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寒くなったり少し緩んだりのこの頃。今朝、庭掃除をしていて、植木に小さな新芽が出ていることに気がついた。やはり春は近づいているのだ。
そういえば、先日、合唱練習の日、練習場の入口で同じ団員のSTさんと一緒になった。「日が長くなりましたね」とSTさんは言った。「そうですねー」と応じながら、私はあたりを見回した。たしかに前回は、同じ時間にすでに闇が降りていた。それから1ヶ月、闇の先兵はまだ彼方にあって、灰色の薄明りの中にまさに「かわたれ(彼誰)」であった。
さて、来月11日は東日本大震災から5年目になる。今日、注文しておいた災害時用の保存食品が届いた。長期保存食である。飲料水や缶詰や、その他なんだかんだと用意はしてあるが、賞味期限を調べるのがなかなか厄介だ。期限が近づいたら食べればよいのだが、マメに調べてもいられない。つい先日も、廃棄したものがある。それで、なるべく長期保存ができるものをと、あらためて購入したのだ。
それにしても、あの3.11のとき、亡母はまだ存命で、いろいろチューブに繋がれて在宅医療をしていた。酸素発生室内器の幾つかのパイロット・ランプのうち二つが断線した。酸素ボンベは、被災地に回すために品薄になり、それでも契約していた会社が2本確保して即座に届けてくれた。母の命をつなぐ唯一の食糧である缶入りの液体完全栄養食品は、工場が津波でやられて製造不能になった。これも契約していた薬局が必死で在庫を掻き集めて届けてくれた。
災害後の電力不足対策で、時間停電があった。しかし我家の地域は、ごく一部の地域であったが、幸いなことに一度も停電にならずにすんだ。もし停電になっていれば、母の酸素発生装置は停止し、痰などを取る吸引器は使えなくなったはず。医療用ベッドも動かなくなったであろう。
いま思い出してもゾッとする。
寝たきり状態の母は、自分が置き去りにされるのではないかと思った。私は、母の耳に口を寄せて、「心配しないでいいよ。置いて逃げはしないよ。ずっと一緒にいるよ。心配しない、心配しない。大丈夫、大丈夫」と言っていたのだった。
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