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最近、何人かの方から、HP見ての感想を頂きました。自分としては、うちらの日常、暮らしぶりを通して感じたこと、小耳に挟んだいい話、読む人のなんか、ちょっと心や魂の栄養になったらいいな~と思うことを今の私のレベルで書いているツモリです。友人は、わたしの「三宅菌をもっとばらまきたい!?」という言葉に反応して、東京から遠路はるばる「感染」しに来てくれるそうです。一家で。しかも明日から6日まで!掃除が間に合いません!ゴールデンウィークでもあり、最近江原さんの本を読んだりオーラの泉を見て思うところもありここで・・・ちょっと自分のことを語ってみようか、なんて思っています。語りすぎると親兄弟、家族に迷惑やショックを与えるかもしれないので、自主規制しながら語ってみませう!さて、語りましょうか。わたしは、けっこう前世を覚えたまま生まれてきたように思う。3歳から自分が考えてきたことを照らし合わせるとわかってない(現世でまた学習してない)けど、知ってることが結構あった。ここで書くと規制にひっかかるのでかけんけど。わたしは「見える」タイプじゃないんで、お化けや幽霊にはであわなかっよ。今でも出会ってないけどね。こっくりさんやエンジェルさまも、ピクリとも動かず。(まあ動かなくてよかったよ。今おもえば)ただ、夢は超リアルで、夢の世界のほうがわたしにとっては現実に近い感覚だった。これは今もそう。友人知人も なんかあると夢枕にたたれるので、便利・・・ちゃ 便利。かな?小学生の頃は、自分を生んでくれたモトはなにかな?ってよく考えた。あのころは大地から生まれて、それがモトかな・・・とも思った。そして、それが「カミ」かな?とも考えた。自然の現象を見ては、日常生活との法則の一致に「すごいな~」と感動していた。(時には自己流黒魔術も考えたけどうまくいかず!)ご先祖様に関しては、小さい頃からお仏前にご飯を上げに行くのがわたしの係だったんで「まいまいちゃん、今日も白いご飯がいただけます。ありがとうございます。」と、挨拶をして いつも身近に感じていました。霊的な面ではそうやっていたけど、実際のわたしは 自意識過剰で、負けず嫌いで頑固で、目立ちたがりで鼻持ちならんかわいげのない優等生タイプ。中学になると、誰かを好きになるエネルギーが大きすぎて気持ちが何光年か先までつっぱしって現実の世界とリズムがあわず、自分自身とも合わず苦労した。そして、本当の自分と表面の自分の思いと行動が食い違うので これもしんどかった。このころ、自分の魂と外側の肉体は別モンだと、しみじみ思う。高校のころは自分の理性で抑えていた行動をちょっと緩めた。ので、いろんな経験をした。世の中に黒いフィルターがかかって見えたのはこの頃の体験。ほんとに お先真っ暗、って暗くなんねんな!憎悪感もこのとき自分の中に確認する。けど、時間がたったらきれいさっぱり忘れることも出来る、と学習する。そして、自転車通学のときは いつも強烈に飛ばして走っていたので、守護霊様から日々、守っていただいてることを感じていました。(自力だけで走っていたら、たぶん 何回か事故っとる!)なんや、勉強はおぼえんけど、人生勉強はしてますよ~。過去・現在・未来の感覚も中学のときに体感したな~。今現在の時間が入り乱れてるのも感じてたな~。だから基本的に 未来には現状と違うものがある。と、納得してるんで、先の心配や現状を嘆くことはないなぁ。前にも書いたけど、スピリチュアルマスターの“MASAKO”さんがおっしゃってたこと。とっても判りやすいんで また引用します。「わたしたち人間が、地球というこの星で何をしているのかというと、“昨日まで知らなかったことを今日知る”という魂のゲームを行っているのです。」そして、ピラミッドの図を思い描いてくださいね、「三角形の頂点、“神”や“創造主”といわれるこのゼロポイントから人間はスタートしています。そこから、1段目、2段目と下へ降りていく。その間に 自分が神に等しい存在であったことを忘れます。最後の7段目の経験を終えると、今度はあがって行って神である自分を思い出す、というゲームをしているのです。」なんで、そんなゲームをしているのか。また、江原さんが書いている「なぜ人は生まれて生きているのか」ということもあわせてそれはまたいずれ語るとして、高校までは今おもえば霊的な存在である自分、を肯定はしているもののなんで、そんな風に考えるのか、じゃあ自分は何をするのかなんてま~ったく考えずに 単に恋多き、ついでに試練もありぃの生活をしていたのでした。ま、ふつうの生活だわね。もっと波乱万丈になっていくのは20歳くらいから。話はまたこんど。つづく!
