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台風の進路、昨夜は気になりました。読んでくださってる皆様のところはいかがでしょうか?さて昨夜の話。うちの大学生3人が話していました。「明日、クラブの会議あるんだよな?」3人とも同じサークルに入っています。「確か、明日の朝からだったよ」ネットの天気予報を見ていた私は、3人に言いました。「明日の朝は、かなり激しく降りそうだからでかけるのは無理じゃないか?」「へえ、台風接近かあ」「じゃあ、今日は朝までネットゲームだぜ」「そうそう、明日の朝はどうせ台風で家から出られないさ。会議も中止に決まってる」双子2号3号、アメリカのドラマや通販の吹替風にセリフを言いまわしました。「さあ、これで明日の朝は台風がそれて、被害は大したことがなくなる」あ。フラグ立てたな(笑)「死亡フラグ」って、知ってる方は知ってる単語ですよね。いわゆる戦争映画とかで「俺、この戦争が終わったら、大学戻って卒業して彼女と結婚するんですよ」なんていうセリフを発したキャラがいたら…だいたい、生き残ってませんわな。さて。朝になったら台風は見事にそれてました。雨は残ってるけど、出かけるのに支障がでるほどではありません。「ほんとにたいしたことなくなったな」「フラグも効くもんだ(笑)」「ところでおまえらにも会議の連絡メールは届いてるよな?」と2号。「あーたぶん」「見てねえけど」1号と3号。「今日って言いきってたの誰だよ?念のため確認したら、来月じゃねえかよっ(-_-;)」3人そろって出かけて、無駄足踏んで帰ってくるところまでやれば完璧だったな(笑)
2010.10.30
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町中に現れた親子グマを射殺。「かわいそう」という抗議が多数。町は困惑。私、ニュースは見てないんですけど…たぶんあのクマは。ぬいぐるみではないぞ。ちょっとここからきつい物言いになります。「かわいそう」ってのは同情心からくる言葉ではないかと思います。でもって「かわいそう」って言ってる自分が好きなんだろうな、って。あれを言うときって、自分に関わりのない不幸を、上から目線で発言するときの言葉です。自分では、どうしようもないんですよ。何かしてあげよう、って気はないんでしょう。電話やメールで抗議、って、言いっぱなしでいいわけだもんね。言ってる自分は正義の味方のつもりだろうから、すごく気分はいいんだろうけど。クマという動物はどういう動物なのか。少なくともぬいぐるみではありません。生きてるんだから。たぶん、あの中に人間が入ってるわけではありません。森の中で鉢合わせしたら「死んだフリをしろ」という伝説が広がってるような動物です。つまり、抵抗してもムダ、ってことですよね。どっちかというとお近づきになりたくない(笑)ちゅうことはですね。ぬいぐるみのモデルになるようなかわいらしい造形ではあるけれど、狼だとかトラだとかライオンだとか、いわゆる猛獣と同列なわけですよ。トラとかライオンの親子が町中に現れて、うろうろしてたらどうします?捕獲して、って言うのは簡単ですけどね。今回、1頭とか2頭ですけど、群れになって町中に現れたとしたら、それでも「射殺はかわいそう」って言えますか?数が少なければ「かわいそう」で「多ければいたしかたなし」ってのはどうよ?って気がするのです。かわいそう、って発言する時は、自分は必ず安全な場所にいます。自分がその場所、その立場に立つことはない、とどこかで安心しています。自分が傷つくことのない場所に立って、正義の味方の気分を感じていられます。気分が高揚してるから、冷静な判断力が欠けています。だって、自分が正義の味方になって、悪い奴らをこらしめてる気分なんだもん。始末に悪いのは、自分が正義の味方の気分だから、相手の話を聞く気がない(笑)聞いてるようでも、自分の方に曲げてしまおうとする。おまけに、相手が反撃に出られないことを知ってて言ってるからさあ。「あなた、間違ってますよ。勘違いしてますよ」って言われても、後には引けなくなってるんですよ。だいたい、ロクに確認もせずに、自分の思いつきの知識だけで言ってるんだから。「麻酔銃で」とか「追い込んで山に返せ」とか。できるんならやってるんじゃないか?って思わない時点で、冷静ではなくなってますよね(笑)まあ、描写の仕方ひとつで、受け止め方も変わるでしょう。親子グマって書かずに、クマが2頭、って描写されたら「あー、町中にクマが2頭も出たんだ、そりゃ大変だな」って受け止められたかもしれない。いや。「森のそばに町を作って住んでるのがいけない」くらいのことは言い出しかねないな(爆)人間のエゴ?そんなもん、当たり前でしょう。そいつでもって、人間はここまでの繁栄を手に入れたんです。いい暮らしがしたい。もっと収入がほしい。便利な暮らしがしたい。でも、自然を守れ、地球を守れ、と言いたい。エコバッグで買い物に行って、地球環境の保護に協力してる。ゴミの分別リサイクル。しかし自分の生活の便利さは、決して捨てたくない。自分は、少しでも得をしておきたい。自分が買うとき、スーパーマーケットでは、今日使うものでも日付の新しいものを買う。新品を買って、不具合があれば「修復で充分問題がないもの」でも交換を要求する。今年も新しい服を買う。エゴだらけで今の繁栄を手に入れて、便利な生活を手に入れてるんです。手離せないのなら、そのことだけでも謙虚に受け止めたい。エゴの上に、自分の生活は築かれている。だったら、エゴであることを認め、譲れるところはなるべく譲ろうでじゃないか。こういう類のニュースを見る時に思うのですよ。今の日本の世論をコントロールするのは、ひょっとするとものっすごい簡単なんじゃないだろうか?って。…マキアベリの時代から、人は変わってないかもな。
2010.10.30
