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大谷翔平選手と山本由伸選手が所属するロスアンジェルス・ドジャースが ニューヨーク・ヤンキーズを下してWSを制覇した。 この頂上決戦は1戦から3戦までドジャースが連勝。4戦目で決着がつくかとドジャース・ファンは期待したが、そうは問屋が卸さなかったヤンキース。4戦でドジャースは大敗を喫した。 そして今日の第5戦。早々に点を取ったのはヤンキース、5点のリード。史上初めてのゲーム・フィックスさへ予想された。ところが、5回目にヤンキースに三つのミス。ここでドジャースは追い上げ、イーヴンに。6回にヤンキースが1点返してドジャースはビハインド。そして8回にドジャースが2点を追加し7対6でリード。9回、先行のドジャースは第3戦の勝利投手ビューラー選手が登板。ヤンキース、1,2塁にランナーを置いての打者。これをビューラー投手は見事に三振に打ち取り、ついに162試合の長い戦いのすえの頂上決戦に決着をつけた。 ドジャースは4年ぶり8回目のチャンピオンに輝いた。エンジェルスから移籍して1年目の大谷選手はWSを制覇することが悲願だったと言われていた。また山本選手はオリックスから今季ドジャースに移籍して、そのすばらしい投球ぶりでたちまちアメリカの野球ファンを色めきたたせ、そしてこの優勝である。【第5戦】 1 2 3 4 5 6 7 8 9 計ドジャース 0 0 0 0 5 0 0 2 0 7ヤンキース 3 1 1 0 0 1 0 0 0 6
Oct 31, 2024
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近頃は1日3回、ときには4回の落ち葉掃き。その色合い・・・植物の持つ色合いに見惚れながら。自然の色には濁りがないと思いながらである。 落ち葉掃き顧みれば早や散りぬ 青穹(山田維史) 舞い散りて秋舞い散りて色重ね
Oct 30, 2024
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我が家の小庭は樹木の種類は多いが花は少ない。そのなかでクサボケは最も早く咲く我が家の春の花である。紅色の花が数え切れないほど咲く。ところがその春の花が、いま、たった一つだけだが赤い小さな蕾を付けている。秋も深まり色づいた枯葉がしきりに舞い落ちているのに、豆粒ほどの赤い蕾だ。これはどうしたことだろう。こんなことは長年の間に初めてである。・・・いや、そういえば、夏の野花であるヤマジノホトトギスが次々に咲いている。一昨日までは気配もなかったのに、今朝は紫の星のような花が咲いていた。いまの場所は日当たりが良くないので時季をみて移植しようかと思っていたところだ。やはり野草であるミズヒキはもう花の盛りは過ぎて、いまは枯れるばかりだ。ミズヒキは何かの虫にとっては美味しいのか、大きめの葉には虫食い穴がたくさんあいている。なかなか繁殖力が旺盛で、1年ほど経てばあちこちに増えている。一本の細い茎に胡麻粒のように小さな赤い花をたくさん付ける。 昼頃に降っているか降っていないのか分からないほどの雨が、夕方には本格的に降り出した。台湾以南の海上に台風21号があり、次第に北上して1日頃には西日本に暴風雨が予想されている。2日には東日本も大雨となりそうだ、と。気象状況は自然の営みであるが、その過酷な状況は人間の営みに起因していると言えなくはない。
Oct 29, 2024
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午前中に衆議院議員選挙ならびに最高裁判事審判の投票をしてきた。私の意見はいまの時点で書くべきではないだろう。開票は今日中におこなわれる。
Oct 27, 2024
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午前中に電動自転車で3時間ほどの外出をした。帰りの山登りの急坂道を電動自転車ながらペタルを漕いで登ってこれる力はある。そこまでは良いのだが、午後になってやはり疲れがでたのか眠気が差してきた。ベッドに横になって、ひさしぶりにヘミングウェーの短編『Old Man at the Bridge』を読み、つづいて『Up in Michigan』を読んでいるうちに、本を胸の上におとして眠っていた。昼寝などほとんどしないのに、歳は争えないと思った。このブログ日記でも事あるごとに79歳だと書いていて、私はもう随分以前から「老人」を自称してきた。じつのところ肉体的に「老衰」したとは思っていないのだが、容貌の「老人」は肉体の内部にもちゃんと現れているのである。 ところで、浪曲師で演歌歌手の二葉百合子氏は、御年93歳だそうだ。私はたまたま二葉百合子氏が昨年92歳のときにTV出演されて『岸壁の母』をセリフ入りで全曲歌われたのを、YouTubeで聴いた。いや、驚きました。真の芸道者とはこういうものかと、そのまったく衰えのない歌声、張り、明瞭な言葉・・・その迫力に、私は涙が滲んだ。私の見聞したリストには、たくさんの「本物」がある(いる)。私はそれらの人たちだけを心中に見つめてきた。その人生。その生き方。その思想。その死に際のあり方。その死に様。・・・そして、「老い」をものともしない本物だけに備わった「精進」の証を、二葉百合子氏に見た。 二葉百合子氏92歳の『岸壁の母』
