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仕事が終わり駅へ向かって歩いていると?目に飛び込んできた「今なら30%増量」の文字。気付けば購入していた。でも味までは増量していませんでした。残念
2009.06.28
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(写真はピントをずらしています。)金になるんだ!今朝駅前で多分、通行量を調べているんだとは思うが……寝てるよ。調査報告はどうするんでしょうか?最近中途半端な大人(成人)が多いね。akiも含めてだけど……
2009.06.28
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昨年派遣契約を理不尽な理由から契約終了してからというものの嫌な事ばかりが続く毎日である。少しは気分を変えられはしないかと伊賀のあじさいロードなる場所へ行ってみた。今から15年ほど前に伊賀市職員の方が植えられた事から始まり、今では住民の方々に大切に育てられている紫陽花。関西本線新堂駅から柘植駅の間、併走する道路との間に1kmにわたって紫陽花が植えられているのです。今日も目的地をどうするかと悩んでいるうちに時間は過ぎ。気付けば12時。行き先を伊賀市のみとして出発する。2時頃には伊賀市に到着。先ずは伊賀市三田の仁木氏館跡を目指す。今では仁木氏館は三田寺境内となっているが、境内の北側には空堀が残り、更に北から西にかけて高さ約4~5m程の土塁が残っている。サクッと写真だけを撮影し目指すはあじさいロードである。のはずが・・・・途中。目に付いた柏野城跡という案内板。ちょこっと寄り道をしてみる。今でも大堀切と土塁が主郭を守る。声をかけた方が城跡の麓に住む方で案内までして下さった。歴史好きでという事で、この地の歴史まで教えていただいた。目的地の1つにしていたが、福地城跡も良いぞと勧められ・・・・・・・15時頃あじさいロードに到着する。事前に調べていなかった汽車の通過時間を調べる為に新堂駅にて調べるが、30分に1本しか汽車は通過しない。待つ間の時間を調節する為ではないが、初めて使う「RICHO CX1」の連写機能。設定を30コマ/secにして通過する自動車で練習をしておくとする。時間は15時18分。まもなく柘植駅に向かう汽車が通過する。そして15時58分柘植駅からの汽車が通過する。連写では撮影サイズが2Mとなってしまうというがなかなか良いではないか。A4サイズに印刷するなら別だがA5サイズならば文句なし。上り下りで写真撮影を完了させて次の目的地である福地城跡へ向かう。ここは芭蕉の先祖が城跡であり、今でも彫り跡や土塁、石垣が残る。残念なのは堀跡を見ようと進むが中途半端な草刈しかされておらず・・・目の前を足の長い蜂が巣作りをしているではないか!で、土塁跡で撮影した蜻蛉の写真を。福地城跡を堪能した後は時間があったので川東地区へ向かうとする。が、やはり途中で見かけた竹島氏城跡との案内板向かうが野武士(野猿)の集団に行く手を阻まれ断念する。そして川東地区ここには中世の館跡が今でも残る。といっても土塁や堀跡が残る程度だが城好きには十分すぎるほどの保存状態である。数件の館跡を住民の方の許しを得て見学させて頂く。最後に訪れた館跡では手入れが出来ずほったらかしの枇杷の樹だがと枇杷をお土産にと頂けた。帰宅途中の八百屋で購入した玉葱・トマトと共に。仕事がなかなか決まらない。来週は嫌な事との縁を切りに安井さんへ行こう。そして保険の解約をしなきゃ。(1ヶ月前から進んでないんだな。毎月の家賃やなんやかんやの支払いも辛いな。週末の仕事だけでは月10万もないしな。平日も探してはいるが決まらない、と言うか仕事が無いぞな。しかも禁煙の場所でしか仕事が出来ないしな。殺虫剤にも反応する身体だから煙草の煙やなんやかんやの匂いは短時間ですらその場所には居られない。自己破産と生活保護の申請を考えるか??と言うのも嫌だし。何とか自力で克服・改善したい。ほんと嫌な事ばかりが続く毎日だ。お先真っ暗。
2009.06.26