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ボス業務4年目。仕事をしていて最近特に思うこと。「俺はまだあきらめてないし、こんなもので満足はしていないぞ」という意思表示。いやー。ボスをしてれば当然、自分の事業所のいろんな経営数字を見るわけですよ。特に転勤してすぐ、なんてのはまあ、どこから手を付けようか、ってなことも多いわけですね。人の意識を変えるところから始める場合もあるし、現場の細かいところを直すこともあります。前任のボスががんばってたことも、転勤というものがある以上、完成されていることはないし、仕事に完成はありません。レベルが上がり下がりすることはあっても、完成のゴールはない。少なくとも、下がり続けて消滅させたくない、というのであれば、上を向いてがんばるしかないのです。その時に、中学生や高校生の子どもが学校で、一生懸命行事に参加する同級生をバカにしたように揶揄する雰囲気を発生させるわけにはいきません。「何をひとりでがんばってるんだ」みたいな、甘えた学生みたいなことをさせるわけにはいかない。甘えてない社会人が、同じ場所にいるはずなのです。その頑張る人たちを、路頭に迷わせるわけにはいかない。路頭に迷わせない?利益を出し、その職場を存続させる。ひとりひとりのがんばりを結果につなげるには。頑張ってることを、無駄にさせないためには。ただね。頑張ってる、って主張するだけでは何の解決にもならないことを知ってもらいます。知って、どう頑張ればいいのかを考えることができる人は、その場に立ち止っていない人。頑張ってる!って主張はするけど、その自分の頑張りの結果を検証しない人、がんばったってしょうがないよねー、って言う人は、半年後、たぶん同じところで同じように言ってます。だから私は言います。声にして伝えます。「俺はまだあきらめていない。こんなものじゃないはずだ」頑張らない人、頑張ってる主張だけはする人、ってのを見分ける方法はありまして。面倒な指示を出すときに、根拠を言わずに出すんですよ(笑)文句だけいうやつは、とりあえず文句いいますから。でもって、ひとりでは言わないので(笑)反発のために文句言う人は、必ず周囲を巻き込もうとします。自分に「はい」しか言わないような人を巻き込んで「あなたもそう思わない?」ってやるんです。「そう思わない?」「そう思うでしょ?」って言われて「そうは思わない」って言える人には、聞かないから(笑)でね、この手の人は「みんなが言ってる」って言うんです。「あの人も言ってた」「この人も言ってた」いや、それ、「違う」って言えなかっただけだから(笑)ボスはね、ここを押さえなくちゃいけません。「そうなんだ。その人たちにも詳しく聞いてみよう」って言って、ほんとに確かめにいくんです。これはね、おおいに効果があります。「あの人の言うことを真に受ける」っていう風評は、指揮の邪魔になります。…自分が文句を言ってるようじゃ問題外。…文句かそうでないかの違いは、対策を言ってるかどうかです。主任クラスって、結構言ってたりしますからね。要注意です。あっというまに人望と求心力をなくしてる。他にも、「どうしてそんなことするんだ」なんてのは文句ですよ。何の解決にもなりません。そんなことしなくていいように、ってのを考えないと。「一度言ったからできるでしょ」なんてのは、教育でもなんでもありません。自己満足してるだけです。一度言ってわかるような教え方なんて、できる人はいないよ。これいうやつに限って、立て板に水で説明して「はい、わかったでしょ」って言うんです。私、そういうの見つけると、一度では覚えられない業務を引っ張り出してその場で教え「一度言ったらわかるんだろ。今度から、これ、おまえの役目な」ってやるんです(笑)やなボスでしょー。要は「話がしたい…」って思ったときに、きちんと最後まで聞くこと。方針に合わなければ、はっきり「それはこうです」って突っぱねる必要もありますが。あきらめない。あきらめてないボスは、そのために何かやってくれそうな気がする。そんな気分になってもらえるのは、話をきちんと聞くことだったりするんです。
2010.10.26
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するわけねえだろ。ほんとに勉強したかったら、ひとりで、携帯の電源を切って、それから机に向かいなさい。実はもっとひどい言葉を言ったんですけどね(笑)ブログ上ではかけましぇん。アルバイトの娘が、「友達と勉強する」って言ったもんだから、「本気で勉強したかったら、ひとりでやんな」って言いました。聞かないだろうけど。そこに話相手がいる、ってことは、無駄口たたく時間があるってことなんです。携帯も同じですね。一通メールを受け取って返すのに何秒かかるのか。思考はどれだけ止まるのか。1分以内であっても、1時間の60分の1です。この1分は、真ん中が切れる可能性があるのです。集中力を修復させるのはなかなか難しい。集中力を阻害するものを解消したほうがいい。特に、集中できる環境にできるのであれば。だから真夜中とか早朝に勉強するんだと思います。余談ですが、うちの子たちは、高校大学受験生の時でも1日2時間以上勉強してなかった…んですが、1号は深夜派、2号と3号は早朝派でした。夕方7時から11時くらいまでは、テレビ見てゲームして。実に全く毎日を楽しくやっておりました(-_-;)このオヤジが休みの日には、受験生を誘って麻雀やってたし。「受験生?おまえ18だろ。大学を受験しようって18歳は日本中にどれくらいいるんだ?18歳が受験生なのは珍しくないっちゅうか、あたりまえだろ」当たり前の受験生を特別扱いする理由なんざどこにもない、ってことで、夏休みとかは「勉強は後でできる。料理洗濯台所を片付けとけ」ってなもんで(笑)…なんの話だっけ?そうそう。勉強する話です。まず「勉強する」という自分の意思をはっきりさせること。「明日友達と勉強する」って言った時点で、今日は勉強する気がなさそうだったしな。友達といっしょに教科書とノート広げて、楽しくしゃべって「勉強した気分」を味わいたいだけなんだろ。眠いとか、バイトで疲れただとか、何か言われてやる気が失せた、だとか、言い訳はいっぱいできるんです。言い訳を自分に許さない練習もしとかないとね。大人になってから、言い訳だらけで逃げまくっちゃうよ。逃げてるうちは勝てないよ。勝てない、ってことは、いつまでも逃げなくちゃいけない。逃げ続けるってことは「勝てる」ことが増えない。「できる」ことが増えない。逃げることはあってもいいけど、逃げずに勝てるようになることもふやしておかないとね。でないと、人生の実りが少ないぜ。
2010.10.26
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私は、今でこそそれほどではありませんが、かつてはマニアに近いジャイアンツを中心とした野球ファンでした。今でも野球は好きですけどね。以前ほどは見ていません。…プロ野球人気の衰退を後押ししてますな(汗)…ニッポン放送のラジオ中継はよく聞いてるんですけどね。江本孟紀氏の解説とか特に、試合そっちのけになったりしてかなりおもしろうございます。でも、選手の名前とかわからなくなりました。子どもだった頃、1970年代と家電量販店に勤務していた1990年代は、かなりマニアックでした。70年代は長嶋選手の晩年・王選手がさらなる高みへ向かう頃、だったでしょうか。セ・リーグの各チームの先発オーダーが全チーム言えましたもんね(笑)今、そんな小学生いないでしょ。でも、あの頃はまだ、野球は男の子の生活の一部でした。サッカーなんて球けりでしかありません。だって、テレビでやってないから、わかんないんだもん。90年代はもうね、マニア(笑)なんせ家電販売店に勤務していたもんだから、テレビには事欠きません。また、ちょうどケーブルテレビが始まった頃で、店頭でケーブルテレビの申し込みも受け付けてるから、試合開始から始まる中継とかも見られたんですよ。そのうちCSとかも始まるし。試合開始時間になったら、店内のテレビが全部ナイター中継(爆)どれくらいマニアだったかというと、1994年から1996年までは、巨人戦をほぼ全試合最初から最後まで、ラジオ・テレビで見てました。その試合で投手が投げたボールを全部覚えてるなんて当たり前。アナウンサーが言わなくても投球数わかってましたもん。下手すりゃ以前の対戦時の配球まで覚えてた。…何をやってたんでしょうか。1994年の10.8、巨人対中日戦。当時私は、もちろん一般社員でした。でもって、部署のボスが中日ファンで。当日は、朝から口をききませんでしたね(笑)試合開始時間になったら、無言でテレビの前に立ちました。翌日、私が勝ち誇ったことは言うまでもありません(爆)その当時のボスは今、本社勤務です。社内メールでいろんな指示を飛ばしてくる立場にいます。指示に混じって「実力の差はいたしかたないな」という、中日優勝の勝ち誇ったメールが届いておりました…阪神ファンの社長に転送してやるっ。
2010.10.26
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結果というかできて当たり前というか。仕事への向かい方、とでもいいましょうか。別に仕事に限らず、恋でも学校でもでもそうなんでしょうが。ま、仕事を中心で。「準備」というのは大変重要です。してないよりしてあったほうがいい、などというものではなく、準備はしてなくちゃいけません。松任谷由実さんの歌で「どうしてなの/今日に限って/安いサンダルをはいてる」という歌詞がありますが、ここに「準備」ってものの奥深さが出ています。どこまで準備をしますか?って事なんです。リスク管理もそうですけど。シャーロックホームズの小説の中で、捜査の聞き込みの時に、ホームズが聞き込み相手にいわゆる「誘導尋問」でもって欲しい情報を確かめるシーンがあります。相棒のワトソンに「もし今のやり方で相手が答えてくれなかったら、どうするつもりだったんだ?」と聞かれて「後7つの方法を準備していたよ」と答えます。たった一つのことを確認するために、ホームズは7つの準備をしていた、ということですね。準備は「保険」のようなものと考えてもいいのではないでしょうか。使わないかもしれないけれど、かけておく。使いたくないけれど、かけておく。ものですよね。保険っていうのは。うちの3号はアルバイトで進学塾の英語の講師をしています。1時間の授業のために、中学生英語をかなりの時間勉強しています。自分の受験勉強の時より、絶対に真剣に勉強してる(笑)最近は数学の復習までしていきます。…英語しか教えてないけど「授業の後で生徒が嫌がらせに数学の問題をもってくんだよ」授業をする上で、「先生の実力」を「さすが」と思わせておくほうが便利だそうな。そこまでしなくても、というところまで準備をしておくか。普段の備え、ですね。安いサンダルをはいて、でかけない。かといって、近所のコンビニへイブニングドレスで行くのはどうかと思うけれど(笑)現在の私の職場は本社事務所に近いことと、事務室が広いこともあって、若手の本社社員がよく現れて仕事をしています。逃げてきてる(笑)「うわー。ツァオさん、資料作ってるうちに70ページになってきたんですけど」「ぜーったい誰も見ないぞ(笑)」「ですよねー」そんな分厚い資料渡されても、表紙しか見ねえよ。「ま、でもこれで自分の中にこれからの作戦が入りましたよ。計画はきちんとやっとかないと、現場で迷いますもんね」そう、100の準備で100のことをしようとしちゃいけないんです。デートコースは複数用意しなくちゃいけません(笑)アクシデントやその場の雰囲気で、違うコースを用意できなくちゃ。ま、ゴールはひとつでも、そこへ向かう道順はいくつかあって、準備しておくに越したことはない。普段鉄道網で移動されることが多い都市部の方ならば、普段使ってる路線が「運転を見合わせております」という状態になった時に、違うコースをすぐに選べるのではないでしょうか?これが、実行予定と準備が同じだと、その一つがダメになった時に迂回ルートがとれません。A案B案C案と作っておいて、使うのは一つだけってなことは珍しいことではありません。勉強でもそうですよね。試験とかがわかりやすいでしょう。「明日のテストは10問あります」とわかっていて「10問」だけ勉強する人はいないでしょう。きちんと準備をするならば、10問の問題が出されそうな「範囲」から準備するものです。意外とね。仕事とかデートとかって、100の準備をすると、その100を全部使いたくなるものなんです。デートコースをシュミレーションすると、全部行こうとしませんか?(笑)資料を100ページ作ってプレゼンをするとなったら、全部やりたくなるもんなんです。100ページの資料が、本当に相手に届くのは、その資料を作った当人の中に伝えるべきポイントが出来上がって、そのポイントだけを相手に伝えようとする時だと思います。ポイントが伝われば、そのポイントから深く中に入ろうとしてくれます。その「深く」知りたいという気持ちに答えるには、100ページに準備が必要になります。