2006年04月29日
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最近、昔定額貯金していたお金を下ろしながら「やっぱ、世の中“先にがんばっとかないと”どんこんならんなあ~」と考えているときがある。例えば。まあ、今収入があんまりなくても、昔貯金していた分があれば今使うことが出来る。演奏だって、子供の頃に一生懸命練習してたから、大人になって演奏活動が出来た。これかて、ちょっと弾いたくらいじゃ 人前で弾いたり、人様に教えたり出来ませんもん。時間があるうちにサボったら、未来が大変になるだけなんやなあ~とつくづく思ったりしてマス。田崎信也さんが、昨日ラジオでおっしゃってた話。19歳の頃、単身でフランスにわたり、シャトーの見学をしてまわろうと思った。しかしながら、その頃の田崎さん、フランス語はしゃべれない、アポもとってない。必然的に門前払い。だから、しかたがないのでブドウ畑をともかくまわって写真をとっていたけど、今度は人と話せないことが辛くなってきた。そして、衝動的にパリに出向いたそうです。そして~パリでだったか、ボルドーでだったか・・・・街中に「空手」の看板が・・・・。田崎さんは小さい頃 空手をやっていたそうで、「あそこに行けば、日本人とあえるかもしれない!」と思って門をたたきました。すると、そこの師範は 以前日本で空手を学んだ方で、「日本で、とても日本人から親切にしていただいたので、もし、フランスに日本人が訪ねてくることがあれば、精一杯もてなそう!」とおもっていらっしゃった、とか。そこで、田崎さんは子供に空手を教えつつ、子供たちからフランス語を習ったそうです。まず第一の教訓。以前 身につけていたものが 将来の役に立つ。それと、もうひとつ。以前は、フランスナイズされた日本人、としてフランスを廻っていた。そうしたら、門前払いを食った。今は、日本や、日本の武道に誇りを持って行動したら、人が尊敬しつつ寄ってきた。このことがとても大切なんだ、と思いました、と語っておられました。わたしの中の日本はどうだろう?入学式に、国歌斉唱のとき、歌わない先生がいらっしゃった。いろいろ思うところはあるのかもしれない。でも、日本、という国をきちんと見て、愛していかなければやっぱり日本は滅びてしまうと思う。どれほどに恵まれているのか。豊かなのか。よその国とは 趣が違う意味を 子供たちの上に立つ先生がしっかりと見据えた上で世界に出て行くことが必要だなあ・・・と、田崎さんの話を聞きながらも感じました。孝さんのちょっと跳躍した提言。「にほんはさ~やっぱ寺小屋とかがあっているのかもしれないよ?朝はや~くに起きて、午前中に勉強は済ませて、午後からは武道とか作法を手習いして。」でも、わたしもそう思ってマス。
2006年04月25日
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最近なぜ日記を書かないか、というと。まびちょんが夜、12時とか1時まで頑張ってわたしの仕事を阻害するからです。まびが寝たらわたしも寝なければ翌日起きれん!そんなこんなで、情報が遅れて申し訳ございません。変な書き込みとかも削除が遅れてごめんなさい。さてさて、5月も近づくと よく聞かれる質問。「バジルオイルバターは出来ましたかあ?」まだだよぉ~!タネはまいてます。2ミリくらいの双葉も出ています。しかし本来発芽温度は25度。もうしばらくかかるね。それに最近 毎日の気温が「昨日より5度以上高い」やら「5度以上下がる」やら、一体なんだっちゅうんや~!という状況ですので、5月に入ってやっと植え替えが出来て 5月下旬に生産が始まるくらいかな?今も予約受付中で、100本くらい予約が入っています。パセリも同時に大きくなっているので、「イタリアンパセリ オイル バター」も出来そうです。ずっとお休みしていた宅配野菜も、夏には「夏野菜お届けパック」(限定数)出来そうです。そのときになったら、内容をお知らせしますね。今は、ラディッシュとかレタス、パセリなんかがあって、サラダに・・・ってところかな。にんじんもすくすくと育っていて、間引きにんじんの葉っぱを食べまくっています。