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名鉄常滑線「道徳」駅で下車、東の国道247号線の道徳交差点へ広い通りの向かいの歩道沿いに道徳『稲荷神社』の杜、赤い幟が通りを吹き抜ける風に靡いています意外に人通りは少ない様です、この先には七里の渡しを経て熱田神宮に続きます手前の地蔵は道徳稲荷神社の南にある弘法堂のお地蔵さん道徳稲荷神社境内全景風が良く通り、見通しのいい明るい境内です歩道を右に入り、鳥居正面から眺める境内左に手水舎、右が社務所になるようです稲荷神社の守りを固める狛犬の面々です・・・・・稲荷?「ア!」、口を開けビックリ眼の表情をされてる方が阿形、背筋をビシッと伸ばし、姿勢のいい方が吽形おやじも駅を降りカメラ忘れてきたのに気づき「ア!」・・・・・です境内左の手水舎、静水は絶え間なく注がれ清々しいものです境内右に地蔵堂、青峯山と刻まれていますこの観音像、海の安全を祈願し三重県鳥羽市の青峯山正副寺から当地に祀られたものこの地は新田開発が盛んで1741年(寛保元)に道徳新田、1821年(文政4)に道徳前新田と作られ入植していきますその当時は堤の上に祀られていたものですが、今はこちらで遥か先の海を見守っています拝殿全景、拝殿の左に赤い奉納鳥居が連なります拝殿前に狛狐、稲荷らしくなってきました瓦葺の切妻造りの素朴な拝殿、その先に一段と高く積まれた土台の上に本殿この辺りは生命線の堤が切れれば水に浸かるのは必至、当然の事か稲荷神社の創建年代の詳細は分かりません新田開発で出来た土地柄です、人が集まり村が生まれ守護神として建てられたものでしょう本殿全景境内から見る本殿は仰ぎ見るような高低差を持っています本殿域には本殿の他に5社が祀られています手前の二社は右から秋葉社、多度社本殿左の三社左から神明社、熱田社、池鯉鮒社(ちりゅう)・・・・・聞き慣れませんね知立社ではどうでしょうか?本社は大あんまきの知立市にある知立神社(旧称は池鯉鮒大明神)から勧請された様です稲荷神社拝殿左、稲荷社に続く赤い奉納鳥居大小の狐達が祀られる社以前は随分賑わった道徳の繁華街です、身近に商売繁盛の稲荷はつきもの境内に残されていた古い石燈籠(上段左)と開運輪投げ、複数の輪が置かれ、輪が通った本数でその日の運を占う様です(下段左)、右は鳥居左の由緒碑道徳 『稲荷神社』創建 / 不明祭神 / 倉稲魂命末社 / 神明社、熱田社、池鯉鮒社、本殿、多度社、秋葉社住所 / 名古屋市南区豊田1-20アクセス / 名鉄常滑線 道徳駅下車 東へR247方面に徒歩数分ここから道徳「山神社」は南に徒歩10分程弘法堂道徳稲荷神社の直ぐ南、歩道沿いに建っていますコンビニの駐車場の脇に建ち、歩道に面して複数の地蔵が堂の前に祀られています堂の右の小さな祠、右に道徳前と彫られた石標が建てられています中には三体の地蔵が祀られています弘法大師が祀られる堂内で古老が集まりお茶を頂き語り合う地域のコミュニティーの役割を果たしています住所 / 名古屋市南区豊田1-20
2018.11.29
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紅葉も終盤を迎え以前から計画していた湖東三山へ紅葉求めて一走りしてきました今月初め、バスツアーでこちらの方を通りがかった際には紅葉にはまた早かったけれどあれから約1か月、紅葉の色付き具合が楽しみ名古屋発6:00、木曽三川も渋滞前に渡りきり、鈴鹿山脈を越えればもう滋賀県です最初の目的地「百済寺」へは9:10到着、駐車場のツアーバスは1台これなら、空いていていいかも今日は石段を登る機会が多そうです既に落葉したもみじが赤い絨毯となり、苔生した石段に敷きつめられています今年は黄色のまま枯れ落ちてしまう様なのか、遠目に見る色付きは今一つ 透かして見る紅葉、いつ見ても綺麗です「百済寺」境内周辺の紅葉の色付きは冴えがないような本坊、喜見院庭園の紅葉庭園の水面に浮かぶ落ち葉と苔の緑が美しい喜見院庭園から上に登り、遠望台から湖東の街を見下ろす、条件が良ければ琵琶湖や湖西の山々の眺望が楽しめる様です石段の先の仁王門大きな草鞋が印象的です、地元の古老により10年毎に新調されるそうで健脚・長寿の願を掛けるようになり、大きい方が御利益があるとかで新調の度に大きくなっているそうです本堂、先行したツアー客も長い石段を登り切り、ゆっくりと紅葉を楽しんでいる様子千年菩提樹、見事な株を覆う苔の緑が鮮やかですバスが到着したのでしょうか、山門の下から大勢のツアー客が本堂をめざし登ってきます間もなく人で埋まりそうなので、10:30 百済寺を後にする百済寺住所 / 滋賀県東近江市百済町323HP / http://www.hyakusaiji.jp/10:45百済寺から車で20分程北上し金剛輪寺に到着ここは既に多くのバスが駐車しており、混雑しそうな予感黒門山門の赤い提灯が印象的ですが、山門脇の鮮やかな紅葉も提灯の赤に負けていませんこの寺には黒、白、赤の門があり、其々に紅葉が植えられていますが、白門の紅葉は未だ青々としていました千躰地蔵苔生した参道沿いや境内にはカラフルな風車が手向けなれた地蔵が連なります地蔵達を眺めつつ歩けば長い石段も苦にならない湖東三山一の名園古庭と称される池泉回遊式庭園への入口苔生した瓦と紅葉の彩が鮮やかです護摩堂左の庭園、四季折々に周囲の彩を水面に写しだします仁王門長い石段を登りつめた先の仁王門、ここでも草鞋ですあと少しだ本堂周辺の紅葉紅葉で彩られた本堂、艶やかです三重塔周辺の紅葉も終盤を迎え、日差しを受け輝いていますこの寺も苔が見事です紅葉の美しさにもまして苔の豊かさが印象的な寺でした12:30金剛輪寺を後にします金剛輪寺住所 / 滋賀県愛知郡愛荘町松尾寺874HP / http://kongourinji.jp/precinct/index.php月初に訪れた際は紅葉には早かった「西明寺」へは昼食後の13:15到着 今回ばかりは観光バスが数珠つなぎです山門前の紅葉も随分進んだようです今日は本堂まで参拝し紅葉を見ていきます参道の両脇の紅葉に包まれながら石段をあるいていきます参道の紅葉西明寺庭園、蓬莱庭周辺の紅葉は終盤です仁王門から本堂へ皆さん杖を突き本堂を目指しています、三山巡ると相当数登る事になります西明寺三重塔周辺は充分に色づいているのですが、良く見るとくすんだ色合いですこの寺も苔の手入れが行き届き、苔の緑が綺麗な寺です海外からの観光客が多かった西明寺14:30に次の多賀大社を目指すことに西明寺住所 / 滋賀県犬上郡甲良町大字池寺26HP / http://www.saimyouji.com/temple/index.html湖東三山の紅葉を巡って見てポイントで見て行くと美しい物があります、色合いが冴えなせいでしょうか、遠景の美しさに物足りなさが残ります、やはり今年の紅葉は今一つなのでしょう何れの寺も駐車場が無料なのは嬉しいですね最後に訪れる多賀大社へは15:45到着多賀の街並みを散策、鳥居の前で糸切り餅を味わい境内へ歴史がある、良く知られた神社です境内のもみじは意外に少ない鳥居をくぐった正面の反り橋、その左に末社が祀られていますその辺りの紅葉が鮮やかでした境内から拝殿方向の眺めもみじは少なく常緑樹が多い様です、それにしても立派な社殿だ事拝殿西の日向神社ここで漸く紅葉の木々に出逢う16:00多賀大社を後にしました多賀大社住所 / 滋賀県犬上郡多賀町多賀604番地HP / http://www.tagataisya.or.jp/info/keidaizu.html今回移動したルートです御在所を越え南から北上多賀の街でお酒と赤こんにゃく、漬物を買い求め、湖東三山スマートi.cから高速に乗り帰ってきました各ジャンクションでの合流渋滞、今回はそれほどではなく名古屋着18:00走行距離は240kmの紅葉ドライブでした紅葉はしばらく大丈夫です
2018.11.27
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おはようございます今日は久しぶりに駅ちかウオーキングに参加してきます聖徳寺(特別公開)~円福寺(特別公開)~青大悲寺(特別公開)~雲心寺(特別公開)~住吉神社がコースに組まれているようです少し肌寒いですが良い天気です、歩けば体も暖まる事でしょうさて、そろそろ行ってきま~す行ってきました市営地下鉄名港線「東海通」駅で下車、コースマップをもらい、いざスタート時間はジャスト10:00いつもより大幅に遅らせて見ました受付開始直後は悪戯に込み合い、当然コースもマイペースでは歩けない事が多かったので落ち着いてからのスタートにしてみましたそれでもやはり、近年参加される方も増え、コースは多少混んでいます今回のコース、御開帳が多く楽しみにしていましたが、すごい人だ事正徳寺も境内に入るのに列ができています、これでかみさんの御朱印まで頂いていると時間が過ぎていく今回は御開帳も写真も諦め、近くの等覚院へ、こちらで住職に了承を頂き堂内を撮らせてもらい次は宮の渡し公園を目指します、普段は閑散としていますが、今日ばかりは人で溢れていますマルシェでは出店が多数出ており、どれも長蛇の列で賑わっていますここで、初めて味わうお酒の利き酒をさせてもらう結構すっきりしながらも、酒の風味をしっかり感じさせる美味しいもの宮の渡しからR247を北上、ひつまぶしは相変わらず列が出来ています熱田神宮南交差点の円福寺を目指します、ここも山門前に列が出来ています個人的に山門が締まっている時ばかり訪れているようで、初めて境内に入らせて頂き、本堂を見させて頂き後にしました次はR1号線を西に、一路白鳥庭園へ庭園はこのイベントの時は無料解放されており、ここも人で溢れていますね今回はスルーし、古墳マルシェで何か食べる事で先に進む風もなく穏やかな天気、堀川の水面も鏡の様で両脇の紅葉した木々が水面に写りなかなか綺麗なものです古墳マルシェへは直ぐに到着、さあ食べるぞ・・・・・写真に撮れないほどの人波ここで昼食を食べるのは諦め、ゴールの金山に変更・・・・・腹が減った、ビール飲みたいヨ、コースアウトしてR247を直進する青大悲寺の鋳鉄地蔵菩薩立像を拝み、雲心寺の特徴のある山門を見てゴール金山に到着時間は12:20、歩行時間2:20 15680歩普段は摘まみ喰いをしながらウォーキングに参加していますが、今回は全く手を出していないさあて、ご褒美のビールと昼飯は何にするかな?一部ショートカットしましたが、真面目にひたすら歩いてきましたこのウォーキング、普段知らない社や地蔵に出逢え、情報取集にもいいものです
2018.11.25
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名古屋市南区道徳通2丁目名鉄常滑線「道徳」から一旦国道247号線に出て南へ歩きます遥か先は緩やかに道は登りとなりその先は、山崎川になります豊田5丁目交差点を右に曲がり、昔の商店街の趣が残る通りをしばらく夕陽に向かって歩いて行くと右に道徳「山神社」の鎮守の杜が見えて来ます、駅から徒歩15分程でしょうか神社全景道徳通り沿いに木製の鳥居、その先に境内と新し目の拝殿夕陽が射し込む境内、右が手水舎の様です狛犬達にも夕陽が射し込むのも間もなくです、社号標は既に赤く染まり始めています境内の右には複数の碑が建てられています上段左が再建記念碑、右には山神社と過去の扁額下段左は皇紀2600年に神社新設と記された記念碑、すぐ脇にどんぐりの木は大きく根の張り風に吹かれて実が落ちてきます上段、手水舎と社務所下段が手水舎から道徳通りを眺めます手水鉢の龍からは絶え間なく静水が注がれ、手水は至って綺麗で気持ちがいいものですいかつい顔していい仕事してます拝殿はコンクリート製の新しい物で扁額も綺麗なものです拝殿前から境内の保存樹を仰ぎ見る、種類は見忘れましたが見事な大木です拝殿から本殿の眺め五本の鰹木が施された山神社本殿、左に丸い氏神の石標拝殿の左に寄り添うように鎮座する光徳稲荷社道徳にある光徳稲荷、徳と付くと何かとても響いてきます地名の道徳の由来が尾張徳川家の家訓「道義を以て徳を施す」から来ていると言われますいい言葉です彩色されていたものなのか?光徳稲荷の狐たちは赤い本殿、祭神は伏見稲荷大神光徳稲荷社の左に末社、秋葉社、津島社、熱田社の社末社の左が道徳新田の祖、鷲尾善吉の頌徳碑がありますこの付近周辺の道徳前新田は,1792年(寛政4)に着工,1821年(文政4)に完成しました長きに渡る工事の結果、南区最大の新田となります、自然との鬩ぎ合いの結果、今に至っています今は巨大なコンクリート堤防で囲まれ、田畑の後は住宅が立ち並び、鬩ぎ合いを知る事もなくなりました道徳山神社全景上は明治24年の測図の現在地、右は現在の測図、現在の海岸線と比較すると一目瞭然、海岸線が近いですねこちらの神社の創建は良くわかりません現在のこの地に移る前には幾度が遷座をしているようです新田開発により生まれた新田には長三郎、喜左衛門等開発に尽力した方々の名が付けらていきますこの頃に神社の存在は見られません境内の再建碑には1963年(昭和38)再建と記されています、当時の地図でもその頃に神社は確認できますしかし、それ以前の地図ではここに神社は見つけられません再建と記されているので、それまでは道徳新田の氏神として小規模な社として存在していたはずですそれが1959年(昭和34)伊勢湾台風で被災、碑に記された年に何処からか遷座し再建され現在に至っているのか?夕陽が道徳通りを黄金色に染め始めましたそれ程遅くもないだろうに、日暮れが早いこの時期東に月まで出てるし、えらく損をした気分になる季節です・・・・・帰るしかなさそうだ2018/11/17道徳 山神社創建 / 不明祭神 / 大山祇命住所 / 名古屋市南区道徳通2丁目72 アクセス / 名鉄常滑線「道徳駅」から南へ徒歩約15分程
2018.11.24
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地下鉄桜通線吹上駅から環状線を北に大久手交差点を斜め右に折れ歩きますこの辺りは飯田街道の北、塩付街道の西にあたり、少し前は民家もない田園地帯現在の丸山町の丸山神明社が鎮座する丘陵地から西に下がり、高牟神社のある千種村の中間に位置します交差点の左手に小さな公園「どんぐり広場」が見えて来ます味噌煮込みの美味しいお店の道路を隔てた向いとでも言いましょうかその交差点の角に玉垣で囲われた小さな社が鎮座します車で走ると交差点と横断歩道に意識が向いて、見過ごしてしまう場所かもしれませんね社のある歩道から東(丸山神社)方向の眺め・・・・・は大きな病院が目の前に聳え立っていて視界は遮られます大久手方向を眺めます、道路と道路の角っこに鎮座していますとても狭い敷地に窮屈そうに社が祀られ、お札が納められているようです社には手書きですが、右から「熱田神宮、高牟神社、津島神社、秋葉神社」と記してくれています手書きとはいえ、この心遣いは訪れた者にはありがたいものです願わくば由緒も記されているといいのですね小さな社ですがこの大久手に住む方々で受け継がれている事が見て取れます街中の小さな社は面倒を見てくれる方がいて、当たり前の様にそこにあるそれが出来なくなった時、廃社になるかは次に引き継ぐ方がいるか否か由緒も分からず、担い手もいない、我が町の歴史のひとつに幕を下ろすような気がしますこの社がいつ創建されたのか年代は分かりませんでした明治頃の地図では掲載されていないので、それ以降という事になります近隣から移転したものなのかも調べてみましたが、分かりません由緒など書かれているといいですねこちらの社、先程の社名に高牟神社とありました、推測ですが高牟神社の兼務により祭礼が行われているものと思われます、こちらで尋ねると何かしら分かるのかもそれにしても広い道路、地下鉄、高速・・・・・随分と変貌してきたものです2018/11/16大久手町の社創建 / 不明祭神 / 熱田神宮、高牟神社、津島神社、秋葉神社住所 / 名古屋市千種区大久手町5丁目アクセス / 市営地下鉄桜通線「吹上」下車、徒歩で北(今池方向)に10分程
