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朝、私がお化粧をしている時に、すんちゃんは洗濯物をえんやこらどっこいしょとかごに入れて、ベランダへもって行く。ママ「ママ、お化粧したら行くからね~」すん「う~~ん♪」ママ「お化粧できた。ママきれい?」すん「ん~~、ピアスしてないから奇麗じゃない!」ママ「・・・」すん「すんちゃんがピアス選んであげるよ♪今日はこれっ!」ママ「これにしよう♪」すん「うわぁ~~!ママかわいい♪よく見せて見せて!うんうん、可愛いよ」そうして、ママは、ピアスをして洗濯物を干している。すんちゃんは、大人になってピアスをするのを楽しみにしている・・・。
November 30, 2005
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幼児が、「バナナ」と言ったら、ほとんどの大人は、バナナが食べたいのかな?どこにバナナがあるのかな?バナナが好きなのね。・・・そんなことを言ったり思ったりしていますよね?人が口にする一言に、いろんなことを思い巡らせますよね?「バナナ」と言ったこと、そのことが「一念」「バナナという言葉を聞いた後にめぐらせていること」は「二念」というのだそうです。「二念」という言葉を岡本吏郎先生のセミナーで教えていただいた時、これだ!と思いました。私の子育ての師匠が、「子のそのままを返す」ということを常に意識するようにと教えくれたからです。子が、「バナナ」と言ったら、母は、「バナナ」と返す。子が靴を自分で履くことができたら、「靴が履けたね」と(という状況を言葉で)返す。ここで、「上手に履けたね!」とか「靴が履けてすごいすごい!」などと言わない。ということなのです。(余談になりますが)「二念をつがない」ということに関しては、岡本吏郎先生の「成功はどこからやてくるのか」(フォレスト出版)に書かれています。ご著書では経営に関すること・自分の人生に対しての内容です。岡本先生には、こういうお話をたくさん聞かせて(読ませて)いただきたいなぁといつも思っています。この、「二念をつがない」ということは、その人のそのままを受け入れることでもありますよね。自分のそのままをありのまま受け入れてくれる人が居るということは、その人の自己重要感(これは、後藤芳徳さんに教えていただいた言葉です)がどんどん増していくことになります。しかし、これは、ほんとに難しい。田岡先生のお父さんが、人を好きになる努力をしていたというお話をされていましたが、ご著書を読んでいて思ったのは、お父さんは二念をつがない ということを(意識されていたかどうかはわかりませんが)実行されていたように思うのです。子(大人に対してもですが)に腹を立てるというのは、結局は自分の「二念」がそう思わせるわけで、子がやった事をそのままを見るというのは、子を好きになるとかならないとか愛情があるとか無いとかではなく、自分も子(人)も、お互いが成長し合えるテクニックとも言えるのではないでしょうか。
November 26, 2005
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ぼちぼち・・・と言いつつ、なかなか続かない日記ですが、毎日何をしているかというと、朝、すんちゃんが「ママ!朝だ!おはよう!!」と元気よく起きると、私もむくむく起き出して、「朝だね。おはようすんちゃん」というと、「ママおはよう!」と言う。すんちゃんが元気よくトイレに行き、布団を上げて、「ママ!すんちゃん朝ご飯何たべようかなぁ!」と言いながら朝食の準備をするのを見ながらフラフラとトイレへ行き、すんちゃんを手伝いながら、お弁当の準備とかをしながら・・・洗濯機を回しながら、朝食を食べて、歯を磨いて、顔を洗ってお化粧している間に、すんちゃんが洗濯物をかごに入れてベランダへ持っていってくれる。お化粧が終わったら、すんちゃんと洗濯をして、おたよりちょうを書いている間に、すんちゃんはトイレでうんちをしたり保育園の持ち物を準備をする。私が着替えている間に、だいたい準備が終わり、保育園へ送って行く。