全9件 (9件中 1-9件目)
1
こんちは、かもしだ(元石井いさみ)です。 今日というか、まあ、昨日ははっきりしない天気でした。 雨が降りそうで、いや、そうでもなくて。 5月は、ここH市では、曇り空、はっきりしない天気が多いんです。 5月病は、5月成り立ての頃より、天候のあやふやな5月下旬が多いのかもな、とか思ったりして。 で、晴れた時には、H市の西にそびえる岩木山を見ます。眺めます。 住み始めた頃や、家庭菜園始めた頃は、そんな天候を全然気にしないで、ただ眺めてたんだけど、今年はちょっと違います。 ここ数年のキュウリやナスを失敗や、幾ら肥料入れても作柄が良くない、とか去年は忙しさの余り放任家庭菜園になってしまったりして、気候との相談をよくしないと、せっかくプチ農業やっても面白くないなあ、と思い始めました。 地元の新聞に岩木山の残雪の形で、昔の人は農業の段取りを組み立てた、という記事が連載されており、ふむふむなるほど、そりゃもっともな話だ、と思った次第。 気温や湿度の変化を数字で見るより、遥かに簡単に、確実に農業の適切な手順がわかり、間違いが少ないわけです。 よく、農家の方が、晴れた日に岩木山をぼーっと腰をとんとん叩きながら見ている光景を目にしますが、あれは自分の中で、残雪の形を見「あと○日で、あの野菜の苗とこの野菜の種まきをして…」とか昔ながらの残雪カレンダーに沿った作業シミュレーションしていたんですね。 んで、今日は午後地元の大学の美術史の先生の講義を受ける機会を得ました。 「絵画や彫刻などの作品は、本来、作家が何かを伝えたいために作ったもので、それ自体は粘土や紙,木かもしれないが、作家と見る人との間のコミュニケーションのために媒介として存在するのである。」と、目からうろこの話をしてくれてました。 そういえば、古い建物は、その時代の様子や雰囲気を私たちにヴィジュアルで伝えてくれます。 山に残る残雪の形は、記号として古くからの知恵を伝承してくれてんですね。 ぎゅぎゅん。
2005.05.31
コメント(0)
こんちわ、かもしだ(元クレクレタコラ)です。 なぜ、指をポキポキ鳴らすのか、ちょこっと考えてみました。 さっぱりするから。ま、その通りです。しかし、もう少し考えてみると、なぜサッパリするのか、よくわかりません。 指は生まれた時から鳴らすことができたわけではなく、ひょんなコトから「ぽき」とか鳴って、「あ、骨折れたかも!」と焦り、「ん?でも、痛くも何ともねーな」と開き直り、指鳴らしがスタートするわけです。 鳴らすと間接が太くなる、とか、中途半端に鳴らすと、ヘンな感じ(不快感)が発生する、など良いことは一つも無いはずですが、ことあるごとに鳴らし続けてます。 昔の映画やマンガでは、「ケンカ強さ」を表現するために「ポキポキ」やってるキャラが結構いました。今はまず見かけません。 自分に「強いキャラ」を投影しているんでしょうか?ううむ、深層心理だとそう言う可能性はあるかもしれませんが、今ひとつ、違う気もします。 では、暇つぶしの手遊びなんでしょうか?20%ぐらいでそうかもしれません。でも純粋に時間つぶしのための行動でも無いような気がします。 そこで、も一度、深く考えてみました。 40%は、自己暗示のために鳴らしてるような気がします。指を鳴らすことで、自分の中の時間軸を確認する、という自己暗示です。自分は常に指を鳴らす、指を鳴らした時点の自分と全く変わることがない、過去の安定した自分を確認し、パニクる自分を安定させる自己暗示のために鳴らす、という考えです。 あと40%は、自己変革です。あと一本どうしても鳴らない指が鳴るように、常に自己変化を求めている自分を認識するためです。 一見、矛盾する様に感じますが、変化と安定を同時に自分の中に、直接的な振動と音で刻み込む行為が指鳴らし、のように思います。 首とか背骨とかもそんな感じ。 ぎゅぎゅん。
2005.05.24
コメント(1)
こんちは、かもしだ(元マサ斉藤の首の筋肉)です。 若手芸人がごっそり出演している番組を見てたら、うたた寝してしまいました。ホントにつまんないです。ブームと言われながら結局誰も抜きんでてきませんでしたね。 そう言えば、ものまねブームもとっくに過ぎ去り、あの人やあの人とかは、外回り中心の営業になっているんだろうなあ、とか思ったりして。今、テレビにかろうじて出ている若手芸人のほとんどは、そうなるんでしょうね。 ふむ。 さて、先日、といっても1ヶ月程前、庭の土興しをし土ン中に新鮮な空気を入れ、苦土石灰を大量に蒔きました。その1週間後、有機肥料をばらまき、同時に除草剤をジョロジョロかけました。こぼれ種でもしゃもしゃ生えてきていた雑草君たちはこれでノックアウトしました。 これやっておくと後で草取りがダイブ楽。 で、2週間様子を見て、土をスコップでいじってみたらダイブほこほこしてきてたので、除草剤の心配も無いと判断し、1週間前にナス(接ぎ:3本)・キュウリ(接ぎ:3本)・ピーマン(普通3本、黄色1本)・パセリを本職の農家の人が買う苗屋さんに行って買ってきました。 ナスは、今までナス系育てたことがない場所を選んで、植え付け、支柱で補強。ホントは風よけで覆いたいんだけど、めんどくさいのでヤメ。 キュウリは、除草剤買ってきた時に一緒に買ってきた細竹10本を組んで、つるを伸ばすやぐらを作り、その下に植え付け。 ピーマンは、支柱をつけてそのまま植え付け。パセリは放っておいても育つのでその辺に植え付け。 全部の苗のために掘った穴に、有機肥料(元肥、といいます)を二掴みほど入れ、土をかぶせ、水を少し入れ、しっかり植えました。周りを少し下げて水バチも作りました。 コレで、OKなはず。 と、思ったらここ数日の強風。かろうじて支柱に寄っかかって倒れずにいますが、ナスはあまり揺らされると、根が付かず枯れちゃうのでひやひやしてます。 見たところ少し元気がないようなので、昨日の夕方に急遽、液体肥料を全ての苗にあげました。 今日も風がやや強いです。明日は、カラッと晴れる予報なので、葉っぱグイッと開いて、しっかりと根付いてほしいもんだなあ。 でもって、明日は息子の運動会だったりして。ぎゅぎゅん。
2005.05.20
コメント(0)
こんちはん、かもしだ(元琴欧州)です。マワシの位置が最も高いリキシデース。 定期購読マンガがまた一つ増えてました。 浦沢直樹「PLUTO」です。手塚治虫の鉄腕アトムの「史上最大のロボット」のリメイクなんですが、今のところ無茶苦茶おもしろいです。沙村広明がどろろのゲーム版のパッケージ描きましたが、あのまんまマンガにしたら無茶苦茶おもしろいと思うんですが、それと同じくらい面白い、と言うくらい面白いです。 ううむ、比較がヘン。 まだ、読んでない人はネタばれになるので飛ばして結構ですが、1巻の最後に○○○が登場します。 もろ普通です。かたつむりとか摘んでます。 髪型が微妙に似てます。 が、2巻では、高性能ロボットらしい面を次々と見せてくれます。無理なく物語を進行させていくところは、長いことマンガ描いている浦沢ならではの構成力です。 「モンスター」映画化権込みでハリウッドに買われたみたいだし、さりげない場面に重要な布石が打たれていて、「ううむ、にゃるほど」という謎解き的な展開も構成力の高さのなせる技です。 タワシ警部やお茶の水博士も登場するんですが、これまた浦沢バージョンのキャラでありながら、スピリットは手塚という魅力的なものです。 本当に浦沢って力のある作家だなあと思わされてしまいました。 7人の世界最高水準のロボットが、次々と謎の死を遂げるはらはらものの展開なんですが、よく考えれば手塚の本作品ではラストシーンまで決まっています。んなわけで、手塚本作を読んでラストの記憶がある人には、別にはらはらする要素もないんですが、一つ一つのエピソードがとても丁寧で、物語が作り込まれ、画面が描き込まれているためか、登場人物への感情移入のしやすさがはらはら感を倍増させてくれています。 2巻の最後には○○○が登場しました。ううむ、勝ち気でOK!です。早く3巻が出ないもんかな。 あ、ちなみに近くの書店で発売日に売り切れてたので、楽天ブックスで注文したらそっちも売り切れで強制キャンセル、先週小さな本屋に行ったらしっかり初版が山積みでした。 こうなれば、3巻も初版ゲットか?いや、売れすぎてて初版でも希少価値は皆無だな、ムダだな。うん。 のんびり待ちましょう。ぎゅぎゅん。
2005.05.19
コメント(0)