Oct 25, 2024
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Oct 24, 2024
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ボイルドエッグ社長の村上達朗氏が亡くなった。享年71。 村上達朗氏はお若い頃、早川書房の編集者だった。私の記録によれば1979年(昭和54年)にお会いして、村上氏が担当してくださり最初の仕事が始まった。『イギリスミステリ傑作選』全15巻である。これはイギリスでミステリ・ファンへのクリスマスの贈り物として毎年刊行されていた書き下ろし短編集の翻訳本だった。その74年版が第1巻であったが、早川書房版はオリジナル版の刊行順序を変えて、75年版を最初に刊行した。総合書名『ポートワインを一杯』である。私は村上氏との第一回目の打ち合わせで、それまでの各社のミステリ本の装丁がやらなかったであろう「静物画」で装丁してみたいと提案した。もちろん小説の内容からまったく遊離したものではなく、付かず離れずの静物画である。村上氏は即座に賛成してくれた。私は最初に刊行する巻に、ミステリ小説の祖と目されているエドガー・アラン・ポーへのオマージュとして、彼の肖像画を小さく描き、グラスに入った一杯のポートワイン を捧げた。 ・・・こうして『イギリスミステリ傑作選』全15巻の刊行が始まった。 1年ばかり後、この仕事と並行して早川書房版ディクスン・カー小説集を手がけることになった。担当編集者はやはり村上達朗氏である。 じつはこのディクスン・カーを始めるにあたって、村上氏が少し冗談ぽく、しかし内心に動揺を隠しているような口調で、私に文句を言ったのである。 村上氏がディクスン・カーの話を私に持ち込む少し以前から、私は東京創元社版のディクスン・カー小説集を手がけ始めていた。同社の戸川氏が拙宅を訪れてのオファーだった。戸川氏は、「早川さんでやられているイギリス・ミステリ傑作選のような、小説内容を直接に示すような絵ではなく、静物画のような暗示的な装丁画になりませんか」と言った。東京創元社版の私が担当した装丁画にはそんな経緯があった。 村上氏は私と会うやいなや開口一番、「ひどいじゃないですか、ウチでもディクスン・カーを山田さんにやっていただこうと準備していたんです。当然やっていただけるものと思っていましたので、発刊が決定する直前まで山田さんには黙っていましたが、・・・東京創元社さんのを見てびっくりしました。私は今でも山田さんにやっていただきたいので、これから会社で会議を開き、結果は後日ご連絡します」 この話には私もびっくりした。結局、早川書房版ディクスン・カーも私がてがけることになった。ただし東京創元社版とは画風を変える。私が提案したのは、全巻共通のモチーフとしてタロット・カードを使うこと。さらに、当時流行していた「白い」表紙にする。当時、白は、たとえば銀座の新築ビルディングや、車の人気カラーだった。版権取得契約は別であったにしろ同一作家の競合する出版社が、私というイラストレイターの装丁画で両社から同じ時期に刊行するというのは、大変珍しいことだったと思う。早川書房と東京創元社が話し合ったのだと後に聞いた。ディクスン・カーのファンの中にも驚いた人たちがいたようだ。 こうして早川書房版「ディクスン・カー」新装版全21巻の刊行がはじまった。この刊行最中に担当編集者が村上達朗氏から二人の編集者に変わった。たぶん村上氏は早川書房を退社して独立を準備されていたのだろう。しばらく後に、村上氏から「ボイルドエッグ」社を設立した旨のご連絡をちょうだいした。 村上達朗氏と私は8歳違い。私のほうが年上なのだが、氏の30歳前後から私の30代の仕事の面倒をみていただいた。イラストレイターとして画家としていろいろ思い出多い仕事をさせてもらった。あらためて村上達郎氏のご冥福を祈ります。 上の右 釣り小屋の中の道具類は村上達朗氏からお借りした。壁に掛かっているジャケットは村上氏が着用されていたもの。
Oct 23, 2024