答えられない質問やアクシデントから逃げてはいけません。面倒なことから逃げると、その「面倒な事」はいつまでたっても「面倒なこと」のままです。「代わりに誰かがやってくれた」ってのは「ありがとう」な事ですけど、「どうやって片付けてくれたのか」は、自分の中に入れておくべきです。「パソコンとかで仕事するの覚えられなくて面倒」って言って、覚えなかったらいつまでたっても「面倒」なことがひとつそこにいるわけですよ(笑)「むずかしいから」って因数分解を覚えなかったら、そこにいつまでも「面倒な数学の因数分解」が離れないわけですよ。…それは高校生の時の私です(汗)準備は、シュミレーション(想像)から行うこと、経験から導き出すこと(○○へ行くときはこういう準備をしておいたほうがいい)等、いろんな方法があります。いきあたりばったりも準備のうちだったりしますけど(笑)(これもありです。あやふやな予備知識だったら邪魔でしかないこともあります)さて。実は結論はここから。テストのための準備。プレゼンのための準備。たとえばゴルフのスイングの構え。テストがうまくいったって本番がうまくいかなくちゃ話にならない。もっと言えば、合格はスタートラインでしかありません。プレゼンがうまくいけば拍手がもらえるかもしれません。が、プレゼンは契約成立等の結果がゴールになるものです。ゴルフのスイング。構えて、ボールを見て、バックスイングをして、インパクトで振りぬく。どんなに素晴らしくても、残るのはスコアカードなんです。結果がすべて、って言ってるわけではありません。世間的には結果がすべてかもしれませんが、準備してその準備が無駄になることは、長い人生においては決して無駄ではない。でも、準備して実行するとき「本当に求めたい結果はもうひとつ向こうにある」ということを忘れがちになります。テスト勉強はテストの結果のためではなく、テストから自分の実力を知り、その先にある関門に備えられるようにするためのもの。さらに言うならば、本当の目的はその関門の先にあるのですよ。大学に合格することは、目的のための手段でしかないことを覚えておきましょう。就活は、就職することが目的ではなく、その先の社会人として生きていくための準備であることを忘れないでいましょう。
2010.10.24
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先日、ある業務上の監査がありました。前任のボスがきっちりしていたのと、働いてるみなさんひとりひとりが、真面目が服を着て歩いてるような人達がそろった職場なので、特に問題もなく「良好」の調査報告書が提出されることとなりました。ボスをやってると、この手の監査ってのが結構プレッシャーになるんですよね。やったことのある方ならわかると思いますが、きちんとしてて当たり前。それでも、どういうわけか必ず何か起こってるんです。でもって、それはボスの責任である、ってことなんですね。そりゃそうだ。その部署の責任を取れるのは、ボスしかいません。「知りませんでした」ってのいうのは、管理不行き届きってだけの話です。全部の仕事が、わかるわけはありません。立場が上になればなるほど、自分から見たら裾野は広がっています。普段は目の届かないところも出てきます。それでも、そこも含めてボスの管理すべきところということになるのは当然です。この部署の責任をとれるのは私しかいないのですから。で、まあ、監査担当者二人が報告書にコメントを入れるときにちょっと迷ったんですね。「これ、『特に問題なし』って書いたら、本当にチェックしたのか?って言われそうだな」「あー。そうですね。何かコメント入れたほうがいいかもしれませんね」そこで私。「前任のボスの指導が行き届き、従業員がきちんと業務に取り組んでおり、管理運営に問題のないことが確認された、くらいのことを書いておいてもらえませんか?」「あ、それは確かに言えてるから、そう書いておこうか」「問題点としては、後任の現ボスに重厚感がなく軽すぎる、ってところで(笑)」「そこまで書くことはないです(苦笑)」「…整理整頓、くずすんじゃないよ」…そんなに「片付けない」イメージなんだろうか(-_-;)
2010.10.20
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私は、携帯番号を変えたことがありません。メルアドもほぼ変えていません。ま、めんどくさいから、なんですが。時々ね、何年かぶりでかけてくるやつもいたりするんですよ。このブログの最初の頃に登場してて、今は消息を確認してないやつとかが、急に電話をかけてきたりする。困ったときに、どこに聞いたらいいかわからなくなった時とかに(笑)また、その当時大学生のアルバイトだった彼らや彼女たちももう30歳近くなっています。結婚してる、子どもがいる、仕事してる。あの二人は結婚したのか、みたいなのが何組かいたり。こどももいるんだよ、みたいな。でも、会ってないから私の中ではあの頃のままなんですね。いわゆる二十歳前後の子どもたちのまま、私の記憶の中には残ってる。自分のこどもが、あの頃のアルバイトの子どもたちと同じ年齢になりました。自分が年をとるわけだわね(笑)その当時、私になついていた女の子から連絡が入りました。「ツァオさん、お久しぶりです」「おおおお。何年ぶりだ。いくつになった?嫁には行ってるのか?」「はい、嫁に行けました(笑)もう29歳ですよ~。ぎりぎり20代です~」学生アルバイトの頃は、普通に明るい女の子でしたが、卒業して就職した後でいろいろ手間がかかったのを覚えていました。就職先が合わず、心療内科に通うようになって、退職して家に引きこもりがちだったのを、当時の上司にもう一度パートで採用してもらい、普通に生活できるようになって、また別のところで就職できた子でした。当時の職場は、かなり大きかったけれど家族的だったからできた事でもあるんですけどね。「いきなりどうした?」「私と同級生だった、ツァオさんの下でバイトしてた○○くんって覚えてますか?」「あたりまえだろ(笑)」○○君は、当時私が担当していた部署の大学生アルバイトの男の子でした。もー、こいつが。あいさつはできねえわ、敬語はつかえねえわ。基本的な社会人としてのコミュニケーション能力に欠けていて。後ろから「ばかやろおてめえ、そんなんで社会人がやっていけるかああ!」