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「人はいろいろ」という事に関して 考えてみました。一番わかりやすい例で 見ると言う事。今 あなたが見ているものを 違う人が見て同じように見えていると思いますか?まず、視力の違いがありますよね。はっきり見えている人もいれば ぼやけて見えている人もいるでしょう。乱視の人ならば 少し光って見えているのかな?他の人が どのように見えているのかなんて相手の体に入り込まなければ わかりませんよね。でも なぜかみんな 他の人も自分と同じように見えていると勘違いしてしまうのですよね。視機能の違いによっても 物の形だけが くっきりと見える人もいれば動体視力も違いますし 視野も違います。これと同じように感覚のどの部分を多く使って 生活しているのかも人によって違います。一例をあげます。我が家のトイレ掃除の事です。私の母は どうも視覚から入る情報をふんだんに使って生活しているようです。なので ほこりが気になる様子。ですが 私は 臭覚を使って掃除をしている事が多いのです。飾棚の上に 少しほこりがあっても私の眼は それをスルーします。それで 母によく叱られます。「あんたって子は なんで これが気になれへんの?」親業で言うところの 屈辱ですよね。それに 質問形になっていますが 聞く耳持たずの非難のための質問。私は臭覚で掃除しますので 匂いの元を突き止めようとします。なので 普通には目につかないようなところを 掃除する事になります。私と母は別人で 別の感覚を持っていますので2人で協力すれば めっちゃきれいなトイレ掃除になるわけです。が、母にその事を話しても 全く聞く耳を持ちません。何事も 当たり前論法で 説教してきます。だったら お掃除マニュアルを 作っておけよと、怒鳴りたい気分になります。それを言えば またどうせ 怒ります。「なんで そんなものがいるの。 当たり前の事やんか」今 聞こえている音も 人によって違います。これは 表現するのが難しいのですがテレビのボリューム一つにしても心地よい。聞きやすい…と感じるボリュームは人によって 違ってくるはずなのです。音楽を聞いたとします。私の耳は 歌詞と共に 音の音階まで聞き取ろうとします。なので 日本語の歌は 頭の中がぐちゃぐちゃになってきます。だから 苦手です。外国語の歌だと 歌詞の意味を知ろうとは私の脳はしません。なので 声も楽器のうちとなるはずです。これは 小さい頃に 楽器経験のある方ならば同じような現象が 起きているのではないでしょうか。先日 娘が 「鼻の下に手鏡を持って それを見ながら歩いてみ。 めっちゃ 怖いで。歩かれへんで。」と、言ってきました。「ふーん」と、思いながらやってみると 私は 全く支障なしで歩けました。私は あまり目を使わずに生活しているのかもしれませんね。私は駅のホームが怖いです。風の音が変わるからです。水辺も怖いです。音が変わります。味はどうでしょう。同じものを食べていても 感じ方は人によって違うかもしれませんね。私は 幸いにも 何を食べてもおいしいのですが・・・。子どもたちが お年寄りの感覚を学ぶために手に軍手をはめて 細かい作業をしたり足に重りをつけたり視野がはっきりしない眼鏡をかけて 行動したり。そんな授業があるようです。それは 感覚を体で感じるためです。昨日 母に言われた言葉「あんたほど 着るもの気にせーへん人 おらんよな。」私の母は 非常におしゃれです。だから 私が 服に無頓着で おしゃれに興味がない事。少し 気に入らないようなのです。それが この言葉に非常によく表れていますよね。私が意図的に気にしていない…と 母は感じているようです。だから 気にしたらできるはず…。なので 気にしなさい。と、言いたいのでしょう。ですが 私は自然体で 気にならないのです。なのに 気にしなさいって言われて気にする事は非常に エネルギーを使う事になり とても疲れます。気にしない ではなく 気にならない なのです。お互いに みんな 神様ではないのですから相手がどう感じているか そんな事は わかるはずはないのです。人はそれぞれ。自分とは違うように感じている。親子といえども 違う個体。これが 理解できれば 子どもに接する時も少し謙虚な気持ちで 説教することなく 相手の言葉に耳を傾けられるのではないかな。相手の言葉を 「ふ~ん。この子は こうなんや」と、少し 自分と切り離して 考えられるようになるのではないかしら…。そんな風に感じる 今日この頃です…。