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私は無宗教者であるが、一つの歌曲としてシューベルトの「アヴェマリア」を歌ってみたくなった。楽譜を取り寄せた。楽器無しで、譜読みだけで、しかもラテン語で覚えようと言うわけである。 先日、朝日新聞の「天声人語」に、記憶がどのくらい保持できるかという、確かアメリカの大学教授の実験について書いていた。実験方法は、まったく意味のない造語を被験者に記憶してもらい、時間ごとにどれくらい記憶しているかを調べるというもの。 ラテン語は意味のない言葉ではないが、私にとってはまったく知らない言語である。2,3の単語は聖像画に関する美術史の文献に出てくるので知らぬものでもないが、しかし意味をなす一連の言葉としては無知である。したがって私がラテン語でシューベルトの「アヴェマリア」を覚えよう、歌ってみようというのは、某大学教授の実験に臨むようなものだ。心中には認知症試験あるいはその予防などという思いもちらついている。 何度も繰り返して楽譜を見、まあ、歌えそうだな・・・というところまで来た。短い曲だし、作り込んで歌うにはそう簡単ではないが、覚えやすいことは覚えやすい。ただ、私の音感だけで楽器の音に合わせているのではないからなー。いつの日にか、ちゃんと歌えるようになりたいものだ。 シューベルト「アヴェマリア」の楽譜の一部分
Oct 22, 2024
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Oct 21, 2024
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今朝、水道の水温が「おやッ?」と思うほど緩く感じた。気温がぐっと下がっているようだ。 ・・・一昨日は異常なほど暑かった。部屋の中で仕事をしていても、長袖のアンダーシャツの下の肌が汗ばんだ。ところが昨日は、早暁から強い風が軒下を音をたてて吹き抜け、午前中いっぱいつづいた。庭は枯葉が積もり、我が家の柿の木の紅葉が隣家の敷地にも散り敷いて、私は塵取りに3杯4杯と掃いた。まさか隣家の門扉を無断で開けて掃除することもできず、その門前や駐車場を掃くにとどめた。ちょうど夫人がお玄関の扉を開けたので、「申し訳ございません」と謝りながら。木枯らしと言うには早すぎるが、しかし、事実はまさに木枯らしである。土佐文旦の実も落ちていた。ようやく午後に入ってやや風がおさまったので、再び落ち葉を掃き集めた。・・・そして、今朝の寒さ。札幌は初雪だったようだ。 水道の水ぬるきほど寒さかな 青穹(山田維史) 末枯(うらがれ)や靡いて風の行方かな
Oct 21, 2024
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Oct 20, 2024
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Oct 19, 2024
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世界は毎日騒然としているが・・・ 秋深み庭掃く音の静けさや 青穹(山田維史) ひと枝の姿変えゆく柿紅葉 南天の少し色付く今朝の雨
Oct 18, 2024
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俳句の会合で福井旅行していた弟が帰京し、私への土産に越前田村屋の「焼き鯖寿司」と、同じく「越前三国浜の浜干し甘海老」を贈ってくれた。夕飯はその押し寿司に干し甘海老を吸い物に仕立てて付けた。デザートは洋梨。田村屋の「焼き鯖寿司」は、使用している鯖も見事、干し甘海老も見事で、じつに美味かった。
Oct 16, 2024
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昨年2023年10月7日、イスラム組織ハマスのイスラエル急襲にイスラエルが報復反撃することで開戦したハマス/イスラエル戦争が、今日で1年と8日目。戦争は終結するどころかイラン、イラク、レバノンを巻き込んで中東戦争へと拡大しかねない状況である。 すさまじい破壊と殺戮の報道が毎日つづいている。両者の「戦争犯罪」が国際社会から指摘されている。民間人や傷病者への攻撃、そして子どもへの残酷な攻撃。その犠牲について両軍関係機関は、「狙ったことではなく、たまたま巻き込まれたのだ」というような弁明を繰り返している。 はたしてそのとおりであろうか? イスラエル軍がガザ地区の病院や学校を次々と空爆しているのは、たまたまであろうか? たまたまな軍事作戦などあるだろうか? アムネスティー・インターナショナルがイスラエルの作戦を「集団的懲罰」と指摘し、イラン最高指導者はイスラエルの「民族浄化」だと指摘し、さらに南アフリカ共和国は「ガザ攻撃はジェノサイド」だと国際司法裁判所に提訴した。それらの国際社会からの非難に対してイスラエルは「反ユダヤ主義」と反論を繰り返す。 私にはユダヤ系の知人もいるし、パレスチナ系の知人もいる。私は決して「反ユダヤ主義」ではない。また「反イスラム主義」でもない、私は私自身が疑問に思う世の中の事柄について考えを述べ、また、書きもする。しかし、それは政治的な立場を取っての考えではない。私は政治の集団的な力学を十分承知しているつもりだし、その力学を否定しはしない。なぜばら政治は今ここにある案件を問題として、良い方向へか悪い方向へかはともかく、現実を動かす動輪だからである。しかし私が見つめるのは未来の人間像だ。夢想空想にならないほどに現実を直視しつつ考えをめぐらしているつもりだが、政治的な考え、党派的な考えではまったくない。したがってハマスを批判するにしてもイスラエルを批判するにしても、政治的な主義主張ではない。 そこで、じつは私はハマス/イスラエル戦争が始まったときから、(陰謀論ではないと思う)報道記事を丹念に収集している。現在、約1,100件の記事が73冊のファイルになっている。 その報道記事のなかから上に述べた「民間人や傷病者への攻撃、子どもへの残酷な攻撃」に関連する出来事を時系列に抜き出してみようと思う。私たちは映像メディアの発達で、ミサイル攻撃の現場やステルス爆撃機による空爆、あるいはドローンによる空爆の映像を即座に目にする。現代戦争がIT, AIによるまったく新しい世代に入っていることをよくよく知る。だがしかし、先端兵器によるそのような実態を知っているつもりながら、私たちは戦場の外にいて、ばらばらになった死体、爆弾の破片が突き刺さった目、切断されて吹っ飛んだ手足、蛆虫が沸いた傷口、内臓がボロ切れのようにそこらじゅうに散らばった、人間の無残な「戦争の実態」を目にしてはいないのである。●開戦1週間目 23,10,13 (金) ガザ空爆負傷者、3~4割が子ども。現地医師報告。●23,10 13 アムネスティがガザ民間人への攻撃は「集団的懲罰」で戦争犯罪と指摘。●23,10,15 24時間で300人死亡。大半が女性と子ども。ガザ保健省発表。●23,10,16 ガザの死者、60%は女性と子ども。●23,10,17 米シカゴ近郊でパレスチナ人の6歳の男児が刺殺される。●23,10,17 ガザ病院崩壊寸前。●23,10,18 イスラエル、ガザ病院を空爆。ハマス発表。●23,10,18 ガザ病院空爆、イスラエルから警告があったと保健当局者証言。●23,10,18 イラン最高指導者がイスラエルの「民族浄化」を非難。●23,10,19 ガザ病院空爆について米はイスラエルは関与していないと分析。●23,11,13 ガザ北部で機能する病院は残り1ヶ所。国連発表。●23,11,15 イスラエル軍がガザ最大のシファ凝胤で作戦実行。●23,11,17 イスラエル軍がシファ病院でトンネル発見と発表。ハマスは「根拠の無い嘘」と反論。●23,11,18 ガザ地区の病院・診療所、半数超えが閉鎖。パレスチナ保健省。●23,11,18 イスラエル軍突入のシファ病院集中治療室の患者、大半が死去。●23,11,19 ガザ北部の国連運営の学校爆撃。●23,11,22 ガザ難民キャンプ内の国連運営学校に攻撃。●23,11,23 ユニセフ事務局長「ガザは子どもにとって最も危険な場所」●23,11,24 イスラエル軍シファ病院長を拘束、「地下にハマス司令部」と。 ●23,11,28 ガザで四肢切断の子ども、推計で最多900人。●23,11,30 起訴も裁判もない拘禁、子どもの拘束。パレスチナ人釈放で明るみに出たイスラエル司法の実態。●23,12,6 イスラエル軍迫る病院に100体越す遺体。ガザ当局。●23,12,6 知的障害パレスチナ人、イスラエル兵と見られる3人組に銃撃される。●23,12,21 ガザの子ども、飲み水は極めて少量。ユニセフ。●23,12,27 ガザ中部への攻撃、家族全員を失った子どもも。WHO事務局長。●23,12,28 エジプトのシシ大統領とヨルダン国王、「パレスチナ人の運動を終わらせる、またはパレスチナ人をその領域の外や内部で立ち退かせるいかなる試みも断固拒絶することを確認した」と発表。●23,12,30 「ガザ攻撃はジェノサイド」と南アがイスラエルを国際司法裁判所に提訴。これに対してイスラエルは「ガザ攻撃は自衛のため」と反論。●24,1,8 ガザの子どもは毎日10人超えが足を失う。国際NGO。●24,1,8 イスラエル・ヘルツォグ大統領は「パレスチナ人強制移住は国の公式見解であない」といい、しかし「閣僚がそのような発言をしたとしても言論の自由だ」とした。●24,1,17 23年10月以降、ガザ地区で子ども1万人超えが攻撃で死亡。ハマス保健省。●24,1,19 ネタニヤフ首相「パレスチナ国家樹立の考えはイスラエルの安全保障と相いれない」●24,1,22 イスラエル軍、ガザで16の墓地を冒涜。