2018.11.23
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秋風も随分と冷たくなって来ましたそんな季節になると体を温めてくれるラーメンが恋しくなる名古屋市千種区の出来町通り、ここに随分前から気になっていた店があります通りに面したビルの一階にある中国料理店「四川閣」、小さなお店チャイナドレスを着た女性が店先の植木に水やりをされているのは見かけたことがありますが、店内が見通せず、なんとなくスルーしてきましたかみさんの「あのお店、平日ランチがお得で美味しいらしい、行こう!」の一言でランチを食べに行ってきました店内は至って普通の中華屋さん噂では聞いていましたが、店内には多くのメディアの色紙が飾られています平日ランチ基本メニューは写真の通りすぐに店長が流暢な日本語で注文を取りに二人ともシャーシュー入り担々麺、おやじはチャーハンとかみさんは麻婆飯をオーダー「辛さは?」かみさん5辛で、おっさんは6辛「6辛、やめた方がいいアル、5辛と6辛全然違うアル」じゃあ5でお願いします客としてはやめろと言われると食べて見たいやね、6で構わないと言われればおやじが店主なら満を持して辛くしたくなるところ6辛はどんなんだろう?間もなく、チャイナドレスでビシット決めたおかみさん登場もやしの漬物と杏仁豆腐を持ってきた漬物はピリ辛でビールのつまみにいいかも、杏仁豆腐は可もなく不可もなく間もなく5辛、シャーシュー入り担々麺登場なんとなくとろみのあるスープ、写真で見たものとは違いそれ程赤くはないスープを一口醤油ベースでしょうか、そこにゴマの風味と香辛料が混ざり合い、コクとゴマの風味が伝わるスープですぜんぜん辛くはない・・・・・と感じたのは最初だけで後から辛さは(美味しい辛さ)やってきますもやしがその辛さを緩和してくれる、味仙の辛さとは違う辛さですね麺は至って普通ですが、ここのチャーシューは固くもなく、辛くもなく肉の旨みを感じるものです二人揃って美味しい!小エビが入った美味しそうなチャーハンです最初に食べなかったのが大失敗です美味しいラーメンスープを口にした後では、もはや繊細なチャーハンの風味が伝わらない港区の四川で修行されたとも言われる店主、きっと繊細な味付けなのでしょう・・・・・最初に口にすべきだったかみさんの麻婆飯は「辛いと思ったらラーメンの後だと甘い」らしい別に辛い版の麻婆飯や台湾ラーメンもあるそうですこの地に店を構えて随分経ちます、この通りは一部で倒産街道とも噂されます確かに色々なお店が出来ては消え、出来ては消え出入りの多い通りなのはある意味あたっていますそこにあって四川閣は老舗といっても過言ではないかも店の様子も分かった事だし、次回は6辛頼んで見よう平日ランチで税込780円はリーズナブルだと思います美味しいお店ですね四川閣住所 / 名古屋市千種区茶屋坂通2-39-1 茶屋ヶ坂ビルの一階アクセス / 市営地下鉄環状線「茶屋ヶ坂」下車、南へ 茶屋ヶ坂交差点を西に徒歩5分程
2018.11.22
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岐阜県不破郡垂井町宮代峯に鎮座する「南宮大社」今回訪れたのは2018/10/20紅葉を期待するには少し早い時期でした新幹線高架の手前にある南宮大社参道に続く大鳥居に向かい参道を歩きます当日はJRウォーキングイベントとバッティング、参拝に訪れる方の多い事参道沿いの側溝は花のモチーフが施されていました「椿」と書いてなければきっと考え込んでいたと思います、椿です高架を超えると鳥居が全貌を現す周辺の車と比較するとなんと大きなこと鳥居からしばらく歩いた左側に南宮大社の摂社「吉葛神社」拝殿左に本殿が連なります1分待ってくれない? かみさんにお願い、ささっと全景を一枚入母屋造りの直線的な屋根を持つ拝殿全景印象は玉砂利が綺麗に手入れされた、木の香漂う小奇麗な神社吉葛神社(よさつら)創建 / 不明祭神 / 天吉葛神住所 / 岐阜県不破郡垂井町宮代344南宮大社参道沿いで見られる小さな祠上段大鳥居から南宮大社駐車場までは歩いて10分程、写真は手前の駐車場でその奥にも駐車場があります下段奥の駐車場にある由緒書き参道を直進した駐車場入口付近に鎮座する「数立神社」諸説ありますが、美濃国総社とも云われます参道周辺の石標右は駐車場脇にある「左り牛馬道」左は「垂井、伊勢」と記された道標南宮大社正面全景石灯籠の先に見える赤い楼門に視線は引き付けられます楼門全景重要文化財に指定、楼門前の石橋は石輪橋と呼ばれその名が示すように花崗岩を積み輪のように綺麗な弧を描き組まれています別名「そり橋」と呼ばれ、人が通るものではありません、神様専用の橋左は石輪橋を横から眺める右は石輪橋の下流にある下向井橋、そこを渡った先には燈籠が立ち並びます楼門を見上げるこうして見ても巧みな木組みは素晴らしい、現在の木造でもここまでは持たないだけに先人達の知恵には驚くばかり楼門は全周に渡り蟇股などに巧みな彫が施され、鮮やかな彩色と共に目を引き付けます楼門の表に右大臣、左大臣の木像が祀られています楼門をくぐった裏側門を見て左に口を開けた阿形、右が口の閉じた吽形の狛犬が門番を務めています近くで良く見ると木造のもの、どちらも右足を少し前に突出しいつでも出動可能な躍動感のあるものです年代は不詳ですが、相当な年月を経ていると思われます日頃見かける狛犬は神殿に背を向け祀られていると思います、南宮大社の狛犬は神殿を見守る形ですその理由までは分かりませんが、こうした配置はあまり見たことはありません楼門左に祓所楼門左奥の宝物殿には胴丸、駅鈴、絵馬、絵画などの他、重要文化財の刀剣を含めた数十振が保存されているそうです、それらは毎年11月3日に公開されるそうです楼門から見た重要文化財の高舞殿と拝殿回廊艶やかさと共に荘厳な佇まいの境内境内左の瓦葺の手水舎七五三で訪れた着飾った親子連れも多く見られました高舞殿と奥の拝殿、幣殿、本殿の眺め檜皮葺の屋根と鮮やかな朱色は目を引きます煌びやかな高舞殿、その蟇股も十二支の動物が彫られ、鮮やかに彩色され、一つ一つ見ていくだけでも楽しめます拝殿と回廊、勅使殿、社務所、北門方向の眺め和様と唐様を取り入れた独特の様式は、南宮造と呼ばれるそうです11月2日・3日・4日に51年毎に屋根の葺き替える式年遷宮が行われました訪れた当日は遷宮を前に、駐車場付近に鎮座する落合社等で工事が行われていました左回廊から拝殿、幣殿、本殿・・・・・色鮮やかな重要文化財で溢れています南宮大社は主祭神に金山彦命を祀り、相殿に見野命、彦火火出見命が祀られます主祭神の名から、鉱山、金属一切を司る神様として崇拝されます創建は神武天皇の時代まで遡ると言われ、古くは仲山金山彦神社と呼ばれ、美濃国府が置かれていた府中(現在の垂井町)に祀られていたとされます崇神天皇の時に当地に移りますが、国府の南にある事から南宮大社と呼ばれるようになったと伝わります1600年(慶長5)、関ヶ原の合戦で社殿は焼失、後の1642年(寛永19)、徳川家光によって再建されたもの煌びやかな伽藍の中にあって、本殿と弊殿だけは落ち着いた素木造りなのが嬉しいこの本殿を挟んで二宮から五宮が並びます本殿右に樹下社、その右に隼人社樹下社(左) 祭神 / 大己貴命隼人社(右) 祭神 / 火闌降命 本殿左の高山社、その左に南大神社南大神社(左) 祭神 / 天火明命高山社(右) 祭神 / 木花開耶姫、瓊瓊杵尊 四社とも似たような様式の社、今こうして書いていても分からなくなります伽藍では本殿後方に大山祇神、中山祇神、麓山祇神、䨄山祇神、正勝山祇神、高靇神、闇靇神を祀る七王子神社があるのですが、本殿後方に回り込まないと全貌は覗えない様ですその他にも境内社が多数ありますが、次の予定もあり今回は諦める事にします社務所から北門の眺め境内各所に掲げられる由緒書き歴史があり境内も大きく、周辺にも複数の社があり、とても全ては見て廻れない事を実感しました今回は楼門から境内だけしか廻れなかったのが残念です日を改めて一日かけて訪れたいと思います 南宮大社創建 / 崇神天皇の時代と云われる祭神 / 金山彦命 住所 / 岐阜県不破郡垂井町宮代峯1734-1アクセス / 名古屋インター⇒名古屋第二環状自動車道⇒名神高速道路 経由約一時間
