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翌朝ぼくは、少しゆっくりめの朝を迎えた。昨日はあんなに気持ちがぺしゃんこで、ベッドに入っても寝られないんじゃないかと思ったけど、ルースさんのくれた蝋燭のおかげか、思ったより目覚めは良かった。 朝ごはんに、昨日貰って来たスコーンとサラダを食べて、さて、今日は何をしようかなと考えた。 ほんとなら仕事をした方がいいに決まってるんだけど、新しい雨は昨日上げたばかりだし…それに、少し元気が出たとは言っても、仕事をするほどの気持ちにはなれなかった。 チビは何をしてるんだろうと窓から外を見てみれば、相変わらずポストの上で彫刻のふり。「チビ、御飯は」 窓を少し開けて声をかけると、錆色の小さな塊がくるりと鮮やかな赤に変った。お腹は空いているらしい。「おいで、ルースさんに貰ったスコーンがあるよ」 ぱっと飛び立ったチビは、窓の隙間からぼくの頭に着陸すると、そこでプルプルと羽根を震わせた。「そんなに雫を飛ばしちゃ冷たいよ。待って、今タオルを出してあげるから」 テーブルの上にタオルを置いてやると、チビはそこで熱心に羽根づくろいを始めた。「そんなに濡れるのが嫌なら、部屋の中にいればいいのに」 そう言う言葉に、チビは「チチチ」と何やら答えたようだけど、ぼくにはやっぱり何と言っているのか分らない。 スコーンを美味しそうについばむチビを眺めながら、ぼくは再び今日の予定を考えた。次の雨の材料を集めがてら、散歩でもして来ようかな。そう言えば、ここは自分の森なのに、ぼくはまだ全部を歩いた事もない。「決めた。今日は散歩の日にしよう。チビも一緒に行く?」 チビはとろりとした深い緑の瞳を僕に向けたけど、首をかしげただけで、あまり気乗りはしないようだった。「なら、気が向いたらおいでね」 そう言って、ぼくは着替えをしに寝室へ向かった。けれど、着替えている途中で「あっ」と気がついた。「そう言えば、レインコート取って来るのを忘れてたんだ…」 雨に濡れるのは嫌いじゃないけど、散歩するとなると、さすがにレインコートは必要だ。でも、森の出口の物置き小屋までは結構歩くから、どちらにしろ、その間にびしょ濡れになってしまう。 どうせレインコートは取って来なくちゃならないし、ぼくは散歩のコースを物置き小屋に変更した。何度か通った道だから、新しい発見は期待出来ないけど、気晴らしにはなると思う。森の探検の方は、コートを取って来てから考えよう。 居間に戻るとチビの姿はなかった。テーブルの上には、丁度ぼくの小指の先くらいの穴が空いたスコーンだけ。こんなに少しの御飯でお腹一杯になったのかな。 重たいドアを開けると、もうチビは赤錆色の彫刻になって、ポストの上に留まっていた。「ぼく、レインコートを取って来るからね」 今度はチビは小鳥の姿にはならなかったので、ぼくはそのまま森の出口へと向かって歩いて行った。 森の道は、細く曲がったりしていて先の見晴らしは良く無い。その上、雨が霧のようにけぶるものだからなおさらだ。鳥の声もなく、音と言えば雨の降る音ばかりで、赤や黄色といった色鮮やかな花も咲かない森。だけどぼくはこの風景が結構気に入っている。 ルースさんやレースさんの森みたいに、生まれたばかりの葉っぱたちがキラキラ梢の先で踊っている光景は、誰もが素敵だと思うだろうけど、暗くて、しんと静まり返った気難しそうなこの森にも、ちゃんと優しい空気が流れている。木々はぼくを護るように黒く大きく葉を拡げ、葉を打つ雨の音は、さわさわ、さわさわ、ぼくに囁きかけているみたいだ。 そんな柔らかな瑠璃の雨に包まれながら、ぼくは物置き小屋までの道のりを歩いた。そう言えば、ハルの森は「陽の森」だって言ってた。きっと森もハルみたいに明るいんだろうな。「見てみたかったな、ハルの森」 そんな事を考えて、またしゅん、とした。 物置き小屋は、小屋と言うよりも大きな箱といった感じだ。ぼく一人が入れば、それで一杯になってしまうくらいの大きさで、それでも中には色々なものが置いてある。 雨を作るのに必要な木の実や草を入れる為の瓶、スコップやハサミ、傷薬や踏み台なんてものもある。それらはきちんと整理されていて、ぱっと見れば、何処に何がしまってあるのか迷う事はなかった。 多分それには理由がある。この物置きは、ここを訪れた人の為に作られたものでもあるから。初めて来た人にも、必要なものがどこにあるのか一目で分るようになっているんだと思う。 壁にいくつかかけられたレインコートの中から、ぼくは忘れて来たレインコートを取った。コートや傘は、色んな大きさのものがある。この森はいつも雨が降っているから、ここを訪れた人の為に置いてあるんだ。 雨が入らないようにきちんと小屋の戸を閉めると、ぼくは来た道を引き返した。取って来たコートは、結局着るのをやめた。ここに来るまでに、やっぱり随分濡れてしまっていて、もう着ても着なくても同じになってしまっていたから。 道を半分ほど折り返した頃、ゆったりとした森の空気を裂くように、冴えた鳥の声が聞こえてきた。それは高らかに歌うように大きく、森じゅうに響き渡るかと思うほど。「チビ?」 ぼくは弾かれたように駆け出した。声に心当たりはひとつしかなかった。ここには、他に鳥なんていないから。「チビ!どうしたの!?」 息を切らせてアトリエに駆け戻ったぼくの目に入って来たのは、ポストの上で得意げに胸を張って歌うチビの姿と、その前で蹲っている白い物体。 ああ、違う。蹲っているんじゃなくて、それは、背が小さい人…じゃなくて人形?「一体、誰が置いていったんだろう…」 ポストの前にいたのは、小さな白い傘をさした、ウサギの縫いぐるみだった。けれど、しゃがみ込んで持ち上げようとした途端、その頭がこっちを向いたので、ぼくは大層吃驚した。「…き、君、生きてるの…」 長い耳を揺らして、ウサギはぺコリと頭を下げた。 それが、ぼくの森の二番目のお客だった。
