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2026.08.25
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カテゴリ: ユマニチュード
「ユマニチュード」という革命

「ユマニチュード」という革命(イヴ・ジネスト, ロゼット・マレスコッティ 著 ; 本田美和子 日本語監修) / 古本、中古本、古書籍の通販は ...

p.49 私たちはケアに関わる人たちに、「感情と優しさが必要だ」と言い続けてきました。そのたびに「おかしなことを言っている」と受け取られてきました。それもそのはずです。ユマニチュードが登場するまでに、ケアに「感情と優しさが必要だ」とは誰も言わなかったからです。むしろケアの世界では、個人的な感情や優しさは介護の邪魔になるという考え方をしていました。
 なぜなら、よいケアは感情を伴っては行えない。だから自分の感情は仕事の場の外に置いておくべきだと考えられていたからです。
 私はこれまで研修の場で多くの看護婦と仕事をしてきました。その経験を通じてはっきり言えるのは、よいケアを行っている人は、感情とともに仕事をしているということです。「自分の感情を仕事場に持ち込んではいけない」とするケアの文化の下では、そのことを隠さざるを得ないのです。
 ところが、ケアの現場を観察して導いた私たちの考えを裏付けるような理論が現れました。脳神経学者のアントニオ・ダマシオは著書『デカルトの誤り』*において、このように述べています。「デカルトは«人間は精神と肉体でできている»と定義した。しかし、それは誤りだ。精神と肉体は生物学的にわけられない。精神は肉体で生まれ、感情も私の中に宿っている」。さらに、デカルトが「感情よりも理性だ」と述べたことも批判しています。
 感情は自分の体であり、私たちの感性から生じるのです。私はこの考えによって力を得て、「感情と優しさ」がケアにとって力であり、大切だと堂々と言えるようになりました。
 ダマシオはさらにこう続けます。「感情とは、ただの心理的なものではなく、体そのものと密接に結びついたものだ」。つまり足や手をはじめとした体が感情を生み出す根源なのです。ですからケアする人に感情を忘れろというのは、外科医に「自分の手に麻酔をかけて手術してください」というのと同じことです。

*ダマシオは心と身体が二元論的に分離されるというデカルトの考え(心身二元論)も否定する。感情とは心の中だけで起きている現象ではなく、感情が起きるためには身体的なものの認知が必ず必要になるという。感情とは人間の特質と環境との適合/不適合に関するセンサーのようなものであり、その人間の特質には遺伝的なものと後天的に獲得したものの両方が含まれる。感情は、他の知覚と同じような「認知」の一種なのであり、そこでは脳が身体に対する「獄中の聴衆」という役割を演じているような生理学的プロセスだというのだ。

ダマシオは感情の本質とは、ある対象に結びついている捉えがたいメンタル・クオリティといったものではなく、ある特定の風景の(つまり身体の)直接的知覚であると主張する。感情が依存している重要な神経科学的ネットワークには、従来認められてきた辺縁系としての知られる一連の脳構造だけでなく、前頭葉皮質の一部と、身体からの信号をマッピングしている脳の諸部位が含まれるという。間断なく更新されていく私たちの身体の構造と状態を、直接見渡せる窓を通して私たちが見るもの、それがダマシオの考える感情の本質である。身体の「状態」とは、身体が占める空間におけるそれらの物体の光と影、動きと音のようなものである。この身体風景において、物体は内蔵(心臓、肺、腸、筋肉)、光と影、動きと音は、ある瞬間におけるそれらの器官の作用範囲内の一点を表している。おおむね、感情とは、そういう身体風景の一部の、一瞬の「光景」である。



*ソマティック・マーカー仮説(身体標識仮説)人が合理的な選択や意思決定をする際、過去の経験に伴う「身体の感覚(情動反応)」が道しるべ(直感)として働いている。前頭葉を損傷して感情の働きが失われた人は、知能が高くても、日々の簡単な決定さえ下せなくなる。
結論心は脳だけでなく「身体全体」と深く結びついている理性は情動や感情の土台の上に成り立っており、切り離すことはできない

p.51 ケアの現場においては「適切な距離感が必要だ」といわれています。これは間違いです。
私は「適切な距離感」ではなく、近づくことを提唱しています。なぜなら近づくことしかできないからです。「距離感が大事だ」というとき、私たちは、感情はネガティブなものだという考えに立っています。あなたが感情を持ってケアをすれば、患者である高齢者が病気になって死んだとき、あなたは傷つき、仕事の効率は下がるからです。だから感情を込めて相手に近づくのは危険だというわけです。
 しかし、これは大いなる誤解です。私たちは感情を家に置いて、仕事に出かけることなどできません。感情は体から生まれるので、美しい人を見ると胸が高鳴ります。担当していた患者が死ぬとつらく感じます。それはごく当たり前のことです。もし感情を殺せというなら、見るとつらくなるから目を閉じるしかありません。それでも感情を持つことそのものを人はやめられませんから、私たちはそれを表現しないようにします。担当していた人がなくなっても「距離感があるから大丈夫」と自分に言い聞かせるのです。そうして感情を出さずに自分の中に閉じ込めていれば、その感情はいずれ爆発します。

*ユマニチュードにおける「距離感」とは、相手に恐怖心や警戒心を抱かせず、「あなたを大切に思っている」という親密さと信頼感を伝えるため、正面から20〜45cm程度の近距離で接することを指します。
距離感の具体的なポイント近距離(20〜45cm):手のひらを広げた距離や、お互いのおでことおでこを近づけられるくらい、または腕にすっぽり入るほどの近さに近づきます。突然近づくと脳が防御反応(警戒・恐怖)を起こすため、相手の視野に入りながらゆっくりと近づきます。
正面と水平の目線:相手の真正面に立ち、同じ高さ(水平)の目線を合わせます。見下ろしたり横や後ろから突然話しかけたりせず、平等で誠実な姿勢を示します。
長い時間見つめる:視線を合わせたまま、0.5秒など短い時間ではなく、数秒間しっかりと見つめ合います。





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最終更新日  2026.08.25 05:00:04


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