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「虹蔵れて見えず」(にじかくれてみえず)今日の旧暦・七十二候です。空に陽気なくなり、虹も見かけなくなる頃。旧暦四月中頃の「虹始めて見る」(にじはじめてあらわる)と対を成すものなのですが、今日から四月までは虹は架からないのかというと、実際はそうでもないようなのですね。一月ごろ(新暦)のキンと澄んだ空に架かることもままあるようなのです。俳句をなさる方ならご存じのようで、”冬の虹”という季語もあるようです。七十二候では、冬至まで「冬になっていくのね...ぽつん。」といったマフラーやセーターで体を包みたくなる、寒そうな感じの語句がつらなるようです。あつあつのお鍋にシチュー、おでんや鍋焼きうどん。バターのかけらを落としてココア。ホットミルクもおいしい。少し変わったところで、ホットカルピス。時々は甘酒なんかも(すこし苦手)いいかしら。....エトセトラ虹が架かるまで楽しみましょうか。
November 22, 2005
「金盞香」(きんせんかさく、又は、きんせんこうばし)今日の旧暦・七十二候です。金盞は水仙の異名。”こうばし”というのは、花が開くとよい香りがしますね。水仙の花咲く様子をあらわしています。金盞銀台という、銀の台の上に金の杯が置かれているさまがこれもまた、水仙の花が咲く感じをあらわしているという中国の言葉もあります。中国の工芸茶(お湯の中で花開いたようになるお茶)にも金盞銀台と名のつくお茶があるとか...。(きっときれいなのでしょうね~。)春から夏に咲く「キンセンカ」は「金盞菊」といいやはり花の咲く姿が金杯のよう、というので付けられたようです。冬の気配がさらに強くなり、水仙の花も咲き出す時節ということなのですがわたしの感覚には、どうもピンときません。寒い冬を耐え越えて、雪どけの頃に咲く花。そこに健気さを見る花、といったおもむきだったのですが...。南のほうでは、もう咲いているのでしょうか。なんとなく、しっくりこない今日の七十二候です(笑)(勉強不足なのかしら...。)
November 17, 2005
今日は、紀宮さまの結婚式でしたね。テレビでは、久しぶりの慶事に、祝賀のご様子を追って報道していました。また、街のそこここに、ひかえめながらもお祝いの垂れ幕などが掲げられ、胸ふさぐ事件の多い中、よいニュースと思いました。吉野 弘さんという方がお書きになった「祝婚歌」という詩があります。 二人が睦まじくいるためには 愚かでいるほうがいい 立派すぎないほうがいい ・ ・ 完璧なんて不自然なことだと うそぶいているほうがいい ・ ・ 立派でありたいとか 正しくありたいとかいう 無理な緊張には 色目を使わず ゆったり ゆたかに 光を浴びているほうがいい ・ ・ (童話屋刊・「二人がむつまじくいるためには」) ※詩篇は短いものなので、すべてを引用しませんでした。この詩に(この詩集に)出逢ったのは、一年くらい前のことです。いっぺんに好きになってしまい、結婚する方がいたら、贈る言葉にしようと思っていました。今日のメモワールとして、記しておこうと思います。「黒田慶樹さん、清子さん、ご結婚おめでとうございます。」
November 15, 2005
招待券をいただいたので、東京都美術館で開催中の「プーシキン美術館展」に行ってきました。マティスの「金魚」があざやかな招待券です。きっと、パンフレットや電車の中吊り広告などで目にした方も多いのではと思います。絵の鑑賞が趣味というわけではありませんが、写真や本などの印刷では、感じ取れない絵のもつ雰囲気、色を見るのは楽しいことと、天井の高さからくるのでしょうか、美術館のもつ静謐な静けさが好きで、いそいそと出かけました。大混雑、でした。(溜息)それでも、これは見ておきたいなと思うものはむりむり前に出て、見てきました。(強引)モネやゴッホ、ピカソにゴーギャン、ルノワールとどれもこれも有名どころばかりでした。