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たまには、政治のことも書いてみます。昨秋ごろ、中曽根元首相と石原東京都知事が、民法のインタビューで、田中外務大臣のことを、論評していた。細かいことは忘れたが、おおむね外相の、大臣や政治家としての未熟さを批判していたように覚えている。外務大臣は、あらためて言うまでもなく、外務省のボスであり、会社で言えば、社長にあたる。従業員の中には、社長と意見を同じくする者もいれば、おもてだっては言わないまでも、社長と異論を唱える者も存在する。しかしその長たる者、あまたいる従業員一人一人を、えり好みで登用したり、個別に喧嘩を挑んでいたら、どんな仕事も滞る。きごころの知れた部下らとは、そのように。一方、気の置けない者たちとは、それなりに。いずれにせよ、その取り巻きを上手く使って、仕事をこなしていかねばならない。今の外相には、まだその力が備わっていなかった。一連のゴタゴタ騒動の原因は、ただそれだけのことだ、と前出の二人が言っていた。
2002年01月30日
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熱があったので行った、病院の待合室で、先ほどやっていたBSニュース。今年中に2試合の同一カードの予定となっていて、世界中が注目していた、プロボクシング世界ヘビー級タイトル戦のレノックス・ルイス対マイク・タイソン戦の記者会見の壇上で、タイソンがルイスに暴行を働いた。リップサービスの域を越え、乱闘となり、コミッツショナーが、タイソンへ、異例で厳しい制裁を与えるようだ。先年は、タイトルマッチの最中に、相手のホリフィールドの耳に噛み付いてしまい(←今も彼の耳は痛々しい状態)、タイソンはもうリングに、上がれないだろう。せっかく彼は、刑務所での務めを終えて出て来て、ファンの皆も、今後の活躍を、見たかったところだったのに、ほんと残念だ。
2002年01月23日
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全日本プロレスに元高校教師で、今は国会議員の馳浩というレスラーがいるけども、彼と似たような肩書きを持つ、大仁田厚とうんと仲が良いかというと、さほどでもない模様。この先生&議員&レスラーの馳と仲がいいのが、かの借金王、安田忠夫。馳は、安田のプロレス・デビュー戦での相手でもあり、そもそも大借金がもとで妻子に見捨てられ、大相撲を追われ、新日本プロレスをも脱会せざるを得なかった、ホームレス同然の安田(←ちょっといい過ぎか?)のめんどうを、この8年半ずっと見てきたようだ。国会議員にも、いい奴いるじゃん!レスラーというより、国会議員馳浩を応援したくなった。一方、年末にアフガニスタンを訪問し帰国した、もう一人の国会議員レスラーの大仁田厚は、この春をめどに、戦後の復興協力のいっかんとして、首都カブールでのアフガン・プロレスの実現を目指しているという。アントニオ猪木との大一番を企画のメインに、すえてはいるが、一方の猪木は、まったくの知らん顔。大仁田のこの企画、もうしばらく見守ってみるか。
2002年01月19日
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以前は家からの手弁当、という時もあったが、ここ数年の昼飯は国道沿いの、あ○○屋だ。安さを売りにした大衆食堂で、ドライブインのようなチェーン店。早くて安いところは、いいのであるが従業員の質には、ちょっと問題がある。普段はだいたい、還暦前後とおぼしい熟女ばかりが5~6人。リーダーと副リーダーと思われる2人が、ここ数ヶ月間、いつもけんかをしている。けんかがエスカレートしてくると、レジに並ぶ客そっちのけで、相手を言い負かすことに熱中しだす。野村サッチ―と浅香光代の、ワイドショ―でのあらそいを、そっくり大衆食堂へ、場所を移したって感じでやり合っている。極め付けは、顔見知りの常連客を、それぞれの援軍に引き込もうとしておじんギャグならぬ、おばんギャグを言っては、あいそを振りまく。ほぼ毎日。俺、これから飯食うんだけど・・・食欲がなくなる熟女のギャグ。あ~ぁ、あ○○屋食堂の社長さん、20代のウェイトレスとは言いません。従業員採用の上限を、せめて30代~40前後の人妻までにと、してくれたらなぁ。ここが田舎のつらいところ。熟女の人口密度が、目に見えて高いうえ、食べる場所を変えたくとも、他に手頃な店もない。最近私は、午後になると胸焼けがする、そんな日々が続いている。
2002年01月14日
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今の私は畑屋なんだが、かつては田んぼ屋でもありました。但し当時は現地人(お百姓)ではありませんで、土地改良事業というものを相手にした設計屋でありました。元来、ネクタイをして製図板に向うことよりも、現場へ出向いて、どろんこしてる事を好んだ、ちょっと困った設計屋でありました。一方、当時住んでいた家の近くに米屋があった。残業続きで、今よりいくぶん金もあったので、その米屋で一番高いぶるいの、魚沼産の有機米というのを買って、食べてみた。かなり、かな~り、うまい!こしひかりはこしひかりだが、それまで食べてたのとは、全く違った。しばらくして、ある上司と仕事で、現場へ行くことになった。その人は○庁農林部のOBで、農作物について、けっこう詳しい人だった。その時、上司から聞いた、金をかけずにうまい米を手に入れる方法とは、まず南北に流れる川を見つけて、そこを河口からさかのぼる。平地や平野の終わる所まで。で、山の尾根と尾根に挟まれた谷地(やち)と呼ばれる谷あいに広がる田んぼ(谷地田)を探し出す。次に湧水があるところを好んで広がる杉林を見つけることが肝心。日当たりがよく、南北に開けた谷あいの、かつまたきれいな湧き水のある杉林の脇の、谷地田と言う田んぼで、獲れた米ならば、当たりはあっても、はずれは、ないらしい。その後、これと同じことを、仕事で新潟へ行った折にも耳にした。職場で実践しているような同僚もいた。しかし私は、試したことがない。本当かどうか、どなたか、お試しあれ!