まだ若くて柔らかいから「てんぷら」よし。「チャーハン」によし。おかげさまで、この前骨のカルシウム含量を調べたら、「とってもカルシウムいっぱいよ!」って評価を頂きました。お肉もあるけど、骨もみっちり締まっているわよ、ということでしょうか?うちのにんじんは、ゆうちょくけど「んまい」よ!甘くて、濃い!昔のにんじんが苦手な人は苦手かも。にんじん!ってカンジが。でも、ジュースにするとあま~い。野菜ジュースを飲んでいる人にはオススメ。また、これで作る人参ソースのパスタが絶品。人参が大きくなったら、人参だけの宅配パックを何箱か作る予定です。気になる方はご一報ください。ああ~今日は「しゃくなげ祭り」で演奏したんですが、それはまた後日に報告します。今日のくぼて山はしゃくなげが美しかったですよ!
2006年04月23日
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さて、わたしたちは3つの班に分かれました。「てんぷら」班。「サラダ」班。「おひたし」班。孝さんは「サラダ」係だったので わたしも必然的に「サラダ」に。まず、自分たちで それぞれに合う食材を見つけてきます。サラダの係は「たんぽぽ」と「スミレ」そして「ハルノノゲシ」「野蒜(のびる)」「露草」。今の時期はこんな感じでしょうか?あ、「シロツメグサ」(クローバーを想像して!)も食べれるんだった。花が咲いている草は比較的わかりやすい。ハルノノゲシはタンポポみたいなお花、はっぱはちょっとイガイガした感じ。これが苦いんだ~。生で食べると苦い!ちょっと湯がくと もう少し食べやすくなります。苦いけどちょっとクセになりそうな味わいで、たぶん天ぷらにして塩をパラリ。お酒と一緒に頂けばオツなんじゃないかな~。基本的に生ではっぱは食べにくいので、ドレッシングとマヨネーズを作りました。しかも手作りです。前日に、マヨネーズは大失敗したので、今日は大丈夫でしょう。倉田農園の鳥サンが生んだ卵を2個ほど失敬してきます。まず卵黄をひたすら泡たて器で混ぜる!混ぜる!油をすこ~しづつ加えて混ぜる!混ぜる!固くなってきたら これまたすこ~しづつお酢を入れる。お酢が入ったら それまで黄色かったペーストが マヨネーズ色に!ここで裏ワザ。(市販のマヨネーズと混ぜると失敗が少なくてすむよ!マイルドな味わいのマヨネーズペースト、といった仕上がりでした。)また「おお~!」と感動したのは、切り出してきた竹を2つに割り、その竹の節の中に卵を4個くらい割りいれて行きます。そして割ったかたわれを蓋にして 竹の姿に戻します。その竹を、おひたし用に火を起こしている火の中に竹をそのまま突っ込みます。竹の表面は焦げて真っ黒、さて中身の卵はどうなったかな?蓋を取ると目玉焼きの出来上がり~!竹はフライパン兼、お皿にも早がわり。「こういうのが、知恵なんや。竹は、外側が焼けても、中までは焼けん。自然のものを使って生きていけるんや。」倉田さん談。さて、あと、おいしそうだったのが「椿の天ぷら」。お花を摘んで、ガクや、おしべやめしべを取ってしまう。苦いらしい。花を丸ごと天ぷらで揚げてしまう。真っ赤な椿の花を どんどん揚げていく。野草の天ぷらはだいたい 何でもおいしいと思う。今回は、「蓬」「オオバコ」「あざみ」「つばき」「すぎな」を天ぷらにしていただいた。雑魚や、桜海老でのかきあげも最高。お昼に振舞われた 晴天の下の杏酒がまたイケル。「・・・・しかし野草(または雑草)は こうやってみんなで食べるからおいしいけど、一人で食卓に並べるのは寂しいねえ。」「天ぷらならいいけどね~。天ぷらはおいしいねえ!」「災害のとき 天ぷらが出来るように菜種を絞る技術も覚えておかないといけんねえ。」どなたか、ご存知ないですか?おひたしは、和え物になって食卓に上がったんで何が入っていたのかわからないけど、たぶん、ひよこ草と、スカンポ(これは茹でずに生で。すっぱ~いデス)ギシギシ。なんか、そんなのが入っていたのかな。軽く茹でて、スクランブルエッグとかもおいしそうだったよ。近いうちに、わが農園でも野草の会(復習)をしてみようかな。そうか、東京の友達がゴールデンウィークに「三宅菌感染」に来るそうなんで、そのころにして見ましょうかね!?参加者募集!
