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ジパング倶楽部の11月号が届いた。あちこちへ自由気侭に出かけられない私は、毎月届く雑誌を読みながら、バーチャルな旅を続けています。時には、20年前に来たことがあるなぁと感慨を深くしたり、一度、行ってみたいなぁと思ったりしながら、拝読しています。今日届いた11月号の「名曲の舞台を訪ねて」に、懐かしい歌が紹介されていた。「戦時下の国民のこころに差し込んだ一筋の光」ということで、作詞:吉田テフ子 サトウハチロー補作 佐々木すぐる作曲の「小山の杉の子」である。昭和19年の歌というから、わが青春の歌であるとも言える。だが6番まであるとは知らなかった。 お山の杉の子一、昔々 その昔 椎(しい)の木林の すぐそばに 小さな小山が あったとさ あったとさ 丸々坊主の 禿山(はげやま)は いつでもみんなの 笑いもの 「これこれ杉の子 起きなさい」 お日さまにこにこ 声かけた 声かけた二、一二三四五六七(ひい・ふう・みい・よお・いい・むう・なぁ) 八日(ようか)九日(ここのか)十日(とおか)たち にょっきり芽が出る 山の上 山の上 小さな杉の子 顔出して 「はいはい お陽さま 今日は」 これを眺めた 椎の木は あっははのあっははと 大笑い 大笑い三、「こんなチビ助 なんになる」 びっくり仰天 杉の子は 思わずお首を ひっこめた ひっこめた ひっこめながらも 考えた 「なんの負けるか 今に見ろ」 大きくなって 皆のため お役に立って 見せまする 見せまする四、ラジオ体操 ほがらかに 子どもは元気に のびてゆく 昔々の 禿山は 禿山は 今では立派な 杉山だ 誰でも感心 するような 強く 大きく たくましく 椎の木見下ろす 大杉だ 大杉だ五、大きな杉は なんになる お船の帆柱 梯子段(はしごだん) とんとん大工さん 建てる家 建てる家 本箱、お机、下駄、たべる箸 鉛筆 筆入れ そのほかに 楽しやまだまだ 役に立つ 役に立つ六、さあさあ負けるな 杉の木に すくすく伸びろよ みな伸びろ スポーツわすれず がんばって がんばって すべてに立派な 人となり 正しい生活 ひとすじに 明るい楽しいこのお国 わが日本を つくりましょう つくりましょういかにも国策に沿った歌である。この長い歌を全校生徒が声を揃えて、朝礼のときに歌った思い出がある。でも、歌ってみると「字余り」「字足らず」になってしまうのは、どうしてだろうか。
2005年10月28日
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なにも「海老さまニュース」と言うこともないが、今日團十郎事務所から、来年1月・2月の舞台の案内をいただいたので、報告いたします。海老蔵襲名公演を勤め終えられた海老蔵が「信長」という新作物に挑戦されることになった。明智光秀(田辺誠一)木下藤吉郎(甲本雅裕)濃姫(純名りさ)お市の方(小田茜)という配役です。私は、これらの俳優さんの名前を知りません。これら歌舞伎畑でない方々との共演で、海老蔵がいったいどのような舞台を勤めるか。不安と期待が綯交ぜになっています。1月は、新橋演舞場、2月は、大阪の松竹座での興行。
2005年10月26日
