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2026.08.25
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カテゴリ: 坐禅
大智禅師偈頌講話 澤木興道

  元旦 その3

   元旦
【元旦二首】
新年佛法問如何 (新年仏法如何と問わば)
開口不須説似他 (口を開いて他に説似することを須(もち)いざれ)
露出東君眞面目 (露出す東君眞の面目)
春風吹綻臘梅花 (春風吹き綻ぼす臘梅花)


 無常を観ずる、という。なにも、お葬式をする、亡者になる、「諸行無常の鐘の音、寂滅為楽と響くなり」チン、ポカン、ジャラン、と野辺の送りのことばかりが無常ではない。九州へ行くと、葬式を無常という。そうして、赤ん坊が生まれたことを無常といわん。あれは半分しか考えておらん。しかし、元旦というと、ことによると話が浮く。毒にも害にもならん。ところが年末の方は、「ウン、これはぐずぐずしておれん」とこれは忙しい。それはぐずぐずしておれんのみならず、年末にはどこでも忙しい。
 人間でも子どもの時は、実に暇である。日永うして小児の如しという。子どもの時は呑気なもんじゃ。年寄るほど忙しい。そうすると実におかしなもんじゃ。なにが忙しいのか。碌でもないことに忙しい。親類づき合いとか、いや、親類に子どもが生まれたとか、あすこへ悔みに行かんならんとか、いや、あすこからなんやら貰うたとか、あすこから貰うたから返さんならんとか、いや、礼をせんならんとか、碌でもないことに毎日毎日、年寄るほど忙しゅうなる。
 忙しゅうなる。自分の仕事がだんだん忙しゅうなるのは、これは当り前のことじゃが、この元日というものを考えて見んならん。この元日というものは、つねに新しいものである。なにも諸行無常ということをいわんでも、万物はつねに進んで行く。一時も立ち止まらない。毎日お暇乞いである。毎日初対面である。
 それで、この初対面が元日という参究である。われわれのする仕事は、毎日初対面、初めて禅寺の生活をする、初めてわれわれが坊主になった日「ヘエ、わたしは坊主で、よう一生通せますやろうか」と心配するやつがある。要らん心配せんでもいい。初めてその日だけ坊主をしたらいい。毎日その日だけ坊主したらいい。毎日その日だけ坊主、その日暮らしじゃ。自分がなにも食えんなら食わんと死んだらいい。ここはわたしは元旦というものは非常におもしろいと思う。ああ元旦なるかな。願わくはこれ毎日元旦でありたい。(大智禅師偈頌講話p.160-161)





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最終更新日  2026.08.25 02:00:04


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