2006年04月18日
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なぜか最近日記のアップを阻害されています。今日も1時間戦ったが原因が結局わからない。まあ、日記をカットしつつ行ってみよう!そして、行ってきたのは倉田農園。山を20年前より開墾して、木を植え 畑を作り、小屋を立て水場を作り、鳥を飼いヤギを育て、将来温暖化によって大分でとれる作物が変わっても対応できるように 南国の果樹も植えてあります。ここには天と地の恵みがあふれている。ずっとお天気が悪かったのですが、日曜日は雨で畑を洗い流して下さったのか、ぴっかぴかのいい天気。草花も美しいし、土ぼこりも舞わずにコンディションは最高でした。大分県下から50人弱くらいかな、大人も子供も楽しそうに集まってきました。「野草を摘んで料理する」会ですから、3つの班に分かれてまずは食べられる「草」を探しに行きます。でも、その前に農園主の倉田さんからお話がありました。「ひとつ、わたしの好きな言葉があります。聖書の中の言葉です。神様は小鳥は糸を紡ぎもしないし畑を耕しもしないけど あれほどに美しく装い、食べるものを与えてくださる。ソロモン(黄金で身を固め、すべての欲を満たしていった王様)でさえ、あれほど美しく装っていなかった。ならば 神の子であるわたしたち人になんの、神がないもしてくださらないことがあろうか。」(聖書の文句は文献を発見できずに、内容や言葉が違うかもしれません。けど、まあ、そういった意味のことです、ハイ。)「神様は、この地球の上を、わたしたち神の子供に作ってくださって、生きていくためのものはすべて、用意をしてくださっています。でも、しらなかったら、気がつかなかったらそれを使って生きることは出来ません。これからの世の中、生きていける人になるには、天の恵みと自然に感謝して、自然のなかにあるものを使わせていただくってことです。だから、今日、この農園さんの中から見つけてきた草たちのことは 今日覚えて帰ってください。そして、今度来るときにも忘れずにいてください。この下はどうすると思いますか?この下のところはあとから ヤギさんがおいしいおいしいって食べます。無駄になるものは全くありません。だから、とったあとの草も足で踏まんようにしてな。」青い空の下、自然の中で聞く倉田さんの話は素直に実感を持って聞くことが出来ます。うちの畑は山の中でもないし、トリもヤギもいないけど、やっぱり倉田さんのところのように、いろんな人が来て小さな命を発見して行ってくれるといいなあ・・・とまた、しみじみ思いました。さて、この続きはまた後日。今日はせっかく晴れてるから仕事が山積みなんだ。さあ、このあとはいよいよ 食べれる雑草の数々が出てくるよ!
