仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2024.06.05
XML
カテゴリ: 宮城

国道346号(佐沼街道)が松島町根廻(仙台北ICの付近)で国道45号から別れて鹿島台、涌谷に向かっていく。この根廻交差点から500m進むと国道左側に狭い道が分岐する。この道に入って250mほど先の左手に小さな広場。その下には高城川が流れる。 元禄潜穴 の穴尻の場所だ。





広場の奥には、穴尻を示す標識(上の画像でも奥に写っている)。穴尻のようすは崖を降りないと観察できないようなので控えた。


広場の(道からみて)左手に立派な高い石碑がある(最初の画の中心やや左)。 東宮殿下一分間停車記念の碑 だ。その内容を紹介したのだろう比較的最近の看板(画像の中央)があるので、読む(一部、数字をアラビアに)。


東宮殿下一分間停車記念の碑
明治潜穴工事施工にあたっては、工事続行派と工事中止派との対立の中、中止派の感情が根強く残っていた。
 明治41年10月に東宮殿下(後の大正天皇)が、奥州地方を行啓なされるということを知り、鹿島台村長鎌田三之助氏は、東宮侍従に願い出て殿下の代理人の方の視察を切望した。
 ところが、東宮殿下自らご台覧との報告を受け、鎌田村長はじめ工事続行派は大喜び、明治41年10月13日午後3時40分、根廻上山王地内の鉄橋上にお召し列車が一分間停車し、ご台覧の栄を得たのである。当時お召し列車が停車場以外に停車することは絶対にあり得ないことであった。
  東宮殿下よりのお言葉
   「天下の大工事である。中途挫折のことなく竣工せしめよ」
 これ以後工事関係者に動揺はなくなり無事に工事が完了している。
 この石碑は、東宮殿下がご台覧された記念として昭和8年9月、品井沼水害予防組合により建立された。
 平成21年11月
 農村景観・自然環境保全再生パイロット事業
 特定非営利活動法人あぐりねっと21
 ねまわりコミュニティ推進委員会

写真 行啓品井沼工事(明治41年10月3日)「宮城県の百年」より
写真
(おだずま注:記念碑の前に立ち並ぶ人たち) 「松島町史」より
写真
(同:穴尻の工事の様子か) 松島町幡谷戸石家所蔵






思えばここは、藩政時代、明治、そして昭和と、時空を超えて先人が残してくれた壮大なプロジェクトの集結点だ。

■関連する記事
品井沼開拓資料館、元禄潜穴入口、品井沼駅 (2024年06月12日)
元禄潜穴第6ずり出し穴(松島町根廻) (2024年06月11日)
明治潜穴公園(松島町幡谷) (2024年06月10日)
ふれあい広場(明治潜穴出口、松島町根廻) (2024年06月09日)
元禄潜穴の穴尻、一分間停車の碑(松島町根廻)
東北本線旧線(山線)の跡を訪ねて(その12)愛宕駅、高城川架橋 (2024年06月03日)
青木存義(松島第五小学校の碑) (2024年05月25日)

(品井沼干拓、鳴瀬川吉田川問題などについては、当ジャーナルの一大課題です。近日中に記事にいたします。編集長)


川村重吉 (2024年01月22日)
川村孫兵衛重吉 (2012年6月21日)
船で脇谷閘門を通過する (2010年11月14日)
仙台・宮城人怠け者論を考える (09年11月11日)=皇太子の一分停車について記載あり
北上川改修の歴史と流路の変遷 (08年2月17日)
北上川流域の「水山」 (08年2月11日)
高城川を考える (06年8月26日)
七北田川を考える (07年10月3日)(寛文の流路変更)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2024.06.12 08:46:05
コメント(0) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

コメント新着

プロフィール

おだずまジャーナル

おだずまジャーナル

サイド自由欄

071001ずっぱり特派員証

▲ 画像をクリックして下さい (ずっぱり岩手にリンク!)。

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: