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ロッテが優勝しましたね。31年ぶりとのこと。野球のことを、そんなに詳しくないわたしでも、いままでずっとがんばってきて、花開いたという感じが見てとれます。主人が大喜びです。ロッテ優勝のニュースや掲示板を見て、パソコンを占領。ようやく、わたしに解放となりました。今日のメモワールとして、記しておこうと思います。千葉ロッテマリーンズ、優勝おめでとう!!
October 26, 2005
日本では、台所やトイレなどの水場にも神様がいると考えますね。信仰という特別なことではなく、お正月には、小さな鏡餅やしめ縄を飾って、お世話になった一年の感謝をあらわす。そういった家庭が多いようにおもいます。煮立ったお湯をそのまま、流しに流すと病気になる。トイレ掃除を毎日すると安産になる...などなど。台所器具の傷みを防ぐ、出産に備えて足腰を鍛える、と、ちゃんと実生活に則した理由がありますが、神様が戒めているということで、言うほうもいいやすく、守るほうも守りやすいというよい方便になっています。ご親戚が神主さん、という友達がいます。その友達も、特別に信仰があるというわけではないのですが、伯父さんが言っていましたと、話してくれたことがあります。「皆、台所やトイレには神様がいるから、 きれいに掃除をしておかなくてはと、いうけれど、 そうではないのね。 掃除をして、きれいになったところに、神様はいらっしゃるの。 神様が先ではなくて、掃除が先。 汚くしていると、いなくなってしまうらしいのよ。」トイレのカバー類が、だいぶくたびれていたのできれいに掃除をして、用意していた新しいものと取り替えました。清々しくなった空間を見ながら、その話を思い出していました。帰ってきた主人が、「申し訳ない気がする」と言っていました(笑)神様がいらしてくれたようです...。
October 24, 2005
「霜始めて降る」(しもはじめてふる)今日の旧暦・七十二候です。今日は二十四節気でも霜降です。字をみるがごとく、両方ともに同じ意味で、陰気深くなり、露は雪と化して草木の葉は黄変する...。秋深くなり、早朝には時に霜がおり、冬の到来が感じられてきます。自転車を買いました。二年前、自転車に乗り交通事故に遭ってから、(軽い膝の打撲ですんだのですが)乗るのが怖いという気持ちはなかったと、思うのですが、なんとなく遠ざけているといった感じで二年が過ぎていました。自転車に乗っていかなくてはならない距離に行ってみたいお店ができたことや、始めてみたいなと思っていることに、自転車が必要になってきたことが重なって、買うことに決めたのです。高級自転車を買うわけでもないのに、「フレームの形が...」などとあれこれ迷います。いちばん迷ったのが、色です。赤や紺が候補に上がり、今まで乗った色のことも考えましたが、家を出るときから、なんとなく決めていた白にしました。久しぶりに乗る、真新しい白い自転車と、天高く、青い空。映画のように、自転車に乗ってどこまでも渡っていけるよう。あとは、わたしの体力と自転車で行ける範囲に、紅葉の赤があったら、もう言うことないのですが...。なかなか、すべてはそろわないものですね(溜息)ともあれ、明日からの外出が楽しくなりそうです。
October 23, 2005
昨日買ってあった、「リンカラン」の11月号。今日の楽しみと、わくわくしながらページをめくりました。先日の「クウネル」もそうですが、”眺めつつ感じ取るように” 読んでいくのが楽しい雑誌だと思います。特集は、民芸についてでした。木にきつく巻き付き、その木を枯らしてしまう、ヤマブドウの蔓を取り除きそれを編み組細工で、籠に生まれ変わらせる。捨ててしまうような、とうもろこしの皮を、編んで作る、象牙色のスリッパ。戦争で未亡人となった女性達に、生きる糧と希望を与えようと生まれた毛織物.....などなど。長い年月をへて、工夫、改良を重ね、芸術の域にまで達するものばかりとなっている、民芸の多くは、生活に必要といったところから、始まっています。そこに暮らす人々の手から生まれる、とりどりの「用の美」は素朴でありながら、静謐な雰囲気さえ感じさせてくれます。リサイクルなんて言葉のない時代から、静かな声で教えてくれるリサイクルの精神です。
October 22, 2005
