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私は物知り…だと思われています。職場とか子どもたちとかからも。先日も職場で「え?ボスが知らない事もあるんだ?」って言われました。もちろん、それはもう単なる思い込みでしかありません。世の中、知らない事の方が多いんだから。じゃあ、どうして「物知り」だと思われてるんだろう?って考えたんですよ。…知ってることしか答えてないんだ、そういえば(笑)…知ってることにしか答えてなければ、そりゃ、知らない事なんてないわな(爆)
2012.07.24
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「売れる」ってどういうことでしょう?「手に入れるために対価を支払う気になる」ってことですよね。ぶっちゃけ「ほしいから金を払う」って事です。でもって、もっと言えば「金を払う気になる」という事です。つまり、気持ちの問題ですね。安くても、その気にならなきゃいらないしさ。たとえばですけど、朝昼晩と食事をする方は、それぞれのお食事に対して多かれ少なかれの対価を支払っておられると思います。(もしかして「自給自足なのでお金は使ってない」という方もおられるかもしれませんが、その場合の対価は自分の時間や労力って事になりますからね)ちなみに私の場合、一日に夕飯しか食べないので、朝ごはんと昼ごはんについては、通常まったく金を払っておりません。いらないから買わない。つまり支払わない。2000円の定食が100円で食べられたとしても、食べないんだから興味すらない。ここに、供給はあっても需要はないんです。需要のない商品は、なんぼあっても売れない。ただ、ここから先が問題でして、需要は作り出せばいいって場合もあります。音楽で「売れる曲」ってのがあります。でもって、音楽って、似てるようで代替が効かない商品です。お食事って、お家で食ってもお店で食べても、昨日の残り物でも、ラーメンでもお茶漬けでもパンでも、とりあえず腹はいっぱいにできます。音楽って、家で聞いても車で聞いても、ライブで聞いても。 本人のを聞いても、素人のカバーを聞いても。 AKBがなかったからSKEを聞いても。満足ができるかと言うと、そうは簡単にはいきません。でもって、前の曲が売れたからと言って、次の曲が売れるとは限らない。お食事だったら、昨日食べても次の日にはまた腹が減りますけどね。音楽は、その「買われるモノ」が購買者側に提示されて、初めて需要を喚起できます。つまり、買う側も、その音楽が自分が買いたいものなのかどうななのか、確認するまでわからない。つまり、確認したら誰もが「いらない」って思うかもしれないけれど、逆にすべての人が「これがほしい」って思うかもしれないのです。これは、実は音楽に限らない。普通の商品でも言えます。買う側が「今まで気が付いていなかったけれど、私がずっとほしいと思ってたのはこれなんだ」って場合があるんです。20年前、携帯電話をほしいって人、まわりにはいなかったよ(笑)スマホなんて欠片もなかったしさ。ipod、ipad。5年前でもしらなかったし。お食事だってそうです。目の前にメニューが差し出されて「あ、これ食べたいな」とか「そうそう、今日はこの組み合わせが食べたかったんだよ」なんてこともあります。スーパーへ買い物に行って、野菜や魚を買いたいわけじゃなくて、食事の材料を買いたいんです。男の一人暮らしでカボチャ1個買ってもしょうがない。「ほしいものが何なのか」がわからない。あるいは、迷ってる。実は、多くの人が迷っています。あるいは、何がほしいかわかりません。実は今、買う側がまったく想像できないものが、ものすごくほしいものとして隠れているのかもしれません。大ヒット商品だったスーパーファミコンなんてそうですよね。カセット式家庭用ゲーム機。今でこそ当たり前ですが、発売される前は、そんなものがほしいなんて思ってた人の方が少ないと思います。その時に、気持ちよくわからせてくれるものが「売れるもの」…いや、購買者側が「買いたいと思うもの」という事になると思います。でもって、こう思う人の人数分だけその商品は販売される可能性がある、ということなのです。まだこの時点では可能性、ですけどね。払えるかどうか、って問題は別の話です。ま、往々にしてモノを買うっていうのは、その商品を買って実現できる生活を手に入れるってことでもあります。自分のできる範囲内で実現できる生活。それをより満足できるものにするために、人は日々を生きていくのですから。最近、積水ハウスのCMで剛力彩芽さんが出演してるやつがありますよね。「君が住んでる/積水ハウス」って歌詞のCMです。新しい家が買いたくなりませんか?(笑)でも、家が買いたくなるCMじゃないんです、あれは。「しあわせなせいかつ」を買える気がするんですよ。もっと言えば「とってもしあわせなせいかつをいれておくのにふさわしいのは積水ハウス」って事ですよね(^_^)
2012.07.24
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休みじゃないんですけどね。会議なんですけどね。早く目がさめてしまいました(汗)会議中に寝そうだな(汗)光の加減とレンズの関係だと思うのですが、なかなか神秘的な写メを友人からもらいました(^_^)先日の伊勢神宮といい、連続で神社系です。…神頼みしたいような今日この頃(汗)長時間眠れないのは年齢のせいだと思うのですが(笑)目指せ悠悠自適。とりあえず現実逃避。もともと、神社仏閣は大好きな部類に入ります。ちゅうか、日本の大和朝廷成立から平安時代にかけての日本史が好きなので、神社仏閣はついてまわるのですね。ちなみに、ここは三重県亀山市の能褒野神社、日本武尊の御陵とされている場所です。(そうそう「三重県」の「三重」は、古事記によれば日本武尊の言葉が元になってるのですよ)ちょっと哀しい言葉ですけどね。長男が生まれた頃、この近くに住んでいて、歩くようになった頃、時々散歩に連れてきた覚えがあります。…もう20年前の話です。…あの頃、長男はトドじゃなかった(爆)
2012.07.13
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朝の早い時間に、伊勢市内に行く用事があり、名古屋から走っていったわけなのですが…時間読みに余裕を見すぎて、1時間以上早くついてしまいました。で、思いついたわけですよ。「そういえば、ずいぶん神宮も行ってないなあ」って。4年前までは毎日前を通って仕事に行ってたのに、いつのまにやらご無沙汰しています。…ま、もっとも、前を通ってただけで参っていたわけではないんですけど。早朝の神宮(内宮)は人影もまばらで、そりゃあもう、昼間よりさらに凛とした空気が流れておりました。森が作る影と、そこに揺れる木漏れ日。昨日の雨に洗われた風が、参道を歩くように進んでいきます。鳥居ごとにお辞儀をしつつ、玉砂利を鳴らしてゆっくりと本殿へむかいました。知ってる方は知ってると思いますが、伊勢神宮の本殿は一般の方がお参りできるところと、その奥にさらにふたつほどあります。(うろおぼえですけど)一番奥でおまいりができるのは、皇族の方だけじゃなかったかと思うのですが…で、一般の方がお参りできるところには、正面に布がかけてあって、奥の拝殿はかすかに透かして見えるくらいなのですね。ところが今日は。お賽銭をお供えして、お辞儀して拍手してお辞儀して…顔をあげたら、奥の拝殿の側からやわらかい風が吹いてきました。「あ…」と思ってる間に、拝殿をかくしている布がゆっくりと持ち上がっていきます。はためくわけではなく、風をふんわりとはらんで、布がもちあがったのですね。朝の光の中、奥の拝殿のたたずまい。静謐とか凛ということばの他に「凄」という言葉を思い出すほどの圧倒的な力。神様、ありがとうございました。素直に言えたのですよ。余談。本殿のそばには、必ず制服の警備の方が立っているのですが…その警備さんも唖然とした顔で、見ていたのが印象的でした。
2012.07.04
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