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バアバの選んだ、なせけいこさんの絵本。 「ルルちゃんのくつした」と「ゆうれいとなきむし}孫娘、ことね(2歳3ヶ月)は、絵本と歌が大好き。この2つからコトちゃんが自らの言葉のイメージを膨らませ、語彙を豊かにしていることは、確かなことである。この月齢の幼児にとって、絵本を読むとはどんな意味があるのか、この2週間、ことちゃん手足口病、プール熱と伝染性の病気が相次ぎ、保育園はお休み。ばあばは育児支援の出番とあいなり、てんやわんやの毎日であったが、ことちゃんの言葉の発達は目覚しく色々考えるべきこと多い。なせけいこさんの絵本「ルルちゃんのくつした」は、コトネのママも幼い時読んで育ってきた絵本である。コトちゃん、この絵本お気に入り。最初から最後まで暗誦している。時々生活の場面で口ずさむ。保育園のお昼寝のときなど、「ルルちゃんのくつした」をお気に入りのお友だちと2人で、探して、この本を持ってお昼寝をするそうな。お昼寝のとき、脱いだくつした。ルルちゃんはポイと捨て置いたために、片一方がどうしても見つからない。ママにきいても、先生にきいても、お友だちに聞いても、ルルちゃんのくつしたは何処に行ったか分からない。ルルちゃんのくつしたもルルちゃんを探して、あちこちうろうろ。でも、やっぱり、ルルちゃんとくつしたは再会できず、片足だけのくつしたを、はいたルルちゃん、かなしげな顔して立っている。とても単純なすじのお話である。しかし、コトちゃんとバアバはこのお話を通して、コミュニケーションしている。計り知れない広い世界でコミュニケーションしている。コトちゃんは、ルルちゃんのなくした片一方のくつしたになりきって、ルルちゃんに出会えない悲しさや、恐さを身体で感じている。最後までルルちゃんに出会えなくて、迷子になってしまつたルルちゃんのくつしたに、コトちゃんのこころはかなり衝撃を受けている。以前、バラ園にコトネとママとバアバで行った時、ママがみたらし団子を買いに売店にいったのだけれど、混んでいてかなりの時間、バアバと2人で木陰で待っていた。そのときコトちゃん、目の前を通る、電動列車や、遠くの池に興味深々、すぐにもその場を離れて飛んで行きたいのをじっと我慢している。バアバが「ルルちゃんのくつした」を、迷子のくつしたさんとコトちゃんがママと会えなくなることを結びつけ話したら、コトちゃん、はやる心抑えて、ママを待つことが出来た。更に、最近、コトちゃん、夜寝るとき、何時もは点灯している小玉球を消して、「さぁ、ねんね」とママが言ったら、しばらくしてからコトちゃん、「ことちゃん、迷子になって、こわい」と言った。これは絵本の力のすごさである。すぐれた絵本は、このように2歳になったばかりの幼い子にも、なくした靴下から、イメージを膨らませ、迷子の不安や悲しさまで連想することが出来る。2歳の幼い子でも、言葉をここまで、自分の力で理解を膨らませることが出来る。大人と幼い子とのコミュニケーションを通して獲得された言葉は、このような広がりや深さを獲得することができる。ここには、すでに知性の芽生えがある。ただ単なる暗記、テープやテレビによる、どぎつい垂れ流しの言葉では、幼い心をこのように育てる事はできない。テレビやビデオにお守りさせている若い親たちは多い。特に今の中学生たちの親たちは、無批判にテレビやゲームのなかで子どもを育ててきた。今の中学生の多くが、日本語が貧困で、思春期にふさわしい抽象化された言葉へと発展させることができないでいる。今の中学生の低学力の原因の一つが、この言葉の未獲得、未成熟にあると私は思っている。これは、幼児期の言葉の獲得の仕方に問題があるのではないだろうか。早い時期に「ことば」を真似たということと、言葉を獲得したということは別問題だ。暗記して、たくさん言葉を知っている子が、本当の意味で将来発展的に高いレベルの言葉を獲得することが出来るかどうかとは別問題である。まして、字が読めるから、もう自分で読みなさいと子供を突き放し、早く読めることを自慢げに話す親がいるが、このような本との距離のとり方は、青年に成長したとき本嫌いをつくるだけ。文字からイメージして、理解するという頭脳の活動はとても高度なこと。その成長にも粘り強い大人の手助けがいる。とりわけ幼児期は。この点であまりにも手抜きされているのが今の子どもたちではないか。昔は、その役割を「ジジババの語り」がしていた。本など読まなくとも「豊かな語り」が言葉を育てる土壌を作っていた。その代わりをする、「言葉が育つ土壌」をなくしてしまっている現代。このことを自覚して、絵本を幼い子に与えていくこと必要ではないか。ただ、知識の数を増やすことを「頭がいい子」を育てることと錯覚して、絵本を次々に与えても空回りして、成長したとき、手痛いしっぺい返しを受けるだけである。「ゆれいとなきむし」 作・くろだかおる 絵・なせけいここの本は、この2週間の育児支援のときに、お昼寝のときコトちゃんに読み聞かせた本である。コトちゃんこの絵本も気に入り何度も読んでくれとせがむ。江戸時代のような場面設定で、江戸っ子弁でぽんぽんと言葉がはずむ。「いやだ! いやだ!ぜったい いやだ」「いやだ ばっかり いって いたって しょうが ないだろ! ほらっ、さっさと せんせいの ところへ いって おいでっ!!」「あっ、こらっ! おまちっ!!」 (ここまでは母と子の会話)「ちょいと、ぼうや。どうしたんだい、ずぶぬれで? おまけに ないて いるじゃ ないか」「あーん、あーん、はが いたいんだー!」「はぁ、これは むしばだね。それじゃぁ、はいしゃに いけば いいじゃ ないか。」「ぜったい、いやだーい!いたいの いやだー!!」「じゃぁ、おばけの くにの はいしゃへ いくかい?そこだったら とても よい せんせいが いるよ。おまけに いたく ないって いうし…。」「ほんとうかい? いたく ないのかい? じゃぁ いくよ」「その かわり、おばけの くにまで、ちょっと とおくて、ちょっと たいへんなんだけどね。」「うん、わかったよ。」 ・・・・・・・・・・(海を渡り、火の国の火の中を潜り抜けないとオバケの国にはいけない。坊やは泳げないし、熱いのいやだーと大泣きするので、仕方ない坊やだねといいつつも、おばけは坊やを抱っこして海を渡り、火の国はオバケの体内に入れてもらって無事お化けの歯医者さんに到着。坊やとオバケの会話が延々と続く。)「まったく、おまえにも こまった もんだね。ゆうきの ひとかけらも ないんだから。そんな ことじゃ、ろくな おとな、いや ろくな ゆうれいにも なれや しないよ!さーあ、ついたよ。」「ちょいとー、せんせーい、にんげんの かんじゃだよー。ひとつ みて やって おくれよー!」「おーっ!!」「きゃあっ!!!」「あっ、こらっ! おまちっ!!」(鬼の歯医者さんが恐くて、海も火の国も自力で一目散に駆け抜けて、我が家にたどり着いた坊や)「おかあちゃーん!いくよ、いくよ! はいしゃに いくよ!!」 で、終っているこのお話。コトちゃん、恐い思いして、オバケに抱っこやおんぶされて到着したオバケの国の、次のページ「きゃあっ!!!」と鬼が出てきた場面が気に入り、何度もこのページをリクエスト。この絵本には、コトチャンとお話する材料がいっぱいつまっている。ばあばとことちゃん、二人で、この本の話をどんどん膨らませて、これから、どんなコミュニケーションができるかしら。とても楽しみなのである。
2006.07.30
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今朝も雨。降り続く雨。梅雨前線がいつまでも日本列島に停滞し、日本各地は記録的な豪雨となり、河川の氾濫や、土砂災害が起き、死者(梅雨に入ってからの死者、不明者はすでに28人)さえ出ている。 鹿児島県さつま町や宮崎県えびの市では、降り始めてからの雨量が1200ミリを超える大雨となっている。家の中にまで、濁流が流れるニュースで見るにつけ、その被害のすさまじさには目覆うばかりである。車は窓のところまで水につかり、家具は勿論のこと、牛さえ首までつかって濁流の中にいる。 私の散歩道は、好景気か何か知らないが、どんどん山を丸ごと潰して、宅地造成している。その造成している最中の地下層からは、雑木林が今まで蓄えていた、水がどくどくと溢れ出し、雨が集中的に降った翌日には、道路(山を削り取りつくた道路)に川のようになって、一気に流れ出る。その水の中を、歩道を歩く人間の背丈を越えるような水しぶきを上げて車が走っていく。この土地に、安普請の建売が建ち、一生涯かかって返済できない借金をして、50坪余りの狭い土地に、多くは2世代で暮らす、家族が住み着くことになる。そして、その家族は、自分の家が、かってはどんな山であり、どうやって山をぶっこわし、宅地を造成したか何も知らない。知ろうともしないで、住むであろう。そして、一方では、30数年前、高度成長期にどんどん山を潰して開発した町は、高齢者ばかりの町となり、庭木は伸び放題、草もはえ放題、いかにも滅び行くさまが生々しい者が、ひっそりと住んでいる、廃墟になりつつなる町が出現しつつある。要するに、家も町もそこに住む人たちも、使い棄てられ放置されている。今、山を潰して、開発しているこの町も、いずれ30年もすれば、同じ運命をたどるであろう。否、もっと加速して、廃墟となっていくであろう。これが日本の現代を象徴している町の姿だ。 気象庁の「異常気象レポート2005」(昨年10月)『日本における大雨の出現回数の長期的な増加傾向』には、地球温暖化の影響が現れている可能性がある」と述べている。そのレポートによれば、集中豪雨の発生回数は、百年単位でみても、30年単位でみても、増えている。1日の降水量が、200ミリ以上の日数は20世紀初頭と最近30年間を比べると約1.5倍増加しているという。1日80ミリの大雨も、同じく1.6倍になっている。更に、河川の氾濫や土砂災害は、全くの人災と言って良いのではないか。日本列島が、まるごと宅地造成されているといっていい。とりわけ、稲作の衰退によって、梅雨期の集中的な降雨を水田で保水する機能が、日本的な規模で喪失、減少していることが、被害を大きくしている。私の散歩道で見られるような宅地開発によって、根こそぎなぎ倒されなくなった山が、保水機能はを失くしてしまっただけでなく、宅地は、その9割がアスファルトで覆われ、集中的に降った雨は一気に川になって、排水路を溢れて道路を流れる。さらに、山の急斜面も開発され宅地になり家が立てられる。がけ崩れ、山崩れなどはほとんどが、このような宅地開発による人災であり、起こるべくして起きたことと言って良い。これらの災害によって、愛する家族の命を奪われたり、財産を悉く喪失してしまう国民は、数知れない。そして、その危険、可能性は、日本人すべてに明日はわが身として存在している。それなのに、他人事のように、風水害に無関心な人々が多数いる。災害に遇った人は運が悪かったぐらいの認識の人も多数いる。このようなことは、全くの素人の私でも分かることなのに、建築の専門家たちが、この事実を考慮した国土の開発、宅地の造成をしない事は何を意味するか。国が、このことに気付いているのに、益々、今までどおりの経済の発展の仕方を追求し、好景気だと国民に幻想を与えている。我慢しろと国民に説教している。益々、国土は破壊されている。この国土を、国家を愛せよ。愛せないのは、非国民だとい連中の背後にあるのは、とにかく自己の利益追求のためには、国土がめちゃくちゃでよいという思想である。口先で国民を騙す心地よいことばを並べている。美しい言葉を並べている。騙されているのは、人の良い、無知な国民ばかりだ。あくせく勤勉に働いている市民ばかりだ。国民として、自立して社会を形成できる人格を子どもに育てていく意味が、ここにもある。現行の教育基本法に基づいた人格の形成が国民の多数になっては、困る人々がいる。事実を事実として、見れないようにしているのが、今の日本の学校の教育のやり方だと言うことを知るべきだ。馬鹿はバカののまま、無知のままに、生きろ。と言うのが今、改定しようとしている教育基本法の骨子であることを国民はもっと知るべきだ。
2006.07.25
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Danjoseの花歳時記(外国編)ーサンティエゴ巡礼街道(5)中世のたたずまいを今に残して、旅人の心を慰める村標高千メートルのサン・ファン・デ・オルテガに咲くアンゼリカとルビナス暗い松林をてくてくと際限なく歩き続けるとぱっと視界が開け小花の咲き乱れる野。その向こうに古い教会の尖塔が見えた。教会と数件の民家しかない小さな村、サン・ファン・デ・オルテガ中世の面影を今に残し、数百年変らぬまま、巡礼者のこころを癒し、励まし、明日への活力を、にんにくスープでもてなし続けているサンファン教会 (中世のままのたたずまいの村と教会の尖塔)その教会を望む草原に咲くアンゼリカ可愛らしい白い小花がスペインの照りつける夏に涼やかに風に揺れている。 (アンゼリカの花が咲く野)中世ヨーロッパでは、その強い香りから、魔女の霊が宿る草として知られたアンゼリカ。その根や茎や葉や種子は、薬や香料に人々は使った。 (ルピナスとアンゼリカが競い咲く野)白い小花に混じって野に咲く紫の花ルピナス根瘤バクテリアが、土壌を豊かにするという。他の花々と共演して咲き乱れている。行き倒れそうになりながらこの村にたどり着いた巡礼者たちの心を慰め、勇気づけ、千年のながい時間を変ることなく咲き続けてきた花、花。そして、身に染み入る暖かなスープで旅人の疲れを癒し続けてきたサンファン教会。悠久の時間の流れのなかで、今日も静かに変ることなく、旅人に生きることの意味を問い続けている。 (中世そのままのサン・ファン教会。巡礼者たちがほっと一息、広場でおしゃべり。サン・ファン教会を訪れた観光客の車がなければ中世そのままの景色である)花の名一口メモ :アンゼリカセリ科の多年草、ヨーロッパのアルプス地方原産。茎は高さ1~2メートル、上が枝分かれして、夏に緑白色の小花が多数傘のように集まって咲く。干した根や茎や葉、種子は胃腸薬、興奮剤に利用される。又、根から抽出した精油は、リキュール類の香料に使われ、茎や葉柄はケーキの色づけ、香りづけに使われる。乾草葉はハーブティーにも使われる。日本にも別種ではあるが、同じ仲間にシシウド(獅独活)が自生している。(日本い自生しているシシウドの花):季節の花300ルピナスマメ科、北アメリカ、中南米、アフリカ、地中海沿岸に広く分布し、約300百種が知られている。和名は、花のつき方からノボリフジ(登藤)、葉の形からハウチマメ(葉団扇豆)という。根瘤バクテリアの性質から土壌改良の有機肥料としても用いられる。又、ムシよけの成分も含み、防虫効果にも役立っている。
2006.07.22
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この本は、中学生、高校生にぜひ夏休みに読んで欲しい本。大学生には原書(フランス語)で読んで欲しい本。50ページ余りの短編であるけれでも、人が生きるとき、何が大切なことなのかを、深く考えさせてくれる本である。「木を植えたひと」 ジャン・ジオノ作 ウイリー・グラサウア(絵) 福井美津子(訳) (世界文化社)“L'homme qui plantait des arbres" Jean Giono : Editions Gallimard Jeunesse 世捨て人のようにみえた一人の農夫が、荒れ果て、無人になってしまったプロヴァンスの高地に、来る日も来る日も黙々とドングリの実を蒔き、ブナの苗を植え、シラカバを植え続けるという、極めて単純な物語である。農夫55歳から87歳の30年間、木を植え続け、廃墟の大地に自然の営みをよみがえらせ、人の住む村に変えた物語である。 3年間で植えた種子10万粒。10万粒のうち2万粒が発芽したが、その半分は育たないであろう。残り、1万本のナラが育ちつつある。30年後にはこの1万本は、大海の1滴にすぎないものとなるであろうと、本の中に描かれている。気の遠くなるような種蒔く仕事を30年余り、降る日も照る日も毎日つづける日常。その間に第1次世界大戦、第2次世界大戦と大きな戦争が起きている。ただひたすら、人里はなれたこの高地に木を植え続けていた。 さらにこの本のすごさは、木々が樹齢10年目のころには、自然は連鎖反応して、涸れていた小川に水を流し、風が種子を運び、鳥が種子をばら撒き、蝶が飛交って、花々の種子を天文学的に増やしていくさまを見事に描ききっている。 遮るもののない高地に、耐え難いほどの激しい風が吹きつけ、廃墟の家々を獣のうなり声のように吹き抜けていた風は、今は森をわたるかぐわしいそよ風となって、若々しい家族の庭を吹き抜けていく。 しかし、誰も知らない。 この緑豊かな穏やかな村が、かっては荒涼とした廃村であったことを。緑の野山は、自然に作り出されたものと思って暮らしている。政府の視察に来た高官でさえ、すこし疑念を抱いたが、緑は自然に栄え、そこにあると思っている。誰かの手によって、作り出されたものであることを知る人はいない。 完全に無私無欲で、見返りををもとめない農夫の生きざまは、現代の私たちが忘れ去ってしまったもの。ただ、そのように生きる日常に心地よさを感じているだけだ。どんな苦難も厭わない生き方。 自らの生きざまや、仕事が、社会を突き動かす。しかも、社会を心地よく生きる方へ突き動かすことが出来るなら、それこそ最高の生き方ではないだろうか。 このように生きたいという願望を誰もが心深いところに持っているとは、現代は言いがたい。そのように生きる事は、格好悪いことと否定されている。若い子供たちのこころには、欠落したままの生きざまだ。ぼろぼろの衣服を身にまとい、粗末な食事で、木を植えるなんて、子供たちにとっては、馬鹿らしいお笑いのネタだ。 木1本植えるのも、すべてお金に換算され、儲からないことはやらないという考えかたが、染みついてしまつている大人や青年たち。この心の貧しさは、無数の寂しい人間を作り出している。 「金儲けして何が悪い」と堂々とうそぶく社会。都合が悪くなれば、「盗人金」を海外に異動させ、日本の税金や法から意図も簡単に逃れることができる日本。「自分が儲けた金」と思っているかもしれないが、あの富は、多くの勤勉な働く人々が紡ぎだしたもの。それを無知な市民をだまして、盗んだもの。このような国で日常を営む我々にとって、この「木を植えるひと」の生き方、価値観は全く相容れない、雲の上の話にみえる。しかし、長い人生、最後に微笑みながら穏やかに死をむかえるよう生きることこそ、最も生きがいある生き方ではないだろうか。そのためにも、人生のその途上、途上で、立ち止まり、生きる意味を、生きる原点に立ち返って考える事は意味のあることである。まして、若い人たちは、これからを生きていく人たち、自分の人生を自分の力で切り拓いていく人たち。自分の力で、どのようにでもなる未来を持っている。そんな若い人々が、ぜひこの「木を植えたひと」の生きざまにふれ、物を「無から有へ」と創造していく時、何が生まれてくるか読み取って欲しい。そのスケールの大きさを知って欲しい。この意味からも、ぜひ中学、高校生や大学生にお薦めしたい本である。短編で読みやすいので、じゅっくり読んで欲しい。更に、ウィリー・グラサウアの挿絵が素晴らしい。荒々しい自然、やさしい自然を、スケール大きく細やかな線描画で描いている。自然の営みが聞こえてくるようである。
2006.07.19
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先週は孫娘・コトネ(2歳3ヶ月)が手足口病で保育園が出席停止となり、バアバの久々の育児支援とあいなった。ことちゃんの個性も、よりくっきりとしてきて、楽しみでもある反面、21世紀にしっかりと自立できる大人に育てていく為には、今、何をすべきか、今後どうすべきか、中々難題も多い。 現代の若いパパやママは、我が子に何を望んでいるのだろうか。どんな子どもに育てたいと思っているのだろうか。よく「優しい子」とか「他人に迷惑をかけない子」とかを目標に上げている親がいるけれど、「やさしい子」ってどんな子?「他人に迷惑をかけない子」ってどんな子?幼い時には、何を身に付けさせたら、そういう子どもになる。『言葉』で「やさしい子になりなさい」とか「他人に迷惑をかけてはいけないよ」と子どもに言い続けることだけで、『やさしい子』なんて育つかしら。若いママたちは「言葉かけ」とは裏腹に、たえず反対のことを日常の実際では、幼い子にやっていること多いのでは。 私が、中学生の子供たちに接していて、一番気になる事は、男の子も含めて、すべての子どもが虫ぎらい。極端に虫をきらいなのである。虫に恐怖を持っている。部屋の中に、蚊一匹、ハエ一匹浸入しただけで、大騒ぎ、悲鳴を上げて追い出したり、殺したり。蝶やセミでもしかり、アリでもしかり。とにかく小さい生き物は触るのが気持悪いのである。このようなことで「人」として、全うな感性を育て、周囲と共生できるのだろうか。人間さまに好都合なものだけを、自分の周囲に従えて生きる感性しか育たないのではないか。『やさしい子』など育たず、自分中心の独りよがりしか育たないのでは。 これは、幼い時に、どんな皮膚感覚を育てているかと関係しているのではないかと、私は常々思っていた。コトネのママのブログに、最近のコトネの保育園での遊びのようすと自らの仕事のなかで出会う問題意識で「感覚統合」という記事を書いていたので紹介したい。コトちゃんは泥んこ遊び苦手。泥んこ遊びの時は、いつもすべり台の上から眺めていましたが。さて、どうなったか。。。コトネのママのブログ:Poetry Melodyより(原文のまま) 『泥んこ遊び&水遊び~感覚統合』 6月にはいってからは、保育園では、ほとんど毎日泥んこ遊びです。毎日泥んこセット(Tシャツ、短パン、タオル)を持たせ、それが毎日茶色になって帰ってくるのが、私たち親の楽しみでもあります。子どもが、どれだけ楽しんで保育園で遊んでいるか、その茶色の服を見るとよく分かります。 保育園では、バケツの中に泥んこをつめて、それでお団子をつくったり、ホットケーキを作ったり、そのバケツの中にはいって、泥んこお風呂を楽しんだり、泥んこの運動場に寝転んだり、ワニさんをしたり、さらにそこにホースで水をまき、シャワーの雨だ~~!と走り回ったり・・それはそれは体全体で泥んこを楽しんでいます。 敏感なコトちゃんは、去年も泥んこ遊びを経験しているのに、今年は1ヶ月たって、やっと泥んこ遊びに慣れたようで、それまでは遠巻きに見ていたり、お団子を作って終ることが多かったようです。砂遊びは大好きなのに、泥んこになるとしり込みする。。。それだけ子どもにとって、あの泥の感覚ってショッキングな体験なんでしょうね。分かる気がします。先生がいろいろ工夫して誘導してくださり、最近はみんなと一緒にはりきって遊べるようになっています。そうなると、持ち帰ってくる泥んこセットの洋服の茶色加減がすごくなってきました~(笑)いいことです! 保育園だとこんなに豊かな遊びができるけれど、これを個人でやろうとすると大変ですよね。 仕事で児童館に出かけたときに、泥んこ遊びのよさや、具体的に泥んこ遊びの仕方を説明すると、みんな絶句。。というか「えーーーー!泥んこ?!!」という反応です。小さい子ならともかく、3歳児でも、泥んこはさせたことがないという人がほとんどでした。 泥んこ遊びは、乳幼児の子どもの発達にはかかせない遊びの代表的なものです。 専門用語で言うと、感覚統合をうながす遊びと言います。 泥んこ遊びをはじめ、水遊び・粘土遊び・砂遊び・紙遊びなどなど。 5感(味覚・嗅覚・視覚・聴覚・触覚・動く感覚・重力・姿勢)をフルに使うことができ、出来 るだけ形がなく自分で自由自在に変えることができる遊びのことです。****感覚統合とは*****私たちは何気なく、何かを触って、匂いをかいで、聞いて、見て、味わって・・それを情報処理して、自分の身体をコントロールして動くことができますが、それは自然にできているようで、とても複雑で難しいことなのです。皮膚というのは、自分とその他のものの境界線です。体のどの部分がどういう風に動くか、気持ちよく感じるものはなにか、痛かったり不快に感じるものはなにかを知る事があとになって 無意識に体を操縦するときに必要です。そういうことを「体の地図づくり」と言ったりします。もっと月齢があがれば、もっと複雑な感覚統合をしていきますが、コトちゃんくらいの子供たちは、まずはこのことがとても大切です。***** 囲いに囲って、幼い子を育てているのが現代の子育て。 わたしの知り合いの婆さんは、孫を自分の畑で遊ばせようと畑に連れて行ったら、ママから「汚れるから畑には連れて行かないで」とか、「ムシなど気持悪いので、家のなかに持ち込ませないで」と若いママに注意されている。先日、バラ園に行った時、噴水や小川で、水と戯れているコトネを「羨ましそうに眺めている」同じような年齢の子が幾人もおり、水に触れようとすると側からママが「汚れるからダメ」と注意が飛ぶ、しかも幼子は、とても親の言葉に従順でよく従う。驚くべく「いい子」ちゃんたちである。幼い子に汚れることを嫌い、汚れる遊びを禁止する育児。ムシに触れることを気持悪がる育児。ジジババも若いパパママも、幼い子をどこに導こうとしているのか。一体、何を子どもに要求しているのだろうか。どんな子どもに育てたいのだろうと、疑問を感じる婆さんなのである。
2006.07.18
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Danjoseの花歳時記(外国編)-サンティアゴ巡礼街道(4)海抜千メートル余りの峠越え、高度が少しづつあがるにつれ黄色のエニシダの花が旅人のこころを慰める。 (サリア前:満開のエニシダの大木)北風の吹きつける尾根に列をなす風車。エニシダも厳しい自然の環境に、その姿を合わせて、地面に低く這いつくばり、その花を咲かせる。 (ペルドン峠と山稜の風車・エニシダは低木となって咲いている。スペインの風力発電量はドイツに次いで世界第2位。日本の風力発電量の10倍)エニシダの咲く山道。坦々とどこまで続く山道。 (巡礼の道・旧道と並んで、アスファルトの新道が走るっているのが見える。) エニシダはその昔、ローマ人やカルタゴ人がその繊維からヴェールを織ったという。そして、あの空飛ぶ魔女の乗るホウキはエニシダの枝から作られているという。そして、ナポレオンの大陸封鎖下のフランスでは、ベットのシーツを織る原料になったというエニシダ。地中海の地に生まれ、そのいのちを千年にわたり繋ぎ、人々の暮らしとともに生き延びてきたエニシダ。戦火をくぐり、吹きすさぶ北風に耐え、ある時は人間に寄り添い、いのちを今日につなげて咲くエニシダ。巡礼街道をゆく旅人に今日も咲き誇っている。(ペドラヘ峠に咲く満開のエニシダの大木。巡礼街道を導く標識・貝と↓のマーク。巡礼者はこの標識を頼りに旅を続ける)花の名一口メモ:エニシダ(金雀花)マメ科の落葉低木。5月ごろ黄色の蝶形花が咲く。ヨーロッパ中西部の原産で地中海沿岸に分布しヨーロッパに広く野生化している。70種ぐらいある。日本には、江戸時代初期に渡来したとみられる。緑色の細い枝が竹箒のように伸びて、目も覚めるような黄色の蝶形の花を咲かせる。花の鮮やかさを、高浜虚子は「えにしだの黄色は雨もさまし得ず」と詠んでいる。ヨーロッパにおいては、生活のなかに深く入り込んだ植物であり、伝説や物語のなかにエニシダはしばしば登場する。花や茎には興奮性のアルカロイド・スパルチンが含まれており、イギリスでは、かってはつぼみや鞘を塩漬けにして食べたり、若芽をポップの代用にした。ヨーロッパでは実用的な箒(ほうき)としてエニシダが使われていた。その外まだまだ色々あります…人間との関り方が日本の「竹」に似た植物のように私には思えました。
2006.07.17
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『茶色の朝』 フランク・パヴロフ著、(絵)ヴィンセント・ギャロ、 (訳)藤本一勇 高橋哲哉メッセージ (大月書店) この本は、夏休みに高校生、大学生にぜひ読んでもらいたい一冊である。この本は、わずか11ページの短い寓話であるが、現代を深く考えることのできる洒落た物語である。ありふれた、穏やかな日常、ごく普通の市民である「俺とシャルリー」の生活。コーヒーをゆっくり味わいながら、時の流れに身をゆだねていけば、心地よい暮らしができる平和な国。この国に、ものごとを「茶色」に染めていく出来事が次々に起きている。でもこの2人、なんだか変だなと感じたり、憤ったりしてみますが「茶色に守られた安心、安全」それも悪くない、慣れてしまえば「快適」だ。「街の流れに逆らわないでいさえすれば、生活も安心で面倒にまきこまれたりしない」などとさまざまな自己弁護をして、快適に面白おかしく暮らしている。(ように見えた)俺とシャルリーの生活は、最後に逃れることの出来ない破局を迎える。その破局が自分に襲いかかって来るまで、平穏に続いた暮らし。シャルリーに逮捕の最後の朝がきた、その場面は、茶色党のやつらが最初のペット特別措置法を課してきやがったときから、警戒すべきだったんだ。けっきょく、俺の猫は俺のものだったんだ。シャルリーの犬がシャルリーのものだったように。いやというべきだったんだ。抵抗すべきだったんだ。でも、どうやって?政府の動きはすばやかったし、毎日やらなきゃならないこまごましたことも多い。他の人たちだって、ごたごたはごめんだから、おとなしくしているんじゃないか?だれかがドアをたたいている。こんなに朝早くなんて初めてだ。・・・・・陽はまだ昇っていない。外は茶色。そんなに強くたたくのはやめてくれ。いま行くから。でこの物語は終っている。 フランスとブルガリアの二重国籍を持つ著者、フランク・バヴロフがこの「茶色の朝」を書いたのは、ジャン=マリー・ルペン率いる国民戦線と名乗る極右党がフランスの各地で大きな影響力を持ち始めた1998年であった。 東西冷戦の終結後、西ヨーロッパには、イデオロギー対立が後退し、民族・国民的アイデンティティによりどころを求める極右運動が台頭し、今日に至っている。この極右運動の主張は、「移民労働者や外国人が増えて本国人の職が奪われ、文化が破壊される」という一点で、各国共通のものである。即ち、人種差別に基づく排外主義がその根底に根強くある。このような社会状況の中で、現代フランス社会へ危機感を抱き、抗議の意思表示を強く世に示す為に書かれた寓話である。しかもこの本は、若い人々に読んで欲しいと印税を放棄して、わずか1ユーロで出版された。しかも2002年春、ルペン候補が大統領選挙で、社会党候補を抑えて2位となり、シラク大統領との決選投票で闘うことになったとき、「極右にはノンを」の運動をもりあげるパンフレットとして、広く読まれ、ベストセラーにまでなったのである。とても叙情的で穏やかに進む物語。『茶色』のルールに慣れてしまえば快適だった個人の暮らし。ある朝、突然の破局さえなければ、穏やかに平和に過ぎていくはずの暮らし。この「茶色の朝」は今、この日本の社会のなかでも奥深いところで進行している状況ではないか。先日、閉幕したサッカー・ワールドカップ、その決勝戦で、フランスのジダン選手のみせた怒りは、あの暴力の怒りの抗議は、「茶色」のルールへのぎりぎりの叫びではないか。「ジダンの暴力は許されない」と世間は言っている。しかし、さらにもっと大きな暴力、戦争には、みんな何ら怒りの声を上げていない。黙ってみている。道理ある根拠のない戦争にさえ、日本人で抗議の声を上げている人は極めて少ない。「ラブ、ミー、テンダー」などと、戦争を仕掛けている当人とはしゃいでいるほど、日本は平和であるか。日本の社会に今どんな変化が起きようとしているか。フランク・バヴロフは、「やり過ごさないこと、考え続けること」というメッセージをこの本に寄せている。日本人は「考え続けること」を止めてしまったのではないか。
2006.07.15
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与党「教育基本法改定案」についての小論(その3)1) 自民・公明党の「教育基本法改定案」の改正の論拠は何か。(6/20のブログ)2) 与党の「教育基本法改定案」の前文は何を削り落としたか。(6/25のブログ)に続き、今日は、3) 与党の「改定案」第一条「教育の目的と理念」の目指しているものについて。第一条、「人格の完成」から「国民の育成」への変質。ではその改定案のめざす「教育の目的と理念」は具体的にどのようなものであるのか。今回はこの点で論を進めたい。まず現行と改定案の第1条の条文を見てみよう。[現行の教育基本法]第1条 (教育の目的) 教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値を尊び、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない。与党の[教育基本法改定案]第1章 教育の目的及び理念第一条 教育の目的 教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない。現行の第1条が「人格の完成」を目指し、平和的で民主的な国家及び社会の形成者として必用な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を教育の目標に掲げている。文部省訳による「人格の完成」は、英文テキストでは、the full development of personality(人格の全面的な発達)であり、これは、一人ひとりの個人が自主的、自立的に人格の全面発達を遂げていくという「人間教育」を意味している。この点が,改定案と根本的に違うところである。「こどもの見方、こども観」が180度異なるところである。与党の改定案は、現行の第1条の「真理と正義を愛し、個人の価値を尊び、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた」という具体的な文言を削除し、内容を規定しない「必要な資質を備えた」に置き換えた。では、与党案のいう「必用な資質」とは何か。「必用な資質」の育成は、第2条の「教育の目標」を具体化する「教育振興基本計画」(17条)に則り、時の国家(政府)によって、具体的に方針を決めることが出来るようになっている。即ち「必用な資質」の内容を国家に保留することで、国家が要求する《資質》を内面化させた「国民育成」の教育へと変更することが極めて容易になるである。このような「国民の内面」の管理・統制へとつながる道すじを法律によって保障することを可能にするのが、与党の「改定案」なのである。与党案は「必用な資質」の具体化として、第2条(教育の目標)に一号から五号までに、20を超える徳目を列挙した。この徳目数は教育勅語の13項目を大きく上回る。これらの「徳目」は現在の学習指導要領の「道徳」の項目を法律規定に格上げするものである。「道徳」のこの法律への格上げは、教育課程は「教科」「道徳」「特別活動」「総合」の4つの課程から構成されているのに、「道徳」だけを特別扱いし、教育を「道徳教育に一元化」するものである。これは極めて、時代錯誤、非近代的なものであり、教育を政治の道具に格下げするものである。しかも、その徳目列挙の末文は《…する態度を養うこと》で、ことごとく結んでいる。お上の決めた「すべきこと」を教育の重要課題として、学校で実践させ、その態度の良否を評価することになる、現在でも「道徳」は通知表で評価されている。このようにこどもの或いは親の内面まで学校が監視し、採点するとは恐ろしいこと。益々、学校のお気に入りの「よい子」の量産につながるだけだ。現在も学校では「内申点」をアップするための「よい子」競争が行われている。現在学校の通知表の点数の評価の項目に、「その教科にたいする関心・興味、学習意欲」があるかないかを評価する項がある。挙手を何回して授業に参加しているか、授業中の発表態度は立派か否か、提出物(宿題等)はすべてしっかり提出しているか等を点数化して評価対象にしている。これらはすべては、教師側が生徒にどういう関心を引き出し、子供たちにどういう授業を展開しているかにかかわる問題であり、生徒が評価される項目ではない。教師側の授業展開いかんにより、子供たちの「意欲」「関心」等は大きく変化する。こどもや親は、点数を上げる為に、手を挙げ発表することや、提出物を忘れず出すことに躍起となっている。子どもたちは、教師側の反応をみて行動している。私自身も我が塾の中3年生の子供たちには、どのような態度で授業を臨めば点数が上がるかを伝授している。こどもにとって不本意でも、高校進学を考慮して、この1年は我慢、我慢と忠告している。こどもの「学ぶ」内面的な動機づけや、じゅつくり取り組んでいるが、点数の取れない子、実力はしっかりついているが「反抗的な」授業態度の子どもは、必要以上に低く評価されている。A はBより学力は低いのに(私はそう見ている)高い内申点を得ている。こんな例はしばしばみられる。さらに、提出物に毎日の宿題ノートなるものがある。回答付きの練習問題が与えられることが多い。内容が理解できていない子、習得できていない子も回答を写して提出すれば、提出したこととして認められる。(7割がたの子どもは、分からないまま答えを写して提出)このような事は、その子供がどれだけの学力を身につけているか、それによって子どもはどう成長しているかという中味とは、全く関係のないことである。むしろ、出来ない子もこの競争に加わっているが、やっているふりをさせられているだけで、本当の学力、知力からはますます置いてきぼりにさせられている。このような「関心」「意欲」という、心に関る事を、成績評価に組み込むことで、学校はどう変化したか。成立していなかった授業が、表面的には成立するようになった。子供たちが「お利口なよい子」を演じる競争をしているからである。「おとなしい、よい子」が痛ましい事件を引き起こしているが、心の成長を無視して、押さえつけられている為に、思春期、青年期を自分の力で乗り切る術を自己のなかに、育てないまま成長しているからである。自立していくための葛藤や混乱や逸脱を認めようとしない教育や育児のなかで、育ってきた若者たちが陥るこれは必然である。この状態で、さらに「お説教の徳目」を子供たちに身に付けさせる競争をさせようとしているのが、与党「改定案」が目指しているものである。徳目を実践する「態度を養うこと」を、学校教育のなかで評価し、点数化ようとしている。では、与党案が求める「教育の目標」、20を超える「徳目」とは何か。どんな「よい子」になることを求めているか、を次のテーマとして論じたい。
2006.07.14
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Danjoseの花歳時記(外国編)-サンティアゴ巡礼街道(3)星の道何処までも続く麦畑、スペインの初夏の風に、うねりなびく麦の波その青さの大きさよ、広さよ、その麦の青いうねりの中を何処までも、どこまでも続く細い農道地平線の彼方へと続く(麦畑のなか、どこまでも続く道。夕日をあびて、旅人の影が後ろからついて来る)朝は、自分の長い影と向き合って、行く手を指し示す道。そして、その一本の道の先に、どこまでも青く広い空がある。 (朝日をあびて、長い影がのびる) 夕べは自分の影を後ろに、来た道を確かめる。 (葡萄畑のなかを一筋の道が続く、どこまでも続く)西へ、西へと進む道、サンティゴ巡礼街道。サン・ジャン・ド・ポーから、嶮しいピレネー山脈を越え、朝は、自分の影を踏み、夕べは自分の影を後ろに、そして、夜は、天に横たわる天の川に沿って、西へ西へと古代ケルト人が進んだ道。中世のキリスト教巡礼者たちが、過酷な天候や自然と闘いつつ西へ西へと進んだ道。ある時は病に倒れながらも、嶮しい上り道を、照りつける焼け付く下り道を雷のとどろく嵐の山道をあえぎ、うなだれ、寒さに震え、萎える気力をふりしぼり進んだ道。そして、今も人々は、この中世の巡礼の道を、泥にまみれ、汗にまみれ、ひたすら歩く。 (旅人の足跡)その道の果てるとき、人は何を見たか。その道が終るとき、人は更に歩み続ける道を見つけたか。サンティアゴ巡礼街道一口メモこの巡礼の道はキリスト教徒にとっては3大巡礼路の一つである。ローマの聖ペテロの墓を詣でる第一の道。エルサレムのイエスの墓を詣でる第二の道。聖ヤコブ(スペイン語ではサンティアゴ)の墓を詣でる第三の道サンティアゴ巡礼街道。1960年代に「サンティアゴ巡礼街道友の会」が結成され、巡礼奨励活動と古い巡礼路の復旧、保存、標識の設置、宿泊施設の増設・整備などが行われ、1990年には、フランス側、スペイン側それぞれ約800キロメートルがユネスコの[世界遺産]に登録された。巡礼路は幾つもあるが、フランス側からピレネー山脈を越えて、イベリア半島を横断して、サンティアゴ・デ・コンポステラに至る740キロのコースが幹線ルートである。巡礼路にはロマネスク様式の教会や修道院など中世そのままの風景が今も息づいている。現在では年間10万人の人々が歩いていると言う。中世さながらの細い泥の道、粗末な宿泊施設、およそ現代の快適な文化を拒絶したこの巡礼街道は、日常の自分自分を見つめなおし、新たな生きる道を模索する道として、現代人の心を惹きつけている。黛 まどか著 :「星の旅人」 スペイン奥の細道 (光文社)これは俳人まどかさんがサン・ジャン・ピエ・ド・ポールからピレネー山脈を超え、聖地サンティアゴまで48日間900キロを歩いて旅した紀行文である。詩人としてのまどかさんが、自身の持っておられる詩人としての感性、人柄を通して、世界中のさまざまな旅人と交流し、豊かな人格を旅を通して創り上げていくさまが素晴らしい。日本にもこのような女性が誕生している。新しい女性像として頼もしく感じた。ぜひ若い人々に読んで欲しい1冊である。
2006.07.11
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今日は七夕。日本列島は梅雨の末期か、梅雨前線が大暴れ、九州地方は集中豪雨に見舞われている。台風の接近さえ報じられ、今宵は日本列島あいにく荒れ模様 。 (天辺にまで昇り着き咲くタチアオイの花)梅雨の明ける頃には、タチアオイの花はその天辺まで上り着き、入道雲がむくむくと湧く、夏の空に向かって咲く。蒸し暑い曇天の中、天辺のタチアオイの花よ、梅雨の明ける日は近いか。6月12日のタチアオイの花は、地上に近いこんなに低い位置で咲いていた。 (夏至の日のハンゲショウ)夏至の日の半夏生(ハンゲショウ)。花穂は垂れ、うつむいていたハンゲショウ。 7月2日の半夏生の日には、花はぐんぐん穂のテッペンまでたどり着き、すくっと天にむけて立つ。その白の涼やかさよ。梅雨の明ける頃にまっすぐの花穂を立て、爽やかに咲く半夏生。石蹴って水おどろかす半夏生黛 まどか(星の旅人より) 半夏生(7月2日)の日に撮影したハンゲショウ (写真・下)