2018.11.21
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名古屋市千種区春岡春岡二丁目の交差点を東進、最初の道を左折しますここから直進すると塩道街道に至ります曲がり角には馬頭観音7mと案内がありますから、これが目印になると思いますここの近くには丸山神明社、覚王山日泰寺、蝮ヶ池八幡宮など鎮座、立ち寄り先は豊富な場所です左に折れた道筋はそれ程広くはありません道路際は民家の駐車場が多く、車だと駐車場所に困り、折り畳んでポケットに片づけたくなる場所です民家に紛れて小さな覆屋が視界に入りました、確かに7mなのかも覆屋の前には生花が手向けられ、今も地元の方により大切にされているようですなんとなく塩付旧街道の趣を感じます昔の南区周辺は海岸線が迫り、盛んに塩が作られます、そこで作られた塩は内陸に向け出荷されますその道が塩付旧街道と呼ばれます昔は荷役を担ったのは、馬や牛ですよね大切な荷役の主役達の道中の安全を祈願、道中で命を落とした牛馬達供養として建てられていきますそれが馬だと馬頭観音であったり、牛だと牛頭観音だったりします旧街道を歩くと今も馬頭観音を目にすることが出来ます覆屋の中には3体の石仏が祀られています左の地蔵尊は風化したものなのか表情までは見て取れません台座にも文字が記されているのですが、左が「中」一番右は「島か馬」の様に見えますが中央の字が良くわかりません覆屋右の馬頭観音顔は三面、とんがり頭の先端に馬の顔が付いています 下のアップでは馬の顔の表情と耳、目までも良く見てとれます馬頭観音の左には昔の近隣の集落、御器所、古井、右に川名、丸山と記されています本来は道標の役割も担っていた様ですが、多くは宅地化に伴い本来の場所から移動され、今では道標としての役割を持たないものが多く、こちらの馬頭観音も近隣からここに祀られたものだと思われます本来どこにあったのか、調べて見ましたが辿り着く事は出来ませんでした三体共に年代や由緒が分かるものは記されていないのが残念ですなにか分かれば追記する事にします住所 / 名古屋市千種区春岡2丁目25アクセス / 市営地下鉄桜通り線「吹上」下車北に徒歩15分程
2018.11.19
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バスツアーの寺社巡り随分前からコスパの良さは気になっていた2018/11/9初めてのバスツアーに参加してきました「平安の秘仏・櫟野寺(らくや)寺大観音御開帳、船でしか行けない神の住む竹生島」平日参加費8800円のツアーです名古屋駅エスカ地下街7:50集合出張とかで新幹線には乗って来たけれど、この時間の地下街がバスツアー集合場所になっていて、かくも多くのツアー会社が軒並み並び、参加者が集まるとは、初めて見る光景にビックリ点呼を済ませ、バスガイドさんに誘導され、新幹線ガード沿いの「あの場所」へ旗を持った人についてぞろぞろ歩く、ある種の憧れみたいなものがあったが、漸く参加できた8:30家を出るころは雨も降っていなかったが、地上に出てバスに乗る頃には結構降り出して来た竹生島の渡船が欠航にならない事を祈るのみ名駅出発、さあて、モーニングビールといこう今日は何も気にしなくとも連れて行ってくれる、らくちん、らくちん9:30東名阪のいつもの渋滞、今日は乗せてもらう立場、気にもならないね運転手さんご苦労様です車窓から見る山々の紅葉、盛りには早いようです、ガスった山々は水墨画の趣きがある新名神に入り、目指すは一路櫟野寺へ9:38新名神土山SAで10分の小休止「時間までには戻ってくださいね」と一人ひとりに声掛けこうしたものは大体一人や二人遅れるものだと思っていたが、参加客の皆さんしっかり時間厳守全員集合確認するや出発、どんどん先行する10:11櫟野寺到着雨、止んでくれない旗の後に連なって皆さん一斉に境内へ、無人の写真を……次から次にバスが来る、諦め~紅葉の始まった仁王門、人波が途絶える事はありません山門脇には無数の十一面観世音菩薩が整然と並び祀られています櫟野寺山門扁額かみさんはこの人の多さから先に御朱印帳を預けに行ったようです櫟野寺本堂の回向柱、善の綱は本堂へ伸び、その先は本尊の右手人差し指につながっています回向柱を触れる事は直接本尊に触れたのと同じ御利益が得られるそうですガイドさんからチケットの配布を受け本堂へ広報担当のお坊さん、関西弁の軽い乗りの語り口で寺の歴史、本尊やその他の仏像について説明を受ける普段はちゃっかり団体に紛れて解説を聞いたりしてますが、こうしたことはツアーならではの特権かもしれませんね本尊含め全ての仏像は内陣奥の宝物殿に保管されています秘仏十一面観世音菩薩や平安時代に彫られ、一本の木から掘り出される一木造と呼ばれる仏像ノミを一つ入れるたびに礼拝を3回行い、そしてまたノミを入れ礼拝を繰り返す一刀三礼による膨大な時間をかけ作られたもので、像の高さは312㎝で国の重要文化財では、日本最大の大きさですそうして造られたと知ると尚更、その大きさに圧倒されますその他にも薬師如来坐像、地蔵菩薩坐像、観音像等20体もの仏像は国の重要文化財に指定され、今回の御開帳に合わせ勢揃いで公開されました櫟野寺は天台宗総本山延暦寺の末寺、昔は甲賀六大寺の筆頭と云われ、この地方の中心寺院以前は広大な境内地を有し、末寺には阿弥陀寺・仏生寺・常楽寺・地蔵寺・成道寺・安国寺・詮住寺など坊があったものの、荒廃、廃寺にともない各坊の本尊が櫟野寺に集まってきたらしい、平安仏の宝庫と云われるのも頷ける十一面観世音菩薩を正面に、ぐるっと一周するように様にゆとりのある配置で展示され、一つ一つじっくり見る事が出来る、それこそ台座のカビ、今も残る金箔まで間近で見る事ができます残念ながら写真は禁止なのでしっかり瞼に焼きつける櫟野寺御朱印今年は、33年に一度の特別公開の年にあたり、訪れる方は多いようです御朱印を頂きに行ったかみさんの話では、預かってきた御朱印帳を何冊も書いてもらう方がいて、随分と待たされ、集合間際に漸く書いてもらえたとの事櫟野寺滋賀県甲賀市甲賀町櫟野1377甲賀土山URL http://www.rakuyaji.jp/11:00櫟野寺を後にする11:50「あいとうマーガレットステーション」着ここで小休憩(食事時間までの調整?)地元の野菜、特産品が販売されており、野菜を買い求める方もチラホラ我家はおでんのネタとして赤こんにゃくを購入道の駅の前にコスモス畑を見つけ、おっさんは一人別行動でこちらを散策今年初めて見るコスモスの群落かもしれない二・三日してからかみさんがwebでここの話題が取り上げられているのを見せてくれたコスモスではなく「ヒマワリが見頃を迎え…」あったかァ???