わたしが、これら”海外の油絵”を見て思うことはどのようなモチーフであっても、色使いが”明るい”ということです。絵を描く人は、たぶん知らず知らずに、民族性が反映された好む色、を選んでいるように思われてならないのです。先日、益子の陶器市に行ってきました。沢山のお店が並ぶ中、海外の作家さんのお店もちらほらとありました。益子焼きですから、民芸調で、すこし無骨な感じが持ち味です。ですが、海外の作家さんは、益子焼きでありながら、どことなく”テーブルウエア”という言葉が似合う。それが、不思議な持ち味となっていて面白いなと思ったのです。その時に使われていた水色が、日本の陶器には見られない水色だと感じました。その水色がありました。今日の絵画の中に。カラリとした水色。わたしは、絵も陶器も、なにかを語るなんて、知識もなにもない、素人。でも、なんとなくわかる気がするのです。絵を描くとき。陶器を造るとき。あの”明るい水色”を、日本のわたしは選ばないのだろう、と。きっと選べないのですね。交通網、電信機器の発達で、せまくなったと感じる世界。一幅の絵、陶器ひとつに、真似のできない民族性を感じ、尊重するとき。やっぱり、まだまだ世界は広いのだと、うれしくなります。
November 13, 2005
「地始めて凍る」(ちはじめてこおる)今日の旧暦・七十二候です。陽気も消え失せ、大地も凍りはじめる。五日前のさざんかといい、立冬を過ぎてから、景色は、兆しのように思える冬の支度を始めたようです。ここで言う”凍る”には、「水以外のものが」という但し書きがつくようです。水が凍り始めたら、本格的な冬...ということなのでしょう。さて、今日はうれしいお土産がありました。主人が関西方面にいくことがありましたので、頼んでいたのです。躑躅色の包装紙に包まれた、赤福。お伊勢参りのお土産として有名です。沢山の新種のお土産がある中、なぜ赤福?特にめずらしくもないのでは...といわれそうですが、わたしのお目当ては、その中に入っている”伊勢だより””伊勢だより”は、京都の版画家、故・徳力富吉郎が、実際に伊勢めぐりをしながら20年費やして完成させた400種ほどの木版画。裏には店主の文章が添えられています。文章の終わりには、その日の日付が記載されて、もし仮に、毎日買っても、一年間は違う栞がついてくる...。そしてそれは、製造年月日ともなり、赤福の新鮮さをも、あらわしています。付属のヘラで、こそげ取るようにお皿に分け、頬ばりながら、栞を観る。読む。八個入りのあんころ餅がくれた福々しい今日の一日です。
November 12, 2005
「山茶始めて開く」(つばきはじめてひらく)今日の旧暦・七十二候です。山茶は”つばき”と読みますが、さざんかのこと。山茶は、つばきの漢名です。♪さざんか、さざんか、咲いた道 たき火だ、たき火だ、落ち葉焚き... (童謡:「たき火」第二節)わたしが子供の頃は、お寺や畑、大きな農家の庭など、たき火をしている晩秋、初冬の風景がありました。農家のお友達の家に行くと、そのお家のお爺さんが、たき火でお芋を焼いてくれて、みんなで食べた思い出もあります。いまは本当に見られなくなりました。少なくとも町中では...。いま、たき火をしようもなのなら、「ダイオキシンの発生が...云々」と、お役所の人が飛んでくる。たなびく煙のゆくえ、火事の危険性から、近隣から苦情がくる。と、街のあり方、生活のあり方に、それは許されない状況になっています。今日、いつも通る道、マンションの植え込みにさざんかが一輪、咲いていました。楽しくて、おいしくて...身も心もあたたまった、たき火の思い出。白いさざんかが、思い出させてくれました。
November 7, 2005
いつも訪問してくださっている皆さん、ごめんなさい。風邪をひいたようなのですが、なかなか抜けきらず更新がままなりません。パソコンの画面がちょっとつらい感じです。もうすこしお休みしたいと思います。
November 1, 2005
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