MM2022のブログ

PR

×

プロフィール

MW2022

MW2022

カレンダー

コメント新着

天国にいるおじいちゃん@ Re:打席に入る前に、バットを天にかざして、天国にいるおじいちゃんに『力を貸してくれ』(08/24) 天国にいるおじいちゃんについては、 089…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2026.08.27
XML
カテゴリ: 報徳


同年十一月八日相馬藩家老草野正辰は、「富田久助雲水執行中、御膝下に随ひ、兼て被行候徳化を片端をも相伺、御教諭にも預り候て、始終は在所荒廃之地を相開候據と仕度、赤心聊御察し取被下」と富田の教育を依頼している。(全集第三一巻三頁)
十二月富田は小田原に尊徳と共に出張する。この時期、金次郎は三新田・曾比村の小田原仕法を行っていた。
天保十一年小田原出張中日記に「一亥十二月十日二宮金次郎下新田小八方へ、夜明着、並随身之面々」(全集第十五巻五五〇頁)の中に「相馬大膳亮様御内 富田久助殿」とあり、烏山藩の菅谷、茂木藩吉田、下館藩大島などと並んで記されており、単なる随身ではなく、一藩仕法に向けての視察であったようである。
一月九日の日記に「富田久助殿病気に付、浦賀へ罷越候事」(同五五八頁)とある。富田の病気は長引いた。ここらあたりの事情が「久助事夏中より不快にて、推参致遅滞、今般亦々御膝下へ御教誨を蒙度旨申聞候」という天保十一年十一月二一日付の草野の手紙(全集第三一巻三頁)にうかがわれる。




二其以来不得貴意候得共、向寒之砌弥御安泰被成御座奉欣然候、 去年中は富田久助御膝下に御教諭被成下候趣、諸事御手厚之御事不少 、忝致大慶候、扨追々衰廃之地御引立之御信節、天地神明を御動し被成候儀、同人伝達にて具に致承知候、頻に金言を承度候処、懸隔之儀不任心底、遺念不浅候、 久助事夏中より不快にて、推参致遅滞、今般亦々御膝下へ御教誨を蒙度旨申聞候、乍此上奉頼候間、朝暮被召仕、薪水執行之内御教示被下候様伏て奉頼候 、在所同役共よりも、願くは尊師を御招請致度時々申越候に付、久助へ物語候へども、中々以容易に御許容有之事に無之候段申聞候、御尤成御事御座候、領分は元来本田六万石、新田改出高三万八千石、〆九万八千石余、家事盛ん成時は、人別九万人、内高拾二万 迄収納有之候事、万治より元禄之間迄家事壮に付致収納候、於爰上下之驕奢相募、連々致困窮、如夢人別減少いたし、天明元年には五万人に相減、天明三大凶飢饉に付、一万六千人死亡離 有之、一度は三万三四千人迄に致減少、当時聊信節之糸口開け、二十五ヶ年以来役人世話を尽し、漸四万人余に相成申候、乍去尊師程之傑出未出顕無之、何れも庸人共に付、今一段之信節行届不申致歎息、送光陰候、若哉不便に御察被下、遠国之領分、興復之御助情被下候はゞ、如何計大慶可仕、元より御功業之相立候処、二ヶ村三ヶ村之訳に無之、宇田郡、行方郡、標葉郡〆三郡之地御開業被下候はゞ、天下へ響御大功にも可相成哉と奉存候、乍去当節御隣領御信義と御結ひ被進候御身分之儀、相願候て無栓事には可有之候へども、職掌難遁、屈思之余り呈鄙章候、余は久助可献鄙言深奉頼候右時候御見舞旁心事万分之一を不尽候恐惶謹言
 天保十一年十一月二十一日  相馬大膳亮内 草野半右衛門
  二宮金次郎様
 二白寒威強候條無御油断御愛護可被成候以上





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2026.08.27 00:00:09


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: