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ちーちゃん満1歳のお誕生日おめでとう(ジイジとふざけごっこして大喜びのちーちゃん。満1歳の日に)ことねの妹ちさあんなに家族の皆を心配させみんなの総力を寄せ集めてやっと、やってきた小さないのちはほら、こんなにやんちゃに、すくすく大きくなりました。(ちーちゃんの家の裏庭から。新緑のみどりにヤマボウシの白が点々と)ちーちゃんの生まれた日と同じように2008年5月26日も真夏を思わせる暑い日となったなんと気温は29度まで上昇した。転居した新しい住まいで満1歳を迎えたちーちゃん。ちーちゃんのお家の裏庭からは新緑がむせかえる山々の濃い緑に真夏のようにきらめく陽光がヤマボウシの白をいっそう白く輝かせています。(ヤマボウシの木アップ。ちーちゃんの団地の植栽もヤマボウシの木多い)この光景がちーちゃんが20歳になった時にも失われないで、益々輝くこと祈るばかり。第2子として生まれたちーちゃんことね姉とちさ妹の2人姉妹としてこれから成長していくことになる生まれながらにしてすでに与えられている資質、個性姉のことちゃんとの違い驚くばかりおおらかで、機嫌よくもりもり何でもよく食べるちーちゃんことちゃんに比べると手のかからない赤ちゃんオモチャも着る服も絵本もすべておねえちゃんのお下がりあり、新しいものを買う必用が何もない遊びもおねちゃんの周辺で混じっているだけでなんとなく大きくなっていくちーちゃんにももっと丁寧に接するひとときをたまには作ってあげなくては。ちーちゃんの個性を人として伸ばし成長させていくためにもそれは必用なことジジとババがその役割を果たしていけるよう最近は心している(バアバとお散歩。お帽子かぶり、ベビーカーに乗せて散策すると、バアバの若かりし子育て時代のことがよみがえり、ちーちゃんを長男のkenと錯覚しそうになる。(顔が幼い日のkenにそっくり)このような錯覚は、自分が老いている証拠かと少し寂しいが。老人ボケには用心、用心!)お外をゆっくりとお花や蝶や葉っぱさんとお話しながらする散歩第二子のちーちゃんにはそんな時間が不足しているゆったりとちーちゃんの月齢にふさわしい絵本とむきあって楽しむひとときちーちゃんにはそんな時間が足りない。「ブータンいま何時」ということちゃんが今気にいっている絵本を、ことちゃんのいない間にじゅっくり、いじくり回して楽しんでいる。いつもは、「ちーちゃんにはまだ早い」と触らせてもらえない。(ことちゃんの付属品として扱われているちーちゃん。、難しすぎる本ばかりを、姉のことねといっしょに読んでもらっている。これでは、ちーちゃんのこころは満たされないよ。絵本への興味が育たないよ)1歳となり、個性が益々はっきりとしてきたちーちゃん。いつもは穏やかで機嫌よく元気に動き回っているけれど自分の意志を通そうとするときの我の強さは並みのものではない。気の強い女になりそうだわが一族の女たちのそれは歴史でもあるのだが、ちーちゃんもその後継者としての資質十分である。(子持ち2人のママは、9月から職場に復帰するのでちーちゃんも保育園児となる。戦場のように忙しいママは、いらいらして余裕をなくすこと多くあると思うが、そのとき深呼吸してた立ち止まって下さいよ。気が強く、頑張り屋で、みんなの制止も聞かず暴走する癖のあるちーちゃんのママ。これからがいよいよ職場でも家庭でも試される年齢となりましたよ。ちーちゃんのことも忘れないで、丁寧に子育てお願いしますよ。)ちーちゃんの写真は少なく、活き活きした子どもらしい写真が少ないので、へたくそなオバアがこのブログのために、やもうえず撮りました。ことちゃんのときは、熱心に心を込めて撮影した写真いっぱいなのに。「手がかからないからと言って、安心して、差別しないでください」とちーちゃんは言っていますよ。
2008.05.31
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Danjose花歳時記:5月の花からDanjoseが自宅近くの道端で見つけて撮影したキキョウソウ(キキョウソウ・花のアップ/Danjoseの自宅近くで撮影・東京近郊)(キキョウソウ:学名Triodanis perfoliata キキョウ科の帰化植物。アメリカでは全土に分布する雑草。花期は初夏。紫いろの小さな花を咲かせる)日本の秋に咲く桔梗に似た花でも、この花は北アメリカ原産の雑草で初夏に咲く花張った芝草や干草、道端などの乾いた痩せた土地にはびこる雑草アメリカ全土にみられる雑草芝生の間からひょろひょろとしつこく芽を出し伸びる草日本には1940年代に東京で確認されたのが最初、今では本州全地域に分布する比較的新しい帰化植物キキョウソウ(冨士子の散歩道で見つけたキキョウソウ。名古屋近郊。教会の敷地の植栽の下草として、群れて生えていた。)私の散歩道にも目を凝らして、注意深く歩いたら出会いましたキキョウソウにひょろひょろと30cmほどに伸びた茎まっすぐに伸びる茎その上部に紫色の小さな花を2つ3つ直径1cmもあるか無きかの可愛らしさ(か細い茎を直立して、ひょろひょろと風にゆれるキキョウソウの群れ)しかも雑草にまぎれて目を凝らさなければ見えない花弱々しくか細く見える雑草(はじける間際のキキョウソウの実・アスファルトの割れ目にも生えていた)しかし、硬いアスファルトの割れ目からも芽をだし伸びて花咲かせる茎を包みこむ葉のなかに実をいっぱいに抱き込んではげしく車の行き交う舗装道路の路傍でキキョウソウははじけて、飛び去る時の風を待っていました。