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日本海側一帯の豪雪はたいへんな事態となっているようだ。政府は何をしているのだ。自衛隊を派遣するなり、早く除雪の手を打つべきではないか。自治体からの要請を待っている場合ではないのではないか。自治体は乏しい財布を握り締めて、あたふたしているに違いない。 この国の政治家は、何事につけて、機転がきかず、行動も鈍い。ずる賢さは人一倍だが、国民生活の危急には知恵もまわらないというわけか。 内閣は首をすげかえてみたところで、たいした雁首がならんでいるわけでもないし、小沢だ仙石だ管だと騒いでも、そんなのは身内の腐った魚の小競り合い。国政とは無関係。 いかにも政治をしているようなフリをしているが、国民だっていつまでもそんな馬鹿を見物しているわけにはゆかないのだ。アラブ諸国のようなクライシスとまではならないにしても、日本の飼いならされた若者も、いざ将来のことを考えなければならない時が来れば、新燃岳ではないが爆発的噴火をしないともかぎらない。国民の財布に手をつっこんで、のうのうとしている「政治屋」は吊されるだろう。そうだ、そこのあなただ!
Jan 31, 2011
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サッカー・アジアン・カップ決勝戦、やっぱり見ましたよ。見ないわけにゆかないじゃないですか。ソシテ、・・・よかったー、優勝したー! ハラハラする場面もあったが延長戦まで0対0でもつれこみ、その延長戦の前半15分(アデッショナル・タイム1分)も両者共に無得点。そして後半戦。開始まもなく日本は二人目の選手交替。前田に替わって李忠成が投入された(一人目は後半11分に藤本を下げて岩政を投入。同時にザッケローニ監督は長友を前に出した)。民放の方の(NHKBS2も中継)解説者のひとり都並氏が、「奇跡が起るのではないかと思いますよ」と言ったが、なんと、6分頃だった、長友の左サイドからのボールをまさにその李忠成がこの上ないほどの美しいシュートで決めた! ほんとうに素晴らしいヴォレーシュート。 よし、これで残り9分を、ゆっくりプレーしながら耐えぬけば勝利を手中にできる! そして、残り2分。オーストラリアが日本のゴール前で日本から反則キックを得る。かつての「ドーハの悲劇」が頭をよぎる。所も此処はドーハ。 オーストラリアが、蹴る。日本チームの壁が揺れる。ボールは? 日本はみごとに弾いた。 その途端、ゲーム・オーバーの笛が鳴った。勝った! 勝ったよ、2大会ぶり4度目の優勝だ! 李がザッケローニ監督に駆け寄り抱きつく。本田も監督に抱きつく。歓喜の波がチームにとよもす。 そのころ東京渋谷の駅前交差点は、応援していた人たちが怒濤のように歓喜の渦を巻き、W杯以上の盛り上がり。警官たちも制止できぬほどだったとか。・・・ドーハの球技場では、祝賀の金色の紙吹雪がピッチの芝生をおおいつくしていた。
Jan 30, 2011
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昨日今日、東京も、雪こそ降っていないが、冷え込んで、寒い。明日の天気予報は、日本海側も九州方面(福岡、熊本、鹿児島)も、曇から雪に変りそうだとか。 そうそう、宮崎県都城市の新燃岳の52年ぶりの爆発的噴火は大変な様子。厚く火山灰が降り積った野菜畑の被害は甚大なものになりそうだ。 さて、私はあいかわらず忙しい。週末になるといささか疲れがでてきて(こんなこと公表したくはないが)、さきほど、居間ですこし横になって見るともなくテレビをみていた。右手で頭につっかい棒をするようにしていたのだ。すると、いきなりガツンと、ひたいに何かがぶつかった。・・・いや、そうではなかった。じつはいつのまにか居眠りをしていて、右脇腹を下に横になったそのままのかたちで、前のめりに倒れて座卓の縁に頭をぶつけたのだった。意識もなく倒れてぶつかったので、痛いのなんのって。・・・先日も、ショップのガラス・ドアにつっこんで行き、ひたいと鼻をおもいっきりぶつけたし。まったく、なんというザマでしょうナ。 てなわけで、はやく就寝したいのだが、一方、もうすぐサッカー・アジア・カップの決勝戦がキック・オフだ(ちょうど午前0時に)。日本とオーストラリアとの決戦。見る、見ない。私は、ハムレットのように、悩んでいる。
Jan 29, 2011
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25日におこなわれた荒俣宏氏との対談のもようを少し書いておこう。 雑誌用のツーショット・スティル写真を10カットばかり撮影した後(この間にもビデオは回っていた)、立ったまま昔の話になり、編集局の岡田氏が「ひとまず坐ってください」とセッティングしたソファをすすめる。昔の御縁があるとはいえ、ほぼ40年ちかく経っての初対面。しかし初めてのような気がしないのは、荒俣氏のお人柄のせい。 打ち合わせもせず、そのまま対談に入って行く。 テーマは、精神病理学的にみた幻想絵画を中心に、マージナルな領域まで見据えた、実際の画家である私の見解・・・というのが、あらかじめ岡田氏からの提示だった。しかし、そのテーマに荒俣氏がはたしてどんな切口で来られるか。なにしろ博識と厖大な蔵書・博物学的コレクションで知られる荒俣氏である。私は一応、どこから来られても・・・の、つもりで、実物の絵画作品や写真、メモ等を持参してはいた。荒俣氏は編集部が用意したノート・パソコンで必要なデータを呼び出しながら・・・ 荒俣氏は、「さしつかえなければ、山田さんが絵をお描きになるそもそものきっかけをお聞かせいただけませんか」と切り出された。 よし、それなら・・・と、私は心中に思い、そこから幻想絵画や精神病者の作品への関心へつなぐことができる、と思った。荒俣氏のリードのうまさである。荒俣氏の術中にはまってゆく心地よさ。 やがて話は佳境にはいり、おたがいにゴッホを論じ、ボスを論じ、ムンクを掠め、リチャード・ダッドに至り、ウェインに至り、ヴェルフリからネター、ベツレム精神病院のコレクションについて、ロンブロゾの分類について、そして、遠近法と意識の立ち位地の問題から無重力状態におけるあたらしい文体の可能性の話、ヤング率からポリゴン空間の話、油絵の具の材料学的見地からの精神病理学的見解に対する検証・・・話は尽きない。 休憩をはさむこともなく3時間有余。途中で岡田氏がストップをかける。荒俣氏は、「それではこのへんで纏めるととしまして」と言いながら、私たちは再び話しはじめる。岡田氏が止めること都合三度。 「ありがとうございました」とお互いに言いつつ立ち上がり、また二三の話題に・・・ あとから私は、雑誌に使えるのかしら?と、あまりにあちらこちらに話が行ったことを心配になった。録音を文字におこしたのち、荒俣氏が原稿をおつくりになる。3時間有余におよんだ対談を雑誌用にビシッとまとめられる荒俣マジックが楽しみである。
Jan 27, 2011
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きょうは角川書店で雑誌『怪』の荒俣宏氏の連載対談にゲストとして招かれていた、その対談をした。荒俣氏のリードがすばらしく心地よく、おたがいに話しがはずんで、予定時間を超えて3時間半におよんだ。まだまだ話し足りない思いをのこしながら、また別の機会にということで終了した。 雑誌に掲載した後、単行本にしたいとのこと。また対談の様子を角川書店がビデオ撮影したので、いずれ部分的にも何等かのかたちで一般公開の予定とのこと。 対談については、明日、もうすこしこのブログでのべることにする。
Jan 25, 2011
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寝たきり状態の老母だが、近頃、ほとんど本当に眠りつづけるようになった。呼び掛けると「ハイ」と即答するけれど、話すこと自体がおっくうなのかもしれない。リハビリの訓練時も、体はくずおれることもなく、首もしゃんと立てて座位をたもっているのだが、目をあけはしない。ボケもせず、認知症と判断されることもなく来ただけに、なんとか意識をめざめさせたいという家族の思いである。 そこで、私は、昔からの童謡・唱歌のCDを買ってきて、ヘッドホーンでそれを聴かせる試みをはじめた。母も知っている、子供のころの懐かしい歌。「赤とんぼ」や「赤い帽子白い帽子」や「お正月」、「早春賦」や「砂山」や「汽車ポッポ」等々、24曲がはいっている。看護士さんも、「それはいいアイデアですね。期待しましょう」とおっしゃる。医師も、「音楽を聴きながら眠っていてもいいのです。それでも脳は刺激されていますから」と。 さて、どのような行く末がまっているのか・・・
Jan 23, 2011
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きょうは忙しい時間を縫って少し勉強して過した。というのは、作家で博物学者の荒俣宏氏から対談の申し込みがあった。荒俣氏は、角川書店が刊行している雑誌『怪』で、「荒俣宏の脳内異界探偵」と題した対談を連載しておられる。その次号のためのゲストに私を招いてくださったのだ。精神病理学の見地からみたアウトサイダー・アートと幻想絵画について話し合いたいとのこと。もちろん喜んでお引き受けした。25日火曜日に御会いする。 私は昔、20代の頃に、荒俣氏が団精二というペンネームで外国小説を翻訳されていたとき、『怪奇と幻想』誌でその翻訳小説に挿画を描いたり、荒俣氏と紀田順一郎氏が共同企画編集されたドラキュラ叢書全10巻(国書刊行会刊)のうち全8巻のカヴァー画と挿画を担当させてもらっている。この叢書からの2册、『幽霊狩人カーナツキ』と『妖怪博士ジョン・サイレンス』は、後に、角川書店のホラー文庫に入った。ドラキュラ叢書の完全揃いは古書市場でなかなかの高値だが、角川ホラー文庫のほうは入手しやすいようだ。いずれにしろ、私がイラストレーターとしてのほぼ出発時点で荒俣氏とは御縁をいただいていた。が、じつはいままで40年近くお会いすることはなかった。今回の対談が初対面となる。それで私は楽しみなのだ。