そんな毎日同じような朝を過ごしているわけで、このような日常を送ることが出来ているのは、何を隠そう(隠してないけど)私が居るからなのだ。保育園に始めて行った日から、すぐにこんな日常が始まったわけでは無くて、毎日同じように繰り返す中で、いつのまにかこんなにすんちゃんは成長していた。同じ生活が繰り返されるからこそ、先のことが読めるようになり、自分が(自主的に)動くことができるようになってくる。そして、それが出来るようになると、いろいろな事を発見するようになるし、まわりを見る余裕も出てくる。創意工夫もしていけるようになる。毎日同じ時間に夕食を食べていれば、その頃にお腹が空くだろうし、家に帰って御飯を食べようという気持ちになる。当たり前の事を当たり前に繰り返すことを仕切ってくれる人が身近に居るということは幸せな事ですよね。家庭では母がこういう役目を担っているのでしょう。多分、うまく回っている会社にもそういう役目の人が居るのではないでしょうか。ほんと、私もすんちゃんが産まれてから、成長したなぁ~と最近思います。私の人生・・・生活って、こんな日常とはかけ離れてたような気がするし・・・。規則正しい生活をするように小学生の頃から先生は言っていたような気がするけれど、それが何を意味するのか、全く理解できませんでした。自分のやりたいことは沢山あるのに、時間はどんどん過ぎていくし、他人が寝ている時間に、自分が寝る必要があるのかもわからなかったし、仕事をする時間という感覚も無かったように思う。みんなが寝ている間に仕事をすることも、みんなが仕事をしている間に遊ぶことも、自分の時間を持つことを忘れることもあったから、多分、私のような母親は子育てには向かないタイプなんじゃないかと思います。ただ、それに気づけた事はほんとラッキーでした。そんな事を思いながら、いろんな事を思い出しながら、田岡先生のお話しを聞きました。もう一つ、ラッキーだったのは「そのまま・・・」という感覚を学べたことです。
November 25, 2005
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今回のビジネスようちえんCDは、田岡先生のインタビューでした。田岡先生の著書を読んだ時にも感動しましたが、このCDを聞いた夜は眠れませんでした。 先日、息子を連れて近所の小さなアスレチックで遊んでいました。 息子は、組んである木に片手でぶら下がりながら 「ママ!、どうやって下りようか・・・」 と、少し離れて見ていた私に大きな声で聞きました。 偶然息子の近くにいた、見知らぬ男性が言いました。 「左手に木を持ち替えて、右手でロープを持って!!」 私は慌てて言いました。 「うちの子は、利き手が反対だから!」 「すんちゃん。ロープを持ってゆっくり下りておいで!」すんちゃんは無事降りてきて、その男性は息子さんらしき子供と一緒に別な遊具へと移動して行き、私は複雑な思いでその場を後にしました。その思いの一つは、すんちゃんを心配してくれたその男性に、お礼を言えなかったこと。そして、利き手と量稽古。親の役割。夫婦の役割。そんな事が頭をめぐっていました。田岡先生のインタビューの中で、量稽古についての質問がありました。(このCDを聞いていない方にはわかりにくいとは思いますが)お父さんは、型となる量稽古を自ら特に意識してさせてはいなかった。そのような回答でした。この部分を聞いた時、私は、必ず誰かが量稽古をさせていたと思うのです。たぶんそれは、お母さんではないだろうか・・・と、想像しているのです。お父さんとお母さんに別々な場所で同じ質問をしても、同じ答えが返ってきたと、ご著書に書いてありましたが、そんなお二人の役割分担は絶妙なのです。ところで、産まれてはじめて「書く」時に、人はどちらの手を使うのでしょうか。筆記用具は、右手で持つか左手で持つか・・・。その子が、右利きか左利きか。それは、その子(その子の脳)が決めるそうです。筆記用具をその子の前(中心)に置き、その子が持つ手で書かせる。何度も何度も繰り返しているうちに、右手で持つ時もあるだろうし左手で持つ時もあるけれど、それでも何度も繰り返して、必ず持つ手が決まるまでそれを繰り返して、利き手が決まるというわけです。まさしく、量稽古が必要なのです。日常の中で、量稽古を行う必要があるわけですが、この日常の繰り返し・量稽古は母が適任なのではないでしょうか。そして、量稽古がしっかり行われた後やその最中に出てくる父というのは、もっと別なポイントを指導する存在のはずではないでしょうか。(もちろん、その両方を一人でしてらっしゃる方もいます。とても大変な事だと思いますが、不可能ではないと思います。)続くかも・・・続かんかも・・・。
