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先日、長男1号を連れている時に、スマホとはなんぞや、と、近所のドコモショップへ行きました。なんせ、十字キーをセロテープでバッテンに留めてる状態の私の携帯(笑)4年も使ってれば、傷だらけです。ちゅうか、使用する道具に傷がつくのは当たり前、なのでそこは気にしないのですが。目指す領域は「質実剛健」「衣食足りて礼節を知る」「悠悠自適」(爆)自分がものを買う時は「必要でなければ買う事はない」ってなもんで。あ。必要ってのは、実用として必要ってだけじゃないですよ。たとえば、デザートってのはそれだけじゃ困るけど、必ず必要なものだと思います。新しいものを拒否するわけではありませんよ。「昔はそんなものはなかった」って言い方は、今は「昔ではない」ことから眼を背けようとしている言い方です。そして、自分では気づいていなくても、その便利なものの恩恵を確実に受けています。たとえば、このスマホというやつにしたところで、自分が使っていなくても「スマホが利用できる通信環境が構築されている」という事が、日々の生活を支えているのは確かです。「私は使わない」ではなくて、誰かがそれを使う事によってもたらされる恩恵を受けている、という事です。ただ、携帯としてはまだ使えるし必要はないな、って思ってたんですが、店に入って機種を見てるうちに、一応店員さんを呼んで聞いてみました。「いくらなんですか?」…よくわかんない価格表示(笑)2年使えば、実質無料。ま、実際には「これもいっしょに申し込めば」っていうサービスもあったのですが、とりあえず、機種変更が実質無料でありました。長男に「おい、この機種で充分か?」って聞いたら「十分。問題ない」というアドバイスをもらい、店員さんに「これください」って言いました。アプリの「LINE」が使えればそれでいいや、みたいなとこもありました。余談ですが、この店員さんが「どこかで見たような…」って思ったら、あ、そうだ。AKB48の前田敦子さんによく似てる。いろいろ前田あっちゃん(笑)に説明を聞いて、パソコンみたいなもんならそんなに困らずに使えるだろう、と。「何か質問はございますか?」と聞かれて「何を質問したらいいかすらわからないから、気にしないでください(笑)」「あはは(笑)」というわけでスマホデビューでございます。家に帰ってくるまでの間に、必要なアプリと不要なアプリを整理して、ダウンロードして、使いやすいように出来上がっておりました(笑)…3日ほどで使い慣れましたが、こりゃあ確かに便利かも。
2012.04.27
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「常識」というのは世の中で「当然」と思われていること…と、「自分が思い込んでいること」だったりします。言い方を変えれば、人それぞれに、それまで生きてきた中で学んできた日々の暮らしを重ねていくための術であり、習慣です。つまり、人によって常識は違うんだけど、人はその自分の常識に従って動くのです。だいたい「そんなの信じられない」っていうセリフを自分が吐いた時、それは自分の常識と違うものを現実にしたときって事ですよ。ある意味、この「信じられない」とか「まさか」をしょっちゅう言ってる方は、自分の常識の方が少数派だと思った方がいいかもしれません。勘違いしないでいただきたいのは、正しいとか間違いとかではなく、ということです。たとえば、行列に並ぶのが常識の国では、割り込む人は非常識なんですが、場合によっちゃ、並んでる人が非常識ってな文化の国もあるわけです。で。この「常識」「非常識」を意識する機会というのは、自分自身の「対他人洞察力」を計れる機会かもしれません。「そういう考え方もありか」「この人はここまで考えてるのか」「ここまでしか考えられないのか」他人は自分とは違う、ということを認識し対処する準備ができているかどうか。要は、想像力があるかどうか、って事ですね。誰かがよろこぶ顔が想像できることと、未来を予想する能力は実は同じもの。誰かを喜ばせる能力は、未来をコントロールする力でもあります。当人がいい人かどうか、なんてのは関係がありません。喜ばせてくれる人についていくものなのですから。怒りってのは、対象がピンポイントになるので、コントロールという点では発生しやすいし方向も向けやすいけれど、実は安定着地はしないという難点があります。壊すことはできても、解決はしない。解決するんじゃなくて、新たな火種に生まれ変わるだけだったりします。自分の常識から外れた他人を非難することは、往々にしてあります。他人の常識から外れていて、非難されることもあります。どちらにしろ、自らのキャパシティの狭さを公表してるようなものですね。「どうしてそんなことするの」と「どうしてそこまでしなくちゃいけないの」の根っこは同じ。自分の中の常識と他人がもつ常識が違ってる。だからこそ、その常識の違いを、ルールやマニュアルで縛っておく必要があるのです。ただ、この「他者との常識の違い」ってやつを認識できる人って、なかなかいませんよ(笑)分野にもよりけりですけどね。
2012.04.21
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今、たぶん日本で一番人気のあるマンガ「ワンピース」の主人公ルフィの弱点は「泳げない」という事です。細かく言えば「食い意地が異常」とか「楽しければそれでいい」とか「自分のやりたいことをやってるだけで、指揮をするわけではない船長」とか(笑)でも、ルフィの弱点と聞かれて、マンガを読んだことのある方なら、「ルフィはカナヅチ」って思うんじゃないかなあ。作品世界の中でも、海が舞台なのにその海の中では動けないっていうのは、大きな足かせですもんね。さて。ルフィのように、まったく泳げないカナヅチさんにとっては、海の深さは関係ありません。深さが身長以上であれば、2メートルも100メートルもいっしょ。向こう岸に泳いで渡らなければならない、となったらその距離が10メートルだろうが1000メートルだろうが、同じことなのです。たとえ、1メートルでも「泳げる」のであれば、その距離を伸ばしていくことはできます。短いけれど、たった1メートルであっても「泳ぐ」という行為ができるのであれば、1メートルが1メートル50センチになる可能性はあります。ま、ルフィだったら、ゴムの腕を伸ばして、代替手段を見つけられるとは思うけれど(^_^;)努力とか学習ってのは、そのとっかかりが必要です。伸ばしていくには伸びるための基礎がいる。たとえば、本を読んで学ぶためには、その本に書かれている言語が理解できる、という基礎が必要です。逆に、その基礎があれば誰にでも可能性は発生する。仕事も同じ。「それは無理」って思う時、その無理は「ルフィの水泳」か否か。「ゾロの独り歩き」っていうレベルの無理もあるなあ(笑)とりあえず進んでるうちに、いつのまにか目的地にはついてる、っていういきあたりばったりとか。ひょっとすると「そんなこと無理」って言えるくらい自分はがんばってるんだ、って言いたいだけの自分かもしれません。ま、往々にして仕事の場合「泳ぐ」ことは手段であって、目的ではない。上手に泳げるにこしたことはないけれど、目的地にたどり着く別の方法があるのなら、泳いでいく必要はなかったりします(笑)
2012.04.17
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ちょいと時間があったので、犬山城へ桜を見に行きました。お花見は、桜と、似合う風景があれば、それでいいなあ。
2012.04.09
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よかったあああ。今、中学生じゃなくて。マジで。音楽少年でしたけど、ダンスはねえ(汗)ちょうどマハラジャとかベルファーレが全盛の頃ですけど、行ったことはない(笑)だいたい、盆踊りしか踊った事ありません。って、あのダンスとは違うのか。周囲の同世代の女性の皆さんに聞くと、かなりの確率で「行ってた行ってた!お金払ったことない~」ってなセリフを聞けるんですけど。扇子振って踊るダンスだったら得意かもなあ(笑)ダンスの授業が「必修化」という事に、過敏に反応しているような気がしてなりません。授業の中の一項目が増えるだけでしょ?一年中、ダンスをやってるわけじゃないでしょう。それとも「ダンス」って科目が増えるんでしょうか?それとも、そんなに重要視をされるほど内申点とかに響くのかな?…苦手とか言ってないで、踊ってみたら楽しいかも(^_^;)盆踊り、結構踊ったもんなあ(笑)
2012.04.06
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車の運転とか、レジとかで列に並ぶときとか。とにかく、一歩引き下がって他人に譲る、というタイミングというのはあらゆるところで発生します。のべつまくなしに譲って、自分の目的を果たすことができなかった、なんてのは大馬鹿ヤローですが、上手に入れてあげられたら、そこは上手に回ります。と、いうことで、たまたまあるタイミングで他人に先に譲るところを知り合いが見ていました。「今、一瞬止まったよね?普通にいけばいけるのにどうして?」ちょうど、駐車場で車が枠の中に後進で入ろうとして、一度で入れず切り返しをしていました。その後ろを通ろうとして、スペース的には通れるスペースもあったのですが、ちょっと待ったのですね。でもって、切り返しのために車が前に出た瞬間にその後ろを通ったのです。「バックしてるときに、いきなりその後ろを通られたらびっくりするだろ(笑)車が前に向かってる時なら、ぶつかる!ってあせらなくていいからさ」「へー、すごい。そこまで考えてるんだ。やさしいんだね」「やさしい、ってのとはちょっと違うよ(笑)」自分には「お先にどうぞ」って譲るだけの、余裕と大きさがある、ってアピールしたいだけなのですよ。ちょっと待ってあげるだけの、人間的余裕が常にあるぞ、みたいな。車の運転で言えば、譲るだけの余裕も持てないようなへったくそなドライバーじゃないよ、って見せたい。周りで見てて、自分が先に行こうとするドライバーってかっこわるいでしょ。満足してるのは本人だけで、強引に入って「私ってうまい」みたいに思ってそうな。それよりも、迷ってる車をうまく入れてあげられるほうがかっこいいと思うのですね。ブレーキをふまずに、後続車に意識させずに、スムーズに入れてあげる。とかね。ついついですけど、コンビニとかレストランとかで、新人らしき従業員さんに当たったりすると、短くですけど、応援の言葉をさらっとかけたくなったりするんですよ。喫茶店とかで、ふるえる手で運んできた新人さんに「がんばれっ、もうちょい」とか、置いた後で「緊張したねえ。毎日やってたらすぐに慣れるよ」とか(笑)軽く笑ってくれたりすると、ちょっとした自己満足を得られるのです。
2012.04.03
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