2009.02.21
時々 メッセージで エジソン君元気ですか?と いただくことがあります。気にかけていただいて 本当に 本当に ありがたく感じます。さて 最近のエジソン。釣りにはまっています。まずは さかのぼること 2か月ほど前。行方不明になっていた 奴の貯金通帳が出てきました。確か 6000円ほど 入っていたのだと思います。そこで せこせこと 小遣いやゲームを売ったお金や お手伝いでもらったお金を入れて8500円に増やしました。増やす興味は そこで終わってしまい次に ホームセンターへ通い出して 動く車づくりを始めました。家にある ロボット系のおもちゃを分解して モーターを取り外したり、足りない部品は 買ってきたりして 段ボールの車は仕上がりました。次に ラジコンカーを作ろうとしたようです。でも、これは思うように 前に進まず結局 いろいろ買ってきた部品はそのままになり…。そして いきなり 釣りざおが我が家へやってきました。近所の釣具屋さんへ 思いつきで入っていったエジソン。600円で 釣りざおを見つけ 購入してきました。以前から 釣りがしたいと ずっと言っていましたが残念ながら 我が家には 釣りの知識のあるものが誰もおらずいつも「行けたらええな~」で 終わっていたのですがついに 釣りざおゲットです。そして 自転車で15分ぐらいのところで たまに 近所の人が 何かをつっているのを見かけるスポットへ友達と出かけて行きました。奴の用意を見て 大笑い糸はタコ糸です。そして「餌は どーするの?」と、聞いてみれば 友達がミミズの形をしたルアーを持ってるからと…。(なんじゃそれ?そんなんで 釣れるのかい?)と 思いましたが 「ふ~ん」それから 何回か釣りに行き、又 違う場所へ行った時に ベテランのおじさんたちからうまく情報を仕入れ 徐々に形になってきているようです。で、最近の奴の夢は絶対につれる 竿を作り出すことだそうで竿の材質は 科学を勉強せなあかんし 形は 物理の分野やし…。針の先に 魚雷についてる 熱を感じてそれを追いかけるセンサーを利用して魚を感知して それを追いかけるセンサーを開発してつけ、100パーセントつれる針を 開発するのは…う~ん。科学かなぁ…と 妄想をふくらましているようです。サッカーはやめることを 決めたようです。すごい すごい 倍率の中学に挑むのだそうで塾を 週に4回にしたいから やめる…と 行ってきました。でも、実は 遠征でのお泊まりが 奴にとっては我慢できないほど辛いこと母は知っています。なので 春休みの4泊の韓国遠征は どうしても 逃げたい様子。それに 5年生にもなると 周りの子は真剣にプロを目指して頑張ってるし遊び半分の エジソンには 少々居づらくなってきたようです。まぁ 好きにして頂戴…。と、こんな様子で 相変わらず 能天気で楽しい日々を送っているエジソンでしたps子どもは 放っておくのが正解とつくづく感じた事がありました。漢字を覚えるのが 大の苦手なエジソン。でも どうしても覚えなくてはならない状況に追い込まれたようです。勉強しているのを ふっとのぞくと 何やら漢字の部分に○をつけています。「何してるの?」と聞いてみました。すると エジソンが開発した エジソン式漢字の覚え方はLDの子に対応する 漢字の覚え方と全く同じだったのですその子 その子で 得意不得意はありますが 放っておくと その子なりのやり方をきちんと自分で考えられるものだと 実感した瞬間でした。
2009.02.20
「母親ノート法」って ご存知ですか?以前に 京都大学の東山尋久先生の書かれた「登校拒否」という本を ちらっとご紹介した事があるのですがその本で紹介されている 不登校に対応するためのプログラムです。実は私の師匠が もう何十年も東山先生にじかについて勉強なさってらっしゃる方で当然 ノート法の点検者ということでも 先駆け的な存在の方なのですがついに 私も点検者の資格を取ってきました。この方法 実は 地獄です以前に私も挑戦した事がありますが その時は 続ける事はできませんでした。子どもへの接し方は 本に書いてあるので読めば出来るのですが…。