November 14, 2005
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今日は、水難の日だったようです。すん「ママ!今日はね、下水に足を突っ込んで靴がべちょべちょになっちゃったよ。(←あっけらかんと言う)」ママ「そう・・・。下水に足を突っ込んだんだ・・・。」(臭そう・・・)保育園の防火パレードで、拍子木を打ちながら「前を向いて」歩いていたら、溝に蓋が無くておっこちたそうだ。すん「それからね!牛乳だらけになったんだよ。(またまた、あっけらかんと言う)」ママ「牛乳?」(これも、臭そう・・・)すん「うん。○君と△君がおやつの時にふざけてて、○君の牛乳がすんちゃんにべちょって掛かったんだ。ここからしたが(肩から下)がべちょべちょになったから、全部お着替えしたんだよ。」ママ「そう。お着替え持っていって良かったね。食べる時にふざけるとこぼれちゃうね。」すん「うん!すんちゃん、○君にふざけちゃだめだって言えばよかったなぁ。今度は言うよ♪」ママ「そうだね。」パパ「園長先生が、今日は水難の日だねって言ってたよ。二度あることは三度あるかもよって笑ってた。」ママ「二度有ることは三度ある・・・(笑)」8時に寝たすんちゃんですが、三度目の水難は無くて良かった。。。と思っていたら、今、思い出しました。ほ~~~~んと、久々に、今朝、(ちょびっと)おねしょしたんだよね。布団は濡れてなかったんだけど、「ママ・・・オシッコ漏れちゃった。」と言いながら起きたすんちゃん。あぁ、ちゃんと三度有ったわ・・・。いやしかし、ご本人はすでに忘れていらっしゃるようです。だいたい、朝からおねしょして、臭い溝に落ちて、牛乳ぶっかけられたのに、「今日は、良いこと有った?」って寝る時に聞いたら、「うん♪楽しかった♪」って。この、天然ポジティブ思考は、私にも欲しいな・・・といつも思います。
November 7, 2005
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子供を見つけると、近づいて「あるあるたんけんたい!!あるあるたんけんたいっ!!」と、いきなり叫びながら行進するとか。「ひゅっひゅ~」と言いながら、半分隠れるとか。変なことをしてウケるとやり続けるとか・・・。鬼ごっこでも、追いかけっこでも、自分から辞める事がなくてやり続けるとか。こいつは、なんで人の気を引き付けるためにこんなに体を張っているのだろうかと、実は、親として近くに居るとかなり恥ずかしい。と・・・とりあえず、遠くから(笑)見守っている。クラスに一人くらい居そうな、おちゃらけた奴になりそうな(というか、なってるか)片鱗を感じた時に、漫画に出てきそうな汗が顔から流れたような・・・だいぶ慣れたけど。そんなすんちゃんが寝入りに、ぽつっと言った。すん「ママ、すんちゃん楽しいことがしたい。」ママ「うん。楽しいことがしたいね。どんなこと?」すん「(少し間があいてから)あのね。町の人みんなにお手紙あげたいの。みんなにお手紙書いてね、配りたいの♪」ママ「そ・・・そっか。町の人にお手紙を配りたいんだ。」すん「うん。(といいつつ、寝息・・・)」すんちゃんの頭の中は、完全に私と思考回路が違うようだし、知らない町の人みんなに手紙を配る・・・あぁ、この子の楽しいことは、変わってる(笑)
November 5, 2005