2006.07.07
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7月3日、日本のプロサッカー選手の顔、サッカー選手中の選手とも言うべき「中田英寿選手」が引退表明した。 私はとても衝撃を受けた。「えっ、どうして? まだ、選手として、やり残しているものあるのでは?」という思いが強く私の心を捉えたのである。 中田英寿選手は、わが家にとって、特別の思い入れがある若者なのである。我が家の息子がスポーツ選手として、どう進路を決めるべきか、挫折し悶々としていた時、ヒデはさわやかに華々しくデビューした。サッカーの熱烈なファンでなくても、誰もが彼の名を知り始めていた。彼の言動が世間の注目を集め始めていた。 暗いトンネルのなかにいた我が親子にとっても、ヒデの出現は、スポーツ選手としてどう道を切り拓いてゆくべきかに、示唆と励ましを与えてくれた。今までの日本にはなかったタイプの新しいスポーツ選手として、確固たる意志をもって生きようとしている若者がそこにはいた。息子と同じような年齢の青年が、こんなにもしっかりした考えを持ってスポーツと向き合っている。そして皆が認めざるを得ない確たる実力さえ備えている。その早熟さと天才肌に驚きを禁じえなかった。私たちが親として、息子に求めていたスポーツマンとしての生きざまを、具体的に目の前に示してくれたのがヒデと言っても過言ではない。あぁ、こうやって生きていく道を切り拓けば、未来が見えて来るのだという励ましである。 今回のワールドカップの試合の中で、ヒデの歩いた20年間の「サッカーの旅」の決算を見たかった。日本人であるヒデがプロとして世界を駆け巡り鍛え上げ、身につけたサッカーが見たかった。ジーコ監督の下ならそれが実現しそうに思えたのだけれど、成功したとは言い難い。 ヒデの目指したものが高すぎた。「個の確立」における日本人としての弱さ、幼さ、プロ意識の脆弱性など、今回の試合の中で日本の選手たちは、もろにさらけ出した。そして、この姿は私たち日本人一人一人の今の姿でもある。容易には変らぬ自画像なのである。日本人としての自分たちの姿を映し出した鏡として、あの若い代表選手の敗北があった。その意味で今回のサッカーの敗北は、私たちがどう変わっていくことが、人として優れた能力を発揮しながら、社会の構成員として生きていけるのかという、多くの教訓に富んでいる。この意味からも、ヒデは早く来すぎたプレイヤーだった。ヒデの意志を闘いのエネルギーへと結集させていくには、早く来すぎたプレイヤーであった。時代はまだ彼のはるか後方にある。日本の若者たちはもっと後方にいる。ヒデは自らのホームページで、“人生とは旅であり、旅とは人生である”と題して引退のメセージをだした。ヒデの新しい旅路が、サッカー人生で得た栄光や挫折の中から、彼自身がつかみ取った学びや教訓を更に大きく花ひらかせる旅路になることを願って止まない。現代の若者たちが探しあぐね苦しんでいるより高い新しい人格の創造をめざして、旅を続けることを祈るばかりである。ヒデの孤独を、ヒデの心の高みを、多くの若者たちは知っている。ともすれば挫けそうになる厳しい日常の中で、ヒデの孤独に共感している若者がいる。励まされている若者がいるそういう若者たちにエールを送り続けるような新しい旅立ちをぜひお願いしたい。わが子が旅立っていく時と似た感慨に襲われている婆さんもここにいる。ヒデの新しい旅立ちに乾杯!
2006.07.05
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今朝のこの地方の天気は、全くの晴れ。どこまでも青い、青い空。雲一つない快晴。湿度も低く爽やかな朝。早朝の風は肌にひんやりと心地よい。梅雨前線が南下して、一時の晴れ間だと天気予報は報じている。早朝の散歩道は、夏草のうえに露がダイヤモンドのよういにきらめく。 (竹やぶの枯れ草の上にひっそりと咲く露草)ツユクサがひそりと朝露にぬれて、そのブルーの花びらを一層ブルーに染めて、朝のさわやかな風にふるえていた。空の青を映して、明るい海のコバルトブルーに染まった花びら。なんて深いブルー。万葉の昔から、人々が、草木染めの花として親しんだツユクサ。万葉人も、この青の深さに魅せられたに違いない。 (群生する露草)ツユクサのことを月草(ツキクサ)と万葉人が詠んだ歌。月草に 衣は摺らむ 朝露に ぬれて後には 移ろひぬとも (巻7 1351)花の名一口メモ: ツユクサ(露草)朝露のある時間に開花し、昼ごろにしぼんでしまう半日花。花の汁をこすりつけて布をそめたことから「ツキクサ」と呼ばれた。花びらは下の1枚が半透明で目立たないので、花びらは2枚のように見える。雄しべも面白く、6本あるが、2本だけが花粉をつける。残り4本は二つのグループに分かれ、短い4本は、葯(ヤク)が鮮やかな黄色でよく目立つが花粉は作らない。これは仮雄しべと呼ばれ、昆虫を誘う働きがある。中ぐらいの長さの1本の雄しべはわずかに花粉を出す。(Photo by Danjose)
2006.07.04
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今国会で成立した「医療制度改革関連法」は高齢者をどこへ棄てようとしているか。 (合歓木の花咲く散歩小径) 昨日の「農政改革関係法」に続き、今日は、「医療制度改革関連法」について。 「医療制度改革関連法」とは、70~74歳の医療費を原則2割引き上げ。75歳以上の全高齢者を対象とする「高齢者医療制度」を創設する。この法律改定により、長期療養を必用とする患者が入る38万床のうち、23万床の廃止・削減に向けての診療報酬の改定が7月より実施されることになった。改定により、患者の医療区分を区分1・2・3・と3段階に分け、医療報酬に差をつけ区分1の患者を多数入院させている病院は報酬の減収による経営難におとしいれて、区分1の患者を病院から追い出そうという法律である。実際に、この法律の成立で、静岡・伊豆の国市の伊豆韮山温泉病院は、業務停止に追い込まれ廃業した。今朝のNHKの「生活ほっとモーニング」でもこの問題を取り上げていた。この番組の中で、埼玉県みさと市のみさと協立病院の事例を紹介していた。それによれば、この病院の「療養病床」の患者の内、「区分1」に属するのは65%であり、自宅療養が可能で、自宅に帰れる患者は、ほぼ0人だという。更に、この「区分1」の65%の患者全員が入院を続けた場合、今回の診療報酬改定による減収は、月1700万円あまりになるという。この減収は病院の経営を圧迫し、地域に責任を持つ医療は困難で厳しいものになると病院側は言っていた。 このテレビ番組で、「区分1」の患者さんたちを見て、私はとてもショックを受けた。これが「区分1」で入院を拒否される患者であるとは。もし自分自身が病気で倒れたらと思うとゾッとした。しかも、その病人を介護する人々がみな老いており、半病人だったりする。