戦争犯罪の可能性。●24,1,23 ガザ南部の病院施設がイスラエルの攻撃で壊滅的。●24,1,25 ガザ住民「子どもの生きる権利」訴え、停戦求める抗議デモ。●24,1,30 イスラエル特殊部隊、民間人や医療スタッフを装って病院侵入、パレスチナ人殺害。●24,2,9 イスラエル、ガザ市の病院空爆。南部の病院で看護師を狙撃。●24,2,15 国連特別報告者「10月7日のハマスの奇襲はイスラエルの圧政への返答」●24,2,16 ガザ難民キャンプ連日の空爆。子ども女性の死傷者多数。●24,2,29 ガザ地区、脱水、栄養不良で子どもが次々に死亡。●24,2,29 ガザ市民50万人以上が飢餓寸前。●24,3,2 ガザで子ども死亡は「人工的飢餓」と、国連。●24,3,9 ガザで赤ちゃん数千人が餓死のおそれ。医療従事者。●24,4,1 米・共和党ティム・ウォルバーグ下院議員「長崎や広島のように」ガザ衝突の「手っ取り早い」終結を、と主張。●24,4,13 ガザ支援物資待ちの群衆を攻撃。「小麦粉虐殺」と称される。●24,4,16 ガザで殺害された子ども1万3800人、1万9000人が孤児に。国連推計。●24,4, ヨルダン川西岸イスラエル人入植者のパレスチナ人迫害が06年以降で最悪に。昨年10月から24年4月までに700件以上になる。子ども600人を含むパレスチナ人1200人以上が牧畜などを営む遠隔地にあった居住先を追われた。子ども90人を含む180人が自宅を失った。救急車の運転手が入植者グループに銃撃されて死亡している。●24,4,22 ガザ犠牲者3万4千人越す。72%は女性と子ども。パレスチナ保健省。●24,4,23 イスラエル軍撤収後の病院で300人近い遺体。●24,4,23 ガザ戦闘開始から200日。死者3万4183人。●24,5,21 国際刑事裁判所(ICC)は、ハマス幹部ハニヤ政治局長と軍事部門トップのデイフ氏を「絶滅や殺人、人質の拘束、レイプ、拘束中の性的暴行」を理由に、またイスラエルのネタニヤフ首相とガラント国防相を「絶滅を引き起こし、人道支援物質の拒否を含む戦争の方途として飢餓を引き起こし、紛争中の民間人を意図的に標的とした」ことを理由に、「逮捕状」を請求した。これに対し、24,5,21, 米バイデン大統領は、「イスラエルとハマスを同列にして言語道断」とICCを非難した。またフランスは逮捕状せ雨級を支持した。さらに人権弁護士アマル・クルーニー氏も逮捕状請求を支持した。24,5,22, ネタニヤフ首相は「言語道断」とICCを強く非難した。●24,5,25 国際司法裁判所はイスラエルにラファ軍事作戦の「即時停止」を命令。ただし履行を強制する機能はない。●24,5,25 ラファ難民キャンプ空爆は「虐殺」と、国際社会が非難。●24,5,26 ラファからの避難者、3週間で100万人。国連。●24,5,26 EU外相会合で対イスラエル制裁を協議。●24,6,5 バイデン大統領、「ネタニヤフ首相は権力固執でガザ戦闘を長引かせている可能性がある」と述べた。●24,6,6 ガザ地区中部難民キャンプ内の国連運営の学校をイスラエル空爆。●24,6,9 ガザの子ども9割が深刻な食糧難で発達障害が懸念される。ユニセフ。 ●24,6,17 各国がパレスチナ国家承認したことで、イスラエルはヨルダン川西岸での入植を強化。●24,6,18 手足切断や大火傷をしたガザの子どもの苦しみにイスラエルもハマスも無関心、とユニセフ。●24,6,25 ガザの2万1千人の子どもが行方不明、と国連NGO報告。がれきの下に4000人の子どもが埋もれている可能性あり。1万7千人以上が家族と引き離され、その他の子どもたちは強制的に「失踪」させられた。拘束されてガザから移送された人数も不明で、虐待や拷問の報告がある中、家族には居場所がわからない。●24,7,1 イスラエル、ヨルダン川西岸の入植地5ヶ所を承認。非難相次ぐ。このような入植は国際法違反とみなされている。●24,7,6 イスラエル、ヨルダン川西岸で最大規模の土地収用を認める。●24,7,7 ガザ地区中部ヌセイラト難民キャンプ内の国連運営の学校をイスラエル軍が攻撃。●24,7,10 ガザ地区南部ハンスユニ近くの学校に空爆。●24,7,10 ガザ全域で子ども次々に餓死。国連発表。●24,7,25 イスラエル・ネタニヤフ首相が米議会で演説。「ガザ抗議デモはイランにとって便利な愚か者」と非難。●24,7,28 ガザ中部デイルアルバラの学校に空爆。●24,8,4 北部ガザ市の学校に空爆。●24,8,5 ガザ地区で2日連続で学校2校を空爆。●24,8,7 イスラエル閣僚、「ガザ200万人を飢えさせるのは道徳的」と発言。●24,8,10 ガザ地区の学校を空爆。●24,8,16 ガザの死者4万人超え。大半は女性と子ども。●24,8,16 ヨルダン川西岸でユダヤ人入植者が町を襲撃。●24,10,3 ガザ地区で国連学校が攻撃される。●24,10,10 ガザ北部シャバリヤ難民キャンプ内の病院が攻撃される。●24,10,10 イスラエル軍、ガザ全域の病院の至近距離に2,000ポンド爆弾投下。米研究報告。●24,10,11 ガザ中部デイルアルバラの避難所として使われていた学校に空爆
Oct 15, 2024
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Oct 13, 2024
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Oct 12, 2024
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今年のノーベル平和賞に「日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)」が授与されると発表された。原水爆被爆者に対する国家保証請願のみならず、長年にわたって「核兵器のない世界の実現」のために草の根運動として地道に世界に向けてのアピールに取り組んできた。 いま現在、世界のいたるところで激しい戦争と戦争殺人、そして核による脅しがおこなわれている。戦争好きな人間(「戦争好き」という表現は、単なるレトリックではない)が、権力熱に取り憑かれた私利私欲に、国民・民衆の支持(たしかに選んだのは民衆)という仮面をつけて、血に飢えたケダモノのように狂奔している。戦争商人たる大国は、日進月歩の先端兵器の実験と坂路拡張のために、より弱小国に代理戦争を仕掛けている。 ノーベル財団は、そのような世界の現状を鑑みて、2024年度のノーベル平和賞について該当者無しと考えたとも言われる。その考えが一転したようだ。平和賞無しで戦争の渦中にある世界の現状をそれとなく訴え、批判するより、実際行動をおこなっている「日本原水爆被害者団体協議会」を賞賛すべきだと、考えたのだろう。 無言の訴えというものは、もともと深く考えている人たちにしかアピールしない。「黙っていても、いつかは分かってくれるだろう」と、それが特に日本人の「美徳」だと思っている人も少なくはないだろうが、そんなことはないのだ。それは世間(特に広い世界)に対する「誤解」であるし、また、世間は、黙っている貴方(私)を誤解するのである。「私」は「世界」に繋がっていなければならない。声を出すこと、たとい草の根運動であろうとも行動することが大切なのだ。その意味でも、私は「日本原水爆被害者団体協議会」のノーベル平和賞の受賞を喜び、祝福する。
Oct 11, 2024
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昨日のつづきで家の修繕作業。一番肝心な中間下地。まあ、上手く出来たのではなかろうか。 好天気だ。どこからか大工仕事の音が聞こえていた。鑿を打つ音だ。きっと雨上がりを待っていたのであろう。
Oct 11, 2024
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連日の降雨がようやく霽れた。週末は好天がつづきそうだ。このときを待っていた。昨年末と今年に入って夏前と、二度にわけて家の修繕をした。外装は職人の丁寧な仕事ぶりで満足なできとなった。二度目の部分もまあまあの出来なのだが、私は満足できなかった。こちらの注文どおりにするのが難しいというのである。そんなことはあるまい、と私は思った。工夫すればできるだろう、と。で、三度は頼まない、と私は言った。私が自分でやる、と。 職人を帰らせた後で、私は修繕したい箇所の構造を調べた。そしてその箇所のような工事に使用する道具ではなく、他の分野の道具を流用すれば私が望んでいる出来上がりになる、とほぼ確信した。もちろんその道具を新たに調達しなければならないが、それとて、三度目の高額費用を考えれば10分の1の費用ですむだろう。 というわけで、雨が霽れるのを今か今かと待っていたのである。 資材はすべて購入してある。いろいろ用事をすませてから、午後4時になってさっそく最初の下地作りに取り掛かり、1時間ほどでやり終わった。明日、明後日と、二日ほどで完成するだろう。尤も、明日の作業が一番大変ではあるが。・・・まあ、私のお手並みをごろうじろう、である。
Oct 10, 2024
