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宮尾登美子『蔵(下)』中公文庫.【感想】先月,中越に行った時に,映画の撮影で使った場所に4人で行ったので不思議な感じである.↑ここが烈の家.ますます映画を見てみたくなった.烈が成長して,失明を受け入れそれでも強く生きようする名場面がとても多い.「自分の不しあわせ悲しむよりは,しあわせらことを 数えることにしたあん. そう思うと,烈だってしあわせらことはいっぺことある.」烈の熱意が失意の父親を動かし,再び酒造りをしよう,と烈に宣言するところも清清しい気持ちにしてくれる.モザイクのような家族がお互いの痛みを残しつつ,少しずつ寄り合っていくところが嬉しい.あと,烈が蔵人の涼太に浴衣を縫い,渡したいことを伝えた時の涼太の素朴な喜びようが良い. 「烈さまが?このわしに? 浴衣を縫うて下さったって?え?え?」 となぞり,そのたびこっくりうなずく烈を見て 涼太は一尺も飛び上がり, 「なんてこった.なんてこった」 とキリキリ2,3べん回ってから,… 「わししとりもらおうと,ほかの衆に怨まいる. だろも,やっぱし早よもらいてぇ」この場面,一番好きかも.いい人だよなあ,涼太.物語の占めは,意造が佐穂に一緒に暮らそうとの申し込み.たいへん遅い決断だったけれど,ようやく収まるところに収まったかって.
2005.07.31
結膜炎がはなはだしいので眼科に行き直した.目薬を刺してるのに治らないのはプールに行ってないけれどプール熱かもしれんとのこと.でもプール熱ならリンパ腺が腫れ熱が出たりするはずだそうだ.よく分からんが,目薬を強いやつにしてもらったらだいぶ良くなってきた.
2005.07.30
結膜炎の症状が甚だしくなる.右の右白目から左白目へ.ついに左の目全体に炎症が広がる.赤く潤んで,まるで泣きはらした目のようである.でも,違うんです.泣いてるわけじゃねえっす.【更新】新潟0709「ネットアート」
2005.07.29
愛知県で牛が大暴れだって.映像で見たかったなあ.牛が膝をすりむいたらしいが人に怪我がなくてひとまず良かった.新聞で見たら,機動隊の盾まで出して人間が構えていて最強にユーモラスだった.【ヤフーニュースより抜粋】 27日午前11時半ごろ、愛知県新城市上平井の休耕田を利用した放牧場で、同県作出村の畜産業の男性(44)が、飼育している牛2頭を放牧しようと運搬用のトラックから降ろしたところ、2頭とも逃げ出した。 1頭はその場で男性が取り押さえたが、もう1頭が約1キロ離れた住宅街に逃げ込み、高校生や小学生、農作業中の男性らを追い掛け回した。転んだ人もいたという。 住宅街の現場は長さ約100メートル、幅約5メートルの1本道で、新城署はパトカー2台で道路の両端を封鎖。獣医師が麻酔薬入りの吹き矢を撃ち、約3時間後に捕獲した。牛は左前足などに軽いけが。人にはけがはなかった。 同署によると、牛は雌7歳の黒毛和牛で体長約2メートル、体重約400キロ。(共同通信) - 7月27日18時16分更新
2005.07.28
そんなことしたら絶対に.絶交するよ.友達が真顔で言った.涙が出るほど嬉しかった.
2005.07.27
小林照幸 2000『完本 毒蛇』文春文庫.【感想】まず,文庫本の表紙がうまい.真っ黒な背景に白抜きの大きな文字で「毒蛇」と書かれている.6年前,私が闘牛を研究しようと決めた時,つまり,学部3年生の時,図書館で借りて最初に読んだのが小林氏の著作『闘牛の島』だった.今も闘牛界で知らない人はいないほど伝説に残る徳之島の闘牛,「実熊牛」をめぐるドキュメンタリー.自分の研究が徳之島に近づくにつれてこれを書いた人は,どんな人なんだろう,という関心が強くなった.そこで,選んだのがこの本.著者が薬科大学に在学中に書き,第1回開高健賞奨励賞を受賞したデビュー作である.本文を読んでいるだけで,いかに情熱をかけて綿密な取材を行っているか目に浮かぶようだ.本文もさることながら,後書きが興味深かった.小学生の頃に見たハブ咬症による壊死の写真から蛇毒に対する血清に関心を持ったこと,本書の主人公である沢井氏に弟子入りを申し込み,氏の業績や人柄を知るにつれ,伝記の1つも出ていないことを知り,それなら自分が,と書いてしまったという.いかに生きていこうか?と毎日考えている私にとって,色々な人がどうやって人生を決めているのかは最も関心の強い事項の1つだ.ノンフィクションの世界にどうやって入っていったのか,これには,沢井氏との出会いが非常に大きかったのだろう.直接の対話の力の大きさ.小林氏を導いていっためぐり合わせが心に残った.小林氏にお会いしてみたい.いつか,闘牛の研究を続けていればお目にかかれる機会もあるかもしれない.【更新】新潟0708「団子と再建」
2005.07.26
インタビュー重視の研究をしている私が,自分のことを相手に分かってもらうための言葉をほとんど持ち合わせていないというこの矛盾.
2005.07.25
コンタクトレンズ付属の眼科へ行った.やはり結膜炎であった.結膜炎とテクマクマヤコンはどことなく似ている気がしないでもない.目がつらいので明日はメガネで学校へ行こうか.久々に.
2005.07.24
こうの史代 2004『夕凪の街 桜の国』双葉社.原爆投下後10年後の広島,20年後の東京,現在の東京が舞台.よって,登場人物の全員が被爆者ではない.後半では,原爆投下時,疎開していて助かった男の子,旭のその後と,彼の娘,七波が主人公となり,物語が進む.平和を声高に叫ぶのではなく,人々の心の細やかな描写が光る.広島や,そうでない場所で,日常生活を送るたくさんの人々がどんなことを喜び,どんなことに苦しみ,生きて死んでいくか.広島で生まれ育ったものの被爆者でも被爆二世でもない著者は,後ろめたさを覚えつつ,原爆のことを避けて通ってきたという.私も原爆のことを,とことん考えて生活しているわけではない.でも,たとえ,直接,原爆を体験した人が少なくなっても,世代が続く限りあの時刻まれた事実は,つながっていくのだろう.世代間のつながりを丁寧に描きながら,「あなたにとって平和とは?」をさりげなく,謙虚に問いかけてくる.ラスト,広島で出会った父母に思いをはせた七波の独白が印象に残る.「母からいつか 聞いたのかも知れない けれど こんな風景を 私は知っていた 生まれる前 そう あの時 わたしは ふたりを見ていた そして確かに このふたりを選んで 生まれてこようと 決めたのだ」
2005.07.23
電車を乗り換えて,ふと気が付いたら,ヒヤシンスの繊維で編んで作られている私の鞄に携帯電話がぶら下がっていた.自分のかと思ったらどうやら他人のもの.すれ違う時に引っかかったらしい.慌てて周囲の人に声をかけたが自分のじゃない,と言う.車掌さんに相談したら終着駅まで預かって持って行ってくれた.大抵は持ち主から電話がかかってくるという.…数年前に,電車に忘れられていた携帯電話を男子高校生のグループがさんざん弄んでいたのが記憶に残っている,「おい,このメール見ろよ」「送ってやろうぜ」「電話もかけ放題だぜ」あの携帯はどこへ行ったのだろうか.【更新】新潟0707「コピーと中華」…写真,文追加.
2005.07.22
生協でゲット.持っていくか,早く送るか.
2005.07.21

最近,牛が熱い.ボーダフォンから,先日発売された,着ぐるみケータイ.普通の携帯にチーズやタイヤなどの着ぐるみを付けて楽しむというもの.それだけ?と言えばそうなのだが,12種類の着ぐるみの中の筆頭商品がBull(雄牛)なのだ.まるで私のためにあるような携帯.ちょうど電池が少なくなってきたし,買い換えるならこれだな.もうちょっと値段が下がってからの方が良いが.地下鉄に広告が貼ってあって初めて見た時は,びっくりした.ちなみに,12種類,全ての着ぐるみのデスクトップ壁紙をボーダフォンのHPで配信中.もちろん,今の私のデスクトップは….
2005.07.20
今,開発中のwindowsXPの後継機,そのコードネームが「Longhorn」である.Longhornは,食肉用の長角牛 のことである.牛!である.私のためにあるようなwindowsじゃないか.コメントせずにはいられない.なぜ,こういう名前になったのか気になって調べてみた.そもそもXPのコードネームは,Whistler(ウィスラー).これは,マイクロソフト社のあるシアトルに近い有名な山の名前.次のWindowsの開発が始まった時,Blackcomb(ブラックコム)がコードネームになった.これもウィスラーの隣にある有名な山だという.しかし,ブラックコムの開発よりも先に開発すべきwindowsの計画が持ち上がり,ウィスラーとブラックコムの中間ということでロングホーンと命名された.なんでロングホーンが中間なのかというとウィスラーとブラックコムの山々を行き来する谷に休憩所のようなバーがあり,その店の名前がロングホーンなんだって!!【更新】新潟0706「ダムとマカロニ」
2005.07.19
小千谷東山地区で一部の集落を除いて22日に避難勧告が解除される.先日の闘牛大会で,とあるご一家から,地区に戻ることについてご相談を受けた.そのお宅は,地震で崩れた崖ごと家を失い,牛舎だけが残った.もう1度,山に戻って新しく土地を買い家を建てることを励みに家族で頑張っておられる.再建にあたって,どの辺りが安全か,地理学を専攻している者としてのアドバイスを求められた.地形や断層について専門的に学んだことがないので即答できず,研究室に帰ってから,数人の先生に聞きに行った.命に関わる問題だけに,「ここが安全」と言い切るのはとても難しいという.より確実なことを言おうとするほど「山より平地の方が安全」ということになってしまう.でも,山へ戻ることを励みにしている方々に少しでも参考になることはないか?引き出したヒントは,・地形学的に見た,この山のできたいきさつ →地すべりのたびに持ち上がってできてきた山である. 地すべりには,毎年のようにずれる所と, ある程度ずれてから止まる所がある. この山は後者.・深い谷に面している所は,地震がなくても地すべりの危険. →傾斜が急なところは,足元から崩れる恐れ +上から崩れたのが降ってくる可能性・いったん崩れて傾斜がゆるやかになった所は, 数10年から100年単位で安定する.具体的な行動としては, ・県や市の急傾斜の指定地を調べる, ・今後の土木工事との関連を見ながら決める. ・家を建てる,土地を買う 場所の候補が出たら, 決める前にボーリング調査をして土地の条件を調べることとこんな感じ.聞いたことをもとに,電話をかけた.すでに候補地を絞っており,私の話を総合して翌日にでも市役所に出向かれるという.「都市圏活断層図」という地図をそちらへ持って行くことを伝えると,その時にはご一家の決断を伝えるつもり,とのこと.また質問があれば,ひとまず私が預かっておいて学校に聞きに行くことになる.自然時理学がいくら専門でないと言っても(私の専門は人文地理学)「地理学」という看板を背負っていることの重みを感じずにはいられない.決定打になるような貢献をするのは難しいが,少しでも情報を伝えられれば.気持ちが伝われば,と考えている.
2005.07.18
高校の友人が結婚式に呼んでくれた.デジカメで撮った写真をCDRに焼いて18日の昼に同席した友人7人にクロネコのメール便で発送.こういうのは速攻に限る.19日には東京まで届いたって.速い!安い!黒猫,恐るべし.【更新】新潟07「トンネル」を更新.
2005.07.17
朝カフェ英会話のメンバーで飲み会をした.会場は,アイリッシュ・パブ.参加者は,私を入れて7人.普段の授業では,なかなか個人的に知り合うことができないので,みんなで交流して,継続の励みにしようという会.日本語での休憩をはさみながら,2人組になって,インタビューしたり自己紹介したりしながら,それぞれの人となりを掴む.突然,後ろで飲んでいたネイティブのおじいさんが「キミタチ エイゴのジュギョウシテルノ? ニホンゴツカッチャ ダメダメー only Englishヨ」(↑これ,全部英語で言っている)と話し掛けてきたり,その孫の可愛らしい女の子(父が欧米人,母が日本人らしい)が朝カフェメンバーの連れてきた娘さんと友達になってしまったりとパブのくつろいだ雰囲気ならではのやり取りができて面白かった.店の中はこんな感じ.生演奏あり.
2005.07.16
山古志村のボランティアセンターの事務局長,Iさんが私の学校に,はるばる講演に来て下さった.稲垣さんを招待したレスキューストックヤードのKさんにも初めてお目にかかれて感激.講演の後は,Iさんを囲んで飲みに行った.話の中で強く感じたのは,NPOやボランティアで中心的に働いている人物に求められる重要な要素が「いいかげんさ」であるということ.もちろん,面白半分にやるという意味ではなくて周囲の状況,人間関係を把握した上でのいいかげんさだ.Kさんは「こうでなくちゃいけない,なんて思ったらやってられないよ」と言う.腹の立つこと,困った御仁,などなどたくさんの人が集まって,しかも非常事態,こういう時に,トップに立つ人間が,カリカリして1つの方向に固執していたら,人をまとめることはできないだろう.臨機応変の判断力,柔軟な発想,困難を笑い飛ばす明るさ などなどこういうものは,まじめ100乗の私がこれからぜひ学ばなくてはならないものだろう.
2005.07.15
今年の芥川賞、愛知県東海市の男性が取ったって。知多半島じゃん!
2005.07.14
バス使って,日帰りで行って来た.
2005.07.14
朝日新聞学芸部編 2003『ティーンズメール Subject:わたしの気持ち Re:生き方に迷う10代のあなたへ』教育史料出版会.【紹介】朝日新聞の連載「ティーンズメール」100編を収録.10代からメールで相談を募り,6人の回答者が交代で答えるというもの.10代の頃も読んでいたし,10代を過ぎてからも,新聞を手に取った時には必ず目を通していた.自分,友達,親子,男と女 など様々なテーマがあり,自分の悩みと共通する部分も多くあった.特に,ドリアン助川さんとピーコさんの回答が良い.「夢のない日々がつらい」という高校生に対するドリアンの回答は,私も10代の時に読んで感銘を受け,新聞の切抜きを今も持っている.ドリアンによれば, 夢を持っている時,人は生き生きとしている. しかし僕の場合,夢に向かって走ったと思える日々は ごくわずかで,あとは自分が何をしているのかも分からない, どちらを向いているのかも分からない状態の連続だった(今も). 夢がない渋い日々の方が多いのだから, そっちの方がずっと本当の人生だよな,という発見. 模索ばかりが続くのでそれを本にしたり歌にしたりしてきた.…こういう見方って,当時のまさに「やりたいことが特にない」私にはとても新鮮で衝撃だった.私は,今は1つのことに集中しているが,確信を持っているわけでもなく,自身の価値ですら自分で認められない.何に向かって走っているのか分からず出口も見えない.これが一生続くのかと思うと暗澹たる思いにかられることもしばしば.改めて記事を読み直してみて,今の自分だって,あるべき未来のための仮の自分ではなく刻々と過ぎているこの時間こそが自分の時間なんだ,自暴自棄にならずに腰を据えないといけないな,とも思う.
2005.07.13
本橋靖昭(絵)・利光晋世(文) 2004『まっくら森』サンマーク出版.【紹介】「まっくら森」は谷山浩子がNHKみんなのうたで歌っていた曲である.たぶん,20年くらい前に作られた歌だ.ちょっと恐い内容とアニメーションがお気に入りだった.大きくなって,改めて歌詞を見て,驚いた.年齢を重ねたなりに広げることのできる深さ.「ひかりの中で見えないものが やみの中に 浮かんで見える」「どこにあるか みんな知ってる どこにあるか 誰も知らない」まっくら森は,人の心の中にあるという.急に懐かしくなってネットで検索していたら当時のアニメーション作者が,同じタイトルで絵本を出したとあり,中古で購入した.歌の雰囲気を残しながら物語としては独立した別個の内容となっている.絵がきれいで見ているだけで心地よい.内容としては,やはり歌の方が迫力あるかな.言葉が短くてポイントを付いていて人や状況によって,色々な解釈ができるから.自分の中にあるものとリンクさせるから恐ろしさが現実味を帯びるのだろう.
2005.07.12
あと,30分で出発の準備をしないといけない.トランクに荷物を詰め込んで,急いで,急いで.間に合わない.30分,遅らそう,出発を.トランクの蓋をしめたところで目が覚めた.3時間寝坊!フルボリュームでタイマー予約したはずのCDは果たして鳴ったのか?自分で音量をダウンさせた形跡はなかった.私はどこへ行こうとしていたのだろう?
2005.07.11
おかげさまで,無事,帰ってきました.お世話になったみなさん,どうも ありがとうございました.来週の結婚式に向けて今日から減量します.目指せピンクのワンピースの似合う女!
2005.07.10
午前:おばあちゃんちを出る. 長岡市の図書館へ.ひたすら資料をコピー.午後:まだまだコピー. その後,帰路.長岡の駅で見つけた「ネットアート」.神戸,長岡の中学生と山古志村の住民が共同で作ったんだって.闘牛はこんな感じ.
2005.07.09
お世話になった方に挨拶.行き先で笹団子をご馳走になる.午後からおばあちゃん家へ.宿泊.震災で全壊したおばあちゃん家は,現在,再建中.雪が降る前に仕上がりますよう.
2005.07.08
角突き取組表をコピー.古いものは,コピーすると真っ黒になってしまうので1枚ずつデジカメで撮影.キャベツを片付ける.今日のコンセプトは中華?全て加工することに力を注ぎすぎ,ものすごい量に.フライパンの中でひっくり返らないくらい.「今日は失敗のにおいがする」ととむくん,出来上がる前から不吉な発言.おばあちゃんからもらった玉ねぎときゅうりに鰹節を混ぜて.そう言えば,天の川を見るのを忘れた.不覚!
2005.07.07
ダムを見つつインタビュー.昨日のシチューにマカロニを投入.今回作った中では,NO.1ヒットか.ポテトサラダ.白菜が大量に余っており,これを消費するには?と家に電話をかけて作成.
2005.07.06

山古志の手掘りトンネルを見学. 全長877メートル.手掘りとしては,日本で最長.49年間,村を支えた.『木を植えた男』を思い出す.午後,コピーをするが腹痛でリタイア。
2005.07.05
朝から夕まで牛主宅.おいしい昼食をごちそうになる.こちらのお宅は,家が全壊し,ご夫婦は,倉庫で生活されている.帰り、ハハキトクのイタメールに翻弄される.倒れたのか,母さん!3人に電話するがつながらず焦りは募る.みんな病院に行っていてつながらないのだろうか.1時間後,とむによるびっくりメールと判明(-_-メ)
2005.07.04
朝、土俵の修復を見学。前日の大雨で,土俵の側面が流れてしまった.中央にたまった泥を除去.父さんも大活躍.土俵が女人禁制なので,私と母さんは飲み物買い班に回る.さすがに応援しているだけでは居心地が良くない.午後、闘牛大会.顔を覚えるのに必死.この前来た時に,名前を聞いた人に再び名前を聞いてしまったり.
2005.07.03
午後、到着。浦佐に常滑のポスターがあり感動。小出に向かう。
2005.07.02
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