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FLET'S門真店の隣にあるお店でお仕事~黄色い場所なんで近い人・・・・・来ないで。だって恥ずかしいもん。明日はサンプル写真を撮影に~!!新旭まで行ってきま~す。そんな感じの深夜のakiでする。
2009.06.07
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若い女性のよう。 「間もなく京橋でしゅ…………」 言い間違えた事に気付き失笑してる。 なんか可愛い。
2009.06.05
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今朝 先々週には普通に使えていたICOCAが……… 改札で認識しなく成っていた。 天気が悪いから「行かん(ICAN)」とただをこねた? おかげで電車に乗り遅れた。
2009.06.05
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「気ままな旅と出逢い・・・ 弐の巻」からの続きです。時間は17時半陽も西に傾きつつある。森の中は暗くなりカメラの手ブレ補正も効かなくなる。瀧蔵の地を離れる事にした。来た道を少し戻り・・・・目的地は我が家。道程は愛馬が決める。ん??道路脇に「山野草の里」の小さな看板が。一つ二つ・・・幾つも立てられている。気付けば愛馬は看板に導かれ。着いた場所は奈良県桜井市三谷黄菖蒲の畑の脇に「三谷城跡」との看板が。畑作業中の女性に聞き込んでみる。背後の山に在るとのこと。しかし今では誰も踏み込まない場所、道は無いとのこと。行けるとこまで行ってみたいと伝え、城跡を目指してみることとする。愛馬を進めた場所は「NPO法人 山野草の里づくりの会」の事務局が。化学物質過敏症が発症したakiが目指す環境がここに存在する様だ。城跡よりも、こちらに心は奪われた。暫くすると先ほどの女性が。「山野草の里づくりの会」の方であった。活動を開始した理由や活動内容、この地の自然環境を詳しく聞いた。akiがいつかはと目指すものがここにある。会の資料を数部頂き城跡を目指してみる。残念なことに誰も踏み込まない場所となってしまっているために城跡目前で熊笹が生い茂り・・・山城攻めの季節を待つこととしよう。城跡までの道中は会の方々が手入れをしている里山が広がり足元には様々な動植物が豊かな場所であった。自然が豊かな場所は人間にとっても最高の場所である、akiの身体は人間として普通の状態を感じている。煙草の煙や人工香料に怯えることも無く喜んでいる。西の空が茜色に染まり始めたので先ほどの女性に挨拶をして帰路に着く。今日は嬉しい出逢いが幾つ有ったのだろう。非公開である長谷寺の観音様との縁。akiが目指す里山との出逢い。最後は茜色に染まる棚田と里山の風景。今日の出逢いを感謝しつつ愛馬は走る。
2009.06.04
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6月1日の続き・・・・・・・・長谷寺を後にして。愛馬を気ままに進ませる。行き先を決めるのは愛馬(マジェスティ125Fi)である。来た道を嫌がるのか初瀬の地より奥へ奥へと進んでいく。途中。数年前とは違い広く付け替えられた道路。その道路脇に黄菖蒲が咲き誇っている。ちょっとここで記念写真。もう少し早く家を出て室生や柳生で杜若・菖蒲園で写真を撮りたかったな・・・などと少し残念な気持ちを抱きつつ、そんな気持ちを無視するかのように愛馬は進む。進んだ先は瀧蔵の地。ここ瀧蔵の瀧蔵神社は長谷寺奥の院と言われる。長谷寺に詣でたならば奥の院瀧蔵神社へ詣でなければ御利益も半減してしまうとか。それを知ってか知らずにか愛馬が選んだ場所は春には権現桜を見に多くの人が訪れる瀧蔵神社だった。季節はずれの瀧蔵神社は誰一人おらず。樹齢800年ともいわれる権現桜だけが出迎えてくれる。青々と茂る枝垂れ桜をくぐり奥へと足を進める。しばらく進んだ先には鬱蒼とした木々の間に瀧蔵神社が鎮座する。 瀧藏神社は古来神宮寺として近隣の人々の信仰を集め瀧蔵権現として大いに栄え、数多くの堂塔、伽藍を配しており威容を誇っていたそうである。今では拝殿・本殿を残すのみだが、森の中に堂跡や長谷寺観音屋敷跡などがひっそりと残っている。今日はその屋敷跡を目指してみることにした。修験道者が行くかの様な道が続くが丁寧に掃除が行われており歩きやすい。長谷寺観音屋敷跡脇にはひっそりと弥勒地蔵様が。そして次へ続く・・・・・