2006年04月17日
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わたしを語るのは、ちょっとお休みして。語るのが早すぎるのかもしれないんで。(聞きたい人は直接うちに手土産持ってたずねてきてください。)昨日は6月の演奏の打ち合わせで大分県前津江に行ってきました。日田を抜けて「梅」で有名な大山通り越して ふかいふかい山奥。農家ん宿「楽菜・風工房」はありました。見事なかやぶき屋根を携えて。孝さんが、「ここってテレビで見たことが・・・あるよなあ?」どうも人生の楽園に出ていたとき、たまたま孝さんは見ていたらしい。(だって我が家はテレビがないですから、ほんとにたまたま、だよね!)築150年 。おちついた田の字形の和室が並び、広縁や濡れ縁、日本庭園も魅力です。1日1組だけの受け入れだそうです。なぜ、ここにご縁ができたかというと、わたしたちが日田の自由の森大学で演奏していたのを2回聴いてくださって、今回風工房が5周年をむかえるにあたり、ぜひ、演奏会を開きたい!と思っていただいたからです。この農家ん宿をされていらっしゃる 平山さんも、東京からこちらにいらっしゃった方。都会の生活を知っているだけに、田舎のよさをしみじみと感じていらっしゃって、あたたかい人柄と笑顔が素敵です。大分は、「夢を実現させる力」がある場所のような気がします。旧態依然としたところもあるけれど、だから残っている自然もあり、そして、中央からは知られていないけれど、面白いことを自力でやったり、考えていたり、それを実現させるネットワークがあったりする。しかも、「こんなことしたいな。あったらいいな。」と誰かが考えるでしょ?それを聞いていた誰かが、「ほな、しよか。手伝うよ!」と応えるでしょ。お金がない人が多いから(?)お金を出さず、無駄も出さず、知恵と人の手を貸すでしょ。すると、できてんねん。ちょっと考えた「小さないいこと」が。打ち合わせのあと、大山町に生息しているKOZOくんちにも突然だけど、よってきた。彼も大分に来て出来た 大切な大切な友達で、そして何でも屋サンで年齢不詳だ!そしてミカミカと4人で少々お話なんぞしていたんだけど、なんかほっとするんだよね。大事なところがつながってると思えて。生き方も「モノにしばられない」「ヒトにしばられない」生き方で。もちろん大変なところはあるけどね~。江原さんの本に書いてあったなあ。ヒトは霊的なものなのに、社会で成功している人や、お金を持っている人は羨ましがるのに、魂の綺麗さを羨ましい、とねたむ話はほとんど聞かない。って。KOちゃん!うちら、魂的には勝ち組!?貧乏やし!(っていうところのいい加減さからして、ちょっとオチこぼれてるか)心がきれいだし!(そんなことはありません。KOZOさんが美しくても、わたしにはまだ掃除しきれないツケがいっぱいなんで~)みんな~うらやましいかィ~!?ふう~。落ちこぼれながらも、新しいご縁の広がりを、デンと受け止められるように、受け入れ態勢をこの1年で作っていくつもりです。さぼってばかりの脳みそも、少しは使って、頭の中に残っている宿題を少しずつ整理します。あしたは国東半島の山で、野草・雑草を摘んで料理する勉強会です。今度我が家にいらっしゃるお客様には、はこべやら、おおばこやら、ギシギシを調理してお出しできると思います。うふ。
2006年04月15日
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なぜだ~!すばらしい日記を書いてわたしを語ろうと思ったのにHTMLが違うとか行ってうけつけてくれん!そういうなら、ちゃんとその箇所を赤で示してクレイ!頼むし!