キキョウソウの裂果実を拡大鏡で見ると細長いカプセル状のさく果その中には0.5mmほどの極小の赤みを帯びた種子がいっぱいこの植物の英語の呼び名はヴィーナスの鏡(Venus'Looking Glass)この英語の呼び名はその種子がぴかぴかと鏡のように輝いているからだと言う。もちろん肉眼では小さすぎて見えないのだけれど。(キキョウソウの茎の上部に咲く開放花。)日本ではこの植物を別名ダンダンキキョウと呼んでいる。がく片5まいの開放花とがく片3まいの閉鎖花と1本の茎に2つの咲き方をする花上の方は開放花下の方は閉鎖花で閉鎖花は自花受粉で花びらは閉じたままである。きっと余りにも小さくか細いため、上部の花は小型のハチなどで受粉できるが下の方は、雑草に埋もれてしまっているから自力で受粉する能力を長い年月をかけて育んできたのでは、(と植物には素人であるが考えてみた。)種を保存しようとする強靭さその営みにはちょっと感動!路傍では踏み潰され、張られた芝では雑草として刈り取られ、人間からは見向きもされないでいるキキョウソウでもしっかりと大地に根を張る術を巧みなその形のなかに持っている。(私自身、すぐ足元にキキョウソウは咲いていたはずなのに、ずーとその存在に気付かないでいました。それほどに小さく目立たない花。姿。)
2008.05.29
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庭園型住宅の原型・グエル公園今回はバルセローナにあるガウディの作品の紹介である当時の人々もその斬新さに驚き物議をかもした集合住宅施主の私邸&高級アパートのカサ・ミラ(ガウディ後期の作品、彼が手がけた最後の私邸。すべて曲面の外壁は、波打つ地中海のよう。同じ窓は一つもなく、位相のずれは、生き物のようなダイナミックさ。各住宅もすべて不規則で同一のものはない。)現在も人が住み生活しているアパート。その集合住宅の屋上はローマ兵を模した煙突群や換気口がある(以前テレビの世界遺産の番組で、カサ・ミラの住人はインタビューに答えて、「この煙突群は、風が吹くととても心地よい音がする」と言っていた。内部も曲線を基調とした住宅であるが、人の生活しやすさ、快適さが貫かれているという)ガウディの建築物の不思議、今も人々の心に深く訴えかけているものその奇抜さ、その装飾性にもかかわらず周囲の景色に溶け込んでいる柔軟性その力強いエネルギーと美しさは何処から来るのか。ガウディが活躍した19世紀末から20世紀初めのカタルーニャは、産業革命による隆盛期。繊維産業が栄えて、財をなした新興のブルジョワジーが競ってその富みに見合った新しい生活スタイルを求めていた。その富が集中し、活気溢れた都市がカタルーニャ地方の首都であるバルセローナ(産業革命で財をなした新興ブルジョワジーたちが競って、目立った建物を建てた新市街地区の通り。モデルニスモの個性を競うアマッリエ邸(写真左)とガウディ作・パトリョ邸(写真右)このパトリョ邸は、建物全体が海の怪物・ドラゴンそのものになっている。上に紹介したカサ・ミラと同じ通り(グラシア通り)にカサ・バトリョはある。建築家ガウディの才能を認めてガウディの多くの建築物の施工主となったエウセビオ・グエルはそのような新興の富裕な若き実業家の一人である。ガウディがそのグエルの依頼を受けて建てたグエル邸グエル邸正面入り口のドラゴンすごい迫力で鎮座しているこれが個人の邸宅なのである グエル邸屋上グエル邸屋上の煙突はまるでおとぎの国のキノコが林立しているようこのような煙突や換気口はカサ・パトリョやカサ・ミラの住宅ではさらに大胆に、迫力ある造形へと発展しているこの実業家グエルが自分の繊維工場の労働者たちのために、快適なコロニー建設をめざして、市場、教会、60棟からなる住宅や公園を計画した。赤茶けた荒地を、快適に過ごせる田園都市にするプランをガウディに依頼した。しかし、折りしも時は、アメリカが自国内の建国を終え、海外に帝国主義的覇権を求め始めた頃米西戦争でスペインはアメリカに敗北、アジアでの覇権を失いスペイン国内の繊維産業は大打撃を受けて国内は大不況に陥った。この田園都市構想は、グエル公園と住宅2棟が完成しただけで頓挫した。未完に終わり、グエル公園だけが今残されているグエル公園の正面にはギリシャ神話にも登場する海の怪物がカタルーニャの紋章から首を突き出している。(破砕タイルの柔らかな曲面と複雑な色彩は、ガウディの作品の特徴の一つである。)その海の怪物の後ろに鎮座するカラフルなドラゴン(ドラゴンの後ろに見えるコリント様式の円柱廊の空間は市場になるはずであった。その上はバルセローナの街を一望できる広場となっている)すごい迫力眺める人の心に何かを深く強く迫ってくるパワー。とても装飾的に見えて、その装飾性を厳しく排して私たちの心に訴えかけるものがあるこれに似たドラゴンは、サンティアゴ巡礼街道のレオンにあるカサ・デ・ボチネスの入り口にもあった。この当時、カタルーニャ地方を圧巻したモデルニスモ(注1)という美術運動は、カタルーニャ民族主義、ナショナリズムと強く結びついていた。カタルーニャは、バルセローナ伯国として、ローマ帝国崩壊後から大航海時代まで、地中海東部の覇権を握ったという歴史があった。当時、産業革命をいち早く終え、成功した経済力を背景にマドリードを中心としたカスティーリャ地方への対抗心から、いわゆる文化の独自性を取り戻そうと、ルネッサンスにも似た文藝復興運動が起きていた。(スペインから独立国家となっていてもいいほどに思っていた、カタルーニャ)その象徴的存在となったのがガウディである。生涯、カタルーニャ語で通したガウディ、生粋のカタルーニャ魂を生きた人ガウディ。