2002年01月11日
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小川の勝ちと言うより、健介の反則負け。純粋なプロレスと違い、一発の打撃で、勝敗が決まりかねない総合格闘技において、健介はゴング前に、小川の顔面へワンツーを見舞い、ダウンさせた。ただでさえ、ルールが確立していない、総合格闘技の試合で、試合の始めすら待たずに、手を出してしまった健介。馬鹿な事をしたものだ。今頃、藤波社長と猪木の両者によって、プロレスの試合と思い違いした彼の脳天に氷水が、かけられている事だろう。入場した約5万人のチケット、半分くらいを彼が一人で、払い戻すべきだと、私は思う。新日本プロレスという、自分が所属する会社のメンツの事しか、眼中になかった健介。高い金を払って見に来ていた客や、TVの前のファンの事など、二の次となっていた。人気があるからって、客やファンをなめてはいけない。この際、藤波社長は、甘やかす事なく、厳しく健介に責任を問うべきだ。いわんや、彼に同調する若手など、出さない様にして欲しい。このくらいの精神力を、健介に持たせなる事なくば、次の試合で、とうてい小川になど、歯が立つわけがない!今ここで健介に、借金を背負わせれば、安田と同様、短期間で見違える程の、パワー・アップを期待できる!今後の彼の活路は、ここにある。
2002年01月06日
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腹をすかせた馬の目前に、好物のニンジンを下げて、頑張らせるでももし馬が満腹だったら、ニンジンめがけて、走るだろうか?年末年始、馬鹿な事をしてました。猪木祭りを録画して、何度も見返すなんて事を。これまで、私の美学は、一期一会(のつもり)だった。戦う選手に、タラレバはない。観戦するファンとて、これは同じ。でも、いいか、正月だから。レバンナ・ファンへ、先に謝ります。ごめんなさい。けど私、けしてアンチ・レバンナではありません。レバンナはフランスの自宅に、結構な練習施設を持っておりますなおまけにそこへ、シャムロックという専属のトレ―ナーを雇い入れて。一方の安田は、メイン・イベンタ―である140キロのレスラ―に似合わぬ小さなアパートに住み、練習はアメリカの西海岸まで出向いての、いわば出稽古。自己が雇い入れるトレ―ナーは、雇い主でもある選手に対し、本気の苦言や弱点の指摘が、できるものでしょうか?どこかで遠慮や妥協が生じるものだと、私は思っている。安田の出稽古は、一種の道場破り。弱点やスキあらば、けちょん、けちょんに、やっつけられて、返り討ちの憂き目に会うことも、少なくはない。異種戦、それも、立ちわざの打撃系とグランド主体のプロレスという、かなり異質な競技の、他流試合。何度ビデオを見直しても、ゴング以前の2人の練習方法に、勝敗の分かれ目が存在した事実は、否定できない。録画してある方は、週末にでも再度、見ていただければ、この事がよく解ると思う。技術的には(私も有段者のはしくれとして)、第一ラウンド、レバンナから仕掛けたけさ固め、あれじゃぁ、だめです。レバンナは、決め方や押さえ方を知らずに、グランドやっちゃいました。あのレベルであれば、シャムロックをトレーナーに雇うよりも、田村亮子や神取忍を雇う方が、ずっと良かったです。冗談で言っているのでは、ありません。レバンナは、もし今後もグランド系の試合に出る気なら、鋭い決めわざを持つ彼女らの指導を、絶対に仰ぐべきです。それと140キロの安田と、自身の119キロ、という体重差を甘く見ていた。レバンナは日頃、100キロ前後の相手と戦ってきた訳で、20キロのアドバンテージが常時、自分の側にあった事実を、忘れるべきでなかった。今回の試合では、いつもとは逆で20キロ、対戦相手の安田の方が重かった。レバンナから見て、いつも自分にあるはずのアドバンテージが、今回は相手の安田にあったのだ。この事は誰でも、自分より20キロ重い相手と、取っ組み合いをしてみれば実感できる。私の場合だと、自分より20キロ重い相手に、試合で3分間も上半身へ乗られるとだいたい、1000m走った直後と同じ位、息も絶え絶えになる。