2005年09月30日
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山下達郎の「SONORITE」を購入してから、それこそ耳が落ちそうな勢いで聞いてる訳です。特にファンとかって訳ではないんですが、このアルバムに入っている「FOREVER MINE」にココロ鷲掴みされてしまったので、どうせならアルバム買おうと。ホントは「FOREVER MINE」のPVが手に入れば、それに越した事はなかったんですが。散々PVが流れていた頃には、一生懸命見ていたにも関わらず、録画しようとか、そういう気にはなってなかったんですよね…ああ、あの時の私の馬鹿。そのPVがね…すごく良かったんです。もう最初の5秒で涙腺が緩む緩む。たかだかPVと思ってたら、うっかり泣かされました。もし今後オンエア情報見つけましたら、是非見てみる事をオススメします。ブラヴォゥ嶋田久作。曲も勿論いいです。歌詞泣けますね。刹那的な愛の歌です。これは映画「東京タワー」のテーマソングになってました。映画はセレクトショップを営む主婦(黒木瞳)と、その息子の友達(岡田准一)との恋愛ストーリー。文字どおり、親子ほども歳の離れた2人の恋愛(しかも不倫だし)は、もうそれだけで刹那的です。先が無い。この曲が、この映画に合わせて作られたものかどうか私は知りませんが、歌詞を追ってみると妙にピッタリなのです。僕だけが あなたを守れるこの世界でひとり僕だけが あなたを愛せる他のどんな誰より歌詞の一部ですが、私はこの4行にぐっと来ました。(勿論何処抜粋してもいい歌詞だらけなんですが)「僕だけが」と言う、若さゆえの自信と傲慢。それだけにピュアな感情。好きな相手の事を、ただ愛する事しか出来ない。流れて行く先のない、淀んだ温もりの中でしか存在出来ない、弱く潔癖な愛。そんなイメージが浮びます。もう、「愛しかいらない」そんな感じがひしひしと伝わって来ます。現在、不倫している方とかがうっかり聞いてしまったら、号泣ものかもしれません。私は「愛は生きていく原動力にはなるけども、それだけでは生きてはいけない」と思ってしまう人間なので、そんな美しい刹那な愛とは、縁もはるばる遠いのですが、そういう所にしか存在しえないであろう、儚い美しい煌めきには魅せられます。この歌詞、そんな感じで映画にもぴったりなのですが、先に書いたPVの方は、もっと違う切り口になってます。ストーリー仕立てのPVですが、失ってしまった愛の追憶…といった感じで、こちらも深いです。もう一度ブラヴォゥ嶋田久作。この曲、まだ暫くはエンドレスで聞いてると思います。「FOREVER MINE」に終始してしまいましたが、「SONORITE」には、他にも良い曲が入っています。流石御大のアルバム、手堅い作りです。ちょっと毛色が変ってて意外だったのは、「kissからはじまるミステリー」のアレンジでしょうか。ケツメイシのRYOをフューチャーリングとは、和菓子の中に洋菓子のテイストが加わったような、不思議な味わいでした。でもやっぱりこの中では、「FOREVER MINE」が出色の出来。
2005年09月29日
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キィ、とドアを開けた途端、騒々しい声が僕を出迎えた。「お帰りハル!森はどうだった?ルースさんたちに会えた?」 コリィは、早くお土産が欲しいみたいで、ソワソワとぼくの足元にまとわりついている。「ただいま。ちょっとコリィ、そんなに足元でウロウロしてたら危ないだろ」「お土産は?カバンの中?ねぇ開けていい?」「開けてもいいけど、まだ食べちゃ駄目」「え~、オレ、お腹空いたよぅー」 言いながら、カバンの中に首を突っ込んで、ふんふんと鼻を鳴らしている。「あれ?これ、星の飴じゃないよ」「あぁ、そうだった。最近流れ星が少ないから、星の飴は作ってないんだって。だから代わりに虹の飴を貰って来たんだ」「うわぁ、虹の飴!久しぶりだねぇ!」「雨降らしの森に、また雨が降るようになったから、虹が取れるようになったんだって」「あ、そっか。そう言えばあの子どうだった?雨の森の子」「どうって?」「ほら、名前とか、使い魔とか」「決まったよ」「へぇ、なんて名前」「うん…」 僕はそこで詰まってしまった。「どうしたの?」「あの子の名前、レンっていうんだって」 コリィは、耳をピンと立てた。「それって…」「うん。あのお爺さんと同じ名前」「偶然?」「わからない。でも僕、ちょっとショックだったんだ」「どうしてさ?」「お爺さんが居なくなったばかりなのに、僕は浮かれ過ぎてたんじゃないかって。 あんなに良くして貰ったのに、ぼくは新しい友達に夢中で、お爺さんの事を忘れかけてた。だから、あの子があの名前を貰った時、僕はお爺さんにすごく申し訳ない気がしたんだ」「えー、それは気にし過ぎなんじゃないの?」