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長男1号が部屋の真ん中に転がっておりました。私。「とどが真ん中で寝てんじゃねえよ」後ろから3号。「とどに失礼だろ」
2010.03.27
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この春から、年子で双子、3人とも大学生です。子育てもほぼゴールでしょう。卒業までとりあえず金を出すだけ(笑)さっきまで、今日の掃除当番を賭けて麻雀をしておりました。ま、もし自分が負けたらオヤジ拒否権を振りかざして、逃げようと思ってたけどさ(笑)…ひでえオヤジだ。それとか「子どもが父親に逆らうとはいい度胸だ」とか。まあ、早い話が理不尽に強権を発動してるだけなんですが。ガキが甘えてんじゃねえよ、ってえことです。理不尽に耐える事も覚えておかなくちゃね。最近「それは、子どもに対する父親の態度じゃないと思うぞ」って言われるようになってきたんですけど(爆)さて。私は、暴力オヤジでした。体罰バリバリ。話してわからないうちは、身体に覚えさせるパターンです(笑)2歳になるかならないかの頃から、ビンタでした。三つ子の魂百までも、っていうでしょ。あれはホントだと思います。オヤジは怖い、って今でも思ってるはず。3歳で間違えた事を覚えて、それを無理やりにでも矯正しなければ、その外れ具合は成長するに従って大きくなります。「あ、まだ小さいからしょうがないねー」って事はしませんでした。小さい時にダメと覚えた事は、大きくなってもダメなもんはダメですもん。さて。前説が長いなあ(笑)今日のタイトル。まだ1号が幼稚園くらいの頃だったかなあ。お風呂の中で話した事なんですが。男の子は、戦隊ヒーローとか大好きです。要は、暴力で相手をつぶすという描写が大好きです。でもって、それがかっこいい。「ケンカが強い、と言う事は、それはいいことだと思う。弱いよりは強い方がいい。でも、弱い相手とだけケンカをしてたら、自分が強いんじゃなくて相手が弱いだけだってことになるだろ。それに、幼稚園でケンカが強くたって、大人には勝てないだろ。どんなにケンカ強くたって、銃で撃たれたら勝てないだろ。銃を持ってたって、爆弾を落とされたらどうしようもないだろ」暴力っていうのは、もっと強い暴力がいっぱいあります。最終的に核兵器というやつがありますから、どれだけ個人が強くてもどうしようもないところがある。理論的には、勝者は残らないんです。次の敗者の候補者ができるだけなんですよ。歴史の転換というのは基本的にそうですよね。王になったものは、次の「王になろうとするもの」の標的になるのですから。「だけど、やさしい心っていうのは、子どもだって大人に勝てるんだよ。顔を洗ってる人のところにタオルを持っていってあげる、とかっておまえでもできるだろ。人に親切にしてあげる、やさしさの強さは、大人がぜったいに強いわけじゃないんだよ。だからやさしい心っていうのは、おまえでも最強になれるんだ」まあ、幼稚園にあがるかどうかの頃ですから、その先はもちろん教えておりません。基本的に、思いやる心とか誰かの手助けになる力、というのは自分のキャパの問題です。「どうしてそこまでしなくちゃいけない」って考えたら、それはそこで終わってしまうのです。かなり前にも書きましたけれど、人を信じるというのは、自分の「他人を判断する目」を信じるという事なのです。他人を判断する目が未熟であれば、信じた人を見誤ることだってあります。そうなるとこれは、相手じゃなくて、自分の問題ですよね。他人の「自分に対する攻撃」を鈍らせる方法は二つです。相手に対して「攻撃を加えた時の反撃」を想像させる事。「もしこの人がいなくなってしまったら」と思わせる事。国家間の場合は前者ですけど、人対人の場合は、後者でかなり抑えられます。これはね、もっと言えば「あいつに攻撃を加えた時に、周囲からも反撃があるかも」と思わせる事ができるのです。人望、というやつですね。私の仕事で言えばね、自分の成果を主張するより部下の成果を主張した方がいいんです。部下を育てたキャパと、部下からのよいイメージ。自分一人の力以外のものも手に入るでしょ。ただ、片方だけではうまくいきません。両方必要です。人は、かなり流されやすい。モチベーションが高いときと、下がっているときとでは選ぶ行動もちがいます。私は私の子どもが、モチベーションが下がった時に「どうして俺だけが」と思うのではなくて「たとえ俺だけでも」と思うように仕込んできたつもりです。「どうして俺だけが」という気持ちに流されたら、その「そうして俺だけが」と思わせた状況に自分を合わせてしまう事になってしまう。自分のレベルをそこに合わせてしまう。未来や夢に向かうのではなく、その場所に立ち止まろうとしてしまう。一人でできることには限界がある。他人への思いやりを持たない、と言う事は、自分以外の誰かの力を信用できないかもしれません。そんな、もったいない(笑)言っちゃ悪いけど、利用できそうなものは、利用できるようにしておきましょう、って事ですけど(笑)
2010.03.22
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会社勤めの私には、当然上司がいます。自分の部署では私がボスですけどね。経営者ではない以上、当たり前ですけど私にもボスがいます。実は、ボスがしっかりしてると仕事が楽なんですよ。楽っていうと変だな。「きつくても虚しさがない」って言う方がいいかな。ガシガシ仕事はとんできても、ゴールが示されててそこへ向かってるってのがはっきりわかれば、かなりがんばれるものです。あなたのまわりにいませんか?「ゴールはあそこだ」といいながら、そこまでの道のりに霧がかかってるとか、全然違う方向へ動き出させておいて、それに気がついてないとか。私も中間管理職ですから、上下の板挟みになる事もあるわけです。で、上を見るか下を守るかってな場合。もちろん、部下を守ります。イメージ的には「辺境遊撃中隊第三守備小隊」の隊長(笑)な私です。部下思いの上司とかそんな問題ではありません。後方司令部のご機嫌をどれだけ取ったって、前線の現場で部下にそっぽ向かれた日には、全滅への道をまっしぐらです。勘違いしちゃいけないのは、基本的な司令部の方針や命令、指示には従いますし、部下にも実施の命令を出します。自分の部隊を全滅させちゃいけませんが、自分の部隊を優先するあまり、大隊や師団に亀裂をいれるわけにはいきません。たとえば「あそこの部隊では許されている」なんて事が、他の部隊に伝わった時に、動揺を起こさせるような事はさせないとか。「しょうがないから認めてる」って言うのがあれば、どこかのタイミングで切らなければなりません。慣例とかもそうですけれど。必ず禍根を残します。不公平感が残ります。理由がはっきりしてればいいですけどね。産休で時短、みたいなのは納得できますし。さて。私の直属のボスが変わることになったのですが、その新ボスと私と同じ隊長クラス何人かとで雑談をする機会がありました。なんていうんでしょうか。親会社から出向で来られたボスなので、ほぼ全員初顔合わせです。こう言う時って、顔色とかいろんな事から探りあいですよね(笑)「どこまでものを言っていいんだ?」とか(爆)「50代のパートさんの手を時々握って『あなたのおかげでここの仕事はうまく行ってるよ』って時々言うだけで、ほんとに業績はあがるんだよ」おいおい(;一_一)「個人的には20代の手を握ってるのがすきなんだけど(*^_^*)」おいおいおいおい(;一_一)(爆)比喩的表現ですけど「気にかけろ」って事です。ほんとに握ったらセクハラでアウトだよ(笑)現場の業績を上げるのは、数字の分析だけではない。事を知っているボスは貴重かもしれません。
2010.03.22