2006年04月13日
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ちょっと自分に対して思うんだけど、演奏活動を通して、色んな人に喜んでいただきたいな、と思いつつも実は迷惑をかけているほうが大きいのではないか、と。なんか自己評価を過大にして、しかもそれにあぐらを書いているような気がいたしてきました・・・ゾ。お釈迦様の誕生日花祭りの日に もみじ学舎でヴァイオリンを作っていた和尚様(佐野さん)のお寺で法要がありました。我が家の場合、何をするにも民族大移動で家族全員が演奏先でごやっかいになるのですが、今回も朝から夕方まで迷惑かけっぱなし。子供・・・しかも赤ちゃんまでいるわけなんで、それを5時間近く子守をしてもらって、なんか、本当に申し訳ないな~、と。そのおかえしに すばらしい演奏ならともかく、それはいかがなものか。あ~こうやって、最近自分のいたらなさやなんかを つくづくしみじみ感じているのであります。ただ幸せなのは、最近神前にぬかづいて、長々と懺悔したりもするのですが、(そして、そんなに謝るくらいなら、名誉挽回しろ!と神様の変わりに自分でつっこんだりしているんですが)そうやって、内省することが出来るようになったことです。昔は映画なんかで、教会のざんげ室にナンセンスを感じていたものですがトシをとるのも悪くありません。今やっとざんげ室のありがたみを感じまする・・・。土曜は 反省の中に演奏をしたのですが、その前日金曜日のこともついでに語ろう。金曜日は歌い聞かせの会でした。4月から3歳をこえた子達は幼稚園デビューしたりして、メンバーがかわったりしたので 私達スタッフも心機一転で望もう!と、内容をちょこっと変えました。以前に、自由の森大学のアンケートで、若年層は「一緒にうたいたかったのに、知らない歌が多くて歌えなかったので残念でした。」という感想がおおく、(やっぱり、歌い聞かせでは童謡唱歌を歌うべき!)と思いました。どうしても、テレビ世代なんで“おかあさんと一緒”なんかの曲をリクエストされちゃうけど、ウエイト占めるのは童謡にしたいところ。唄もさることながら、“礼に始まり礼に終わる”ことも取り入れて、正座でお辞儀、の練習も取り入れました。なかなか座礼をする機会もないでしょうから、ということと、まびが、最近正座もする、手をついての座礼も出来る、会釈もできるようになったので、1歳でも環境が整えばきちんと出来て 親としてはうれしいよ~。歌舞伎の世界は3歳デビューだから、もちろん可能だろうケド、やっぱ小さいこの正座でご挨拶はかわいくって、いいですよ!そんなこんなで、歌い聞かせはなかなか充実した時間をすごせてよかったんで 今年はちょっと歌い聞かせの宣伝もしたいな~。とりとめない日記を、宝塚のレビューを見ながら書いてみました。子供とコンサートのオペレッタの構想にもはいってます。同時進行多すぎて落ち着かん、ちゅうねん!でも、そんな生活なんだからスッキリ整理せな いい加減
2006年04月10日
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ちょっと自分に対して思うんだけど、演奏活動を通して、色んな人に喜んでいただきたいな、と思いつつも実は迷惑をかけているほうが大きいのではないか、と。なんか自己評価を過大にして、しかもそれにあぐらを書いているような気がいたしてきました・・・ゾ。お釈迦様の誕生日花祭りの日に もみじ学舎でヴァイオリンを作っていた和尚様(佐野さん)のお寺で法要がありました。我が家の場合、何をするにも民族大移動で家族全員が演奏先でごやっかいになるのですが、今回も朝から夕方まで迷惑かけっぱなし。子供・・・しかも赤ちゃんまでいるわけなんで、それを5時間近く子守をしてもらって、なんか、本当に申し訳ないな~、と。そのおかえしに すばらしい演奏ならともかく、それはいかがなものか。あ~こうやって、最近自分のいたらなさやなんかを つくづくしみじみ感じているのであります。ただ幸せなのは、最近神前にぬかづいて、長々と懺悔したりもするのですが、(そして、そんなに謝るくらいなら、名誉挽回しろ!と神様の変わりに自分でつっこんだりしているんですが)そうやって、内省することが出来るようになったことです。