そのように考えていくと、ガウディの作品に多用されているトカゲやドラゴンの造形物は、カタルーニャ地方の民話に出てくる「サン・ジョルデのドラゴン退治」(注2)のドラゴンでもあるといえる。カタルーニャ人としてのアイデンティティを満たすためにも、必要不可欠のシンボルであったはず。単なる装飾としてではなく、カタルーニャ地方の人々の暮らしのなかに深く根ざしたドラゴン、こころを通わせ団結するに必要なシンボル。円柱廊の上部にある広場(柱廊の上の広場は、波状のベンチがあり、破砕タイルの幾何学的文様が美しい)破砕タイルのシンプルでモダンな幾何学文様ベンチの座りごこちの良さなどこの広場からは、バルセローナの街も一望できる地中海もはるか彼方に見渡せる。石を積み上げて作られた散歩道ガウディは工事を進めるとき、細部を描かず、工事を進めながら決定していく。グエル公園の場合も自然を活かすやり方で工事は進められた。建築資材は、極力、土地から掘り出されたものを使う。掘り出された石があればそれを、木々があれば、道や構造物がそれをよけて工事を進める階段を予定していた場所にあった木を職人が切り倒そうとしたとき、「この木がここで生長した歳月と、我々が階段を変更するのに要する時間とどちらが長いであろう。」と言って、階段の位置の変更を指示したという。このようにガウディによって、命を与えられた石や岩の散歩道この公園は、60棟の分譲住宅と一体となって街をつくるはずであった。公共の庭園と個人の住宅が一体となって、人々が憩い生活する街職人の技が隅々に息づく街丁寧な手作りの街グエルとガウディが理想としたこの街は建設半ばで挫折したけれど、こんな街こそこれからの社会が実現すべき人の住む街緑豊かな森のなかにこの街が実現していたらきっと、それは、おとぎの国のようなやさしい街奇抜さや装飾とみえる細部は森の木々のなかではごく自然に溶け込んでしまうのではないか。ガウディはゲーテの次のような一節、《生命体の曲線は、最も合理的で美しく、自然界には直線は存在しない。自然界の色彩こそにいのちがある》を、生涯愛して、その思想を彼の作品に結晶させた。又、ガウディは、《形がより完璧であれば、装飾はいらない。彫像による演出は必然的なディーテールの為の浮き彫りであって、装飾ではない》とも、言っている。ガウディはそのモデルを自然のなかに求めその美しさを徹底的に自分の建造物のなかに具現しようとした。そして、ガウディの理想は、100年余りを経た今も建設途上にある聖家族聖堂に受け継がれて、脈打っている(今も建設中のサグラダ・ファミリア)サグラダ・ファミリアの建設のなかで、脈々と受け継がれているその理想の高さ、壮大さなんという悠久(注1):モデルニスモベルギーで19世紀後半に始まった「アール・ヌーボー」は、自然界にモチーフを取り、曲線を多用する美術様式である。この美術運動は、スペインでは、カタルーニャ民族主義と強く結びき、一種、政治的な文明復興の様相を呈した。様式的には、イスラムやゴシック様式をとりこみながら、モデルニスモという独自の様式を創造した。その運動の中心となったのは、バルセローナ。(注2):サン・ジョルディのドラゴン退治 カタルーニャの神話のなかに出てくるお話。4世紀の頃、聖人ジョルディは、パレスチナのリダでお姫さまを助けるためのドラゴンを退治し、303年にニコメディアで殉死とされている。1667年には、カタルーニャ地方の祭日と認められた。現在では、4月2日がその祭日とされ、毎年、女性は男性に本を、男性は女性にバラをプレゼントする習慣となっている。
2008.05.27
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(子の自立は親の自立した生きざまから生まれる)私は最近の大学生の親の態度に戸惑い驚いている。 大学に合格して親が喜び鼻高々、自分が合格したかのごとく錯覚して、異常な振る舞いをする親。大学生になった娘や息子の入学式に親が付き添う。親元を離れて暮らす場合は、学生には不相応なほどのマンションを与え、住まわせる。新学期が始まって1週間ぐらいは母親が付き添って、身の回りの世話をする。炊事洗濯などを娘の大学生のために母親が下宿先に寝泊りして行なう。更に、その後も「コインランドリーの洗濯場は不潔で気持ち悪い」といえば、新幹線に乗って親が洗濯物を取りに行く。そして、家に持ち帰り洗って、また新幹線で世話に行く。こおような子どもへの世話は私には異常に見える。このような親の干渉を素直に受け入れる若者の精神の幼さは、私には、異常に思える。このような親と子は、特殊な例のように、私は思っていた。しかしである。今日の朝日新聞に、《学生の「過保護者」急増》という見出しで次のよな記事があった。全国9私立大学の教職員が見聞きした「過保護者」の実例。 《履修登録》 親が窓口に来て履修登録を質問。そばの学生は黙って聞いている。 《父母からの電話》 「子どもは今日休むので、先生に伝えて下さい」 「板書の字がよく見えないそうだ。善処して」 「子どもが今日は「休講」だと言っている。本当だろうか?」「試験が受けられなかったそうだ。どうすればいいですか。」「教室がいっぱいで座れないらしい。どうなっているの」等々。 《保護者向けの相談会》 「どうか卒業させてやって」 「特別に配慮を」と父母が懇願。これらの言葉は、二十歳を過ぎた大学生自身が発しているのではなく(そうであったとしても異常、変)、その親たちが発しているのだから驚く。信じられない。しかし、現実に起きている現象らしい。入学式は、どこの大学でも父母で超満員。法政大、東洋大は約1万4千人を収容する日本武道館を使い、「一学生につき保護者2名まで」と制限するのに満杯状態。明治大は今年度から武道館で午前、午後の2部制にした。 人数制限をしない大学では、祖父母や、乳幼児を連れた親類もついて来る。開場の2時間前から並び、ビデオ撮りに便利な場所取りに走る親も多いという。これらの光景は、私には、にわかには信じられない。まさに幼稚園の入園式と同じ光景である。しかも、幾つものマンモス大学で起きているという事実。私の周りに起きている事は特殊なこと、その家庭だけの問題かと思っていたが、この大学側の状態を知れば、私の直面する親子の現実は、ごくありふれた現代の親子模様ということになるのだろうか。このような現象が起きているのは、どちらかと言えば、大学の難易度を上中下の三段階に分ければ、「上のレベルの私大」に多いように見える。学校の成績のよい子供には、親は徹底的に寄り添って、大学合格は、まさに親自身の合格と同じ。その子どもに寄りかからなければ、親(母)自身も生きがいがない。お互いに依存しあって、そこに溺れあっている。それだけなら、まだそれは、その親子だけの当事者間の問題にすぎない。いずれ、人生のどこかでこのような親子は、手ひどいしっぺい返しを受ける。そのような例は多々ある。悲惨な事例は多々ある。しかし、同じ兄弟姉妹でも学校の成績の悪い子に対しては、放任主義。見放しているのである。寄り添って励まし、道を見つける手助けを最も必用としている子どもに対しては、実に淡白、冷淡なのである。回り道が多い、手のかかる子に対しては、実にあきらめが早い。結果として、どちらの子どもも人として、自立した人生を送れないまま、社会に放り出されることになる。このような悲劇的な子育てが今、社会に蔓延している。そして、大学は、学生数確保のため、このような親子をお客として丁重に扱わなければならないのである。これが、2008年日本の若者達の姿の一つである。
2008.05.25
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「無言館」の画学生が現代の若者に語りかけるもの遅れて「憲法記念日」。 憲法記念日にわたしの地域の「9条の会」が、講演会を開催した。その日の弁士はジャーナリストの大谷昭宏氏で「みんなの命輝くために」という演題で講演された。現代社会の日々起きている異常・混乱・貧困などから話を始め、この現実は単に「自己責任」によってもたらされているものではない。人間の生存を脅かしているものに対して、敏感になって、立ち向かう必要性を訴えられた。「9条を守る」ということは、戦争をしないことを世界に宣言するということにとどまるものではなく、生存権を明快に規定した25条など、現在の日本国憲法全体を守ることであり、今日的意義は益々高まっており、その重要性を強調された。時代に合わないところがあるからと、改憲に賛成し、憲法に手をつけることの危険性を訴えられた。 改憲勢力は、何のために憲法を変えたがっているか? アメリカの軍事戦略に追従する為だけである。 日本国民を守るためではなく、アメリカのためである。 この1点のみが改憲勢力の望むところである。では、そのアメリカは、今どうなっているかと、話しは進み、私がこのブログでも紹介した、堤 実果さんの「貧困大国アメリカ」にもあるアメリカの格差・貧困についてわかりやすく具体的に話された。 高齢な夫婦が介護に疲れ行き詰まり、つれあいを殺害して、手錠をかけられて警察へ連行される姿。幼子が親に虐待され、殺される痛ましい事件。最近の日本の殺人事件の5割以上が肉親・家族間に起きているという。若い15,6歳の少女たちが、理不尽な殺害事件にまきこまれる。年間3万人を超える自殺者がいる日本(世界で1位の人数)。これが世界2位に資本主義経済を発展させた日本の今日の姿なのである。 いとおしく思うものたちが、お互いに深い情愛を育てていけるような社会、そのような日々のくらしが実現できるようにすることが、日本国憲法を守ることにつながらざるを得ないことを、ジャーナリストとして、日々現場で色々な事件に接すれば接するほど益々感じていると結ばれた。 この「9条の集い」では、大谷昭宏氏の講演のほかに、地域で活動しているさまざまなサークルが出演して、日頃の成果を披露した。 和太鼓や合唱や朗読などである。 朗読サークルが、窪田誠一郎著:無言館戦没画学生「祈りの絵」(講談社)の本から「無言館より」を朗読した。サークルのメンバーは残念ながら私と同世代の少し若い主婦ばかりであったが(若い人たちにやって欲しい朗読であるが」)、若くして戦死していった青年達の絵にたいする情熱、妹や母や愛する者たちへの深い思い、惜別の思い、母たちの悲しみなどが溢れんばかりの言葉から、静かにある時は激しく朗読されて、心に深く沁みるものであった。 「無言館」は、長野県上田市の浅間山を望む塩平に、ひっそりと佇む小さな素朴なロマネスク教会のような美術館である。(当ブログ「サンティアゴ巡礼街道」の写真の中でも、しばしばこのような佇まいの鄙びた教会を紹介してきた)この「無言館」には戦没画学生の遺作300点余りが展示され、彼らの無念の思いを伝えている。このような「夢や希望に満ちた」若い画学生の青春を台無しにしてしまった戦争。慈しみ大切に育てた息子を失った母の哀しみ。このような平凡な日々の暮らしを、有無を言わせず破壊してしまった戦争。このような無数の青年たちの無念さがあったからこそ今日の日本国憲法9条がある。近代法の最も先進的な位置にある世界に誇る日本国憲法幾千幾万の若い命の代償として得たこの陣地を後世に生きている私たちが、守り発展させることは人としての義務ではないだろうか。 世界の保安官、世界の憲兵として、アメリカ軍が世界の各地に駐留している。世界の安定・平和のため、アメリカ軍がいないとダメなのだというのが彼らアメリカの論理である。 中東のイラクや中央アジアのアフガニスタンで戦争を続けている米国。それを支えるのが世界中に張り巡らされた米軍基地網。 米国防総省ガまとめた「2007会計年度 基地構成に関する報告書」によると、世界39カ国・領土に823の基地が存在。17万6000人の米兵が駐留し、米国本土の189万人の兵力とともに、世界規模で軍事作戦を展開しているのが、現在のアメリカである。 最も多く米軍基地を抱える国は、欧州の拠点となっているドイツ(基地数287・米兵数63958人)海外侵攻を目的とする部隊が常駐する日本は、第2位で、アジア最大(基地数130・米兵数48844人)。現在、沖縄に駐留する海兵隊は、イラクとアフガニスタンに沖縄から出動している。(日本の政府がどう弁明しようと、日本の国土から他国を侵攻する軍隊が出撃している。これは日本の主権侵害である)しかもである、米軍の駐留にかかわる経費をどれだけ負担しているか皆さんご存知か?日本は基地数・米兵数トップのドイツを抜いて、ダントツのトップ44億ドル(約4600億)を負担しているのである。2位のドイツの2.8倍。3位の韓国の5倍以上の金額なのである。なぜ日本の負担がこれだけ多いのか?これは日本の『思いやり予算』のためである。日米協定では、米側が負担することになっており、日本が負担する義務もないのに、気前よく負担している経費のためである。豪華な司令官用住宅やゴルフ場などの建設費、バーやレストランなどの米軍基地内の娯楽施設で働く従業員の給料などまで負担しているのである。これは30年前から始まっている。ドイツでは、兵舎や家族用住宅、スポーツジムなどの施設、従業員の給料などは、負担の対象外。 日本は金銭面においても気前よくアメリカ軍にふるまって、ご機嫌をとっているのである。これはすべて国民の税金から支払われている。自衛隊そのものが、日本国民を守るものでなく、深くアメリカの軍事戦略に組み込まれ、日本国の主権が踏みにじられていると言うのに、金銭面においても卑屈な日本政府なのである。アメリカの沖縄基地の一部のグァム移転においても、日本は豪華な兵の住宅建築費(1戸あたり7000万円)まで負担することをアメリカから要求されている。このアメリカ軍が現在、世界の安定ではなく、世界の不安定・紛争混乱の火種になっているのは、テロ集団と同じというのが事実ではないか。米英のNGO「イラク・ボディー・カウント」によれば、開戦からこれまでの民間人の死者数は最大9万人。世界保健期間は今年1月、戦闘員を含む死者が15万1千人と発表。バグダット陥落までに投入された米英軍は約30万人。その後も内戦状態が続き、今も10万人以上がイラク駐留を続けている。戦費は不明だが、最終的コストは約200~300兆円か。イラクに派遣された日本の航空自衛隊員は述べ3千人。クェートとイラク国内3空港との間を飛び、輸送回数は4月17日までで、694回。物資の輸送量600トン。(情報は公開されていないのでよくわからない)このような愚かな戦争に、日本はすでに深く関っており、莫大な経費も負担している。日本政府は、なぜここまで卑屈になってアメリカに追従するのだろう。経済のみならず軍事においても、自国の憲法をアメリカのご都合にあわせてまで追従する日本。 日本の若者の多くは、イラクやアフガニスタンという国がどこにあるかは勿論のこと、今、そこで何が起きているかさえ知らないものが多い。お気楽に刹那的に生きている高校生や大学生が多い。(宮崎県さえどこに在るか知らないものが多いなか当然のことかも) 「無言館」の画学生達の無念さを深く歴史の中から学び取る知性を、今の中高生大学生とその親たちは、自らのものとするべき時だ。深い思索を今こそ要求されている、と私は日々、学生と深く関れば関るほど感じている。わが地域の『9条の会』の集いに参集した人々も老いたる者が多く、若者は極めて少ない。日本の若者達の身に何が今降りかかろうとしているか、その親たちも含めて、もっと学ぶべき時である。
2008.05.20
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スイカズラの甘いかおり漂う朝の散歩路 連日気温の高低差が大きくこの週は3月下旬の気温の日が続き肌寒い荒れた天候の5月となった。五月の朝靄の散歩道(写真の左手前のカシの木は隣の小学校の子どもたちが、ドングリを拾って、播いて育てたドングリの木。もう林になるまでに生育している。その子供たちも今は大学生。)昨日は打って変わってさわやかな風薫る5月晴れの日となった。日の出時間は4時48分。ひんやりと爽やかな朝の風に誘われて久しぶりに早朝散歩をした。どこからともなく甘いかおり、どこか懐かしい甘いかおり、ふと見渡せばスイカズラの花が鄙びた竹垣から零れ咲いていた。忍冬咲くゆえ蜂にさされたる 高野素十スイカズラ(吸葛)の甘い香り満つ朝の散歩路大きなミツバチが甘い蜜を求めて飛交う朝(学名:Lonicerajaponica 半落葉つる性木本 別名・キンギンカ、ニンドウ北海道~九州に分布。雑木林のヘリに自生。和名スイカズラは、花の蜜を吸うと甘いため、あるいはおできの吸出しに利用した為との由来あり。葉や花、茎は漢方薬として利用されている。香りが強いので焼酎に漬け、忍冬酒とする。18世紀に初めにヨーロッパに渡り、園芸品種として多く育成されている。ヨーロッパ産はハニーサックル(Honey suckle)とよばれ、ハーブとして利用)スイカズラその花を摘み、蜜を吸って遊んだ幼い日々を思い出させる懐かしい花吸葛花びらは開花したとき、純白やがて淡い黄色に変わるその姿から金銀花(キンギンカ)葉っぱは落葉しても一部は寒さに耐えて残るので忍冬(ニンドウ)ともいう。花の呼び名を三つも持っている花スイカズラ(純白の花はやがて淡い黄色の花となる)蚊の声す忍冬の花散るたびに 蕪村忍冬に眼薬をうる裏家かな 正岡子規初夏の訪れをつげる忍冬の花。日本の人々の暮らしのなかに息づいていた忍冬の花こんな艶かしい歌もある忍冬のこの色欲しや唇に 三橋鷹女いつもの私の散歩道鴨が池のほとりにも甘い香りをあたり一面にまき散らしてスイカズラは群れて咲いていた(秋には黒い実(液果)となるが有毒であるので注意!)鴨の雛鳥が数匹母鳥とゆったりと泳いでいた池朝の陽光に輝くみどりにエゴノキやヤマボウシの白がまぶしい朝の散歩路(エゴノキの花。強い香りに誘われてミツバチが飛交う)スイカズラもエゴノキもヤマボウシも初夏に咲く花梅雨のころに咲く花(ヤマボウシの苞が白い花びらのように咲く)例年なら重く垂れ込めた梅雨空を背に雨でけむる濃いみどりに映える白。(朝靄に煙るヤマボウシ:今年は6月に咲く白い花々が次々に5月半ばで咲く)来るべきぎらぎらと照りつける炎暑の夏前の束の間のやすらぎぶんーと、ぶーんと大きなミツバチが強いかおりの池辺で蜜をもとめて飛交っていた気温の異常は、咲く花々たちをも狂わせた2008年5月の中旬
2008.05.16
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馬来田(うまくた)の里(千葉・木更津)(ガマズミの花咲く馬来田の里は、もう、初夏のたたずまい)ゴールデンウィークの日本列島は気温がぐんぐん上昇し、4日の名古屋・岐阜の最高気温は27.9度札幌は26.3度、平年差12度まさに夏!外気はじりじりと暑く、からからに乾いた空気だけがかすかに5月を感じさせる春の花々も、季節はずれの熱気にぐったり。うまくたの路Danjoseは新緑のみどりがまぶしい南総房の里山・馬来田(うまくた)の里を散策しました。(ヤマフジが、新緑のみどりに明るく映えて咲く、里山の5月)その昔、万葉の時代に豪族・馬来田(うまくた)国造が支配した土地この地の人々が万葉の時代に口ずさんでいた歌が万葉集に十三首も採録されている(JR馬来田駅から妙泉寺まで約3kmは、万葉碑が建ち、万葉の散策路となっている)そのなかの一首馬来田の 嶺ろの笹葉の露霜の 濡れてを来なば 汝は恋う故郷、馬来田を後にして遠く離れた地にいかねばならなかった古人の心情を、おおらかに素朴に歌っている。照りつける陽光に萌黄色のみどりがひかる山里田植えのすんだ水田にも5月の強い陽光が白くきらめくじりじりと照りつける田んぼのあぜ道には日本の里山の農道ではどこでも見かける春の野草が咲き満ちてハハコグサ、キツネノボタン、オオジシバリ、ハルジオン、、、その野の草のなかに見つけたカントウタンポポ懐かしい日本のタンポポ万葉の時代からきっとそこに咲いていたにちがいないセイヨウタンポポに追いやられて、絶滅寸前、息絶え絶えにそのいのち繋いで2千年の時空を生きてここに在るセイヨウタンポポ (右の写真)総苞の外片がめくれて垂れ下っているのがセイヨウタンポポの特徴。ヨーロッパ原産の多年草で、日本各地の都市の道端や草地に生える帰化植物。明治時代に渡来し、野菜として栽培されたものが野生化。繁殖力旺盛で花期も長い。馬来田の里は又、今もまだ湧水の湿地を残す懐かしい日本の里山風景湿地に生きる生物や植物が万葉の時代そのままにそこに在るハンノキ(榛の木)湿原湿地を代表する木ハンノキ今では、身近に見かけなくなってしまった木ハンノキ秋になるとツリフネソウが湿原一面に群れ咲くツリフネソウの群生地初夏の湿原には水辺にはクレソンの花咲き、点々とホタル飛交うように林の縁を彩るホタルカズラホタルカズラ(蛍蔓) ムラサキ科の多年草。学名:Buglossoides zollingeri Johnston丘陵や山地の林内や縁に生える。北海道から沖縄及び朝鮮半島、中国、アムールに分布。可憐で涼しげなブルーの小花を咲かせるホタルカズラ鷺が点々と舞い降りた、サギ山のように濃い緑のなかに白く群れて咲く花サギゴケ(鷺苔)アップするとこんなにも華やかな花びら白鷺の頭のような花びらサギゴケ(鷺苔): 名は、短くとがる花冠の上唇がサギを思わせるのでつけられた。ゴマノハグサ科の多年草 学名:Mazus miquelii Makino花柱の先はへら形で、上下2枚に分かれ、虫などが触れると急速に閉じる。畦道などやや湿った所に生え、日本全土、および中国に分布。普通に見られるものは、紫色花でムラサキサギゴケと区別することもある。こんな白い花々が新緑の緑に映えて涼しげな湿原透ける繊細なハネを湿原の草の葉に休めるトンボこんなトンボの壊れそうな羽をそっと指でつかんで遊んだ幼い日々そこここに湧きでる泉にはメダカやフナが泳いでいたっけ。(ほら、オタマジャクシも、、、)オタマジャクシもいっぱいいたよ走り回って遊んだ子どもたちの群れこんな里山は日本のどこにでも在った農村の風景。馬来田の里は今も大切にその風景を守っている。
2008.05.09
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誰が戦場で戦っているか? 堤 未果 著 『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書) 紹介の2回目。 今回は、ブッシュ政権が目指した小さな政府によって、公的部分がどんどん削減され、市場原理にまかせた民営化の行き着いた先は何処であったか?を見てみよう。 堤未果さんのこのルポは、アメリカの若者たちの今を記録することで、アメリカ社会が現在陥っている社会の矛盾を鋭く暴きだしている。しかも、グローバル化の名のもとに、出現したアメリカのこの現実は、まさに日本の明日の姿でもる。 2002年春、ブシュ政権は「落ちこぼれゼロ法案」(No Child Left Behind Act)を打ち出した。これは、「全国一斉学力テスト」を義務化する法案である。学力テストの結果については、教師及び学校側に責任を問うものとし、良い成績を出したものにはボーナスがでるが、悪い成績の学校には、助成金の削減又は全額カットするなどである。競争システムがサービスの質を上げ、学力の向上が国力につながるという論理である。 だが、この「落ちこぼれゼロ法案」は表向きは教育改革であるが、実際は、兵隊の不足を法的に確実に補足する「裏口徴兵政策」なのである。その法案には、「全米のすべての高校は生徒の個人情報を軍のリクルーターに提出すること。もし、拒否した場合は、助成金をカットする」という1項目が設けられている。 生徒の個人情報とは、名前、住所、親の年収および職業、市民権の有無、そして生徒の携帯電話番号である。州からの助成金だけで運営している貧しい地域の高校は、選択肢がないために、やむなく生徒の個人情報を提出することになる。これは、個人情報漏洩に敏感なアメリカでは、それまでありえなかったこと。しかし、裕福な生徒が通う高校は、もちろん個人情報など提出していないし、「武器持ち込み禁止原則」によって、軍服を着て武器を携帯した兵士が校内に入ることも禁止している。 米軍は、この「落ちこぼれゼロ法案」によって得た膨大な高校生のリストから、さらにふるいをかけて、、なるべく貧しく将来の見通しが暗い生徒のリストを作り直す。そして、軍のリクルーターたちが直接、生徒たちの携帯に電話をかけて勧誘する。勧誘条件は大きくわけて、次の5つである。1)大学の学費を国防総省が負担する。2)好きな職種を選ぶことができ、入隊中に職業訓練も同時に受けることができる。3)信念と違うと感じたときは、除隊願いを申請できる「良心的兵役拒否権」の行使が可能。4)戦地に行きたくない場合は予備兵登録が可能。5)入隊すれば兵士用の医療保険に入れる。若者たちの入隊希望理由の8~9割が1)の「学費免除」である。貧しい地域の高校生がどれほど大学に行きたがっているか、そしてその親たちに選択肢がないことを見抜いた上での巧妙な作戦である。甘い夢のような勧誘で入隊した若者たち。実際に入隊後に大学の学費を受け取る兵士は35%。これは学費を受け取る時、前金の納付が義務づけられており(額は1200ドル)、その納付が出来ない為だという。更に、前金をなんとか納め学費を受け取ったとしても、除隊後の4年間の大学を卒業する兵士はさらに15%に過ぎないという。これは、受け取る額(平均2万ドル弱)が、軍が契約の際、約束する(最高5万ドルまで)額を大幅に下回るため、学業とバイトの生活が維持できなく大学を断念せざるをえないからだという。学費免除についで多いのが、5)の「医療保険」である。2007年1月現在、アメリカ国民の無保険者は4700万人。とりわけ貧困地帯の高校生達は家族そろって無保険のため、入隊すれば本人も家族も兵士用の病院で治療が受けられるという条件はとても魅力的なのである。しかし、実際は、2003年以降、「退役軍人協会」の予算を年間1億ドルずつ削減、医師、看護師、医療機器及び薬不足のため、帰還兵専用病院が次々閉鎖に追い込まれ、治療が追いつかなくなった。ニューヨーク州にある帰還兵専用病院の平均予約待ち期間は1年である。 このため、帰還後、病院の治療をまともに受けることも出来ずにホームレスとなって社会に掘り出されている兵士も多い。 更に、2007年には、さらなる兵士の不足を補うためか、新しい移民法「夢の法律2007」(Dream Act 2007)を打ち出した。それまでは、ビザを持って入国した移民にかぎって、入隊と引き換えに市民権取得手続きが開始できたのを、ビザを持たない不法移民にもそのチャンスを与えるという法律である。 国内に75万人いるという不法移民は、兵士不足に悩む米軍にとっては、「宝の山」である。この若者達に「教育」と「市民権」という飴をぶらさげることで、素晴らしい愛国心と忍耐力を軍に提供させようという魂胆である。 国防総省の記録によるとイラク戦争が開始された2003年に米軍がリクルートした新兵の数は、21万2000人、そのうち3分の1は高校を卒業したばかりの若者である。 では、大学生はどうか。政府の新自由主義政策の流れで教育予算が大幅に削減された結果、授業料が高騰する。そのため学資ローンの申請者も急増。しかも、学資ローンの貸し出し機関の民営化も急速に進んでいる。このローンは、政府が保証人の役割を果たすことに加え、教育予算から利子補給されるので、貸し手にとっては、非常に割りのいい『ローン』である。金融機関では「学資ローン」はドル箱と呼ばれている。政府にとっては、コスト削減、金融機関にとっては、利益増大。まさに教育への市場原理そのものが貫徹されている。 アメリカ国内の若年層におけるカード借金額の平均は4000ドル。その原因の一つが、成績優秀者に対する返済不要な学資を提供する奨学金制度の予算カットにあるという。奨学金の申請が却下され、仕方なくカードで学費を払い始め、生活費や教科書代であっという間に限度額を超え、次々に別なカードで返済していくうちに、雪だるま式に利子が増えていくカード地獄におちいる学生が多いとう。 その上、4年生大学を出ても賃金の低い職にしか就けず、カード地獄から抜け出すことは困難を極める。 