2009.06.04
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先日の霊山寺に続いて真言宗のお寺詣でに出掛けた。目的地は花の寺として有名な初瀬の長谷寺である。桜の咲く頃から計画はしていたのだが、いつの間にか紫陽花の季節になろうとしている。長谷寺へ行くこと意外は目的の無い気ままな旅を楽しもうと思う。家を出た後は奈良市に入って国道24号線を南下する。適当な場所で東へ進路を変更して行くのだが・・・・・・途中で迷い込んだ場所が橿原市新賀町の新賀環濠集落。写真は新賀環濠集落内の森村家住宅。現在工事中のためにフェンスで囲まれてしまっている。ここ新賀は十市郡の新賀荘にあたり平安期から存在が知られている。興福寺雑役免荘園であったが多くは後に一乗院門跡領となったそうだ。中世の頃には十市氏一族の土豪新賀氏の本拠地ともなった場所である。戦国の頃には越智氏が松永久秀方の十市氏を攻略するために新賀に進出して城を築いたと記録も残っている。天正三年には織田信長家臣の塙小七郎が入城しており、最終的には織田政権によって接収されたことが明らかとなっています。迷い込んだ場所が城跡だっって事は城めぐりが趣味であるMittermeierにとっては嬉しい出会いである。そして新賀環濠集落を出て東へ進む。家を出て2時間ほどで初瀬の地に到着した。愛馬を長谷寺前駐車場に停め RICHO CX1 を手に取り長谷寺へ向かう。【送料無料!】RICOH(リコー) CX1 シャンパンロゼ初夏の長谷寺は濃い緑色の装いを。桜の季節とは違う色で迎えてくれる。長谷寺とは山号を豊山(ぶさん)と称え、 寺号を長谷寺(はせでら)と言い、正式には『豊山神楽院長谷寺』と言います。「こもりくの泊瀬山」と万葉集にうたわれていますように、この地を昔は豊初瀬(とよはつせ)、泊瀬(はつせ)など美しい名でよばれていたので、初瀬寺、泊瀬寺、豊山寺とも言われていたようです。今では真言宗豊山派の総本山として、 また西国三十三観音霊場第八番札所として全国に末寺三千余ヶ寺と檀信徒はおよそ三百万人といわれ、 四季を通じ「花の寺」として多くの人々の信仰をあつめています。今回は牡丹が終わり紫陽花がひかえる時期であったため躑躅が出迎えてくれました。仁王門をくぐると百八間、三九九段、上中下の三廊に分かれ二間おきに風雅な長谷型の灯籠が吊るされた登廊が続いています。長い長い石段の続く登廊だね。登廊を登りきったところに礼堂、そして本堂が建てられています。不思議な巡り会わせか。信仰について考えるようになったMittermeierに素敵な出逢いがありました。それはこれまで一般公開されたことが無いご本尊様の十一面観世音菩薩立像の特別拝観が許されていたのです。しかも今回は観音様の御足に振れることも許されており。観音様とお縁を結ぶことが出来ました。御本尊様のお写真は恐れ多いことですし許されてもいませんので長谷寺のHPで。五重塔は昭和29年、戦後日本に初めて建てられた五重塔で、昭和の名塔と呼ばれているそうです。長谷寺では本堂や経納所では売っていないため五重塔の下にある売店でお守りを購入し長谷寺を後にします。愛馬が待つ駐車場へ戻る前に門前を探索します。牡丹の時期には多くの人で賑わう場所ですが、平日の16時過ぎだからでしょうかまったく人がいません。初瀬の名物「草福餅」を売る店先では福猫が気持ち良さそうに店番をしています。もちろんチーは猫さんにご挨拶。Mittermeierも店は違うが草福餅を購入。奈良漬も扱う白酒屋さん。TVでも数度紹介されたお店で長谷寺の門前では一番の気に入りのお店です。今回は桜の花が入った「花ようかん」は購入しませんでしたが、花ようかんも美味しいですよお土産を購入し愛馬の元へ戻ります。後半は次回。
2009.06.01
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