Jan 22, 2011
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朝日新聞の本日の夕刊に、東京・初台の新国立劇場中劇場の現在上演中の芝居について批評が出ていた。ソーントン・ワイルダー作『わが町』。翻訳・水谷八也、演出・宮田慶子、出演・相島一之、佐藤正宏、中村倫也、佃井皆美、小堺一機、斎藤由貴、鷲尾真知子、他。 「おや!」と私がそれに目をとめたのは、このブログにも書いたことだが、昨年のある時期、私は原書でソーントン・ワイルダーの戯曲集を読んでいたからだ。『わが町』は一番面白かったのだが、しかし、時代は1901年から1910年、日本の元号にすると明治35年から明治43年の物語。いかにも古い。その頃日本では何が起っていたかというと、前年の1900年には立憲政友会が結成され、1901年には星亨が暗殺され、与謝野晶子の歌集『みだれ髪』が刊行されている。翌1902年には、あの八甲田山雪行軍遭難事件があり、1904年に日露戦争が始った。・・・そんな時代のアメリカはニューハンプシャー州、グロヴァーズ・コーナーズという小さな町のある家族を中心とする物語。 ・・・ふーん、新国立劇場がねー、というのが私のつぶやきだ。時代は変っても人間の生死にまつわる感情は変らないというところか。わざわざ英語の原書で読んだ自分のことを棚にあげて、日本の演劇界は何をやっているのだろうと思った次第。しかも、私の感覚では、この芝居、中劇場というより小劇場向きだと思うがなー。 あっ、こんなことを書いているうちに、サッカー・アジア・カップの準々決勝日本対カタール戦が始ってしまった。見よう、見よう。
Jan 21, 2011
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夜空に満月(?)が、あかるく輝いている。物置の扉を開け、金属製の大きな抽出式ロッカーに保存しているレコード盤のなかから、現在準備中の仕事の資料とするレコードをとりだす。スペインの音楽集団が演奏したちょっと珍しい15世紀の音楽のレコード。たぶんこの音楽を実際に演奏した唯一のレコードであろう。 戸外は寒い寒い。たしか明日は大寒である。・・・私は、今夜はもう寝ることにする。きょうも早朝まだ暗いうちから一日中なんだかんだと忙しくしていた。ただいま23時30分を過ぎ、眠くなってきた。
Jan 19, 2011
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昼食用のフランスパンをいつものようにドンクへ買いに行き、ついでに古本屋へ立ち寄った。すると、セレンディパティ! 大乗仏典集の「龍樹論集」がほんの店先にあるではないか。売価は、なんとたった210円! 買わないわけにはゆかないよ。ついでにと言っちゃ悪いが、隣に並んでいた辻邦生氏の構想30年という歴史小説『西行花伝』も買う。こちらは105円。 金を払うとき、一段高いところに陣取った若い店主が笑いながら、「金額のわりには重いですよ」と、2册の本を紙袋にいれてくれた。A5判の本は2册で厚さ5cm。たしかに315円にしては重い。私も笑った。 目下の仕事の資料にはならないが、しかし私にとっては掘り出し物。serendipityである。 ちなみに龍樹の論集はサンスクリット語の原典は伝わっていないので、漢訳で読むしかない。そしてそれを読もうと思えば、一般の読者は(仏教系大学関係者は別にして)、東京ではおそらく国会図書館が所蔵する厖大な「大正新修大蔵経」によるしかあるまい。きょう私が購入した本は、昭和49年に中央公論社が刊行した現代語訳大乗仏典全15巻のうちの第14巻である。この現代語訳も「大正大蔵経」を底本にしている。 私は論文『「さゝめごと」に現われた「十識」について』を執筆したとき、「大正新修大蔵経」の漢訳を読んだのだった。(この論文はフリーページに掲載しています)
Jan 18, 2011