「あいさつはきちんとはっきり!聞こえねえのは言ってねえのと同じだあああ」と、まあこんな感じで。でも、18歳でバイトを始めた時は、こっちが頭抱えるような子だったんですが、叩き込んでいるうちに成長していったんですね。大学3年生を過ぎる頃には、私がいなくても彼がいれば大丈夫、っていうくらいになっていました。就職のときには、何の問題も心配もなかったですね。短期間では無理でも、長期で鍛えればモノになる子もいるんだ、っていうことを教えてくれた経験でもありました。人が成長する速度は違うんだ、って事ですね。もっとも、鍛えがいはありましたが。つまり、教えたことが身につくまで時間はかかったけれど、身に付けようとしてました。そういやもう一人、こんなのがいたよな。あいつは元気かな?(笑)卒業の頃には「いやー、ぼくはバイト始めた頃はひどかったですよね(笑)」って自分で言うようになってましたねえ。「あのね、ツァオさん」「どうした?」「○○くん、昨日、車にはねられて亡くなったんです…」「??え。うそだろ」「便りがないのは無事な証拠」って事の意味をかみしめた。あの頃、この毎日がずっと続くんじゃないかって錯覚するくらいだった。おまえたちは、俺の中ではあの頃のままなんだよ。俺はまだ生きている。ばかやろおてめえ。仕事を途中でほおりだすんじゃねええええっ!さよなら。俺が行ったときは、ちゃんとあいさつにくるんだぞ。
2010.10.16
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会議の席上、えーけーびー「よんじゅうはち」と読んだ取締役に、部長からブーイングが飛びました(笑)えーと。「よんじゅうはち」って読むんじゃなかったのか?人のこと言えたもんじゃありません(汗)「ふぉおてぃいえいと」って読み方を知ってて、会議の席上で取締役に部長がツッコミ入れる私の会社の会議は、時々荒れます(笑)私はと言えば、「大きな会議」ではおとなしくしてます(爆)そりゃもう、私なんざぺーぺーですからね。さて。1号(二十歳)に聞いてみました。「おまえ、AKB48って知ってるよな?」「知ってる」「メンバーの名前知ってるか?」「知ってるよ。大島優子」(文中敬称略。本来は「さん」づけにすべきだとは思うけど)「?顔はわかるのか?」「名前しかしらない。ネットニュースで投票で1位になったってのを見た」…ひょっとして。「他のメンバーの名前を言ってみろ」「…俺が知るわけないだろ」たしかに。2号3号も似たようなもんだろうな。俺は前田敦子って名前も知ってるぞ。俺の方がマシだな。顔は確かに見分けがつかんが。「おまえが最後に覚えたグループのメンバーって、ポケモンが最後じゃねえか?」「…あー。そうかも」ちょっとだけPVを見て勉強しました。がんばってますね。クラブ活動に見せて、その実、見事にプロフェッショナルである、とは思いました。アイドルとは予定調和を目の前に提供するものであり、自らにその高いハードルを課したのだと思います。アーティストには誰でもなれるけど(宣言すればいい)アイドルにはなれないのさ。ひとつだけヒネくれたことを言えば。ピンで、その場のすべてをさらっていくだけの力をもつ個人を感じなかったのですよ。ま、覚えられない俺、って時点で感じ取る力があるわけないか(笑)
2010.10.11
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続き(笑)その評価基準が気に入らなければどうするか。評価基準を変えられるだけの実力を身に付けるか、世の中の評価基準を自分が変えてしまうしかない。戦国時代なら「戦の強さ」が評価の高さです。第二次世界大戦中なら「愛国心」の強さ(当時の政府に都合の良い)が評価の基準です。そう、評価基準は、時代により変わる。自分で自分を評価する強さ…信念というものだったり…を身に付けるか。時代や社会のせいにしない、ということですけどね。評価基準を変えるだけの実力、ってのは、たとえば「プロの野球選手になる」とか「歌手になる」とかそういうことですよ。よっぽどでなければ止められますから。社会が要求する人数は、歌手よりも会社勤めの人の方が多いんです。(もっと言えば、正社員よりもパートタイム労働者の方が人数としては求められています)100万人の「会社勤め」をする人が必要とされる、とした時に「歌手」として必要とされる人は10人でもたりるでしょ。でもって、その100万人に要求されるのは、歌のうまさではない。会社の中にはいってからも「自分の仕事は正当に評価されていない」と感じることもでてきます。不服ならば、その評価を変えさせなければならない。自分の評価を変えさせるのか、その部署の重要性の評価を変えさせるのかは、また別の話ですが。そんな評価基準なんて、僕の知ったことじゃない、と言ったって無駄なんです。評価基準がおかしい、と言っても無駄なんです。だって、評価するのは君ではない。「人を見かけで判断するな」というセリフは、判断される側が言ってはならない。いやならば、自分を評価してくれるところを探すしかない。評価者が評価基準から離れてでも評価したくなる何かをもつしかない。就職活動とかってそういうことですよ。評価されるかどうか。就活なんていうけれどさ。採用したくなる実力を垣間見せるかどうかって事なんです。フリも含めてね。さて。長々と書いてきましたが。評価をされるというのはどういうことか。「評価をされるという現実を受け入れること」です。その評価がほしければ、その評価に自分を合わせなければなりません。「清潔な雰囲気がもてる」ということであれば、自分の雰囲気を清潔にしなければならない。「そんな基準はおかしい」というのであれば「清潔な雰囲気が好き」って人の評価はあきらめなければなりません。「清潔好きなんておかしい」って叫んだって無駄でしょ(笑)あるいは、清潔でなくてもそれを補ってあまりあるほどの魅力を身に付けるか。でもって。最初の方で「進学学力」の評価が重要であって、社会で生活を営む力は評価されない、と書きましたが…進学学力が重要ではない、ということではありません。結構大きな企業グループの一部で管理職をやってる者として言いますね。中学卒業から高校くらいで習う程度の学力は、現役学生の間は身に付けていて当然です。内容は社会に出てから役に立たないことの方が多いです。