ここで登場するのが軍の「入隊すると大学費用を負担する」という「学資ローン返済免除プログラム」である。学資ローン返済免除プログラムの広告サイトは次のようなものだ。 『学資ローン返済に追われていませんか?非情な回収業者から電話で嫌がらせをうけていませんか?私たちはそんなあなたの味方です。現在かかえている学資ローンの返済から自由になるお手伝いをさせていただきます。ご興味のある方は以下のフォームに必要事項を書き込み。。。』と誘い込むのである。国防総省が返済額の大部分を肩代わりしてくれるというのである。 バイトと低賃金の仕事に明け暮れ、それでも借金返済できない若者にとっては、夢のような話。甘いささやき。 更に、驚くべき事は、「国の仕事は、軍と警察以外すべて市場にまかせる」という「外注革命」をモデルにして、国の付属機関を次々に民営化していった。そして、戦争までもが民営化された。それが「イラク戦争」なのである。 多重債務者や失業者を狙い撃ちで、「素晴らしいお仕事があるのですが」と電話をかけてきて、夢のような破格の給与を提示して勧誘する、国際規模の派遣会社である。あくまでビジネスとして、外国で働く派遣労働者なのである。それでも、現在の貧困よりはまし、現在のおぞましい状態から抜け出すことができるのではという期待から、戦場へと派遣労働者として出稼ぎに行く。(40度を超える炎天のなかで1日12時間働き通し、週7日労働。食事は米兵の残りものを列を作って貰って食べ、夜は零下の地でトレーラーにほうりこまれて寝る。それでも、本国の貧困よりましという人々。このような人たちが米軍を成り立たせている) 派遣労働者のターゲットは全世界の「貧困層」の人たちなのだという。実際に戦場でその戦いの一部を担っているが、戦死者としてもかぞえられず、ゴミとして捨てられる人々。 米軍は後方支援として、現地でのさまざまな業務を、この民間の派遣会社に依頼している。内容は、基地への食料や武器の輸送から、倉庫内の作業員、電気技師、トラックの運転手、本国からくるVIPの護衛と実に多義にわたっている。 その派遣会社の頂点にある親会社・ハリバートン社。その下に何層もの下請け会社を置くシステムによって、米軍は下請け会社に対して、最低賃金の保障ラインを定めていない。さらに、死亡や負傷にたいしても責任を負う必要もない。勿論、戦死者などにはかぞえる必要もない。ハリバートン社やその下請け戦争請負会社は世界中に500社以上あると言われている。この業界で生き残るためには、ここでも熾烈な自由競争の市場原理が働いて、必然的に勧誘ターゲットを生活水準の低い貧困国に向かわせる。人件費をゼロに近く切り詰めていく競争である。その市場競争を支配し、頂点に君臨しているハリバートン社は、2005年5月には米軍から業務奨励賞および7200ドルのボーナスが与えられた。イラクでの米軍支援の質の高さと、愛国的業務に対して感謝の意を賞したものだ。ハリバートン社とは、チェイニー副大統領が1995年から2000年までCDOを勤めた石油サービス・建設企業なのである。ハリバートン社と並んで米軍のコスト削減に貢献している民間会社に「ブラックウォーターUSA社」がある。前者が後方支援だとすると、こちらは戦闘自体を請け負う「傭兵」の派遣会社である。イラクに派遣された「傭兵」には、監視も法的拘束もかからない。この派遣会社は、主要業務が警備であることから、国務省と契約をむすんでいるために、どんな非人道的な行為も、軍法会議の対象とはならない。「ブラックウォーターUSA社」の副代表を務めるコーファー・ブラックは、2004年11月まではCIAのビンラディン追跡及びテロ対策部門の責任者であった。彼は議会でこんな発言をしている。「9・11以前と以後がある。9.11以後の世界はルール無用の世界だ。」彼らにとっては、まさに「イラク戦争」は、お金のなる木。戦争の大義名分が嘘であろうと、ここで止めることは出来ない。撤退はできない。自らで「貧困層」を大量に作り出す政策を実行し、次には、その貧困層をターゲットにさらに一儲けしようとするこのシステム。これが「新市場主義」なる政策の究極の行き着いた先だ。自国の徴兵制などいずれ必用なくなる。 借金で出口ふさがれ、大学に行って勉強したがっている若者たち。貧困から抜け出したがっている若者たち。この若者達のほうが、よほど優秀で愛国心あり、忍耐づよい。安上がりで役に立つ。ビジネスで戦争を請け負う人々。莫大な利潤を得ることを目的とした企業がおこなう戦争。 日本の軍隊、自衛隊は、このハリバートン社の行なっている後方支援を行なっていることになる。ハリバートン社は、米軍のコスト削減に貢献したと報奨金までもらっている。さらに、戦場では莫大な利益を得ている。 日本軍は同じような後方支援や、一部、戦争請負までやって、報奨金をアメリカからもらえないばかりか、まだお前達の貢献は足りない。もっとアメリカ軍の基地のために金を出せと、言われ続け、日本人の税金から莫大な額を米軍に与えている。米軍の使う日常の住宅から道路、NHKのテレビ視聴費に至るまで日本が負担しているのである。 ハリバートン社の待遇にも劣る自衛隊。 アメリカ軍にどれだけの日本の税金がつぎ込まれているか、皆さんご存知か? 後期高齢者の医療費や幼い子たちの保育園を支援する財源はいくらでもある。堤未果さんのルポ「貧困大国アメリカ」には、ここではまだまだ紹介しきれない、アメリカの今がルポされています。ぜひ若い人たち一読を。
2008.05.06
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