(ただし これも かなり至難の業です)毎日 毎日 雨が降ろうが雪が降ろうが 祭りであろうがなんであろうが子どもとの気になる会話を 記録し続けていくと言うのはかなりのエネルギーと根性が必要です。そして 書いたものを 定期的に点検者のところへ持って行き、チェックしてもらう…。この時は こう返事した方がよかったのかも…などのアドバイスをもらったり 自分の抱えている事を吐き出すカウンセリング的な対応を受けて 心の大掃除をして そして 又 子どもと向かい合うと言う作業を続けるものです。これの何がすごいのかと言うと…。記録を続け、点検を受ける事によって ある意味、修行ですので親の精神性が徐々に上がってきて子どものエネルギーが復活すると言うものなのです。点検者の資格を取るにあたり 私も再度 毎日つけるようになりましたが正直に言うと 大変です。寝る前に つけるようにしているのですが もう眠かったり、じゃまくさかったりすることも多いです。昼間の会話も忘れないようにメモに取っておき 夜に整理して記録します。これも 結構大変で…。師匠に「大変ですよね~」と、弱音を吐いてしまいました。すると 師匠からは…。「子どもが学校に行けないほど 心のエネルギーが落ちているという一大事に、大変なんて言ってられないでしょう。どんな苦難でもやるのが 親ってものじゃないの」一瞬にして 目が覚めました。不登校は 命にかかわる病気ではありません。だから 私の認識は 低すぎたのかもしれないと気付きました。もっと 覚悟して取り組むべきことだったのかもしれません。覚悟が足らないから まだ 子どもに不足の心が湧いてきてしまったり自分自身が イライラしたり していたのだと思いあたりました。このような事を 気づかせてくれた「母親ノート法」に感謝。感謝です。*不登校支援の団体で 同じように母親ノート法という名前で 保護者に接しているところもあるようですが 東山先生とは 何のつながりもない方が勝手に名前を使っていらっしゃるようですので その点は 注意してください。追記親業一般講座 修了者の方へ3月より 親業一般講座のフォローアップの一つとしてご希望の方には 取り組んでいただけるようにします。お子さんが不登校でない方でも 心のエネルギーを上げる効果は大きいと思います。もし、受講生の方で やってみたいと思われた方がおられましたらご連絡ください。心の修行の お手伝いをさせていただきます
2009.02.19
初級教育コーチの養成講座に行ってきました。最近 よく パパママコーチングという言葉を聞かれると思いますがそのコーチです。コーチングは アメリカでスポーツ選手を伸ばすための指導として開発されたものらしいのですが・・・。実に パワフルです。相手の心の奥にまでズバッと切り込みを入れるような セッション。心の奥の奥から 答えを絞り出してこないといけないような セッションなどもあります。その中で 私が一番心を惹かれた物は「どう生きるか」という セッションでした。私たちが行動を決める時 何をしたいか、どんな結果を出したいか…。まず これがどうしても先に来てしまいますよね。で、そのためには…と 行動を考えるわけですが、行動の根拠に どう生きるかという 人生の普遍的な目標を持ってくると言う考え方なのです。例えば うちのエジソン君 帰って来てからセッションもどきの突っ込みを入れてみますと、奴の目標は「知らない事を 知ると言う事」なので 「科学者になりたい」という夢が 発生しているわけです。で、もし 科学者になれなかった時に「知らない事を知る」という 人生の軸がぶれていなかったとしたならばそんなに落ち込む事もなく 別の方法にすぐに切り替えればよいだけなのです。すごく強い人間になりますよね。私の場合は 人のためにどうのこうのとか言うものではなく「穏やかに平和に 暮らしていくこと」だったのです。穏やかに平和に暮らすために身につけなければいけないものは「動じない心」「心の成長」ですよね。そのためという事で 日々の行動を決めていくと 結果は後から付いてくるというものなのです。今のところ 動じない心を作り出すために私にできる事は やっぱり勉強かな?後は 親業の講座を開くこと。それに 母親ノート点検者の資格も取ったのでこれらの仕事を通じても 自分を目標に近づけていくことができるのです。すごく クリアな気分です。今の気持ちを色で表すと 透明このブログを 読んでくださっている皆さんは どう生きたいと思ってらっしゃるのでしょうか?