つまり、社会に出たら忘れてしまってもかまいません。…漢字とか、日本人として最低限必要なことを忘れるのは困るけど。しかし。学習した、学んだ、身に付けた、という経験が非常に重要となります。学校は、できなければ自分の成績が悪いだけです。仕事は、短時間で学んで身に付けなれば、いつまでも「役に立たない」ということになります。学校で勉強をきちんとしていれば、その練習ができています。「こんなの将来何の役にも立たない」って、勉強しないのは、逃げでしかありません。社会人になってから「どうして私がこんなことしなくちゃいけないの」って仕事しなかったら、ただの甘えた大馬鹿野郎でしょ。今、するべきことをやっておきましょう。そればっかでもしょうがないし、それが嫌なら、道はほかにもあるけどさ。別の努力をするだけの話です。ただし、努力すれば夢はかなう、ってわけじゃない。けど、努力なしではかなわない。ついでにもういっちょ。強く願えば夢はかなう、ってのはウソ。でも、願わなければかなわない。「君は君であればいい」なんてのは、プライベートの時の話です。仕事の時は「きちんと仕事してくれればそれでいい」ってことになりますから。実際ね、ある程度の学力は必要なんです。仕事の指示(つまり依頼)をきちんと理解するには、だいたい中学卒業レベルの学力は必要です。中学生がアルバイトの口が少ないのと、また、高校生アルバイトが役に立たない可能性が高いのは、この「仕事に対する理解力とそれを実行する能力」が、まだ足りないからなんですね。じゃあ就職した時は?最初の研修で叩き込むのさ(笑)できなきゃ現場で「てめえ!なにやってんだ!」って言われるわけさ。勉強してなくても(できなくても、じゃないよ)仕事はできる?仕事なめるんじゃありません。
2010.10.10
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という話題が苔むさずさんとこであったので便乗。長いぞ(笑)でも、中学高校生に読んでもらいたい。1年~5年後には社会には出てるかもしれない人たちに。苔むさずさんのところでも書きましたが、現実的には「理系のできる子は頭がいい」という評価が成り立つと思います。「評価」ですよ。周囲からの、ね。なぜかというと、評価ってのは「基準」があって成り立ちます。今の日本の学校の学力評価は「進学ができる学力」を基準に評価されている、と言っても過言ではないでしょう。社会の中で働き、生活を営んでいくという基準では評価されません。その中でも「理系」と呼ばれる科目の重要性は高く評価されます。ちゅうか「数学」ですね。算数ができないと、理系にいくわけにはいかないでしょう。それと、これは私見ですが、理系というのは「得意不得意」がはっきりと分かれる上に、答えがきちんと出る科目です。「文系」が苦手だから「理系」に進む、という選択肢はありません。理系が苦手だから文系、っていう選択肢はあるんですけどね。でもって「理系」が得意だから「理系」を選択すると思うのですよ。因数分解のできない私から見れば、自分の3人の子が、記号だらけの方程式をすらすら解いて、その解法について議論しているのを見て、非常な疎外感を感じたものです(爆)でも、うちの子たちは「理系なんざムリ」って言ってましたからね。ひとり挑戦しましたが、コースチェンジしましたよ(笑)で、理系は就職が有利、っていうイメージもあるでしょう。医学、薬学、理工学部。「頭がいい」っていうイメージが植えつけられています。もう一度書きます。中高生の評価の基準は「進学学力」です。でもって、難易度が高いところに合格できる力が、当然、「高い進学学力」ということになります。理系の学部って、難易度が高いイメージありますよね(笑)こうなるともう、「理系ができる子は頭がいい」っていう評価ができあがるわけです。また、体力・スポーツの実力や芸術力(歌がうまい・絵が上手など)も、評価されなくはないけれど、せいぜい小学校まででしょう。中学生以上になれば「それはおいといて、それよりも」進学に必要な科目が重要視されます。これはね。事実として受け止めるべきものなのです。それがどうこうと言っても始まらない。現実にそこにある事実なのです。もし中学生や高校生のみなさんがこれを読んでいたとしましょう。「こんな評価など意味がない」と思っても、それこそ意味がありません。自分が思っても、世の中はそう思っていない。もっと言えば、自分の思い通りに他人も思わなければならない、というその考え方はすでに、理数系の評価を高くする世の中と同じ考え方です。人にはそれぞれ、自分の思うことがある。基準も違う。たとえば、中学高校生の男の子の中では「ケンカの強さ」は大きな評価の基準でしょう。しかし、それはその社会の中だけで成り立つのです。つまり、社会が違えば、その評価基準は何の評価にもならない。たとえば、社会に出た時に評価される(つまり収入につながる)のはケンカの強さよりも「他人に不快感を与えない笑顔」だったりするのです。営業用スマイルっていうでしょ。つまり、プロフェッショナルとして、感情を隠せずに露わにするやつは未熟者である、ってことなんです。評価は基準があって、決まる。その評価基準が気に入らなければどうするか。続く…なげええ…この長さが問題だな(汗)
2010.10.10
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最近、夜12時を回ると電池が切れたように寝てしまいます。下手すりゃ10時半で限界がきます。職場が変わると勤務時間が変わることは珍しいことではありませんが、前の職場より拘束時間は短くなったし、デスクワークが中心になったので(プレイングマネージャーが、完全にマネージャーになった感じ)管理職っぽくなり…管理職なんだけど(笑)…身体は楽なはずなんですが、プレッシャーは強くなったようで。ということで、先日「自堕落」のタイトルでお知らせしたように、子どもが集まってゲームをしてる横で寝てしまうわけですね。私は父親ですので、子どもと友達になることはしません。常に上から目線で話します。(友達は何人でもできるけど、父親は私しかできません)で、まあ父親らしく「別にゲームはしててかまわんが、最後に明かりは消しておけよ」とだけ言って、いつのまにか寝てしまうわけです。