぐらいだ。 粉はほとんど入らず、ここにもまたライ麦の全粒粉も入れた。とにかく食べてもヘルシーで元気になれるパンやお菓子を作るのが私のモットーだ。焼きあがりはとっても美味しかった。これは温っかい紅茶にあわせて食べたい。今回は欲張って色々とあるものを入れてみたけれどシンプルにオートミールだけというのもいいかもしれない。 オートミールというのはえん麦(オート麦)をひき割るなどして加工した食品で、タンパク質が小麦粉より多く、食物繊維やビタミンB1にも富んでいるらしい。積極的にとりたい食品だ。よく海外ではお湯にオートミールを入れてそこへ牛乳なども混ぜお粥のようにして食べるようだが、べちょべちょした食感よりクッキーに入れてサクサクと食べる方が私は好き。 天気も悪く外もすごく寒い時に作ってみたのがくるみチーズパン。これは昔、チーズ好きさんの意見から私が作りだしたもの。生地にはピーカンナッツとくるみを入れていたが今回はピーカンナッツがなかったのでくるみだけにした。それからチーズも以前はカマンベールチーズを入れていたのだが、うちでよく買うアーモンドチーズを入れて、トッピングのエダムチーズもなかったので省いて焼いた。これがなければ焼けないではなくて常に家にあるもので気楽に焼いてみようと思っていると意外とどんなパンでもできるものだ。もちろん粉がなければどうしようもないが・・・ チーズパンは焼き立てに食べると中のチーズが舌にはりついてやけどしそうで危ない!少し粗熱がとれたところで豪快にガブッと。中にはチーズがとけた後の空洞があるからその洞穴が光太が面白いようで指をつっこんでいたが、元々、作っている時はチーズが生地にめいいっぱい入っている。 同じように、中に詰めて焼くパンとして次にはあんパンを焼いてみた。あんこも小豆から炊いてなのだが、あんこを炊いている時に電話がかかってきて少し中断していると生地の方が先に出来てしまって、あんこを冷ますのに慌てた。アツアツのあんこを入れるわけにはいかないから。でも、冬場なのですぐにあんこも冷める。さめて分割したあんこを分割した生地に入れて包んで焼く。 今回は生地の中に白玉粉を多めに入れてみた。白玉粉を入れるともっちりするので、あんことの相性もいいかとやってみたのだけれど、焼きあがった食感に感じられるほどではなかった。 以前どこだったかで、大福餅がパンの中に入ったパンを食べて驚いたことがあったけれど、成型の時に入れて焼いてみたらどうなるのだろうか?餅が膨らんで破裂しないかな?調べてみると大福餅入りパンというのがあるようなので今度トライしてみたい。 あんこはかなり甘さ控えめにしてみたが(小豆の量に対して半分の砂糖)あんパンにすると生地の分、味がボケるのでもう少し気持ち砂糖が多い方が一般受けするかもしれない。うちの家族では甘さ控えめでちょうどいいのだけれど。 最後のパンはコーヒーパン。これはコーヒー好きの方に人気のパンだった。焼いている時からコーヒーの香りがプンプンする。むっちりした大ぶりのパン。冷めてからもしっとりしている。ただ、コーヒーの飲めない光太にとってはダメだったようで唯一このパンだけは残していた。子供向きではないけれど大人にはこのパンにカフェオレを飲みたくなるパンだ。 以前はパン生地にはバターやショートニングなど使っていたけれど、最近パンを焼く時はその代わりにオリーブオイルを使う。これも先ほど言ったように、食べて健康であることが一番だと思うから。 クッキーの時はパターを使ったけれど、やはりバターと砂糖を使うのは美味しいけれど体には悪い。バターだけ食べるより、砂糖と一緒になると更に太ってしまうと以前聞いたこともある。だから砂糖とバターをダブルでとってしまう正統派の甘いお菓子は美味しくはあるが悪魔のお菓子だと思う。そんなこと書くとそれを売ることを職業としている方には悪いけれど。 だから私はできれば、パンにはバターではなくてオリーブオイルを使ってみようと思うし、(マーガリンは絶対ダメ!)砂糖も白砂糖ではなくて茶色い精製されていない砂糖を使う。 私が以前体調が悪い時に(光太ではないけれど常時ひざが痛かった)病院で「あなたは体が冷えています。砂糖は食べてはいけない。これからは人参茶を飲んで体をあっためなさい。」と言われたことがあった。甘いお菓子は、特に白い砂糖を使ったお菓子は体を冷やし関節などの痛みを引き起こしていたようだ。ストレスから必要以上に甘いものを食べ過ぎていたので、体も悲鳴をあげていたのだろう。 