以前から、良い壁紙がないかしらと探しては試し、探しては試し、をしていました。「和な暮らし」というsioさんが運営するサイトに気に入ったものがあったので、張り替えてみました。タイトル部分との雰囲気を壊さず、うまくとけ込んでいるように思い気に入っています。この三日間、主人の出張があり、実家に帰っていました。父は、渡りに船とばかりでパソコン講習開始です。一日中画面に向かっているのに、夜は遅くまでテレビを見ている始末。(苦笑)なんでそんなに疲れないの、と思うくらいです。そんな訳で、今日は早めに休もうと思います。(弱音)
October 21, 2005
「頭が硬いですね。」美容院での、頭皮マッサージの時のことです。カタイ? 考え方が柔軟ではないということ??などと考えていると、「ほら、頭蓋骨と頭皮がくっついて、あまり動きませんよ。」さらに、肩のマッサージの時も凝っているといわれました。肩こりは最近あまりないと思っていたので、話したら、「そうですね...肩すじというよりリンパの流れが悪いという感じですかね~」頭が凝っている、リンパの流れが悪いなんて、初めて言われたのでビックリしてしまいました。リンパの流れが悪いと、髪の艶やこしにも影響するとのこと。平安の昔、絵巻物にみるように、長い長い髪を大切にしてきた女性の姿があります。女性の髪には霊性があるなどとも言われました。(すこし怖いですが)髪を切るときは、出家し尼僧となる。それ以外は、年を重ね、老婆となろうともあまり切ることなく、髪を大切に長くしていたようです。ある日突然、髪を切りました、なんていえば、失恋?それとも、何かあった?と、今でも冗談で返す言葉があるくらいです。髪は女のいのち、と言う言葉。普段はあまり意識しませんが、(頭が硬い、なんて言われると(笑))大切にしていきたい言葉です。
October 19, 2005
「蟋蟀戸にあり」(こおろぎとにあり)今日の旧暦・七十二候です。その昔、蟋蟀はキリギリスのことでした。万葉集などの歌集にもよく詠まれ、また、蒔絵や螺鈿の意匠として使われることもありました。秋の虫をあらわす総称として、蟋蟀は愛されていたようです。さて、蟋蟀というと思い出すお話をひとつ...。小さい頃のわたしは、蝉を採ったり、蝶々の鱗粉も平気、それどころか、箱いっぱいに蝉の殻を集めていて見つけた母が、青ざめ怒るといった(あたりまえですよねぇ...)まさに”虫愛ずる姫君”でした。ある秋の日、近くのお寺でこおろぎを見つけたわたしは、かわいいとでも思ったのでしょう。家に持ち帰り、小さなプラスチックの虫かごに、土と大きめの石をいれ、胡瓜の餌をいれると、満足して蓋を閉めました。夜になり、寝る頃になりました。何を思ったのか、虫かごを枕元に持ってきてご丁寧にもバスタオルをかけたのです。寒かったらいけないと、夜になると猫のハウスに毛布をかける祖母をまねたのです。小さかったわたしは、両親と同じ部屋に寝ていました。リリリリ、リリリリ....リリリリ、リリ...。真夜中、人の気配が消えたころ、枕元でこおろぎが鳴き始めました。遠くで聞けば心地よい虫の音も、枕元なら騒音です。翌日、怒りで青くなった母に「捨ててきなさい!!」と言われたのは、言うまでもありません。大人になると、子供がするように愛ずることは、苦手になります。和歌や俳句、絵や写真など、様々な方法を覚えそれを通じて、愛ずる気持ちをあらわしていきます。いま思い起こしても、蝉の殻やこおろぎが、なんでそんなによかったのか、解りませんが身近な命が造る不思議さ、美しさに魅せられたその気持ちは、子供のころから変わりなく、今こうして、移る季節を綴ることで、昇華しているのかもしれません。
October 18, 2005
今年は秋になってから、雨の日が多いですねぇ。朝から、しとしと、うすら寒い月曜の朝に、少し気分も滅入りがちです。先週仕入れておいた、出始めの青いゆずを使っておろしゆずを作ることにしました。青ゆず(10個)の皮のみを、陶器のおろし器で、おろします。ごりごり...ごりごり...結構、力がいります。一個、二個と、おろすうちに、やがてボウルの中に、若緑、萌黄のふんわりとした、ゆずの香り山ができました。おろし終わったら、今度は青とうがらしを10本。内の種をとり、細かく細かくみじんに。今度は深緑の、辛い山。おろした同士を合わせて、和えて、小さなビンに詰め込みます。秋だというのに、小瓶の中は若葉織りなす春のよう。気分もすっかり、晴れてきました。このおろしゆず、焼き魚や煮物にふりかけていただきます。秋には少ない緑色、そして香りと辛みの組み合わせが、秋の味覚を一層ひきたててくれます。※ ところで、このおろしゆず、 作り方には、青とうがらしも陶器のおろし器でおろすとなっているのですが、 わたしは、どうしてもうまくおろせません。 それで、包丁を使ってしまうのですが、ほんとうは金気を使わない方が いいのだと思うのです。(金気は早く悪くなるように思います) どなたかうまくおろす方法をご存じでしたら、教えてくださいませ。