道の駅周辺の観光案内板12:00道の駅を出発し昼食会場へ向かう事に12:15、滋賀県犬上郡甲良町池寺の一休庵本店に到着二階団体席に案内され、既に食事の並べられた席で各自昼食メニューは以下・和牛鍋⇒国産牛が一枚入った鍋、出汁が混ざっていなくて味が薄かった・おぼろ豆冨⇒自家製との事だが・きのこの白和え⇒キノコの塩味が強く塩辛かった ・野菜の焚合わせ⇒普通 ・さしみこんにゃく⇒おやじには一番落ち着く一品○ ・野菜の天ぷら⇒衣がおもい ・御飯、香の物以上が店のHPでは@1,500とあった食事中に一休庵の西側の高台から見下ろす、下に西明寺山門が間近に見える出発までには少し時間があったので山門まで散策834年(承知元年)に創建された天台宗の寺、本堂、三重塔は国宝に指定されているそうですここは近く訪れる予定なので情報収集駐車場と周辺の見どころが事前チェック出来るとは思ってもいなかった計画に取り込もうおっと時間が迫って来たバスに戻らねば全員乗車12:45分一休庵を後に彦根港を目指す彦根城を眺めつつ13:25彦根港到着14:00発の竹生島行に乗船予定ですが、ガイドの方は渡船代の払い戻しを気にされているようでしたが、「予定通り運行」を知りほっとした様子雨は止んできたものの、いつ降ってもおかしくない怪しい雲行、晴れ男と晴れ女のはずなのに竹生島行の赤いやつに乗船し14:00出発です長浜方面を眺めつつ船は穏やかな湖面を沖へ沖へと進みます40分程かかるとの事、さすがに日本一の大きさを誇る琵琶湖だけの事はあります14:57小雨なのか、飛沫なのか分からないが、窓は滴で見通しが効かないけれど一枚石鳥居や神社の伽藍が見て取れます竹生島到着ガイドさん走る~団体のチケットを手に参加者に手渡し(ガイドさん大変)島そのものが神域となっているそうです上陸すると売店の先から石段が上へと続いています、正面に宝厳寺本堂、右手に三重塔等が見えますチケットを持ち最初の石段から鳥居をくぐり宝厳寺の境内を目指します石段の数はガイドさんから聞いたような・・・・・忘れました見た目ほど段数はありません、斜度がこたえるくらいです鳥居をくぐった右に赤い鐘楼ここで一息つきながら最後の石段を登ります、境内はもう見えています宝厳寺境内に到着です正面の本堂左脇の赤い幟の奥は三龍堂、左の社は天狗堂、右が手水舎になります本尊である弁財天は、江ノ島、宮島と並ぶ「日本三弁財天」の一つ、その中で最も古い弁財天と云われるそうです、ガイドさんも一息ついて初めての宝厳寺を満喫しているようです宝厳寺は、724年(神亀元年)聖武天皇の夢枕に立った天照皇大神より「江州の湖中に小島がある、その島は弁才天の聖地である、寺院を建立せよ、国家泰平、五穀豊穣、万民豊楽となるであろう」というお告げから、僧行基を勅使として差し向け、堂塔を開基させたのが始まりと伝わります1868年(明治元年)宝厳寺は大きく変わります、この年発布された『神仏分離令』により、寺を廃寺にして神社に改めよという命令が下されますしかし信者の存続の声が伝わり、弁才天を祀る本堂建物を都久夫須麻神社(竹生島神社)に引き渡す事で存続する事になります、現在の都久夫須麻神社本殿は神仏分離前の宝厳寺本堂という事です現在の本堂は1942年(昭和17)に再建されたものです鳥居正面の手水舎付近に石造五重塔、不動明王等が祀られ、左に妙音天堂と社務所があり、御朱印待ちが出来ていますこの寺は秀吉との関係も強く、多くの書状、宝物が寄贈されているそうです1602年(慶長7)には、秀頼により豊国廟にあった観音堂や唐門などを移築されます唐門は国宝に指定、訪れた当日も修復工事のため全貌を見る事が出来ず残念なところ修復工事中の国宝唐門から千手観世音菩薩を納める観音堂から船廊下を経て都久夫須麻神社本殿に向かいます左の三重の塔は350年前に焼失したものを近年復元したもの、なので朱は鮮やかです創建以来幾度か火災に見舞われ、1567年(永禄10)に再建、後の1602年(慶長7)に豊臣秀頼により他の移建物と組み合わせ作られたのが現在の本殿で国宝に指定されています本殿の右の小路を行くと常行殿につながります本殿正面の龍神拝所では素焼きの小皿に願いを書き、岩場に立つ鳥居に向かって投げる「かわらけ投げ」ができ、鳥居をくぐれば願い事が叶うといわれています我家もチャレンジ、二枚の小皿の一枚に名前、もう一枚に願い事を書き鳥居をめがけ投げ込みます見ているほど簡単ではないようで、まっすぐ飛ばない結果一枚もゴ~ル!せず、大丈夫です、投げる事で願いは叶うそうですそれにしても積み重なった皿で祠は埋まっているが、これは適当な時期に片づけるのか?船廊下の外観高舞台造りの船廊下は秀吉の御座舟の日本丸の骨組みを使用し建てられているそうです廊下内部には国宝とありましたがガイドさんの案内や宝厳寺HP解説には重要文化財と書かれてるどうした事だろう?唐門の下あたりに昭和45年に建立された黒龍大神と黒龍姫大神を祀る祠その先は琵琶湖に落ちこむ断崖、祠の右にある御神木の幹に隙間が見えます琵琶湖に住む黒龍がこの隙間を通り登ってくるのだとか唐門現在修復工事の真っただ中1603年(慶長8)、豊臣秀頼が観音堂とともに豊国廟から移建してきたもの見事な装飾彫刻が施された唐門は国宝にしていされ、秀吉が建てた大阪城の極楽橋にあったもの大阪城を偲ぶ最後の遺構とされます修復が終わった頃に改めて見に来たいものです宝厳寺創建 / 724年(神亀元年)宗派 / 真言宗本尊 / 弁財天住所 / 滋賀県長浜市早崎町1664都久夫須麻神社創建 / 第21代雄略天皇3年祭神 / 市杵島比売命 /宇賀福神/浅井比売命 住所 / 滋賀県長浜市早崎町1665かみさんが列に並んで頂いて来た宝厳寺御朱印御朱印待ちが出ると滞在時間1時間のツアーでは忙しい参拝となります帰りの船の時間もあり、渡船場に戻るとします16:00迎えの赤いやつがやってきました乗船までの僅かな時間、売店の赤こんにゃくのおでん、これに夫婦ともども引っ掛かる関西風の出汁が浸みこみ、オカカがふりかけられた赤こんにゃくは冷えた体には暖かくて美味しいなのにビールを買い求めてブッシュ~これが効いたのか、帰りは爆睡、名神を通って帰って来たらしい気が付いたら名駅に到着、時間は19:30名駅周辺はすっかりクリスマスモードここは一杯飲んでから帰る事に一件目、立ち飲み居酒屋「魚椿」でお疲れ様の乾杯二件目はのんき屋で串カツで乾杯、今日一番おいしいと感じるのが名駅とは・・・・・食べ放題ツアーも気になるが、どうなんだろう?初めての寺社巡りツアーでしたが食事はともかく、満足できるものでした個人で行った場合の概算だと東名阪・第二名神@1,910・拝観料・食事@1,500・渡船@3,000・拝観料@800/入島料@400・・名神@1,700・名古屋高速@1,130・走行距離230kmガソリン燃費18㌔として@1,850軽く1万越えです、自分で運転する事を思えば随分お得な気がします何より移動中にのんびりと酒が飲める、これが最高だね、ぜひまた参加したいと思う
2018.11.18
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名古屋市千種区山門町2丁目ここは日泰寺へ続く参道、毎月21日には多くの出店が並び賑わう通りです山門町の屋根神様は通りから一歩東に入った民家の壁面に祀られています正面を横切る通りが参道、右に進むと日泰寺に至ります右手の電柱脇の民家の壁面に梯子が立てかけられ、壁面には小さな祠が祀られています正式な呼称は分かりません、ここでは「山門町の屋根神さま」としておきます身の丈ほどの高さに祀られた祠は幕が張られ、下に三つの提灯が吊られています右手の梯子は御供えの時に使われるものでしょうか?祠正面全景提灯の下に置かれた板、なぜか今日は裏返っています表には由緒が記されていて創建(昭和初期)改築年度(第一回昭和48年、二回平成18年)祠を維持する自治会(月見坂自治会9、10組)と記されています(月見坂というと美味しい寿司屋があります、話が脱線していくのでまたの機会に)平成19年に改築された現在の祠には屋根違いの三社の神棚祀られています提灯が示すように、祭神は左から秋葉神社、熱田神宮、津嶋神社のお札が納められます自治会の一部の組に「神社当番」の習慣は今も引き継がれ、月番の方により果物や御神酒などが供えられています私が子供の頃、我が町にも神社当番はありました、祠の老朽化にともない「神社当番」もなくなり、今では自治会に入らない方もあると聞く、自治会や当番は面倒だけどいつまでも引き継がれるといいですねこうした祠は明治から昭和の初め、棟続きの長屋や住居が密集した下町で祀られます密集した棟続きの家で生活する事は、ある種の運命共同体、火事にしても我が家だけでは済まないそうした中で多様な組や当番が生まれお互いを知る、屋根神さまもその一つなのかも知れませんそれらが地域のコミュニケーションの中心となっていきますやがて高度成長期を迎え、建て替えや生活環境の変化に伴い、少しずつお隣との距離が生まれ、それと合わせこうした屋根神さまも消えていきます子供の頃は名前も知らない雷おやじがいて、過去を語る長老がいたもので悪がきだった自分を注意し、泣いてると声掛けされる、地域のどなたかにはお世話になったものですそれが当たり前の時代に育ったものとしてそれら躊躇しなければならない世の中になった気がするこうした屋根神さまを見ると地域の風通しの良さみたいなものを感じますこの先も引き継がれていくといいですね2018/11/15山門町の屋根神様創建 / 不明祭神 / 秋葉社、熱田神宮、津嶋神社住所 / 名古屋市千種区山門町2丁目アクセス / 市営地下鉄東山線「覚王山」下車、北に徒歩5分程
2018.11.16
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コキアもみすぼらしくなってきました今朝抜き取りとる事にしましたまずはカマキリの卵の付いた枝を切り取って桂の木にくっつけて、そこで育ってもらおうさてと抜き取り、根本を掴んで、セ~~ノ~~!アレ?簡単に抜けてくる、こんなに根が浅ければ、風には弱いわなアかみさんが懸念する、周辺コキアだらけになるの一言から、枝に付いた種を取る最初は枝毎に指でザザ~、ザザ~、・・・・・・・・・・面倒クサ、なにか簡単に・・・・・警護担当がいた頃のブラシを使ってみた、スイ~、スイ~、これは楽ちん、楽ちん袋の中に種を落す、一株でこんなに落ちてくる、これが全て一人生えするとえらいこっちゃ枝から種を落した後、それなりにホウキになりそうじゃない一株だけをホウキにして他の株はホウキしよう粒が小さいのでトンブリは諦めてそのままゴミ袋へ(何気に口にするけれど、手間がかかっているんですね、実感)種を落した株は逆さにしてしばらく乾燥させるそうです(かみさん指令)おやじ:なぜ逆さにして乾燥するのさ? まっすぐになるのかい? おかみ:わっかりませ~んおやじ:・・・・・? 取り敢えず、カマキリの隣にぶら下げて乾燥させるけど宜しいですか? おかみ:ご自由に庭木にぶら下がるコキア、なんとなくホウキに近づいてきたゾコキアのいなくなった跡地、緑の芽が陰に隠れて見えていなかったけれど、これはあれだナコキアの下でヒメツルソバが控えていましたすごい生命力だこと、お好きな方にはお分けしますよ、コキアと共にホントにこんなふうになっちゃうのかナ
2018.11.15
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滋賀県米原市米原町醒井地蔵川の清らかな流れが育む梅花藻とそこに住むハリヨ、東海道醒ヶ井宿と歴史の街として知られます古い宿場町には古くから続く寺社があるものです、ここ醒ヶ井も複数の寺社があります今回は地蔵川の源流の高台に佇む『賀茂神社』醒ヶ井宿の見どころは多いので、そこは割愛します「下道走って長浜まで」にさらっと書いてありますので、雰囲気はそちらをご覧ください醒ヶ井宿を流れる地蔵川、その源を訪ねる様に上流へ歩いて行きますそれまでの細い流れは消え、居醒の清水と呼ばれる泉になりますその南側はきつい斜面となり、斜面の底から滾々と水が流れ出ています賀茂神社はその水の湧き出る斜面の高台に鎮座し、居醒の清水の畔に建つ社号標と鳥居が目印となります社号標の左に立派な石鳥居、その先は南に向かって石段が続きます左は石垣が高く積まれ、ここからでは玉垣は見えますが神社を窺う事は出来ません地蔵川に架かる石橋を渡り、鳥居と石段の正面全景一の鳥居に掲げられた別雷皇宮の扁額と急な斜面の参道脇に建つ石灯籠長くはありませんが結構斜度のある石段です、踊場まで一気に高度を上げる事になります踏み外すと・・・・・石段の踊り場から醒ヶ井の街並みを望みますこの下は大和武尊と所縁のある居醒の清水になります踊場の左に再び石段、その先の境内に二の鳥居と拝殿が姿を見せます二の鳥居の右に手水舎があり、その後方に高く盛られた擁壁の上は名神高速道路高速で通り過ぎる車の音が聞こえてきます水が豊かな街、やや斜めを向いた龍の口からは絶える事無く清水が注がれます賀茂神社境内全景右側の名神高速道路とほぼ同じ高さにある境内名神を名古屋に向け走行すると、米原ジャンクションを過ぎしばらくすると左側に拝殿と本殿が間近に見える事から、いつか訪れようと思っていた神社その境内はさほど広いものではありませんでした左に社務所、正面に拝殿、その先に石垣で一段高く盛られた場所に本殿の伽藍街を見下ろす高台にあるため開放感があります拝殿は入母屋瓦葺の木肌を生かした素朴なものです手水舎の左の遷宮記念碑1959年(昭和34)、名神高速道建設に伴い、それまで鎮座していた場所から移転を余儀なくされます1960年(昭和35)現在の地に遷宮を果たします、その事を語り継ぐ碑です拝殿前の狛犬、風雪に耐えた年月を感じさせる風貌です注連縄が飾られる拝殿は四面にガラス引き戸が入れられ、奥の本殿に続く石段が良く見て取れますここから本殿域へは拝殿左から回り込みます石段の先に本殿が姿を現します透塀で囲われた流造の本殿滋賀県神社庁の案内によると賀茂神社は「旧社の所在地が天の川加茂が淵の脇に建立されていた事から、加茂神社と呼ばれるようになった」とあります賀茂神社は京都と近江八幡市加茂町にもありますが、ここ醒ヶ井からは随分と離れています遷宮碑には「名神高速建設に伴い移転」とも記されていますが、加茂町が高速道建設工事の影響を受けたものか、この地との距離を見ても加茂町との関係性は低く社名の由来となった天の川加茂が淵がどこなのか、これを書いている時点でもはっきりしませんでした上段本殿の門、扉の上部には不思議な動物が彫られています、最初は背中の斑点から鹿?と決め込んでいましたが拡大してみると甲羅のようにも見えます、玄武なのか?下段透塀から窺う本殿、扉には二葉葵の紋が入る、京都の賀茂神社の御神紋も二葉葵だったと記憶しています派手な飾り金具はないものの、各所に見事な彫が施されています本殿の木組みは彫を施し一手間かけた造り彩色は施されていないけれど至る所に施された彫は見事なものがあります本殿域から拝殿と社務所を見下ろす、目と鼻の先に名神高速道路が下に見えていますいつも高速を走りながら横目に見ていた神社でしたが、漸く訪れる事が出来すっきりですそれにしても以前は何処に鎮座していたのか、もやもやが残るところです醒ヶ井の街並みを一望する高台から氏子を見守る「賀茂神社」2018/10/20賀茂神社創建 / 不詳祭神 / 別雷命住所 / 滋賀県米原市米原町醒井58アクセス / JR東海道本線「醒ヶ井」下車南へ10分程
2018.11.14