2009.02.17
11日の祝日。ADHDサポートグループ BOCHI×BOCHI に読んでいただいて親業メソッドによる 二次障害の防ぎ方 という お話をさせていただきました。この BOCHI×BOCHIの会 普段は 私も皆さんと一緒に勉強させていただいています。ADHDとありますが ASの傾向のある方や 広汎性発達障害の診断を受けた方も混じっています。この会の特徴は 年齢的に高いお子さんの保護者も結構いらっしゃると言う事。年齢の高いお子さんの保護者の皆さんは 経験的に 子どもと接するのに大切な受容環境というものを心得てらっしゃいますので若いお母さんが 相談すると のんびりと「大丈夫」と安心させて下さる事が非常に魅力的です。それに 人数も 多くもなく少なくもなく、そして このお子さんの年齢の高いお母さんたちが びっくりするほど皆さん勉強熱心であらゆる勉強会で お勉強されており若いお母さん方にも 情報をふんだんに与えて下さる事もとても魅力な集まりです。さて 私がお話しさせていただいた内容は 発達障碍に限るものではありません。人が困っている時の支援の仕方には 4つあります。1、その人の変わりにやってあげる方法2、やり方を教える方法3、環境を整えてあげる方法4、自分で解決できるように 心の支援をする方法です。この中で 二次障害を防ぐために一番大切な支援って 何かお分かりでしょうか?そうなのです。4番の 心の支援が一番大切だと思うのです。まずは しっかりと話を聞いてあげる事。そして 相手に集中して 全身で相手を感じて 相手の気持ちを受け取り必要であるならば それを 言葉に変えてあげると言う事。そうすると 相手の欲求している事も きちんと見えてくるのです。相手が 2番を欲しているのか 3番を欲しているのか まずは聞いてみないとわかりません。なのに 親は先回りをして 環境を整える事に走ったり療育・教育に走ってしまったりします。本当に子どもはそれを欲しているのでしょうか?子どもの困り感は それをする事によって取れるのでしょうか?ですので 基本は4番なのです。出来うるならば 家庭でも この子は○○な子…と レッテルをはるのではなく子どもの言う事をしっかりと聞いて子どもの抱えている問題を 子ども立場からしっかり聞いて子どもより前ん出ることなく 寄り添ってあげて欲しいのです。という事で この4番の大切さと 傾聴の仕方。私メッセージの出し方を さらっとお話しさせていただいてきました。受講生の方の中に 私も頭が下がるほどの上達をされた方がいらっしゃいます。親業での上達とは 精神性が高くなった。心が成長した事を言います。その方のお子さんも 広汎性発達障害と診断され ある日突然、学校へ行けなくなってしまいました。そして 親業の勉強にいらっしゃったのです。彼女の息子さんへのサポートは 本当に素晴らしいものでした。家庭内では しっかりとしっかりと 息子さんの話を聞き、とんでもない行動以外は 受容されそして 学校へは 息子さんの望む形で 環境改善をされました。ここがポイントだと思うのです。親が先走りせずに ひたすら 息子さんの望む形で…という事なのです。療育にも行っておられますが これも 息子さんのペースです。お弁当を作って 自分も学校へ付き添って そして 療育にも通い…。どれだけ 大変だろうかと考えると 私には到底まねをする事はできません。ですが それが親の務めだと 笑顔で受け入れて 否定もせずにやりとおしたのです。すごい覚悟だと思います。そして その結果 息子さんは見違えるように元気になってこられました。ですが、彼女は言います。「私が少しイラっとしたりすると 必ず 息子の調子が悪くなるのです」そんな事を繰り返しながら 日々 成長していかれる彼女を見ているとまぶしささへ 感じます。上で紹介した BOCHI×BOCHIの お子さんの年齢が高いお母さん方は何年も 何年も お子さんとの精神的戦いを繰り返し今のような 何事も受け入れられるお母さんに 成長されたのだと思います。でも、出来うるならば お子さんが小さい間に 二次障害などでお子さんが苦しむ前に親の 心の成長をなさってあげて欲しいなと思います。これは 発達障害の保護者の方だけに当てはまる事ではありません。健常児の保護者の方も できるだ早くに 心の成長をされると、お子さんが伸び伸びと 大きくなるだけではなく一番大切な時期の 思春期も わかりあえる親子として過ごしていけるのではないかと思います。そして、親自身の心にも今までにない平和が訪れご自分の人生をしっかりと生きていけるようになるのではないかと思います。
2009.02.16
ある本を読んでいて 心の成長について とてもわかりやすい文章で書いてあったのでご紹介します。「心の成長とは 不安や悩み 問題への受容や対処能力が高まること」 フォーカシングで身につけるカウンセリングの基本 著;近田輝行子どもの行動って 親の価値観の範疇をすごくすごく外れる事が多いですよね。そんな時 親は まずびっくりするのかな?で、そのびっくりが もしかしたら 怒りの感情に変わるのかもしれません。トドがある友達の事を 受容できないでいます。彼女の行動。トドから聞けば 最初は ちょっとびっくりします。20人ぐらいいれば 一人ぐらいが取る行動 レベルのものかもしれません。昨日も 愚痴愚痴 言っておりました。その時 私がトドに言った事は「○○ちゃんの行動は 確かに興味深い行動やんな。 トドは それがへんやと思うねんな。で、受け入れられへんねんな。 でも、その行動は ほんまに悪い事やろか?ありえへんことやろか?」こう聞いてみました。「う~ん。それは、でも なしやろ。 誰もそんな事せーへんで。」「そやな。ちょっと変わってるよな。でも それは 悪い事? 別にそれもありなんと違うん? あんたが その行動をとれへんのは 自分のためやろ。 それは、それで ええと思うねん。 でも、同じ行動をとれへんからって あんたが ストレス溜めることないやん。 もうちょっと考えてみ。その行動が ほんまにしたらあかん事なんかどうなんか。」ここで会話は 終わりました。トドが きちんと考えてくれていれば 何らかの気付きがあったかもしれません。でも、世の中には 自分の価値観が世の中すべての価値観であるように勘違いしている人もいっぱいいます。考えても なかなか受容できない人も いっぱいいます。私も ここにたどり着くまでは かなりの遠周りをしてきました。人は 自分の価値観の範疇の超えた行動を見たり聞いたりするとなかなか 受容できませんよね。子育てでも 同じ事が言えるでしょう。子どもって 親の範疇を超える事を いっぱい、いっぱい やってくれますそんな時、親は 自分の価値観の範疇に子どもを入れようと無理に矯正しようとします。でも、本当に それはやってはいけない事なのか?矯正の行動に出る前に 少し考えてみませんか?自問自答してみませんか?うちのエジソン君 すこーし 個性の強い子です。彼と生活を共にしていると 脈拍数の上がるアクシデントが本当に多々起こります。そして、このままで この子 大丈夫?漠然とした不安感に さいなまれることもあります。でも、そこで 大丈夫なように 矯正するのではなく、深く、深く このままでいったら どうなるかを考察してみます。そうすると 案外 「大丈夫」って気持ちになる事も多いのです。考えても 仕方のない事は 考えない癖も付いてきました。受け入れられる行動が増えていくこと = 心の成長 なのかな?子どもが親を育てるって この事を言うのかもしれませんね。子どもの違和感を感じる行動は 親を育ててくれる 練習問題。そんな風に 受け止めてみませんか?最後に「親はなくても子は育つ」この言葉が 最近の マイブームで「親が有っても子は育つ」に 変わりつつあります。親が 多少 成長の邪魔をしても子どもは なんとか 大きくなってくれるものです。が、出来るならば あまり邪魔をせず 伸び伸びと成長させてあげたいものですよね。