その頃から砂糖をなるべく使わないケーキを作ろうとしたり色々とやってみたけれど、やはりそれに懲りすぎると美味しさの面では欠けるものが多い。硬かったり、見栄えが悪かったり。それから紆余曲折で、今ではほどほどにバターや砂糖も時にはとるけれど、自分で作るパンには油も体にいい油、砂糖も精製されていない砂糖を少しだけ、なるべく甘さはドライフルーツなどで感じるようにすることなどと健康には気をつけるようにしている。 パンというと作って終わるまでに、大抵2時間半はかかるので、ちょっとそれは大変という時にささっと作るのがクイックブレッド。マフィンや同じ生地をリング型でドンと焼くこともある。これはりんごヨーグルトブレッド。りんごが入っていて甘酸っぱいブレッドです。ここでもオリーブオイルが大活躍。卵にオリーブオイルを混ぜてほんの少しの砂糖とりんごに粉を入れて焼けば出来上がり。光太が大好きなマフィン。りんごの代わりによく熟れたバナナを使うことも多い。思い立ったらすぐできることがクイックブレッドのポイント。出来たての熱々を食べたいけれど、冷めてもレンジで30秒ほどチンすればまた焼き立てのような感じでいただける。 これからも体によく美味しいパンやケーキを作っていきたい。
January 17, 2010
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★ひざ痛のリハビリ 11月から言い出したひざ痛のことで正月明けも病院に走ることになりました。 12月はひざの検査を待つ間にインフルエンザにかかったりして踏んだり蹴ったりの月だったのですが、結局総合病院でMRIの検査をしてもらった結果異常なし。これで半月板損傷という疑いは晴れたのですが、そうは言っても痛みが消えるわけではなく、困っていたところ、コーチに相談するとやはりここは労災病院に行って専門医に診てもらう方がいいということで、年末に接骨院で紹介状を書いてもらっていたのでした。 紹介された先生はひざの専門医でもあり、以前Jリーグのチームドクターもされていた方なので、この方に診てもらえれば安心と思っていたのですが、タイミングが悪く週一度、1時間しかその病院に来られない上に祝日も重なり正月明けまだ3週間後にしか先生に診てもらえそうにないことがわかりました。ダメ元で、4日病院が正月明けに開くのを待ち、電話で先生が来られることを確認した上で出かけたのですが、なんと受付では先生は今日は休みとのこと。がっくり!! 電話で来られると確認しているのに、なんと無責任なことでしょう。その受付の方に嘆いても仕方ないので、結局その日はとんぼ帰りになり無駄足になりました。その晩のこと、光太があまりにも今度は足首の方が痛くて痛くて眠れないと訴えるので、翌朝を待ち接骨院の先生に相談したうえで、「痛みがあるのならそれを優先しましょう。」と言われその日に労災病院に再び足を運ぶことになりました。 というのも、私が光太が夜にひざだけでなく足首も痛いと言い出して泣きべそをかいているので気になって家庭医学大辞典をみていると、小児ではひざ痛を成長痛と見過ごして重大な病気が潜んでいる可能性もあるので(骨のガンである骨肉腫など)専門医に診てもらう必要ありとあったのです。 もし、万が一そんな怖い病気になっていた場合は肺に転移すれば5年~10年の命とあって冷や水を浴びせられたような気持ちになりその晩は、それはそれは心を痛めました。もしそんなことになったらどうしよう・・・パパにそのことを相談しようと思いながら痛がる光太のひざをさすりながら自分もいつしか一緒に寝入ってしまい朝を迎えました。 なので、悠長に3週間先に専門医に診てもらえるからと安心などしていられない、一時も早く診てもらわねば、と接骨院の先生にもそのことを訴えると「確かにそのお気持ちは私も息子を持つ親の身なのでよくわかります。」と言ってくれてすぐ労災に足を運ぶように勧められたのです。 労災病院は見かけ古臭いような感じだったのですが、中はまだ新しい感じで綺麗で驚きました。昨日、パパと一緒に受付のところまでは来ていたので、道中車で来るのもそんなに迷うことなくこれて10時前にはつきました。受付では紹介状の先生以外の先生で構わないので診てもらいたい旨を伝え、整形外科の外来で待つこと1時間15分。やっと呼ばれ、中待合室に移動し、そこでもまた15分ほど待ち、やっと診察。 パパより少し若いか同じぐらいの年の先生がいて、ベッドに光太を横にならせてひざを触ってどこが痛いのか聞かれました。以前総合病院でもレントゲンとMRIをとって異常はなかったのですが、労災でももう一度検査のためにレントゲンはとりたいとのことでそこからさらにレントゲン室に移動になりました。レントゲンはすぐとられそこからまた待つこと1時間ほど。携帯のメールでパパとやりとりしていて、パパもその日は初出勤で半日だったので午後から合流してくることに。 ちょうど光太が呼ばれる数分前というグッドタイミングにパパが待合室に現れ一緒に診察を受けることになりました。ここでもレントゲン結果に異常は見当たらないということで大腿二頭筋の損傷ということにおさまりました。足首の方はひざを痛めている後に片方の足首をぐねってしまい痛みをかばって歩いているのでアキレス腱に負担がかかっているのだろうと言われました。 とにかく、病的な心配はないという判断を得て私は一安心。でも、念のため、当初診てもらう予定だったひざの専門の先生にも診てもらえるように18日の午後には予定を入れてくれました。その日はそのままリハビリセンターの方へ移動してリハビリもして帰ることになりました。時間はお昼はとうに過ぎ、2時半。お腹もすきすぎてグーグーなっていました。待ち時間の間に、こんなことになろうかとバッグにしのばせてきたお団子を家族3人こそっと口に入れて急場しのぎ。 リハビリのお医者さんにも診てもらった後に、リハビリ担当の方に色々とプログラムを組んでもらって、筋肉をほぐすリハビリを3種類して帰りました。そのリハビリをお風呂あがりに毎日することを約束してやっと解放。会計もすませて帰るともう17時前。お昼御飯抜きだったので、お腹と背中がくっつきそうですぐに夕食の準備にとりかかりました。 しかし、この日は疲れた~~こういう大病院は一日仕事とは覚悟していたけれど、本当に疲れ果てました。光太も数冊本を持って行ってのだけれど、途中からそれも読み終わり飽きてしまっていました。接骨院に行くのに8時に家を出て帰ってきたのは17時なのだから、出入りはあったものの、9時間もかかったのですから、光太が小学生でつくづくよかったと思いました。これがまだ幼稚園ぐらいの年頃なら待てずにいたことでしょう。 一瞬でも重大な病気かもと頭をよぎった時は光太の子育ての悩みなんかふっとんでとにかく生きていてくれさえすれば・・・と祈る気持ちになりました。この子がいなくなることなんか一時でも想像するだけでも胸が痛みます。それを思えば、命が奪われるわけでなく、いつかは治るものなら頑張るのみ。コーチからも『リハビリを楽しむ気持ちでやっていると割と早く改善もみられることでしょう』とメールがありました。何事もプラスにとらえ今やってるリハビリのおかげでいつの日かは思いっきり好きなサッカーが出来るようになると信じて毎日を過ごしていきたいと思います。 接骨院の先生曰く、「これからは坦々とやるべきことをやっていきますよ。2月に運動できることを一つの目安にしてがんばろう。」と。まだ今年は始まったばかりですが、先をみて過ごしていれば過ぎ去る年月はあっという間だと思います。元気にサッカーボールを追って走り回れる姿を見る日まで共にリハビリがんばろう!(運動ができないので家でピアノのレッスン)
January 9, 2010
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★2010年のお正月 あけましておめでとうございます。年末年始は光太のひざのことで慌ただしく過ぎ、今年は帰省しないので我が家で過ごすお正月となりました。いつもは両方の実家で過ごす為、料理上手な二人のおばあちゃんの味を渡り鳥しながら堪能しているだけでしたが、今年は久々に私が腕をふるうことになりました。 思い起こせば、結婚しておせちを作るのは今回を含めて4度目になります。 新婚当時はまだ光太もいなくて、私がおせち料理を習ってきたばかりだったので、二人のおばあちゃんにご披露し、食べてもらうことにしたお正月でした。 両方の実家と新婚当時の家が近かった為、お正月に限らず、誰かの誕生日や父の日、母の日、クリスマスといった時には、我が家で二人のおばあちゃん達が色々と作ってくれるものと私が作ったものをみんなで持ち寄りよくパーティーをしました。父が度々畑で作った作物をバイクで届けてくれたり、母が作ったちらしずしや、つきたてのお餅や作りたてのお惣菜を届けてもらったのもこの時期。 パーティーをし、お腹いっぱい食べた後には必ずUNO大会。なかなか決着がつかず夜遅くまでかかったこともありました。