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8月に小庭の楮(こうぞ)の葉陰にセグロアシナガバチが団子状になって巣をつくった。人が出入りする門際ということもあり殺虫剤を散布した。ところが昨日になって再びセグロアシナガバチが今度はナンテンの葉陰に巣をつくりはじめているのを見つけた。 昨年、ヒロヘリアオイラガの幼虫(毛虫)が柿の木に大発生し、柿の葉をほぼ全滅状態に食い荒らし、柿は生らなかった。じつはセグロアシナガバチはこの蛾の幼虫を食う。つまり柿にとってセグロアシナガバチは益虫なのである。もしかすると大発生した蛾の幼虫に蜂はかっこうの餌場を発見したのかもしれない。また、我が家の小庭の場合だと、柿のほかに土佐文旦の受粉にも役立つ。しかしながら、なかなか気の強い蜂で、巣に近寄ろうものなら猛烈な攻撃性を発揮する。ところがこのセグロアシナガバチの捕食者がいる。オオスズメバチである。これは危険だ。もしもセグロアシナガバチを狙ってオオスズメバチが飛び交うことにでもなれば・・・ 私は小学生のときに蜂の大群(ジスガリ)に襲撃され、文字通り九死に一生を得た。近所の小母さんたちが一生懸命になって私の頭や体から数千匹の蜂の死骸とその針を取って、手当をしてくれた。まあ、そんな経験をしても私の虫好きは変わらなかったし、その後もちょっとやそっと虫に刺されたくらい平気な子供だった。 団子状になって、おそらく産卵の準備に入る女王蜂を囲んで営巣するセグロアシナガバチを駆除することは、私は内心にいささか躊躇いがあったのだが、しかし他人に害がおよばないとは限らない。ナンテンの赤い実を見て、誰かが手を伸ばさないとも限らない。いつぞやは花好きの子供がひょこりやってきて小庭の植物を見ていた。 ・・・と言うわけで、私はカメラを持ち出して撮影し、夕方、蜂の行動が鈍くなるのを待って駆除した。ごめん、ごめん。
Oct 8, 2024
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Oct 7, 2024
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雨催(もよ)い日も移ろいて薄紅葉 青穹(山田維史) 桐一葉降るや降らずや小糠雨 暮れかけて松茸ひとつ籠の中
Oct 6, 2024
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10月1日から郵便料金が値上がりした。25g以下の定形郵便物が84円から110円に。ハガキは63円から85円に。30%の値上がりである。 じつは2日にハガキを一通受け取った。額面は旧行の63円。消印は10月1日だった。なるほど料金改定直前に投函されたのである。まるで記念のハガキを頂戴したかのような思いになった。 料金改定の理由とされたのは電子メールの利用によって郵便が激減したからだという。私自身も電子メールを使用する頻度が格段に多くなったが、さて、はたして料金値上げによって日本郵便の経営が上向きになるかどうか。私は、むしろ却って郵便の利用が減少するのでは、と思う。一般の利用は従来と変わらなくとも、・・・つまり減少傾向のままさほど増減はしないかもしれないが、企業等の大口郵便はむしろ減少するのではあるまいか。企業経営にとって郵便料金の30%値上げは大きい。痛手となる経費ではなかろうか。いや、一般人にとっても、たとえば季節の挨拶状や年賀郵便を考えると、大きな出費となることは必定だろう。日本郵便にとって今回の大幅値上げは背に腹は代えられぬ事情があったにせよ、手段は異なるにせよ業務内容がおなじで対抗しているときに値上げで苦境は乗り切れないのではあるまいか。郵便料金の値上げは失敗策だったかもしれぬと、私は思う。10月2日に届いた1日消印の額面63円のハガキ
Oct 4, 2024
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世に博識な人は数知れないが、古今東西の書物を渉猟し、しかしその知識の蓄積から時代を超えて遍く人類の生存に寄与する自らの哲学・思想を現代に構築し得た人はどれほどいるだろう。・・・随分大仰な言い方だと我ながら思わないでもないが、渡辺一夫先生の御著作を読むとき私はいつも上述のような思いが胸に去来する。 ところで、昨今、様々な分野で生成AIが取り沙汰されている。「デジタル大臣」などという新名称の大臣位ができて、その政策は行く末まで深く考えたのでもなさそうな思いつき。思いつきを公言して、あとからバタバタと穴埋めをしているとしか思えない。それはともかくとしても、世界中が人工知能に絡め取られて進行していることは間違いない。いたるところで戦火を交えているが、現代の戦争は二つの手段による。すなわち先端的AI兵器使用とAIによる情報戦略である。 と、私は思い出すのが、渡辺一夫先生のお書きになった一文。先生は雑録と称していられるが、ラブレー研究の考証の一端、『ラブレーと「人間不在」』である。その文中で、アンリ・ベルグソンが「笑い」に「社会的制裁」を認めたことを周知として、この場合の「社会」とは、持続し前進する生命体であって、固定し続け老朽硬化の道を辿る生命体ではない、と短く解説し、さらに次のように述べていられる。