2009.02.14
お久しぶりです。何やかんやと、ばたばたしていて 気がつけば 2月に突入していました。この間 大学の試験があったのも確かなのですが、頭では分かっていても なぜか体が動かない…という状態が続いていました。この事 一般的には、「気合いが足らん」と、言う事になるのかもしれませんが、心の調子が悪く エネルギーダウンで ドーパミンの分泌量が落ちているのかな?なんてふと感じてしまいました。さて、いろいろと 細かい事が ありました。まずは、私はめでたく 無償の愛の在りかにたどり着いたのです。それは まぁなんと、子どもたちでした。子どもって 生まれてきて お母さんが認識できるようになってくると、一番にお母さんを頼りにしてくれますよね。トドは すごく人見知りのきつい子で 本当に大変でした。そんなトドに対して 「解放して欲しい」そんな思いから 辛く当った事もしばしば。でも、どんなに冷たくあしらっても 私の事を 必要としてくれていたのです。お掃除をしないから…。料理がへただからって 子どもたちは 親を評価したりはしません。どんなお母さんでも 「大好き」この思いで 笑いかけてくれます。子どもは親に無償の愛。条件の付いていない愛情を 与えてくれていたのです。その事に やっと気がついた私。それからです。ふっと 気持ちが楽になったのは…。でも、残念ながら トドちゃん お年頃につき無償の愛は 半分彼氏に持っていかれてしまっています。ウェ~ンもっと早くに気がついて いっぱい、いっぱい 受取っておくのでした。こうなれば エジソンから しっかりと、しっかりと 吸収しておきたいと思います。と言う事で、私がどうして この事に今まで気がつかなかったのか…。それは 子どもの顔をきちんと見ていなかった事に原因があるのではないかと感じています。最近 本当に子どもの顔を よく見るようになりました。顔って いろんな事を物語っているな~って すごく思います。ちょっと 嬉しい言葉をかけると 恥ずかしそうに笑ってくれます。嫌な事があると しっかりと 顔に出ています。顔を見ていると つぶさに感情を読み取ることができます。そして 相手の顔を見ていると言う事で 私自身の頭が あまり動いていない状態です。なので すっと浸みこむように 感情を受け取ることができます。これには 大感激ですもう一つは たぶん この事が影響しているのだと思うのですが子どもの事で、一喜一憂しなくなったと言う事です。結構 何が起ころうが 淡々としているようになりました。私の中にある今までの経験で 予測してハラハラしなくなったと言うか子どもが何か びっくりするような事や、広く世間の常識の枠に当てはまらないような事をしても、それが、世間の迷惑にならないような事であるならば、先を予測しないで 受け止められるようになりました。う~ん。私の中から 思い込みと言う感情が消えたのかもしれません。例えば 学歴がないと、幸せにはなれない。本当に そうなのでしょうか。この世の中の 成功者と言われる人たちの中には学校が苦手だった人も 多く含まれるのではないか。だったら、今がどうであろうが それが 良い結果をもたらすか、悪い結果をもたらすなんかは 私には判断できない。なので、本人に任せておくしか仕方がない。そんな風に 思えるようになったからかもしれません。ですが人間というものは らせん状に成長していくものらしいので今は 落ち着いている私ですが 又 奈落の底に落ちる事もあるかもしれない。そんな風にも 考える 今日この頃です。
2009.02.07
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