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2010年09月12日
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星の逢瀬を雲の隠さむ


 かさりと御簾が動いた音に、藤姫は気づかなかった。
 壁にむけて置かれた文机に被るように座る手には細い筆が握られていて、行きつ戻りつ、何かを書き付けている。
 そして藤姫は書くことに夢中で、近づく衣擦れの音にも薫き物の香りにも気づかなかった。

「何を熱心に手習いしているのです?」

 深く響く美声に、藤姫は飛び上がった。筆を放り投げるように置き、手元の料紙を慌てて隠した。

「隠すことはないでしょう? 見せてご覧なさい。久しぶりにあなたの筆跡を見たくなった。」
「上手に……書けておりませんから……」
「では、お教えしましょう。こちらへお出しなさい。」

 藤姫は真っ赤になって声の主から手習った紙を守ろうとする。背に隠した料紙を、声の主はふふっと笑って背後に回り、のぞき込むようにして手を伸ばすとあっさりと料紙を取り上げてしまった。


「恥ずかしがることはないでしょう? 最近、私の筆跡を手習いの手本にしていると聞きますよ。師匠に筆跡を見せないという法はありますまい。」

 藤姫は詰問するように側に控える乳母を見た。乳母はとぼけた顔で空見をした。友雅が下がるように合図すると、心得顔に頷いて壁代の向こうに消えた。藤姫は後を追いたそうな顔つきを見せたが、友雅がじっと見つめるのでつんと居住まいを正し、でも落ち着かなげに隠れ場所を探す風だった。

(可愛いねえ……)

 友雅はおもむろに藤姫の手習いを広げた。素直な性格そのままに、友雅の筆跡によく似てきた筆跡がつづっていたのは、


    想ひわび 濡れたる袖を隠すにや 逢ひ逢ふ星を雲の隠しつ

    待ちかねのまたの逢瀬のはづかしきや 雲の陰なる宵の月星


(これはこれは。)

 藤姫がついと立ち上がったと思ったら、裾を翻して几帳の陰に隠れた。

「おやおや。あなたまでが雲隠れですか、藤姫。」

 友雅はあえて追おうとせず、几帳から少し離れた柱に凭れて空を見上げた。藤姫の嘆くとおり、少し前から美しく煌めいていた夕星も、指折り数えた夕月も、にわかに湧いた雲にすっかり隠れて、昨夜交わした星逢瀬を眺める約束は果たせそうにない。
 友雅は懐から笛を取り出した。調子を見るように軽く吹いてみた。几帳の奥から身じろぎの気配が伝わってきた。



 雲井に届けと吹きすましてみた。藤姫の好む節回しを取り混ぜておもしろく吹くから、藤姫はじっとしていられなくなった。
 几帳の端からそっとのぞいた。月のない薄闇にぼんやり浮かぶ白い直衣の後ろ姿。空にむけて吹き鳴らすその姿はいかにも端正で、藤姫の幼い目もつい見とれてしまう美しさだ。
 にじり寄る衣擦れの音を友雅は小気味よく聞いていたが、知らぬ顔で笛を吹き続けた。小さな息づかいまでが聞こえるほどに近づいた頃を見て、友雅はやおら体の向きを変え、藤姫の方に手を伸ばした。
 藤姫はとっさに体をずらしたが、友雅の手は抱き取ると見せかけて横にそれ、部屋の隅に寄せてあった箏の琴にかかり、手元に引き寄せた。

「弾きませんか?」


さっきの仕打ちに声も出ない様子に、友雅は思わず噴きだした。

「……もしかして、期待したのかな?」
「そんなこと……ありません!」

 大好きな笛の音にほだされておめおめと出てきた私がバカでしたわ!と、藤姫は勢いよく立ち上がった。手近に置かれていた箏の琴に着ていた細長の裾がかかってざらんざらんと音が出た。

「おやおや、ご機嫌を損ねてしまったのは私の落ち度だけれど、楽器に当たるのはよくないねえ。」
「当たってなどおりません! 裾が触れてしまっただけです!」
「おお怖い。すっかり怒らせてしまったようだ。」
「存じません!」

 部屋を去るかと思いきや、裾を翻した藤姫の行く先は、元の几帳の陰。友雅は苦笑した。藤姫の揺れる心が丸見えだ。すっかり嫌われたわけではないらしい……。


    たまさかに逢ひ逢ふ恋や 秘めたるを見現せじと 雲の隠さむ


 几帳の奥からは何の手応えもない……ことはなく。懸命に気配を消そうとしてかえってありありと伝わっているのを藤姫は少しも気づいていないようだった。友雅は再び笛を手に取った。少し苛めすぎてしまったようだ。気持ちの整理がつくまで、今はこのままに。

 先ほどと同じ藤姫好みの節が響く。「同じ手には乗りませんわ。」と小さく呟く声が聞こえた。





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最終更新日  2010年09月12日 11時57分14秒
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