〈(略)・・・いかなる現象が「笑い」を誘発し、「警報」「制裁」の対象となるかというに、ベルグソンは、これを要約して、「生々したもの(生きたもの)に貼付けられた機械的なもの」du mecaniqué planqué sur du vivant としていることも周知のことであろう。そして、機械及び機械的なものは、「人間不在」なものであるが故に、生命体とは無縁なもの或いは異質なもの或いはこれに敵対するものと考えるが故に、「機械的なもの」が「生々したもの」に添えられた時には、「警報」が発せられるということになるわけである。「機械万能」を理想と考え、ユートピヤならぬ所謂コンピュートピヤなるものの到来を待ち侘びている人々や、自らが機械の一部分となってがらがら廻っていることを自覚しない人々にとっては、この「警報」の意味を理解してもらえる筈はないし、「笑い」に見出される「社会制裁」の機能を考えてもらうわけにはゆかないだろう。自ら「人間不在」の世界を欣求し、これを理想としているからだし、自ら「生々したもの」から「機械的なもの」へ変身することを望んでいるからである。「人間不在」の世界にも「機械」にも、「笑いはない。」(『異国残照』p.412。文藝春秋 1973) 長い引用になった。この『ラブレーと「人間不在」』が発表されたのは1968年である。マイ・コンピューターもなければ、インターネットもなく、写真伝送さへ容易にできるモバイル・フォーン(携帯電話)もなかった。文中の「コンピュートピヤ」は今や現実世界であり、「ユートピヤ(存在しない世界)」どころではない。全世界が人工知能に絡め取られ、唯一人間だけにそなわった「想像力」と「想像力」を、嬉々として人工知脳(AI)に譲り渡そうとしている。それらを譲り渡しても人間はあらたな「生命体」としての豊かな未来へ向かって行けるのだと、まさに宣言しようとしているのかもしれない。自然を消滅させて、それを「進歩」と称してきたように、「人間不在」を進歩的な未来の豊かさとして。・・・だがしかし、それができるだろうか? なぜかと言うに、未来設計はAIの手の内にあり、その能力は過去のデータの集積からの選択構成でしかないのではないか? 今後人間は、その「生命体」としての短い一生を、「人間不在」という自己撞着のまま終わるのかもしれない。・・・・・・・・昨夜この日記をアップ・ロードしたのだが、今朝、見直すと半分以上が消えていた。こういうことは、ままあることながら(機械まかせ、ITまかせだから)、私がこの短文で何を言おうとしたのか、もし読んで下さった方がいらしたら、まったくお分かりにならなかっただろう。記事不在である。そこであらためて消えた半分を書き足した。(10月4日 記)
Oct 3, 2024
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去る9月16日に亡くなられた写真家細江英公氏(享年91)を追悼して、同じく写真家森山大道氏が、きょう10月1日の朝日新聞朝刊紙上で語っていられた。森山氏は20代だったころ3年間ほど細江氏の助手をしていられたそうだ。私は森山大道氏の追悼を好感をもって読んだ。 そして私は40年以上昔の或る一日を思い出した。細江英公氏の撮影現場を実際に拝見したことを。 写真短期大学構内で田中泯氏が踊られ、その姿を同大学の教授だった細江氏が撮影した。授業の一環に田中氏のプロジェクトが組み込まれた企画だったかもしれない。私は田中氏のスタッフにくっついて行ったのだが、大勢の学生が細江氏の撮影を見学していた。森山大道氏は独立して長い年月が過ぎてい、鋭い視線で社会の隅々をスナップする写真で盛名を馳せていられたので、このときの細江英公氏の撮影現場で助手をしていたのは他の人だった。たしか2,3人の助手がいたように思い出す。次々にシャッターを切る細江氏に数台のカメラを指示にしたがって素早く手渡していた。 細江氏は踊る田中泯氏をファインダー越しに目を話さず、「いいな。いいなァ!」とか「すごい、すごい」などと、しきりに声をかけながら・・・それは田中泯氏に言っているのか、ご自身を駆り立てているのか、私には判らなかったが・・・ほとんど一瞬も止まることなく連写された。私はその様子に半ばびっくりしながら、息を詰めるように見ていた。プロフェッショナル写真家の動体被写体の撮影現場を私はこのとき初めて見たのだった。 いま、気がついたが、私はこのときの田中泯氏の踊りを撮影した細江英公氏の写真作品を見ていない。 あの日の撮影現場を拝見した思い出とともに、細江英公氏を追悼します。
Oct 1, 2024
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