「だって、こんな偶然、そんなにあるもんじゃないだろ?」「でも、同じ森の番人なんだもの。あの子が同じ名前でもおかしくないんじゃない?」「そうかなぁ…」 そう言われれば、そんな気もする。けれど、だからと言って、お爺さんを忘れてはしゃいでいた事には変わりは無い。 僕は自分の無神経さに、腹立たしいような、情けないような気持ちだった。「それに、結局僕はあの子にも、その名前を呼んであげられなかったんだ」「一度も?」「うん。一度も」「それはー…ちょっと可哀想だよ」「そうだよね…」 名前を貰ったすぐ後に、とても嬉しそうに僕を振り向いたあの子の顔が、時間がたつ毎にどんどん曇っていった。それは多分僕のせい。 帰りの分かれ道で、さよならを言った時は、もう泣きそうな瞳をしていた。折角出来た友達にも、僕は酷い事をしてしまった。「謝ったら、許してくれるかな」「許してくれるかどうかは分らないけど、このまま黙っているよりはいいんじゃない?」 コリィの口調はそっけない。だけど、テーブルに突っ伏したままの僕の前に、ちょこんと座って、辛抱強く僕の愚痴に付き合ってくれている。実はさっきからお腹の虫が鳴いている事にも、僕は気付いていたんだけれど、話の途中でコリィは「お腹が空いた」なんて事は言わなかった。 僕は、突っ伏したままの姿勢で顔を上げて、じっとコリィを見つめた。「…な、なに?」「うん。僕、コリィを選んで良かったな、と思って」 その言葉に、コリィが思いきり怪訝そうな顔をする。「ハルがそんな事言うの、なんだか気持ちが悪いよ」「そう?でも、いつも感謝してるんだよ。今日もカケラ集めを手伝ってくれたしね」「あっ!そうだカケラ!オレ今日は頑張ったんだ。ほら見てみて!」 コリィが部屋の角から引きずって来た布袋には、僕の手のひら一杯ほどの木漏れ日のカケラが入っていた。 コリィは猫だから、カケラ集めは僕より苦手なんだ。なのにこれだけ集めてくれたって事は、本当に頑張ったんだろう。「ホントだ。じゃあ早速、約束の奮発晩御飯の支度をしなくちゃね」「うん!オレもうお腹ペコペコ」 僕は、食料庫から出して来た特別大きな桃色鱒の薫製を、コリィにあげる事にした。コリィと話した事で、さっきより少し心が晴れた気がする。 そうだ。やっぱり明日は、あの子の所へ謝りに行こう。 そして許してくれたなら、一緒に行こうって言ってた魚釣りの計画も、岬の探検も、街を案内するって言ってた事も、ちゃんともう一度約束をして、また二人で一緒に出かけるんだ。
2005年09月27日
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もう陽も傾きかけた頃、ぼくらはレースさんのお家を後にした。帰り際、俯いたままのぼくの頭を撫でて、レースさんは言った。「レン、あなたはとても優しい子。また気が向いたらいらっしゃい。いつでも歓迎するわ」 見上げたレースさんの瞳は優しくて、ますますぼくはいたたまれない気持ちになった。なんでぼくは、自分の気持ちばっかり大切で、この優しい人に笑ってあげられなかったんだろう。「…ごめんなさい」 そう言うのがやっとだった。 帰り道、ぼくとハルはなんとなく気まずくて、お互いほとんど口をきかなかった。 今朝この道を走っていた時は、あんなにわくわくしていたのに。今度魚釣りに来ようと言った川を越えても、探検に行こうと言った岬が見えても、ぼくらは何も話さなかった。 空はもう夕焼けを空の向こうに押しやって、薄群青の色が広がっている。姿を見せた大きな星が、一つ、また一つと弾けて、沢山の小さな星を作った。弾けて散った小さな星は、浅い光の線を描きながら、空の隅々に広がって、ちらちらとまたたきはじめ、夜を呼ぶ。 それはとても綺麗な眺めだったけど、この時のぼくらはその気持ちすら共有する事はなかった。心に重さがあるのなら、間違い無くこの時のぼくの心は、今までにないほどの重かったと思う。 やがて、今朝待ち合わせをした分かれ道が見えて来た。楽しかったはずの一日はここで終わり。今朝出発する時は、まさかこんな気持ちで帰る事になるなんて、思ってもいなかった。 自転車から下りても、ぼくはハルの顔が見れなかった。ハルも、ぼくが塞いでいる理由を聞かなかった。その事を寂しいような気はしたけれど、それはそれで良かったのかもしれない。だって、聞かれたとしても、その理由をぼくは上手く説明する事が出来なかっただろうから。「…じゃあね、また今度」 短い挨拶。ハルが行ってしまう。ぎくしゃくしたままで別れてしまう事は良く無い事だとは分かっていたけど、ぼくは「うん」としか返事をしなかった。 手を振って走って行くハルを見送って、ぼくも自分の森へ向かう。森の中はもうすっかり暗くなっていて、足元もおぼつかない。ぼくはあたりを見回して、角燈草を見つけると1本折った。釣り鐘のような形の花は、折ると花の中に燈が灯る。それを手に道を照らしながら、ぼくは雨の中をアトリエに向かって歩いて行った。途中でレインコートを取って来るのを忘れた事に気付いたけど、取りに戻る気にはなれなかった。「チビ、カバンの中に入るかい?」 ぼくの頭の上で、時折り雫を払っているのか、プルル、とチビが身体を震わせる。声をかけたけど、チビは、チル、と短く鳴いただけで、その返事の意味はぼくには分らなかった。「チビがコリィみたいに話せたら良かったのにな」 そうしたら、このモヤモヤした気持ちも話したりして、少しは気が晴れたりするかもしれないのに。 