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個人と個人にはレベル差があります。そりゃそうですね。今日始めた仕事と、10年の経験がある仕事では、明らかに同じ時間内にできる結果は違います。このレベル差ってのは「基準」というものがあって、その物差しで測る事によってわかります。得意不得意ってものもありますよ。これは、かなり重要な事なのです。好き嫌いで判断してもいいかな?こればっかりになると禍根を残しますが、早急に結果を残したいときと、経験を積ませる事も考慮に入れるときとでは、その仕事にあてがうメンバーも変わってきます。視点を変えてみましょう。得意不得意、出来不出来。可能不可能。意欲ありなし。いろんなことで、個人の間に差が出ます。この「差」というやつが、上下関係・命令系統を作ります。全員同じレベルだったら、命令権を持つやつを作るのが、実に大変になるのです。まあ、現場の技術職と、管理職は求められるものが違うので、一概に今やってる仕事のレベルでは測れないとは思いますが。この「格差」というやつが存在する事を認めなければならない。人によって、得意分野が違うってことです。その人の得意分野を見つけてあげられるかどうか?それだけでも、ずいぶんちがってくると思いますよ。
2010.03.18
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先日、免許をとったばかりの1号。基本的に、車自体にあまり興味がなく「早く運転がしたい」という気もないようで。でもまあ、さすがに自動車学校と現実の運転は違うという事が分かってるということもあり、公道での運転にでかけました。私も覚えがあります。一番最初に公道で運転するのは、めちゃめちゃ緊張しましたね。とりあえず助手席は私です。「だいたい、緊張感というのは、やらなくちゃいけないことを忘れてしまうもんだ。特に最初ならなおさら」「座席の位置を合わせて…」「ミラーの位置と、ワイパーとウィンカーが指で動かせるかどうかもチェック」「よしオッケー。エンジンを…」「?」「キー持ってくるの忘れた(汗)」…なんてお約束な(笑)
2010.03.18
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個人的な意見ですよ。乱暴な意見ということは承知の上で。金も集められないやつに政治ができるかよ。ですわ。まあ、母上にもらってるのはどうかとは思うんだけど…力を持たない理想など、トイレットペーパーでカサを作るようなもの。形には見えるけど、現実の前では理論だけが残る。ただ、だからと言って鉄板でカサを作ったら、雨には耐えられるけど重すぎて自分の自由にはならないだろうな。その重さを振り回せる実力があればいいけれど。百人いて百人の要望通りにできるはずがないんです。ここに1万円ある。そして1万円使いたい。子どもには未来があるから、子どもたちのために使うか。これまで苦労してきた分に報いて、老人のために使うか。1万円しかない。あと1万円を、どこかから調達してこれるか。その1万円を口先八寸で、まるくおさめられるようにしてしまうか。最低なのが、ダメだ、って言ってるのに5千円ずつにして、結局どっちも必要なことができなかった、ってパターン。仲良く分ける、ってのは美しく見えるけれど、時と場合によっては、何の役にも立たなくなっただけって事もあります。私の敬愛する、古代ローマのユリウスカエサルという人は、借金だらけだったそうです。債権者が「貸す気になる」ほどの政治家であった、とも言えますね。この人、借金の額が大きすぎて、債権者がさらに金を貸したという(笑)個人ですよ。組織じゃなくて。「もっと貸してくれ。でないと今まで借りた分も返せないぞ」ってなもんで、逆に金を引き出したそうな。結果がよければ手段は正当化される。と言ったのはマキアベリでした。極端なこと言えばですね。手段が正当化されるほどの結果を出してこそ、政治家というものだと思うのです。日本という船が嵐の中を進んでいくとき、港に入るか突き進むか。乗客の意見を聞いたとしても、船長が決断しなくちゃいけません。乗客の意見に左右されてちゃ、船長の意味がないのです。船酔いするかもしれない。船内に水が入るかもしれない。最悪沈むかもしれない。それでも、嵐を抜けていくためには、乗客の「船がゆれるからなんとかしろ」などという意見を聞いてる場合ではないかもしれないのです。「俺の意見が正しいから俺の言う事を聞け」という意見は、大体において間違ってないかもしれないけれど、片面から見た場合なのです。もう一度。政治家と言うものは、手段が正当化されるほどの結果を出せばいい。みんなで仲良く、生産して分け合って、貧乏も金持ちもなく…そんな考えで崩壊した国は数知れずですな。
2010.03.15
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やらなくて済むなら、やらないでおこう。こういうのも選択肢のひとつであることは否定しません。が。現実に、それで済ませてきたらどうなっていくのか。どこかの教員の組合みたいに、とりあえず全部反対して、「仕事をなるべくしないこと」が労働者の権利…、ではないと私は思う。仕事と言うのは、その仕事をまっとうする事により恩恵を受ける人が必ずいます。自動車用道路を作れば、その道路を利用する車が恩恵をうけるように。仕事と恩恵が釣り合わなければ「ムダ」ということですけど。つまりですね。仕事をなるべくしない、と言う事は、その仕事によって恩恵をうける人々が少なくなる、と言う事です。恩恵の連鎖が経済や人々のしあわせを増やしていくのなら、一人一人の仕事は一生懸命やったほうがいい。どうして、日本と言う国は、車やパソコン、携帯電話が特別なものではないのでしょう?作る人々が、目一杯のパフォーマンスで作り、コストを下げ、我々に買える金額で販売されているからです。これが、なるべく仕事をしないで済ませよう、なんて考えが集まったら、下がるコストもさがりません。資本家をもうけさせるだけ?いいじゃないですか。自分が資本家になった時に、自分も儲けられるってことでしょう。儲ける人が儲けて、しっかりと投資をしてもらうことで、私たちの暮らしは進歩してきたのです。そのことによって、心が乱れたどうのこうのは、責任転嫁というものです。ビートルズも、デビューした頃は「不良の音楽」だったわけですから。ただ単に、受け入れるだけの下地ができていなかったからですよね。さて。私の率いる部隊は、軍隊組織にたとえるなら、中部方面軍第三師団・辺境遊撃中隊第三守備小隊ってなもんかな。私の階級は大尉。小隊(約40人)の隊長。です。で。先日、配属になった私の部下。私より10歳近く年上です。師団長とかと同期入隊なんですよ。すごいベテラン。のはず。しかし、階級は1等兵。下士官じゃないんです。理由はすぐわかりました。仕事、覚えようとしてこなかったんですね。機会があっても、せずにすませてきたんでしょう。どちらがいいとか悪いとか、それは人それぞれに価値観は違います。それはしょうがないけど。その価値観が周囲の迷惑になるのであれば、その価値観は自分の一人の時だけに大事にしてもらいましょう。わからないから、しないで済ます…なんて見逃すわけにはいかないよ。もし、ほんとに部隊が戦場にたっていたら。その兵士なら使えるはずの兵器が、経験や勉強不足で使えないとしたら。全滅の可能性が高くなるじゃないか。そうはいくか。
2010.03.12
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双子が合格、春から息子三人、国立大学生。「雨がふってるから、ネットで見る。時間になったら起こしてくれ」と二度寝したふたり。間違いなく合格してる、と自信たっぷりでしたが。番号を見つけたふたりは、さすがにガッツポーズで雄たけびをあげました。長男1号に続いて、2号3号、ふたりとも春から大学生でございます。私、自分の子どもの進学や受験に、あまりこだわりがないので考えてなかったんですが、受験生世代のお子様を持つ方からは、「3人ともその大学ってすごい」って言われます。…すごいのかもしれん。まず、年子で双子、って時点でそうはいないだろうから(笑)本でも書いたら売れるかな?(爆)3人いるから、大学行きたけりゃ国立しか行かせてやらねえ、と中学生の時から言ってあった甲斐はありました。