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そろそろお腹の出具合が気になってきました。当然、マタニティー変わりに着ているジャンバースカートがキツクなってくる。私の前をすり抜けるすんちゃんが、「腹」にひっかかる。ちょっと早いけれど、パパに誕生日プレゼントはマタニティーをプレゼントしてもらうことにした。そういえば、産婦人科で・・・私「なんだか、上の子の時より(超音波での画像が)はっきり見えますねぇ。」先生「経産婦の場合、一度お腹が伸びてるから見えやすいんですよ。」私「...もぉ~!先生っ!!」先生「本当なんですよ。教科書的にもそう書いてありますから。」私は、てっきり機械が進歩しているのかと思ったら、そうじゃないらしい。ってことは、お腹が出てくるのも早いっ??でも、先生。本当かもしれませんが、真面目な顔をしてそんな事を言うのは笑えます。思わず、苦笑いしている看護婦さんに「もぉ~~、なんとか言ってくださいよぉ~!」と言ってしまった私です。でも、何も言わずに、苦笑いしてるだけでした。(笑)
November 4, 2005
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光岡のオロチって、ガルウイングなんですね!オープンカーで、ガルウイングだなんて、きゃーきゃー!しかし、このドアで、このひんじは、耐久性は大丈夫だろうか?とか、じっと写真をながめてしまった。でも、私には、でかすぎるかも。ちなみに、デロリアンは、座ったら自分でドアを閉められませんでした。ドアが閉められない・・・と言ったら、女性は助手席に座れば運転手(笑)さんが閉めてくれるよって言われ、それもそうか・・・と思った若かりし頃。でも、やっぱり自分で運転するのがいいよねぇ~。ちなみに、フェラーリなんかも運転席がデカすぎるのよねぇ。もう一度、マツダがAZ-1を作ってくれたら、また、欲しいなぁ。あれは、ほんとデカイ車とは違った面白さ(怖さ?)があったんだけどなぁ。ガルウイングのドアを開けたら、見知らぬ子供が走って見に来たって事もあったしなぁ~。あ~、なんか、わくわくしたなぁ~見るだけでわくわくするような車っていいなぁ~う~ん。でもやっぱり見るだけじゃヤダなぁ~パパに言うと、「エンジンはドコ?スペックは?」光岡って、昔、近くに販売店が有ったんだけど、なくなっちゃったからなぁ~。パパは、試乗した車は今まで買ってるらしいんだけどなぁ~光岡がんばれー!
November 2, 2005
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運動会の季節が過ぎてしまいましたが、乳幼児期の運動会についてまだ考えています。 私は、どんな運動会を夢見て(笑)いるのでしょうか。 まず思いつくことは、小学校の運動会と同じではダメだよねぇ。って事です。 たぶん、小学校の運動会を頭に描きながら「運動会」ってイメージしているんじゃないかと思うのです。 そして、内容もその小学校の運動会をイメージしながら、それを多少低年齢でも出来る程度に考えられてあるように思います。 けれど、先の日記にも書いたように、子供の身体的な能力が一通り成長して学ぶ準備ができる年齢が、だいたい6歳くらいで、だからこそ、小学校(義務教育)は6歳からになっているのではないでしょうか。 ということは、それ以下の乳幼児に対して同じような事をさせるというのは、やっぱり違うと思うのです。 具体的これは違うよなぁと思うのは、運動会の為の練習をする。こと。 つまり、運動会が終われば、その後はやらない。ということをやらせること。 運動を毎日行うことは、とても大切だと思います。 けれども、それは自分の体を鍛えるため。 アウトプットすることがインプットを促進させる、つまり成長していくことに繋がることでもあるからです。 しかし、運動会の為の練習となると違ってきます。それは、日常的に行う運動、自分の能力を高めていくためのものという目的よりも、ハレの日に披露するための見栄えを重視することになります。 だから、やってはいけない事も増えることになりますし、その練習をしているときは、子供は受身になっているはずです。 乳幼児期の運動会は、小学校のそれとは別物であるべきで、日々の生活・日常であるべきじゃないかと思うのです。 でも、それなら、運動会は無いほうが良いかもしれませんね(笑) 日常、日々の繰り返しってほんとスゴイ事だと思うんですよ。
November 2, 2005
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