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名古屋市南区豊2丁目国道247号線の東、名鉄常滑線を挟み、西は内田橋、東が豊に分かれています名鉄の高架が迫る傍らに「伝馬神明社」は鎮座します秋も深まり日暮れも早くなり、西陽のさす通りは人通りが少ない高架は西陽を遮り、日暮れの訪れが尚更早く感じます遥か昔の熱田台地の南には海岸線が広がっていました、この辺りは新田開発とともに広がってきた地域米の収量を上げるため自然と人の鬩ぎ合いの最前線でもあった場所です南区の長三郎(ちょうざぶろう)新田の郷土碑解説によれば以下江戸時代の1696年(元禄9)に熱田伝馬役人が熱田宿駅伝馬の助成を目的に開発、新伝馬新田と呼ばれたたびたびの地震、高波、暴風に修築費用がかさみ、1714年(正徳4)熱田材木町江戸屋長三郎が譲り受けた事から、のちに「長三郎新田」と呼ばれるようになった今や田んぼはなく、電車や新幹線、住宅が広がり、昔この地がその様な場所であった事を覗う事すらできません、唯一人名のつく地名に名残りを残すくらいです伝馬町でもないのに伝馬神明社?となりますもとは愛知郡伝馬町から始まり、江戸時代は熱田村の一部この地は旧東海道沿いにあったことから、1601年(慶長3)に宮宿(熱田宿)と隣の今道が共に伝馬役に任命されます、その際に両者は一つになり伝馬町と称したのが町名の由来伝馬とは公的な人・情報・物資を迅速に移動させる事を目的として、街道の宿場に馬を常駐させる制度「伝馬制」を指します各宿場にはその任に就く伝馬役人が置かれます、昔は宿場で馬を乗継いで移動時間の短縮を図った訳です今で言えば馬の駅伝みたいなもの?1878年(明治11)愛知郡熱田村の一部より、伝馬町が成立します、1889年(明治22)町村制施行・合併に伴い、愛知郡熱田町大字伝馬と変わりますそして1985年(昭和60) 南区伝馬町は同区内田橋二丁目となり消滅します当時この場所は伝馬町だった事から、伝馬神明社と呼ばれることになります伝馬神明社鳥居からの全景参道の先に拝所があり、右に石鳥居、左に石鳥居と赤い鳥居が連なっているのが見えます境内全景中央が神明社、拝所の右は天王社の石鳥居と参道中央に楠の大木が聳えています左の鳥居から松山稲荷へと続きます境内の左に手水舎、手水鉢龍の口から絶え間なく清水が注がれ澄んでいます神明社拝所全景、一段高く積まれた所に玉垣で囲われた社が見て取れます拝所前の狛犬は新しいもので、1928年(昭和3)奉納と刻まれています新しいといっても90年を経ている、伝馬神明社は都市化に伴い二回遷座しているようです狛犬は一回目の遷座の後に奉納された様です神明社6本の鰹木が施された社です、背後の高架橋を赤い電車が行き交います写真に入れたかったが待っていると来ないものです拝所の左は石鳥居を二つ構え、奥に赤い鳥居の連なる松山稲荷全景鳥居左側には新田開発の歴史を伝えるもの、神社由緒の刻まれた碑などが纏められています上段一の鳥居に掲げられた社号額、この規模で二の鳥居まで構えています下段奉納鳥居をくぐりると社前で狐達が集団で祀られています、若干狐としてアピール不足な方も見えますいつ頃奉納されたのか確認できませんでしたが、風化の度合いから見ると狛犬と同時期でしょうか松山稲荷社稲荷には赤い電車が欲しかったが祭神 / 倉稲魂神拝所の右は天王社鳥居から続く参道のほぼ中央に御神木でしょうか?楠木の巨木が聳えています幹の太さといい、枝振りといい見事な楠木、当然保存樹に指定されています天王社全景4本の鰹木が施された小さな社、街中の神社らしく、背後に民家が迫ります祭神 / 素戔嗚尊上段右から天王社、神明社、松山稲荷が綺麗に並んでいます天王社と松山稲荷の創建時期ははっきりしない、遷座に伴い合祀を繰り返し現在の形になったのでしょう下段天王社前に置かれた3つの石、何か謂れでもあるのか?良くわかりません境内の右が伝馬公民館兼社務所、人の気配は有りませんでした神社社務所の東側に棟続きで建つ伝馬弘法堂無垢の一枚板を用いた額は飾りのないシンプルなもの堂内三鈷杵を持ち、雑念のない穏やかな表情で弘法大師が祀られています伝馬弘法堂から伝馬神明社の全景それ程遅い時間でもないけれど、随分家路を急ぎたくなる雰囲気が漂う季節になってきました2018/10/29伝馬神明社創建 / 1712年祭神 / 天照大御神住所 / 名古屋市南区豊2丁目3-16 アクセス / 名鉄常滑線「豊田本町駅」から徒歩約5分程
2018.11.12
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6月以降お目にかかっていなかった守り神真っ暗な玄関先のテラスでなにやら蠢く物体が目を凝らして良く見ればお久しぶりのやもりさん現る元気でいたようだね6月の彼?とは違うようだが一回り小さいようだが、よもや息子さんですかね薄暗い所で隠れてないで明るい所で顔を良く見せてよ、灯を付けるから待ってなよ待ってくれたのねでは、君の写真を撮らせてもらいますじっとしてててね、はいポーズ今度はもう少し寄ったところではいチーズもう少しリラックスした表情を・・・・・無理か餌でもあればプレゼントしたいところだが、真っ暗だけに今日は諦めろ次回は何か用意しておきます夫婦揃って蛇が苦手な我が家でありながらヤモリはなぜか可愛いと受け止める事ができる、この感覚は自分達も良くわからないけれど昔から縁起の良い動物の意識が強いからなのか、可愛いジャンルに入ります事実ヤモリは家の周りの害虫を捕食してくれる益虫と云われます、なので「家守」と書きます以前(15年前)の家にいた子は、箸で虫を差し出すと食べてくれるような奴で愛着が湧いたものです6月の子と今回遊びに来た子、なんとか手懐けたいものですついでに白いヤモリ(色素欠乏種)なんか来てくれると嬉しいものです白い動物は昔から神聖なものとして崇められます、ヤモリのアルビノを見かけると「金運アップ!」と云われます手入れの足りない庭だけど、こうして彼らが生きていける環境を提供していると思うと下手に除草剤や殺虫剤には出が出せないしかし白い蛇でも・・・・・やはり勘弁してほしい、足がない物、多いものは我が家は受け入れにくい
2018.11.10
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城山八幡宮(城山城址)から東山通を渡り南下する事5分程周囲は閑静な住宅が広がります以前は小洒落たjazz喫茶や茶店があり、良く通ったところ若かりし頃に屯っていた場所はいつしか時代と共になくなり、当時を偲ぶものは残っていませんそんな穂波町の城山中学校付近の道路際に小さなお堂はありますこの場所は中学校の通学路にあたり、生徒達はお堂の前を通って学校に向かっていきますブロックで高く積まれた土台の上に小さなお堂、扉は付いていません以前は古びた感じのお堂で、傍らのイチジクの葉と民家の間に溶け込み、地味に佇む印象がありました地元の方から慕われ受け継がれてるのでしょう、最近になって建て替えられた様です通りを歩くと鮮やかな木目のお堂は目を引きますお堂とイチジクの間にある石標、これが一番年代は古そうです上部に文字の刻まれ、下部には像が彫られていますが風化が進み輪郭を留めるのみ小さな堂の中には弘法様の座像と小さな観音様?の立像の二体が納められています座像の口元はやや笑みを浮かべ穏やかな表情をしています城山城から南に広がる田畑があった頃からのものなのか、詳細は分かりませんが今は住宅地に変貌したこの通りで、学校へ向かう子供達を微笑んで見守っています住所 / 名古屋市千種区穂波町3丁目47アクセス / 市営地下鉄東山線「本山」下車南に徒歩10分程
2018.11.08
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我家のコキアもそろそろ終わりかな前回の映像と比較して全体はほぼほぼピンクに紅葉が進み最初に色付いた部分は既に枯れ始め、カマキリの卵も全体像が露になってきた枯れた部分では実もたくさん付いて、今朝の雨を受け滴が輝いています枝の下には枯れ落ちて殻のとれた黒い種が無数に落ちている来年用の種に集めているとかみさんから「とらなくてもコキアだらけになるから」とかあれ(ヒメツルソバ)と同じ事かい? ・・・・・コキアは近所でも見かけるけれど、コキアだらけの光景は見かけないだけに調べてみよう間もなくホウキにできそうかな
2018.11.06