それでも車ならお互いの家に両親を送り届けても15分もあれば帰ってこれる距離でした。 思えば、パーティー好きの光太があの頃いればさぞかし嬉しがったことでしょう。光太の大好きなおじいちゃんや二人のおばあちゃんが目と鼻の先に住んでいてしょっちゅう遊びに来てくれたのですから。 光太が生まれてからは、両方の実家を行ったり来たりのお正月を過ごしていました。光太が1歳になった翌年のお正月が奈良にいて過ごした最後のお正月で、そこからは引っ越しの連続。まずは長い急な坂道の上に立っているマンションでの生活が待っていました。 2006年は今住んでいるうちに来る前の賃貸で借りていたおうちで過ごしたお正月。その前の年に流産をしていた為、帰省せず家でちょこっとしたおせちを作って過ごしたお正月でした。年が明けてからの連休は熱海温泉で過ごし、帰りにはパパの親戚の家に初めて遊びに行き光太はそこで初めてジェンガの遊びを教えてもらいました。 2007年、今度は光太が年少で毎日のように風邪ひきで喉を腫らせては高熱を出して園を休んでいた年で、やはりお正月前にも熱を出し帰省せず家で過ごしました。なので私がおせちを作ったことを覚えています。この年のお年玉はパパからサッカーボールを買ってもらい、年中になった5月に今の家に引っ越しててきました。 そこから2008、2009は帰省して過ごし、特に去年はおじいちゃんが病院で過ごしていたために、病院から帰って実家に帰った時はなんとも寂しい気持ちがしました。やはりいるべき人がいるべき場所にいないというのは落ち着かないものです。 今年はこちらで過ごした年。父も病院通いはしているものの、なんとか元気に実家で過ごしてくれていること、義母も元気で暮らしていてくれること、みんなが離れていても元気で暮らしていてくれると、2010年のお正月は穏やかに天気も恵まれた中で気持ちよく元旦を迎えました。 光太は、大みそかは12時までは起きると宣言しながら睡魔に負けて10時半頃にはダウン。いつもは8時に寝なさいと言われているけれど、この日だけは紅白を見ながら起きれるとあって朝からかなり興奮していたのでたぶん疲れてしまったのでしょう。 実家にいた時は、母が一人で頑張っておせちを30日頃から作り始めていて、私自身は手伝った記憶がないのです。お餅作りの丸めぐらいは手伝った記憶があるのだけれど。 そもそも今はこれだけパンやらケーキやら、そしてお料理作りも大好きなのに、実家にいた時に母に習った記憶がないのが思えば不思議に思います。 姉と話をしていて、姉は母から教えてもらったレシピでやっているというのが意外と多いのに対して、私は自分でネットで調べたりテレビで見ているものをメモして控えたり、本を買ってきたりして作っているものが多いことに気付きました。それでも、結局味付けは小さい時から慣れ親しんだ味に落ち着くのですから、舌の記憶というのは、母から娘に引き継がれていくのでしょう。 今年の私のおせちは、たまたま我が家の折りこみチラシか何かに入っていたミニ新聞にのっていた奥園とし子さんの簡単なおせち作りというのを参考にしてやってみました。 煮しめには普段は鶏モモ肉を使うけれど、それだとだんだん固くなってしまうので、肉団子にし、その肉団子にも麩をいれるという工夫があります。私はその肉団子に飾り切りした残りの人参やしいたけやレンコンのみじん切りも入れました。 栗きんとんは、普段は栗の甘露煮を普段は使いますが、それだと甘ったるくなりすぎるので缶詰のパイナップルを使ってあえています。これだと甘酸っぱさがちょっと味のアクセントになっていい感じです。パイナップル以外ならりんごなどもいいかもしれません。 一番私が気に入ったのはピーナッツ入りの田作りです。40gのいりこに対して100gものピーナッツを甘辛く煮詰めるのですがこれは普段のおやつにも作りたいほど美味しいです。 他はいつも作っている紅白なますにゆずの千切りをのせたものに、圧力鍋ではあっという間にできあがる黒豆。圧力鍋はいつもこの豆を炊くときと、ビーフシチューを作る時に大活躍。元々、母が圧力で豆を炊くのが上手で私も結婚して数年してやっぱり自分でも豆を圧力で炊こうと思って買ったのですが、圧力鍋があると数時間炊かないといけない豆も数分の圧力をかけてあとは30分放置するだけでふっくらとした美味しい豆ができるのだから使わない手はありません。 今年は黒豆がいつもの父の手作りの黒豆に加え、義母からもたくさんいただいたのでうちの家は豆だらけで感謝です。私のやり方は、300gのお豆に対して半量の砂糖を入れて煮含めます。この甘さ控えめで作った黒豆はパン生地に入れて焼いても美味しいし、ヨーグルトにトッピングしてもよし、ホットケーキミックス粉にいつもホットケーキを作るようにして入れると豆入りホットケーキになって栄養価もあがります。更に、普段200gのミックス粉だと3人で食べるのに量が足りないのですが、豆でかさが増えるのでちょうどよい分量になります。蒸しパンの具にもできるし、かなりすぐれものです。 黒豆は普段から毎日のご飯にも混ぜて炊いているのでたくさんある豆もあっという間になくなることでしょう。黒豆入りのご飯はほんのりピンク色になってきれいです。光太も雑穀ご飯はあまり好きではないけれど、黒豆ご飯は香ばしいと言ってよく食べてくれます。 あとは、スモークサーモンにクリームチーズをのせてくるくる巻くと紅白のお花のようなものと、天然有頭海老を甘辛く煮てお庭からとってきた緑をあしらいます。よくレストランに行った時にも、ヒントを得ることがありますが、緑の葉や、小花などを少し飾るとぐっとおしゃれになるのは本当に不思議です。ちょっとしたことなのだけど食べるというのは、ただ舌の上で感じるだけではなくて視覚的にも美しいと感じるものであることが大事なのだと思います。 他には意外や意外と光太の好きな数の子。パパは数の子が好きでないのだけれど、光太はあの食感が好きなのか食べたいと言うのでかつおぶしをかけて食べました。それからゆずの皮には大きすぎるので、たくさんいただきものであった一回り小さいかぼすの皮にいくらを入れます。 もうひとつ光太の好物の出汁巻き卵を作れば、あとはあったかいものを用意するだけです。 お雑煮は、昆布とかつおで出汁をとっておいて、鶏肉をいれて父が送ってくれたにんじん、大根を入れて柔らかくなったら、なると巻き、小松菜を入れてお酒としょうゆと塩であっさりと味付けします。お餅の焼き目をつけて(お餅の番はパパの役目)お椀にお餅を入れて汁を注げば出来上がり。お餅も義母が送ってきてくれたもの(これは親戚の方の手作り)と、母が送ってきてくれたもの(これも手作り)で、母のお餅はついに30年使い続けたのでつぶれてしまったらしく、手作りのお餅を食べられるのもこれで最後になっちゃうのかな・・・もちつき機は一番母が使っていた機械のように思います。 光太も大人より少し少なめに盛りつけたおせちを朝から全部食べてくれました。「お正月というのは、このおせちが3日間続くんだよ。」といっても甘いものが好きな光太にとっては「美味しいから好きだよ!」という返事があってまだ作りがいがあります。でも2日目に同じように並ぶと少し箸の進みが悪かったので、3日目はどうなるかな。 実家にいた頃はこれに加えて、菊花かぶやたたきごぼう、高野豆腐の甘煮、竜眼肉(うずら卵をとりひき肉で包んで甘辛く煮るもので家族みんなのの大好物!)こんにゃくやにんじん、しいたけの含め煮などが並んでいました。それと紅白のかまぼこ。かまぼこは母の実家が愛媛なので毎年母が頼んで送ってもらっているのですが、けっこう塩分も多いし、パパが練り物をあまり好きでないのと、今年は配送の手違いで我が家の荷物に間に合わずなし。私はこのかまぼこやじゃこ天をおやつのように食べて育ったのですが、パパは水分がないのでのどが詰まるらしいです。 今年の一工夫は、テーブルのセンターに家にあった赤い布を置いたこと。朝、何かおめでたいお正月らしい飾りつけがないかと考えて急きょ思いつき、二階にしまっていたのを取り出して、パパにアイロンをかけてもらいテーブルクロスをかけた上に長く置きました。赤と緑なので、クリスマスにもいけそう。 今年は、少しずつこういったテーブル周りの小物も増やしていきたいです。テーブルクロスや、ランチョンマットなどは母の手作りの刺繍のものがたくさんあるのですが、どうも光太のようによくこぼす子がいるともったいなくて出しそびれています。本当は色々と出してテーブル周りのものでも遊びたいのですが。でも、そうやってもったいながって出さずにしまいこんでいるのが実は一番もったいないと思うので今年からはもっと使いこんでいこうかなと思っています。使いこんでこそ物の価値というのはあがるのですから。 お正月早々、長くなりました。今年も1年よろしくお願いいたします。
January 2, 2010
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