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きょうもほぼ終日、資料作成。つくっているうちに、もっと良質なもの、もっと適切なものはないかと欲がでてくる。これは毎度のこと。 こういうときに、思いがけずにパッと必要なものを入手すること、その能力を、英語でセレンディパティ(serendipity)という。一般的には掘り出し物が上手なことをさすのだが、どうやらもっと特殊なセンサーをそなえてのことらしい。 じつは、・・・内緒だが・・・私はなかなかのセレンディパティなのだ。フフフ。ほしい資料が、なにげなく手にとった本の中に見い出したり、散歩の途中に通りかかった古本屋の安価本の上に放り出されていたり、翌日の新聞の小さな囲み記事のなかにヒントがあったり・・・これまで数限り無い幸運にめぐまれてきた。 もちろん、そんなことを期待しているわけではない。そのものは、パッと目の前にあらわれるだけだ。 さあ、仕事だ、仕事だ!
Jan 17, 2011
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きょうは昼すこし前に家を出て、久しぶりに2時間半ほどサイクリング。体力を養っておこうと言うわけだ。時間の余裕がほとんど無いので、少し時間ができたので飛び出した。 考えごとをしていたので、途中でちょっと立ち寄った店で、とんでもないことをやらかしてしまった。大きなガラスのドアに、そのまま歩き進んで、おもいっきり顔をぶっつけてしまったのだ。自動ドアだと無意識のうちに思ってしまったのか、それとも、ちょうどヒラメイタ考えに気をとられていたのか・・・額をガッツンと、鼻をペシャンコに。「グェ!!」なんて声をあげちゃって。・・・店の人が中から見ていたっけ。私は何気ない顔をして、「こんにちは!」。帰りにその人が、「きょうは寒いですね」だって。「寒いですねー」と私。 帰宅してから、仕事場に入って資料作り。サイクリングしながら考えたストーリーに添ってポイントごとに資料をコピーしてそろえて行く。この作業、4,5日はかかりそう。しかし、そうやっているうちに、揺れ動きあいまいだった考えが明確な形をあらわしてくるのだ。それが楽しいのである。
Jan 16, 2011
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冱てる日や電話の友は老いにけり 青穹 底冷えや沸々たぎる小豆粥 合格を祈願する子の魂古典
Jan 15, 2011
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ここ二三日たいへん忙しく、ブログの更新をできなかった。明朝も5時から仕事。そこに某大出版社から、とても面白い企画のオファーがあり、即刻、やらせてもらうことにした。ただいま日程を調整中。この件はまた後日公表できるであろう。すこし準備をする必要もありそう。
Jan 13, 2011
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成人の日に 弓張や時を射放ち冴えわたり 青穹 若人に光陰の矢は見えずして 中天に月冴えわたり影ひとつ
Jan 10, 2011
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然るとき然る薬師堂にて 寒風に涙にじむや初薬師 青穹 雪踏みつ手燈列なす初薬師 吾ひとり村びと似する初薬師
Jan 9, 2011
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新月の鎌の刃凍る松おさめ 青穹 腰折に若菜集む野冬ざれる
Jan 8, 2011
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騎初(のりぞめ)や飛行機雲は連理なり 青穹
Jan 6, 2011
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描きかけの絵を後ろ背に寒の月 青穹
Jan 5, 2011
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日月の四十五億松の今日 青穹 観自在わが魂飛んで初笑
Jan 4, 2011
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初夢や大日力(ソウラーエナジィ)を弁ずかな 青穹 静けさや弟ら去りて三ヶ日
Jan 3, 2011
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(一月元旦) めでたさや秀衡椀の雑煮かな 青穹 若松の針の葉先の初日かな
Jan 2, 2011
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Jan 1, 2011
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