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アンパンマンを生み出したキャラクター作りの天才、やなせたかしを開花させたのが、手塚治虫と組んだ長編アニメ『千夜一夜物語』であることは、だいぶ世間に認知されてきた。その立役者となったのは、NHKの朝ドラ『あんぱん』だろう。ただし、この作品は史実とかけ離れたフィクションも多い。では、ドラマの主人公ではない、現実のやなせたかし自身は、この時の手塚治虫とのコラボレーションについてどう語っているのだろうか。その代表的なものを、ここでは2つ取り上げることにする。『朝日新聞』2011年1月31日朝刊「人生の贈り物」より 自分にはキャラクターを作る才能があるなんて、まったく思いもしませんでしたが、友人の手塚治虫に「ボクのところは大人向けのものはできないから」と『千夜一夜物語』のキャラクター作りを頼まれたのです。 ぼくは大人向けの短編漫画を描いていたのでアニメのことは何も知らなかったけれど、台本を読んだら「たぶんこんな顔だろう」と簡単に描けちゃったんです。(中略) そのころの僕は代表作もなく、自分の才能に絶望していたのです。ところが、キャラクターがすらすら描けたのでとても楽になりました。(引用終わり)『人生なんて夢だけど』(やなせたかし著)2005年初版発行 自分の才能にはほとんど絶望していて、仲間の誰と比較してもかないません。ところがキャラクターは割とスラスラと描ける。顔とか身体つきが浮かんでくる。そしてごくつまらない端役だと思っていたのが、うまくはまると動き出して重要な役になる。山賊の娘マーディアがそうでした。「面白い! やめられない!」とすっかりはまってしまい、虫プロに行くのが楽しみでしたね。(引用終わり。やなせも驚いたマーディア人気については、こちらのエントリーを参照)そして間近に見た手塚治虫の仕事ぶりについては…(『人生なんて夢だけど』から) 天才手塚治虫の才能には唖然茫然。机を並べて描いたときはあまりの凄さに声もなしで羨ましいなんて僭越なことは考えず、そばにいられるだけで心がときめきました。 愛らしくて魅力的で、絵を描くスピードは百万馬力! 誰も真似できません。 思いがけず『千夜一夜』のスタッフのひとりとして参加したために、稀代の天才手塚治虫の素顔に接することができたのは幸福でした。(引用終わり)その後、手塚治虫の提案により、やなせたかしは名作アニメ『やさしいライオン』を世に出す。これがやなせの「人生と画風を変える作品」となり、もっぱら(売れない)大人漫画を描いていたやなせが児童漫画家として才能を開花させ、それが今私たちがあちこちでさかんに目にする、あのまるっこい『アンパンマン』キャラクター誕生につながっていく。手塚治虫が『千夜一夜物語』でやなせたかしを誘わなければ、やなせは自身のキャラクター制作の才能に気づかなかったかもしれない。その意味で手塚治虫の功績は大きいが、Mizumizuはアンパンマンの「円」を基本にした顔のつくりそのものに、手塚イズムを感じるのだ。言うまでもなく、手塚漫画の基本は「まる」だ。フリーハンドでコンパスで描いた以上にきれいな円を描いたという逸話さえある手塚の天才ぶりについては、藤子不二雄A氏も驚嘆し、絶賛している。彼によれば、自分も藤子・F・不二雄も、そうした技術はついに身につかなかったという。しかし、一人だけ手塚に匹敵する綺麗な円をフリーハンドで描けた天才がいた。それは、石ノ森章太郎。やなせたかしも、テレビのトーク番組で、タクシーの中で執筆していた手塚治虫が、揺れる車内でもきれいな丸い線を描いているのを見て、「バケモノだと思った」と言っている。彼も手塚の「まる」に注目し、魅せられていたのが分かるエピソードだ。幼児向けキャラクターとして驚異的な売り上げを誇るアンパンマンも、そのちょっと上になった子供たちが夢中になるドラえもんも、顔は限りなく「まる」い。しかし、NHKのドラマ『あんぱん』でも繰り返し出てきたように、アンパンマンは最初は「太ったおっさん」の姿をしていた。今のようなマンガチックな「まる」いキャラクターになったのは、やなせが『千夜一夜物語』に参加した以後のことなのだ。手塚治虫に「並外れた天才」と言わしめた藤子・F・不二雄が、手塚の影響下にある漫画家であることは周知の事実だが、ずっと大人向け漫画を描いていた(それゆえ『千夜一夜』の美術監督に抜擢された)やなせたかし最大のヒットキャラクターが、やはり手塚イズムを色濃く映す「まる」い顔をしていること。アンパンマンの造形の変化を年代に沿って追ってみると、これは偶然ではないと思う。あまり指摘する人がいないので、言っておきたい。アンパンマンの顔と、そのパーツが限りなく「まる」くなったのは、やなせが手塚と仕事を一緒にしたからだ、と。