October 17, 2005
土曜、日曜と、父のパソコン講習の先生をしていました。一時期パソコンにトライしてみたものの、投げ出した父は、再挑戦と一念発起。パソコンも新しくあつらえ(というよりも古すぎて使いものには...笑)「短期間で覚えるのだ」と鼻息も荒く、一生懸命です。先生も、朝早くから呼び出されました。ふぅ。教えていると、父とわたしは似ているのね...と改めて実感します。新しいことを覚えていく時の方法や、何を寄り所にしようとしているのか、どのような場面を不安に思うのかなど、自分を見ているようです。「短期間で覚えるのだ」に見られるように、ある意味、力わざで世を渡ってきた父。教えていても、どちらが先生か分からなくなるときがありますが、新しいことを始めようとする人は、赤ちゃんが一所懸命、立とう、歩こうとしているような、かわいらしさと健気さがあって、応援しないわけには、いられません。さあ、わたしも何を始めましょうか...。
October 16, 2005
ブックカバーについてのコメントに、お返事を書きながら、すてきなブックカバーを、かけてくれる書店は少ないな~と思いかえしていたところ、今日の朝日新聞・朝刊に、”進化中です、ブックカバー”という見出しが、目に飛び込んできました。早速、読んでみました。ブラジャケ(ブランドジャケットの略)という、企業とタイアップしたブックカバーが好評で書店の集客力向上や、来店動悸のひとつになっていることなど、(首都圏と関西の一部の書店においてあるそうです。)本を売る戦略のひとつとして、ブックカバーが注目されているのですね。確かにわたしも、ブックカバーが素敵だったりすると得したような気分になりますし、その書店の本に対する、強い心意気のようなものを、感じる気がして、またそこに行こうと思ってしまいます。読み進むうちに、出版社のHPなどでも、サービスとしてブックカバーのダウンロードプレゼントがあるとの記事にうきうきしながら、紹介されていた福音館書店のHPに行きました。福音館書店は子供の本で有名な出版社。かわいらしい、ブックカバーが手に入りました。印刷して、文庫にかけてみます。「.....明日、喫茶店にいこうかな~。」家で読めばいい本を、外で読みたくなりました。ブックカバー見ている人なんて、きっと誰もいないんですけど...ね。本を読み終われば、捨てられてしまうブックカバー。(捨てない人もいるのかな?)環境問題から、その是非を問う話もありますが、それは、またの機会に...。
October 14, 2005
「婦人の友」11月号を買いました。「婦人の友? 主婦の友ではなくて...?」と店員さんに聞かれてしまう時もあるこの雑誌ですが、創刊からじつに100年を越える息の長い雑誌です。わたし自身も、読み始めたのはここ2,3年。最近、スローライフ系の雑誌が流行っていますが、これは究極のスローライフ雑誌なのではと、思います。100年ということは、明治に創刊されたものなのですが今読んでも古いとは思えず、逆に新しく感じるように思います。(硬派な感じ、ではありますが...(笑))紹介されるお料理や家事のヒントも実用的で参考になること、しきりです。先日の”葡萄のアーモンドケーキ”も、実はこの雑誌に紹介されていたものでした。ここに登場する主婦の皆さんは、鏡といわれるくらいの方達ばかり。到底及ばない生活を、おくるわたしですが、毎月1回、気持ちを新たに毎日の生活を大切にしようとはげましてくれる雑誌です。
October 13, 2005
「菊の花開く」(きくのはなひらく)今日の旧暦・七十二候です。お正月から始まった五節句の、最後を飾るのは重陽の節句です。旧暦では一昨日になります。陽数(奇数)の最大が二つ重なるということで、菊酒を酌み交わし、栗ご飯をいただくことで、不老長寿を願う行事です。また「着せ綿」という、夜、菊の花に綿をかぶせ、その綿に染み込んだ夜露で顔をなでると、美貌をたもてるといった風習もあったそうです。良き伴侶に恵まれますように...(桃の節句)世に秀でる人となりますように...(端午の節句)など、五節句のひとつひとつに、昔の人は願ったものですが、ひとつひとつの行事は違っても、すべては”心身の健康を願う”という、我が子や家族への祈りの気持ちだったのではと思います。吉数と呼ばれる陽数が重なる月日に、お祝いするその心は世界の様々な風習がもたらされるようになった現代でも変わることはありません。健康でなくては、何事もかなうことはありませんものね。今流に言えば、”健康なくして、成長なし”...?(汗)
October 12, 2005
「筋トレ」という、わたしがよく行くHPがあります。「筋トレ」というと、身体を鍛えているのね、と言われそうですが(実際に、そういった人が検索でよく来られるようです...(笑))HPの冒頭に”星占い系テキストコンテンツサイト”と、うたわれているとおり、占星術のHPなのです。運営者の石井ゆかりさんの軽妙な言いまわしと、時に哲学を思わせる占いに引き込まれて、いつも楽しませていただいています。石井ゆかりさんのブログに「すなお」という気になる記事があったので、今日のブログに書こうと思います。どこかで読んだ話しなのですが、素直と言う字、素と直で、できています。素は、主と糸。”主(神)の糸が直に(じかに、ちょくに)、自分に降りてくる”と、考えるのだそうです。人を押しのけてまでもという自我の誇示や、人をおとしめて浮かび上がろうとする、その気持ちを越えて、人や自然の中で、生かされている自分を感じたとき、その糸は降りてくるのだそうです。そして、神の気持ちが直に伝わり、その人は自身の”働き”をするようになるというのです。ここでいう神とは、”自然や宇宙への畏敬の念”と、とらえていいと思います。偉業を成し遂げる人や、名を残す芸術家はきっと、この糸が降りてきている人達なのではと、思います。それは普通の人であっても、心地よく生きている人というのは、やはり、糸が降りてきているのではないでしょうか...。言い古された言葉かもしれませんが、”無心”とか”無我”というものなのかもしれません。そういえば、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」。あれも、そんなお話でしたっけ...。
October 11, 2005
今日で京都の「丸善」が閉店しました。梶井基次郎さんの「檸檬」で有名な本屋さんです。(関連記事)わたしも、何度か足を運んだことがありました。丸善は、丸の内に新しく本店ができたことで今年の四月、日本橋本店も、書籍部門と洋品部門に分かれ、本の扱いは、店舗も小さく、場所は移動しています。それに続いての京都店の閉店でした。日本橋本店も、京都店も「舶来」という言葉が似合う本屋さんでした。「檸檬」が執筆されたころの丸善は知りませんが、人々の心に強く、舶来の匂いをいだかせる、憧れの本屋さんであったろうことは、想像に難くありません。舶来という言葉、今はあまり使われなくなりました。諸行無常、とはいいますが、”舶来品” が ”海外製品” に変わってしまうような、時代の変化は寂しく思います。丸善・京都店、移転してまた開業予定とのこと。舶来品の面影を、残して欲しいとねがいます。
October 10, 2005
「鴻雁来たる」(こうがんきたる)今日の旧暦・七十二候です。北の国から雁が飛来し始めることを表したようです。旧暦・9月の今は、秋の最後の月。旧暦・10月になると、もう冬となります。鴻雁は、手紙・書簡の意味で、雁の足に手紙をつけて送ったという故事が元になっているようです。雁書(がんしょ)、雁使(がんし)など、由来する類語が多数あります。こよみでは、前もって「そろそろ冬がきますよ」と教えてくれているのですね。そういえば、そろそろ暖房器具の準備をしようかなと思わせる今日の日です。
October 8, 2005
今週になって、自分の楽しみ以外にも、パソコンに向かうことが多かったせいか、「パソコンは、少しお休みしようよ」と、目はしょぼしょぼと、頭は少し重たくなって、わたしに、話しかけてきているようです。椅子にすわり、キーボードとマウスを使う。ボタンを押す、指だけが動く。チカチカしないように見えて、実は、常に目に刺激を与え続けるコンソール。パソコンの時間に比べて、五感や四肢を使うことが少なかったかなと、反省。何事も、過ぎたるは及ばざるがごとしですが、パソコンの使いすぎは、特に、生きものの勢いのようなものを、弱らせるような気がしています。