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名古屋市南区豊田2丁目こちらの地域も新田開拓により開かれてきた地域1741年(寛保元)戸部下前新田として開かれたものです古くから天白川は氾濫に見舞われ、山崎川に合流させる工事が行われますそれは逆に山崎川の氾濫、堤防の決壊につながった事から元に戻すことになりますそれに伴い、天白川流域の天白古川新田を取り壊し流れを戻すのですが、その代わりにこの地を替地として与えたことから御替地新田と呼ばれ、地名にもなっていました後の1812年(文化9)に道徳新田と名を改め、このとき御替地という地名は無くなりますが、周辺の公園などに御替地の名の名残りをとどめています住宅地の傍ら、天を貫く様に巨大なコンクリートの橋脚と新幹線の線路が続きます現役の頃はお世話になった新幹線、視線も変わり下から間近に見上げる経験は初めてですが人々は当たり前のように行き交います新幹線の橋脚の下に御替地神明社の石鳥居と鎮守の杜が見えてきますジャングルジムの様な何とも奇異な光景です鳥居正面からの全景橋脚の陰に隠れて拝殿と赤い鳥居が姿を見せています境内は見事に橋脚が立ち並んでいます参道の橋脚を避ける様に右に曲がっています、こうした光景は他でも見た事はない不思議な光景です境内左の手水舎と手水鉢、奥が社務所になるようです切妻の拝殿と御神木の楠木阿像は毬を、吽像は子犬を従えた拝殿前の狛犬御神木の楠木は空を覆い尽くさんばかりの見事な枝振りですさらにその上を新幹線の線路聳え視界を塞ぎます、圧迫感のある空間です拝殿から本殿方向の眺め本殿は石積みで高く盛られ、透塀で周囲を囲まれに祀られていますこれだけ高ければ少々の氾濫で本殿が被害を受ける事はないのでしょう本殿前の狛犬も随分と高い位置から見下ろしています屋根以外は本殿全景を覗う事は出来ませんでした御替地神明社創建は新田開発の翌年(1742)に創建されたと云われますが定かではありません祭神は天照大御神本殿左の稲荷社、こちらも同様に高く積まれた石垣の上に祀られます稲荷なのでお狐様ですね稲荷社の左に平屋の建物弘法堂の様ですが、建物の前には手水鉢と地蔵が一体祀られていますこの地蔵さま、空襲で被災したのか顔の一部が欠落していました本殿の右側は御替地東公園に隣接しており、公園北側の一画は本殿と同じ高さで神域が広がっています玉垣の中には三社祀られているようですが、何れも詳細は分かりませんこちらの境内の龍神社には1780年(安永9)に日照りに悩まされた人々が荒子観音から勧請された円空作の竜神像があると云われますが良くわかりませんでした、一番右の大きな堂が龍神社だろうか?堂の前の公園敷地に小さな地蔵堂があります、中には一体のお地蔵様が公園を見守るように佇んでいます御替地東公園から神社全景特別ゲスト境内で放たれている鶏、その塀の上や境内には複数の猫達が、鶏を襲わないのだろうか?鶏は余裕で歩き廻っています、これも不思議な光景境内正面にある御替地新田から道徳新田に名称を改めた歴史を刻んだ碑鶏が・・・・・猫を威嚇している?巨大な新幹線の橋脚の脇、夕空に高く聳えるクレーン高低差と圧迫感を感じる印象を受けた御替地神明社です住所 / 名古屋市南区豊田2丁目8アクセス / 名鉄常滑線「道徳」駅下車東へ徒歩10分程
2018.11.05
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名古屋市南区忠次2丁目この周辺は古くから新田開発に伴い発展してきた地域現在では工場や住宅が連なり、面影を感じるものはあまりありません緩やかな流れの山崎川、そこに架かる忠次橋、更にその上を新幹線の鉄道橋が架かる山崎川両岸は強固なコンクリート堤防が伸び、水面は地面と等しく天井川の様相川と人の鬩ぎ合いの歴史を感じる事が出来ます(忠次橋下流からの眺め)忠次橋の下流の山崎川右岸堤防の下にある公園、その一画に赤い幟と鳥居が連なります、忠次稲荷神社です道徳東部公園、街中の公園としては敷地に余裕があり、緑豊かな解放感のある公園忠次稲荷神社は公園東外れの堤防下に鎮座します神社正面全景石鳥居の先に赤い奉納鳥居が連なる、その先に鞘殿に覆われた本殿が見えています参道入口のお狐様痩せも、肥ってもいない、スタイル良し右に手水舎、手水鉢は蓋がされていました赤い鳥居をくぐり拝所からの眺め一段高く積まれた上の鞘殿はアクリル板?の扉が付き、本殿を覗う事は出来ません忠次稲荷神社のある名古屋南部はその昔、江戸時代の頃から海岸を干拓し複数の新田が開拓されていきます周辺には開拓者の名を冠する地名が残り、ここ忠次も井上忠治(忠次郎)の名から付いています忠次郎さんが形にした忠治新田(1735年完成)、そこにあるお稲荷様なので忠次稲荷神社と付けられたのでしょう人が集まり子供たちが戯れる公園にある神社の光景はいいものです2018/10/11忠次稲荷神社創建 / 不明祭神 / 宇迦之御魂神(倉稲魂命)住所 / 名古屋市南区忠次2丁目2-12アクセス / 名鉄常滑線「道徳」下車、南へ徒歩約20分程名古屋市南区役所 忠次稲荷紹介URL
2018.11.02
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名古屋市千種区今池、JR中央線千種駅の東南に鎮座するこの地方では縁結びで知られる神社「恋の三社めぐり」と言って、北区の山田天満宮と千種区の城山八幡宮、ここ高牟神社は恋愛成就の巡礼スポットとなっているそうです若い衆、神頼みにお出かけを、このおやじには用はないか?千種駅の南を東西に走る広小路通り、交通量の多い通りです千種駅東交差点を南に進むと表通りの喧噪とはかけ離れ、ビルと古い町並みが混在する静かな佇まいの街に変わります、写真の左の一ブロックは高牟神社と言っても過言はないのでは境内拝殿へは3か所の鳥居から入る事ができます一つは先ほどの通りに面した東鳥居から二つ目は先程の通りの1本西側にある西鳥居からそして、蕃塀を備え、拝殿を正面に見て境内に入る南側の鳥居から境内に入る事ができます蕃塀とは神社のご神体を外部から訪れる不浄なものから、直視されないように遮断する目的から設置されるようです南鳥居から蕃塀越しの境内全景境内左に元古井発祥の地この辺りは以前は元古井町と呼ばれ、さらに古くは「常世の草香島くさかじま」とも呼ばれ、周辺の至る所から清水の湧き出た地域だったといわれます元古井発祥の地の石標の先が手水舎、手水鉢となり、その奥が高牟の古井と呼ばれる霊水の井戸らしい「応神天皇の祝水として産湯にこちらの霊泉水を献上したと伝えられています」の案内表示と「古井の霊水は信仰のお水、感謝の気持ちを忘れず必ず柄杓を正しく使う事」と書かれています確かに静水は澄み渡っています、作法に則り清めましょうこの霊水を飲むと「恋が生まれる」と云われ、さらには長寿の水とも云われています手水舎の左に円らな眼差しの優しい表情をした撫で牛随分撫でられてきたようだね撫で牛の先にある二つの社、左は北野天神社、右は高牟龍神社斜め横から見る龍神社は細かな彫が施され、社の前には小さな狛犬も二対の狛犬が守りを固める拝殿正面全景、右が社務所になります寄棟造りの唐破風が施された拝殿屋根派手な彩色はないものの、各所に施された彫はなかなかのものです拝殿前の狛犬の面々、奥の子連れ狛犬は足元で自由に動き回っている様が微笑ましい拝殿扁額は岸信介書と記されています、総理の書による扁額は他でも見たような気がします拝殿内から本殿の眺め拝殿左に石鳥居、その先は右から津島社、白山社、神明社、厳島社、金刀比羅社、多賀社が東を向いて纏められています赤い鳥居の連なる徳義稲荷社、お狐様を見逃したかな姿を見かけませんでした徳義稲荷社の右に石鳥居、その先の左は祖霊社右の赤い鳥居の先ぱ秋葉社、秋葉社担当の面々はご覧の容姿拝殿(上段)と透塀で周囲を囲まれた幣殿から本殿の全景(下段)、シックで趣のある社殿です拝殿前の由緒書き(左)と南鳥居の脇に掲げられた元古井伝説地の解説板高牟神社創建 / 成務天皇時代(131年~190年)と伝わる祭神 / 高皇産霊神、神皇産霊神、応神天皇住所 / 名古屋市千種区今池1-4-18アクセス / 市営地下鉄東山線「千種駅」下車徒歩5分程2018/10/27かみさん提供、高牟神社御朱印
2018.11.01
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