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2026.08.27
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カテゴリ: 坐禅
大智禅師偈頌講話 澤木興道

  元旦 その5

   元旦
【元旦二首】
新年佛法問如何 (新年仏法如何と問わば)
開口不須説似他 (口を開いて他に説似することを須(もち)いざれ)
露出東君眞面目 (露出す東君眞の面目)
春風吹綻臘梅花 (春風吹き綻ぼす臘梅花)


 そこで、大智禅師は、またここに一つの参究がある。「新年仏法如何と問わば」即今日である。新年仏法如何と問わば、仮に題を設けて、新年仏法如何と問わば「口を開いて他に説似することを須(もち)いざれ」―いう必要はない。こんなことをいうたら間違いなのだ。釈迦は四十九年一字不説、維摩は一黙。いわんでも分っておる。万物はつねに向こう向いて走っておる。あと戻りしない。毎日初対面。それは去年の真似をしておる。そのまた去年の真似をしておる。去年の年末に炭を一俵くれたから、今年もくれると思うておる。ドッコイ、そうはいかん。そういつも柳の下にどじょうはおらん。そのどじょうのおらんのが真理である。
 真理というものは、箱に入っておるものではない。凍結しておるものではない。型にはまったものではない。きまりきったものではない。真理は諸法である。万物の動いておるままが真理である。雀はチュンチュン、烏はカアカア、トンビはピーヒョロ、鳩はポッポッ、柳は緑花は紅。それは見た通り、聞いた通り、ある通り、その動いておる通り、つねに新しい通り。向こう向いて行く通り、そいつをなんとかいうたら、それが型になってしまう。いうたら間違うたらいわん。
 口を開いて他に説似することを須(もち)いざれ、いうただけ間違う。どんなものだということはない。つねに新しいフィルムが繰られておる。そのフィルムはずんずん繰られて行く、その一瞬を以てそのフィルムの全体を律するわけにはいかん。だから、今ぎり、だから即今、その場所、そのことがそのことぎり。だから即今、その場所、そのことがそのことぎり。だから、山はどんなものかというわけにいかん。その動いておる姿が口にいえない。絵にもかけない。トーキーにも撮れない。そいつを決めようと思えば、悟りというても間違う。安心というても間違う。正法眼蔵というても、涅槃妙心というてもー。だから、口を開いて他に説似することを須いざれ。「どんなものじゃ。新年の仏法というものは」「こんなものじゃぞよ」という必要はない。(大智禅師偈頌講話p.162-164)





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最終更新日  2026.08.27 02:00:04


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