ここで追い出さないのは「上から目線で、キャパの広い大人の男」を見せるためですな(笑)でも、こども同士で時々お互いに注意はしあってるんです。まあ、長男1号がいちばん言ってくれますが。家事とかの手伝いは、上手に2号3号にまくって逃げるのは上手ですけどね(笑)「そろそろゲームやめて、オヤジを寝かせてやれ」とか言うのは、だいたい1号です。3ヶ月に1回くらいですが(-_-;)まあ、こいつは「オヤジ、過労死すんなよ」と言ったこともあるので、私のことを心配してくれているのでしょう。うまく育った、いい子どもたちです。ガキ自慢でした。で、昨夜も風呂上りに敷布団だけ敷いて、ついゴロンと横になったんです。…爆睡です。ゲームを終えたらしい1号の声で目が覚めました。「オヤジ、風邪ひくぞ。ふとんかけとくからな」おー。こいつ、なかなかやるじゃねえか。そういう心遣いが普段できるようになると、女の子にも自然に心遣いができるベースができるんだぜ。「どさっ」…4つ折にたたまれたままの冬布団が私の体の上に落ちてまいりました。詰めが甘いっ!(-_-;)
2010.10.10
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職場のボスの私は、当然朝礼とかをやるわけです。笑いを取りに行くこともありますが、そこはそれ、さすがに空気を読んで(笑)きちんと話をします。でもね。10個話して2個伝われば良しとしなくちゃいけませんね。3つ以上のことを話したって伝わらない。掲示板なんて、もってのほか。提出期限のある書類の連絡とかの実務なら、なんとか伝わるかな?というところでしょうか。これが、3つ話して3つ受け止めてくれる人を見つけたら、重要な仕事が回ります。待遇アップの時期の対象になります。そりゃそうです。こちらの期待に応えてくれる人ということは、仕事の成果を出してくれるわけですから…それからもうひとつ。指示は細かく簡単にする必要があります。漠然とした指示をしたって、何をしたらいいかわからないんだから。「業績が悪いから業績をあげましょう」どうやって?(笑)こんなもん、聞いてる方は「あほか」って思うだけなんですよ。だから細かいことは、個別に詰めたほうが確実です。納得して理解してもらう。納得して理解する、ってのは「実行する」って事ですから(笑)実行してなかったら「てめえ、いい度胸してやがるな」と、ボス権限を振りかざすことになるわけですね。しかし、朝礼はそうはいかない。上の立場から末端の立場の人まで、みんな集まります。「みんなでがんばって業績を上げましょう」って言われて「じゃあ私は何をすればいいの?」ってわかんない立場の人だっているでしょ。今日から仕事を始める人ができる事でも、業績につながるって思ってもらえればいいと思うのです。自分がしている仕事が、組織の中で価値のあることである、とイメージしてもらえればいい。あるいは、自分の存在が、組織の中で価値がある、とイメージしてもらえればいい。「仕事も適当に楽して時給もらえれば」なんて思ってる人は、ここでは置いていきます。何人かはいますよ。そうでなくても問題を起こす人もいますから。もめごと起こす人ってのはね、組織管理者からすると困るんです。もめごとかどうか、ってのは「あの人が怖い」ってのと「あの人が嫌だからやめる」ってやつです。厳しいのとは似てるようで違います。一人でできる仕事には限界があります。もめごと起こす人は、一人分以上の仕事はできないんです。一人分以上の仕事ができる人ってのはね、たとえて言うなら「160キロのストレートが投げられるけど、キャッチャーがとれないならスピードを落とした球を投げてゲームが作れるひと」なんです。「俺の球を受けられないキャッチャーが悪い」っつって、とれない剛球を投げてたら、試合には勝てません。とれないからってキャッチャーを怒っても、捕れるようになるわけじゃない。これが、このピッチャーがキャッチャーをちゃんと育てられると、業績が上がります。でもって、キャッチャーがリードができるようになると、チームとしての力がさらにあがるわけです。このピッチャーにキャッチャーの育て方や今日のゲームの作戦の中でのバッテリーのするべきことを伝えるのが個人への指示。ゲーム中の中心となる選手を集めて、当面の全体の作戦や方向性を確認して伝えるのがミーティング。全体としての結果を得るために、それぞれが何をしていくかを互いに確認をしておいてもらうために行います。朝礼は「ここへいくぞ」そのために「この道でいくぞ」って事ですね。ボスの私が「俺はやるぞ」という意思表示を伝える場所でもあるわけです。ボスがあきらめたら、誰が一生懸命やるもんか(笑)で、たとえば。今日入ったばかりの人でもできる、業績を上げる事への貢献。「笑顔で気持ち良くあいさつをしてください」仕事の始まりで、気持ちよくあいさつをされたら、気分がいいじゃないか。気持ちよくあいさつされたことが気に入らないから返さない、なんてやつは、その職場を離れたほうがいいです。その時点で、もめごとを起こしてますからね。気分よく仕事が始まれば、それだけで効率も効果も上がるんですよ。嫌々するのと、ノリノリでするのとでは違います。今日初めて仕事する人でも、効率効果に貢献できるんです。ま、業種によって、いろいろ「初めての人でも貢献できること」ってのはあると思います。その「作業」なり「行為」に意義があることを意識できたら。逆にね。意識できる人は、あっという間に組織の中心人物になっていくんです。全体の中での自分の位置がわかるってことは、全体を見渡す目を持っている可能性が高いんですから。まあ、でもだいたい。「おはようございます。よっしゃ、今日も行くぞっ」くらいのことしか言ってねえな(笑)
2010.10.05
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さっきの続き(笑)男も女も、異性に対する思いってのは多かれ少なかれあるはずです。なければ子孫繁栄はありません。でもって、それを助長も嫌悪もせず事実として見る。見誤らないためのひとつの方法です。姿かたちがきれいであれば、それだけで人の印象はよくなるのは確かなのですから。姿かたちも天賦の才のひとつであるとするならば、それを利用するのは当然です。「きれい」とか「かわいい」ってのを、勉強が得意とか歌がうまいとかと同義としてもよい、と私は思っています。でもって、人の才能をうらやんでも自分の才能の足しにはならない(笑)あの人は歌がうまいから歌手になれたのよねーって、それは当たり前の話です。かわいいからもてるのよねー、ってのも同じ。実は「あの人、歌がうまくないのに歌手になれたのよねー」ってのがすごい。うまくないのになれた。つまり、うまくないことを補ってあまりあるものを持っていた、って事ですよ。たいしてかわいくないのにあのこはもてる。こっちの方がすごい。きっと何かある。ひきつけるものがあるはずなんです。実際、きれいでかわいくて歌がうまくて、異性にも同性にもすかれて、なんて人もいるかもしれません。打って走って守れるイチローみたいな選手もいるわけです。そういう人を見て、うらやむなんて、時間の無駄です。「うわーすごい。すてき」って鑑賞させてもらうほうがいい。けど、そんな人はそれを維持するための努力もすさまじいはずだ。高いレベルにいる、ということは落ちやすい、ということだと思います。それから、その天賦の才だけに頼るのも危険です。きれい、かわいい、若い、って、のに頼ってたら、15年しないうちに「あの子は若くていいわよねー」ってうらやましがってます。だって、容色は必ず衰えます。たとえ衰える速さを抑えられても、下り坂を上り坂にはできない。年齢なんて、絶対に逆戻りしませんからね。イチローだって確実に衰えていきます。衰える速度を驚異的に遅くしているとは思いますが、50歳で今と同じレベルでできたらそれは化け物です。…50歳でも、並みの選手より上の可能性はありますが(笑)元のレベルが高ければ、それでも衰えたといわれるでしょう。…人生はその時まだ終わっていない。だいたい「あのオヤジ」って若い頃思ったでしょ?その「オヤジ」から「ジジイ」の時間の方が人生長いんだから(笑)才能がない、って人はいないでしょう。そりゃ突出した、「磨かなくても周囲を凌駕する才能」なんて、持ってる人の方が少ないでしょうが。誰でも、真剣に仕事をすれば、その仕事のエキスパートになっていきます。極端に成果を出せれば「才能」って呼ばれます。努力で手に入れたものでもそう呼ばれます。周囲からすれば「努力」で手に入るものならば、自分も手に入れられるはず。それを手に入れられなかった自分に言い訳するためにも、高い成果を出す能力に対しては「才能」とか「運」という呼び名を使いたくなります。でも、ただそれだけだと、才能ひとつになってしまう。若さだけに頼るのと、さしてかわらないことになってしまいます。燃え尽き症候群とか、これに近いと思うのですよ。さて。若い子はいいなあ、ではなく。自分にも若い頃があった。明日の自分は今より年を食ってる。でもね。私の人生は今日も楽しいが、たぶん明日の方が楽しい。…素敵な女性の知り合いが増えるとしたら、明日以降だもーん。…誰か素敵な女性と「親密」な関係になるとしたら、明日以降だもーん。今は、まだだもーんおおばかやろおである。(-_-;)
2010.10.03
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さて、読んでくださる女性の方にケンカ売るかもしれませんが…個人的趣味とか嗜好を書いてるだけだと思ってください。30年くらい前は、斉藤由貴さんや松田聖子さん、南野陽子さんに夢中だったなあ。おにゃんこクラブはどうでもよかった(笑)えーと。心惹かれる異性というのは、その度合いの差はあっても存在するものです。惹かれ方、ってのもありますが。「いると安心する」とか「頼りになる」とかってのもそうですし、ぶっちゃけ「顔が好み」とか、変わったのになると「耳たぶがいい」とか、余人にはうかがい知れぬ理由もあったりする(爆)その人がいると、気分がなんとなくいい、っていうのも含めて、やはり異性の好みというのは厳然として存在します。なぜこんなことを書き始めたのかっていうと、新しい職場で「やっぱり若い娘の方がいいんですよね?」とか、全然関係のないところで「どんな人が好み?」とか聞かれて、ふと考えたからなんですね。「若い娘が好み?」って聞かれたら「はい、そうです」って答えるんですけど…(笑)否定したって無駄だし、いちいち説明してるのもめんどくさい。アラフォーのオヤジは十代二十代の若い娘が好きなんだ、って事にしておけば世の中が丸くおさまります。そう、丸く収まる。「ボスは○○ちゃんがお気に入りよね」「もちろん!」って言っておけば、みなさんが安心したように納得します。言われた○○ちゃんに対してフォローだけ入れておけば、まあ大丈夫です。大人の男が困っているので、ああいう発言をするのを見逃してくれ、ってね。その対象になる女の子が、機転の利く娘だったら言うことありません。こういう発言をする私を「上手にあしらう」ところまでやってくれます。最近はなかなかいませんが(笑)個人的には、仕事をがんばってる人に目がいきます。柔軟性を持って仕事に向かい、前向きな人。責任から逃げない人、ですね。柔軟性がない、ってのは「仕事をがんばってる」のはわかるけど、自分なりにがんばってるだけで他の選択肢を排除することをいいます。答えが出ても出なくても「どうすればよくなるだろう」を考えてる人。その意見が妥当か効果が出るか、とかはまったく関係なく前向きに対処を考える人。結局ね、話をしていて楽しいんですよ。何かを始めようとしているところを止められたら、なんとなく気分が落ちますよね。こちらが納得させてもらえない「そんなの無理」とか「やっても無駄」という意見を言われると、その時点で、私の意識からは外れます。外れたらからって困ることもないでしょうけど(笑)「そんなの無理」を言うなら「これならいける」を続けてほしい。「コンクリートブロックを100個、ひとりで、1キロ先の倉庫へ移動してください」「そんなの無理!」そりゃ無理かも(汗)でも、そこで「運ぶのにトラック1台手配してもらえればできます」と言えば、前向きに聞こえるでしょ?業務上のお話もきちっとできて、笑顔でコミュニケーションがとれる。ああ、こういう人いいな(^^)って思うと、だいたいにおいて20代じゃないってのは確かです。例外は確かにいるけれど(笑)要はね、きちんと中身を磨いてる人、ってことだと思うんだよなあ。
2010.10.03
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