2025.09.21
現在You TUBEで期間限定で配信中の長編アニメ『千夜一夜物語』。朝ドラ『あんぱん』で採り上げられたとたん再生回数が1日10万単位で増加していっているところを見ると、まだまだテレビ――というかNHKのブランド番組の影響力は目を見張るものがある。『千夜一夜物語』は1969年封切というから、56年も前の作品だ。だが、今見ても十分面白い。コメント欄を見ると、そう思った視聴者も多いようだ。最初はやなせたかし設定のキャラクターたちに慣れなかったMizumizuだが、見ているうちに、その唯一無二の雰囲気に大いに魅せられる結果に。(やなせたかしのキャラクターに関してはこちらの記事を参照)オープニングのモノクロの洒脱な作画は今見ても十分にアバンギャルド。だが、ストーリーの最初のほうは、なんだか「オトコの夢、大衆向けエロ路線じゃん」という印象で、実は見るのをやめようかと思ったのだ。それでも奇想天外な展開につられてみているうちに、「いやいや、この作品、実はかなり重層的なテーマを含んでる。やっぱり、さすが手塚治虫」と感想が変わってきた。うわ、スゲー! とショックを受けたのは、バカバカしい「宝比べ」競争のあと、卑怯な手をつかって王様になり上がった主人公がやらかす「圧政」の描き方。「目上の人への挨拶は逆立ちにしましょう」「米と塩を10倍値上げして、ヨモギと唐辛子を10分の1に値下げしなさい」「(逆らう民は)逮捕しなさい。断固、弾圧します」そして元老院メンバーと王の命令を伝える腰巾着との会話「高い塔を作りなさいとのことです」(元老院)「なんの目的に使うんです」「税金を使うためです」(元老院のメンバーが口々に)「そんなバカな」「政治の素人はこれだから困るな」「税法を国民にどう説明すりゃいいんです」「そんな金がありゃ、我々役人の恩給を倍にしてもらいたい」ところが、王の腰巾着に、「反対する者は死刑だそうですぞ。反対意見は?」と強く言われると、メンバー全員「・・・・」と、口をつぐむ。そして、「では、明日から基礎工事を。逆立ち!」と命令され、素直に逆立ちをしていく若くない元老院メンバー。次の場面では、ブリューゲルの『バベルの塔』から着想を得たとおぼしき造形の、高い塔の建設が始まる。次に王が繰り出す命令は…「戦争を始めなさい!」その一言で、軍隊が侵攻を始める。これらが面白おかしく進行していくのだが、Mizumizuには非常に衝撃的だった。これは、まさしく今の腐敗した政治、世界情勢そのものではないか? 日本では今年、米の値段の異常な急騰で国民は窮地に追い込まれた。一方で、採算度外視のハコモノ行政は今も続いていて、それこそ「税金を使うため」ではないかと疑わせる。「戦争を始めなさい!」→そして侵攻。これを見てプーチンを連想する人は多いのではないかと思うが、Mizumizuには、欧米に煽られてドンバスで戦争を始めたウクライナも同じに見える。この痛烈な政治批判こそ、手塚治虫が「漫画で一番大事なもの」だと語った精神だ。エロ、ファンタジー、ギャグと言った娯楽要素をふんだんに入れながら、荒唐無稽に見える話の中に腐敗した権力に対する皮肉を入れてくる。これが手塚治虫だな、と思う。そして、元老院メンバーには声優としては素人の有名人を配したり(だから、この場面のセリフは妙に棒読みでおかしいのだ)、彩色を排したりと、重要な場面を面白く見せる工夫もちゃんとある。さらに、高い塔が崩れたとき、その破片の1つには「Made in Japan」の文字。1969年にはまだメイドインジャパンは世界ナンバーワンではなかったかもしれない。だが、その後、日本の製造業は世界トップにのぼりつめ、世界中に輸出され「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれることになるのだ…そして、バブル経済の崩壊、製造業の衰退が来る。この高い塔の建設から崩壊までは、『千夜一夜物語』以後の日本の隆盛と衰退を予言しているかのよう。そして、今の日本は? 手塚治虫がいた時代の輝きはまったくない。Mizumizuの目には、清朝末期と重なって見える。アメリカには逆立ちを強要されて唯々諾々と従い、中国には徐々に確実に侵食されてなすすべもない。『千夜一夜物語』には他にも視覚的に面白い部分も多々あり、シリアスな人生訓になるようなセリフもあるのだが、やはりMizumizuが「すげぇ」と感じたのは、一連のこの政治批判の部分だ。これが56年前の作品? いやはや…さて、あなたはこの傑作アニメをどう見るのか? 期間限定のYou TUBE配信をぜひ。
2025.09.08
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