2007/06/22
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カテゴリ: 物語
  第0章 0-01【炎神】
Another SIDE


  夜の帳がおりたアネクメネビュートに佇む古き城砦にひとつの影が堕ちようとしていた。

  ルドルフ・バルズールは統治者としても武人としても誉れ高き人物だった。
  ルドルフ公はここホークルヴァンテの歴代のエルダーが敷き続けてきた恐怖による退廃的な統治を排除すると、領内に独自の法体系を設け。古くから受け継がれてきた文化を守りつつも、屍族と人間との調和を理念に掲げ統治をおこなってきた。古くからの重臣・廷臣はその有様に異を唱えはしたが、バルズール家数千年の歴史においても最強のエルダーの一人と謳われるルドルフ公は自己の保身や利益に走る一切の意見を採りあおうとはしなかった。しかし如何に優れた統治体制を敷こうとも力で抑圧された感情はその『力』なくして維持しつづけることは叶わなかった。

  アーネル・バルズールは王座に深く腰を落とす実父の姿を静かに見つめていた。
  揺らぐ事のない双眸に理知的な色を伴ったいかにも聡明そうな少女であった。
  美しい、だがその相貌は無機質な人形のように凍りついてみえる。

  父の肩の下まで流れる頭髪は既に全て白髪となり、真紅の瞳を宿した眼窩は窪み深いしわに刻まれた顔からその感情を読み取る事は叶わなかった。
  ゆったりとした紅色のローブから覘く骨ばった指先が痙攣するように震えていた。


  その様は屍族としての最期が近いことを如実に物語っている。
  ルドルフ公は既に齢800歳を越えてはいるが、限りなく永久に近い命を約束されたエルダーとして、その肉体や精神が衰えるほどの時を生きてはいなかった。彼の命を蝕んでいるのは血壊と呼ばれる屍族固有の死病であった。血壊は長くたもたれ続けた血脈にほど発症率が高くその名の通り血液が崩壊する病、それは性染色体の変異により引き起こされる遺伝病でもある。
  初期段階は外部出血が続き血液の凝固異常が起きる。中期に差し掛かると出血様式が深部出血へと変わり大部分の発症者は頭蓋内での出血により脳が圧迫され重症化し死を迎える事になる。だがこの段階までで死ねた者は幸せな部類に属している、この病は最終段階で身体の穴という穴から血液を噴き出し絶命するものとされていたから…
  発症後の致死率は100%であり。その進行速度は極めて速く高い恒常性機能を持つ屍族ですら半年を待たず命を落とすとされいた。発症から既に一年余りの時を永らえてきたルドルフ公の生命力こそ驚嘆の域といえる。

  ルドルフ公は目の前に2人の従者と共に佇む少女を慈愛に満ちた瞳で見つめる。
  この城に残っている者はルドルフに永遠の忠誠を誓った一部の廷臣と僅かばかりの給仕の人間だけである。
  ルドルフ公が病に倒れてからはあからさまに新体制への異論を唱え謀叛や反乱を企てる下賤な輩が増長していた。
  だが、アーネルはその全てを尽く切り伏せ滅ぼしてきた。
  燃えるような赤髪を微かに揺らすと少女は片膝を謁見の間の床につくと恭しく礼節を尽くす。
  公の眼光は死の淵に瀕しても尚、強い意思の炎を宿していた。だが、アーネルは物怖じする事もなく真っ直ぐにその視線を受けとめる。

「私に・・は…もはや【渇きの継承】に…耐えうるだけの力・・は、残されてはいない…」


  既に屍族としての力の大部分を失ったルドルフ公には薄闇の中にある愛娘の表情を伺い知る術はなかった。

「こ、このまま・・私が滅べば・・バルズール家の『力』は、消失してしまう…。アーネル・・お前がこれ・・から、なすべきことの意味を良く理解し・・ておろう…な?…」

  そういうと促すように双眸を閉じその時が来るのを待つ。
  降り積もる雪のようにその言葉はアーネルの凍てついた心の中に蓄積されていく。
  いつかこの娘の心の氷塊が溶けるその日がくる時まで…

「はい、お父様」

  そこにある全ての感情をアーネルは拒絶すると王座に座す偉大な父親の元に歩み寄り一分の躊躇いもなくその左胸に自らの左手を突き入れる。

  肉の引きちぎれる嫌な音が広間に響く…

  謁見の間に備え付けられた篝火の炎が大きく揺れる。
  影に隠されていたアーネルの横顔が一瞬照らし出された。
  それを正面から見つめるルドルフの瞳は何を映し出したのであろうか?