こにゃちわ、かもしだ(元バカキム)です。 うちでは、ジャックの娘のキンバリーを愛を込めて「バカキム」と呼んでいます。だってほんとにバカなんだもん。 は、ともかく。 A県に来年の9月頃開館予定の県立美術館の工事現場に潜入してきました。いや、別に行きたくて行ったわけではないんですが、仕事の関係でなんとなく行ってきてしまいました。 地下2階から潜入すると、高さ16mの土の壁と白い壁で構成された巨大な展示室や吹き抜けがあり、さらに、シャガールのアレコの舞台背景画4枚のうち3枚を展示するため、その展示スペースが劇場一個まるまる入る大きさでした。 なんかもう、ここがあの貧乏なA県なのだろうか、ほんとにこんな巨大な建物建ててダイジョブなのかA県、と、とんでもない借金をして大きなプラズマテレビ買った新入社員になった気分で、溶接の火花があちこちに見える、蛍光灯で暗く照らされた館内をさまよいました。 案内や仕事の説明をしてくださった準備室の学芸員の方々は、各県で美術館を立ち上げてきたプロ集団で、A県に腰を据えて早10年になろうとしている方々でした。 一つの仕事に10年かかり切りになり、その完成が間近に迫っているということはどんな感じなのだろうな、とか思いつつ、せめて一人くらいはA県出身の学芸員がこの美術館の立ち上げに関わっていて欲しかったな、としみじみ思ったりして。 現場の雰囲気は、とび職の勢いが感じられるものでした。「林に囲まれた静かな美術館」を工期に間に合わせるべく、突貫工事で作っているのが、無精ヒゲに茶髪の若いとびの人たちです。後々語ることのできる仕事ができてよかったっすね、みなさん。 ぱちぱち。 H市にできた武道館も全国に自慢できる施設だったけど、この美術館も文句なく自慢できますがな。後はソフトだな。何が展示されるか、だよな。 ううむ、運営の金が底をついているらしいので、企画展は金かけられんし、作品借りて来るにも、金がない。 ううむ、実のところ、頼まれた仕事は小学校や中学校・高校の先生とともに、もと教員の経験を生かし「こども美術館」、つまり児童生徒が美術館にリピートするプログラム開発の構築をすることなんだが、ゼロからのスタートなので、面白くもあり、難しくもある。 本業が美術から遠ざかっているので、こういうボランティア、つーか強制仕事は、返ってありがたいくらい、美術魂を蘇らせてくれる気がする。って、今は気がする、だけなんで、これからどうなるかは、海のものとも、山のものとも見当がつかぢインどらんくどらごん。 失敗でけへんがな、ぎゅぎゅん。
2005.05.18
コメント(1)
こんちは、かもしだ(元120倍甘味料)です。 今日、仕事で社会的引き篭もりの支援会議に出席してきました。様々な症例が提示され集まった皆さんと理解を深める時間となりました。一口に引き篭もりといっても、一様ではないのだなあ、と薄ぼんやりわかった次第です。 とりまとめ役の方(行政側のお医者さん、だったような)が「引き篭もりは病気とか症例という括りではなく、ひとつの「ある状況」であり、近年この言葉の広まりと共に、その状況に当てはまる人々が顕在化してきた」、とかそんなコトを言ってました。 さらに、「周りのモノが積極的にその対象者を何とかしようとかしないで、本人及び家族が強い問題意識を持つことでその状況は初めて変化する」とか、とも言ってました。 ううむ、哲学的でよくわからん。頭のいい人の言うことはよくわからん。 「何もするな、事態を把握して見守れ、それが一番の早道かもしれない。いや、早道かどうかはその困っている人次第だ。」 困ったなあ。ますます、どう支援していいのかわからん。そもそも支援がいらん、ということかな。 こんな会議が厚生労働省とかの補助金で、全国津々浦々で実施されてイルカと思うんですが、そんな金あったら、若年者職人育成学校制度でも作ってくれたらいいのになあ。 もし、できれば、農業・林業・漁業・後継者の少ない職人の跡継ぎ・ものづくりとかに波及効果が大きいと思うんだけどなあ。(このままじゃコンビニでレジ打って、指の筋肉鍛えて、自分探しし続ける若者が増え続け、国益を損なう国家の危機が待っているような気がしてしょうがない。) 他のニンゲンと隔絶しても、母親等による食事・洗濯・掃除などの世話により生きていってる社会的引き篭もりっていうのは、「子宮内生活」に似ているのかもしれないなあ。胎内回帰ってやつすか。とすれば、急激に成長している可能性もあるわけだな。うん。 一生懸命稼いで、稼いだ金で一人旅行したりする人や、42,195kmのフルマラソンに出場し、2~3時間の孤独を味わう人々も、ひょっとしたら「活動的ひきこもり」とか言えるのかもしれないなあ。 一体、引き篭もりってそれほど大変な問題なのかな、国は就業人口の絶対数が減少することや失業保険・生活保護の金額の増加を嫌ってあっちこっち「稼げよ!」って、考えられる方法に手をつけてんのかな。 もし、そうなら、私にも理解できるくらいだから、相当に「浅はかな」政策だなあ。100年後の日本考えるなら、向こう5年間は「パスポート無料発行」「日本の若者に対して、国交のある国はビザ発行し放題」とかやって、日本で稼いで旅費貯めて、外国と「繋」つけてくる日本人を急激に増加させる政策とりゃいいのに。 に、しても、引き籠もっているヒトって、色々と考えるんだろうな、大きなループ作って。哲学者のように。もったいねーな、時間が。 だめだよな、やっぱ、それじゃ。 ぎゅぎゅん。
