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新日本プロレス創立30周年記念を目前にした今、長州力一派の集団離脱があるかも(←かなり濃厚)しれません。すでに長州は辞表を提出しました。もともと長州は、学生時代からアマチュア・レスリングのホープであり、プロレスと言うより、プロ格闘技路線となりつつある、現在の新日本プロレスには、生理的に嫌気が差したのかもしれません。表面的には、事実上の筆頭株主である猪木裁定により、後輩である蝶野へ、現場最高責任者の地位を移譲させられた”人事”に対する反抗と見られていますが、私の感ずるところ、根っこは団体の持つプロレス観との相違によるものと思われます。柔道(←坂口征二・新日本会長の出身競技)やブラジリアン柔術(←アントニオ猪木の第2の故郷はブラジル)を基礎とするプロ格闘技は、新日本プロレスの旗揚げ人である彼ら2人にとっては、当然の路線であっても、長州などアマチュア・レスリング出身者にとっては”レスリング”とは、とうてい相容れない、異質な競技と感ずるのかも知れません。長州と同じく、アマレス出身の馳浩などが、早々に新日本を後に、全日本に移籍したのも、無理からぬ事なのでしょう。(←移籍当時の詳細は知りません。私の推測です)向う一年ほど、プロレス・カオスは続くと思われますが、レスラー兼、国会議員でもある馳浩の言う、プロレスの構造改革の全様が、少しずつ見えて来たような気がします。プロ格闘技路線を行く新日本プロレス中心の流れと、純プロレス路線をひた走る全日本プロレスを中心にした流れと、2つに集約されて行くでしょう。以前の、2大プロレス団体の時代は、今や完全なる終焉に差し掛かっています。
2002年03月31日
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今日のテーマは、しつこくもボクシング。そろそろB級グルメのことを書こうと思うのですが。KOで決着のついた、昨夜の徳山昌守vs柳光和博戦。挑戦者の柳光は右肩などの故障で、前の試合より1年3ヶ月ぶりの試合であったとか。そもそも、1年以上も試合をしていない選手が、なぜ世界ランカーなのでしょうか?以前の実績に基づき、という事なのでしょうか。故障していた右肩の影響が試合に、はっきり現れておりました。年間に一試合もこなさない選手が、いきなり世界挑戦というのはやはり、頂けません。怪我からの復帰戦を最低一試合、それも世界ランカーと行い、勝った上で挑戦権を得る、とすべきです。私はテレビ観戦でしたが、横浜アリーナへ詰め掛けた観客は、お金を払って来ているのですから。(←いつも人のサイフを心配する、我ながら変な奴)世間では今回のタイトル・マッチ、徳山の強さを話題にしている。確かに、最近、昨日の徳山は、巧いし強い。けれど、私はあえて言いたい。今回のタイトル・マッチ、はっきり言って、ミス・マッチ。怪我人の挑戦者を、リングに上げてはいけません。
2002年03月24日
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企業の倒産や破産は、やはり厳しいものです。このことは格闘技団体とて、同様です。倒産を扱った先日のテレビ番組の中で、プロレス団体FMW(だいぶ以前に大仁田厚らが旗揚げ)の事を取り上げておりました。プロレス団体といわず一般の会社といわず、経営に行き詰った企業の社長や役員達は、最後には従業員らを残したまま、どこかへ夜逃げ?するかのように隠れ、債権者の元から逃れんとする事が多い様です。その結果、残されるのは従業員で、プロレス団体では、レスラー達という事になります。一方、経営が比較的順調なのが、サスケ社長率いる、みちのくプロレスとパンクラスなんだそうです。といっても厳しい状況の中で何とか頑張っている、というくらいだと思うのですが。苦しい時でも、道場の整備・拡充、若手選手の育成を継続してきた事、興行面では地方での地道な営業活動を怠らぬ事、などが功を奏し、他団体が相次いで活動停止や休止に追い込まれているここ1年ほどにあって、上記の2団体は、至って元気なのだそうです。
2002年03月19日
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昨日の日記へ記載しました、ボクシングの試合におけるまたじゅうの採点結果を、本日の朝刊に掲載された公式ジャッジ結果と比較します。尚ジャッジ3人は、いずれも中立国です。 1R 2R 3R 4R 5R 6R 7R 計ミルハム 小林 9 8 10 10 9 8 8 62(オーストラリア) ムニョス 10 10 9 10 10 10 10 69ラウリ-ノ 小林 9 8 10 9 10 8 8 62(ウルグアイ) ムニョス 10 10 9 10 9 10 10 68ユトラス 小林 9 8 10 10 9 8 8 62(カナダ) ムニョス 10 10 9 10 10 10 10 693者とも小林は、62ポイントで同じでした。この点は、またじゅうも全く同じです。問題は、ムニョス(ベネズエラ、挑戦者)について、2人のジャッジは69で残る1人が68、またじゅうは67ポイントでした。やはり、またじゅうには挑戦者に対するホームタウン・デシジョン(地元びいき)の一面が、わずかに働いたようです。(反省)
2002年03月10日
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つい今しがた行われた、プロボクシングWBA世界S・フライ級タイトルマッチにおける、またじゅうのジャッジ結果を公表します。興味のある方は、明日の朝刊又はスポーツ紙に掲載される公式のジャッジ結果と比較してみて下さい。(←我ながら、すごい度胸) 1R 2R 3R 4R 5R 6R 7R 計チャンピョン 小林 9 8 10 10 10 8 7 62挑戦者ムニョス10 10 9 9 9 10 10 67なお試合は8R、挑戦者ムニョスのTKO勝ちで、小林は防衛できませんでした。また、世界戦における採点方法を知りたい方は、遠慮無く当掲示板へカキコ下さい。(←この自信は、明日の朝刊が配達されるまでのものかも知れません)
2002年03月09日
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おととい買ったスポーツ新聞の半ば、受け売りで恐縮だが・・・。現在のプロレスカオス(←ひんぱんに起る団体や選手の乱立と解散)の原因の一つに、プロレス界の陽極であったジャイアント馬場の他界があげられる。ここでの陰極は、言わずと知れたアントニオ猪木。陽極を太陽(光)に例えると、陰極は月。本来、太陽の光なくして、月の輝きはあり得ないはず。しかし、馬場亡き後、引退もしたはずの猪木は、ここのところ、ますます光を増している。なぜであろうか?引退後、それも還暦近くになって、現役時代以上に若者らの圧倒的支持を取り付けている現在の猪木の不思議さに首をかしげる諸兄も多いと思う。ここで光と陰、つまり陽極と陰極の対抗軸の観点から考えると、一つの答にたどり着くようだ。馬場-猪木の対抗軸は、いわば狭義のプロレス界における対抗軸で、いまや対抗軸そのものが消滅してしまった。では現在における対抗軸とはいったい何か。それは、エンターテイメント・プロレス(←技のキレやパフォ-マンスをショ-として楽しむ、従来どうりのプロレス)と、バーリ・トゥ-ド(←あくまで勝負にこだわり、ルールは格闘技全般に及ぶ総合格闘技)とが、現在における対抗軸となっている。でもって馬場亡き、かつ猪木引退後の現在、エンターテイメント・プロレス界には、主軸に躍り出る大スター(大親分)が存在せず、中親分や小親分のもとに、子分らが烏合・離散を繰り返している。でその間にあって、猪木とK1は、バ-リ・トゥ-ド(総合格闘技)界で図らずも、太陽(陽極)と化してしまった。つまり今の猪木は、かつての馬場の立場に躍り出てしまったのである。皮肉なもので、このことにより、彼の出身母体であるプロレス界はその存在全てが、陰極と化してしまった。馬場ありし時、どうあがいてみても、その存在を超える事ができなかった猪木であるが、時代の要請にも推されて、現在では力道山ー馬場の築き上げたもの全てを、超越した位置に立っている。
2002年03月02日
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