「さらばだ・・愛しき我が娘よ…すまぬ・・な…お前・・にばかり…辛い目を、あわ・・せてしまった…」

  アーネルは滅び逝く父親に抱きつくように身体をあずけるとその額に軽くキスをする。
  青ざめた白い肌、氷のような冷たい体。屍族の特徴でもあるそれがさらに深いものとなる。

  突き入れた右腕に伝わる父親の鼓動が急速に薄れていった…それに伴い別の波動のようなものが感じられるようになる。

  ――――ドクンッ

  心臓が大きく跳ねる。
  肌をその内部から焼くような冷たい熱が伝わってくる。

  ――――ドクンッ

―我は古より連なりし力の奔流…

―我は戦を司りし闇の炎

  まるで意識の深層から表層に語りかけてくるような声。

  ――――ドクンッ

  アーネルは屍族として生を授かって以来初めて出会った圧倒的な威圧感に背筋を震撼させていた。
  冷熱を帯び鳥肌に覆われた身体が金縛りにあったように動かない。
  乱された感情を散らすようにゆっくりと息をつくと視界を閉ざし不可視の存在に向き直る。

―汝は我を求める者か?

―ならば、我を求めるに相応しきこたえを示せ。何故に汝は我を求める?

  無遠慮に意識に侵入する【不可視の意思】に対向すべく自らの唇を噛み切り自我を保つ。
  口内に広がる鉄の味に触発された屍族としての本能がアーネルの意識の喪失を妨げていた。
  薄闇の中でアーネルの蒼紫の瞳が妖しい輝きを放つ。

『理由などない、それが私の運命だから。このバルズール家に生まれた私が成すべき事であるから』

『誣いて理由をあげるなら…私が【私】であるために…それだけだ』

  一変の曇りも澱みもない答えを返すアーネル。

―不遜…真、不遜ではあるが面白い…

  【不可視の意志】は不気味なほど静かにその答えを揶揄するがそこに悪意は感じられなかった。

―勇猛なるルドルフと真逆の答えをもってその意志を引き継ぐか?

―いいだろう…我も見届けたくなった汝がどのように生きどのように死すかを…

「私と共に歩むのはきっと不幸な事よ…」

  アーネルは自らを縛る呪詛をカタチを生した言葉にするとクスクスと笑った。



―しかしそれは滅びを招く力…汝を更なる深い夜へと誘う力…

  アーネルの心から不必要な感慨は既に消えていた。これは定められた事象なのだから迷う事も恐れる必要も最初からなかったのだ。少女は逃れられぬ何かを常に受け入れてきた。それが自らをかたどる断片の一つだと信じていたから。

―呪われし血の宿命に縛られし者よ汝が契約の言霊を述べるがよい

  アーネルは静かに頷くと詠うように常世の言葉を紡ぐ。
  バルズール家に古くから伝わる古い言霊。それは呪いでもあり絆でもある。

          「遥か古より囚われし常夜の力…」

「我は彼の渇きを辿るもの…我が身に宿りて永久の炎となれ…」

「我が血名は【夜を奏でる者】アーネル・バルズール!」

             「汝が力を継ぐものなりっ!!」


  ルドルフ・オルカザードの身体が灰となって空中に四散する。
  ほぼ同時にアーネルの右手に闇が収束し急激に膨れ上がっていく。

  ―刹那。闇の中から蹄のようなものが具現化すると続けて紅と蒼の機械仕掛けの馬首が物憂げに顔をだす。
  次第にその輪郭を明瞭なものとしていくと、それらは内部機関をむき出しにしたカラクリから生えていることがわかる。
  まるで生きているかのように蠢く2つの馬首は一声嘶くと口内から紅黒色と蒼黒色の炎を其々に吐き出した。
  吐き出された闇色の炎はまるで意志があるかのようにカラクリの周辺を漂いだす。
  蒸気圧を動力としているのかピストンが激しく往復運動を繰り返し、耳を覆いたくなるようなけたたましい騒音を辺りに撒き散らしていた。
  まるで戦闘馬車の体を模しているように見えるそのカラクリの台座には黄金の甲冑を纏った人物が座している。
  脈打つように鼓動する蒸気機関がその存在を異なる世界の住人だと如実に定義していた。

―我は夜の7番目の意志…軍神の力を宿し黒炎の車輪

  ―【Der Wagen】


―汝を承認しよう

  アーネルの伸ばした右腕がその台座に触れる…その様はまるで古の儀式を縫いこんだレリーフのように見えた。
  ゆっくりと具現化した闇が再びその姿を溶かすと完全な闇となりアーネルの身体を包み込む。

「くっ」

  アーネルが強烈な圧迫感に思わず呻き声を漏らす。意識が霧散する。
  ・
  ・
  ・
  闇が途切れた後には何も残ってはいなかった。
  石床から伝わるひんやり感触に自我を覚醒させる。
  あわなかった目の焦点が、序々に定まっていく。