3人とも同じ学部で同じ学科ってあたりが、こだわりがまったくなくって笑えましたが。(合格発表まで何学部を受けたのかしらなかった・笑)当時から感じていましたが、中学生の時に通った、近所の塾の先生がよかったですね。個人でされている小さな塾でしたが、3人とも小学校の時はクラスの真ん中のちょっと下あたり、中学1年の時は学年でも真ん中の下あたりだった成績を、2年生の後半くらいから上昇に変えて3年生では上から数えて何番目、に変えてくれました。中学2年生の時に「第一志望は難しいだろう」って、学校で言われた時に「心配いらん。間に合うから」と、3人とも言い切りました。ゲームも好きなだけやって、マンガも読んで、クラブもやって。4人で麻雀もやって(爆)地元の公立進学校に入学した3人は、下から数えた方が早い成績でした。だいたい、期末テストの結果が返ってきてから(笑)勉強してましたよ。「おまえ、テストが終わったのに勉強してるってのは、かなりヤバかったんだろ」「おう、その通りだ」とかいいながら。いやー。別に合格でも不合格でもよかったんだけどさ。やっぱ双子な分、片方だけだったらまずいよな、とか思ってました。とりあえずほっ。これで心おきなく麻雀ができる。…まあ、財布のことは、この際考えないでおこう(笑)
2010.03.06
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してました。2号と3号。1日に。あ、いつのまにか卒業してたよ。終わってみりゃあっという間。さて。6日が大学の合格発表です。で、今日は、久々に麻雀してました。いきなり2号にリーチピンフドラ5(!)を一発で振り込み、倍満支払いでスタート(笑)終わってみたらプラマイ0でしたが…さて、2号と3号の学校の、最後の生徒会報を見ていて、おもしろいのを見つけました。学校のスラングを集めた(2号3号に聞いたら、「そんな言い回し、聞いたこともねえ」ってのも多いので、ネタもあるのでしょうが)中に「お前、昼ドラにしたいな」(ドロドロした関係になりたい)「バカと天才は紙一重っていうけど、君はその紙一重でバカだよね」(結局誹謗中傷する言葉)と、この二つがツボにはまってしまいました。さて。合格発表まで、ふたりとものんびりムード炸裂です…
2010.03.04
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youtubeで。今の松田聖子さんもいいんですが、いわゆる「ザ・ベストテン」「夜のヒットスタジオ」の時代の映像を見ています。今と何が違うかっていうと、生演奏で生歌の番組が多いんですよ。しかも観客入りライブ。それと、あくまでも「アイドル」歌手だから、企画モノも多い。そうか、俺は松田聖子を中学生から高校生のリアルタイムで見ていたんだ。しかもほぼ毎週、その二つの歌番組で。さて、ここからいつもの書きなぐり論文(笑)なぜテーマが「生き方・お仕事」なのか、ちゅうことですね。でもって、ここから先は敬称略。あ。念のため確認しておくと、私が一番大好きだったのは斉藤由貴さんですからね(笑)今でも、斉藤さんは大好きです。敬称略なんてとんでもない(爆)でも今日は松田聖子さんの考察。本当に私が「松田聖子」という歌手を「ひょっとしてこのアイドルは凄いんじゃないか?」と認識し始めたのは、アルバム「SUPREME」(1986年発表)からだったかもしれません。この「SUPREME」は「瑠璃色の地球」が収録されているアルバムと言えば、わかりやすいでしょうか。シングルですらないこの「瑠璃色の地球」は紅白で2度も歌われている事もあり、多くの人が知っていると思います。松田聖子、デビューしてから5年たってます。私は当時20歳。25年も前かよ(-_-;)これ聞いた時に「え?」って思ったんですよ。アイドルとは一体なんなのか?当時「アイドルと呼ばれるのはいやだ、アーティストだ」と言い出した、アイドル路線で売り出された歌手が多くいたような気がします。その中で松田聖子は多分、アイドルである事に誇り…プライドを持っているのではないかと思います。