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小姓・弥生の引っ込みの後、三味線が本調子を弾き、楽の合方となり、雛壇が左右に割れ、さらにその後ろから胡蝶二人を乗せた二畳台が出される。雛壇が元の形になり、二畳台が中央にきまると、トメ柝。「世の中に絶えて花香のなかりせば、われはいずくに宿るべき。浮世を知羅で草に寝て、花に遊びてあしたには、露を情の袖枕、羽色にまごう物とては、われに縁の深見草、花の苧環繰り返し‥」胡蝶の拵えは、赤地にぬいの花車の模様、下着は白地、帯は納戸地に七宝模様の織物、頭は唐輪風。単なるツナギ以上の効果をもたらし、どうかするとヘタな獅子は胡蝶に食われてしまうことがあるくらいである。最初は鞨鼓の舞、「いとど思いは」から振り鼓。「花の影」で振り鼓を後見に渡し、上下へと一度引っ込む。大薩摩「それ清涼山の石橋は、人の渡せる橋ならず、法の力に自ずから、出現なしたる橋なれば‥」そこで笛の音が響き、後見が二畳台を前へ、紅白の牡丹の枝を台の両端に差し込み、台は石橋となる。囃子が乱序となり、「露」と呼ばれるくだりは、まさに嵐の前の静けさを思わせる。やがて急調子となり、後ジテの出となる。白の大口袴に白頭、唐織の着付けで、威風あたりをはらうような出、花道をつけぎわまで進み、一足さがって毛をポンと跨ぐや、毛先を両足の真ん中にはさんで、そのまま後ずさりにするすると揚幕に入る。一呼吸おいて、再登場するという絢爛たる演出は見事というよりない。舞台へ真っ直ぐ入った獅子は中央で極まり、鳴物が打ちあがる。獅子は牡丹の花にたわむれる。観客はみな、しばし幻想美に陶酔する。「牡丹の花に舞い遊ぶ。葉陰に休む蝶々の、風に翼かわかして飛びめぐる。獅子は勇んでくるくるくると、花に戯れ枝にふしまろび、実にも上なき獅子王の勢い、獅子の座にこそ直りけれ。」獅子は二畳台の上でとんとギバに落ち、眠った形となる。胡蝶が再び登場、首抜き風の蝶の文様を染めと織でほどこし、袖には牡丹模様が散らかされた着付けである。眠れる獅子に無心で戯れ、獅子は目覚めて二畳台から降りる。左右の袖下から胡蝶が替わり番に顔を出したりする演出は見事である。「獅子は勇みて」から、いわゆる「狂い」となる。花道すっぽんのあたりで毛を振り出すが、体をはずませ腰を引き、トンボの息でやらないとうまくいかないと六世音羽屋の芸談にある。曲にあわせて、後ずさりに「髪洗い」という、前に毛を垂らして左右に振るやり方で舞台へ戻る。「花に戯れ」で、二人の蝶を「髪洗い」で追い、二畳台に乗って「巴」に髪を振る。「獅子の座にこそ」で、とんとんと、止め拍子を踏み、袖を左右へ開くのが柝の頭、楽の曲にかかって右足をあげる。大曲「鏡獅子」のピリオドである。
2005年10月20日
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初演は明治二十六年。福地桜痴作詞、三世杵屋正次郎作曲。九世團十郎振付、主演。いわゆる「獅子物」と呼ばれるものは少なくない。「鞍馬獅子」「勢獅子」「相生獅子」「英執着獅子」「連獅子」などがある。九世團十郎の愛弟子・六世尾上菊五郎は、この「春興鏡獅子」を受け継ぎ、獅子物の代表作として完成させた。詩人ジャン・コクトーは昭和11年に来日し菊五郎の「鏡獅子」の舞台を見て感激し、次のような文章を残している。『歌舞伎は祭祀的だ。かれらは演技し、うたい、伴奏し、奉仕する司祭だ。 だがこれを宗教劇と混同してはならない。われわれは歌舞伎において、宗教劇ではない宗教と、その祭祀に接するのだ。菊五郎はひとりの司祭だ。』さて、戯曲の設定は「すべて御本丸大奥の体」となっている。正月恒例のお鏡曳きという行事の日という設定である。雅やかな調べで幕が開く。正面と左右に牡丹の描かれた金襖の大広間。上手に祭壇、上段に一対の獅子頭、下段に盛り塩、盛り米、鏡餅が供えられている。家老、用人、老女、局の四人が居並んでいる。「上様のお好み(注文)にて」「お小姓の弥生どのにご所望ありし今宵の所作事」とのやり取りがあり、老女と局は上手へ、家老と用人は下手へ入る。柝が入り、正面の襖を取り払うと、後ろに長唄囃子連中が黒の着付けに柿の裃でひな壇にずらりと並んでいる。老女と局に手を引かれた小姓の弥生が上手から無理やり連れられて出てくる。弥生の拵えは紫縮緬へ几帳と草花をぬいにした振袖、赤地錦の帯、文金の高髷。いったん振り切って上手へ逃げ込み、再び連れ出される。弥生をつきやって老女は上手へ、局は下手へ入り襖をしめきる。弥生は真ん中に座り、恥じらいつつ両手をつく。「されば結ぶのそのかみや、天の浮橋渡り初め、女神、男神の二柱。恋の根笹の伊勢海女船、川崎音頭口々に。」弥生は袖袖を使っての振りから、裏表に袖をあげて片足をあげた形を見せる。本調子音頭「人の恋の花の露、濡れにぞ濡れし鬢水のはたち鬘の片意地も、道理御殿の勤めじゃと、人に謳われ結いたての、櫛の歯にまでかけられし、平元結の高わげも痒いところへ平打の届かぬ人につながれて、人目の関の別れ坂」本調子の音頭になって竹笛が加わり、軽快ななかに典雅な曲調となる。唄としても「聴かせどころ」のひとつである。この手踊りのくだりに入ると、弥生を演じる役者も気をかえるが、決して淑やかさを捨ててはならぬと言われている。あくまでも大奥の小姓が流行唄の「川崎音頭(伊勢音頭)」を踊っているはらである。「濡れにぞ濡れし」で、両手を鬢の後ろへまわし、中だめに決まる。中だめとは「膝をつくような時であるにもかかわらず、足をつかずに支える」形で、かなりの体力と高度な技術がいる。「道理御殿」から袱紗さばきになる。「平元結の高わげも」で、丹前くずしの振り、「痒いところへへ平打ちの」で、袱紗を口に平打ちを差すこなし、「人目の関」で、袱紗を振り上げて、後ろ足を折り、前足を出して振る。このポーズは想像以上の痛さだという。「鏡獅子」の掛け声は、三回しか入れるところがないと伝えられている。ところが近年では、のべつ声がかかる。六世菊五郎が生きていれば、舞台の途中で「捨てて」しまったかもしれない。ちなみに、その三ヶ所とは、次のようである。前ジテの「忍ぶたよりも長廊下」(舞台真ん中に座って、上手から下手と大きくみて、両手を前にそろえてお辞儀をする‥)このお辞儀と三味線の「テンシャン」のシャンで、「音羽屋」(たやぁ)と大きくのばして掛ける。弥生が背を向け、「朧月夜や時鳥‥」で下手から上手へ時鳥のとんでゆくのを目で追うところの、三味線の「おい」にかぶせて、短く「たやっ」と掛ける。三度目は、後ジテの獅子になって、七三から揚幕にもどり、二度目に出て本舞台下手寄りで、両袖を左右に張って、トーンと極まるところ。これには大きく「たやぁ」と掛ける。「咲き乱れたる風に香ある花の波」と二上りになり、弥生の二枚扇の振りとなる。華麗な曲調で「鏡獅子」のなかでも聴かせどころであると言える。弥生は一種のケレンで扇をクルリと返したり、一本を後ろへ投げると後見が手際よく受けるとか、見どころである。「その面わずかにして」で、扇を持った能くずしの振り、ゆったりと荘重に舞って合方となる。一度、後ろに入り、祭壇の前に手をつかえる。後見が雄獅子の方の獅子頭を渡すと、これをもって真ん中へ戻る。後見の差出の蝶が二匹、左右に飛び交う。弥生の右手に持った獅子頭が自ずと動く。獅子の歯がカタカタと噛み合う音を立てる。思わずこれを見て、弥生が驚く。ここはシテの見せ所である。早めの合方になり、弥生は獅子に引きずられて花道へ。七三で倒れて合方ツキ直しとなり、さらに揚幕へと引きずられていく。
2005年10月18日
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カテゴリー「伝統文化芸能」は久しぶりである。あちこちの劇場に出かけることもままならぬ最近の私は観劇「ひきこもり症」になったのかと思うほどである。昨日、本屋を覗いていたら、村松友視著「そして、海老蔵」を発見。早速に購入した。著者は根っからの成田屋贔屓とみた。成田山新勝寺のお練り興奮を見事な描写で綴る書き出しは、もう身振いするような興奮で一気に読んだ。それに各章ごとのカラー写真が実に魅力的である。祖父・十一世團十郎の面影を彼に求めていたが、よくよく見ると父・十二代團十郎と十一世團十郎のよいところを合わせ持つ美丈夫である。目次を見ると、「暫」「口上」「鏡獅子」「助六由縁江戸櫻」「与話情浮名横櫛」「源氏物語」「鳥辺山心中」「顔見世」と、海老蔵の魅力を隈なく羅列してある。しかも、これまで見たことのなかった写真が各章にちりばめられている。もう、贔屓にとっては宝箱のような本である。出不精になった私をしばらくの間、この本がお守りしてくれそうである。
2005年10月17日
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「桜井の訣別」 作詞者 落合直文 作曲者 奥山朝恭1 青葉茂れる桜井の 里のわたりの夕まぐれ木(こ)の下かげに駒とめて 世の行末をつくづくとしのぶ鎧(よろい)の袖の上(え)に 散るは涙かはた露(つゆ)か2 正成(まさしげ)涙をうち払い わが子正行(まさつら)よび寄せて 父は兵庫(ひょうご)におもむかんかなたの浦にて討死せん 汝(いまし)はここまで来つれどもとくとく帰れふるさとへ3 父上いかにのたまうも 見捨(みす)てまつりてわれひとりいかで帰らん帰られん この正行は年こそはいまだ若けれもろともに 御供(おとも)仕えん死出(しで)の旅4 汝(いまし)をここより帰さんは われ私のためならずおのれ討死なさんには 世は尊氏(たかうじ)のままならん早く生(お)い立ち大君(おおきみ)に 仕えまつれよ国のため5 このひとふりは去(い)にし年 君の賜(たま)いしものなるぞこの世の別れのかたみにと 汝にこれを贈りてん行けよ正行ふるさとへ 老いたる母の待ちまさん6 共に見送り見かえりて 別れを惜しむ折(おり)からにまたも降り来る五月雨(さみだれ)の 空にきこゆるほとどぎす誰か哀(あわ)れと聞かざらん あわれ血に泣くその声を曲を知らぬ今の若者には一蹴されてしまうかも知れないが、小学生のころには字句の意味も分からぬまま、教えられるとおりに歌ったものである。むろん、歌詞は「文語体」である。こうして知らぬ間に美しい大和言葉を覚えたものである。
2005年10月13日
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注目のMACアセットマネジメント(村上ファンド)の村上世彰氏が阪神のトップと会談後、記者会見をした。予想外のファンの批判の声に「村上タイガースはありえない」と答えた。でも上場の提案は引き下げてはいないようである。読売のドンは怒っていたが、日本のプロ野球の将来のためには、ひょっとすれば改革の扉を開くきっかけになるかも知れない。国技の大相撲が外国人に席捲されて、長年積み重ねてきた角界の伝統?が、一気に革新されるかも知れないと同様に、村上氏やほりえもんの出現で、プロ野球の「大化け」の時代が近いという見方もある。「ガラガラポン」で一新すれば、またブームが戻ってくるかも知れない。どんなものでも形が出来上がり、それなりの時間が経過すると、どうしても形骸化してしまう。そうなると、いきいきとした生命的なものが薄れてくる。そこで時々、「ガラガラポン」をする蛮勇が必要となる。十分な根回しがいるが、チャンスは、そう何度もやってはこない。当然「守旧派」の抵抗があるが、めったにないチャンスを逃してはならない。
2005年10月11日
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