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私のホームページの表紙です。ホームページを作るまでをエッセイにまとめました。パソコンを習う60歳のときに、5年間アメリカで過ごした体験を文章にして残したいと思い、今まで悪筆で書くことが苦手であるのでパソコンならでは少しは文章が書けるのではと思った。夫に、私もパソコンがほしいと言うと、家に2台のパソコンはいらないと否定された。そして、今あるパソコンで最初に字を打ち込む練習をしたほうがいいと言うので、夫のパソコンで字の打ち込みの練習をしたが、それだけでは面白くないので、他のものを見ていたら、「おれのいないときにパソコンをいじりまわすな、壊れる」と怒られた。それからパソコンに触れることは怖くてできなかった。そのあとパソコンをほしい気持ちを持ち続けながら65歳まで歳月は過ぎていった。65歳から私名義の年金がはいったので、数か月貯めて、夫に相談せず、娘がアメリカから一時帰国したときに、パソコンを習うために機種を選んでもらい、小さいノートパソコンを買って立ち上げてもらった。娘が帰ったあと、ノートパソコンを持ってパソコンスクールへ習いに行った。先生は40歳後半の中年の男の人で一人で教えていた。私は、ホームページを作りたいので学びたいと言うと、先生は「あなたはおいくつですか」と最初に聞かれたことをよく覚えている。先生は、私が既にパソコンができる人だと思ったらしく、すぐにパソコンを開け難しい言葉を並べるので驚いた。何も知らないことを言うと、基礎のワードから習うことになった。当時、ほかに生徒がいなかったので、運よく個人指導であった。毎日午前中、2時間授業を受けた。そして、休まずに通い習ったものを家で何度も復習をした。しっかりと覚えないと先に進めないのだ。その時につくづく思ったことは、予習ができないことであった。未知の世界は教科書を読んでみても意味がまったく理解できなかった。ワードの授業が終わり、エクセルの基礎を習う段階になった時に、これは後回しにして早くホームページを作りたいとお願いした。教科書はホームページビルダーという本を使った。授業料も高くなった。上級クラスであることは後で知った。パソコンスクールでホームページの授業を勉強しながら、家では宿題と一緒に私の個人のホームページを並行して作っていった。午前中はパソコンを習い、午後はプールで泳ぎ、夜は遅くまで復習をした。教科書は 1. Microsoft Word 2002 2. ホームページビルダー7基礎編 3. ホームページビルダー7応用編 データーのCD_ROM付きの3冊の本で学んだ。難しかった。私のような年寄りに教えるのは先生も大変だったと思う。運よく私が習う時間帯には誰もいなく、わからないことは何回も聞くことができた。「呑み込みが悪くて、すみません」と言うと、理解力があるほうだと言われた。夫婦仲は最悪だった。夫に相談せずにパソコンを買ってから、ますます会話がなくなった。会話がなくても今は夢中になるものがあるので、気にはならなかった。ある日、私の自動車の車検の日は歩いて行かなくてはと思っていたら、「今日はパソコンスクールまで送ってあげる」と夫が言ってくれた。このときは許してもらえたと思いホットした。教科書で習いながら並行して作っていった私のホームページも、少しずつ出来上がってきた。パソコンスクールへは、毎日休まずに約4カ月通い、約100時間で私の大まかなホームページはできた。授業料も結構高かったが、惜しいとは思わなかった。私のホームページの内容は、一 アメリカ生活の想い出 5年間過ごした時のこと。二 趣味 アメリカで習ったステンドグラスで作った作品集三 美術館 日本にあるステンドグラスのある建物を探し出かけて写真をとる。四 旅行 海外へ行った旅と考えていた。ページ数はまだ五枚しかなかった。当時、信濃毎日新聞社で「ホームページ大賞」の参加作品を募集していた。もっと内容を充実させ1年後に応募することにした。アメリカ生活の想い出の文章は大体の構想を考えていた。それからステンドグラスの窓がある建物を探しまわると、美術館や駅の構内の窓、教会の窓などにあり写真を撮りに行った。そして、ホームページを開けた人が見に行けるように、美術館、駅の名前、教会の住所も記載し、それぞれのホームページがあればリンクできるようにもした。ページ数がだんだん増えていった。ホームページビルダーを使うと簡単である。ページ数が多くなると、ページの最後に、次に、戻る、トップ の記載が多くなり細かいことだが根気よく載せていった。同じことをくり返す操作のデザインは一つに決めて載せたほうがきれいである。趣味や美術館などは早くに作り、アメリカ生活の想い出は、インターネットに公開してから書き綴った。姉、妹、弟、友達に読んでもらうように知らせた。想い出の文章を書き終わっときは、想い出だけで18枚のページ数になっていた。信濃毎日新聞社のホームページ大賞に応募した。参加作品の全383作品中で、40作品がノミネートになる。驚いたことに、私の作品が選ばれたのである。ノミネート作品は、新聞の読者が読み投票してもらい、投票数が多かった人はプリンターを賞品としてもらえることになっていた。ホームページ大賞は投票数にはかかわりなく審査され選ばれた。新聞にはノミネートされた作品が記載され私の作品の表紙が載っていた。年齢は若い人が多く、私が67歳で一番としうえだった。新聞社からノミネートに選ばれた通知が早めに来ていた。もちろん、夫に伝えると驚いて、友人や、知り合いに、私のホームページがノミネートされ公開しているので投票をするように頼んでいた。投票数は40人中20番目であった。ノミネートされてから、旅行のページに紀行文や写真をたくさん載せて更新していった。そのために読むのを楽しみにしている読者がいたようだった。投票をしてもらいコメントを書いて貰ったのもうれしかった。65歳でパソコンを買いホームページを初めて作り、ホームページ大賞の作品でノミネートされるとは思いもよらなかったが、一生懸命作ったことに良い評価をもらえたことは嬉しかったし楽しい時間を過ごすことができた。信濃毎日新聞社のホームページ大賞は2009年に中止になった。 おわり おわりまで読んでいただきありがとうございました。しばらくブログはお休みします。
April 30, 2013
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映画が公開された日に見に行く。朝1番で見るが観客は少ない。制作期間12年、スティーブン・スピルバーグ監督の映画である。彼の夢が人類を自由にしたアメリカ史上”もっとも偉大な大統領”として知られる、エブラハムリンカーン。その大きな栄光と裏腹に、彼の大統領としての職務は苦なんの内に始まる。奴隷制の存続を訴える南部の州が合衆国を脱退し、南北戦争が始まる。「すべての人間が自由であるべき」と信じるリンカーンは、〈人間の尊厳〉と〈戦争の終結〉のはざまに立たされる。自分の理想のために失われていく若いの命。2013.5.3 信毎新聞の記事1865年1月、米下下院議会、奴隷制度を廃止する合衆国憲法法案の採決が下される「賛成119表、反対56票」大歓声に包まれる。憲法修正は3分2以上の賛成が要る。「自由を母胎として、すべての人間は平等である」この信念が奴隷解放宣言を生み、憲法の修正で法的に裏付けられた。リンカーンは採決から3か月後4月14日に凶弾に倒れた。憲法は年末までに4分の3以上の州議会が承認、発行した。ロシアの文豪トルストイはリンカーンを「地球本体のように広くて大きい人道主義者」「数世紀後の世代は我々以上彼を評価するだろ」とたたえる。 壮大なロケーション 戦争の残酷さ 制作期間12年。作る費用もかかったと思う。リンカーンに息子がいて一人の息子がもうすでに亡くなっている。自分の息子が戦争にいく志願を母親が父親のリンカーンにも行かせないように頼む。戦争を早く終わらせたい気持ちが強い。息子のことも苦悩している姿がある。議会では法律を変えなくては戦争は終わらない。奴隷維持派3分の1以上多いため奴隷解放の法案が通るように、一人ひとり、リンカーンが説得していく。説得していくリンカーンの話しや大統領として演説が素晴らしい。リンカーンの言葉はいつまでも新鮮で心に響く。いい映画だった。
April 23, 2013
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平尾山守芳院の久しぶりに写経に行く。写真の右側の樹が佐久市景観重要樹木第一号に平成24年9月3日に指定されていた。弾正の杉 老木である。樹齢400年余り、樹高30メートル周囲10メートル他にも老杉が茂っている。境内には私の好きなカタクリの花があちこちに咲いていた。
April 16, 2013
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私のホームページ「Welcome to まさこの窓」の中にある改訂版アメリカ生活の想い出をファイルで本のようにまとめました。以前に本を作るつもりでいましたが、カラー写真付きの本はお値段が高く作ることをやめました。パソコンを持っている人は興味があれば見てもらえますが、パソコンのない人にも読んでもらいたいと、 花桃果喫茶店 に雑誌と一緒に置いていただくことになりました。どれだけの人が手にとってもらえるかわかりませんが、初めての試みです。文章はホームページと同じですが、新しい写真を加えて内容をわかり易くしました。目次第一章 アメリカ転勤辞令 特訓 自動車の運転練習 単身赴任の留守家族 アメリカ合衆国 カルフォルニアについて第二章 わくわく どきどき びくびく 住んでいたアパート スーパーマーケット 観光地 バルボア アイランド カルフォルニアの自動車免許取得第三章 シニアセンターへ行く クラブ活動 教会のキルト展 初めてのご招待第四章 初めましてエレン オクサンコンニチハ ピカピカのシンガーミシン ボートパレード Who are you ? ベビーシャワー ラスベガスへ行く第五章 ハリエット先生 バグパイプ音楽隊 我が家にご招待する アパートのコインランドリー室で第六章 オレンジカウンティー(Orange County) パシフィック コースト ハイウエイ ファッションアイランド ラグナビーチ ローズパレード 早朝の魚市場 日帰り観光第七章 アダルト スクールで英語を学ぶ アダルト スクールで知り合った人々 カレッジのESLで英語を学ぶ第八章 リトル東京 ヤオハン アメリカの医療について アメリカで暮らして学んだこと第六章のローズパレードは写真がみつかり一緒に載せてみました。 作ったアメリカ生活の想い出のファイルです。アメリカ生活の想い出 私(まさこ)は、夫(ゆうさん)の転勤で、49歳から53歳の間、 アメリカ カルフォルニア州にあるニューポートビーチで過ごして、 楽しかった想い出を記録に残したく、色々と綴ってまいりました。このファイル本を買ってくださった人もいます。
April 9, 2013
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3月30日 上野恩賜公園へ行く。桜の花が満開でお花見の人でにぎわっていた。お花見のdigibookをいくつも作っているが、やはり満開の桜の花の写真を撮ると作りたくなる。お花見と美術館 ←クリック東京都美術館と国立西洋美術館で エル・グレコ展とラファエル展を見て、東京の大田区にある龍子記念館も見て回った。記念館はNHKの日曜美術館で説明があり興味を持ち寄ってみた。小さい美術館であるが、大きい作品があり、源義経が蒙古に行ったのではないかとの らくだと一緒に描かれている作品が面白かった。川端龍子記念館日曜美術館 川端龍子昨年の上野恩賜公園の桜小諸懐古園の桜 今年はまだ咲いていない。
April 2, 2013
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