昔は映画なんかで、教会のざんげ室にナンセンスを感じていたものですがトシをとるのも悪くありません。今やっとざんげ室のありがたみを感じまする・・・。土曜は 反省の中に演奏をしたのですが、その前日金曜日のこともついでに語ろう。金曜日は歌い聞かせの会でした。4月から3歳をこえた子達は幼稚園デビューしたりして、メンバーがかわったりしたので 私達スタッフも心機一転で望もう!と、内容をちょこっと変えました。以前に、自由の森大学のアンケートで、若年層は「一緒にうたいたかったのに、知らない歌が多くて歌えなかったので残念でした。」という感想がおおく、(やっぱり、歌い聞かせでは童謡唱歌を歌うべき!)と思いました。どうしても、テレビ世代なんで“おかあさんと一緒”なんかの曲をリクエストされちゃうけど、ウエイト占めるのは童謡にしたいところ。唄もさることながら、“礼に始まり礼に終わる”ことも取り入れて、正座でお辞儀、の練習も取り入れました。なかなか座礼をする機会もないでしょうから、ということと、まびが、最近正座もする、手をついての座礼も出来る、会釈もできるようになったので、1歳でも環境が整えばきちんと出来て 親としてはうれしいよ~。歌舞伎の世界は3歳デビューだから、もちろん可能だろうケド、やっぱ小さいこの正座でご挨拶はかわいくって、いいですよ!そんなこんなで、歌い聞かせはなかなか充実した時間をすごせてよかったんで 今年はちょっと歌い聞かせの宣伝もしたいな~。とりとめない日記を、宝塚のレビューを見ながら書いてみました。子供とコンサートのオペレッタの構想にもはいってます。同時進行多すぎて落ち着かん、ちゅうねん!でも、そんな生活なんだからスッキリ整理せな いい加減
2006年04月10日
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今日「地球村」の地球村通信の対談を読んでいたら、以前ともちゃんから教えていただいた「鏡の法則」の野口さんと地球村の高木さんの対談でした。ここで。地球村っちゃ、なんか。地球で生きていくうえで環境を破壊しながら生きていっては 地球が壊れてしまう。そうしないための実際の環境問題、またそれに対する実践を勉強したり、人として、自然体で生きていくワークショップがあったり、非対立の精神の中で 自然とひととの調和をどうやってたもっていくか実践する「グリーンコーシュマー」になることを主体とする団体です。もしかして 表現が違ったらごめんなさい。くわしくは 地球村のHPで!お願いします。対談の中で ちょっと印象に残った言葉をピックアップしますね。高木「この社会は モア・アンド・モア教だ。」 高木「オーケストラの指揮法」より 質問に対して答えない、逆に相手に考えてもらって答えを出してもらう。 そして、相手の出した答えをまず認めて受け止める。 相手の気付きの邪魔をしてはいけない。野口「鏡の法則でわたしがいちばんつたえたかったことは“すべてはつながっていますよ”ということです。」 「今回出した本では“幸せ成功力”という言葉をつかっていますが“幸せ”と“成功”は別のものではなく“幸せになることが成功だ”と思っています。この本で特にテーマにしているのは“ビリーブ”という、信じ込み、思い込み、心のブレーキです。」野口さんは10年前から地球村の会員だそうです。高木さんの言葉にもいろいろ「そうか!」と影響を受けて それまでのただ売り上げを伸ばすための、目標達成のためのメンタルマネジメントから脱却していったそうです。野口さんのほんの中の経営者の一例幸せな会社にしたい、仮定も平和にしたい、社員の声に耳を傾けよう、と思っているのに 反対意見を言われるとカッとなって相手を否定してしまう。そうではない、変わりたい、と思っているのになぜかその場になると、反対のスイッチがはいってしまってキツイことを言ってしまう。あとになって反省する。これは「常に正しくあらねばならない」「社員は社長をたてるべきである」といったビリーブがあるわけです。そういう信じ込みがあるばかりに、逆の行動を取ってしまう。その流れに気付くことが突破口になると考えています。興味のある方はネットワーク地球村 高木善之幸せ成功力コーチ 野口嘉則
2006年04月04日
