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8月1日より、ねぷた祭が始まります。 ねぷたには大きく分けて、立体的な組ねぷたと伝統的な扇ねぷたがアリマス。 市街地以外の地域から、祭に向けて組ねぷたが移動しはじめました。 この大きさの光る山車が50から60出陣します。 わくわくします。
2007.07.29
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サングラス買いました。2週間ぐらいでできるらしい。できる、ちうのは度付きのレンズだから。しかも、オークリーというスポーツ選手が愛用している(らしい)サングラスで、レンズのカーブが普通のサングラスとちがうので、加工に時間がかかるかららしい。ま、じっくりと作ってくれれば問題ないす。通勤で自転車に乗っていて、普通の眼鏡で気になることはほとんど無い。でも、時速で行くと歩いたり走ったりの数倍のスピードなので、何か小石とか飛んできたら、やや危ない気がする。どんな眼鏡でもサングラスでも割れるときは割れるんだろうが、可能な限り丈夫なレンズで、走行中に目をカバーすることに金を使って悪いことはない。保険みたいなモンだ。高千穂遥の本にもそう書いてあった。加えて、自転車で遠出するのは、天気のいい日と相場が決まっているので、2時間くらいぶらぶら乗って家に着くと、やたら目がシバシバする。妖怪シバシバだ。紫外線は、結構ダイレクトに眼球に侵入してくるらしい。そういえば、紫外線クリームを目玉に塗るわけにはいかないし。ヘルメットのバイザーだけでも、ダイブ目が楽になったが、目玉の表面の皮がペロリンとむけてしまうような強迫観念が生まれてしまい、気のせいか走った後目がゴロゴロするようになった。健康のため自転車でぶらぶらして、白内障になったら元も子もない。自転車であちこちぶらぶらするには、どうやら「丈夫」で「紫外線カット」のサングラスなどで、目の保護方法を講じないとだめらしい、ということが朧気ながらわかり購入した次第だ。そういえば、スキー場ではみんなゴーグルかけてるよな。ゴルフ場でも皆さんかけてますね。あれもキット半分は紫外線からの目の保護のためなんじゃろうな。オークリーにしたのは、デザインが落ち着いたものから「ぐは!」という派手なものまであるから。選択肢が多いからだ。でも、結局、眼鏡屋さんに勧められて、フラックジャケットとかいうモデルにしたよ。顔幅や鼻のあたりが日本人仕様だそうだ。さすが、餅は餅屋です。レンズもてきぱきと決めてくれたよ。言うことなしだ。レンズ込みで結構いい値段だったので、普段の通勤でも使うことにしようと思う。
2007.07.21
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遠くを眺める。 近視的なシゴトを続けていると、遠くにピントを合わせる能力が落ちてくる。 すると、道に迷うんだ。 かといって、遠くばかり見ていても、坑につまづく。 人生の一大事でも、地球の歴史にゃおそらく関係ない。 遠くを眺め、近くを見つめ、歩いていこか。 そんな感じ。
2007.07.19
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匂いを思い出す。匂いが記憶を呼び覚ますことがある。楽しい寂しい、懐かしい。雨上がりの駅の構内の線路がスパークした、溶接の火花みたいな埃くさい匂いが3才くらいのうすぼんやりした記憶を引き出す。7才くらいでもその匂いを嗅いだ、12才くらいでも嗅いだ、思い出した記憶をも思い出す。いっぺんにアルバムをごそっと開いて、時間がすぎてく感じ。匂いの記憶に囚われている瞬間は、視覚と聴覚は自閉モードになっている。自動操縦の飛行機みたいな感じだ。嗅いだ瞬間から数秒間、嗅覚に支配される身体。運転中だと少し危ない。気分がいいときや楽しいことがあったときに、弱い香りの線香を嗅ぐようにして、十年くらいになる。これを繰り返すと、凹んだときでも線香の匂いを嗅ぐことで、スイッチ切り替えられるかな、と期待してるからだ。まだ、制御できてないので、あと10年は続けよう。昔のヒトは死臭を誤魔化すために、線香を焚いたというけれど、僕は何かを思い出すツールとして匂いを使ってたんじゃないかと思っている。ヒトはそれほど鈍感じゃない。そんな感じ。
2007.07.17
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海に行くか、山に行くか。レジャーとして考えるなら、短い期間(一日とか二日)で満喫するのだから、どちらか一方に行くことで力を使い果たすだろう。海岸での磯遊び、山でのトレッキング。海水浴、山でのキャンプ。でも、もっと選択肢もあるはずだ。海に行った後、帰り道、山で冷たい水を飲む。山に行った後、帰り道で海を眺める。さらに、山に近い空気の良い郊外でのんびりする。海に近い田舎で、海の幸を食べる。とかいう、海にも山にも出かけなくてもよい選択肢もある。海に行くか、山に行くか、どちらも良くて、決められないからといってどこにも行かず、家からの一歩を踏み出せない。そんな選択肢もある。海での遊びや余暇の過ごし方、山での過ごし方がステロタイプになりつつある。マニュアル本持って、磯遊びするヒトもいるだろう。そんな生活よりは、家にいた方がいいのかもしれない。でも、でかけることで自分の小さな変化を期待する生き方は、どんな日差しや雨風が待っているのか期待する想像力と、ステロにならない遊び方を考える創造力を鍛えてくれるはずだ。2000円持って海行きのバスに乗る。1000円のところで降りて、ぶらぶら。まあ、海にたどり着かないこともあるだろうけど、運がよけりゃ、海だ。日差しと海風を受けて、持って行った文庫本を一冊読み切る。で、帰りのバスに乗る。これも、立派な海遊びだ。そんな感じ。
2007.07.16