ある介護人の老いたる夫は「若いものたちは、ぎりぎりのところで働いており、若い者に更に介護で手をかけさせて、倒れられでもしたら大変なことになる」と言っていたのが、とても明日はわが身と身につまされる。 老いるという事は、皆、誰にも等しくやって来ることである。その「老い」をどう生きるかは、すべての人々にとって重大な問題であるはずだ。心も身体も「健康に老いる」ことは、誰でもの願であるはずだ。不幸にして病に倒れた時、このような仕打ちが待っているいる社会が今の日本なのである。昔も老いた母を背負って、山に棄てに行く「姨捨山」の話があった。でも棄てる「山」さえなくなってしまった日本の現代社会。私たち老い行くものが、もっと声をあげ、しっかり意志表示して、自立して生きる姿勢を、常に社会にアピールし続けることが、今こそ必用ではないか。墓場に足を突っ込みつつも、社会の成員として、闘い生きる生きざまを堅持することが、今こそ必要ではないか。やりたい放題にやられても、声をあげない老人たち。「国会でどんな法律が成立」したかも知らない老人たち。お上の言うことを「長いものにまかれろ」と巻かれ続けて、到達した果てにあったものは、「病気になったモノは、もう社会には用済み、死ね!」という国からの宣告であったとは。 どう財政を再建するかの理念、理想がまったくない政府の歳出削減策。ただ減らせば、増税も国民は納得するだろうという観点からの歳出削減が次々に打ち出されている。今回の医療制度改革関連法も「医療保険、介護保険の財源確保」と言う観点からのみ改正されたものだ。現場で働く医療関係者が智恵を出し合い、実践するなかで創り上げてきたものではない。そのような改革で本当に「財源確保」に道が開けるとは思えない。「高齢者の医療のあり方、保健のあり方」をどうすべきかという、今までの社会の経験したことのない未踏の課題に突入している社会に、弱いものだけをどんどん締め上げて、「財源確保」などできるわけがない。余りにも場当たり的な削減策だ。「不健康」「わけのわからぬ病気」などの多くは、この社会の「食」のあり方、「仕事」の仕方などなどに起因している。社会の進む方向は、今まで通り、それ以上に加速させて、矛盾を激化させ続けている。その根本原因を解決していく社会の改革はそのままにして、起きている問題点を弱いものを締め上げ、半殺しにすることで、解決できるわけがない。政府の打ち出している「財政削減」計画などは、悉くこの路線上にある。削減しているのは、ほぼすべて、庶民の貧しい生活に関係することばかりである。その影で、何億というお金が自分たちに容易に転がり込む政策や法律を次々作って、儲け放題、金儲けしてほくそ笑んでいる人々がいる。なぜ、老いたるものたちは「ご無理ご最も」と従い、物言わぬのだろう。声をあげないのだろう。これが戦後の教育、自民党のいう「民主的文化的社会」を営々と努力して築いてきた教育によって作られてきた人物像なのである。(与党の教育基本法改定案前文)私利私欲をむさぼるには、とても都合のよい「民主的で自由」な国家なのである。「日本国憲法」や「教育基本法」が、真に実現できるよう苦闘した教育を受けていた国民なら、このような「老人たち」は生産されない。今国会で成立した法案で、私たちの生活に深く関る法律が、他にどんなものがあるか「老人たち」は知っているか。成立し、実施されてからでは遅いのである。無知のままでいいか。「高齢化社会」とは、高齢者たちが、社会を変革する一大勢力となる社会でありたい。と息巻いてみましたが、これは私の願望であります。
2006.07.04
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今国会で「農政改革関係法」という法律が成立した。農業版・構造改革とも云うべきこの法律。この法律は、今の日本をどこへ導こうとしているか。 この法案は「今までのばら撒き農政を改め、耕地面積4ヘクタール以上など一定の条件を満たした担い手農家に助成を集中し、競争力の強い農家の育成を目指す」というものである。さらに、これに歩調を合わせるかのように、財界人を中心としたシンクタンク「日本経済調査協議会」(日経調)は5月29日に「農政改革を実現するー世界を舞台にした農業・農政の展開をめざして」という提言を発表した。この提言の基調は「現に生産を担っている多くの農家を担い手と認めず、一部の大規模農家と株式会社を含む法人・企業にゆだね、労働力は安い外国人労働者を使い、意欲のある農家には、地価や労働力の安いアジアでの農業経営を展開する道がある、と提言し、グローバル化(地球規模化)に対応できない「農業と農家はいらない」というものである。この提言のいう「意欲ある農業の担い手」とは誰か。私は、近所の無農薬有機農業を目指し頑張っている青年から、野菜を買っている。彼は、農地もほんの僅かしか持っていない。農家の息子でないので、農業は素人からスタートした。かなりのお歳の母親がその息子を手伝っている。最近はだいぶん、軌道に乗り、販路も開けてきた。しかし、値段はスパーなどに比べれば割高。要するに競争力では負けている。この熱意ある青年は「意欲ある農業の担い手」とは見なさないのが、今回の法改正の主旨ではないか。効率を第一にした儲かる農業、利益を優先する農業を実現することが、本当に国民の食生活を豊かに出来る道であるか。農地を「経営資源」とみなして、経営的に利潤をあげなければ成り立たない「農」という考え方は、「農」の本質に根底から鋭く対立するもの。相容れないものだ。アメリカ型農業がその典型とするのなら、アメリカの農業自体も衰退に向かっているし、アメリカの大地は1年間に四国の面積ほどの土地が砂漠化しているという。これは大規模な機械農業による、単一農作物の栽培による土壌の死に起因する。レイチェル・カーソンの「沈黙の春」にみられる、死の世界が広汎に引き起こされても、儲かる農業を目指しているアメリカ。その農作物輸出を強引に他国に押し付けることで、世界の農業をつぶし、大地をめちゃくちゃにしている。 現在の日本の食糧の自給率の低下や、農業生産の衰退、農村経済の疲弊は、根本には工業中心にした資本主義的な「効率と利益優先」を第一にする社会によって引き起こされたものだ。 私たちの祖父母たちの世代の農民は「農」を根っから愛していた。作物を栽培し、収穫する喜びを心のなかに育みながら、さまざまな困難を乗り越えて「農」を営んでいた。収穫に誇りを持っていた。この祖父母たちの「百姓根性」は、今の農家の若い子女には、ほとんど消え失せた。さらに金儲けを第一とした[農]に突き進むなら、[人]としての心を育む[農]は喪失し、農の奴隷となって、「賃金」を得るためにのみ働くロボット人間を大量に作り出していく産業になりさがるだろう。この状態で、美味しい豊かな食を実現する生産者が育つとは到底思えない。食の安全を守り、国土の荒廃にストプをかける農を切り拓く方策とは到底思えない。日本の美しい国土を守ってきたのは、稲作を中心とした「伝統的な農」であったことを忘れていけない。
2006.07.03
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