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福岡に行ったり、ハウスを張ったりしていてちょっと忙しくしておりました。はじめて、大宰府にある国立博物館に行きました。民俗学に長け、なお声楽家でもある岩崎記代子先生の「童謡コンサート」に孝さんがちこっと出演するためです。まあ~童謡のコンサートだから1時間くらいかな?とか思って、コンサートが終わったら博物館を見学して・・・・楽しみだな~♪なんて考えは甘かった。始まって1時間もたたないうちにマビチン限界。しかし、いまだ孝さんの出番なし。「あじっぱ」というアジアンテイストの素敵な遊び場所に子供は全員避難する。(無料だし)ここは、アジアの民族衣装や、遊び、生活などの用具が一杯おいてあって、自由に遊べるゾーン。階段下のような狭いスペースに VTRが見れるゾーンがあったり、ヘッドホンでなにやら聞けるところがあったり、子供心がくすぐられる。最近、わたしと張り合って大きく成長した弟(子守に借り出された)は「真人がおいでおいで~って誘うんだけど、俺にとっちゃばつゲームだね」というスペースである。わたしも同じくひふみに「お母さん、来て来て来て。」と誘われた。「ちょっとい母さんには狭いんじゃない?」というと「でも、しんちゃん兄ちゃんも入れたから、お母さんでも大丈夫なんじゃない?」しんじ・わたし「・・・・・・」。コンサートが終わらないことには落ち着いて博物館のほうにもいけないので、「あじっぱ」で遊ぶことにする。チマチョゴリを来て写真を撮りたかったのに タイムアップで、残念。子供たちは、「宝探し」ゲームをする。何百点とかざってある各国の雑貨から衣装から 配られた「写真」とおなじものを探し出してくる、というゲーム。写真と実物って、やっぱイメージが違うんだよね。なかなか見つかんなくて、楽しいゲームでした。そういえば、赤嶺(姫)さんが、イタリアの美術館のダ・ヴィンチの絵の前で乱心した(興奮して、感動して どうやら意識もぶっとんで絵にかぶりつこうとしてしまったらしい。ラインを超えてね。まわりの人に止められたけど、「本物はすごい!」と申しておりました~)っていうし。本物や、オリジナルにはオーラがあるよね。まあ、そんなこんなで遊んでいて 肝心のコンサートは、というと4時終了。ちょっとまってん~!博物館5時までやし!見る暇ないやん!ということで、わたしたちは、博物館を見学せず、無料のとこだけ楽しんで大分に戻ってきたのでした。でも、今貧乏なんで ちょっと助かりました。でもね~なんか貧乏もいいな~って思うんですよ。支払い予定のもろもろのことを思い出すと心臓がバクバクなったりもするけど、無駄なもの買わないですむし、料理とかも無駄が出ないように、そして素材からいろいろ使いまわしの出来る献立考えてるし。(この日は畑の間引いたニンジンの葉っぱのてんぷら うどんの上にのっけて食べた)とられるモンもないから 泥棒の心配もせんですむし・・・・。第一、 なんかこまごまヤリクリするんも結構好きやし・・・。なんのかんのいっても、こうやってネットできるしな。(しかし、4月のプロバイダーへの支払いは危うい?)それと、やっぱお金ない~って言ってもそれは我が家の場合 働いてない証拠でもあるし。レッスンにしろ野菜にしろ 作ってなんぼ。してなんぼ。演奏にいたっては 日々の自分のレッスンを怠っておきながら「仕事がない~」は、違うやろ!のだめカンタービレの中で、のだめが、先生から「来週までに平均率の2巻を全曲やってきてね。」と、言われているシーンを見て 猛省しています、ワタクシ。そこまではできんにしても、せめて、毎日弾きまショー♪自分がやらなきゃ、状況はかわりませんもんね~。マコト・オゾネ(ジャズピアノ)もおっしゃっていた!「最近ですね~なにかあると(試練)なんだか、嬉しいんですよ。神様から、“答えを作りなさい”って言われてるみたいで。」わたしはこの一言に電撃を受けた。わたしも試練好きだけど、波乗りや、壁の打破のようなイメージでした。彼は「答えを探す」とか「与えられるのを待つ」とかじゃなくて、「作る」「自分で、それぞれの人がおのおの作る!」そう捉えている。すンばらしい!探すけん、迷う。待つから不安になって不満も出る。作ればいいのか、自分で。結局課題は「自分でする」。これ以外 ないようですね~ 人の道。
2006年04月03日
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