レバンナは1ラウンドに決めきれず、2ラウンド初めからは逆に、2分半ものあいだ、安田にそれを許してしまった。それも第1ラウンドの安田と違い、ほとんど無防備な状態で。少々の柔道経験など、安田というレスラーに通用しない事を、1ラウンドで悟るべきだった。2ラウンド以降を、タックルが来ようが、張り手が来ようが、徹底した打撃で戦う策に切りかえなかった、彼の陣営のミスだった。ラウンドの合い間に、この事をレバンナや彼のセコンドが見抜けなかったのは、ひとえに彼が安田よりも金持ちで、セコンドは彼のお抱えだったから。私は、けして、彼や金持ちの、皮肉を言いたいのではない。打撃力という”宝もの”を持つ、彼の潜在能力が、惜しくてならないだけなんです。彼の”宝もの”を復活させる為、石井氏は当分のあいだ、彼のファイトマネーを思いきってフランス人のサラリーマン並に、引き下げる事がいいと思う。ハント戦に続いて、メイン・イベンタ―が2連敗したのだから、このくらい当然だし、長い目で見れば、きっと彼の為になるはずだから。そういえばハントも、上背はないものの、体重は123キロと、レバンナを上回っていた。ともかくレバンナ、今後も異種戦をするのならば、グランドは、やらない方がいい。それともう一つ、石井氏はともかく彼を貧乏へ追いやって、自分でトレーナーを雇う事などできないようにして、でもって彼が、仕方なしに他流派へ出向き、こうべをたれて、礼を尽くして、出稽古するしかない状態を作ることで、彼のハングリ―根性を思い出させるべきだ。金持ちになったがゆえ、弱くなってしまった格闘家が、自分のみならず妻子を含めた生活に窮するまで、落ちぶれた結果、一気に輝きを取り戻した選手を、私は安田以外に、何人も知っている。けれど、男である私は、もし女に生まれ変われたとしても、そんな男の女房になど、決して、なりたくはない。 まっぴら、ご免だ。
2002年01月03日
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謹賀新年、2002年の幕開けです。関取時代にギャンブルで作った、億単位の借金がもとで別居中の15才になる娘に、自分の試合のチケットを渡そうと、待ち合わせた公園で、焼き肉店へと誘った父安田。誘れた娘の方は、とんでもないと、あとずさりしながら首を横に振っていた。レバンナをギブアップさせ、番狂わせで勝ってしまった安田は、まな娘を肩ぐるましたまま、四方のコーナーへ登って勝利のおたけび。私の記憶の中でこれを最初にやったのは、たしかガッツ石松だった。生れて間もない彼の娘を、よくリングに上げていた。結局マクドナルドへ行く事にした、安田親子。父はやっとの思いで、娘に自分の試合のチケットを、渡すことができた。15才ぐらいだと、親父を近づけたくない年頃なためか、それともいくら実の父親とはいえ、離れて暮らす193cm 140kgのプロレスラ―と2人だけで焼き肉店へ行くという事は、若い娘にとって驚異を感ずるものなのか、あの時の親子の会話と、娘の凍りついた顔の表情は見ていて、かなりおもしろかった。試合後リング上で、勝ち名乗りをあげる父親にかつぎあげられ、共にファンへあいさつさせられていた、15の娘。これから先、あの子をデートに誘う男は、いるのだろうか?なにせレバンナをKOした、プロレスラ―を父とする娘に声を掛けれる男が多くいる、とは考えにくい。安田は、自身が試合で勝つ事と引き換えに、娘の幸せを奪ったのかもしれない。今ごろ彼女も、リングに出なければよかった、と後悔しきりだろう。それはそうと、こうなると安田は次の試合、ファイト・マネ―は破格になる。うまくいけば、億の借金を一度に返済できるかもしれない。あそこまで強くなった安田に、専属のトレーナーは、もういらない。猪木軍総帥のアントニオ猪木は、今のうちから安田に、専属の公認会計士を付けておくべきだ。ハングリーで強くなり、満ち足りて弱くなるのが、格闘家の常なのだから。みなさん本年もご賛同、よろしくお願い致します。 平成十四年一月元旦
2002年01月01日
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