自分の仕事に対して「私はアーティスト」と言いたい人たちと、「私はアイドル」と言い切る松田聖子。アイドルでありながら、このアルバムは何だ?「瑠璃色の地球」を初めて聞いたとき「なんて曲を松田聖子は歌うんだろう」って思った事を覚えています。でね。最初に戻ります。私の思春期に、二十歳前後松田聖子がいたんですよ。ほぼ毎週、生で登場してたんですよ。ベストテンや夜ヒットで。今、youtubeで見直したとき、今だからこそわかる、私への影響がありました。そこにいたのは、プロフェッショナルなんです。アイドル歌手という、自分の仕事をしっかりと見据えて、考えて、結果として出しているプロフェッショナルなんです。歌がうまいということなら、とんでもなくうまい人は他にもいます。でも、あの当時の松田聖子が表現しなければならなかったのは、自分自身の歌のうまさではなく雰囲気も含めた表現でしょう。男の子が「かわいい」と思うこと。そういう意味では、仕草表情も含めたパフォーマンスは、デビュー当時からとんでもなくうまい。聞きいって見入ってしまいます。インタビューには笑顔で答え、機転のきく受け答えや仕草でその場の期待にこたえる。今で言う「空気を読む」事も含まれるでしょう。そして、それらの事を期待に応えるだけではなく、期待を上回るものを提供する。提供し続ける。「SUPREME」の頃から私は言い始めました。「アーティストは誰でもなれる。宣言すればいい。アイドルは、選ばれたものしかなれない」アイドル歌手として売り出して、本物のアイドルになれる歌手は少ないんです。自分の仕事に掛けられる期待にたいして、期待を越えることができるのかどうか。そのプロフェッショナルを、毎週見ていたんですよ。アルバイトであれ、サラリーマンであれ、自分がしている仕事に対してプロフェッショナルであること。意に沿わない仕事をしなければならないとしたら、その仕事をしなければならない実力しか、自分にはないということ。とんでもないところで歌わされることが嫌ならば、その仕事を引き受けなくてもいい実力をつければいい。自らの仕事に対して誇りを持つこと。自分の仕事を喜んでくれる人のために、自分ができる最高のパフォーマンスを出す事。そして、向上し続けることで、自分の仕事を喜んでくれる人が、もっと喜んでくれる。これ「意に沿わない仕事」と「引き受けてはならない仕事」と言うのは別物です。例えば、一番下っ端でもできる仕事をボスはやる必要がない。ボスは、ボスでなければできない仕事をしなくちゃいけない。下っ端がその仕事をしたくなければ、優先して任される仕事ができるようになればいいんです。つまり、そうなるまではその仕事をきちんとしなければならない。引き受けてはならない、というのは不正行為や、倫理的に問題のあること。それは、自分のプライドと誇りにかけて、自分の魂にかけて、どうするか決めるべきでしょう。二十歳前後の女の子が、笑顔を振りまきながら、誰にも到達できない場所に立っている。仕事として、人前に立つときに最高のパフォーマンスを見せようとしてる。ムリならば、最低限のパフォーマンスは見せていく。移動中の私服で歌う時でも、笑顔や仕草はそれに合うものを出したりとかね。私は、「仕事をする時の意識」を、このアイドル歌手から、無意識のうちに学んでいたのかもしれません。でも、そんなこと抜きにして。二十歳前後の頃の松田聖子、youtubeでぜひ見てみてください。特に疲れたな、なんて時は。元気いっぱいです。素敵です。かわいいです。なぜか「夢一夜」とか「あなた」を歌ってる映像もあります。めっちゃかわいいっすよ(笑)
2010.03.04
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ちょっと前に、写真を撮りました。携帯ですけどね。 なるほど。日本人の紅白のイメージってここからきてるのか、って勝手に思いました。旧暦の正月は、梅の花で彩られる季節。新年を寿ぐ花は紅梅と白梅、ってことかと。桜が現在ほど愛されるようになったのは、江戸元禄の頃からだ、という説を聞いたことがあります。それ以前、日本人にとっての春の花は梅の花だったと。梅の花が咲くのは、まだ寒い時期なんですよねえ(笑)日本と言う国は、かつて「下剋上」が通る時代がありました。まあ、身分が下の者が、上の者にとって代わる、という事ですが。ふと思ったんですよ。能力主義社会だったんだな、って。力のあるものが力を握っていたわけだな、って。地位に安住しようとしたもの、立場だけに頼っていた事に気がつかなかったものは、現状維持すら危なかった、と言う事です。自分で自分を磨き続けてこそ、明日という一日を確実なものにできる。これは、現代でも通用します。18歳の娘は若くてきれいだけど、その現状を明日も明後日も変わらないものと思っていたら、5年後には23歳、10年、20年後には…。今、その18歳が「うわーオヤジだ」「うわーおばさんだ」って思う年代の人たちは、20年ちょっと前はディスコで踊って人多いはず。その頃「つまらない大人にはなりたくない」って思ってた人も多いはず。そしてもうひとつ。「天下を取ろう」とした人たちには「俺は庶民のままでは終わらない」という、強烈なものがあったはずです。「庶民の生活を守るために」という大義名分を実現するには、自分が「庶民」じゃできないんですよ。庶民の目線に降りることができる必要はあるでしょう。別に降りている「フリ」でもかまわない。つまり、上から見下ろせる位置に上がらなければならない。いつも下にいたら、どんどん踏みつぶされますから。上にいたって、小さなことでも下から足を引っ張りにきますから。為政者は、1か月の生活費がどれくらいかかるものなのか、知っている必要はあるけれど、兆単位の金を動かす才覚の方が大切です。どんなに必要のある裏金でも、ばれないように集め、ばれないように使う事は必要です。庶民は、自分たちの懐に入らない金が他の誰かのところに入るのは、基本的に許せないからです。その金が自分の懐に入るんだったら、文句いわないけれど。そして、下剋上が成り立つという事は、庶民の中に、天下国家を動かそうとする素養と実力を持った人物がいた、と言う事です。革命起こして、殺しまくって、人々の心が離れて、結局自分も次の革命によって殺される、という事はしていないのです。自分がぜいたくしたくて権力を握った、ってやつもあんまりいないんですよね。徳川将軍の食事と、フランスルイ王朝の食事を比べたら、徳川将軍の食事って、一般と変わらないですもん。「別に迷惑をかけてない」という、自分中心の視点での考え方は、広い世界が見えるようにはなりません。自己責任は基本ではあるけれど、自分に責任のない他人まで助けに行ける視点と力を持つ人になれた方が良いと思うのは私だけかな?たとえば私は。自分が、お買い物に行った時に、お買い物の先のお店がプロフェッショナルである事を期待するけれど、未熟であった場合でも、客の立場から相手を上手に助けてあげられたら、って思うのですよ。あわててたら「大丈夫、落ち着いて。ちょっと深呼吸しましょう」なんて(笑)ちょっと前にコーヒー屋で、手を震わせながら運んできたアルバイトの女の子に「笑顔は合格。慣れるまでがんばりましょう」って言って、たまたま一ヶ月後に行ったら上手になってたので「上達したねえ(*^_^*)」なんて言った事あります。上から目線でしょ(笑)でも、文句いうよりかっこいいでしょ。プロフェッショナルなお店だったら、そのプロフェッショナルさに対してお礼を言います。簡単な事でもね。「うわ、上手ですね。ありがとうございます」って。ま。天下国家を自分が取ろう、なんて気はありません。あんな面倒な仕事はない。でも、天下国家を論じるのは結構楽しい。天下国家を論じられる自分でありたい、とは思うのです。なんで梅の花からこんな話になるんだ。しかもこんな時間に(笑)さてこの梅。一人で見てきたのか二人で見てきたのか3人以上で見てきたのか。こうやって、人を惑わせるのは好きなんだよなあ(爆)
2010.03.03
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