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心をアースする。いらつくときや腹が煮えくりかえるとき、子どもならじたばたできる。大人は、貯め込むか、発散する方法を知っている。貯め込むとき、目に見えないものを貯め込むときには注意が必要だ。あふれてるのにまだ、貯め込もうとすると、用をなさない。じたばたしてる子どもと同じになってしまう。発散するとき、転嫁するなら相手の状況を見極めたい。発散するとき、昇華するなら廻りに迷惑をかけてないか見極めたい。発散するとき、自傷するなら未来の自分と相談したい。発散するとき、奇行におよぶなら家族の生活を考えたい。自己暗示を兼ねて、発散するとき、私は、地面に第一関節まで指を突っ込む。脳と心臓の両方から、ちりちりと何かが手と指を伝って、地球に流れ込んでいくイメージでじっとする。ほんの少し、地球から何かが私の中に入ってくる気がする。誰にでも有効な方法だとは思わない。自分で見つければいいし、もっと良い方法を見つけたいとも思う。父は、夜中に30分ランニングし、30kgの鉄のバーベルを持ち上げることで、その日の出来事が心に及ぶダメージを軽減していた。本人は心身を鍛えているつもりだったと思うが、私には身体を動かしてちりちりしたものを、遠心力で振り出していたように思う。父は戦争を経験し、定職に就いたことは少なかった自由人だったが、50過ぎても腹筋が割れ、ヤンキーのサングラスをかけていた。コンプレックスや自分を脅かすモノから身を守るために、心をアースする。そのスキルをこれからも探っていきたい。そんな感じ。
2007.07.15
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ときどき責任を明らかにする。一人で暮らしていれば全ての責任は自分が負う。ジャングルの中でも都会でも。二人で共同で何かをやるとき、責任は半分くらいになる。10人なら10分の一か、いや、そうじゃない。急に責任は、密度を増して誰かの頭の上に乗っかってくる。100人での共同は、一人のヒトが負えないほどの責任を産む。シゴトというのは、そんなコトの繰り返しだ。だから、抱え込まない。でも、自分が倒れてもいい、ぐらいの楽しさをその中に見つけちゃったときは、責任を全うしちゃいましょう。ときどきでいいから、自分が今負っている責任を整理してみよう。あきらかにしてみよう。どうにもこうにも行きそうにないときは、誰かに振りましょう。それができないなら放棄しましょう。ただし、放棄の繰り返しは、ヒトとの共同を放棄することとずいぶん近いことなので、ほどほどにしましょう。誰かに振って、誰かに振られて、そうすれば、責任を放棄することなく、1か0かのデジタルな生き方に悩まされることなく、大勢のヒトとの共同から生まれて、自分の頭の上に乗っかってくる責任とうまくつきあうことができるのである。そんな感じ。
2007.07.14
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とことん一人で呑む たまには、一人で呑む。 奴隷の歌を聞きながら。
2007.07.13
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ご飯は少しずつ食べる。米は決していっぺんに食べない。肉はいっぺんに食べてもよい。がつがつ食っていいのは、肉食だけだ。ゴリラは草食のはず。ボノボは肉も食うとか。ヒトに近づき、肉食になった。大きな山火事の後、とおいとおいご先祖様は、木の実や草などの食うものがなくて、他のどうぶつの焼けた肉を食わなきゃいけない、そんなことがあったはずだ。いや、ないかもしれんが。焼き肉の匂いを旨いと感じるDNAがヒトには備わっている。生肉のさがった匂いを危ない感じるDNAが備わっている。肉は、命の危険が迫った時にがつがつ急いで食べたい。それが、食われる生き物への礼儀だろう。手で箸を持ち、ぱらりと落ちそうなご飯のカタマリを重力と相談しながら、口に運ぶ。長期間保存が利く植物の実は、動物と違って逃げられることはない。だから、時間をかけてゆっくり少しずつ食べよう。そんな感じ。
2007.07.13
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やんなきゃいけないことを束ねない。やんなきゃいけないことを束ねちゃうと、ぐーっと腹の奥がにやにやしてきて、もうどうにもこうにも意欲減退。やらされ感があるなしに関わらず、やんなきゃいけないことは、バラして、一つずつ片付けましょう。バラしたら急いでやるも良し、ゆっくりやって間に合わないのも良し。たとえ間に合わなくても、どっかで叱られても、束ねて、意欲減退して、何もやらなかった時より、バラして一個だけやった時の方が、格が上でしょう。そんな感じ。
2007.07.12
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Today I waked up on 5:30,I weeded the yard of my house.I burned strong grass with the small flame thrower.Since grass is extended immediately, it is very serious to me.A lunch was House-made Tenpura-soba with my family.My wife fried fresh Eggplants,The leaf of a beefsteak plant,Green pepper and Sisitou(?) from my yard.After lunch,we went shopping to fishing tackle store,to buy a life jacket of my son.the life jacket is a birth-day present to him.He choised his favorite one.After shopping, we drop in the funiture store.My doughter bought a black folding chair.
2007.07.01
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