2005.05.09
コメント(0)
こんちは、かもしだ(元ヨロペン)です。 今日は、午前中「奈良美智展」に行ってきました。ぼちぼちの人出で、私のすぐ後の方々で入場者10000人だったみたいです。よかった、よかった。 この展覧会は、弘前市には公立の美術館が無いので、NPOが中心となり運営されています。ボランティアの方々の手弁当で運営されているんですね。とても、暖かい雰囲気です。ミュージアムショップのピンズも素敵でしたし、赤いワゴンのベリークレープも旨かったです。 展示方法や作品も充実しており、前回の同じ場所での展覧会と比べても(立体は少なかったですが)遜色のない構成だと思います。 何回見ても、この奈良サンの考えというか方向性がよくわかんないんですが、(ま、そこがいいといえば良いんですが)薄ぼんやりと「体制への批判」が見えてきたような気がします。勿論、体制と言っても政治に限るわけではありませんよ。 取り留めのない脱力感やコドモ特有の残酷さ、下から上を見つめる構図や羽の無い零戦、水平線のない浮遊感だらけの画面からじんわりとそんな批判材料が感じ取れるんです。 ひょっとしたら、道行きに地蔵を彫り続けるそんな「流れ仏師」のようなアーティストなのかもしれませんね、奈良サンは。 写真集や立体作品を次々と発表し、ひいては村上隆のようにメディアや商業にもひたひたと進出していくのかもしれませんが、それよりは内側に向けてどんどん変わり続けてもらいたい人だなあ、と思ったりします。 84年の孝治センパイとの2人展の時、会ってんだよな、きっと。おれ。 ぎゅぎゅん。
2005.05.05
コメント(0)
こんちは、かもしだ(元りんごぱん)です。 当地H市は、桜の開花時期と大型連休(NHK風)がまるっきり重なり、お城のあるH公園は連日ものすごい人出です。人数のカウントに昨年クレームがついてますから、今年はきちんと祭り本部でカウントしているはずなので、報道通りだと38万人が昨日来てます。名古屋の万博の2倍ですか?パビリオン一つも無いのに、2倍ですか? ううむ、今年もカウントミスじゃないかなあ。 明治以前に建てられたお城はここH市の城含めて10城しかない(詳しくはわからん)そうですが、その希少価値とかは関係なく皆さんいらっしゃってますね。きっと。 さくらの咲かせ方が非常に熟達していて、「桜切るバカ」をあえて実行し日本一の桜群を維持していますが、その影には親子2代に渡り、H公園の桜を守る樹木医がいて、その技術は同じバラ科の「りんご」の剪定技術がベースに有ることを知らずにいらっしゃる方も多いかと思います。 あと、昨日まで前川圀男設計の「H市民会館」にて津軽三味線日本一を決める大会が行われ、かなりレベルの高い予選通過者の練習のため、H公園のあちこちで無料の津軽三味線を聞くことができる、ということもあまり知られていません。 さらには、私がこの桜祭りの出店で一切モノを買ったことがない、家族と桜祭りに出かける時は必ず同じルートを通る、ということも知られていません。って当たり前ですが。 毎年、同じコトをやり続けることでも、ここまで徹底すると一つの美となる。ここでは変化は御法度だ。ま、やろうとしても金も無いし。 昭和の匂いを「テーマパーク的」に捏造された空間で味わうのではなく、実物として味わいたい人は、あと2日ありますから、きてちょ。ぎゅぎゅん。
2005.05.04
コメント(0)
こんちは、かもしだ(元パンチキス)です。 やっと着陸しました。 仕事場が変わり、担当が変わり、落ち着かない毎日でした。徒歩通勤が、クルマで20分の場所に異動になりました。朝の生活も一変しました。とにかく「睡眠」を第一に考え、ネットもメールの確認だけで済ました1ヶ月でした。 で、昨日と今日で、やっと仕事のスタートも目処が付いたので、うちのチビ庭に土を中和する苦土石灰を蒔き、花をつけたヒヤシンスに「いいニオイさんきゅう!」と液肥をやり、白と紫のムスカリにも「毎年増えてくれて経済的やなあ」と液肥と混合肥料をやりました。 豪雪で枝折れした低木も剪定し、サッパリしました。 流される生活に、緩やかにブレーキをかけたい今日この頃です。 ぎゅぎゅん。
2005.05.01
コメント(2)
全9件 (9件中 1-9件目)
1