「アーネルお嬢様お怪我はございませんかっ!?」

  儀式に伴った2人の従者から背中越しに声がかかった。
  重い体を引きずるように振り向く。それに応えようとしたアーネルの身体がぐらりと傾くとそのまま昏倒した。

  再び薄れ逝く意識の中でアーネルは従者の放つ不明瞭な叫びを聞いた気がした。



  ―夢を見ていた。子供の頃の夢だ。

『不憫な子じゃ・・・』

『この子の両親は共に血壊の保因者であるらしい。両親が共に血壊保因者である場合、その子どもは必ず血壊を発症する』

  (いつになるかはわからない…いずれは自分自身が同じ結末に辿り着くのだろう…)
  母が死んだあの日、幼心にそんな事を漠然と考えていた。
  ・
  ・
  ・

  ―転換

『お嬢様の気性を考えればバルズール家の血筋もここで途絶えるのかもしれぬ』

  (勝手な事ばかり・・・)
  父が病床に倒れるとカタチばかりの廷臣や重臣はこの城を去っていった。
  父の命に歯向かう者は全て私が滅ぼした。

『アーネル…。お前は自らの生きたいように…』

  最期に父の言葉が心に響いていた。

  白い白い雪のように彼女は何者にも染まる事がなくこの現世を夢みるように見つめていた。





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Last updated  2007/06/23 03:26:19 AM


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>> †Curse of blood†時更新


光ノ章【シャルロット編】
0-00【聖女】
0-01【妹姫】
0-02【夜冠】
0-03【聖船】
1-00【世界】
1-01【神都】
1-02【古怪】
1-03【呪夜】
1-04【蠱毒】
1-05【残光】
1-06【脱出】
2-00【老卿】
2-01【籠姫】
2-02【我意】
2-03【涜聖】
2-04【慫慂】
2-05【追跡】
2-06【聖堂】
2-07【神韻】
2-08【首人】
3-00【過去】
3-01【鷹眼】
3-02【決断】
3-03【船旅】上
3-04【船旅】下
3-05【真実】
3-06【魂牢】上
3-07【魂牢】中
3-08【魂牢】下
3-09【神娘】
3-10【聖座】
3-11【終焉】完




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16/01/09(火)
>>月ノ章 4-10【祟神】
15/12/22(火)
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13/08/05(月)
>>月ノ章 4-08【奈落】
13/07/22(月)
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13/07/15(月)
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11/02/20(日)
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11/01/18(火)
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10/01/27(水)
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10/01/21(木)
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09/11/16(日)
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09/11/09(月)
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08/08/27(水)
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08/08/07 (木)
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※以下略
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月ノ章【ミューク編】
0-00【屍族】
0-01【双子】上
0-02【双子】中
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1-00【日常】
1-01【慧眼】
1-02【聖船】上
1-03【聖船】下
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1-05【脱出】
1-06【余談】
2-00【呪地】
2-01【灯台】上
2-02【灯台】中
2-03【灯台】下
2-04【国境】
2-05【女難】
2-06【幻影】
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3-02【思惑】
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3-04【天敵】
3-05【語部】
3-06【捕竜】
3-07【取引】上
3-08【取引】中
3-09【取引】下
3-10【凶刃】上
3-11【凶刃】中
3-12【凶刃】下
4-00【迷途】
4-01【因縁】
4-02【再会】
4-03【技師】
4-04【出立】
4-05【奇縁】
4-06【真因】
4-07【霊廟】
4-08【奈落】上
4-09【奈落】下
4-10【祟神】上
4-11【祟神】下




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※以下略
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3-00【過去】


3-01【鷹眼】


3-02【決断】


3-03【船旅】上


3-04【船旅】下


3-05【真実】


3-06【魂牢】上


3-07【魂牢】中


3-08【魂牢】下


3-09【神娘】


3-10【聖座】


3-11【終焉】完


【†ミューク篇†】推敲中


Ж―†【月ノ章】†―Ж


0-00【屍族】


-0-01【双子】上-


-0-02【双子】中-


-0-03【双子】下-


1-00【日常】


1-01【慧眼】


1-02【聖船】上


1-03【聖船】下


1-04【妹姫】


1-05【脱出】


-1-06【余談】-


2-00【呪地】


2-01【灯台】上


2-02【灯台】中


2-03【灯台】下


2-04【国境】


-2-05【女難】-


2-06【幻影】


2-07【血渇】


2-08【転換】


3-00【金策】


3-01【月兎】


3-02【思惑】


3-03【水都】


3-04【天敵】


3-05【語部】


3-06【捕竜】


3-07【取引】


3-08【取引】


3-09【取引】


3-10【凶刃】


3-11【凶刃】


3-12【凶刃】


4-00【迷途】


4-01【因縁】


4-02【再会】


4-03【技師】


4-04【出立】


4-05【奇縁】


4-06【真因】


4-07【霊廟】


4-08【奈落】


4-09【奈落】


4-10【祟神】


4-11【祟神】


【†ラグナ篇†】


Ж―†【血ノ章】†―Ж


0-00【夜娘】


0-01【血契】


4-00【囚姫】


4-01【変節】


4-02【目的】


4-03【煙街】


4-04【接触】


4-05【屍妹】


4-06【呪獄】


4-07【姫妹】


4-08【姫妹】


なぜなに吸血鬼


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