その言葉に、また「チル、ルルル」とチビ。「何言ってるのか、わからないよ、チビ…」 やっぱり、あの牡鹿を貰ってくれば良かったのかな。チビはとても小さいし、きっと今のぼくの気持ちなんかは分からない。あの牡鹿なら、あんなに利口そうな目をしていたんだもの。ぼくの気持ちも分かってくれて、話し相手になってくれたはず。 そんな事を考える自分が、ますます嫌になった。チビがいいと選んだのはぼくで、チビが悪い訳じゃないのに。 細い森の道は、瑠璃色の雨にけぶっていた。ハルの瞳と同じ色。こんな事なら、もっと別の、違う色の雨を作れば良かった。 ハルの瞳なんか、思い出さないような色を。 アトリエが見えて来ると、チビはそこがぼく達の家だと知っているのか、一足先にぼくの頭から飛んで行き、入り口の脇の錆たポストの上に降り立った。そして、早くおいでと言うように、「チルルルル」と、澄んだ声でぼくを呼ぶ。「待って、今開けるから」 重い扉を、体重をかけて開けた。「さ、いいよ。お入り」 けれど、振り向いた時、そこにさっきのチビの姿は無かった。 代わりに居たのは、赤錆を纏ったチビそっくりの小鳥のオブジェ。まるで、最初からこのポストについていたみたいに。「チビ?」 ぼくは慌てた。どうしよう、さっきぼくがあんな事を思ったから、チビはただの彫刻に戻っちゃったんだ。ぼくが、牡鹿の方が良かったなんて思ったから!「チビ?、チビ!!」 すると、そのぼくの声に、ふっと赤錆だらけの羽根は元通りの柔らかくて鮮やかな赤へと変った。くるりとした目をこちらに向けて、チチッと答えたのは、さっきまでのチビ。「良かった、彫刻になっちゃったまま、戻らないのかと思った」 チビは怒ってはいないようだった。それでも、ぼくの肩に止まってそこで2、3度さえずった後は、またポストの上に戻って錆だらけの小さな小鳥になってしまった。「そこが気に入ったの?でも、雨に濡れて寒いようなら中にお入りね。二階の窓を少し開けておくから」 そう言って、ぼくはアトリエの中に入った。コートを羽織っていなかったので、頭の上からすっかり濡れてしまっている。 角燈草は、今夜一晩くらいなら持つだろう。ぼくはランプをつけるのをやめて、コップに水を汲むと、手に持っていた角燈草をそれに挿した。 それから濡れた服を着替えて、ラックを開けてタオルを取り出して。薄明かりだけのアトリエの中は、ぼくの靴音ばかりが響いて、なんだかがらんとよそよそしい感じがする。昨日まではそんな事、思った事もなかったのに。 二階の窓は開けたけれど、窓から見たチビは相変わらずポストの上で雨に打たれていて、入って来る気配もない。ぼくはたまらなく寂しい気持ちになって、壁際にしゃがみ込むと、そのままタオルをかぶって泣き出してしまった。 これはぼくが想像していた光景とは全然違ってた。使い魔は貰ったけど、今までと同じように、ぼくはひとりぼっちだ。 それに、折角出来た友達、ハルとも、何だか変な感じになってしまった。「なんで、こんな風になっちゃたんだろう」 ハルは、ぼくの名前をとうとう最後まで呼んではくれなかった。ハルがぼくの事を「きみ」と呼ぶたびに、ぼくの心は、きゅう、と悲しくなっていった。 ぼくは誰よりもまず、最初の友達に名前を喜んで貰いたかったのに。「レン」って呼んで貰いたかったのに。 でも、そんな風に1人で勝手に期待して、それが思い通りにならなくて、拗ねてレースさんやハルを困らせた、そんな我が侭な自分が一番嫌だった。 しゃくりあげるぼくの鼻に、ふわっと甘い香りが漂った。 ああ、そう言えば、レースさんからスコーンを貰っていたんだった。カバンも随分濡れてしまったから、早く出さないとしけってしまう。 まだ涙の溢れて来る目を擦りながら、ぼくはカバンの中から布に包まれたスコーンを取り出した。そして、ルースさんから貰った胡桃のパンと虹の飴の瓶も。 そこで赤い包みがあった事に気がついた。これは、ルースさんがくれたもの。家に帰ってからのお楽しみねって、言ってたっけ。 カサカサと薄い紙をほどいて見ると、中から出て来たのは1本の蝋燭だった。白い蝋燭に、螺旋状に黒い模様が入ってる。良く見ると、その模様は小さな小さな音符が連なって出来ている事が分かった。 ルースさんのお家は、不思議な事が一杯だったから、多分この蝋燭も普通の蝋燭とは違うんだろう。ぼくは寝室から燭台を持って来ると、ためしにその蝋燭に火をつけてみた。 ジジ…と灯りはすぐに大きくなって、角燈草の頼り無い明かりだけだった室内に、オレンジ色の優しい光が加わった。…♪…♪♪……………♪…「わ…」 やがて蝋燭はかすかな音で音楽を奏で始めた。蝋が少し溶けるごとに、溶けた所に描かれた音符が宙に舞う。ふわりと浮き上がった音符はすぐに消えてしまうけれど、その時にオルゴオルのような透明な音を出した。 次々と消える音符が作る旋律は、名前は分らなかったけれど、ゆったりとした綺麗な曲で、ぼくのくしゃりと潰れた心に、少しづつ空気を送り込むように優しく宥めてくれた。 ルースさんは、ぼくがしょげている事を知ってたのかな。だからこのお土産をくれたのかな。 ぼくは今夜は、この蝋燭を枕元に置いて眠る事にした。 泣いてしまった後だけど、なんだかいい夢が見れそうな気がしたから。-----------------------------------------今回、機種依存文字を使ってます…化けていたら、それは「音符」なので、脳内変換でオネガイシマス…(>_
