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【128】
翁曰く、我が教へは、徳を以て徳に報うの道なり、
天地の徳より、君の徳、親の徳、祖先の徳、其の蒙る処人々皆広太なり、
之に報うに我が徳行を以てするを云ふ、
君恩には忠、親恩には孝の類、之を徳行と云ふ、
扨て此の徳行を立てんとするには、先づ己々が天禄の分を明かにして、之を守るを先とす、
故に予は入門の初めに、分限を取調べて能く弁(わきま)へさするなり、
如何となれば、大凡そ富家の子孫は、我が家の財産は何程ありや、知らぬ者多ければなり、
論語に、師冕(べん)見ゆ、皆坐す、
子の曰く、某(それ)は斯(ここ)にありと、
師冕(しべん)出づ、
子張問うて曰く、
師と言ふの道か、
子の曰く、然り、固より師を助るの道なり、
とあり、
予が人を教ふる、先づ分限を明細に調べ、汝が家株田畑何町何反歩、此の作益金何円、内借金の利子何程を引き、残り何程なり、
是汝が暮すべき、一年の天禄なり、
此の外に取る処なく、入る処なし、此の内にて勤倹を尽して、暮しを立て、何程か余財を譲る事を勤むべし、
是れ道なり、是れ汝が天命にして、汝が天禄なりと、
皆此の如く教ふるなり、
是れ又心盲(めしひ)の者を助るの道なり、
夫れ入るを計りて天分を定め、音信贈答も、義理も礼義も、皆此の内にて為すべし、
出来ざれば、皆止むべし、
或は之を吝嗇と云ふ者あり共、夫は言ふ方の誤りなれば、意とする事勿れ、
何となれば此の外に取る処なく、入る物なければなり、
されば義理も交際も出来ざれば為さゞるが、則ち礼なり義なり道なり、
此の理を能々弁へて、惑ふ事勿れ、
是れ徳行を立つる初めなり、
己が分度立ざれば徳行は立ざる物と知るべし。
【128】尊徳先生はおっしゃった。「私の教えは、徳をもって徳に報いるの道である。天地の徳より、君の徳、親の徳、祖先の徳、そのこうむるところ人々皆広大である。これに報いるに自分の徳行をもってすることをいう。君の恩には忠、親の恩には孝の類、これを徳行という。さてこの徳行を立てようとするには、まず自分自身の天禄の分を明らかにして、これを守ることを先とする。だから私は入門の初めに、分限を取り調べてよくわきまえさせるのである。なぜかといえば、おおよそ富家の子孫は、自分の家の財産はどれほどあるか知らない者が多いからである。論語(衛霊公篇)に、『師冕(しべん)見ゆ、皆坐す、子の曰く、某(それがし)は斯(ここ)にありと、師冕出づ、子張問ふて曰く、師と言ふの道か、子の曰く、然り、固より師を助くるの道なり』とある。
私が人を教えるには、まず分限を明細に調べて、おまえの家株は田畑何町何反歩、この作益金は何円、うち借金の利子何ほどを引いて、残りはなにほどである。これがおまえの暮すを立てる一年の天禄である。この外に取るところはなく、入るところはない。この内で勤倹を尽して、暮しを立てて、何ほどか余財を譲る事を勤めるがよい。これが道である。これがおまえの天命であって、あまえの天禄であると、皆このようにして教えるのである。これがまた心が盲目の者を助ける道である。入るを計って天分を定め、付き合いや贈答も、義理も礼義も、皆このうちで行うがよい。できなければ、皆止めるがよい。あるいはこれをケチだという者があっても、それは言う者の誤りであるから気にしなくてもよい。なぜかといえばこの外に取るところがなく、入るものがないからである。そうであれば義理も交際もできなければ行わないのが、すなわり礼であり義であり道である。この理をよくよくわきまえて、惑ってはならない。これが徳行を立てる初めである。自分の分度が立たなければ徳行は立たないものと知るがよい。」
■ 報徳秘稿
【57】底倉村(箱根町底倉)の人に告て曰く、汝が邑の天命は、常衣藤衣、食は粟稗、焼炭・采薪、自らせおうて渡世すべき也。如何となれば、今、天下君なければ国治らず。民なければ君立つことあたはず。君と民と後棒先棒にて、今日を明日へかつぐ世界也。汝、五公五民を天下の定法とする也。然るに、汝邑納むる処の税は僅か二十五両にすぎず。然らば、又、村中の暮し二十五両にすぐべからず。然りといへども、幸に温泉ありて繁栄する故に、領中の米穀価高く、魚鳥・菜菓も亦然り。是則、一国の潤ひ也。弘法大師高野山を開て海辺まで開けしと同じ。汝に衣・食・居住、領中とひとしきは可也。然るに、今、居住・衣食領中に類なし。是、困窮の元也。先、是等のことはさてをき、汝が家株・田畑の徳何程、年中の稼ぎ何程ど、入を計て出すことをなさば、困窮はすまじ。礼義・贈答も此の中にて出来ずんば為さざるが則ち礼也。此の外に取る処なく、入る処なき故也。人或は吝と云とも、云方の誤り也。若し、吝と云ものあらば、此の外に取る所あらば、汝取り呉れよ、此の外かへさずして能く借財あらば、汝云訳しくれよと云へ。此の帳は大切にせよ。汝が家の宝也。古語にも、性に率(したが)ふを道と云、といへり。
(訳)
報徳秘稿
【57】先生は底倉村(箱根町底倉)の人に告げておっしゃった。
汝の村の天命は、いつも衣は藤衣、食は粟やヒエ、炭を焼き・薪をとり、自ら背負って世を渡るべきだ。なぜかというと、今、天下に君主がいなければ国は治らない。民がなければ君主は立つことができない。君と民とは後棒先棒で、今日を明日へとかつぐ世界である。汝は五公五民を天下の定法とする。ところが、汝の村が納めるところの税は僅か二十五両にすぎない。そうであれば、また、村中の暮しは二十五両を過ぎてはならない。しかしながら、幸いに温泉があって繁栄するために、領中の米穀の価格が高く、魚や鳥・野菜や果物もまた同じだ。これはつまり、一国の潤いである。弘法大師は高野山を開いて海辺まで開けたのと同じだ。汝の衣・食・居住が、領中と等しいのであればよい。ところが、今、汝の居住・衣食は領中に類がない。これが困窮の原因である。まず、これらのことはさておいて、汝が家株・田畑の収穫がどれほど、年中の稼ぎがどれほどと、入るを計って出すことを行うならば、困窮はするまい。礼義・贈答もこの中で出来なければ行わないのが礼である。この外に取るところはなく、入るところがないためである。人があるいは吝嗇と言っても、言う方の誤りである。もし、吝嗇と言うものがあらば、この外に取るところあるならば、汝が取ってくれよ、この外に返さないでよい借財があるならば、汝が言訳してくれよと言え。この帳面は大切にせよ。汝が家の宝である。古語にも、性に率(したが)うを道と言う、と言われた。
■ 報徳秘稿
【591】『師冕(しべん)見ゆ、階に及ぶ、子曰く、階なりと。席に及ぶ。子曰く、席なりと。皆坐す。子之に告げて曰く、某(なにがし)は斯(ここ)に在り、某は斯に在りありと。師冕出づ。子張問いて曰く、師と言うの道かと。子曰く、然り、固(もと)より師を相(たす)くるの道なり』と宣う。予が教える道、まず分限を調べ、汝の家株田畑反別何町歩、この作益金年何程、内借金何程引き、残金何程。是汝が一年暮らすべき天命自然の分数也と云う。是又心盲その道を知らずして困窮するものを助るの道なり。
(訳)
報徳秘稿
【591】『師冕(しべん)見ゆ、階に及ぶ、子曰く、階なりと。席に及ぶ。子曰く、席なりと。皆坐す。子之に告げて曰く、某(なにがし)は斯(ここ)に在り、某は斯に在りありと。師冕出づ。子張問いて曰く、師と言うの道かと。子曰く、然り、固(もと)より師を相(たす)くるの道なり*』とおっしゃった。私が教える道も、まず分限を調べて、汝の家株、田畑、反別、何町歩、この作益金は年どれほど、うち借金をどれほど引いて、残金はどれほど。これが汝が一年暮らすべき天命自然の分数であると言う。これがまた心の盲目がその道を知らないで困窮するものを助ける道である。
*盲目の
楽師の
冕
が
来訪
した。孔子が自身出迎えて案内され、階段まで来ると、「階段ですよ。」と言われ、座敷へ来ると、「お
席
ですよ。」と言って着席させる。そして一同の座が定まると、「あなたの右は何さんです、左はだれそれです。」という風に同席者の名前と席順とをいちいち告げられた。師冕が帰った後、子張が、「あれが盲目の楽師と語る作法でござりますか。」とおたずねすると、孔子がおっしゃった、「そうだ、そもそも
盲人
はああいう風に
介抱
すべきものだ。」((穂積
重遠
『新訳論語』)
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