October 6, 2005
朝。部屋の明かりをつけなくてはならないような曇り空。今日はアーモンドケーキを焼こうと前々から決めていました。たまご色の生地を型に流し込んで、葡萄をひとつひとつ、埋め込んでいきます。オーブンに入れて、こんがり焼き上がったらラム酒で溶いたジャムをひと塗り。つやつやと光る葡萄は、黒紫のルビーのよう。秋の実りで作る焼き菓子は作る人も食べる人も、その豊かさへと導いていきます。天地の気が詰まったものの、成せるわざなのでしょう。曇り空の一日。上手に過ごせたかなと振り返ります。
October 4, 2005
「水はじめて涸る」(みずはじめてかれる)「水田の水を抜く」(すいでんのみずをぬく)今日の旧暦・七十二候です。七十二候も日によっては、幾つか言い回しがあるようです。涸れるというのは、水田の水が、ということなのですね。今日から旧暦では九月。秋の最後の月。---------------------------------------------------------友達に遭いました。10年ぶりの再会でした。お互い近所に住んでいるのに、もうずっと10年近くも会わないままでした。会わないのは、気まずい思いをしたとか、嫌いになったからといったことではなく、なんとなく疎遠になったといった感じでした。それでも、店先で会うことがあってもよさそうなくらいなのにいままで会うことがありませんでした。彼女と疎遠になったころのわたしは、今振り返ってもぎしぎしと、とげとげしい気持ちの持ち主でした。競争心の強い、なにか正体不明なものに焦っているようないやな心持ちで毎日を過ごしていたように思います。それから、らせんを書くように時は流れ、今日、彼女に遭いました。まるで遭遇するように...。相変わらずの笑顔と、彼女らしい自然な感じの佇まいに「ああ、わたしもまた、彼女と会えるようになったのだ」と思いうれしくなりました。そんなこと、よくある偶然...何を思うことでもない、とお思いでしょうか。あなたの周りにいる人は、あなたの心を写す...。10年前は、わからなかったことです。九月は長月。夜長月。秋の夜長の物語は、新月が用意してくれました。
October 3, 2005
「もくれん天使のスローライフ」から「もくれん草紙」へと、リニューアルしましたが、一連に”もくれん”という言葉を使っています。白木蓮の咲いている様子に、たくさんの白い小鳥が、ふわっと飛び立つような気持ちにさせられます。白い小鳥は、白い鳩にも似て、平和や幸福を思い起こさせます。 木蓮の枝はいくら重なつても、 枝と枝との間がほがらにかにすいている。 木蓮は樹下に立つ人の眼を乱す程の細い枝を徒らには張らぬ、 花さえ明らかである。 この遙かなる下から見上げても、 一輪の花ははっきりと、一輪の花に見える。 花の色は勿論純白ではない。徒らに白いのは寒過ぎる。 極度の白さをわざと避けて、あたたかみのある淡黄に、 奥床しくも自らを卑下している。 夏目漱石「草枕」この一文にもあるように、白木蓮の白は純白ではないのです。様々な、泣き笑いの中にある幸福。そんな日常を絵草紙のように、表すことができたら...。わたしが、木蓮を好きな理由です。
October 2, 2005
カレンダーは10月になりましたが、旧暦では、3日から新しい月となります。(旧暦では9月になる)旧暦は月の動きをもとにしていますので、新月の日が決まってついたち、になるのです。しかも、今度の新月は日食も兼ねています。肉眼で見ることができるのは、ヨーロッパとアフリカの一部の地域のみらしいのですが...。占星術では、てんびん座の新月。他者や契約、結婚、裁判などを司るといわれています。新月の日に、それに関係した願いごとをすると叶うといいます。わたしが、てんびん座と聞いて思い浮かぶのは協力、ということ。その言葉を鍵に、お願いしてみようと思います。旧暦と占星術、違うものと思いますが、東洋、西洋の違いはあっても、月のうごきは世界共通。旧暦の春分の日は、占星術・おひつじ座の始まりと一緒。占星術の各星座の始まりは、二十四節気(2回分)と同じなのです。月のうごきに、何かを感じる...。東洋も西洋も、それはみな同じなのですね。
October 1, 2005
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