2005年09月18日
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どうでしょう。どうなんですかね?いや、面白かったかと言えば……多分それなりに面白かったんですが。この本読んで気付きました。多分私、こういうライトなノリのコメディっぽい話には食い付きが甘いんですね…。それ以上に、周り全部がホモだらけっていうシチュも多分駄目なんだろうと思う。「嘘くせぇ!」とか思ってしまうからですかね。いや、BLというファンタジーに、嘘もへったくれもないもんですが。似たシチュの話で、以前友から借りて読んだ「毎日晴天」は、面白かったのに、是が「…うーん?」と思う、その違いは何処なんでしょうね。晴天の方が、抱えてる悩みが重いからかなぁ…。悩みで言えば、是も、雷造とか紺くんとか、それなりに抱えてはいるんだけど、やはり所々のコメディ色が強いので、悩みの深度も薄れがちというか。しかも、その笑いがツボってなかったりする場合は、けっこうついていくのがしんどいんだと思う。あらすじとしてはとある屋敷に、家政婦として住み込みで雇って貰った雷造。その屋敷の住人たちは皆美形揃い。その美形住人達の中の「紺」に一目惚れする雷造だったが、当の紺には冷たくあしらわれてしまう。折角張り切って作った食事も住人たちには食べて貰えないし、密かに想う紺にも「お前が何を作っても俺は食べない」と言われる始末。ガッカリしながらも前向きに頑張ろうとする雷造だったが、この屋敷、昼夜を問わず、いつもカップルが人目を憚らずにいちゃつきまくり、目のやり場がない。やがてとある事件を切っ掛けに、紺たちは人ではなく「紙様」と呼ばれる人形である事、「紙」は主人と共にあり、彼等がいちゃつきまくる事にも正当な理由がある事が雷造にも明かされたのだが、紺だけは何故か仕える主人を持たない人形だった。主人の居ない紺の、存在理由を求めるあまりの自暴自棄な行為に、雷造は思わず「紺くんを俺に下さい!」と、宣言してしまう。(1巻)とりあえず、「力」はないものの、紺の主人として認められた(?)雷造。想いを紺に打ち明けるものの、紺は「ヤりたいなら俺はいい(ヤってもいい)」と、その反応は至って事務的。必要ならばその身体を差し出す事が何故悪い、と言う紺に、自分の想いが届いていない事を知って落ち込む雷造。けれど、誠実な雷造の言葉に、少しづつそんな頑な紺の心も開き始め…(2巻)こんな感じでしょうか。話の導入部の1巻では、主要人物が出そろいます。人数が多いので、それぞれのエピソードまでは突っ込んで描かれてはいませんが、それなりに個性のあるカップルばかりなので、その背景を勝手に想像するのも楽しそうです。2巻では、雷造と紺の想いが通じ合う所まで。なので、雷造&紺メインです。主人を持たない紺の、自分の存在する理由を作らねばならないという切羽詰まった気持ちと、それを優しく「理由なんてなくていいんだよ」と包み込む雷造の優しさ。2人の、恋に不馴れな中学生のようなぎくしゃくしたやりとりが微笑ましいです。2巻ではHシーンもたっぷりありますが、表情がとても丁寧に描かれていて、紺くんが非常に色っぽいです。全体的に、キャラも個性的で、話は笑いもありジーンとさせる部分もありと、ドラマCDになるだけの人気作というのも頷けます。でも、私的にはやっぱりこのノリは一緒に楽しめなかった……………歳だからか。ふ。
2005年09月16日
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レースさんのお家は、ルースさんのお家の隣。 家も庭の花や植木も、全てがそっくりだから、「こんにちは」とステンドグラスの嵌った扉を開けて入って行くのも、初めての気がしない。「いらっしゃい、ハル!レン!」 そして、甘いスコーンの香りと共に出迎えてくれたレースさんも、ほんとうにルースさんと見分けがつかないくらい、そっくりな双子だった。唯一違ってたのは、ルースさんは赤いチェックのスカートを履いていたけど、レースさんは青いチェックのスカートだった事ぐらい。「あなたたちったら、いつまでたっても来ないんですもの。ノクトと待ちくたびれてしまったわ」「ごめんなさい、レースさん」 ハルがぺコリと頭を下げるのを見て、ぼくも慌てて頭を下げる。けれど、レースさんはちっとも怒ってはいないようだった。「お茶を飲んでいってくれたら許してあげるわ。私の特製のハーブティーをね」 悪戯そうに笑う瞳が、ぼくの前でさらに細くなった。「その前に御挨拶ね。初めまして、レン。あなたが来るのを楽しみにしていたのよ」 レースさんは僕の前に屈み込んで、ふっくらとした大きな手で抱き締めると、チュッと額にキスをくれた。「初めまして、レンです。よろしくおねがいします」「もう一人、お待ちかねがいるのよ」 レースさんはそう言うと、クッキー缶やティーカップの並んだシェルフに向かって、「ノクト!」と声をかけた。 その声に、シェルフの影の暗がりに、ちらちらと白い小さな星が散った。その中に、紫色に光るひときわ大きな星が2つ。「わっ!」 暗がりから一斉に飛び出して来たそれにいきなりとびかかられて、ぼくはそのまま押し倒されるように、居間の床に転がった。顔にべとべとと生暖かい感触。それはさっきも経験したものだ。「い、犬?」「ウォン!」 やっぱりそれは、メリディと同じくらいの大きな犬だった。少し長めの毛も、垂れた耳もメリディと同じ。正反対だったのは、ノクトは真っ黒い毛に小さな白の斑点模様だった事、そしてちぎれそうなほど尻尾を振っている、この人なつこい性格。「は、はじ、めまし、て、ノク、ト」 のしかかられてべろべろと顔を舐められるので、ちゃんと挨拶も出来ない。それに、さすがにちょっと重い。「あはは、ノクトは君の事が相当気に入ったみたいだ」 ハルがノクトの首を抱き寄せて、ぼくの上からどけてくれた。チビはノクトの勢いにすっかりびっくりしてしまったらしく、本棚の上に逃げたまま、呼んでも寄って来ない。「ノクトは雨の森が大好きなものだから、ちょっとはしゃぎ過ぎたようね。ごめんなさいね」「いえ、いいんです」 差し出されたタオルは、さっきルースさんに渡されたものと同じ花の刺繍が入っていた。 レースさんの嬉しそうな顔やノクトのちょっと困った盛大な出迎えは、ぼくの訪問をほんとうに喜んでくれていて、とても嬉しかった。けれど、ぼくはその歓待に心の底から笑顔を返す事が出来なかった。心に刺さった小さな棘が、チクチクと痛み始めてしまったから。「さぁさ、じゃあ早速お茶にしましょ。ハルも顔をお拭きなさいな」 見ればノクトは、今度はハルの肩に手をかけて顔を舐め回している。レースさんはお茶を取りに行ったのか、キッチンへと消えてしまった。ぼくはテーブルの椅子を引くと、とりあえずそこに腰掛けた。さっき、ルースさんの家でぼくが座っていたのとそっくりな椅子だ。 椅子の音に気がついたのか、ノクトが隣に来てお座りをした。ぼくの目線と同じ高さにある紫の瞳は、わくわくと楽しそうにぼくを見ている。ハルも顔を拭きながらテーブルについた。「ノクトは色んな人が好きなんだ。コリィの事も大好きでね。もっともコリィの方は、ちょっと苦手らしいんだけど」「…そう」 気のないぼくの返事に、ハルが「あれ?」といった顔をした。その瞳が見返せなくて、ぼくはノクトを撫でるふりをして顔を反らした。「さあさ、焼き上がりよ。冷めないうちにどうぞ」 暫くしてレースさんが持ってきてくれたのは、オレンジのスフレとハーブティ。フワフワのスフレは舌に優しくまろやかな味で、何処か懐かしい感じもした。「どう、レン?気に入って貰えそうかしら」「はい」「良かったわ。これからあなたたちが来る時は、必ず焼いておきましょうね」 そう言えば今日、レースさんはルースさんが伝えるよりも先に、スコーンをちゃんと焼いてくれてたみたいだった。あらかじめぼくたちが来る事は分かってたんだろうか。他にも聞きたい事は沢山あったけど、もうそんな気分にはなれなかった。「レン、お茶のおかわりはどう?」「ありがとう。でも、いいです」 ぼくがふさいでいるので、レースさんはあれこれと気を使ってくれているようだった。それは分かっていたけど、どうしても明るく話をする気にはなれない。折角お菓子まで焼いてくれたのに、きっとすごく嫌な思いをさせてる。ハルだって、わざわざ仕事を休んで、ぼくをここまで連れて来てくれたのに。 レースさんとハルに悪いとは思いながらも、ぼくはその後もずっと下を向いていた。 なんて我が侭で身勝手。聞き分けのない子供のような自分に嫌気がさして、さらに心の棘は大きくズキンと痛み始めた。 スプーンに掬った最後のスフレが、ぼくの重い舌の上で、甘酸っぱいオレンジの香りを放って溶けたけど、もうその味はよくわからなくなっていた。
2005年09月13日
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ルースさんの家に戻った(あの不思議な広間も、ルースさんの家の中なのかもしれないけど)ぼくらは、お昼御飯にシチューと、焼きたての胡桃のパンを頂いた。 チビがぼくの肩に下りてしきりに催促するので、ひとかけらパンを千切ってやると、美味しそうにつつきはじめた。「あっ、そうだ、ルースさん。僕、コリィに星屑入りの水飴を貰ってあげるって約束しちゃったんだ。それとレースさんの野苺のスコーンも」 早くも2杯目のシチューをおかわりしながら、ハルが言う。「あらまぁ、じゃあ、ちょっと待ってね」 そう言って、目を閉じて20秒ほど。「もうすぐ焼き上がるそうよ。帰りに寄っておいきなさいな」 まるで、頭の中でレースさんって人と話をしたみたい。(レースさんはね、ルースさんの双子の妹なんだ。ほんとにそっくりなんだよ) ハルが、こそっと耳打ちしてくれた。(ルースさんは、離れていてもレースさんとお話できるの) ぼくもこっそり聞き返す。「うん。びっくりだろ」「うん、びっくり」 ぼくたちは、顔を見合わせて、くすくす笑いあった。 そして、びっくりはまだまだあった。「メリディ!」 ルースさんが、誰かを呼んだ。 でも、ルースさんが見ている方には、窓があるだけで部屋はない。床板には、窓からの午後の日ざしが落ちているだけ。 …と思った光が、ゆらりと揺れた。良く見ると、それは光が揺れたんじゃなくて陽炎だという事が分かった。驚いた事に、陽炎は蹲っていた身体を、よいしょ、といった感じに起こすと、ぼくらの方に歩み寄って来た。その輪郭は、4本足の動物。 一歩あるくごとに、空気の揺らめきにしか見えなかったその形に、次第に色が現われた。不安定だった輪郭も、やがてしっかりとりた形になっていく。 それは、ルースさんの足元に来た時には、白い少し長めの毛に、細かな黒い点をちりばめた模様の、一匹の大きな犬になっていた。「メリディ、雨降らしの森のレンよ。挨拶してね」 メリディと呼ばれた犬は、金色の瞳でちらりとぼくを見ると、テーブルをぐるりと回って側に来た。近くで見るとさらに大きい。顔が、椅子に座っているぼくの顔と同じ高さだ。「うわっ」 いきなり、大きな桃色の舌でべロリと顔をひと嘗めされた。なんだか…べとべと湿ったタオルで顔を拭かれた感じ。「こ…こんにちは、メリディ」 よろしくね、と言おうとした時には、メリディはもうぼくにお尻を向けていた。くくくっと笑うハルの声。「メリディは、相変わらず無愛想だね」「ごめんなさいね、レン」 べたべたの顔のぼくに、今度はちゃんとしたタオルを手渡しながら、ルースさんが言う。「メリディ、初めてのお客さまに、その挨拶はないと思うわ。どうして握手にしてくれなかったの」 ルースさんの小言も、メリディにはどうでもいいらしい。ふわぁ、と大きな欠伸をして、足元に寝そべった。「そう、いいわ。あなたがそのつもりなら、後でどうなるか覚えてらっしゃい」 ルースさんが腰に手を当てて言う。後でどうするつもりなのか分らなかったけど、その言葉を聞くとメリディは、やれやれといった風に再び腰を上げた。「地下室から、飴の瓶を持って来て頂戴。下から3番目の棚のね」 めんどくさそうに、キッチンの奥へと消えていったメリディを見送って、ぼくは聞いた。「メリディが、ルースさんの使い魔なんですか」「ええそうよ。いつもあの調子なので、困ってしまうけどね」 そう言って笑うルースさんは、けれどとても嬉しそうに、メリディの事を話してくれた。 暫くして、メリディがくわえて来たのは、カゴに入った大小いくつかの瓶とスプーン。一番大きな瓶には、水飴が入っているので、重さでカゴが斜めになっている。「ご苦労様。あなたも何か食べる?」 ルースさんの質問には答えずに、メリディは元いた場所へ、のっそりと歩いていった。そのまま、窓の日溜まりに座り込むと欠伸をひとつ。どうやら昼寝の続きらしい。そして蹲り、その姿をゆらりと空気に溶かして消えてしまった。「仕方のない子ね。まぁいいわ」 溜め息をつきながら、ルースさんがカゴから瓶を取り出す。「実はねハル、申し訳ないのだけど、今、星屑の飴は作っていないのよ」「えっ、そうなの?」「最近、流れ星が少ないでしょう。飴を作るだけの星が中々集まらなくて。だから、代わりにこれはどうかと思ったのだけど」 言いながら、ルースさんは瓶の蓋を開けて、銀色のスプーンで飴を掬いとった。持ち上げたスプーンから糸を引くように流れる飴が、七色に輝いて小さな半円の虹を作った。「わぁ…!」 ぼくとハルは、同時に声をあげた。「虹の飴だ!」「これなら、コリィもきっと納得してくれるでしょう?」「うん!絶対!」「レンにも詰めてあげましょうね」 ルースさんは、いくつかの瓶の中から、丸い形のものを2つ、テーブルの上に並べた。「ねぇルースさん、その飴、今ちょっとだけ、食べちゃ駄目?」「食べるなら、御飯の後にね」 ぼく達は顔を見合わせて、お皿に残っていたシチューを急いで平らげた。「虹の飴なんて、しばらくぶりだね」 ルースさんの手元を眺めながら、ハルが言った。2つのスプーンの間でくるくる練られる飴は、透明な色から乳白色へと変わる。その間にも、飴の周りには小さな虹がかかり、とても綺麗だ。「ええ。でも、あの森にレンが来てくれたから、これからは前のように作る事が出来るわね」「ああ、そっか」 ハルは納得したみたいだけど、当のぼくには分らない。何故ぼくが来たらこの飴が作れるんだろう。「雨の森に、いつも充分な雨が降っていると虹も出やすいんだ。ここ半年くらい、あの森にはあまり雨が降ってなかったから」 聞いた答えも、分かったような分らないような。でも、教えてくれたハルの顔が、何故かちょっと寂しげだったので、ぼくはそれ以上聞くのを止めた。「はい、レン」 ルースさんに渡された乳白色の飴は、角度を変えるとあちこちが七色に光る。ちょっと舐めてみた最初の味は苺味。ふた口目は葡萄の味、三口めはレモンの味だった。見た目だけでなく、味もくるくると変化するらしい。「どうかしら」「とっても美味しいです」「そう?気に入って貰えたなら良かったわ」「星屑の飴も美味しいんだよ。口の中に入れると、パチパチ弾けてね」「今度流れ星があった時は、必ず作っておくわ。出来上がったら、レンの所にも知らせてあげるわね」「ありがとう、ルースさん」 それから飴が舐め終わるまでの時間、3人で色んな話をした。でも新参者のぼくは、ハルとルースさんの話を聞くばかりで、自分の森について語れる事など、まだごくわずかしかなかった。「あら大変」 話の途中で、急にルースさんが言った。「レースがお待ちかねのようよ」「いけない、随分ゆっくりしちゃった」 家を出る時に、ルースさんは瓶に詰めた虹の飴と、胡桃のパンをいくつか、ぼく達に持たせてくれた。「あと、これはレンにね」 そう言って最後に渡されたのは、赤い紙の包み。なんだか細長いものみたいだけど、何だろう。「お家に帰ってからのお楽しみよ」と言われては、そこで開ける事も出来なかった。ぼくは丁寧にお礼を言うと、壊れないようにそっと、それをカバンの中に仕舞った。
2005年09月10日
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やらなくちゃいけない事って何だろう。ぼくはルースさんのふっくらとした丸い顔を見上げた。「ここには沢山の動物達がいるでしょう」 動物達といってもどれも彫像だ。でも、ぼくは黙って頷いた。「次は、あなたの仕事を手伝ってくれる子を探さなくてはね、レン」 あっと思った。そう言えばハルが言ってたんだ。「使い魔が貰える」って。 でも、ここの動物達はコリィみたいに生きてはいない。彫刻がどうすれば生きて動くようになるのか、ぼくには見当もつかなかった。ここは本当に、ぼくにとって「?」だらけの場所だ。「さぁ、この中に、レンの気に入る子はいるかしら?」 ルースさんは、両手を腰に当てて、周りの動物たちをぐるりと見渡した。ぼくも同じように首を巡らしてみたけれど、目に入るだけでも相当な数で、一つ一つ見て歩くのも大変そうだ。こんなに沢山の中から、ハルはどうやってコリィを見つけたんだろう。 ちらりと後ろに目を向けると、ハルもぼくを見ていたらしくて目があった。ぼくは、また目を反らされてしまうんじゃないかと思ったけど、ハルは、今までと同じ笑顔で笑い返してくれた。(さっきのは、ぼくの思い過ごしかも) でも…本当に、ぼくの気のせいだけなんだろうか。「ねぇ、ハルはどうやってコリィを見つけたの」 確かめたい、そんな思いもあって、ぼくは震える声を隠しながら、ハルに聞いた。 瑠璃色の瞳が、その時を思い出すように、くるっと上空を見上げた。「うーん。どうだったかなぁ。でも、すぐに分かったような気がするよ。『あ、こいつだ』ってね」 他にもっとカッコイイのはいたんだけどね、と言って笑う。(良かった。今まで通りのハルだ) 心の底に溜まった泥が流れていくように、ぼくの気持ちも軽くなる。ぼくは、こっそりと胸をなで下ろし、漸く真剣に「使い魔探し」にとりかかった。 犬、オウム、豚、猿、トカゲにカエル…それこそ、色んな動物たちがいる。中には名前も知らない、見た事もないようなものも居た。でも、どれもハルが言うように、ピンと来る感じはしない。「見ても分らなかったら、どうやって決めればいいんだろう…」「なんとなくでも、気になる子はいない?目が惹かれるとか、目が合うとか」「うーん。綺麗だな、って思ったのはいるんだけど」 とても綺麗で大きくて、賢そうな牡鹿。ぼくの目は、沢山の動物たちの中から、さっきの牡鹿を簡単に見つける事が出来た。これが「惹かれる」って事なんだろうか。 ぼくは、その鹿の前にもう一度立った。「レンは、この子が気に入っているのね」「はい…ええと、多分」 我ながら煮え切らない返事。こんな牡鹿と一緒に暮らせるなら、それはきっと素敵な事に違いないのに。「この子でいいと思うなら、その手で触れてあげなさい」「うわ、」 言われて見たぼくの手の平は、光の粉でもまぶしたように、キラキラと光っていた。手を動かすと、その軌跡にそって光が零れる。「その光は、さっきの水鏡の力がほんの少しあなたの手に宿っているから。その光で、あなたの使い魔を起こしてあげる為にね」 ぼくは、そっとその手を牡鹿の前足に伸ばした。(本当に、これでいいんだろうか) 今日から、この牡鹿がずっとぼくの側にいる。 でも。 その光景が、何一つ、思い浮んで来ない。 その時、牡鹿の後ろに隠れるように、蹲っている小さな影が目に入った。「あぁ…!」 ぼくは思わず声をあげた。 埋まらなかったパズルのピースを、やっと見つけたような、そんな感じ。ぼくの心にほんの隙間もなく、ぴったりとそれは収まった。 こんな所にいたんだね。ぼくの目を呼んでいたのは、この牡鹿ではなく、君だったんだ。 今度はぼくは躊躇わなかった。両手で掬い取れば、ぼくの手にさえすっぽりと入ってしまうほどの、小さな小さな土の塊。 それが、淡く光を放つ手の中で、土の羽根は柔らかな赤い羽毛へ、光を持たなかったその瞳は、とろりとした深い緑の色に、みるみる輝いていく。それは本当に魔法のような出来事だった。「あらあらまぁ、可愛い使い魔だこと」「こんにちは、君。これから宜しくね」 産まれたばかりの小さな小鳥は、ぼくの言葉に応えるように、チルルチルルと澄んだ声でさえずった。「早速、名前をつけてあげないとね」「うん、小さいから、チビ」「チビ?」「変かなぁ」「いいや。君がいいと思うなら、それがきっと一番いい名前なんだよ」 チビは、暫く広い空間を楽しそうに飛び回った後、ぼくの頭を居場所と決めたようだ。そこで存在を主張するように、一層高い声で歌い出した。「チビもおしゃべりみたいだね。コリィと気が合いそうだ」「うん…」「どうしたの」「ハルは、コリィと話せるって言ったよね?でも、ぼくにはチビの声は、普通の小鳥と同じに聞こえるんだ」「え?」「ぼく、もしかして間違って選んじゃったのかな。だから、チビの言葉がわからないのかな」 ぼくは、すっかり話が出来ると思い込んでたから、これにはちょっと…いや、だいぶがっかりだった。「レン、必ずしも全ての使い魔が、人の言葉を喋れるとは限らないのよ。でも、喋れなくても、あなたの言葉はちゃんとチビには伝わっているわ。だから心配しないで」 ルースさんが慰めるように、ぼくの肩を優しく抱いた。「さぁ、二人ともお腹が空いたでしょう。戻ってお昼にしましょうね」 複雑なぼくの気持ちを知ってか知らずか、チビは大層機嫌良く、帰り道もずっと頭の上でさえずっていた。
2005年09月06日
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